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中村嘉男

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Academic year: 2021

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『楽園のこちら側』にみる知的統一 中村嘉男

Intellectual Unity in This Side of Paradise

Yoshio NAKAMURA

I

F. Scott Fitzgeraldの自伝的小説This Side of Paradiseは、 1920年3月末に出版 されて以来驚くべき売れ行きを示し、まだ世に知られていなかった23才の青年作家は、

一躍第一次大戦後のアメリカの若者たちの代弁者として活躍することになる。しかし 今日その小説を読んでみると、一体なぜそれが爆発的な人気を博したのか、よくわか らないかもしれない。 SyKahnは、その理由の一つを、当時の人々に衝撃的だった̀its scenes of moral laxness and dissipation'が今日では̀innocent conventions'1*となっ ているからだと述べている。確かに、主人公Amoryは、 ̀flaming youth'の代表者と いうより、活動的で思索好きの真面目な青年といった方がふさわしいように思われる。

また、その作品に対する評価も、主人公Amoryの若々しい感性や行動の表現について は肯定しながら、それを知的に統制する力の弱さと構成の散漫さを批判するものが多 かった。 Fitzgeraldの大学時代の友達で批評家のEdmund Wilsonは、 1922年に、 「そ の小説の主な弱点の一つは、それが実際に何の主題も持っておらず、その知的'・道徳 的内容が一つの身振り、あいまいな反抗の身振り以上のものではないことだ」2)と厳し い見方をしている。知性派のWilsonには、その小説の初版のおびただしい誤字が我慢 できなかったうえ、作品全体が̀bogus ideas'や̀faked literary reference'で飾られて、

一貫した主題がないように思えたのだ。

Wilsonの批評はそれ以後のFitzgerald論の流れを方向づけ、未熟な初期作品から 完成されたThe Great Gatsbyへの発展という定式ができあがることになる。この定 式に反対してJohn B. Chambersは、すでに最初の長編This Side of Paradiseに̀a coherent intellectual foundation'3'が認められると主張し、その根拠として主人公 Amoryの自己探求が一貫して宗教性を帯びていることを証明しようとした。 Amory

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の自己探求にその小説の中心となる主題を認めているのは、ほかにもThomas J.

Stavola4)や、最初に紹介したSy Kahnなどがいる。彼らの考え方に共通しているの は、 Amoryの自己探求がまるで狭い穴にでも入りこんでいくような閉塞感を与える ということだChambersは修身のテキストのようにその小説を読んでいくし、 Kahn もAmoryのピューリタン的気質に全注意を集中する。残念ながらこれでは、小説を読 んで私たちが受ける印象からかけ離れるばかりだ。

従来の批評の流れに逆らい、 Fitzgeraldの初期の作品にも知的統一を認めること は、この小論でも明らかにされるように、間違いではない。間違いは、 Amoryの自己 探求が狭く閉された宗教性に支配されていると見ることにある。もともと、Amoryの identityの確認という問題は、早くから解決されていたことだった。つまり彼は物語の 半ばで自分を「浪漫的エゴテイスト」と規定するが、実はそれよりずっと前からその 言葉にふさわしい生き方を自覚的にしていたのだ。彼の探求はそれゆえに浪漫主義と エゴテイズムの意味の広がりと深まりを積極的な生き方の中で体験していくことであ る。その探求をKahnの言う̀Puritan'とかChambersの言う̀Christian'といった言葉 で修飾できる場合もあろうが、肝心なことは、Amoryの自我がつねにそのような言葉 の制約をすりぬけて伸びていくということだ。このすりぬけと伸びを促す力が「浪漫 的エゴテイスト」という言葉にこめられているのである。もちろん、ここには作者の 一貫した意図があり、まさにこの意味でThis Side of Paradiseは一本の道理で貫か れ、形式的に統一された作品なのだ。 Amoryは、 Chambersたちの主張するように狭 いところへidentityを求めて入るのではなく、そのようなidentityの確定など問題に

しないで新しい形を積極的に取り込み、つねに前に進んでいく若者として一貫して提 示されている。このことを、作品を詳細に辿ることによって確認してみよう。

II

Amory Blaineは生まれてから13才まで母親Beatriceの絶大な影響のもとに育っ たBeatriceは裕福な家庭に生まれ育ち、娘時代には、金持階級の子弟にのみ許され た特別な教育を受けていた。すなわち彼女は、文化的に進んでいたヨーロッパに渡り、

そこで芸術や文学についての高い教育を受け、そこの文化にどっぷり浸ったのである。

しかしながら、折角の優れた教養を、帰国したあとの彼女は十分に生かしたとは言え なかった。というのも彼女は、 Ashvilleに住むDarcyという聡明で感情豊かな青年と 親しくなるが、結婚相手には金持の平凡な青年Stephen Blaineを選んだからだ。

Darcyはこれに深く傷つき、精神的な危機に陥るが、カトリック教に帰依してのちに 大司教となり、成長したAmoryに大きな影響を与えることになる。逆にBeatriceの

