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〈特集「海外での日本語教育事情」〉

      ウクライナにおける日本語教育

内村 浩子1

1.はじめに

 東欧の国、ウクライナで本格的に日本語教育が行われるようになったのは、1991年の独 立以後である。その後、10数年ほどの間に、ウクライナ国内で現地の日本語教師育成が進 んだこと、日本語学習機関が増えたこと等の理由で、日本語教育は急速に普及し、1500 人から2000人の日本語学習者を有するまでになり、現在もその状態が維持されている。

この学習者数は周辺諸国の中でも比較的多く、旧ソ連域内の国の中ではロシアに次ぐ規模 である。その背景には、ウクライナ社会の政治的、経済的な変化と、それにともなう外国 語学習への期待や需要があり、そこに国際交流基金等の日本の機関による支援がかみ合っ たと考えられる。一方で、ウクライナ社会で日本語話者の需要は依然として低い。

 本稿では、日本と接点の少ないウクライナでの日本語教育の概観と、筆者が勤務した首 都の大学を中心に現場が抱える課題を紹介したい。

2.ウクライナの日本語教育の概観

2.1 日本語教育にまつわるウクライナの状況

 ウクライナでは、英語やドイツ語等のヨーロッパ言語の次に、第二、第三の学習言語と して、アラビア語や極東の言語に一定の人気がある。特に中国語と日本語の学習希望者数 は増加傾向にある。

 一般に、ウクライナ社会で日本のイメー一一ジは好意的に受け入れられている。技術力や質 の高い工業製品、武道、アニメはもちろん、村上春樹等の現代小説や、若者の音楽やファ ッション等に興味を持つ人もいる。日本食レストランも首都キエフ市内に40軒を数え、

現時点では一種のブームのようになっている。

 しかし、ウクライナで日本との接点はそれほど多くない。在ウクライナ日本大使館によ ると、在留邦人は160人程度で、日本人会や日本人学校等の、海外での日本語教育の協力 者となる組織はない。日本企業の数も依然として少なく、日本語学習者に就職先を十分に 提供するほどには至っていない。日本に興味を持つ人にとっては、メディアやインターネ

ット等を通して日本や日本語と接触するのが一般的である。

1 2006年6月から2008年6月まで、国際交流基金日本語教育専門家としてウクライナのキエフ国立言  語大学とキエフ国立大学に派遣。

(2)

2.2 日本語教育の規模

 2008年現在、首都キエフでは6大学(うち主専攻3大学)で400人前後の学生が日本 語を学んでいる。その他、ハリコフ、リヴィウ、オデッサ等の7都市、約10の大学で、

主に外国語科目として日本語講座が開かれており、首都以外の大学の学習者数は合わせて 400人程度である。地方都市では日本語を使う仕事や日本人と接する機会はほとんどない にも関わらず、各地で日本語教育が行われている。この首都一極集中ではないところが、

ウクライナにおける日本語教育の特色の一つであろう。もう一つの特色に、初等・中等教 育での日本語教育がある。キエフを中心に、10校前後の学校(日本の小、中、高校にあた る教育機関)や幼稚園で、断続的に2日本文化・日本語の教育が行われており、現在の学習 者数は約350人である。キエフには、最長で1年生から12年生までの12年間、日本語を 第一外国語として学ぶことができる東洋言語学校もある。学校教育以外で最大規模の機関 は、二国間政府の協定で設立されたウクライナ日本センターで、子供から社会人までの一 般学習者約300人に向けて講座が開かれている。他に、民間の語学学校やサークル、個人 教授、独学等で学ぶ人もいる。

 教師に関して、現地では常に教師不足が問題視されているが、東欧地域の他国と比べて みると、データを見る限り、教師数は少なくない。国際交流基金の『海外の日本語教育の 現状一日本語教育機関調査・2006年一(概要)』によると、教師1人当たりの学習者数は、

初等・中等教育機関で23.5人、高等教育機関で13.2人、学校教育全体では15.3人であ る3。ただし、在留邦人や日本の諸機関から派遣される日本人教師の数は少なく、地方都市 では特に日本人教師を望む声が強い。

2. 3学習目的

 「日本語教育国別情報2007−2008ウクライナ」によると、教師から見た学習者の学習 目的として、「日本の文化に関する知識を得るため」「日本語によるコミュニケーションが できるようにするため」「日本語という言語そのものへの興味」という項目が多く選ばれて いる。一般に、文化や社会への関心が日本語学習の動機と関連していることが多い。筆者

