企業家利益とインドネシア研究・政策研究 (特集
外国を研究すること)
著者
ベニー スビアント
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
216
ページ
20-22
発行年
2013-09
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003629
●はじめに
一九五〇年代から一九七〇年代 のアメリカの地域研究全盛期にお いて、東南アジア諸国の中でイン ドネシアほど関心を集め、かつ制 度的な支援を受け、加えて熱心な 学問研究の対象となった国は存在 しなかった。しかしながら、一九 九一年の冷戦終了と二〇〇一年に 起きた凄惨な対米同時多発テロを 契機に、アメリカにおける地域研 究は終焉を迎えた。 インドネシアの政治状況は、過 去一五年の間、民主化や地方分権 など、過去に例をみない規模で変 化を遂げてきた。そのためインド ネシアの変化は、世界的に関心を 集め、その研究も再び充実しはじ めている。地方政治、民族紛争、 民主主義体制への移行・強化、分 権 化・ 地 方 自 治、 政 軍 関 係、 と いった分野でとりわけ研究蓄積が 顕著である。民主化が進んだこと で、インドネシアでは情報入手の 門戸が大きく開かれるようになっ た。この結果、インドネシアは、 インドネシア研究のみならず、民 主政への移行、イスラムと民主主 義、地方分権、民族抗争といった テ ー マ を、 比 較 研 究 す る 実 験 室 や、研究者が各種データを簡単に 収集することのできる、情報の鉱 山にもなりつつある。●政策研究の必要性
インドネシアでは政治そのもの の変革にともない、新しい政治手 法もまた生まれた。それは、政策 を立案するに当たって社会科学の 手 法 を 活 用 す る と い う 方 法 で あ る 。 インドネシア政治の変革におけ る際立った特徴は、国会議員選挙 のみならず、大統領、州、県、市 または郡の各地方自治体レベルの 首長にかかる直接選挙が行われる ようになったことである。この結 果、実施される選挙の回数は急増 し、選挙関連のコンサルタントが 台頭している。こうしたコンサル タント業や、とりわけ世論調査会 社は期せずして、世間一般の声 を 比較的容易に分析可能な形でデー タとして提示し、その結果 を用い て 研究者は新たな研究が できるよ うになった。 もうひとつの重要な変化は、地 方自治体の側における政策研究に かかるニーズの向上である。二〇 〇一年に始まった分権化と地方自 治を受けて、政策の策定・実施に 関 す る 地 方 自 治 体 の 権 限 は 強 く なっている。しかし、大半の地方 自治体では、そのような能力を有 する人材が欠如しているため、現 地の大学や研究機関に研究、政策 案の作成、開発計画の起案作業を 委託することで穴埋めしているの が現状である。●
インドネシアの大物実業家
からアメリカ研究機関への
資金提供
インドネシアは一次産業、とり わけ天然資源産業を主軸として高 い経済成長を実現し、過去一〇年 間の政治情勢は比較的安定してい る一方で、中小製造業は競争力を 欠いており衰退している。その結 果、大企業こそが実体的・戦略的 な役割を果たす度合いが増してい る。スハルト時代とは異なり、現 在の大企業は、必ずしも国家の支 援を受ける従属的な立場にいる訳 で は な い。 こ の 点 は、 大 企 業 に とって極めて重要な変化である。 なぜなら、成長した大企業が利益 の一部を教育・研究プログラムに 充当し、インドネシアの状況を改 善 するために使えるようになった からである 。 ラジャワリ財団は、インドネシ アの大企業の一角を占めるラジャ ワリ・コーポレーションの慈善団 体部門であり、二〇〇九年一二月 に同財団からハーバード大学ケネ ディスクールに対して総額二〇五 〇万ドルの寄付が行われた。このベ
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アジ研ワールド・トレンド No.216 (2013. 9)寄 付 金 は、 ハ ー バ ー ド 大 学 ケ ネ ディスクールがインドネシアの民 主政治、制度改革を支える研究教 育活動、能力育成を行うことを目 的としたものとなっている。この 寄付のうち総額一〇〇〇万ドル分 は、 ハ ー バ ー ド 大 学 ケ ネ デ ィ ス クールにおいてラジャワリ財団ア ジア研究所を設立するための寄贈 であり、同研究所には、アジアに 関する公共政策研究や教育の促進 に 取 り 組 ん で い る 各 界 の リ ー ダー、政策担当者、学者、学生を 集めている。残りの一〇五〇万ド ル分は、ケネディスクールの五年 にわたるインドネシアプログラム の活動に充当される。 こ の 取 組 の 活 動 の 中 に、 「 イ ン ドネシアにおけるリーダーシップ 変革」プログラムの実施がある。 このプログラムは、行政サービス におけるリーダーシップ向上に力 点を置いた四週間の行政教育コー スである。最初の一週間は、講義 形式でジャカルタにて実施され、 残りの三週間は、ハーバード大学 での授業と、ボストンにおける地 方自治体の現場視察を行う。この 行政教育プログラムが大きな成功 を収めると、今後数年以内にイン ドネシアの地方公選リーダーは、 戦略的分野三項目での基本的知識 と技能を身に付けられることにな る。 