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方は、精神的な停滞状態におちこみ、世紀末的な倦怠の毒に心をむしばまれていくの である。ヨーロッパで世紀末に青春時代を過したBeatriceは倦怠を一つのポーズとし て知っていたが、最初はブルジョワを軽蔑するポーズとして身につけたものが、逆に それにとりつかれてしまったのだ。倦怠の毒はやがてBeatriceの逃れられない宿命に なってしまうが、それは、神が死んであらゆる価値が相対化された時代に、結婚相手 に愛する男より金持を選ぶことにより、自らの絶対的な価値創造を不可能にしてし まった彼女が当然受ける報いであったと言えよう。

注目すべきことは、後年Amoryの恋人Rosalindが、彼を深く愛しながら金持の青 年と結婚することにより、 Beatriceと同じ宿命を辿るように思われる、ということで ある。また、 AmoryがPrincetin大学に入る前から、つまり第一次大戦の始まる前か

ら東部の大学を中心に世紀末文学が再流行しており5)、 Amoryは母と同じように世紀 末的雰囲気の中で青春を過すことになるが、彼女のように、自らの絶対的な価値創造 ができなくなるような悲惨な状態におちいることはない。それは彼が世紀末の意味を、

そのムードに押し流されることなく、よく理解していたからだと思われる。己の欲望 に背き、自分の価値を裏切れば、相対化の地獄に落ちるだけだということが、彼には よくわかっていたようだ。

もっとも、彼が自分を裏切ることで他人を不幸に陥れたりしなかったのは、相対化 の地獄を避けるためというより、エゴテイストとして自らの生をまっとうしたかった からである。エゴテイズムは他人への思いやりには欠けることがあるかもしれないが、

潔い倫理的な生き方を可能にするとは言えよう。 Amoryのエゴテイストとしての成 長が目ざましくなるのは、彼が13才でBeatriceと別れて暮すようになってからであ る。幼い頃から彼に高度な教育をほどこしてくれたBeatriceの影響は、当然、否定的 なものばかりではなかったが、倦怠に神経まで冒され始めた彼女は、ますます息子へ の依存度を強めていき、ついに長期入院する前には、二人の生活があと数年続けば Amoryがどうなっていたか̀problematical'6*だと思われる程になっていたのだ。

母の長期入院中、 AmoryはMinneapolisの叔母夫婦の許に引きとられ、地元の学校 に二年間通うことになる。そこで、高度に洗練された母の影響も、いまだAmoryの少 年らしい気持を損っていなかったことがわかる。例えば、学校で自分の学力が優れて いることに気づいた彼は、そのことを隠しておこうと思いながら、すぐにそれをひけ らかして皆の反感を買ったりする。また、学校で人気をえるにはスポーツができるこ とだと知ると、猛烈にその練習をする。さらに同級生のMyra St Cloireを好きにな り、彼女に招待されたパーティに出席するとき、 Beatrice好みの遅れた到着によって 自分の存在を強く印象付けようとする。が、これは見事に失敗してAmoryは、 「僕は 変っているんだ。なぜ非礼なことをするのか自分でもわからない」 (p. 18)とあやま

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る。

母から学んだ差のつけ方はこのように時にAmoryに文字通り̀false step'を歩ませ ることもあったが、彼は徐々に自分独自の生き方を身につけていく。そして、早くも 十代の半ばで彼は自分が生きていくための哲学を形成する。それは、彼自身の表現に よれば、 ̀a sort of aristocratic egotism'(p. 24)というもので、まだ̀romantic'とい う言葉は使われておらず、代りに̀aristocratic'が平凡なものから差をつけようとする 若者らしい気持を表わしている。この言葉には固定化しやすい気どりも感じられるが、

数年後にAmoryが定義する̀romantic'の意味に矛盾しない、自主的で行動的な生き 方がすでに目標とされている。

Amoryにとって活動的な生の新たな始まりとなるのは、二年ぶりに会った母親に 頼んで東部の学校に行かせてもらったことであるBeatriceは息子がまだ15才で少し 早いと思ったが、彼の要望をかなえてやる。とり残される彼女は、 「私の人生はもっと 古くて円熟した文明、緑と秋の褐色の美しい国の近くでまどろみながら過されるべき だったのに」 (p.28)と、生きることに疲れた人が抱くような楽園願望をもらす。それ は、彼女が軽蔑していたブルジョワ階級の安定志向に似ていなくもない。少なくとも 彼女は、後にAmoryが浪漫的な人の対極にいると考えた感傷家のように「事態が続く

だろう」と思うほど無自覚的で鈍感ではないかもしれないが、不安に耐えて生きる力 をなくし、安定を望むようになっているとは言えよう。厳しい見方をすれば、それは 世紀末的不安の最も安易な解消願望であり、彼女が数年後に亡くなる前、カトリック 教に帰依して、 Amoryに残すはずだった財産の多くを教会に寄付するという愚行に 走る前兆は、すでにここにみえていると考えられる。

これに対して、彼女に若い頃見捨てられ、精神的な危機に陥りながらそれを克服し たDarcy大司教の方は、Amoryが東部の学校に行くようになって以来、彼の成長に重 要な影響を与えることになるAmoryは東部に行くとすぐに彼を訪ねるが、二人はた ちまち実の父子以上の親しみを感じ合い、一週間の滞在期間が終りに近づくと、共に 別れをとてもつらいと思うようになる。悲しそうな顔をするAmoryにDarcyは、「も ちろん君は行くのを悲しんでいないね。私たちのような人間にとって、自分の家は自 分のいないところにあるのだから」 (p. 32)と浪漫主義の見本のような生き方を教え、