も、いくつかの機関でインタビューやアンケート調査をしてみたが、漠然とした日本への 憧れが学習のきっかけになったという回答が圧倒的に多かった。日本への憧れを喚起する 要因としては、発展した技術や社会、独特の文化や生活様式などに対する興味がある。他 に、日本語は難解で知的な言語だという通念があるようで、その言語をマスターしたいと いう意見も必ず聞かれる。

 また、大学、特に日本語主専攻の学生は、高収入の仕事を得る手段として日本語に期待

2教師の待遇の悪さから、特に初等・中等教育機関では教師の確保が難しい。現在は教師が確保できな いため講座が開けない機関が多く学習者数が減少しているが、教師が見つかり次第、再開を望む機関が

多い。

3東欧全体の平均は、初等・中等教育で38.6人、高等教育で17.5人、学校教育全体で21.7人。

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を寄せる人も多い。筆者は、ウクライナの日本語教育、日本研究の中心的な機関である、

キエフ国立言語大学(東京外国語大学のような存在)とキエフ国立大学(東京大学のよう な存在)に勤務していたが、そこで調査4を行ったところ、学習動機に関する項目では以下 のような結果がでた。

強く どちらで 強く

質問項目 賛成 反対 合計

賛成 もない 反対

66 20 4 0 0 90

1 私は日本人の友人を作りたい。

73% 22% 4% 0% 0%

日本語が話せれば、いい就職のチャンス 64 20 4 2 0 90 2

がある。 71% 22% 4% 2% 0%

50 36 2 1 0 89

3 私は外国語の文化的な背景を知りたい。

56% 40% 2% 1% 0% (無回答1)

いい仕事を得るといった特定の目的がな 49 29 9 0 0 87 4

くても、日本語を学ぶこと自体、楽しい。 56% 33% 10% 0% 0% (無回答3)

項目2から、9割以上の学生が就職のチャンスに期待を寄せていることがわかる。また、

項目4では、概ね賛成意見が多いものの、強く賛成する学生の割合が他と比べて若干低く、

回答に困った学生も少なくなかったようである。

3.キエフの大学での日本語教育の課題

3.1 日本語話者の社会的需要不足

 現地の教師や学生の間で最大の問題だと認識されているのが、卒業後に日本語を活かす 場がないことである。日本語と関連のある進路としては、文科省の奨学金で日本へ研究留 学する者、大学や学校で日本語教師になる者、稀に日系企業や日本大使館で職を得る者が いる。日本との人的交流が少ないため、観光ガイドや通訳・翻訳のような職は少ない。2.3 で述べたように、在学中の学生は日本語を活かしてより収入や社会的ステイタスの高い就 職先を見つけることを期待しているが、現実には大多数は日本語と関連のない職に就く。

学生の間では、学部時代の留学経験者がその日本語力とネットワークを活かし、卒業後に 日本語と関連のある進路を占めてしまう、という考えが広まっており、そのため、学生の 在学中の目標は日本留学に絞られ、試験勉強重視、運用力は二の次、という偏った学習や 指導が行われることがある。また、大学の専門は卒業後の仕事に直接生かされるべき、と

4高崎(2006)のBALLIの質問用紙を参考に、オリジナル2問を加えた英語・ウクライナ語の調査用  紙を用いて実施。対象はキエフ国立言語大学1、2、3年生の7クラス67人、キエフ国立大学1年生の  2クラス23人、計90人。

一131一

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いうウクライナの社会通念もあるようで、「日本語学習は知識欲を満たしたり人格を形成し たりするのに役に立つ」というだけでは、個人的には納得ができても、社会的には意味が ない、と考える学習者が多い。そのような理由で、留学試験の競争に勝算がないと見切り をつけ、2、3年生で日本語学習を諦める学生もいる。また、教師にとっても将来像が見 えないため、高学年になるほど指導の目標を定めるのが難しくなる。

 この留学試験偏重の風潮は過去数年間に渡って指摘され続けており、確かに今でも留学 試験の受験競争や、学力の二分化が見られる。しかし、筆者の勤務した大学ではこの2年 の間に若干の変化が見られた。特に低学年では留学に固執せず、ウクライナにとどまりア ニメや小説の翻訳家を目指す学生も増えている。アニメ等のソフトの需要の増加や、学生 自身が興味のある分野の情報をインターネット等で収集できるようになったことによる変 化であろう。また、最近は経済的に恵まれた層も出現し、私費で3ヶ月から1年程度の留 学をする学生、さらにごく少数ではあるが日本へ観光旅行に行く学生なども出てきている。