第 一 に、 「 戦 略 的 リ ー ダ ー シ ッ プ 」 で は、 広 報 戦 略、 説 得 術、交渉術、行政府でのリーダー シップ、行政府と立法府との相互 関係、倫理・説明責任、参加型行 政 運 営、 透 明 性 の 確 保 と 市 民 参 画、危機管理など、各種の問題が 扱 わ れ て い る。 第 二 に、 「 新 し い 行政運営」では、行政改革、運営 実績評価、予算編成と財務管理、 意思決定用の分析ツール、マーケ ティング、大規模プロジェクト、 インフラファイナンスが扱われて いる。第三に、 「持続可能な開発」 では経済成長戦略、成長と公平性 確保という目標のトレードオフ関 係、農村開発、都市化の問題点、 貧困と社会的セイフティネット等 が扱われている。 また、政治的影響力をもつ企業 グループの代表的存在でもあるバ クリー・グループも、アメリカに お い て 研 究 プ ロ グ ラ ム の 助 成 を 行っている。バクリー・センター 財 団 を 通 じ て、 二 〇 一 〇 年 七 月 に、ワシントンの超党派の外交政 策シンクタンクであるカーネギー 国際平和財団の研究員に対してバ クリーの財団から資金助成が行わ れ てい る。 T h e B ak rie C h air o n Southeast Asia は、 「 イ ン ド ネ シ アと東南アジアにおける主な政治 的、経済的、社会文化的な趨勢」 に関して「政策関連の研究」を行 うことになっている。バクリー・ センター財団とカーネギーのいず れも、寄付 金 の額は開示していな い。興味深いことに、バラク・オ バマ大統領の異父妹であるマヤ・ ストロと、国家安全保障会議アジ ア上級部長を務めたジェフリー・ ベイダーは、ワシントンDCで行 われたバクリー財団のイベントに 出席していた。アブリザル・バク リーの子息であるアニンディヤ・ バクリー自身、アメリカのトップ レ ベ ル の 大 学 を 卒 業 し て お り ( ノ ー ス ウ ェ ス タ ン 大 学 と ス タ ン フ ォ ー ド 大 学 )、 イ ン ド ネ シ ア が 必要としているのは「民主主義と 経済成長」であると語っている。 イ ン ド ネ シ ア に お け る 悪 名 高 き も う 一 人 の 大 物 実 業 家 ス カ ン ト ・ タ ノ ト は 、 脱 税 の 容 疑 を 受 け て お り 、 イ ン ド ネ シ ア 国 内 で 環 境 悪 化 を 生 み 出 し た と さ れ て い る が 、 カ ー ネ ギ ー メ ロ ン 大 学 工 学 部 に T an ot o P ro fe ss or sh ipを 設 け た 。 タノト財団を介して寄付基金を設 けて 、学業優秀で人格も優れて い る医学部生に対して資金援助を行 い、シンガポール国立大学医学部 に進学できるようにしている。 インドネシアのこれらの大物実 業家が外国の教育研究機関に多額 の資金供与を行っているのは何故 なのだろうか。第一に、ラジャワ リ・コーポレーションの場合、世 界一流の大学で行われている研究 教育活動を通じて、最終的に政策 決定プロセスの質が改善されるこ とが、自分たちの事業上の利益に 沿うことになると考えている。第 二に、バクリーからカーネギー国 際平和財団への寄付は、自分のイ メージを国際的な名声を通じて好 転させようという大物実業家兼政 治家による努力である。ただし、 この試みは、バクリーのビジネス 慣行により限界に直面すると思わ れる。数年前に、アブリザル・バ ク リ ー は、 政 府 の 主 な 改 革 派 で あったスリ・ムルヤニ・インドラ ワティの放逐に向けたプロパガン ダを行い、結局彼女を二〇一〇年 五月に財務相からの辞職に追い込 んだ。二〇〇六年には、バクリー 傘 下 の 企 業 に よ っ て、 シ ド ア ル ジョの泥火山事故が発生したが、 地質学者で構成される国際チーム の検証によると、その原因は掘削
企業家利益とインドネシア研究・政策研究
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アジ研ワールド・トレンド No.216 (2013. 9)に 不 備 が あ っ た た め と さ れ て い る。また、同グループは、脱税容 疑に加え、石炭採掘権の未払い、 汚職の容疑に関する訴訟事案にも 直面している。スカント・タノト もまた、バクリーと同様に、 傘下 企業の不祥事が一部明らかになっ たことを受けて、自己の評判を改 善する必要性に迫られていた。 スハルト体制の崩壊以降、上記 のインドネシア人大物実業家によ るアメリカの教育研究機関への寄 付が多くなっていることから、い くつかの事実関係がみて取れる。 第一は、インドネシア人大物実業 家の利益に資する形で手元資金が インドネシア国内に潤沢に存在す るという単純な事実である。第二 に、アメリカの教育研究機関への 資金提供を行うと、国内のみなら ず国際的な舞台において、ビジネ ス面・政治面で目立った存在にな れる公算が大きい。第三に、民主 化の結果、大企業が政治的に頼り にできる有力パトロンがインドネ シア政界に存在しなくなった。ス ハルト全盛期では、大統領から政 治的支援を受ければビジネスは安 泰であった。しかし、民主化と政 治権力の分散の結果、政党や有力 NGOへの支援提供 はもはや必然 で は な い。 一 部 の 企 業 は、 し た が っ て、 い わ ゆ る 知 識 人、 学 識 者、世論調査会社、政治コンサル タント、広報アドバイザーを育成 していくと考えられる。