奈良教育大学学術リポジトリNEAR
紀伊山地中央部・洞川周辺の石灰岩
著者 西田 史朗
雑誌名 奈良教育大学紀要. 自然科学
巻 18
号 2
ページ 93‑98
発行年 1969‑11‑29
その他のタイトル The Paleozoic Limestone in the Dorogawa
District of the Kii Mountainland, Japan
URL http://hdl.handle.net/10105/3103
紀伊山地中央部・洞川周辺の石灰岩
(付,図版3)
西 田 史 朗 (奈良教育大学地学教室) (昭和44年5月30日受理〕
The Paleozoic Limestone in the Dorogawa District of the Kii Mountainland, Japan
Shiro NISH工DA
(Department of Earth Science, Nara University of Educatiqn, Nara, Japan) (Received May 30, 1969)
In the Paleozoic Chichibu system of the central part of the Kii mountain‑
land reports on fossils are few, but on the contrary many occurrences of fossils are reported from both sides of this peninsula, the Shima and the Yura districts. The present author found some fossils, including Schwagerina
spリin the Dorogawa limestone which had been thought as inorganic origin
for a long time. As it is impossible that the identification of the present species of Schwagerina, the geologic age of the limestone may be safely supposed to be the Permian. The present paper reports the occurrence of fossils in the limestone and the geology of the district.
I.は し が き
紀伊半島外帯の秩父帯については,その両端部ではかなりよく研究されているが中央部につい ては未だ充分とは言えない.紀伊山地中央部の秩父帯の調査研究は金原信奉(1902) ,脇水鉄五 郎(1917) ,飯塚保五郎(1932) , Oki, K. (1934) ,平山健・岸本文男(1957) ,平山健・神 戸信和(1959) ,志井田功(1951, 1954, 1962)等の諸氏によりなされているが化石の報告は少 ない.特に古生代後期の地質時代決定に有効なフズリナの産出が本帯の両端部の三重県志摩地方 および和歌山県由良地方からはかなり知られているのに比べ中央部からほ非常に貧弱である.
筆者は奈良県吉野郡洞川周辺の石灰岩中より不鮮明ではあるがフズリナを含む数種類の化石を 得たので報告する.併せて周辺の地質についても概報する.本文の要旨は1968年9月日本地質学 会第75年秋季学術大会(清水)で報告した.
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Ⅱ.洞川周辺の石灰岩と化石について
筆者は数年来本地域の石灰岩体に興味を持ち,断続的に本岩体の化石と周辺の地質の調査を行 なってきた.その結果今まで化石が全く発見されず,将来も発見される可能性は甚だ少ないもの と予想(志井田, 1962)され,化学的沈澱作用による(志井乱1954)等と言ほれていた本洞川 地域の石灰岩から保存状態はあまりよくないが若干のフズリナの他に有孔虫,石灰藻などの産出
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第1図 調査地域と紀伊半島の地質構造の概略
することを知った.
本地域は地質学的には西南日本の外 帯に属し,秩父黒帯主帯と日高黒帯北 帯にまたがる.行政区画上は奈良県吉 野郡天川村で,女人禁制を今も守る修 験道の行場・大峯山‑の登山基地であ り,洞川部落周辺にはかなりの規模の 鍾乳洞も発達し,夏期には京阪神の小 中学生の林間学習や観光,.登山,信仰 などで賑う.
化石の発見された石灰岩体周辺の地 質の大部分は秩父黒帯主帯,志井田 (1962)の川上帯で大峯デッケの一部を なす.南西部は日高累帯北帯,間氏ゎ 伯母峯帯で両者は衝上関係で接し,衝 上線は仏像構造線に相当するものとさ れ,紀伊半島中央部では立川渡一大迫 衝上線と呼ばれている.洞川付近の本 衝上線は洞川入口の橋下と洞川ノミス停 留所西方約100mにある小川の上流約 100mの地点で観察できる.
志井田(1962)によると本地域の秩父系は川上層群と呼ばれ,その層序は見かけ上,上部より自 足岳層,上多古鳳 行者還層に分けられている.上部の自足岳層の石灰岩から Neoschwagenna sp., Schubertella sp.の産出が報告されている他はred chert中のRadiolaria以外には知られ ていなかった.今回化石を産出した洞川石灰岩体は同氏の川上層群の中部層である上多古層と考 えられ,二畳紀中世とされている.行者還層からほ最近松岡数充(1969)により有孔虫,放散虫, 石灰藻その他の化石が報告されているが地質時代の決定については今後の研究にまたねばならな い.
従来本洞川地域の石灰岩体については, Oki (1934)は秩父帯に属するものとし,志井田 (1951)は本地域東部の柏木帯(三宝山層群下部相当)の延長部或は相当帯と推定した.また志 井田(1954)は吉野川流域の秩父古生層帯をその岩相的特徴及び累重状態を基として上位より川 上層群と大峯層群に二分されるとした.これによると本岩体は大峯層群上部の松尾累層に含まれ るらしい.
