はじめに
Mycoplasma pneumoniae
は,人に感染した場合 さまざまな病態を示すことが知られているが,大 きく分けると,肺炎等の呼吸器疾患と肺炎のない 肺外発症の
M. pneumoniae感染症による合併症に 分けられる
1).しかしながら, 耳鼻咽喉科領域にお いて,特に中耳炎においては肺炎に随伴して生じ る事は知られているが
1),肺炎病変のない中耳炎 については,明らかにされていない
1).今回,当院 において,肺炎等の全身的な病変を伴わない,滲 出性中耳炎を経験し,中耳貯留液および鼻咽腔か ら
M. pneumoniaeを検出したので文献的考察を加 え報告する.
症 例
症例:10 歳,男児.
既往歴:習慣性扁桃炎で平成 15 年 4 月 10 日全 身麻酔下に両側扁桃摘出術.
家族歴:特記すべき事なし.
現病歴:数日来,両耳閉感,難聴あり.平成 15 年 10 月 10 日当院受診した.他,発熱,咽頭痛等 の上気道感染症の症状は認めなかった.
鼓膜所見:両耳とも鼓膜の透過性は残存してい たが,鼓膜を通して黄色の貯留液を中耳腔に認め
た.
聴力検査:両耳とも平均 35dB の伝音性難聴を 認めた.
臨床経過 1:耳管通気,鼻処置,ネブライザー療 法 を 週 に 2 回 行 う と 同 時 に,amoxicillin
!clavu- lanic acid(以下 AMPC
!CVA)45mg
!kg
!day を投 与し 1 週間経過観察を行ったが,症状の改善が認 められないため,平成 15 年 10 月 17 日,両耳とも 鼓膜切開術を施行した.同時に,中耳貯留液およ び鼻咽腔拭い液を上気道細菌叢研究会に送付し,
細菌学的検討も行った.細菌学的検討は,通常の 細菌培養を行うと同時に,Polymerase chain reac- tion(以下 PCR)
2)を用いて遺伝子解析も同 時 に 行った.
細菌学的結果:通常の培地を用いた一般細菌培 養検査では中耳貯留液からはいずれの細菌の発育 も認めず,鼻咽腔拭い液からのみ
Staphylococcusaureus
の発育を認めた.しかし,選択培地を用い
た細菌培養では,中耳貯留液および鼻咽腔拭い液 のいずれからも非定型病原菌である
M. pneumo- niaeを検出した.また,PCR でも,中耳貯留液お よび鼻咽腔拭い液から
M. pneumoniaeを検出した
(Fig.) .
血液生化学検査:PCR で,中耳貯留液および鼻 咽腔拭い液から
M. pneumoniaeを検出したため,
M. pneumoniae
の抗体値の測定を行ったところ,
中耳貯留液および鼻咽腔から Mycoplasma pneumoniae が検出された 滲出性中耳炎の 1 例
宇野耳鼻咽喉科クリニック
宇 野 芳 史
(平成 16 年 7 月 5 日受付)
(平成 16 年 10 月 19 日受理)
別刷請求先:(〒701―1153)岡山市富原 3702―4 宇野耳鼻咽喉科クリニック
宇野 芳史
Key words: Mycoplasma pneumoniae, otitis media, middle ear effusion, child, PCR
1 2 3 4 5 6 1 2 3 4 5 6
A B
受身赤血球凝集反応(passive hem agglutination 法,以下 PA 法)で 5,120(基準範囲 40 未満)と高 値を示していた(Table) .
臨床経過 2:M. pneumoniae が検出されたため,
azithromycin (以下 AZM) 10mg
!kg
!day を 3 日間 投与した.術後 1 週間で鼓膜切開孔は閉鎖し,現 在まで急性中耳炎,滲出性中耳炎とも再発なく,
良好な経過をたどっている.また,聴力も正常に 回復した.念のため,胸部レントゲン写真を撮影 したが,特に異常は認められなかった.また,血 液検査にて,白血球数の増加等の炎症反応および 肝機能異常等は認められなかった(Table) .
考 察
M. pneumoniae
は,通常人に感染した場合,主に 肺炎,気管支炎等の呼吸器感染症を引き起こすこ とが知られている
3).また, そのような呼吸器感染 症以外にも
M. pneumoniae感染症によるさまざま
な合併症を引き起こすことが知られており,それ らは, 肺外発症の病変として知られている
1).その 主なものとしては,皮膚粘膜病変,脳炎,髄膜脳 炎等の神経系病変,心膜炎等の心臓病変,消化器 病変,自己免疫性溶血性貧血,伝染性単核球症等 の血液系病変,関節病変,泌尿器系病変などが知 られている
1)4)5).また感覚器病変としては,結膜 炎, 虹彩炎等の眼疾患が知られている
1).耳科領域 においては,
M. pneumoniaeによる肺炎に伴って,
中耳炎は良く見られる疾患であるといわれている が
1),肺疾患のない耳単独の病変については, それ が存在するのかどうか,また,耳に
M. pneumoniaeが 存 在 す る の か ど う か も 明 ら か に さ れ て い な い
1).今回の症例においては, 胸部レントゲン写真 で特に異常は認めず,また血液検査で全身的な炎 症反応および肝機能異常等は認めなかった(Ta- ble) .このことから,今回の症例は,鼻咽腔および
Fig. The result of PCR ofM. pneumoniae.A. Effusion from middle ear cavity B. Swab from nasopharynx 1. S. pneumoniae
