禅 者 の 末 法 思 想 ( 菊 藤)
禅
者
の
末
法
思
想
菊
藤
明
道
法 然 ・ 親 鷺 な ど 浄 土 教 系 の 祖 師 た ち は、 末 法 の 歴 史 的 現 実 の さ 中 に 在 つ て 歴 史 を 意 識 し、 し か も 人 間 存 在 の 現 実 に 潜 む 矛 盾 を 内 か ら 問 題 と し、 そ の 現 実 と 仏 法 と の 新 し い 結 合 の 契 機 と し て 末 法 を 把 え て い つ た。 而 し て、 他 力 信 仰 の 中 に、 歴 史 的 ・ 時 間 的 な 末 法 思 想 を 超 克 す る 絶 対 的 な 立 場 を 確 立 し た ( 1 ) の で あ る。 そ れ に 対 し、 自 力 向 上 門 的 実 践 道 を 力 説 す る 聖 道 仏 教、 特 に 禅 に 於 て は、 正 像 末 衰 退 下 降 の 歴 史 観、 末 法 思 想 を 如 何 に 超 克 せ ん と し た か、 今、 特 に 栄 西 ・ 道 元 ・ 夢 窓 の 上 に こ れ を 窺 つ て み た い。 一、 栄 西 は 主 著 ﹃ 興 禅 護 国 論 ﹄ で ﹁ 従 二 彼 如 来 円 寂、 周 穆 王 五 十 三 年 壬 申 歳 ↓ 至 二 干 日 本 当 今 建 久 九 年 戊 午 歳 ↓ 二 千 一 ( 2 ) 百 四 十 七 年 也。 然 者 今 是 後 五 百 年 中 之 第 二 百 年 也。 ﹂ と 述 べ、 然 も、 末 法 相 応 の 法 門 と し て 禅 を 唱 導 す る。 す な わ ち、 同 上 ( 3 ) 巻 に ﹁ 後 五 百 歳 人 鈍 根 小 智、 誰 修 二 此 宗 }耶。 ﹂ の 問 い に 反 論 し て、 ﹁ 般 若 法 華 浬 契 三 経。 皆 説 二 末 世 坐 禅 観 行 之 法 要 幻 若 末 ( 4 ) 代 可 レ 無 二 機 縁 一 者、 仏 不 レ 可 レ 説 二 此 等 一也。 ﹂ と 述 べ、 ま た 同 下 巻 に ﹁ 方 今 以 二 此 禅 一 欲 下 勧 二 末 世 稚 子 一 而 為 中 直 道 之 縁 上 臭。 錐 レ 云 二 少 聞 薄 解 之 輩 ↓ 錐 レ 云 二 大 鈍 小 智 之 類 ↓ 若 専 心 坐 禅 則 必 得 レ ( 5 ) 道 ﹂。 と い う の で あ る。 そ し て、 彼 は 徹 底 し て 戒 律 を 厳 守 す ( 6 ) べ き こ と を 力 説 し た。 ﹁ 末 代 一 戒 不 レ 可 レ 軽 乎 ﹂。 ﹁ 並 勧 二 末 世 之 ( 7 ) 戒 行 一 也。 凡 如 来 開 口 皆 冠 二 末 世 一乎。 ﹂ と 述 べ て い る あ た り、 彼 が 如 何 に 戒 律 を 重 視 し、 持 戒 清 浄 を 以 て 末 法 の 世 に 仏 道 を 求 め ん と し た か、 自 ら 理 解 せ し め ら れ る で あ ろ う。 こ れ は 当 時 の 南 都 北 嶺 の 旧 仏 教 団 の 堕 落、 破 戒 無 漸 の 僧 尼 の 横 行 が 彼 を し て 戒 律 復 興 に 情 熱 を 燃 や し め た と 考 え ら れ る が、 こ の 点、 旧 仏 教 に 立 つ 貞 慶 が ﹁ 如 来 興 後 以 レ 戒 為 レ 師、 出 家 在 家 七 ( 8 ) 衆 弟 子 誰 不 レ 仰 乎 ⋮ ⋮ ﹂ と 述 べ、 た と え 不 清 浄 の 比 丘 で も、 不 如 法 の 軌 則 で あ つ て も、 一 人 で も 二 人 で も 戒 律 に い そ し む 者 あ れ ば、 戒 本 一 巻、 名 目 一 科 で も よ い と 戒 律 復 興 に 情 熱 を 燃 や し た の と 一 脈 通 ず る と こ ろ で あ る。 か く て、 栄 西 は 少 聞 薄 解、 大 鈍 小 智、 鈍 根 の 者 も 得 道 可 能 と す る。 