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.本岩体からの化石の産出についてはOki (1934)は"The writer obtained a Lonsdaleia‑
like fossil at Dorokawa, but it is difficult to describe as organic remain."と報告している が志井田(1954)は吉野川流域地方の石灰岩についてtt生物遺骸を含むことが稀有であって,む しろ石灰分が無機的に集積した処の一種の化学的沈澱物と考えたいようなものである."と述べ ている.本岩体を含む紀伊山地中央部の石灰岩は輝縁凝灰岩を伴なうことが多く,輝線凝灰岩を もたらした火成活動によって生じた無機的成因によるものも充分考えられる.
洞州周辺の地質は立川渡‑大迫衝上線を境として見かけ上,上部の古生界と下位の中生界に分 かれる.本地域の古生界は見かけ上,上部より砂岩,珪岩,石灰岩,輝線凝灰石,珪岩,石灰岩, 砂岩,輝線凝灰岩,珪岩と重なり,走行は部分的にはかなりの乱れを示すがほゞ東西を示し,傾 斜は全体的に北落ちで45‑70度を示す。中生界は主に砂岩および頁岩,粘板岩よりなり,部分的
にはかなりの混乱を示すが走行ほほゞ東西で, 30‑60度の北落ちの傾斜を示す.中生界と古生界 を境する衝上面は本地域の露頭で観察できる限りではほとんど水平に近いが巨視的には南北の走 行をもち,東北落ちの傾斜を示す.本地域の東部では古生界を貫く大峯酸性岩の岩体が分布し, 古生界との接触部では交代鉱床を生じ磁鉄鉱その他の鉱物を産し,現在吉野鉱業五代松鉱山とし
て緩行されている.またこの火成岩体の貫人による熱変成作用により本地城の石灰岩は多かれ少 なかれ品質化し,東部のものほど著じるしい.
化石は石灰岩体の二ヶ所から見出された.一つは洞川部落東端のsparryな石灰岩より,他の 一つは蛇の倉への参道に露出するもので,灰白色の風化面に石灰藻あるいはサンゴかと思わせる ようなものを残すmicnticな石灰岩からである.この近辺から脈状石灰岩も報告されている(村 井, 1966).またこれらの石灰岩より得た化石標本は保存状態は決して良くなく,野外で肉眼的
に十分観察できないため,ほとんど盲目磨りにより得た.そのためフズリナ鑑定のための薄片と しても不完全なものしか得られなかった.フズリナ化石の中には大峯酸性岩体の貫人に伴なう石 灰岩の晶質化のため内部構造が分り難くなったものが多い.薄片車のフズリナのあるものでは内 部の保存は比較的よいが,周辺部が溶けたようになり,再結晶しているように見えるものがあ る.また同じ理由でフズリナほほゞ全体の型を示すが,通常の顕微鏡下では非常にコントラスト が弱く観察し難いものもある.産出したフズリナについては鑑定に際し重要なkey となる隔壁
の構造が充分に観察できないが,全体阜してみるとこれらはすべて種の決定まではできないが Schwagerina属に入るものと思われる(図版I参照).フズリナの他に有孔虫輝,放散虫類, 小型の腕足類らしきもの,クリノイドや分類上の所属は不明であるが明らかに生物起源と思わざ
るをえないようなものを兄い出している(図版Ⅱ,Ⅲ参照.).
Ⅲ.対 比
本地域の古生界は志井田(1962)によると二畳紀中世のものであるとされ,また先に筆者(19 69a)はその下限について従来の考えより多少下るのではなかろうかとした.しかし今回産出した 化石のうち時代決定に有効なものはフズリナのみであり,そのフズリナについても種の鑑定は困 難である.一般にSchxvagerina属は全ペルム紀を通じて産出し,種不明のSchwagerina属の みで時代決定を行なうのは困難である.また隣接地域におけるSchwagerina属の出現状況から みて,本石灰岩体の時代を二畳紀中世またはその下限はそれよりも下ると結論するのは早計なよ うである.すなわち紀伊半島外帯の秩父系からのSchvoagerina属の産出報告はその中央部から
は今回が初めてであり,今までの報告は三重県志摩地方と和歌山県由良地方からのものに限られ ていた.志摩地方の安楽島,今浦から山際(1956, 1957)は Yabeina kotoiと共にSchwageri‑
nae gen. sp. indet.として報告している.また大塚・小沢は逢坂峠の石灰岩から Schxvagerina vulgaris, S. vulgaris var. fusiformis, S. pγiscaを得ている.由良地方の古生界からは館林 (1928)は法花寺の石灰岩からSchwageγina prisca, S. incisaをPseudoschwagerina princeps, Fusulinella bockiと共に報告し,杉山(1932)は自崎からSchwagerina ambigxvaをNeoschzv‑
ageaina craticulifera, Fusulinella phairayensis?と共に,黒山からSchvoagerina ambigwa をFusulinella phairayensisと共に,法花寺からSckwagerina ambigxvaをFusulinella phai‑
rayensis, Neoschwagerina craticulifera etc.と共に,表名から Schivagerina ambigwaを
Fusulinella phairayensis, Neoschwagerina craticulifera, Yabeina? spリStaffella sp., etc.
