は じ め に
1990年代において,日本ではバブル経済の崩壊とさらなる経済のグローバ ル化によって,一方では業績を伸ばす企業もあったが,他方では大企業や数 多くの中小企業の経営破綻がみられた。株価や土地は下落を続け,雇用機会 も失われ,経営者は自信を失ったと言われ,90年代は「失われた10年」と言 われた。また,1997年頃から製品やサービスの価格が螺旋的に低下していく というデフレ経済傾向もみられるようになった。このデフレや金融機関の機 能不全,企業のバランスシートの殷損などによって投資は低迷した。
2000年代に入って,長さではかつての「いざなぎ景気」を超える「いざな ぎ超景気」が訪れた。とはいえ,成長率は低く,人々の目には「実態なき景
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ)
――「失われた20年段階」における中小企業政策:試論 ――
川 上 義 明
はじめに
1.「失われた20年段階」(1991〜2010年)における主要な中小企業政策 2.「失われた20年段階前期」(1991〜99年)における中小企業政策! 1 3.「失われた20年段階前期」における中小企業政策! 2
4.「失われた20年段階後期」(2000年〜2010年)における中小企業政策! 1 5.「失われた20年段階後期」における中小企業政策! 2
6.「失われた20年段階後期」における中小企業政策! 3 7.「失われた20年段階後期」における中小企業政策! 4
むすび
−221−
( 1 )
気回復」,「実感なき景気回復」と映った。デフレ経済もなお続いた。リーマ ン・ショック(2008年9月)の世界経済へのインパクトも大きく,「100年に 1度」の大不況が訪れるのではないかと言われ,日本の大企業はもちろん中 小企業への影響はじつに大きかった。様々な要因から社会的に「日本病」と いう用語も聞くようになっている。
筆者は,前々稿
1)において筆者がそう呼ぶ,「中小企業政策総論」の一部に 当たるであろう部分を検討した。次いでこれも筆者がそう呼ぶ,「中小企業 政策各論」の一部に当たるであろう部分を前稿において,戦後からバブル経 済形成段階まで4つの段階に区分し,考察を試みた。次なる課題は,1990年 代のバブル経済崩壊後から今日の段階の日本の中小企業政策の検討である。
そこで,本稿では,1991年のバブル経済崩壊から今日までの20数年を2000 年を境として,すなわち91〜2000年を「失われた20年段階前期」とし,以後 2010年までを「失われた20年段階後期」として,とくには製造業企業と地域,
産業集積との関連において,どのような中小企業への施策がみられたのか考 察してみたい
2)(なお,商業・流通,金融,情報等と中小企業政策については,
筆者がよくするところではないので,前稿
3)同様,若干の点について稿を補 うに留めておきたい)。
今日において政府(行政機関)や中小企業支援機関は中小企業に対する施 策にいっそう追われているが,2011年からは次なる段階にあると捉え,これ については別の機会に論じることにしたい。
1)
川上義明[2011 年
b]。2)
なお,本稿第
3節の叙述においては,とくに断らない限り,前稿(川上義明
[
2011年
c])同様『中小企業白書』(
1998年版)第
3部第
1章によるところが大 きいことをとくに記しておきたい。
3)
川上義明[
2011年
c]。
−222−
( 2 )
1.「失われた20年段階」(1991〜2010年)における主要な中小企業政策
「失われた20年段階」における主要な中小企業政策について,全体像をみ ておこう。それを鳥瞰図的に示したのが図表1−1である。すぐ後で検討す るが,1999年に改正された「中小企業基本法」(以下,改正前の同法を簡単 に「旧基本法」と,改正後の同法を「新基本法」という)においては中小企 業政策の理念が大きく変わった。たしかに,その後,新しく始まった政策も みられる。しかし,そのままかあるいは旧来の政策を「衣替えした部分」も 多く,中小企業施策の内容も「一新した」と言いたいところだが,この図表 1−1を見る限りではとてもそうだとは言えないであろう。
前稿でみた,第Ⅰ段階(戦後経済復興段階:1945〜54年)〜第Ⅳ段階(平 成景気・バブル経済形成段階:1985〜90年)からよく言えば継続的な中小企 業政策となり,悪く言えば構造化した中小企業政策となった政策も少なくな かったことが理解できよう。
以下,「失われた20年段階前期」(1991〜99年)における日本の中小企業政 策を検討してみよう。
2.「失われた20年段階前期」(1991〜99年)における中小企業政策
!1
!
1 「失われた20年段階前期」=「失われた10年」の含意
「失われた20年段階前期」に入るまではといってよいであろう,日本には 株価と地価は下がらないという「神話」があったが,ところで1990年1月に なると突然これらは下落し始めた。バブル(泡)は必ずはじける。バブル経 済の崩壊過程が始まった。
「資産デフレ」,「逆資産効果」も手伝って,所得が伸びなくなった消費者 は消費を手控えた。加えて,本業をおろそかにし,「財テク」に走っていた 企業は経営不振に陥った。不況は深刻化し,かつ長期化した。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −223−
( 3 )
図表1−1 失われた20年段階における中小企業政策の鳥瞰図
1991年 2000年 2010年
段階
事項 失われた20年段階前期 失われた20年段階後期
1.経済・社会 に関する一般 的事項
・バブル経済崩壊
・資産デフレ
・アジア通貨危機(1997)
・大手金融機関破綻
・アメリカ同時多発テロ(9.11テロ,2001)
・IT バブル
・いざなぎ超景気(2002.2〜07.10)
・リーマンショック(2008)
2.中小企業政 策に関する一 般的事項
・タウンマネジメント
・中小企業基本法改正(1999)
・創業・事業承継・再生への支援
・コンパパクト・シティ
・中小企業基盤整備機構設立(2004)
3.中小企業政 策に関する個 別的事項
!
1 金融上の政策
阪神・淡路大震災で被害を受けた 中小企業の再建・復興への支援
(中小企業金融公庫(現株式会社 日本政策金融公庫)など政府系中 小企業金融機関)
・セーフティ・ネット保証
・中小企業倒産防止共済の貸付
"
$&
BSE(牛海綿状脳症)の患畜の確認,池島・太平洋炭鉱の
閉山等により,経済的に影響を受けた関連中小業対策とし て,セーフティ・ネット貸付やセーフティ・ネット保証等。
#% '
・商工中金の株式会社化(2008)
・日本本政策金融公庫の設立(2008)
!
