不法行為における因果関係の統計資料 による認定(1)
序
第一章 問題の所在 第一節 目本法の課題
第二節 課題の解決方法(以上本号)
第二章 アメリカ法の動向
第三章 日本法における解決の試み 結び
序
渡 遺知 行
日常生活において, 健康に異常が生じたとしよう。 その原因としては, 工場 の煤煙, 自動車の排気ガス, 医療過誤, 職場での有害物質の吸入, 喫煙, アレ ルギ一体質など様々なものが考えられる。
その原因に関する加害行為が不法行為に該当するならば, 例えばある企業の 工場が排出した汚染物質であるならば, 一定の要件のもとで当該被害者はその 企業に対して損害賠償を請求できることになる。 とはいえ, この原因を突き止 めることは容易ではない。 考えられる原因が多様であるのに加えて, 疾病が発 症するメカニズ、ムを科学的に正確に解明するには困難であるからである。
そこで本稿では, このような問題をいかにして解決すべきか, アメリカ法を 参照しながら考察していくことにしたい。
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第一章 問題の所在
第一節 目本法の課題
わが国では, 1960年代以降, 公害(大気汚染, 水質汚濁) 訴訟, 薬害・ 食品 公害訴訟, 労災訴訟 または予防接種禍訴訟などにおいて, 健康被害発生の科学 的メカニズムが解明されておらず個別的に因果関係を証明することが困難であ る場合には, 統計資料を通じて「疫学的証明」によって, 因果関係が認定され てきた(I)。 さらに, 近時, 統計資料に対応して確率的に因果関係を認定する見 解が提唱され, この立場をとる判例が現れるに至っている。
そこで, 本節では, まず, 疫学的因果関係について, 次に, 因果関係の確率 的
認
定について, 近時の判例を中心に考察して, いかなる問題点が存在するの かみていくことにしたい。一, 疫学的因果関係
本項では,「疫学的因果関係」について概観したあとで, 近時の大気汚染公 害訴訟において問題となっている窒素酸化物による健康被害に関する判例をみ ていくことにしよう
1 . 意義
「疫学」とは, ある人間集団における疾病等の全容を把握して, 当該疾病に ついて, その原因・経過・ 特徴から発生機転を研究し, 合理的予防対策を樹立 する学問であり, 因果関係の「疫学的証明」とは, 疾病発生の分布を考察する ことを通じて, 疾病の原因の仮説を立て, 原因と疾病との聞に一定の関連性が あることを検証して, 因果関係を認定する手法である( 2)。 この関連性とは, ① 因子aが疾病 Aに先行して存在している(時間性), ②因子aがあれば高い確 率で疾病Aが発生する(特異性), ③時間, 場所 または集団を異にしても同様
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の関連性が認められる(一致性) ④因子aの量が多くなるにしたがって疾病 Aの発生率が大きくなる(強固性), 及び⑤以上の関連性が, 既存の 自然科学 理論に矛盾することなく説明できる(整合性), というものである。
このように, 疫学的因果関係は, ある因子と疾病との聞における一般的因果 関係を認定するものであり, ある因子と特定の者の疾病との聞における個別的 因果関係を認定するものではない。ある地域で 大気汚染による呼吸器疾患が 多発している場合に, 疫学的証明によって, 不特定の者の一定割合について疾 病が排出された有害物質によるものであると認定できても, 特定の者について 認定することはできないのである。
とはいえ, 公害訴訟や薬害・食品公害訴訟において, 健康被害が発生するメ カニズムが科学的に正確に解明されてはおらず, 個別的に因果関係を認定する ことは困難である。これに対して 大量被害についての考察を通じて得られる 統計的なデータによって, 当該有害物質が当該健康被害の原因になり得ること は, 認定されやすい。そこで, 被害者の救済に資するべく, このような一般的 因果関係を認定する疫学的証明を通じて 有症率の高いカテゴリーに属する者 について個別的因果関係を推認することがなされてきたのであるは)。