2. H. influenzae 3. Streptococcus pyogenes 4. M. pneumoniae 5. Chlamydia pneumoniae 6. Legionella pneumophila
Table Laboratory data
IU/l 31 GOT
104/μl 428 RBC
IU/l 31 GPT
g/dl 13.1 Hb
IU/l 534 ALP
% 40.1 Ht
IU/l 220 /μl LDH
8,500 WBC
mg/dl 0.5 T-Bil
% 0.6 Baso
mg/dl 17 BUN
% 9.4 Eosin
mg/dl 0.6 Creatinin
% 41.3 Neut
% 45.1 Lymph
% 3.6 Mono
104/μl 309,000 Pt
mg/dl less than 0.05 CRP
maginifications 5,120
Mycoplasma PA
中耳腔の み の
M. pneumoniaeの 感 染 と 考 え ら れ た.
滲出性中耳炎と細菌感染症の関係については今 まで多くの報告がある
6)〜8).滲出性中耳炎の中耳 貯留液からの細菌の検出率は 25〜77% であると いわれている
7).またその半数が, 急性中耳炎で検 出されるものと同じであるといわれている
9). すな わち,S. pneumoniae,Haemophilus influenzae が最 も多く検出されるといわれている.また,嫌気性 菌の検出も多く認められ,持続する中耳貯留液か らは,33〜58% の嫌気性菌が検出されるとされて い る
9).し か し な が ら,非 定 型 病 原 菌 す な わ ち
Chlamydia pneumoniaeや
M. pneumoniaeの 滲 出 性 中耳炎に対する関与についての報告はほとんど認 められない.これらはひとつには,通常の培養方 法や培地ではこれらの病原菌が検出しにくいこと が,その原因のひとつであると考えられる.近年,
分子生物学的手法の進歩により,PCR を用いて病 原菌の検出が可能となってきた
11).従来の方法で は起炎菌の検出が困難であった症例においても PCR を用い,H. influenzae 等の細菌の検出が可能 と な っ て き た
8).C. pneumoniae お よ び
M. pneu- moniaeについては,最近の報告では,Storgaard らが,滲出性中耳炎の貯留液と鼻咽腔拭い液から は
C. pneumoniaeおよび
M. pneumoniaeが PCR を 用いてもほとんど検出されないことから,これら の非定型病原菌は滲出性中耳炎への関与がほとん どないのではないかと報告している
10).しかし,
今回われわれは,PCR を用いることにより滲出性
中耳炎の中耳貯留液から
M. pneumoniaeを検出し た 1 例を経験した.また同時に血清抗体価でも,
M. pneumoniae
抗 体 化 の 上 昇 を 認 め
M. pneumo- niaeの感染を確認することができた.以上のこと から,滲出性中耳炎においては,通常の細菌感染 以外にも,M. pneumoniae のような非定型病原菌 の関与により発症することもあるのではないかと 考えられる.したがって,今後は非定型病原菌の 感染も考慮に入れながら検討する必要があると考 えられた.
近年,滲出性中耳炎に対するマクロライド少量 長期投与療法の有効性が報告されている
12)〜16).わ が国からの報告例によると,その有効率は 54〜
90% とされている
16).特に慢性副鼻腔炎合併症例 で有効であるといわれている
12)13).また, その有効 性は,鼻咽腔および中耳貯留液中の細菌に関係な いとされ
12)13),マクロライドの抗菌薬としての作 用よりも抗炎症作用による効果であると報告され ている
12)13).しかし,今までの検討は,通常の細菌 検査での検討であり,非定型病原菌が検出された 症例での治療についての検討はなされていない.
しかしながら,今回の症例のように,PCR 法を用
いて検討を行うと,滲出性中耳炎の中耳貯留液か
ら非定型病原菌の一つである
M. pneumoniaeが検
出される症例もある.非定型病原菌は,通常,急
性中耳炎,滲出性中耳炎で用いられる
β-ラクタム
系抗菌薬には感受性がなく,マクロライド系抗菌
薬に対しては良好な感受性を示す.今回の症例も
AZM 10mg! kg! day を 3 日 間 投 与 で 良 好 な 治 療
結果を得ることができた. このことから考えると,
従来,検出される細菌に関係なく滲出性中耳炎に 対し抗炎症作用によりマクロライド少量長期投与 が有効であるとされた症例の中に,今回のような 非定型病原菌,特に
M. pneumoniaeによる滲出性 中耳炎が含まれている可能性もあると考えられ る.従って今後は,非定型病原菌を含めて病原菌 の検討を行い滲出性中耳炎に対するマクロライド 少量長期投与による抗炎症作用以外のマクロライ ド抗菌薬本来の抗菌作用による有効性の検討を行 う必要があると考えられた.
検体からのM. pneumoniaeの検出にご協力いただいた北 里大学北里生命科学研究所教授生方公子先生に深謝いた します.
文 献
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A Case of Otitis Media with Effusion by
Mycoplasma pneumoniaeYoshifumi UNO
UNO ENT ClinicA 10-year-old male demonstrating otitis media with effusion by
Mycoplasma pneumoniaeis re- ported. The patient was brought to my hospital because of hearing disturbance.
β-lactam antibiotics were not effective and we performed a tympanotomy. Microbacterial materials were obtained from the middle ear effusion and nasopharynx.
Mycoplasma pneumoniaewas detected by the PCR method from both materials and antibody to
Mycoplasema pneumoniaewas also detected. It is very rare for oti- tis media with effusion due to
Mycoplasma pneumoniaeto occur without pneumonia. It is reported that some cases of otitis media with effusion have demonstrated good results by long-term low-dose macrolide therapy. We believe some of these cases were caused by
Mycoplaema pneumoniae.〔J.J.A. Inf. D. 78:1031〜1035, 2004〕