2 企業診断制度
!
3 組織化・協業化・新連携政策
・中小企業創造活動促進法(1995)
・公認カルテル制度の廃止(1999)
・新連携法(2005)
・中小企業地域資源活用促進法(2007)
・農商工等連携促進法(2008)
!
4 小規模企業に対する施策
・小規模事業者の地域振興に役必要 な共同施設(基盤施設)の設置・
運営
・経営全般にわたり小規模性ゆえのハンディキャップ,生産性等 の格差是正
・小規模企業の経営基盤の確保,経営改善
!
5 下請取引の適正化に対する施策
・親事業者,下請事業者に対する調 査,立入検査,各種講習会の実施
・取引の斡旋
・親事業者,下請事業者に対する調査,立入検査,各種講習会の 実施
・取引の斡旋
・下請駆け込み寺の開設(2008)
!
6 流通・小売商業政策
・商調協廃止(1992)
・大店立地法(1998)
・都市計画法の改正(1995)
・中心市街地活性化法(1998)
・中心市街地活性・小売商業調整特別措置法の改正(1995)
・多頻度小口配送その他流通業務内容の高度化や流通業務に係る 経費の高騰,これとは逆の輸送費の恒常的な低減,物流効率化 投資が立ち遅れへの支援
!
7 業種別政策
・繊維産業,伝統的工芸品産業,べっ 甲産業,中小雑貨産業,産炭地域 振興対策および中小鉱業,中小企 業農林水産関連企業,中小企業運 輸業,環境衛生関係営業,中小建 設業,中小不動産業に対する施策
・繊維産業,伝統的工芸品産業,べっ甲産業,中小雑貨産業,産 炭地域振興対策および中小鉱業,中小企業農林水産関連企業,
中小企業運輸業,環境衛生関係営業,中小建設業,中小不動産 業に対する施策
−224−
( 4 )
(つ づ き)
1991年 2000年 2010年
段階
事項 失われた20年段階前期 失われた20年段階後期
3.中小企業政 策に関する個 別的事項
!
8 中小企業の官公需政策
・中小企業の官公需の受注機会の拡大
・中小企業官公需確保対策推進協議会
・中小企業の官公需の受注機会の拡大(「官公需についての中小企 業者の受注の確保に関する法律」(官公需法)
!
9 中小企業の国際化・グローバル 化への支援
!
10
中小企業の雇用への支援
・中小企業における中高齢者の雇用促進(「経済社会の急速な変化 に対応して行う中高年齢者の円滑な再就職の促進,雇用の機会 の創出等を図るための雇用保険法等の臨時の特例措置に関する 法律」(雇用対策臨時措置法:2001年))
!
11
地球環境問題への施策
・地球環境問題
"
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CO2
排出,地球温暖化,オゾン層破壊,酸性雨,森林減少,
砂漠化,野生生物の減少,海洋汚染等対策への情報提供等
#% '
!
12
中小企業の情報化への施策
・情報化対応:中小小売業向アプリ ケーション・ソフトウェアの開発,
商品データベース整備
・コンピュータ西暦2000年問題
・中小企業向業務用ソフトウェア開 発や中小小売業の商品データベー ス整備事業,中小小売業
IT化促 進事業への支援』。
・インターネットを活用したソフト ウェア提供サービス(
SaaS〔
Soft- ware as a Service〕)の整備,アプリケーション・ソフトウェアの開 発への支援
・EDI(Electronic Data Interchange:
電子データ交換)システムと社内 基幹業務システムの有機的な連携 を図るための効率的な
ITネット ワークシステムの構築等に対する 支援
・大企業と中小企業間の,地域間での「情報格差」(デジタル・
デバイド)の解消
(注1)・人材不足や資金不足等の経営資源の障壁の除去・中小企業関係 団体で
ITセミナーの研修等
・インターネットを活用したソフトウェア提供サービス(
SaaS〔Software as a Service〕)の整備,アプリケーション・ソフトウェ アの開発への支援
・EDI(Electronic Data interchange:電子データ交換)システムと 社内基幹業務システムの有機的な連携を図るための効率的なIT ネットワークシステムの構築等に対する支援
! 13
その他
中小企業の創業と研究開発に対す る支援策
"
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異業種組合,商工会議所,
商工会
#% '
・中小企業の連鎖倒産防止
(注2)"
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関連中小企業の連鎖倒産防止(経営安定特別相談室(商 工会議所等)や政府系中小企業金融3機関等に相談窓口)
#% '
(注1)川上義明[2002年a],[2002年b]も参照。
(注2)2001年度には,マイカルの民事再生手続申立をはじめとして,壽屋,大黒屋,正札竹村,新潟鉄工所,
青木建設といった大型倒産が目立った。
(資料)『中小企業白書』(各年版)およびその他より筆者作成。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −225−
( 5 )
1990年代後半,国際決済銀行(
BIS : Bank for International Settlements)の 自己資本比率の基準(国際業務を行う金融機関は8%,国内業務のみを行う 金融機関は4%)に基づき,金融庁は2002年4月,早期是正措置の厳格化を 発表した。自己資本比率の低い金融機関がそれを高める方法は,分子の自己 資本が減少している中では,分母の総資産を減らすのが最も手っ取り早い方 法である。そこで,各金融機関は貸し出しを抑制することになった。借手企 業側からみれば,ことに中小企業側からみれば,「貸し渋り」という現象で ある。これにより中小企業は財務的に苦しむことになった。
さらに,中小企業に対して金融機関が返済期間が来ていない融資分の返済 を要求する,強引と言ってもよい資金回収行為も起こった。「貸しはがし」
である。
企業は,「過剰な設備,過剰な有利子負債,過剰な人員という3つの過剰 を抱え込むことになった」と『経済白書』(1997年版)はその序論で語った。
1997年になると消費税率の引き上げ(3%→5%)に大手金融機関の破綻 による信用不安とアジア通貨危機(韓国では
IMFショック)が重なり,物 価下落が進むという「デフレ・スパイラル」現象がみられることになった。
この段階はほとんどゼロ成長経済で,「失われた10年」と言われた。
!
