教育大学第3年次物理学実験教育の研究 ?. 実験 進度のlogistic曲線表現
著者 藤村 亮一郎, 柳沢 保徳
雑誌名 奈良教育大学教育工学センター研究報告
巻 1
ページ 13‑20
発行年 1978‑03‑25
その他のタイトル A Study on Experimental Physics Education for Third Year Students in Educational University I. Analysis of Experimental Processes by
Logistic Curves
URL http://hdl.handle.net/10105/4694
教育大学第3年次物理学実験教育の研究
工.実験進度のIogistic曲線表現
藤村亮一郎・柳沢保徳(奈良教育大学物理教室)
A Study on Experimental Physics Education for Third Year Students in Educational University
I . Analysis of Experimental Processes by Logistic Curves
R. Huzimura and Y. Yanagisawa (Department of Physics, Nara University of Education)
Abstract
To get indices of experimental physics education for third year students in educational universities, typical experimental processes are analyzed to experi‑
meJital elements or steps each accompanying proper time elements. The integrated number of the steps of the experiments performed by students is found to increase as an IS‑shaped curve with respect to a properly defined time number. The curve shape is discussed using a biological logistic curve approximation to characterize students and experimental courses.
Key words: characterization of student physics experiment, logistic curve approximation.
I.描 吉
大学初年級あるいは教養課程での物理実験については,従来多種類の教科書が発行されまた 内容についても種々研究が行われてきた。例えば,学生数増大に伴なう実験内容・教授法改善 の試みなどは,最近とりあげられている重要問題の1つである1)。しかし第3年次の学生実験 については,これまで体系的教科書の編集,実験内容の研究等が,少なくとも国内においては ほとんどみられず,各大学,各教室において手持ちの研究設備を部分的に利用し関連テーマ数 種を実習させるにとどまっているのが,大部分の実情である。バークレー物理学コース実験物 理下は,統計物理学実験と原子物理学実験を教科書形式にまとめたほとんど唯一のものと思わ れるが(1978年現在),実験機器の制約上わが国内でこの教科書がどの程度使用されているかは 疑問であり,また教授法等の面での関連研究も発表されていか、ようであるO
われわれはこれまで教育学部初年度級一般物理学実験とともに物理学専攻生のための第3年 次の物理学実験を担当してきているが,特に後者については,次の諸問題の解明が緊急に必要で あると考えている。すなわち,教育学部学生実験としての教育目的の明確化,教育目的にそっ た実験コースの設定,高校物理実験・一般物理学実験・卒業研究実験等とのその連続性かゝし
接続性の検討および実験授業としての教育効果の判定の客観化,などである。
昭和52年度に至り,本学においても教育工学センターの発足をみ,われわれにとって上記の ような問題に対する教育工学的アプローチが可能となった。教育工学は従来主として教育・授 業のシステム化,教材・教育機器の開発,授業分析等が主体であると考えられており2',マス 教育の研究に関連して発展してきたという性格が強い。われわれの実験授業の対象学生数は約 10人前後であるから,上のような意味での教育工学的手法を直接適用することには疑問がある。
実際,チュ一夕制による小人数グループの指導・学習法(Tutorials)はそれ自体明白を有効 性を持ち3),われわれの授業形態は集団教育的ではなくむしろチュ一夕制に近い。このような 場合,実験授業改善の目的は学生集団の反応解析等自身にあるのではなく,むしろパトス的な
もの‑例えば自然への実験的接近に対する情熱の誘起‑であることは明らかである。しか し,設定した実験コースに対し個々の学生が15週の期間内にどのように接近して行ったか,実 験教育効果の客観的判定は可能かといった問題については,少人数教育の場合にも工学的手法 によって学習過程を把握し解析することが必要かつ重要であると思われる。この報告では,わ れわれの実験授業を教育工学的に研究することを試み,その可能性と有効性を検討した結果を 述べる。本報告(I)では,本学カリキュラム第3年次後期の特殊物理学実験n (3hX15w,