このように因果関係を疫学的に証明することについては いかなる問題点が 存在するのであろうか。近時の大気汚染公害事案についてみていこう。
2. 窒素酸化物健康被害に関する大気汚染公害判例の動向
工業地帯などにおいて 企業の工場・事業場の煤煙や 自動車の排気ガスから,
呼吸器系等に有害な影響を与え得る汚染物質が大気中に放出され, その汚染物 質によって当該地域に居住する住民に健康被害が発生してきた。各地の住民ら は, 企業らや道 路管理者ら(国, 地方公共団体) に対して損害賠償を請求する 訴訟を提起してきた(4)。
ところで, 企業や 自動車から排出された汚染物質が当該地域に到達し, その 地域に居住する住民の中に呼吸器疾患を発症している者がいる場合に, その住
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民が, 企業らに損害賠償請求するには, 企業らの排出行為と健康被害との聞に 因果関係が存在すること, 即ち, 排出された汚染物質が居住地域に到達したこ と(到達の因果関係), そして, その物質によって住民が健康被害を被ったこ と(発症の因果関係) を証明しなければならない。後者の発症の因果関係の証 明はとくに容易ではない。健康被害の原因は, 汚染物質以外にも, 職業性曝露,
喫煙, 既住症, アレルギ一体質 または年齢など多くのものが考えられるし, い かなるプロセスを経て汚染物質を吸入し疾病を発症させたのか, 科学的知見に 基づいて正確に解明されることは困難であるからである。そこで, 個別的因果 関係を認定する前提として, 当該汚染物質と健康被害との一般的因果関係の存 否が疫学的証明を通じて認定されてきた。
ここでみる判例においては, ①汚染地域(当該地域のほか, 東京, 大阪, 千 葉, 四 日市, 岡山など) の呼吸器系疾患催患率についての統計調査, ②汚染物 質が肺, 気道 及び免疫に与える影響についての動物実験結果, ③ 自覚症状, 肺 機能, 血液及び気道 などに関する人体負荷研究, ④WH O環境保健ク ライテリ ア専門委員会レポート(1976年), 中央公害対策審議会(中公審) 専門委員会 報告(昭和61年4月 ) による評価などを通じて, 因果関係の存否が認定された のである( 5)。
大気汚染公害における汚染物質には 硫黄酸化物, 窒素酸化物及び浮遊粒子 状物質などがある。汚染地域濃度レベルの硫黄酸化物や浮遊粒子状物質につい ては一般に健康被害を与え得ることが認定され, 因果関係が肯定されてきた( 6)。
これに対して, 汚染地域濃度レベルの窒素酸化物が呼吸器系等に与え得る影響 については, 判例において援用された資料によれば科学的知見が確立されてい るとはいえないようであり, 判例は, 疫学的証明を通じて「高度の蓋然性J の 当否につき認定して, 因果関係を肯定したものと否定したものとに分かれてい る。
同一事案について結論が分,かれているのは, 合理的な根拠があるのだろうか。
これらの判例について いかなる証拠資料に基づいていかにして因果関係の存
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否が認定されてきたのかみていくことは, 因果関係の疫学的認定における問題 点を抽出するのに有用で、あると思われる。そこで以下では, 肯定例と否定例と に分けて具体的にみていこう。
(1) 因果関係を肯定した判例
因果関係を肯定した判例として ( a)千葉川鉄訴訟第一審判決[千葉川鉄判 決](千葉地判昭和63年11月17 日判時平成元 年 8月 5 日臨時増刊号165頁 )' (b) 倉敷大気汚染公害訴訟[倉敷判決]( 岡山地判平成6年 3月 23 日判時14 94号 3 頁 ), 及ぴ、(c)西淀川大気汚染公害第二次~第四次訴訟第一審判決[西淀川第二
判決](大阪地判平成 7 年 7月 5月 判時1538号17頁 ) がある。
( a) 千葉川鉄判決(7)