2 中小企業基本法の改正
この「失われた20年段階前期」末,先にも少し述べたが,「中小企業基本 法」が改正された(1999年)。1963年に制定された「旧基本法」の理念は「中 小企業と大企業との間の格差是正」であった。したがって,中小企業を画一 的に「弱者」として捉え,一律に底上げを行うと施策がとられていた。
「旧基本法」改正の背景には,行政側も『中小企業白書』で指摘している ように(以下,『中小企業白書』は簡単に『白書』という。00年版,2ペー ジ),中小企業を多様な存在として捉え,その多様な実態にきめ細かく対応
−226−
( 6 )
するとともに,企業の成長段階や新たな事業活動への取組など,そのダイナ ミズムに応じた中小企業政策体系の再構築が求められていたのだが,このこ とが,「基本法」改正の背景にあったといえよう。
以下,みていくように,「新基本法」に基づいて,中小企業への「支援」
に中小企業政策の重点が置かれることになったとはいえ,図表1−1でみた ように,これまでの施策が大幅に変更されることはなかった。
3.「失われた20年段階前期」における中小企業政策
!2
経済のグローバル化やアジア経済の伸び,発展途上国の日本産業への キャッチアップに伴って,一般的な用語を使えば,日本国内産業の空洞化が 生じた。筆者の認識,用語では日本を含めた「アジア大フルセット型産業構 造」の構築が進んでいる
4)。
ちなみに,アジア開発銀行(
ADB)では,2050年に世界の
GDP(国内総 生産)に占めるアジアの割合は,好調な成長が続く場合には現在の17兆ドル から174兆ドル(52%。中国の比率は20%,インドの比率は16%)になると,
鈍化した場合でも31%になると予測している。これに対して,日本の比率は 現在の約9%から3%程度に低下すると見込んでいる。また,アジアでは,
新たに30億人が富裕層になるとも見込んでいる。(『日本経済新聞』,2011年 8月3日付)。
これからすれば,日本にとって輸出市場の拡大を意味するが,一方様々な 製品やサービスが消費地であるアジアで生産されることになり,様々な産業 が生まれ,「アジア大フルセット型産業構造」の構築がいちだんと進むこと になるであろう。
4)
川上義明[
2011年
a]を参照。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −227−
( 7 )
そうした中,中小企業数の減少傾向や新しい産業部門への中小企業の進出 に対する政策が必要となった。
① 既存企業による新規部門への進出すなわち第二創業や事業転換,また 新しく企業を生み出すこと,すなわち「新規創業」,「新規開業」への政 策が必要となった。
② そのためにと言ってよいであろう,既存中小企業の経営革新,イノベー ションの創出も中小企業政策の対象となりえた。
以下,こうした点に焦点を絞り,検討してみよう。
!
1 創業に対する施策
a.2つの種類の創業
まず,「創業」からみておこう。
中小企業も企業である以上,絶えず市場の動向をみ,新規分野に乗り出し ていく必要がある。なぜなら,商品を受け入れる消費者の好みは変動するだ ろうし,他の企業が新しい製品やサービスを市場に投入し,既存の市場が縮 小し,崩壊する場合もあるからである。そうはいっても持てる経営資源が小 さく,思うように研究開発や製品・サービスの事業化,市場開拓が進まない 中小企業も多い。
さて,もっとも簡単には「創業とは,事業を新しく始めること」(広辞苑)
であるが,この事業の始め方には,以下の2通りが考えられる。
")第二創業および事業転換
その1つは,既存企業が新しく創業する場合である。
これについて,例えば古泉宏氏は,既存企業が標的(ターゲット)とする 他の企業や消費者のニーズの変化に合わせて新しい商品やサービスを開発し たり,販売ルートを拡大または変更して新しい顧客を獲得したりする取り組 みを「経営革新」と定義し,この経営革新によってあたかもその企業が飛躍
−228−
( 8 )
的に業績をあげていることが「第二の創業」である
5),としている
6)。 この「第二創業」が進み,やがて既存部門よりも収益をあげていくように なると,既存部門から「第二創業」部門への経営の重点移行が進むであろう。
そうすると,既存部門の比重が下がり,やがてこの既存部門からの撤退が起 こるであろう。このことを「事業転換」ということができるであろう。
%)新規創業(新規開業)
もう1つは,新しく企業を創設し,新しい事業を起こす場合である。これ が「新規創業」(あるいは「新規開業」)である。
いま,これについて整理してみるならば,図表3−1のようになるであろ う。
b
.既存中小企業の「第二創業」および「事業転換」に対する施策 まず,既存企業における「第二創業」と「事業転換」に関する施策をみて おこう。
5)
古泉 宏[2005 年],6 ページ。ただし筆者(川上)の理解が加えられている。
6)
むろん,企業が新しく事業を始めていくならば,「第
3の創業」「第
4の創業」
といった呼び方が可能となるであろう。
図表3−1 2つの種類の「創業」
中小企業による 新しい分野への 進出(=創業)
! $
"
$ #
①既存企業が新しく創業(新規事業部門へ進出)する場合
=「第二創業」
(注1)。「第二創業」部門への重点移行が起こ り,その結果,既存部門が縮小ないしは消滅する場合=
「事業転換」
②新規に企業を設立し,創業する場合
=新規創業(「新規開業」
(注2))
(注1)これを第3番目の,第4番目の,…新規事業部門への進出であるとして「第三創業」「第四 創業」…といった呼び方ができないわけではない。しかし,一般的な呼び方であるとは思 われない。
(注2)単に「開業」(営業を新たに始めること,店開き―広辞苑)と言ってもよいであろうが,新 しく営業を始めるという点を強調し,ここでは「新規開業」という。
(資料)筆者作成。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −229−
( 9 )
この施策としては,中小企業技術革新制度(日本版
SBIR:1999年)が創 設され,関係省庁が連携し,新産業の創出につながる新技術開発のために中 小企業に対して特定補助金(補助金,委託費等)を公布している(『白書』,
99年版,8ページ)。
「第二創業」に関しては,例えば中小企業等が自ら行う新製品,新技術当 に関する研究開発を促進し,中小企業製品の高付加価値化を図るため,研究 開発に要する原材料,機械装置等の経費の一部について,「中小企業の創造 的事業活動の促進に関する臨時措置法」(中小企業創造活動促進法:1995 年)に基づいて,研究開発を行う中小企業に対して支援が行われた(『白書』,