1 u,物性物理学実験コース)について学生実験の進度の表式化を試みた結果を述べ,続報(
II)以降では進度表式パラメータの分散度,教育効果判定のためのパラメータ設定,進度パラ メータと判定パラメータの間の相関性等について検討を進める予定である。
2.第3年次後期物理学実験の内容
本学初年級向一般物理学実験は, 1期実質12週間に標準的教科書4)の実験課題から約8‑10 テーマを実施している。物理専攻学生は第2年次前期にこれを履習(必修)し,第1年次およ び第2年次後期には物理系実験はない。 53年度(1978)以降は,第2年次後期に物理実験学(
実験1u, 2h,選択)が開設される。一方,卒業研究は,熱ルミネッセンス(TL)蛍光X 線分析等による土器等の研究,イオン結晶等の表面現象 ESR 光物性,磁性体研究等,大 部分物性実験とその応用にかんするものである。そこでわれわれは現荏,標記実験のために次 のテーマを設定している KCl単結晶育成とⅩ線回折, KCl単結晶のⅩ線着色と熱退色, 硫化物・酸化物のTL,酸化物吸着酸素のESR,半導体の赤外吸収・電導度・ホール係数, KCl等の低温比熱, Au薄膜による電子回折。学生は2人1組としてこの中から1‑2テーマ を選び約12週(1回 4 h)継続的に実験する。
3.実験進度表式の試論
学生個人または集団の実験学習進度の量的表式は,われわれの調べた範囲内では,これまで 試みられたことがないように思われる。われわれは,進度Y(t)が学生の実験経過時間tにつ
いて, Fig.l‑a に示したようなS字型曲線によって表現されうると推定する。 1つの実験コー ス完成のための期間Tは,経験上3区間に大別されるであろう。初期(I)は,実験課題に対 する関心の発生期であり,課題への理解がスタートし,器機取扱いになじみ始める時期であっ て,当然実験進度は小さい。すなわちdY/dt小。課題の理解が進み,器機取扱いが円滑化する
教育大学第3年次物理学実験教育の研究 と実験結果が出始め,実験は大いに進む
だろう(第Ⅱ期)。しかしそのレベルでの 実験結果がある程度出尽くすと,結果の 検討・測定手段の改良などの問題が現わ
れ,同時に実験者の課題に対する関心はテ 後退期に入る可能性もある。すなわち実 験進度としては終期(班)に入り, dY/
dt は再び小さくなるであろう。もし与え たテーマが複数の主題から構成されてい るならば,実験進度はFig.l‑bに示した ように, Fig.l‑aの基本型の合成によっ
て近似されると推定する。 Fig.1 実験進度曲線の概念図 縦軸の量Yとして何をとるべきか?
t‑T におけるYの大きさは,その課題実験について一応の測定結果がそろい,その結果に ついて基礎物理学的知識による理解が一応完結している状態に対応しかナればならない。
実験進度を定量化するために,われわれは経営工学か1し品質管理の分野で使用されている, 作業標準・工程数等の概念の応用を試みる7}(ただし言うまでもなく,このことは学生実験の 進行に標準的進度や規格化した実験手順を求める意味では全くない)。 1課題の期間T内の実験 過程を複数個の実験要素△Y石 に分解し, △Y石 は課題に習熟した標準的実験者によって時間
△ti 内に行なわれるものと仮定する。すなわち,
N N
Y‑∑△y£, T‑∑△t王.
PE1つの実験進度に至る実験過程あるいは △Yi の配列順には自由度があり, ∑ の順序を固定 する必要はない。 Yに具体的な実験成果あるいは学習成果の集積の意味を与える場合には,読 料調整・測定器調整・測定・解析等種々異質の要素とから成る学生実験においては, △Yi の 質・量および対応する △t王 の大きさは step Lごとに異なることになる。また一般に,
△Y/△t はその実験要素に対する実験者の関心度・習熟度等に比例するものとなろう。しかし,
△Yあるいは△Y/△t の内容に立入った表式を検討することは,実際上極めて困難でありま たその有効性についても予想し難い。このためこの研究では,実験進度Yを1つの配列吊に 沿った実験要素△Yi の集積数によって表わすものとする.また実験進行時間Tは,各step i ごとに学生の費やした時間の長さ△tsi を標準的実験者による時間△tlで割った値の集積 数(無次元)によって表わすものとする。
以上の定義により,標準的実験者に対して
Y(r ‑r, (2)
すなわち実験進度表現は直線となる。 1つの実験課題が学生の学習課程として実行される場合 には, Y(丁)は前述の理由によりS字型曲線になるものと予想される。
4.実験進度曲線の実例
前節の考え方を昭和52年度(1977/10‑1978/2)学生実験に適用した結果の例を以下に記す。
(例1)
テーマ名:ZnO:MnおよびZnS!Mnの TL。
目標: TL測定系を整備し,試料焼成後X線照射し, Mn‑doping によるTLピークを見出 し,古典諭的解析によってMn‑トラップ準位を評価し,母結晶のTLに対する効果を検討する。
与条件: TL測定用機器,電気炉温度調整器等は未調整のまま学生に与える。グローピーク 解析のための資料は実験の終段階に渡した。
この実験コースを試験的に20の要素に分解し,学生の実行した順序に従って配列し,各step の時間標準 △ti と考えられる量を Table‑1に示した。また同年度学生実験の実施月日及び stepごとの消費時間△tsi を第4, 5行に記入し,
・董慧L)を第6行に記入した。
Table‑1 TL学生実験の要素分析。 *試料焼成, Ⅹ線照射の放置時間は含まない
S te p n o . i ( = Y ) 1 2 3 4
実 験 要 素 (△ Y £).