本判決は,「窒素酸化物の高濃度汚染が出現した時には, 窒素酸化物濃度と 二酸化いおう濃度との聞に相関関係があったもの」と解して, 当該因果関係を 認定した(8)。
気管支端息擢患に関する学童調査において汚染地域校と対照校との聞に統計 的有意差がみられるものが存したこと 及び 成人に対する BMRC調査資料 に基づいた, 千葉大公衆衛生学教室による昭和50年基礎調査報告書が, 汚染物 質の濃度において,「二酸化硫黄と各窒素酸化物との組み合わせにおいて」, 呼 吸器症状の性・年齢別・ 喫煙量「訂正有症率との聞にはさらに強い相関関係が 認められる」と解析したこと, が決め手になったようである(9)。
(b ) 倉敷判決(1 0)
本判決は, 二酸化窒素, 二酸化窒素及び浮遊粉塵による, おそらくこれらの 物質が相加的に作用した健康被害として 昭和50年代前半 までに呼吸器疾患を 発症した者について, 疫学的調査等を総合的に考察して当該因果関係を推認し た(1 I)。
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①被告企業らが操業を開始して「若干の時 日が経過したころからJ, 呼吸器 を患う住民が増加しはじめ,「被告らの操業の継続, 発展に伴って益々増加し た」, 即ち, 住民らに大量の健康被害が発生した時期と企業らが盛んに汚染物 質を排出していた時期とが一致する, ②医学的にみても, 人体負荷研究・動物 実験からも, 濃度に関する定説がないにせよ, これら汚染物質による大気汚染 によって健康被害が生じることが認められる, などの諸事情によって, 因果関 係が推認された(l 2)。
( c) 西淀川第二判決(l4)
本判決は, 二酸化窒素について, 二酸化硫黄との相加作用を通じて, 当該因 果関係を認定した(I 4)。
本判決は, 大気汚染が争点となった期間を, 対象となる汚染物質に鑑みて,
次のように三期に分けた(l 5)。第一期は, 昭和 29年度から 昭和45年度 までであ り, 工場・事業場を中心とする固定汚染源による硫黄酸化物高濃度汚染時期で ある。第二期は, 昭和46年度から昭和5 2年度 までであり, 改善されてきた硫黄 酸化物固定汚染源に加えて, 自動車を中心とする窒素酸化物移動汚染源が重要 課題となった時期である。そして、第三期は, 昭和53年度以降であり, 硫黄酸 化物汚染はほぼ終息したと評価され, 自動車による窒素酸化物汚染が主要課題 となった時期である。本件では, 窒素酸化物による呼吸器症状等健康被害つい ては, 第二期及び第三期において問題になったのである。
そして, 以下にみるような理由で, 硫黄酸化物と相加的に作用して被害を与 え得ることは認められたが, 単体で影響を与え得ることは認められるに至らず,
第二期における被害についてのみ因果関係が肯定された(I 6)。
以下では, その理由について, 窒素酸化物(N0 2) について, ①その単体 によって呼吸器症状に与える影響, ②硫黄酸化物(80 2) との相加的作用によっ て呼吸器症状に与える影響に分けてみていこう。
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① 単体の影響(I7)
「N0 2 についてもいくつかの疫学調査結果が呼吸器症状有症率と濃度との 聞に関連性を認めているが, 80 2 ほど明確な有症率の増加 までは認められず,
動物実験や人体負荷研究などで影響が認められる最低のレベルは概ね0 .5 ppm を指標とするものであり この濃度は 出来島局の測定値の測定値の10 倍前後 の高さである。気管支ぜん息患者についてはO.lppmの短期曝露で、も気道 反応 性の尤進をもたらすとの知見もあるが, この濃度も 2 倍前後の高さであり,
80 2 に関する調査結果が現実の環境大気における濃度レベルでの有症率との 関連性を認めていることに明らかに違いがある。」
この点につき,「0 .04 ppm程度で、マウスに形態学的変化が認められたとする 報告があるがJ,「確実な追試がなされているとはいえず, この報告のみによっ て, 人の有症率の増加 まで判断することは困難で、ある。」