日本へ行くこと、日本の情報を得ることが、かつてのように困難なことではなくなったと いう状況が、留学にしか希望を見出せなかった学生の意識に変化を与え始めているようだ。

また、以前ほどに日本と繋がりを持つことが高収入に直結しなくなっており、逆にウクラ イナ国内でも以前より高い収入を得られるようになったことも関連があるだろう。

3.2教師層の偏り

 ウクライナの日本語教師数は100人弱だが、内訳はウクライナ人が圧倒的に多く、ウク ライナ独立以後にウクライナ国内で日本語教育を受けた、20代から30代前半の世代が最 も多く活躍している。かつて彼らを指導したソ連時代のベテラン教師は、現在高齢のため 相次いで退職しており、その間をつなぐ中間層はない。若い世代の教師が多いもう一つの 理由として、待遇の悪さが話題になることが多い。給与が低いだけでなく、教育機関内で の予算、機材等の不備により、実際に教授活動を行うためには教師が自費で教材等の手配 をせざるを得ない場合もある。教師個人にとっては、教職で生活を支えるのも困難なため 若いうちの離職率が高い、教育機関にとっては、人材が集まりにくく教師の入れ替わりが 激しい、という問題が慢性的に起こっている。このような厳しい状況の中でも教師を続け る人は例外なく優秀だが、そのような教師も、日本語関連分野、特に日本語教育分野で研 究を評価してもらえる専門家がいない、日本での研究業績や学位がウクライナで認められ ない、などの問題を抱えている。

3.3 ウクライナでの研究、教材の不足

 ウクライナにはウクライナ語による日本語関連の研究や教材の蓄積が少ない。前述のよ うに、ウクライナにおいて日本語関連分野は新しい領域であることが一因である。また、

ロシア語の研究書や教材は頻繁に利用されているが、日本や欧米の研究はあまり紹介され ておらず、中欧諸国とのネットワー一・クもほとんどないため、情報量も不足している。さら

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に、現在、ウクライナ語化政策により公用語がウクライナ語のみに定められているため、

国家的にウクライナ語による教材開発や研究が急務となっているが、ウクライナ語そのも ので学術用語や語法が標準化されていないそうで、学術論文や文書の作成にはウクライナ 人でも訓練が必要な場合もあり、日本語や日本語教育といった新しい分野では研究や教材 開発には時間がかかりそうである。

3.4 大学制度の移行

 ウクライナはこれまでソ連の教育制度(初等・中等教育11年+高等教育5年)に従っ ていたが、近年の欧州志向の政策により、教育分野でも欧州の高等教育制度の統一化を目 指すボローニャ・プロセスが採用され、現在、新制度(初等・中等教育12年+高等教育4 年、日本とほぼ同じ)への移行が行われている。大学では、カリキュラムの組み直し、評 価法や学位取得要件の変更、修士課程と博士課程の整備といった作業が必要とされ、末端 の教師にまでも影響が及んでいるが、今後、制度の移行が済めば、欧州だけでなく日本の 学位との比較も容易になり、留学後の学生や教師にとって日本での学位が認められやすく なるのではないかと期待される。

4.おわりに

 ウクライナの日本語教育にはいくつか課題もあるが、大局的には順調に発展していると 言える。現地の教師と学習者の熱意や努力、日本の支援がそれを支えてきたことは言うま でもないが、元来、ウクライナは教育水準の高い社会であり、また国外流出が成功への道 だと考えられている状況にも支えられている。これまでは時代に押されつつ、日本語教育 の規模を拡大し、教材等の設備を整えることが課題であっただろう。しかしここ数年は、

日本語の学習希望者数はかつてのような急激な増加は見られず微増にとどまり、日本から の公的支援も現地化を目指して縮小する傾向にある。また、学習者の意識にも変化の兆候 がある。状況は今後も変化していくだろうが、どんな状況にあろうと日本語を学ぶ人たち に対し、本質的に質の高い日本語教育がおこなわれるよう期待したい。

《参考資料》

 「日本語教育国別情報2007−2008ウクライナ」国際交流基金

 htt:〃www. f, o. / /ia aneselsurve/countr/2007−2008/ukraine.html

『海外の日本語教育の現状一日本語教育機関調査・2006年一(概要)』国際交流基金 htt:〃www. £o. 〃 a anese/surve/result/index.htm1

高崎三千代(2006) 「フィリピン・マニラ首都圏の大学における日本語学習者のビリーフー歴史的・

社会的背景の視点からの考察一」 『国際交流基金日本語教育紀要』2号 65−80

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参照

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