さらに「君や私にとって世界のだれ一人必要ではないのだ」と、エゴテイズムによっ て力強く生きることを勧める。ここで端的に示された浪漫主義とエゴティズムこそ、

AmoryとDarcyの基本的な生活態度となっているものである。これ以後Darcyは何 度かAmoryに助言するが、いずれのときも浪漫的エゴテイストとして生きるAmory

にとって大きな助けとなる。

Amoryが大学に入るために2年間通った東部の学校はSt Regis's schoolだが、イ

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ギリスのpublic schoolと違いアメリカのprep schoolは支配階級の自意識創造に役 立つわけでもなく、ただ「清潔でたるんでいて無害な存在」 (p.32)だとかなり厳しい 見方を彼はする。そこでも彼は最初自惚れていて倣慢だと思われるが、アメフトの試 合で活躍したりして徐々に学校生活になじんでいく。このころ彼は人間を̀The Slicker'と̀TheBigMan'の二つのタイプに分け、自分の生き方をより鮮明にしようと する。 ̀The Big Man'とは、 ①社会的価値に無自覚で愚かさに傾きやすく、 ②衣服は 皮相的と考え、それに無頓着になる傾向があり、 ③義務感からすべてのものに対して 努力する人のことだ。これに対して̀TheSlicker'は、 (彰社会的価値に賢明にも気づい ており、 ②身なりがよく、服装は皮相的と考えているふりをするが、そうではないこ とを知っている。また、 ③義務感で動くのではなく、自分が輝けるような活動をする のである。要するに、 ̀The Big Man'は既成の社会的価値をそのまま受け入れ、義務 に従って生きる無自覚的な人だが、 ̀TheSlicker'は、社会的価値を自らの基準で評価 できる人であり、価値が衣服のように取り換え可能であることを知っていて、それ故

に、個々の衣服を一つの価値として大切にできるのだ。従って彼は、義務を初めもろ もろの既成の価値ではなく、自分で価値を選んだり創ったりして、それに従って自ら を輝かす行動がとれるわけである。

Amoryの考える「浪漫的」な生き方ができるのは、もちろん、 ̀TheSlicker'の方で ある。Amoryは、幼い頃より母からブルジョワおよびブルジョワ的なものを軽蔑する ことを教えられ、つねに積極的な方向へ生を展開させていくことを学んできたが、こ のとき、彼の一つの方法は、 ̀The Slicker'と̀The Big Man'の類型分類に見られるよ うに、類型を発見し分類して、生きる方向や方法を明確にすることである。彼はある 時Darcyに「なぜ自分はあらゆるものの表を作ったりするんだろう」と尋ねる。 Darcy は、 「君が中世主義者だからだ。私も君も中世主義者だ。それは分類し、類型を発見し ようとする情熱だよ」と答える。 Amoryが幼い頃より知らないうちに身につけてい たナ表を作り類型に分けようとする情熱は、進んでいく方向を知りたいという気持か ら生まれ、それと重なり、彼にとって積極的な生を展開する力となっていたのだ。

こうしてAmoryは、納得できる生き方を徐々にはっきりさせていき、Princeton大 学に入ると一層のびやかな学生生活を楽しむが、その生活がやがて頂点にさしかかる 頃から次々に暗い影がさし始める。すなわち、男友達数人とNewYorkで遊んで帰る 途中、別の車を酔って運転していたDick Humbirdがカーブを曲がり切れず事故を起 こし、亡くなってしまうのだOさらに、幼い頃一時友達だったIsabelleBorgeと親し くなるが、初めて彼女と熱烈なキスをして「彼の若し.、エゴテイズムの頂点」 (p.87)が きわめられたとき、思わず強く抱きしめた彼の腕のカフスボタンがIsabelleの首を傷 つけてしまい、それが因で二人の関係はあっけなく終ってしまう。加えて父が亡くな

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り、家の経済状態がどんどん悪くなっていることを知る。その年のクリスマスに Darcy大司教に一週間招待され、 Amoryは積み重なる悩みについて相談する機会を

えて、 「一年で僕は自分の個性の半分を失った」と言う。これに対してDarcyは、 「君 が失ったのは沢山の虚栄心にすぎない」と慰め、 「この体験は君に考える時間を与えた

のであり、君は成功とか超人といった事柄に囚われて抱えこんでいた古い荷物を今投 げ捨てているんだよ」 (p.99)と元気づける。そして、 Amoryのこれまでの生き方は 間違っていたわけではなく、今新たな展開をみせようとしており、そのためにも是非

̀thenextthing'をやり遂げなさいと忠告する。 ̀thenextthing'を越えて百のことはで きても、Amoryがこの秋に数学の単位をとりそこねたように、それにはよく失敗する と、それを遂行することの難しさを彼は説く。さらに、 Amory同様中世主義者である Darcyは人を̀personality'と̀personageの二つに分け、 ̀thenext thing'ができるのは 後者だと言う。というのも、 ̀personality'は「あなたがそうだと考えたもの」だが、