「したがって, N0 2 についてもその長期曝露が持続性せき・ たん等の呼吸 器症状に対して何らかの影響を与えていることは否定できないがJ, 西淀川区 における現実の大気環境における N0 2 濃度のレベルにおいては, いずれの時 期においても, N0 2 単体と指定疾病との発症との疫学的因果関係を認めるに は至らないといわざるをえない。」
まお, 道 路沿道 の影響について, 第三期においても, 乳幼児・学童・老人を 中心に沿道 住民に「呼吸器症状に悪影響を与えている可能性を否定することは できない。」としたものの,「有症率の差が統計上有意と認められるのは一部で あり」, 因果関係を「明確に認定する までには至らないjとした(I 8)。
② 相加的作用の影響(I9)
「N0 2 が80 2 と相加的に呼吸器症状に影響を与える可能性があることは 」
「多くの調査結果等が示しているところである。」「そして, 西淀川区の第二期 程度の濃度レベルでにおいては呼吸器症状の有症率に対し N0 2 と80 2 が 相加 的影響を及ぼしていることが認められるJ ので, 当該混合「汚染物質と指定疾
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病の発症・憎悪との聞に因果関係を認めるのが相当である。」
(2) 因果関係を否定した判例
因果関係を否定した判例としては,( a)西淀川大気汚染公害第一次訴訟第一 審判決[西淀川第一判決](大阪地判平成 3 年 3月 29 日判時1383号 22頁), (b) 国道43号線公害訴訟控訴審判決[国道43号線判決](大阪高判平成 4 年 2月 20
日判時14 15号 3頁), 及び(c)川崎大気汚染公害訴訟第一審判決[川崎判決]
(横浜地川崎支判平成6年 1月 25 日判時14 81号19頁) がある。
( a) 西淀川第一判決(2 0)
本判決は,「二酸化窒素単独或いは他の物質との混合いずれの場合において も, 健康被害との関係を明確にする充分な知見が得られているとはいえないJ として, 当該因果関係を否定した(2 1)。
1976年WH Oク ライテリ アレポートにおいては 健康影響評価のための「定 量的な基礎資料を示しえない 」とされ, また, 昭和61年4月中公審専門委員会 報告において, 他の汚染物質とともに健康被害に「一定の役割を果たしている 可能性を否定できないと評価しているのみであり, 積極的に因果関係を認めて いるわけではないJ ので, 当該因果関係について「明確にされていないJ , と 認定したのである(2 2)。
( b) 国道43号線判決(2 3)
本判決は, 窒素酸化物のほか, 二酸化硫黄なども含めて大気汚染について総 合的に疫学的考察を行ったうえで,「各実験や研究, とりわけ, 東京都及び中 公審の各報告を検討すると, 現状の大気汚染が直接に沿道 住民らの健康に明確 な影響を与えていると認める足りる証拠は 未だ十分で、ないと言わざるを得な いJ として, 当該因果関係を否定した(2 4)。
本判決が依拠した昭和61 年東京都衛生局報告書は 呼吸器 自覚症状について,
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沿道 に居住する一定の住民らについて統計的有意差のある有症率を示す症状項 目があることを指摘するものの 明確な結論を下していない(2 5)。 また, 昭和6 1年4月中公審専門委員会報告は,「現状の大気汚染が, 地理的変化に伴う気象 因子, 社会経済的因子などの大気汚染以外の因子の景簿を超えて, 持続性せき・
たんの有症率に明確な影響を及ぼすようなレベルとは考えられない」と解した うえで, 児童の「有症率に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できない」
が, その影響が「顕著なものとは考えられない」とし, また, 成人の「有症率 に相当の影響を及ぼしているとは考えられない」としているのである(2 6)。
( c) 川崎判決(2 7)