99年版,15ページ)。
中小企業の「事業転換」と「海外進出」に関しては,当時の急激な円高等 により構造転換を必要とする中小企業を支援しようと
7),新分野への進出
8), 海外における事業の開始または拡大を実施する際に支援を行うべく,「中小 企業新分野進出等円滑化法」(リストラ支援法:1993年)が制定され,施策 が講じられた
(補注)(『白書』,98年版,14ページ)。
(補注)なお,この他に,中小企業が新しい市場や生産拠点を海外に求めること,
すなわち海外進出もあるであろう。当時の急激な円高等により構造転換を必 要とする中小企業を支援しようと,また海外における事業の開始または拡大 を実施する際に支援を行うべく,「中小企業新分野進出等円滑化法」(リスト ラ支援法:1993年)による施策がまさに講じられたのである(『白書』,98年 版,14ページ)。
7)
具体的な分野は,製造業,印刷業,ソフトウェア業,情報処理サービス業,物 品の修理業,物品の設計業である。
8)
「新分野への進出」とは,「製品または役務の機能,性能等の面で従来と何らか の相違がみられる事業を行うこと,業種転換」とされている。
−230−
( 10 )
c
.新規創業(新規開業)に関する施策
次に,新規創業(新規開業)への施策をみておくことにしよう。開業率と 廃業率
9)の逆転現象が起こり,政策対象となる中小企業数が減少していると いうのが,中小企業政策上の課題とならざるを得なくなっていた。
さて,新規開業に当たっては,新規開業した企業の業績は開業者自身の能 力によって大きく異なるであろう。したがって,創業者自身の経営能力が課 題となるであろう。その他,例えば日本政策金融公庫総合研究所の「2008年 度新規開業実態調査」などにみるように様々な問題がある。加えて,例えば 創業期の中小ベンチャー・ビジネスについては,その過小資本ゆえに資金調 達が困難になっており,金融システム不安が取りざたされている中で担保な しのリスクマネーの供給体制の整備が十分ではない。
そこで,「中小企業等投資事業有限責任組合契約に関する法律」(1998年)
に基づいて中小ベンチャー企業への資金供給の促進を図る施策が講じられた。
また,必要な資金,人材,販路の確保を望むベンチャー企業とそれを支援す る経営資源の提供者との出会いの場を提供すべくベンチャー・プラザも全国 各地で開催された(『白書』,99年版,10ページ)。
!
2 中小企業の経営革新に対する施策
既存の中小企業が第二創業するにしても,さらには事業転換をするにして も何らかの経営革新(マネジリアル・イノベーション)が緊要となるであろ う。
さて,革新(イノベーション)とは何かについて,誰しもが口にするのが シュンペーター(
Joseph A. Schumpeter)の所説であろう。シュンペーター は,『経済発展の理論』
10)と『資本主義・社会主義・民主主義』
11)の中で,資本
9)
なお,さらには廃業の手続をせず,休眠会社になっている企業も少なくないで あろう。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −231−
( 11 )
主義発展の担い手は企業家であり,この企業家の行う「新結合の遂行」がそ もそも経済発展の原動力,資本主義経済をドライブする力であると説いた。
具体的には,①新しい財貨の生産,②新しい生産方法の導入,③新しい販路 の開拓,④新しい供給源(原料など)の開拓,⑤新組織の採用である
12)。
村上義昭=古泉宏氏は,おそらくはシュンペーターのこの所説をも踏まえ て,12項目が経営革新の具体的内容であると呈示し,このうち1項目でも 実施していれば,その企業は経営革新に取り組んでいるとしている(図表 3−2)。
ところで,「新基本法」には,上のシュンペーターの所説を下敷きにして いると思われる部分もあるが,ともあれ「経営の革新」とは,①新商品の開 発または生産,②新役務の開発または提供,③商品の新たな生産または販売 の方式の導入,④役務の新たな提供の方式の導入,⑤新たな経営管理方法の 導入その他の新たな事業活動を行うことにより,その経営の相当程度の向上
10) Schumpeter, Joseph A. [1926], SS.100‐
101, S.113.邦訳,152 ページおよび
166ペー
ジ。
11) Schumpeter, Joseph A. [1943], p.83.
邦訳,
1962年,
150〜
152ページ。
12)
川上義明[
2006年],
53ページも参照。
図表3−2 経営革新の内容 1 新たな事業分野への進出
2 新商品・新サービスの開発・販売 3 新たな顧客層の開拓
4 取引先の選別
5 製品・サービスの新しい生産方法や新しい提供方法の開発 6 新たな経営理念の確立
7 従業員の経営参加や権限委譲 8 店舗・工場・事務所などの増設・拡張 9 新部門や子会社などの立ち上げ 10 不採算部門などの整理 11 経営幹部の交代 12 企業内の情報化の促進
(資料)村上義昭・古泉 宏[2010年],5ページ。
−232−
( 12 )
をはかることをいう」(第2条第2項)としている。
さらに,「新基本法」は「国は,中小企業者の経営の革新を促進するため,
新商品または新役務を開発するための技術に関する研究開発の促進,商品の 生産または販売を著しく効率化するための設備の導入の促進,商品の開発,
生産,輸送及び販売を統一的に管理する新たな経営管理方法の導入促進その 他の必要な施策を講じるものとする」(第12条)としている。
中小企業の経営革新については,この「新基本法」に基づき,施策が行わ れた。
例えば,業種全体で設備の近代化やスケール・メリットを追及してきた
「中小企業近代化促進法」(近促法:1963年)と製造業等4業種に支援対象 が限定されている「特定中小企業者の新分野等による経済の構造的変化への 適応の円滑化に関する臨時措置法」(1993年)とを発展的に統合した「中小 企業経営革新支援法」(1999年)が制定され,中小企業の経営革新への支援 や経営基盤の強化への支援など,中小企業を支援する施策が講じられた
(『白書』,00年版,15ページ)。
(補項3−1)中小商業に対する施策
a.「大店法」から「まちづくり三法」へ
「失われた20年代前期」において,商業・流通の分野では,日米構 造協議(1990年)での合意を受け,翌91年に行われた「大店法」の改 正で,これまで商工会議所ないしは商工会に置かれて大型店の出店を 扱っていた「商業活動調整協議会」(商調協)は廃止されることになっ た(1992年1月)
13)。
その後,1995年になると米国のコダック社と日本の富士写真フィル
13)川野訓志[
2009年],