̀persoriage'は「その行動と切り離されて考えられることはない」 (p. 100)からであ る。言わば前者は内面の人であるのに対し、後者は行動の人である。後者は、それ自 身に「千のものが掛けられている横木」のようなもので、その背後で冷静な精神が横 木に掛かっているものを利用していくのだ。当然、人は、 ̀personality'にもなれば、

̀personageにもなる。要点はどちらに比重がかけられているかであろう。Amoryの母 Beatrice'はもちろん内面世界に閉じこもることの多い"personality'であり、その母の 影響から脱して外へ向けて生きようとするAmoryは̀personageである。彼ならば、

日常性のわだちにはまり同じことを繰り返すのではなく、 ̀thenextthing'に向けて行 動を起こし、生を活気づけられるはずだとDarcyはほのめかすのだ。

しかし、このDarcyの折角の忠告も、 Amoryがすぐに̀the nextthing'を兄い出し て実行するのに役立つというわけにはいかなかったAmoryは相変らず友だちと飲 み歩くという気ままな生活を続けるだけだったのだ。が、そのような生活に無意識の うちに強い罪悪感を感じていたのか、彼はある晩、サックコートを着た中年男の姿を した悪魔を二度も目撃することになる。最初は、初めて知り合った女性たちと深夜ま で酒を飲みダンスをしていたとき、彼らのテーブルの近くに変な男がじっとこちらを 見ているのに気づく。不気味なことに、この男が、女性のアパートに行って飲んでい たときも長椅子に坐っているのだ。ほかはどこも変わっていないのに足だけが全く異 様で、先の尖ってカールしたモカシンのような覆物をはいていることまでAmoryは 気づく。その異様さは、 「善良な女性の欠陥」のように、また「サテンについた血」の ようにAmoryをこわがらせる。奇妙なことに、この男は、居合せたほかの三人には見 えない。 Amoryが指さした所に彼らが見たのは、長椅子の模様の「紫色の縮馬」 (p.

108)だけである。

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悪魔との出会いは、行きずりの女性とのだらしない性的な関係が生じようとしてい るときに起っており、しばしばAmoryの原罪意識やピューリタニズムと結び付けら れてきた。そのこと自体は間違っていないだろう。間違いは、そのことを根拠に Amoryのidentity探究の方向も宗教性の方向に固定してしまうことである。悪魔と の出会いは確かにAmoryの生活をまじめにしたが、別に宗教的にしたわけではない。

また、その体験は彼に浸みこんでいるピューリタニズムを明らかにしているが、その 事実をAmoryは確認しただけで、そのことに影響されて宗教へ向かうわけではない。

悪魔との出会い以後、 Amoryはまじめな生活に戻り、そのころ大学の改革運動に活 躍していたBurne Holidayと親しくなる。Burneは、Amoryが以前なら̀dead stupid‑

ity'に近いと思った̀dead earnestness'の持主で、ほかの学生には到底及ばないほどの 精神的な高みへ昇ろうとしていた。彼の急進主義をよく理解しないまま彼をからかう 連中は、知的に劣った自分の世界から脱け出そうとしないパリサイの徒である。

Amoryは、 Burneとは様々な点で考え方を異にしながら、彼が皆より一歩抜きん出た 思考の高みに達していることを認める。 Amoryも彼と同様衆俗を越えようとしてい

るが、二人の重要な違いは、まず「意志」についての考え方にあらわれる。腐敗した 生活を送っている人は意志の弱い人だというBurneに対して、Amoryは、意志の強い 人でも悪い奴はいると主張する。むしろ、歴史は意志が強くてかつ邪悪な権力者であ ふれていると彼には思えたのだ。意志が強いのは善であると見るBurneには、邪悪な

ものへの考えの甘さが目立つ。それも一つの要因となって、彼はやがて盲目的な平和 主義者になってしまい、大学から去り、いずことも知れぬ所へ姿を消す。

意志について、 Amoryに新しい考え方をさせてくれる人が、 Burneが去ったあと、

彼の前に現われる。それは、彼の遠い親戚にあたる若い未亡人Claraである。彼女の 魅力的な人柄にひかれてAmoryは、結婚さえ申し込むが、彼女は二度と結婚しない決 心をしていて、その決心に基いて、貧しいながらも満ちたりた生活を送っていた。こ

のClaraが、自分は意志が弱くてルーズな生活から仲々ぬけられないと思いこんでい たAmoryに、意志と行動の問題についての新しい考え方を教えたのだ。Claraによれ ば、AnlOryがだらしないのはその活発な想像力の奴隷になっているからであり、その ことを批判する判断力が欠けているからであって、決して彼の意志のせいではないの である。西欧の哲学史において意志は、古代ギリシャ以来の身心二元論がDescartes にひきつがれ、行為と無関係の無力な地位にずっと落とされていたAmoryの意志 も、歴史的におとしめられてきた意志同様、行為に結びつかない無力なものと思われ ていたが、あたかもそれに助け舟を出そうとするかのように、意志に代って行動に直 結する判断力というものをClaraは提示したのだ。気まぐれな想像力によって決断を ずるずる引きのばしても、それを意志の弱さのせいにして、独り冷笑的になっていた