本判決は,「大気汚染による二酸化窒素と慢性気管支炎等との疫学指標との 聞に関連性を認める疫学調査が存在するJ と認定したものの, 次のような諸事 情から当該因果関係を否定した(2 8)。
①関連性を認める疫学調査等を総合的に検討した昭和61年4月中公審専門委 員会報告は, 現状の二酸化窒表による大気汚染について 慢性気管支炎の基本 症状である「持続性せき・たんの有症率に明確な影響を及ぼすようなレベルと は考えられないJ, また,「気管支端息の基本症状である端息様症状・現在の有 症率につき, 児童においてj,「何らかの影響を及ぼしている可能性は否定でき ないもののJ,「影響は顕著なものとは考えられず, 成人においては」,「相当の 影響を及ぼしているとは考えられないと評価していることからすると, 各評価 に微妙な相違はあるものの, 現状の大気汚染と本件疾病との関連性を積極的に 肯定したものと までは言い難い」, ②本報告は,「現在の大気汚染が総体として 慢性閉塞性肺疾患の 自然史に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できな いものの」, その影響は「昭和30年代ないし同40年代の大気汚染と同様のもの と考えられないと最終的な評価をしている, ③この中公審の答申において,
「可能性は否定できない」という程度で民事責任を肯定することは妥当でない としていた, ④この中公審報告以降, この結論を左右する調査結果は存在しな
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い, 及び⑤「人の生活行動時間の調査においては, 広い意味で室内で生活する 時間が多くを占め室内の暖房方法等によっては, 室内の二酸化窒素濃度が室外 の二酸化窒素濃度を上回る調査結果も存在する, という諸事情が考慮されたの である(2 9)。
(3)小括
これ までみてきたように, 川鉄千葉判決と西淀川第二判決は, 硫黄酸化物と の相加作用を通じて, 因果関係の存在を肯定した。後者は, 単体については,
健康被害を与えるることを明確に否定した。倉敷判決も また, 因果関係を肯定 したが, 硫黄酸化物等との相加作用を通じて健康被害を与え得るのか, 単体で も被害を与え得るのかは明確に認定されていない。
これらに対して, 西淀川第一判決, 国道43号線判決及び川崎判決は, 因果関 係を否定し, このなかでも西淀川第一判決は 相加作用を通じても単体でも健 康被害を与え得ることを明確に否定している。
3. 判例の課題
これ までみてきたように, 判例の結論が分かれてきたのは合理的な根拠によ るのであろうか。以下のような問題点が存するように思われる。
第一に, 因果関係の存在について, その可能性は, 疫学の見地からみれば連 続的に分布し得るにもかかわらず,「高度の蓋然性」があると認定される場合 には被害者の救済が認められ,「高度の蓋然性J に至らないものと認定される 場合には, 被害者の救済が一切否定されることである。
(2)でみた, 因果関係を否定する判例は, 健康被害について統計的有意差を示 すデータも存在することが認定されているにもかかわらず, 提出された資料を 総合的に考察して「充分な知見が得られているとはいえないJ(西淀川第一判 決),「未だ十分でないと言わざるを得ない」(国道43号線判決), または「関連 性を認める疫学調査が存在するJ(川崎判決) として「高度の蓋然性」 に至ら
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ない何らかの可能性を認めている。それにもかかわらず, 因果関係について
「高度の蓋然性 」 が認定されないために, 被害者救済が認められないのである。
とはいえ, 大気汚染公害事案においては, 硫黄酸化物と健康被害との因果関 係が肯定されるので, この限度で被害者の救済は認容されている。しかし, 西 淀川第二判決事案における第三期のように, 硫黄酸化物汚染が改善されたと認 定されるならば, 窒素酸化物による健康被害の可能性があるにもかかわらず,
救済が一切否定されかねない。