明 ら か に 末 法 思 想 肯 定 の 立 場 に 立 つ も の で あ り、 禅-258-こ そ、 邪 見 熾 盛 の 末 世 の 衆 生 を 正 機 と す る 末 世 相 応 の 法 門 で あ る と 力 説 す る の で あ る。 二、 次 に、 道 元 ま た ﹃ 永 平 広 録 ﹄ で、 ﹁ 況 今 値 二 末 法 ↓ 当 二 澆 運 殉 ⋮ ⋮ 末 法 之 今、 論 二 人 根 一正 像 法 時 与 二 今 時 ↓ 天 地 懸 殊、 ( 9 ) 論 二 果 報 ↓ 中 印 度 人 与 二 我 国 ↓ 金 沙 難 レ 比。 ﹂ と い い、 末 世 ・ 劣 機 を 説 く。 ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ に も ﹁ あ は れ む べ し、 澆 季 祖 道 廃 せ る こ と を ﹂ ( 発 菩 提 心 巻)、 ﹁ 世 の す え ま こ と の 道 心 者 お ほ か た な し ﹂ ( 道 心 巻)、 ﹁ い ま 末 法 悪 時 ﹂ ( 袈 裟 功 徳 巻) 等 と 末 法 悪 世 に 対 す る 悲 嘆 が 示 さ れ て い る。 明 ら か に 末 法 思 想 を 承 認 す る の で あ る。 と こ ろ が 一 方、 末 法 思 想 に 対 す る 否 定 的 見 解 も 見 ら れ る。 ﹃ 正 法 眼 蔵 随 聞 記 ﹄ 四 に は ﹁ 仏 教 に 正 像 末 を 立 て る こ と 暫 く 一 途 の 方 便 な り。 ⋮ ⋮ 人 々 皆 な 仏 法 の 器 な り、 か な ら ず 非 器 な り と 思 ふ こ と な か れ。 依 行 せ ば 必 ず 証 を 得 べ ( 10 ) き な り。 ﹂ と あ り、 ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ 弁 道 話 に は、 ﹁ 大 乗 実 教 に は、 ( 11 ) 正 ・ 像 ・ 末 を わ く こ と な し、 修 す れ ば み な 得 道 す と い ふ。 ﹂ と 末 法 思 想 否 定 の 説 が 見 え る。 か よ う に、 道 元 に は 末 法 思 想 を 肯 定 す る ご と き 面 と、 こ れ を 否 定 す る ご と き 表 現 が 見 ら れ る が、 い ま 学 者 の 見 解 を 二 三 窺 つ て み る と、 第 一 に、 道 元 の 正 像 末 三 時 説 の 否 認 は、 末 法 時 を 承 認 し つ つ も 門 弟 に 対 す る ( 12 ) 教 育 策 励 の 意 味 が 含 ま れ て い た と す る 説、 第 二 に、 彼 は 末 法 思 想 を 否 定 し た の で は な く、 末 法 相 応 の 仏 法 は 他 力 易 行 に か ( 13 ) ぎ る と い う 念 仏 者 の 主 張 を 否 定 し た と す る 説、 第 国 に、 彼 が 末 法 思 想 に 対 し 常 に 批 判 的 で あ つ た 理 由 は、 釈 尊 の 首 唱 し た 無 常 観 を 以 て 発 菩 提 心 の 根 源 と す る 立 場 を 崩 さ な か つ た か ら ( 14 ) で あ る と す る 説、 第 四 に、 道 元 は 末 法 否 定 の 立 場 に 立 つ て い た の で あ り、 ⋮ ⋮ 末 法 肯 定 の 立 場 に 立 つ て い た 栄 西 の 禅 と は ( 15 ) 判 然 と 一 線 を 劃 し て い た と す る 見 解 等 が 見 え る。 し か し、 私 は、 道 元 の 立 場 は、 末 法 思 想 を 単 に 肯 定 と か 否 定 と か の 立 場 で 考 え る の で な く、 相 対 的 場 面 と 絶 対 的 場 面 の 相 違 の 点 か ら こ れ を 考 え て み た い。 