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Amoryにとって、 Claraの考えは新鮮な驚きとなった。肝心のときに眠りがちだった 精神の一機能、それはAmoryがつねにみがいていこうとしていた認識能力の本質を

なす判断力であるが、それをもっと積極的に使用することを彼は教えられたのだ。

制御できない想像力に対して無力な意志ではなく行動に直結する判断力を用いるこ とを勧められたAmoryは、浪漫的エゴテイストとして生きるにふさわしい力を新た に与えられた。この判断力によって彼は、平和主義の運動家になったBurneHoliday とは逆に、軍隊に入り戦争に参加しようとする。平和主義では、当時ドイツから金を もらっていたインチキな連中のお先棒をかつぐことになるが、戦争に加わることは、

悪しき支配欲にとりつかれた「超人」に対する抗議になると判断したからだ。軍人に なった彼のところに、 1918年1月、 Darcy大司教から手紙が届く。その中でDarcy は、 Amoryに何よりも生きていて欲しいと訴える。そしてAmoryが天に従えないな ら地に従って、 ̀Celtic'として生きることになるだろうと言う。 ̀Celtic'として、つまり 少数派として、貴族的で浪漫的な行動派として生きるのがAmoryの運命だと言うの だ。またDarcyは、 Amoryが以前ひき会わせてくれた友人のBurneについて、彼は

̀magnificentboy'だが、私(Darcy)のことを̀splendid'だと言ったのは間違っている と告げる。自分やAmoryは̀extraordinary'とがclever'とか̀brilliant'といった̀many otherthings'にはなれるが、それは決して̀splendid'ではないとDarcyは主張する。こ こでDarcyが言いたいことは、恐らく、人生を一定の方向に決定するとき、単一性よ り多様性を選ぶのがAmoryやDarcyだと言うことだろうBurneの平和主義は確か に̀splendid'ではあるが、恐ろしい単一性へ落ちこんでしまいかねない。これに対して Amoryの戦争参加は、それ自体決していいことではないが、それを通りぬけなけれ ば、多くの可能性が死に絶えるかもしれないものなのだ。

III

This Side of ParadiseはAmoryの戦争参加で第1部が終り、第2部はAmoryの 友人Alec Connageの妹Rosalindが正式に社交界に出るためのパーティの場面から 始まる。 Amoryはこのパーティで初めてRosalindに出会い、二人はたちまち深く愛 し合うようになるRosalindは美人で頭がよく、いわゆる典型的なフラッパーで、

Amoryに会う前は次々に恋愛相手をかえていた。が、それは彼女が誠意のない多情な 女だからというのではなく、新しい生の展開をつねに求めていたからなのである。人 生への要求の大きいRosalindは、一度キスしただけでしつこくつきまとうGillespie から「女の子はキスされたら、キスした男のものになると思っていた」と言われ、 「そ れは昔のことよ。あなたは私に会うたびに私の愛を勝ちとらねばならないのよ」 (p.

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164)と答える。会うたびに新たな生の展開を彼女に示す力がなければ、彼女の恋人に なる資格はないのだ。

この資格のある男は、浪漫的エゴテイストを自称するAmoryをおいてほかにいな い。彼が「浪漫的」の意味をはっきり規定するのはRosalindに初めて会ったときで、

中世主義者らしく彼は、その言葉を「感傷的」と対立させる。彼によれば、 「感傷的」

な人は「事態は続くだろうと考えている」のに、 「浪漫的」な人は「事態は続かないだ ろうと、見込みがない希望を抱いている」のだ。言いかえれば、変らない日常性の懐 に抱かれ夢みているだけの前者に対して後者は、日常性が延々と続くことは承知の上 で、それを破る行動を目指すのである。この意味でAmoryもRosalindも浪漫的な人 であり、二人は出会ってすぐに意気投合し、深く愛し合うようになる。その愛は、い かなる障害をも越えられそうなはどの高みに燃え上るが、数カ月でみじめな終り方を する。財産もなく収入も少ないAmoryとの生活に不安を覚えたRosalindが、金持の 青年に心を移してしまったのである。

彼女の心変りは、彼女との生活にすべての希望を託していたAmoryにほとんど立 ち直れないほどの打撃を与える。しかし、 Amory以上に大きな痛手を受けたのは、実 はRosalindだったのではあるまいか。というのも、彼女は「何か失ったような気が」

しても「それが何かわからなかった」が、彼女が失ったものは単にAmoryとの浪漫的 な生だけでなく、浪漫的な生そのものだったからである。これに反してAmoryの場 合、確かに大変な苦しみを味わうが、自分を裏切っていないので、浪漫的な生から見 放されたわけではない。彼は恋の破局後三週間ばかり酒浸りになり、苦しみをいやそ

うとするが、それは、彼が絶望にうちひしがれて思わずとった無自覚的行動ではない。

それは、失恋後の最初のつきさす苦痛から身を守るため、彼が、たとえ弱々しくても 最も激しい治癒の方法であると考えてとった自覚的な行動なのだ。そこまで考えて苦 痛からの迅速な解放を目指し、さらに新たな生の展開に備えたのである。