187ページ。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −233−
( 13 )
ムとの間で「日米フィルム紛争」
14)が生じた。この問題は当事者間(2 社間,そして2国間)では解決せず,翌96年に世界貿易機関(WTO)
に持ち込まれた。1998年1月に
WTOでは日本側の主張がほぼ認めら れたとはいえ「大店法」が
WTO違反の疑いがあることが明らかに なった
15)。
しかして,日本政府は「大店法」を廃止する方へと方向を転じた。
大型店と地域社会との融和の促進を図ることを目的とし,店舗面積等 の量的な調整は行わず,交通渋滞,騒音,廃棄物処理といった周辺環 境を悪化させないための社会的規制を目的とした,①「大規模小売店 舗立地法」(大店立地法:1998年)が制定され,この法律により「大 店法」は廃止された
16)。
と同時に,中心市街地の空洞化を食い止めるため,新たに②「中心 市街地の活性化に関する法律」(中心市街地活性化法:1998年)が制 定され,また,都市計画の面からも規制を強化すべく,③「都市計画 法」(1968年)が一部改正された(改正都市計画法)。この①「大店立 地法」,②「中心市街地活性化法」,③「改正都市計画法」が「まちづ くり三法」と呼ばれ
17),「まちづくり」が流通政策の中心に位置づけ られることになった
18)。
この3法律のうち②「中心市街地活性化法」と③「都市計画法」は
14)コダック社の市場シェアが日本においてだけ低いのは富士写真フィルムが「大 店法」をはじめとして排他的な市場慣行を利用しているからであるとした問題。
15)
福島政裕[1998 年]も参照。
16)
川野訓志[2009 年],189 ページ。
17)
石原武政教授は,これについて「戦前から続いたわが国における流通政策の機 軸としての『商業調整』の終焉であり,新たな幕開けであった。少なくとも,そ う期待されて
21世紀を迎えることになった。」と評価している ―― 石原武政[2009 年],
29ページ。
また,松島茂教授は,大店法の廃止によって「百貨店法」「大店法」によって続 いてきた商業調整の歴史は閉じられることになった」(松島 茂[
2009年],
219ページ)と表現している。
−234−
( 14 )
速やかに施行されたのだが,ところで①「大店立地法」は大型店進出 に対する中心市街地の「体力」が強化されるのを待つ必要があるとし て,2年後の2000年6月1日まで施行を待たねばならなかった。とも あれ,この時点で「大店法」は廃止された
19)。
「まちづくり三法」による施策は,結果的に郊外にショッピングセ ンターや大型アウトレット・モール,大型家電量販店,ロードサイド 店舗やファミリー・レストラン,ファースト・フード店などが次々に つくられ,一方都心部では大型店であれ,商店・商店街であれ,客足 が極端に途絶え,大型店の閉鎖やありがたくない名称「シャッター通 り」が相次いで生まれてしまった。
最近では雇用やひいては「買い物難民」なる用語が生まれるなど一 種の社会問題になっている。
また,交通問題の解決が前提となるけれども,都市の集客施設の重 要な一部であり,都市の賑わいづくりに貢献した,行政ニーズに応え る施設も郊外のより安価で,広大な敷地を求めて移転することにな る
20)。
b
.中心市街地における中小商業に対する施策
地方都市を中心に,中心市街地の疲弊と衰退は極限にまで達した。
この悪循環は1990年代の終わり(すなわち筆者がいう「失われた20年 代前期」末)には誰の目にも明らかとなった
21)。
そこで,「中心市街地活性化法」(1998年)に基づき,協同組合など が実施するアーケード,駐車場,コミュニティホール,協同荷捌き施 設,店舗等の商業基盤施設,商業施設の整備に必要な支援が行われた
18)松島 茂[2009 年],201 ページ。
19)
松島 茂[2009 年],219 ページ。
20)
石原武政[
2009年],
27ページ。
21)
石原武政[
2009年],
28ページ。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −235−
( 15 )
(『白書』,1999年版,4〜5ページ,19ページ)。
この段階において,具体的には,「中心市街地が形成する都市機能 に依拠して立地し,需要家のニーズに対応した事業を営む都市型新事 業は,新規産業創出の苗床となるものである。中心市街地活性化を図 る上で,都市型新事業の立地促進を図ることは,わが国産業のみなら ず,地域経済にとっても必要不可欠である」という認識のもと,中心 市街地において,都市型新事業の立地を促進するために,製販一体型 施設,貸事業所,研究開発施設,産学連携支援施設等を整備する地方 公共団体に対して支援策が講じられた(『白書』,00年版,13ページ)。
c
.タウン・マネジメントに対する施策
イギリスでも1つには自家用車の普及ともう1つには1980年代に サッチャー政権が都市における建築の規制緩和を行ったことにより,
郊外に多くのショッピングセンターが出店し,中心市街地が衰退する という現象が起きた。これに対して官民の区別なく取組がみられ,ま ず1986年にロンドンイルフォードで,地方自治体出身者や民間人(卸 売業者,会計士,銀行員等々)のタウンセンター・マネジャーによる タウンセンター・マネジメントが行われた。次いで,1990年にはロン ドンにタウンセンター・マネジメント協会(
The Association of Town Centre Management)が設立された(クレア海外通信ホームページによる:http : //www.clair.or.jp)。
一方,日本でも,望ましい業種ミックスや大型店と中小店のミック スといった地域全体のテナントミックスのマネジメント=タウンマネ ジメントという手法がみられるようになった
22)。
22)
松島 茂[
2009年],
215ページ。
−236−
( 16 )
例えば,図表補−1に示したように,タウン・マネジメントがみら れるようになったが,タウン・マネジメント機関(
TMO)による事 業や中心市街地における商店街の方向性を示すための戦略的な指導・
助言を行うことができるタウン・マネジャーの要請等に対する支援が 行われた(『白書』,99年版,4〜5ページ,19ページ)。
図表補−1 日本のタウン・マネジメント
所在地 タウン・マネジャー 概 要
兵庫県 川西市
行政担当者。再開発事業を推 進している同市の再開発部長 がタウン・マネジャー的な存 在。
川西市の玄関口に当たる阪急電車の川西能勢 口駅周辺の広範なエリアにおいて,市街地再 開発事業等を活用し,段階的,総合的に積極 的に整備。