彼 の 教 学 が 不 二 絶 対 の 立 場 に 立 つ て い る こ と は、 生 死 即 浬 契、 修 証 一 如、 性 相 不 二、 仏 凡 一 如 等 の 説 示 で 明 ら か で あ り、 ま た、 相 対 的 場 に お り た ち 現 実 行 証 を 強 調 し て い る こ と も ﹁ こ の 法 は、 人 々 の 分 上 に ゆ た か に そ な は れ り と い え ど も、 い ま だ 修 せ ざ る に は あ ら は れ ず、 証 せ ざ ( 16 ) る に は う る こ と な し ﹂ と 論 じ て い る こ と か ら も 窺 え る。 相 対 的 立 場 に お い て 語 る 場 合、 彼 も 歴 史 を 意 識 し、 末 世 ・ 劣 ⋮機 を 認 め 自 ら 末 法 時 に あ る こ と を 悲 歎 し た が、 然 も、 か か る 末 法 時 を 克 服 し、 悲 歎 を 超 え て 仏 陀 の 正 法 時 た ら し め ん と す る 彼 の 気 魂 は、 末 法 を 単 に 客 観 的 な 時 と し て 把 え る の で な く、 絶 対 的 立 場 に 立 つ こ と に よ つ て、 時 機 に 執 わ れ る こ と な く、 専 心 仏 道 に 精 進 す べ き こ と を 力 説 し た の で あ る。 そ れ は、 彼 の 存 在 論 と 時 間 論 と し て 展 開 さ れ、 而 今 の 行 持 の 強 調 と な つ て、 連 続 的 な 時 間 を 基 礎 と す る 下 降 史 観 ・ 頽 落 史 観 を 超 克 せ ん と し た の で あ ろ う。 禅 者 の 末 法 思 想 ( 菊 藤)
-259-禅 者 の 末 法 思 想 ( 菊 藤) 三、 最 後 に、 中 世 禅 宗 史 上 そ の 思 想 確 立 者 と し て 重 要 な 地 位 を 与 え ら れ て い る 臨 済 宗 の 高 僧、 夢 窓 疎 石 の 末 法 史 観 を 窺 つ て お く。 彼 は 怨 親 平 等 思 想 で 有 名 で あ る が、 禅 思 想 と し て は 了 義 思 想 が 注 目 さ れ る。 ﹃ 夢 中 問 答 ﹄ や ﹃ 谷 響 集 ﹄ に 浄 繊 不 二、 凡 聖 一 如 を 強 調 し、 華 厳 の 事 々 無 擬 法 界 を 以 て 差 別 門 を 説 き つ つ、 了 義 不 二 思 想 を 展 開 し て い る が、 末 法 思 想 に つ い て は、 ﹃ 谷 響 集 ﹄ で、 浄 土 宗 智 演 の 反 論 に 答 え ﹁ 了 義 大 乗 の 意 は、 三 学 倶 一 心 の 具 徳 無 為 実 相 の 妙 理 な り。 本 自 不 生 な り、 今 も 滅 せ ず。 戒 定 慧 の 興 廃 を 談 ず る こ と は、 機 情 に 約 す る 不 了 義 の 説 な り。 ⋮ ⋮ 正 像 末 を 分 つ こ と も、 機 情 に 約 す る 一 往 の 説 な り。 了 義 大 乗 の 意 は し か ら ず ⋮ ⋮ 正 像 末 の 時 分、 ( 17 ) 実 に 有 と 執 す べ き に あ ら ず。 ﹂ と 述 べ、 ﹃ 像 法 決 疑 経 ﹄ を 引 い て、 法 の 興 廃、 機 の 勝 劣 は す べ て 衆 生 の 妄 計 で あ つ て、 了 義 大 乗 を 信 ず る も の は 末 世 と て 退 屈 す る こ と が な い と い う。 