三週間たって苦痛も少しいえたあと、 Amoryは短編を書いて出版社に買っても らったり、本を沢山読んだりした。またDarcy大司教の知り合いのLawrence夫人を 訪ね、彼女と歓談したりした。夫人から「Darcy大司教はあなたが彼の生まれ変り

で、あなたの信仰がいつかはっきりするだろうとまだ思っている」と言われ、 Amory は唆味に「多分」と答え、 「今のところ僕はやや異教的です。それは単に宗教が僕の年 令では人生とあまり関係がないと思えるからでしょう」と正直な気持を伝える。信仰 はいまだもてないが、それは若さのせいで、生活の根元は大きな意味での宗教性と無 縁ではないとAmoryは感じていたのかもしれない。確かに、耐え難い苦しみにも屈す

ることなく、生への積極的な姿勢を失わないAmoryには、神ではなくても、生への揺 ぎない信仰があったと言えよう。

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この生への信仰は、 Tomと個人主義について議論したときにも、明らかになる。

Amoryは、戦争で旧い秩序が破壊され、人がより自由に生きれる時代になったという 常識に逆らい、戦争は「僕たちの世代から個人主義をほとんど抹殺した」と言う。こ れに驚いたTomは、 「フランス革命以来、今ほど人が自分本位の立場にたったことは なかった」 (p.193)と反論する。これに対してAmoryはTomが「皆が個人である時 代」を「個人主義の時代」と取り違えていると指摘する。今の時代は真の個人主義は 圧殺される運命にあり、 「Roosevelt、 Tolstoy、 Wood、 Shaw、 Nietzscheのような 人気のある改革者、政治家、兵士、作家、哲学者などが登場するとすぐに対立する批 評が出て彼らを押し流してしまう」とAmoryは言う。彼によれば、 「最近は誰かが傑 出することには誰も我慢できない」ので、 「傑出は無名へ通じるもっとも確実な道だ」

と皮肉る。個人主義を不可能にしている責任の一端は、 Tomもその一員である新聞雑 誌記者にある。彼らは、 「あらゆる人、教義、本、政策についてできるだけ賢明に、お

もしろく、見事に冷笑的に対応する」ことを自分たちの仕事にしており、本当は誰か を、また何かを信じたがっている一般の人に不毛な懐疑をうえつけるのだ。 「あまりに も多くの声、あまりにも散らばって非論理的で無思慮な批評」 (p.194)が不信をばら まいて、人が力強く生きるのを妨げるのである。成程、人々は自由を享受しているよ うだが、皆が平均化され、信じる力をなくしている状態では、其の個人主義は達成さ れようもないというわけだ。

この時代の流れに逆らい、また個人的な逆境にも負けないで、 Amoryは浪漫的エゴ テイストとして生きぬこうとする。彼は旅行中、おじの住むMarylandのある村で Eleanorという若くて美しい娘に出会い、親しくなるが、彼女との交際からも彼は沢山 の事を学ぶ。彼女は、考え方や気持の動き方がAmoryのそれに酷似しており、二人が ある主題について別々に考え、 10分後に話し合ってみると、心が同じ経路を辿ってお り、ほかの人なら絶対に最初の考えとは関係がないと思う考えに共に辿りついている ほど互いに似ていた。ただ、 Eleanorの方がAmoryより過激で、神に対しても彼女は はっきり自分は信じないと断言する。しかし、Amoryにはそこまで言い切ることはで きない。彼も知性を重視する点では人後におちないが、それでも知性だけですべてが 解決できると思うほど倣慢ではない。それで彼は、知性が慣習同様セックスから人を 守ることはできないと、原罪意識や宗教につながる恐れの気持をもらす。これに Eleanorは思わず攻撃的になり、では何が守ってくれるのか、カトリック教かそれとも 孔子の金言かと詰問する。これに反発したAmoryは意地悪く、 「NapoleonやOscar Wildeや君と同じタイプの人たち同様、君も死の床で牧師を求めて叫ぶだろう」 (p.

215)と、彼女を挑発する。これに自尊心をいたく傷つけられたEleanorは、死に直面 しても神に頼らないことを証明するため、馬に乗ったまま崖から飛ぼうとする。だが、

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崖の喝から数フィートのところで馬から身を投げ出してしまい、馬だけが崖から落ち て死んでしまう。Eleanor自身は自分も崖から落ちたと思いこんでいて、神も死も越え たはずなのに、そうではないと分かり、衝撃をうける。また、自分の失敗を目撃した Amoryを自分自身と同じように憎む。 Amoryも彼女を憎むが、それは、彼女の中の

自分自身を愛していたのに、それが意地を張って神と死の前でみじめな挫折をしたか らである。

こうしてAmoryはEleanorと別れるが、彼女は、神が信じられないという彼の気持 を、神を信じないという決意にまで強めた彼の分身とも考えられる。このEleanorの 極端に走った行動によって、 Amoryは神を信じるまでにはいたらなかったが根元的 なところで人間を支配している大きな力の存在を改めて感じとったであろう。彼女の 神への挑戦は、彼女がいかに神に囚われているかを逆に表わしているが、崖から落ち る前に彼女を馬から飛び下りさせたのは、神だったのか、悪魔だったのか、それとも 生への無意識的な固執だったのか。いずれにせよ、彼女は自分を越える力に屈したの だ。