滋賀県 長浜市
「株 式 会 社 黒 壁」(第3セ ク ター)がタウン・マネジャー。
事業主体は。株式会社形態で はあるが,開発利益を次の整 備に活かしているので,株式 会社黒壁は
NPO的な存在。
街のシンボルであった通称「黒壁銀行」の取 り壊しを契機に,古くからの町並みの保存・
整備を進め,商店街の活性化。街並みのの保 存・整備は「黒壁銀行」から北国街道沿いに 広がっている。
長野県 小布施街
とくにタウン・マネジャーが いたわけではないが,あえて いえば地元企業がタウン・マ ネジャー。
地元の和菓子会社による景観によるまちづく り。葛飾北斎の画を集めた「北斎館」に隣接 し,和菓子会社3社が立地していたが,新た な観光施設の整備に際し,小布施街と和菓子 会社のうち1社が和風建築としたことがきっ かけとなり,他の和菓子会社も和風建築の店 舗と文化施設を整備し,観光拠点としての機 能が強化された。このような民間側の動きを 受け,街は駅からアーケードまでの歩道を名 産の栗の木でできたタイルで舗装したり,景 観による街づくりを推進したりしている。
香川県 高松市
コンサルタント 高松市丸亀町商店街を1つの地域として捉え,
その地域内を同一のコンサルタントによって 段階的に整備。
(資料)ユーディットのホームページによる(http//udit.co.jp)。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −237−
( 17 )
(補項3−2)コンピュータ西暦2000年問題
この段階において記しておくべきは,「コンピュータ西暦2000年問 題」である。20世紀から21世紀に移り変わる時期において,この問題 について,中小企業が万一の事態に対応するため,中小企業総合事業 団(現中小企業基盤整備機構)と中小企業地域情報センター(全国47 地域)に緊急窓口が設置された。必要に応じ,中小企業総合事業団が あらかじめ登録された専門家(システム・エンジニア等)を万一の事 態が発生した中小企業に派遣し,起こっている状況を分析した上でア ドバイス等が行われた(『白書』,00年版,14ページ)。
4.「失われた20年段階後期」(2000年〜2010年)における中小企業政策
!1
2000年代に入った日本経済においては,IT バブルの崩壊,「米国同時多発 テロ事件」(9. 11テロ:2001年)による株価の大幅な下落もあったが,不況 を脱し,2002年2月〜07年10月まで69ヶ月という,かつての「いざなぎ景 気」(57ヶ月)を超えた戦後最長の「いざなぎ超え景気」を経験した。とは いえ,この景気は「実感なき景気」「リストラ景気」「格差景気」「勝組景 気」などと言われた。
もう1点指摘すべきは,日本がデフレ経済から抜け出せないでいるという ことである。日本経済は2001年3月〜06年6月に続いて,2009年11月から再 びデフレ−ションに陥った。
『経済財政白書』(2010年版)は日本経済は「失われた20年」から抜け出 せないでいるとしている。2007年10月から景気後退期に入っていた矢先,世 界経済は米国のサブプライムローン問題を契機としたリーマン・ショック
(2008年9月)に襲われ,「100年に1度」ともいわれる不況に陥った。外需 依存の日本経済も例外ではなく,景気後退にも追い討ちがかかってしまっ た
23)。
−238−
( 18 )
ところが,この景気後退は,内閣府の「景気動向指数」からみて,2009年 2月から反転し,企業業績も2011年3月に起きた東日本大震災まで,回復期 を迎えていた。とはいえ,日本は依然「外需依存の経済構造」から抜け出し たのではなく,いまなお内需重視の経済構造の構築が求められている。
この「失われた20年代後期」も終わろうとしていた,2010年6月18日,経 済界,とくには中小企業同友会と一部研究者の後押しもあって,「中小企業 憲章」が閣議決定された。政府は,「中小企業の歴史的な位置付けや,今日 の中小企業の経済的・社会的役割などについての考え方を基本理念として示 すとともに,中小企業政策に取り組むに当たっての基本原則や,それを踏ま えて政府として進める中小企業政策の行動指針を示した」
24)としている。別 途,そうしたことは「新基本法」で事足りるのではないか,あるいは事足り ないといった議論もあるが,ともあれこのことによって,中小企業政策に対 する政府(行政)の姿勢が改めて示されたと言えよう
25)。
(補注)なお,「中小企業憲章」の前文は,次のようになっている。
「中小企業は,経済を牽引する力であり,社会の主役である。常に時代の 先駆けとして積極果敢に挑戦を続け,多くの難局に遭っても,これを乗り越 えてきた。戦後復興期には,生活必需品への旺盛な内需を捉えるとともに,
輸出で新市場を開拓した。オイルショック時には,省エネを進め,国全体の 石油依存度低下にも寄与した。急激な円高に翻弄されても,産地で連携して 新分野に挑み,バブル崩壊後もインターネットの活用などで活路を見出した。
我が国は,現在,世界的な不況,環境・エネルギー制約,少子高齢化など による停滞に直面している。中小企業がその力と才能を発揮することが,疲
23)
内閣府のデータによれば,2008 年度の
GDP(国内総生産)は,対前年度4.4%減の
494兆円,2009 年度はさらに
3.7% 減の476兆円となった。これとは別に財 務省のデータによれば
2008度の貿易・サービス収支は,第
2次エネルギー危機直 後の
1980年度以来,28 年ぶりに
8,878億円の赤字を計上した。大企業の収益も大 幅に縮小ないしは赤字に転落した。
24)
中小企業庁「『中小企業憲章』の閣議決定について」(2010 年
6月
18日)―― 中 小企業庁ホームページ
: http//chusho.meti.go.jp/kenshoによる。
25)
「中小企業憲章」の制定の経緯および意義,課題については,三井逸友[
2011年],
298ページ以下を参照。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −239−
( 19 )
弊する地方経済を活気づけ,同時にアジアなどの新興国の成長をも取り込み 日本の新しい未来を切り拓く上で不可欠である。
政府が中核となり,国の総力を挙げて,中小企業の持つ個性や可能性を存 分に伸ばし,自立する中小企業を励まし,困っている中小企業を支え,そし て,どんな問題も中小企業の立場で考えていく。これにより,中小企業が光 り輝き,もって,安定的で活力ある経済と豊かな国民生活が実現されるよう,
ここに中小企業憲章を定める。」と。
「失われた20年段階後期」ではどのような中小企業政策がとられたのであ ろうか。
!