と共に,皆森の石灰岩からSchzvagerina ambigua PをNeoschwager‑ina craticulifera, Fusuli‑
nella bocki, Fusulinella sp., Staffera sp.と共に報告している.以上の如く紀伊半島におい てはSchxvagerina属はペルム紀の中部および上部を示すNeoschwagerina属 Yabeina層と共 産することが多いが,志摩・逢坂峠の石灰岩や由良・法花寺の石灰岩のようにペルム紀下部の assemblageを示すものもあり,本洞川石灰岩の対比についても今回産出のSchwagerina属の種 の決定ができない,あるいは他の時代決定に有効な化石の発見がない限り明言できない.
Ⅳ.ま と め
1.奈良県吉野郡天川村洞川周辺の石灰岩体より Schwagerina sp.の他数種の化石の産出を報 告した.
2.本石灰岩体の堆積時期はペルム紀中の何時かは生層序学的に現状では言えない.
3.本石灰岩体も含めて当地方の多くの石灰岩は従来化学的に沈澱したものではなかろうかとさ れていたが,部分的ではあるがこの無機的成因説を否定した.
4.本地域を含めて紀伊半島中央部の石灰岩には輝線凝灰岩を伴なうものが多く,一部は輝緑凝 灰岩を生じた火成活動に関係する無機的成因によるものも考えられる.
終りに本地域の野外調査に協力された奥田尚,松岡数充の両氏ならびに拙文を御一読下さった 本学梅田甲子郎教授に篤く感謝します.
V.文 献
平LLl健・岸本文男(1957) :始0.000地質図巾「青野山」および同説明書.地質調査所.
‑ 1神戸信和(1959) :宛0.000地質図巾「高野山」および同説明書.地質調査所.
飯塚保五郎(1932) 金原 信泰(1902) 松岡 数充(1969)
pp. 24‑28.
松下 進(1952) 村井 稔正(1966)
: K5.000地質図巾「野後」および同説明書.地質調査所.
・・Koo,OoO地質図巾「和歌山」および同説明書.地質調査所.
:天ヶ瀬上流(赤滝谷)の石灰岩転石から発見された化石について.大和地学, no.15,
:日本地方地質誌.近畿地方.朝倉書店.
:大陸山系の地学教材的研究.奈良学芸大卒論(地学) 52.
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西 田 史 朗
西田 史朗(1969a) :奈良県吉野郡洞川周辺の古生層(演旨).地質経. vol. 75, p‑8 (1969b) :吉野・洞川周辺の地質と古生物.大和地学 no. 15, pp‑16‑17.
Oki, K. (1934) : Geology of血e Yamat0‑0mine District in Yamato Province.京大卒論.
志井田 功(1951) :吉野山地東部川上地方の地質について(予報).奈良学芸大紀要 vol. 1, no.1,
pp‑ 70‑73.
(1952) :大峯山塊の地質構造(演旨).地質雑 vol.58, p.285.
(1954) :吉野川流域の地質概要.奈良県総合文化調査報告書.吉野川流域篇. pp. 1‑13.
‑ (1962) :紀伊半島中央部における秩父累帯および日高(四万十)累帯の層位学的構造地質学的研究.
名古屋大学教養部紀要.第6韓.別冊1. 58pp.
杉山 敏郎(1932) :紀州有田郡由良町附近に発達する中生層の或る新事実に就いて.地球. vol. 17,
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館林 寛吾(1930) :紀伊由良附近の鳥巣統其他に就て.地球 vol. 13, pp. 330‑352.
Yamagiwa, N. (1956) '・Neoschwagerininae from the Shima Peninsula, Japan. Trans. Paleont. Soc.
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山際 延夫(1957) :志摩半島東部中古生界の層序と構造.地質経. vol. 63, pp. 263‑272.
‑1坂 幸恭(1967) :志摩半島東部の中・古生界.地質見学案内書(1967,名古座) 5,日本地質学会.
阻 版 説 明 倍率はすべて50倍
図版l
Figs.1‑9. Schwagerina sp.
1: Slide D14‑9, 2‑9 : Slide D20‑2.
1̲ヾ'I'; II Figs. 1‑4 & 6. Problematica. Coral?
1 & 6 : Slide D9‑1, 2 : Slide D5‑2, 3 : Slide.D14‑3, 4 : Slide D4‑9.
Fig. 5. Problematica.
5 : Slide D14‑6.
Figs. 7‑10. Foraminifera.
7 : Slide D12‑6, 8 : Slide D14‑5, 9 : Slide D12‑7, 10 : Slide D9‑2.
Fig. ll. Brachiopod?
11 : Slide D12‑3.
Figs. 12‑13. Problematica. Coral?
12‑13 : Slide D20‑2.
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Fig‑ 1. Radioralia.
1 : Slide D4‑3.
Figs. 2‑6. Problematica.
2 : Slide D9‑蝣7, 3 : Slide D5‑8, 4 : Slide D12‑7,