個を越える力はまた、売春婦移送禁止法を犯して捕まりそうになった友人Alecの 身代りにAmoryがなろうとしたときも彼を捉える。この時Amoryが悟ったことの 一つは、自己犠牲がその本質において倣慢で永遠に人を見下す行為だということ、つ まり助けられた人は劣等性の熔印を押され、身代りになってくれた人を一生恨むかも しれないということだ。従って、自己犠牲は弱い人がやれば悲惨な結果を招来しかね ない。それは「力の引き継ぎ」であり、 「本質的なぜいたく」であり、それに伴うのは

「保証」ではなく「責任」なのである。自己犠牲のこの厳しさを十分承知しながら、

Amoryがそれを行ったのは、彼が突然宗教的意識に目覚めたからではなく、身内に急 に歓喜がわき上るのを感じたからである。それは自分の人間性が高められることの歓 喜かもしれないが、彼は惚悦となった興奮状態で身代りの行為を行なったのだ。

愛他主義的と思えるこの行為にも、 Amoryの浪漫的エゴテイストとしての面目は 躍如としていると言える。彼は、 Alecの感謝など端から期待せず、逆に彼との関係が 悪化することも承知で、自分の内から湧いてくる喜びの気持に身をゆだねたのだ。こ のとき彼を支配していたのは神というよりもっと個人的な力だったかもしれない。そ れは宗教と全く無関係ではないかもしれないが、気高い行為をする自分への陶酔と見 れなくもない。もちろん、Amoryはナルシシズムの要素を自覚しており、この自覚が 彼を自己聖化の愚行に走らせない力の一つとなっている。

Amoryはこうして様々な体験を通して、浪漫的エゴテイストの生き方を貫く。母が 死に、次いで彼の精神的な父だったDarcy大司教が突然亡くなっても、それが大きな 悲しみをもたらしたことは別にして、彼は二人の支えをもはや必要としないほど成長

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していた。 ̀The Egotist Becomes a Personage'と題された最終章において、彼は実 の父以上に慕っていたDarcyの影響からさえ脱け出そうとする。大司教は「不信心で さえ信仰によって説明できる」その流暢な弁舌によって、時にひどく頼りなくなる。

例えば、 「たとえ悪魔の存在を疑っても、その疑いをおこさせているのは悪魔だ」 (p.

237)というまやかしの論法は、一般の人ばかりかDarcy自身をも欺いて、彼に凡庸な 行動をとらせる。 Amoryは、大司教が悪魔の恐怖から逃れるため、鈍感な俗物の家に 居り浸ったり、通俗小説を読み耽ったりしているのを、何回か目撃したことがあるの m

Amoryは頼れる神ももたず、父母やDarcy大司教のほかに親しい友人も次々に失 い、経済的にも追いこまれていくが、それに反比例して精神的に強くなっていく。何

もかも失って裸になった彼は、自分が「小さく囲まれた所」から「大きな迷路」へ踏 み出したと感じる。浪漫的な行動の人̀personageとして生きていくには、迷路への踏 み込みは避けられない。迷路は混沌としての人生そのものであり、 Amoryは、それか ら自分を遠ざける様々な力に抵抗する。例えば彼は「あらゆる概論や格言」を拒否す る。それは、人生の混沌をきれいに整理して人を迷路から遠ざけるのだ。もちろん、

概論や格言と同じ作用をするあらゆる思考方法や言語表現も拒否される。ある日 Princeton大学に行く途中、車に便乗させてくれた金持とその部下と議論したときも、

Amoryは概念的な思考で人生をないがしろにする二人に反論する。 Amoryは、現在 のアメリカの拝金主義を否定し、人が金だけに夢中になるのをある程度抑制できたら、

「最も優れた人たち」は「人をひきつけるもう一つの報酬、つまり名誉」 (p.246)を 求めるようになるだろうと言う。これには金持もその部下も共に反対し、部下は、人 間性には「いつもそうであったし、いつもそうであり続けるだろう、変化できないも のがある」と主張する。これにAmoryは猛反発し、いま言われたことは、 「何千年も の間、世界の馬鹿者が最後に逃避する言い草」だと相手を罵倒する。それは、 「あらゆ

る科学者、政治家、道徳家、改革家、医者、哲学者たちの努力を否定するもの」であ り、また「人間性の中で価値のあるすべてを平然と非難」していると厳しく糾弾する。

浪漫的なAmoryらしい言葉だが、それは凡庸なシニシズムへ落ちこむことを拒絶し、

夢をもった行動へ人を向かわせようとする言葉である。

閉された所から迷路へ、概念や言葉から行動へ赴こうとしているAmoryは、また、

美のために生を犠牲にすることを拒絶する。彼にとって美は悪と、そしてまたセック スと分かち難く結びついているように思われた。美は、女性の美はもちろん、偉大な 芸術の美も「グロテスクな悪の顔」をもっており、 「あまりにも放縦や快楽との関連が 多すぎた」のだ。 「弱いものもしばしば美しいが、弱いものは決して善くはない」 (p.