さ ら に、 ﹃ 大 集 月 蔵 経 ﹄ の 五 箇 五 百 年 説 も 迷 情 に 順 ず る 一 往 の ( 18 ) 説 で、 ﹁ 文 の 如 く 義 を 取 ら ば あ た る べ か ら ず ﹂ と 反 論、 浄 土 宗 の 人 の ﹁ 末 法 時 に 解 脱 す る 人 な し ﹂ と す る 説 も、 本 覚 門 の 立 場 か ら 真 の 解 脱 の 意 を 知 ら ぬ も の と こ れ を 反 論 す る の で あ る。 以 上、 禅 者 の 末 法 思 想 を 上 記 三 者 の 上 に 眺 め て 来 た が、 栄 西 は 末 法 肯 定 の 上 に 戒 を 厳 守 し、 末 法 相 応 の 法 と し て 四 宗 合 一 の 禅 を 復 興 せ ん と し、 道 元 ま た、 末 法 の 時 を 意 識 し つ つ 然 も 絶 対 門 の 立 場 か ら、 大 乗 実 教 に は 正 像 末 を 分 く こ と な く、 願 然 と し て 而 今 の 行 持 を 力 説 し、 ま た、 夢 窓 は 了 義 大 乗 の 理 念 に 立 つ て、 末 法 思 想 を 不 了 義 の 法 門、 方 便 的 説 示 と 見、 実 有 と 執 す べ き で な く、 か え つ て 末 法 時 こ そ 菩 提 心 を 起 し 仏 道 を 修 す る こ と の 意 義 を 見 出 さ ん と し て い る が、 三 者 各 々 個 性 の 相 違 を 発 揮 し つ つ も、 共 に 歴 史 の 現 実 を 直 視 し、 し か も、 そ れ を 超 克 し て 末 法 の 世 に 正 法 を 興 さ ん と す る 聖 道 仏 教 の 姿 勢 が 窺 え る の で あ る。 1 拙 稿 ﹁ 親 鷺 教 学 に お け る 末 法 思 想 の 意 義 ﹂ ( 印 仏 研 究 第 二 十 巻 一 号) 藤 本 浄 彦 氏 論 文 ﹁ 浄 土 教 に お け る 宗 教 的 主 体 性 の 一 断 面 ( 浄 土 宗 学 研 究 第 四 号) 参 照。 2 巻 上、 大 正 蔵 ・ 八 ○ ・ 四 ・ a。 3 大 正 蔵 ・ 八 ○ ・ 三 ・ b。 4 大 正 蔵 ・ 八 ○ ・ 四 ・ a。 5 大 正 蔵 ・ 八 ○ ・ 一 二 ・ c。 6 大 正 蔵 ・ 八 ○ ・ 六 ・ b。 7 大 正 蔵 ・ 八 ○ ・ 六 ・ c。 8 解 脱 上 人 戒 律 興 行 願 書 ( 大 日 本 史 料 第 四 編 之 十 二 ・ 二 八 三 頁)。 9 ﹁ 永 平 広 録 ﹂ 第 五 巻 ( 道 元 禅 師 全 集 ・ 五 三 八 頁)。10 ﹁ 正 法 眼 蔵 随 聞 記 ﹂ 四 ( 岩 波 文 庫 本 七 五 頁)。 11 ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ 弁 道 話 ( 岩 波 文 庫 本 ・ 上 巻 七 二 頁)。 12 松 原 祐 善 著 ﹁ 親 黛 と 末 法 思 想 ﹂ 一 二 八 頁。 13 田 村 芳 朗 著 ﹁ 鎌 倉 新 仏 教 思 想 の 研 究 ﹂ 一 八 八 頁。 14 中 川 孝 氏 論 文 ﹁ 道 元 禅 師 の 禅 法 に つ い て ﹂ ( 日 本 仏 教 学 会 年 報 三 十 四 号 ・ 二 〇 一 頁)。 15 武 田 賢 寿 氏 論 文 ﹁ 鎌 倉 仏 教 の 形 成 と 戒 律 の 問 題 ﹂ ( 日 本 仏 教 学 会 年 報 三 十 四 号、 七 一 頁)。 16 ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ 弁 道 話 ( 岩 波 文 庫 本 ・ 上 巻 五 五 頁)。 17 国 文 東 方 仏 教 叢 書、 法 語 部 三 六 六 ー 三 六 七 頁。 18 同 書 三 七 三 頁。 本 研 究 発 表 後、 花 園 大 学、 荻 須 純 道 教 授 よ り 懇 切 な 御 教 示 を い た だ い た。 こ こ に 深 く 謝 意 を 表 し た い。