1 創業に対する施策
2000年代になると,経済のグローバル化はいよいよ進展し,主としてと 言ってよいであろうが,外資導入によりテークオフした中国を初めとしてア ジア経済の伸びは著しく,日本企業の対外直接投資は進んだ。
日本国内では「失われた20年段階前期」同様,否それ以上,「第二創業」
(既存中小企業による新規事業部門への進出),新規創業(新規開業),事業 承継,事業再生が政策の課題となりえた。
中小企業においては,これまで労働力不足問題(最悪の場合,これが原因 で経営破綻にいたる場合がある=労務倒産)や管理者不足問題が言われて久 しい。「失われた20年段階前期」になると大企業であればおよそ生じないで あろう問題,すなわち後継経営者がいないという問題が,高齢化社会の到来 とも相まって,生じてきた(図表4−1)。
そこで,中小企業における事業承継が中小企業政策の対象とならざるを得
なくなり
26)27),さらには,この「失われた20年段階後期」においても「もの
づくり」の議論や地域における産業集積,産業クラスターへの施策も行われ
26)事業承継の規模別・企業類型別研究の最近の研究については,村上義昭[2010
年]を参照。
27)
事業承継と経営革新との関連に関する研究については,古泉 宏[
2010年]を参 照。
−240−
( 20 )
0 02 02 97 90 87 82 79
20歳代以下
5.0 3.7 3.4 3.4 3.7 9.7 3.3
24.6 22.6 21.0 22.1 8.0 1.7
10.2 10.9
15.9 18.8
19.9
16.0 25.2 22.0
24.8 26.9
27.7
27.3 26.3 24.6
27.5 26.3
24.6
25.8
23.2 11.0
14.6 17.5 25.3
19.1 16.9
16.6 6.3
7.4 9.3
30歳代 40歳代 50歳代 60歳代 70歳代以上
(年)
10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
(%)
自営業主披雇用者
ざるをえなくなった。加えて,中小企業の新しい組織化,協業化,連携(新 連携,産学管連携,農商工連携,医商連携)も中小企業政策の射程内におか れることになった。
!
2 第二創業(新規事業部門への進出)に対する施策
中小企業も企業である以上,ことさら経営リスクの分散や
PPM(
Product Portfolio Management),プロダクトポートフォリオ戦略を持ち出さなくとも,新規製品を開発,生産,市場に投入しなければ「企業=継続的事業体」とし て存在し得ないであろう。当該企業の製品やサービスを受け入れる消費者の 好みが変化する場合もあるであろうし,他の企業が新しい製品やサービスを 市場に投入し,既存の市場が縮小し,崩壊する場合もあるからである。そう はいっても,中小企業は持てる経営資源が小さく,思うように研究開発や製 品・サービスの事業化,市場開拓が進まない場合も多い。
そこで,例えば研究開発・事業化を通じて新規事業分野の開拓を行おうと する中小企業を支援するため,「中小企業創造活動促進法」(2005年)に基づ いて,都道府県知事の認定を受けた研究開発事業計画にしたがって事業を行
図表4−1 自営業主の年齢構成
(原資料)総務省「就業構造基本調査」再編加工。
(資料)中小企業庁編『中小企業白書』(2004年版),171ページ。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −241−
( 21 )
う中小企業に対して支援策が講じられた(『白書』,03年版,225ページ。07 年版,272〜273ページ)
このように,中小企業における新規事業への進出について,多様な支援策 が講じられた。
!
3 新規創業(新規開業)に対する施策
先にみたように,日本では開業率の低下と廃業率の高止まりがみられ,以 前の高度成長期とは状況が大きく異なって,政策の対象となる中小企業数が 減少しているというのが,この段階でまず中小企業政策の課題となった。
そこで,最初に新規創業(新規開業)への支援からみておこう。
新規創業(新規開業)をより容易にすべく,具体的には,新たな事業活動 の展開に挑戦する中小企業を積極的に支援する制度的な拡充を図るべく,大 きな制度の変更がみられた。「中小企業等が行う新たな事業活動の促進のた めの中小企業等協同組合法等の一部を改正する法律」(中小企業挑戦支援 法:2002年。2008年までの時限立法)に基づいて施策がなされた。つまり,
当時の商法では,会社設立にあたって最低資本金についての規定があり,株 式会社は1, 000万円,有限会社は300万円という最低資本金が必要であったが,
この法律により,形式的には資本金が1円でも会社の設立が可能となっ た
(補注)。
(補注)なお,この制度では会社設立後5年以内に資本金を株式会社の最低資本 金1, 000万円まで,有限会社では300万円まで,積み立てねばならず,もしそ れができない場合には解散しなければならなかった。ところが,「会社法」
(2005年)で資本金1円のままでそのまま存続できることになった。
これとは別に,この法律に基づいて,企業組合の設立を支援するため, 「創 業予備軍」を対象として,先例事例紹介や交流会等を内容としたプラザ事業
−242−
( 22 )
の開催といった施策も行われた(『白書』03年版,226ページ)。
その他,インキュベーター施設の整備や「新事業創出促進法」に基づいて 都道府県および政令市が進める「地域プラットフォーム」
28)の整備への施策,
この①「新事業創出促進法」と②「産業活力の再生及び産業活動の革新に関 する臨時措置法」(産業活力再生特別措置法:1999年)に基づいて,創業者
(企業家)への支援も行われた(『白書』,01年版,222ページ。02年版,201 ページ)。
また,新規創業(新規開業)への具体的な計画を持つ者を対象とした「創 業塾」や,新事業展開を目指す経営者や若手後継者等を対象とした「経営革 新塾」といった新規創業(新規開業)への人材育成策も講じられた(『白書』,
09年版,287〜288ページ)。
このように,新規創業(新規開業)を図るべく,じつに多様な政策が施行 されているのだが,しかし「創業したい者は多いのに,支援の仕組みが整っ ていない。リスクが大きすぎ,情報も足りず,金融システムも不備である。
起業への投資環境の充実,金融機関における目利きの人材や失敗してもやり 直せる文化への改革が必要である」(日本商工会議所会頭・岡村正氏談−
『朝日新聞』,2010年6月24日付)という意見ないしは批判がなおあること を付け加えておきたい。
!