252)と彼は思う。今、新しい孤絶状態の中で、 「美は相対的でなければならない」と

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彼は判断する。これにより、 「あるタイプの芸術家」になることは不可能になるが、そ れより「ある種の人間になる方がずっと重要だと彼は思う」のだ。

Amoryの行動的な生への肯定は、墓地を見ても変わることはない。墓場が人々に人 生を徒労と思わせてきたことが彼には不思議でならない。 「なぜか、彼は生きてきたこ

とに絶望的なものは何も兄い出せなかった」 (p. 253)のだ。力一杯生きてきた彼は、

またこれから力一杯生きていくだけである。 「心に神はなく、考えもまだ混乱し、思い 出も苦痛だ」が、 「幻滅の洪水は彼の魂に、責任や人生への愛、昔の野心や実現されて いない夢のかすかなざわめきといった堆積物を残し」ていった。それだけがこれから の人生の始まりのところで残されたものだが、 Amoryはこれとてもすべて̀a poor substituteatbest'にすぎないと、さらに自分を裸にしていく。堆積物として残ったも

の、つまり彼の今後の生に役立つと思われる自己認識も、生から切り離されてしまえ ば、その「貧弱な代用物」にならざるをえないのだ。小説の最後は、 「僕は自分自身を 知っている。だがそれだけのことだ」となっており、辿りついた自己認識はそれなり

に価値があるが、つねに成長と変化を成し遂げる生の前では二義的にならざるをえな いことを、その言葉は伝えている。

IV

以上、Amoryの浪漫的エゴテイストとしての成長を詳しく辿ってみた。序でも述べ たように、それは単に彼の若々しい感性とか拝惰性によって読者に訴えかけるだけで なく、彼の生を貫く豊かで強靭な知性によっても大きな魅力を出している。この知性 がすぐれているのは、それによってすべてが解決できるからではなく、自身の及ばな いものの存在を自覚し、生のはかり難い魅力の出現にそれが柔軟に対応できるからで ある。このことに、 Fitzgeraldの大学時代の友人で批評家のEdmundWilsonは気づ かなかった。 D. H. Lawrenceは「芸術家を信じるな、作品を信じよ」7)と言ったが、

芸術家を個人的に知っていると、作品を見くびる傾向が強くなる。よく言われるよう に、天才も妻から見れば「うちの宿六」なのだ。もっとも、 Fitzgeraldを個人的に知 らなかった、 Wilson以後の批評家も、彼の初期の作品を見くびることが多かった。そ の傾向を批判して、初期の作品の知的統一を主張した数人の批評家たちも、結果的に はWilsonやその追随者たちと同じように、作品の中の固定的な特徴を強調してし まった。例えば、 This Side of Paradiseの主人公AmoryをAmoryと同定できる固 定性は、彼のピューリタン的気質に認められるが、それは言葉によって一つの特徴と して固定できても、実際のあらわれ方は変化に富んでいて、必ずしも信仰につながっ ていない。特に、浪漫的エゴテイストとしての彼の特徴は、この小論で見てきた通り、

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生の変幻自在性そのものに対応して、あらわれる形が変化している。結局、 Amoryの identityは狭い形に固定されるのではなく、時間に乗って広大な空間を流動していく

のだ。その実体は、ときに凝固することはあっても、つねに変化する可能性を秘めた 流動体である。この特徴こそが、固定的に捉えられる特徴以上にFitzgeraldの作品群

に一貫して認められるものであり、それは彼の強靭な知性に支えられて、各作品に、

読者をひきつけてやまない魅力を与えているのである。

Notes

1 ) Sy Kahn, ̀This Side of Paradise: The Pageantry of Disillusion,'Midwest Quarterly VII, January 1966, 171‑194; rpt. in F. Scott Fitzgerald: Critical Assessments, Vol. II, ed. Henry Claridge (London: Helminformation, 1991) , p. 53.

2 ) Edmund Wilson, ̀The Literary Spotlight‑F. Scott Fitzgerald,'The Bookman LV, March 1922, 20‑25; rpt. in F. Scott Fitzgerald: Critical Assessments, Vol. I, ed. Henry Claridge (London: Helminformation, 1991) , p. 387.

3 ) John B. Chambers, The Novels of F. Scott Fitzgerald (London: Macmillan, 1989), p. 66.

4 ) Thomas J. Stavola, Crisis in an American Identity (Plymouth and London: Vision Press, 1979), pp. 73‑105.

5 ) Henry Dan Piper, 'Fitzgerald's Cult of Disillusion,'American Quarterly III, Spring 1951, 69 ); rpt. in F. Scott Fitzgerald: Critical Assessments, Vol. IV, ed. Henry Claridge (London:

Helminformation, 1991) , p. 66.

6 ) F. Scott Fitzgerald, This Side of Paradise (Penguine Books, 1960), p. 15.

以後、この本から引用する文の頁数は本文中に示す。

7 ) D. H. Lawrence, Studies in Classic American Litemture (London: Heinemann, 1964), p. 2.

(1992年10月27日受理)

参照

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