試 料 台 翌 書 芸 品 等 讐 慧 雷 讐 悪 書
調 整 マ ウ ン ト調 整 配 線 配 線
標 準 時 間 (△ t i, 3 0分 単 位 ) 1 1 1 1
学 生 実験 日 1 0′2 8 1 1/ 4 1 1/ 1 1 11 / 2 5
消 費 時 間 (△ t si, 3 0 分 単 位 ) 6 6 4 4
m = ∑ △ tsj / △t ,I J
12 16 20
5 6 7
蓋慧芸雲ス苦誉電憂増苧 ヒーター・
1 2 1
ll/25 12/2 12/9
4 6 3 24 27 30
科し定
試 吋
左T渦‑ . m ,
試 射 左
Ⅹ 照
n
M成 nO 焼
Z
成炉整棚気試電調に L ト
妙誓
天よテ
3
9
1
′
/
3
C ‑ J
r: 3 2
りi 蝣‑ ro
2 1
9
1
′
/
3
2
1
13 14 15 16 ZnS:Mn惹顎雷霊難n
14
1 1 1 4
1/13 1/20 1/20 1/27
2 3 3 6 43. 5 46. 5 49. 5
3
1
1
!
′
2
1 31
1
! / 2
1
37. 39. 5 41. 5
18 18 20(‑Ys)
/・∴甲,・こ・!,?Pj! 、 ‑/
‑†亘 Tl 、‑ '蝣'.蝣<
4 3 3
1/28 1/28 2/3 2/7
1 5 8 8
53. 5 55 57. 7 60. 5
教育大学第3年次物理学実験教育の研究
Fig.2の点列bは, Table‑1のYをTの関数としてプロットしたものであり,この実験過程 がS字型 Y (r)曲線によって近似的に表現されていることが認められる。直線aは,標準的 実験者に対する Y‑丁 を示す。
(例2)
テーマ名: ZnO上吸着酸素のESR
目標:標準試料によるESR測定L'習熟後真空bakingしたZnO,これに 02 導入を行っ た試料及び02 導入後再加熱した試料の各ESRの比較から,吸着酸素のESRを同定する。
与条件: ESR装置は特に整備を必要としない標準的な作動可能条件においてその使用法を 学生に指導した。真空焼成実験以後は手続のみ指示しすべて学生実験にまかせた。
前例同様に解析した結果をTable‑2に云しその Y(丁)プロットをFig.2の点列Cとして 示した。この場合も Y r 曲線はS型であるが, (例1)の曲線とは著しい相異が認められ
る。
TabJe‑2 吸着酸素ESR の学生実.験の要素分析
S t ep n o . £ = Y ) 1 2 3 4
実 験 要 素 (△ Ⅵ )
E S R 操 作 (1 ) E S R 操 作 (2 ) E S R 操 作 (3 ) Z u O 未 処 理 磁 場 , マ イ ク A F C 操 作 標 準 試 料 試 料 の E S R ロ 波 調 節 (K C ト C o a l)測 定 記 録
標 準 時 間 (△ t ̀, 3 0 分 単 位 ) 1 1 1 2
学 生 実 験 日 1 0 ′2 8 11 ′1 1 11 / 2 5 1 2 / 2
消 費 時 間 (△ t ̀, 3 0 分 単 位 ) 10 r ,{ ∑ △ t 台£/ △ t ,)
J 10 1 8 2 4 26
10
同質ガラス管曲げ,異径管 拡散ポンプ系加熱用電気炉等着ZuO 左試料ESR の接着 の接着 操 作 配 置 ベ‑ク後封止 測 定
1 1 1 1 4 2
12/2 12/2 12/9 12/9 1/13 1/13
4 4 2 1 6 3 30 34 36 37 38. 5 40
11 12 13 14 15 16 17
02ガス導入02PS*ZuO吾SRgiJ芸孟去蒜㌫ 02ftE苛軍uO琵需憲系 配 管
1 6 2 1 8 6 6
1/20 1/20 1/20 1/27 1/27 2/3 2/10 12 10 12
41 42. 3 43. 8 45. 8 47. 3 48. 9 50. 9
て
Fig.2 実験進度曲線
a :標準的実験者, b : 52年度TL実験 c :52年度吸着種ESR実験
5.実験進度曲線Y(r の表式による実験者または実験過程の
