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東医大誌 78(3): 215
-216, 2020
巻 頭 言
建学の精神と大学の独自性
大阪医科大学学長
大 槻 勝 紀 Yoshinori OTSUKI
現在、日本の国公私立大学は約
800
校と増加する一方、2018年問題に象徴されるように18
歳人口が再び 減少し、現在、約210
校が定員割れに陥っている。私立大学は全大学のうち約8
割を占め、日本の高等教育 を支えている。多くの私立大学は国公立大学とは異なり、個人が私財を投げ打って大学を創立した経緯から、独自の建学の精神と寄附行為を定めている。
古くから東京医科大学と大阪医科大学間でサッカー部などクラブ対抗戦が行われている。対抗戦の始まっ た経緯を本学
OB
、OG
の先生方にお聞きしても定かでない。今回、東京医科大学雑誌の巻頭言のご依頼が あり、両大学の建学の精神と大学の独自性について考えてみたい。東京医科大学は創立
100
年を超え、医学部に医学科と看護学科を有する歴史ある大学である。日本医学専 門学校(現日本医科大学)の約450
名の学生が退学して東京医学講習所を開学した。その数年後、官界で活 躍された高橋琢也先生が全私財を投じ、著名な医学界、政界、財界の有志から援助を受けて、東京医学専門 学校(現東京医科大学)が設立された。貴学の建学の精神は「自主自学」で、その意味として自ら学び、考 え、自らの責任で決断し行動すると書かれており、当時の自由を求めた学生の気概を強く感じる。東京医科 大学は以前から語学教育に力を注ぎ、国際化を早くから進めてきた。特に医学教育分野別評価(国際認証)にいち早く認定されたことに敬意を評する。大阪医科大学は
1927
年に大阪高等医学専門学校として創立し、今年で創立
93
年目を迎える。現在、大学としては医学部と看護学部を有し、来年には薬学部が加わる予定 である。創立当時は昭和の金融恐慌の最中で、ブラジルや中国へ移民団を送りだし、移民団での医師不足が 社会問題になっていた。衆議院議員であった吉津度先生が私財を投じるとともに現在の京阪電気鉄道株式会 社から財政面での支援を受けて本学が誕生した。本学の建学の精神は「医育機関の使命は医学教育と医学研 究であり、またその研究は実地の医療に活かすことで完成する。」である。本学の学歌にはアマゾンやゴビ の原などの歌詞が残されている。そのため東日本大震災などの自然災害に対して積極的にJMAT
やDMAT
を派遣し、高知県や兵庫県などの僻地に医師派遣を行っているとともに、国際化の面では国立台湾大学など と単位互換に基づいた学生交流を進めている。本学は貴学と同様に「自由な学風」をモットーとしている。両大学の歴史を振り返ると、そこには先人の強い大学愛があり、現在もクラブ活動を通じて両大学学生に 脈々と受け継がれている。
東 京 医 科 大 学 雑 誌
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巻 第3
号( )
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略 歴大槻 勝紀 (おおつき よしのり) OTSUKI Yoshinori
昭和
53
年3
月 大阪医科大学医学部卒業昭和
55
年7
月 大阪医科大学助手(産婦人科学)昭和
61
年3
月 大阪医科大学大学院医学研究科修了 昭和61
年3
月 医学博士昭和
61
年4
月 大阪医科大学助手(解剖学)昭和
61
年7
月 大阪医科大学講師(解剖学)昭和
63
年2
月 オーストラリア国立大学特別研究員 平成1
年4
月 大阪医科大学助教授(解剖学)平成
22
年4
月 学校法人大阪医科大学理事 平成23
年5
月 学校法人高槻高等学校理事平成
27
年2
月 学校法人大阪医科大学参与(BNCT
特命)平成
27
年6
月 大阪医科大学学長(現在に至る)平成
27
年6
月 学校法人大阪医科大学理事(〜平成28
年3
月)平成
28
年4
月 学校法人大阪医科薬科大学理事(現在に至る)専門・専攻分野
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多様な臓器におけるアポトーシス学会活動