また, 窒素酸化物について呼吸器症状等の有症率が増加が認められるデータ が存在する以上, 住民らのの健康被害に対して何らかの影響を与えているとい え, これらの判例によるならば, それにもかかわらず, 自ら排出した窒素酸化 物について企業らが民事責任を一切負担しないことにもなりかねないのである。
第二に, 提出された証拠に対する判断についてである。
法的因果関係を 自然科学ないし社会科学における因果関係と同一視すること はできないが, まさしく 自然科学・社会科学の所産である疫学を通じてなされ る因果関係の認定は, 科学的にみて合理的に証拠を評価してなされたといえる ものでなければならないであろう。
証拠の科学的合理性については 統計調査方法や実験方法に関する合理性の ほか, 川崎判決 (2 .( 2) ( c)) 理由⑤のように, 他原因による可能性についてい かにして考慮するのが妥当かという問題も関わっており, 科学論争による訴訟 の遅延を招かない範囲で経験則を通じて妥当な判断がなされる必要があるとい えるD この判断は 判決理由に明確に示されるべきである。
それにもかかわらず, 川鉄千葉判決を除く上述した判例は, 提出された証拠 について, それぞれいかなる理由で採用しあるいは採用しなかったのか, その 根拠を示していないのである。なかでも, 因果関係を否定した判例は, 中公審 専門委員会報告の評価 (これに加えて, 西淀川第一判決はWH Oク ライテリ ア レポート, 国道43号線判決は東京都衛生局報告の評価) を採用しているが, 行 政機関等による評価であることによって, 科学的見地から合理的であるという
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ことにはならないだろう(3 0) 0
川鉄千葉判決にしても, 疫学調査において「認定された関連性が科学的に因 果関係を判断するうえでどのようなものとして評価できるのか」判断が示され ておらず, また, 疫学調査の正確性, 公正性及び科学的信頼性などの点から疑 問が示されている(3I) 0
二. 因果関係の確率的認定
従来の「疫学的因果関係論 」によれば, 因果関係につき「高度の蓋然性」が 認定されない場合には, 被害者の救済が認められないことになる。これに対し て, 近時, 確率的に因果関係を認定する理論が有力に主張され, 水俣病訴訟判 決においてこの立場が採用されるに至っている。
本項では, これら学説の動向について概観し, 水俣病訴訟判決について詳細 にみていこう。
1. 学説の動向
かつて, 戒能博士, 沢井教授らは, 公平な解決を得るべく, 疫学によって
「高度の蓋然性J が示されない場合であっても, 蓋然性に対応した賠償額を認 定すべきであると主張されていた(3 2)。新美教授も また,「患者の救済を図るた めに, 疫学データしか利用できない場合というように場面を限定して, 伝統的
『因果関係J 概念を放榔することに賛成J され, 因果関係の確率的認定に賛同 された(3 3)。
2 でみる水俣病東京判決の後に, 森島教授は, 疫学における特定疾病の特定 原因は, 集団について判定されたものであり,「集団を構成 する個人の病因を 判定するものでな」く, 個人の特定疾病の特定原因については, 対照集団と比 較した当該原因の「エクセス・リスクの率に応じて, 確率的な可能性で言える に過ぎないJ, と明確に指摘された(3 4)。そして, 個別的因果関係を証明するこ とが困難である事案においては, 疫学などを通じて認定された確率的データに
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基づいて, 因果関係が存在する確率に応じて損害賠償額を認定することを提唱 された(35)。
2. 判例の展開
従来の水俣病診断は ハンター・ ラッセル症候群(運動失調, 言語障害, 視 野狭窄, 感覚障害及び難聴) を基準としていたが, これらの症状が不完全であ る患者らの救済が問題になってきた。