Characterization
自然現象の時間変化がS字型曲線を示す例としては化学平衡論における Hill の公式
R ‑A/(l+Kt‑n)
あるいは生物個体の生長・増殖様式を表わす単純Iogistic曲線(SIX)5'
n‑輿/口+k exp( At)i
(3)
(4)
等が知られており,集団学習反応解析への応用が試みられている(6)。上記実験進度はもちろん純粋 な自然現象ではなく社会性を含んだ過程であるといわねばならない。またわれわれの作った進 度曲線の横軸rは直接物理的時間に比例する量ではないので,化学反応式の適用は無意味であ る。しかしSLCのtは,生命現象の経過時間であるから, tとTの相違にもかかわらずY(r の1つの近似的表式としてSLCの使用が許されるかもしれ射、。われわれは差当りこの近似
を用い, 2つのパラメータのセットlk,A)が実験者または実験過程のcharacter を表現す ると仮定する(4)式を書替え n, N, t をわれわれの変数Y, Ys, rに置換えると,
ln(Ys/Y‑1) ‑ lnk‑A;
ただし Ys はYの飽和値である。
(5)
教育大学第3年次物理学実験教育の研究
0
・ k'2三
て
1
5
0̀
‑ A / A \
20 40 60 20 40 て
Fig.3 TL実験進度のSLCプロット Fig.4 吸着種ESR実験進度のSLCプロット
Fig.2の点列bを(5)式によってプロットした図をFig.3に示す。測定点の8割以上がSLC にフィットしていることが認められ,これからこの実験学生の組の特性またはTL実験の特性 を特性値のpair A ‑123, 12日こよってcharacterizeすることが可能であろうと推定 される。
Fig.4の点列CはFig.2の点列Cをそのまま(5)式によってプロットした結果である。この点 列はr=34を境として明らかに折れており,単一のSLCが良い近似でないことを示している。
そこでFig.l‑bに示した考え方により,この過程を2つの過程の合成過程とみてY(r)をY,(r) とY2(r′)に分解した。だだし て′‑0は第2過程の始点である。それぞれを(5)式によってプロ ットした結果がFig.4の点列clとC2であり,これからclに対しjK,えi‑ト35, 7.5上 C2 に対しは5,封を得る。実験コース(例2)のY r)がこのように2成分に分かれること は,この実験にとってTable‑ 2の実験要素の配列が2種類の成分から成るものであったことを 示唆しているといえるだろう。実際,この実験要素の内容を,学生にとってかなり高度な測定 器であるESRの習熟と, ZnO試料の調整・測定という2群にわけることは,学生実験課題と
してむしろ自然であると考えられる。
6. (I)の結語
以上この報告では,教育学部第3年次物理学実験の学習進度の表式化を試み,実験コース2 例について,実験過程の分解と進度のSLC表現によって,実験者あるいは実験過程が1対の パラメータ くk, Alの特性値として表現されうることを示した。しかし くk, Aiの値の大 きさが教育学的あるいは工学的意味において何を表わしているのか,実験者の特性と実験課程
の特性は識別可能かなどは,今後の新しい課題として研究の必要があると考えられる。
付記 本研究経費の1部として本学教育工学センター昭和52年度予算から配分を受けた。
文 献
1)大場勇次郎:応用物理47 (1978) 166.
2)坂元 昂:長崎大学教育工学センター年報No.3 (1976) 14.
3)橘高知養:応用物理47 (1978) 183.
4)例えば影山・沢田:基礎物理実験(1968)朝倉書店.
5)篠崎吾郎,吉良竜夫:現代生物学講座・発生と増殖(1958) 1,共立出版.
6)須永哲雄,山崎敏範,近藤浩二,田中吉資,若山日完一郎,松下文夫:香川大学教育工学センター研究報告
No.2 (1975) 1.
7)例えば千住錬雄,̲師岡孝次:経営工学概論(1963)朝倉書店.依田 浩:品質管理入門(1976)朝倉書店.