4 中小企業の事業承継に対する施策
ふつう命題であると考えてよいのが「企業とは継続的事業体(
going con- cern)である」ということである。しかし,実際には中小企業のみならず,大企業でさえ,経営破綻し,継続的事業体でなくなった例を,われわれはい くつも知っている。
28)
地域の潜在能力(ポテンシャル)を活かした新事業創出の取組を研究開発から 事業化まで総合的・一体的に支援する体制。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −243−
( 23 )
大企業の場合,特別な場合を除いて,経営を継ぐ者(=次なる経営者)が 見つからず,その企業が継続的事業体として存続できないということはまず ないであろう。ところが,中小企業の場合,言わば構造的な問題として, 「人 不足」ということがよく言われる。従業員が不足することはもちろん管理者 がなかなか見つからない,そして最悪の場合,経営者の高齢化が進む中,次 なる経営者が見つからず,その企業の経営が継続できなくなることがある
29)。
これとは別に,村上義昭氏=古泉宏氏は,一般的に言って中小企業におけ る経営者自身の能力が当該企業の業績に直結することが多く,経営革新を 図ったり,加えて新規事業へ挑戦したりするといった場合に経営者の交替
(=若返り)が必要になると指摘している
30)。
事業承継がこの段階で問題となったのは,戦後,高度成長期までに開業し た企業の経営者が高齢化し,交替の時期を迎えたからである
31)。
そして,注意すべきは,井上考二氏が指摘するように,中小企業における 事業承継の問題は企業規模が小さいほど,問題が大きいということである
32)(図表4−2)。
もう1点は,事業承継が,現経営者から子弟への世襲では限界があるとい うことである。すなわち,近年,経営者に求められる経営能力が高度化し,
現経営者の子弟だからといって必ずしも経営能力が備わっているとは限らな い。加えて,現経営者の子弟が必ずしも自分への承継を望まないということ もある
33)。
こうして,事業承継の問題は当該企業の自助努力・経営努力だけでは解決 しえない問題となる。そこで,公的な支援(=中小企業の事業承継への支
29)
井上考二[2008 年
b]も参照。30)
村上義昭・古泉 宏[2010 年
a]を参照。31)
安田武彦[
2005年]および村上義昭・深沼 光・井上考二[
2009年]年も参照。
32)
井上考二[
2008年
b]も参照。
33)
村上義昭[
2008年]も参照。
−244−
( 24 )
51 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03(年)
5253 5455 5657 5859 6061 6263
64 63.00 62.11
62.00 59.06 58.09
58.03
(5,000万円未満)
(全社平均)58.02 56.11 61.05
59.07
57.00
54.07 52.07 52.01
(歳) 全社平均 1,000万円未満 5,000万円未満
5億円未満 10億円未満 10億円以上
1億円未満
援)が必要となることが理解できよう。
そこで,近いところでは,例えば「中小企業における事業承継の円滑化に 関する法律」(経営承継円滑化法:2008年)が制定され,これに基づいて,
中小企業の事業承継への総合的な支援策が実施された。具体的には,事業承 継に発生する課題に対応したワンストップ・サービスを行う「事業承継支援 セミナー」が全国102ヶ所に設置された(『白書』,09年版,275〜276ページ)。
また,中小企業基盤整備機構では全国に9ヶ所ある支部に専門の人材(事 業承継コーディネーター)を配置し,各地域で事業承継を支援する実務家
(弁護士・税理士・公認会計士等)に関する情報の収集・整理,商工会議所・
商工会の経営指導員への実務家情報等の提供,実務家研修の実施等により,
広範かつ高度に中小企業の事業承継をサポートする「事業承継ネットワー ク」が構築され,全国各地で中小企業の事業承継に対する支援がなされた
(『白書』,08年版,237ページ)。また,中小企業大学校では後継者教育を行っ ている(中小企業基盤整備機構,「テキスト」,2009年版による)。
さらには,相続税の課税価格を10%削減するといった,中小企業の事業承 図表4−2 資本金規模別の代表者の平均年齢の推移
(原資料)㈱帝国データバンク「社長交代率調査」。
(原注)年齢の小数点以下は月数。
(資料)中小企業庁編『中小企業白書』(2004年版),172ページ。
日本の中小企業政策の過程(Ⅱ) (川上) −245−
( 25 )
継に対する税制からの支援も行われた。個人が相続等により取得した中小企 業の経営者の保有する自社株について措置が講じられた(『白書』,03年版,
238ページ)。
このように,技術的な観点や雇用の確保等々,中小企業の事業承継が重要 な課題であると受け止められ,施策が講じられたのである。
!
5 中小企業再生に対する施策
「再生」とは,生物で言えば一般的に「死にかかったものが生きかえるこ と」(広辞苑)であり,あるいは筆者が考えるに「1部分を失った生物がそ の失った部分を他の部分で補うこと」といえよう。
個人であれば,経済的に破綻した者が経済生活の継続をはかることが「個 人再生」であろう。経営破綻しかかった企業を立ち直らせること,場合によっ ては経営破綻した企業が事業を再開することが「事業再生」あるいは「企業 再生」であろう。
さて,そのままでは経営破綻に追い込まれる中小企業であっとしても,コ ア事業(強みを持つ事業,生き残っていける事業)を持つ企業については,
その企業の財務や事業の見直し(選択と集中)によって再生できる場合も少 なくないであろう。こうした中小企業には 事業再開の道が開けるかもしれ ない。
そこで,例えば「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する臨時措置 法」(産業活力再生特別措置法:1999年)に基づき,各都道府県に中小企業 再生支援協議会が設置されている。この協議会に,公認会計士,税理士,中 小企業診断士等の常駐専門家が配置され,メインバンクと政策金融機等と個 別支援チームが編成され,再生計画までの支援が行なわれた(『白書』,03年 版,272ページ)。
また,中小企業が事業再生をはかろうとする場合には,金融機関からの支
−246−
( 26 )