この問題に関して 近時 有機水銀曝露歴があり四肢末梢型感覚障害のみを 呈する水俣病未認定患者による損害賠償請求訴訟において, 被告企業による有 機水銀排出行為と住民の健康被害との聞における因果関係について, 疫学調査 から「高度の藍然性J が認定されない場合でも, その可能性・確率に応じて損 害賠償額・因果関係を認定する判決も現れた(3 6)。当該因果関係が存在する可 能性を慰謝料の認定に反映させたものとして, 水俣病東京訴訟第一審判決[水 俣病東京判決] (東京地判平成4 年 2月 7 日判時平成4 年 4 月 25 日臨時増刊号 3頁 ), また, その確率に応じて因果関係を認定したものとして, 水俣病関西 訴訟第一審判決[水俣病関西判決] (大阪地判決成6年 7 月11 日判時15 06号 5 頁 ) がある。以下にみていこう。
(1) 水俣病東京判決( 3 7)
本判決は, 四肢末梢型感覚障害のみを呈する症状について, 水俣病の基本的 症状であると原告らが主張したのに対して, 医学的に「確実な分析, 判断をす ることは困難であ 」り,「水俣病以外の原因による可能性が否定された 」 とは いえず,「水俣病に,毘号、している可能性があるとはいえても, 高度の蓋然性が あるとはいい難い」とした(3 8)。この判断は, 当該「症状を水俣病であると判 断することは医学的には無理があるとしたj 専門家会議見解に基づいているよ うである。
しかし, 本判決は, このように「水俣病に催患していることの高度の蓋然性
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の程度の証明がない者についてj 因果関係を否定することを, 次のような理由 で妥当ではないとした(3 9)。①因果関係について高度の蓋然性を示す証明を原 告住民に課すことは, 「水俣病被害の発生につき全面的に責任を負うべき立場 にある被告」と健康障害が摂食した有機水銀汚染魚介類によるものでは 「ない かとの不安を抱いている住民との立場の違い」に照らすならば, 損害賠償制度 における 「損害の公平な分担という理念に合致しないJ, ②住 民の健康障害が 有機水銀曝露の影響による「可能性の程度は 連続的に分布しているわけであ り, また, 剖検による認定例の存在などは」, 現在の臨床医学から当該障害に ついて水俣病である 「可能性があるとの判断しかできないものの中にも, 実体 的には水俣病による健康障害が含 まれていることが少なくないことを示唆して いる」ので, 訴訟上の因果関係の有無をオール・オ ア・ナッシングで判断する
「解決方法は水俣病被害の実体に即したものとはいえない」, 及び③水俣病の救 済法及び補償法は, 水俣病の可能性がそうでない可能性以上ある症例について,
水俣病であると認定する趣旨であり この趣旨も考慮すべきである, と。
そして, 当該可能性が「蓋然性の程度を大きく下回るようなものではないと 考えられる場合には, 被告チッソの損害賠償責任を認めた上で, その可能性の 程度を原告らの本訴請求にかかる損害賠償額 (慰謝料) の算定に当たって反映 させるのがより妥当」であると解したのである(4 0) 0
(2) 水俣病関西判決4 I )
本判決は, 因果関係につきオール・オ ア・ ナッシングで判断することは, 事 案によっては次のような理由でで不当であり 確率的に認定すべきであると解 した( 4 2)。①因果関係は,「過去に起きたー図的事実の有無というよりは, むし ろ, 過去の事実関係をもとに行う評価としての側面を持って」おり, また, 評 価の対象が損害賠償額という可分なものであるので, 確率的判断に馴染む, ② 因果関係の認定において適用される経験則は, 現代医学に依拠するが, 医学的 見解が確立していない場合に「医学の限界による不利益は 確率的判断のもと
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に両当事者に公平に分配されるべきである」, 及び 複数原因の競合が考えら れ,「工場排水に起因する症候を量定する操作が必要な場合でありJ, 確率的判 断を要する, と(4 3)。
そして, 専門家らによる昭和5 2年判断条件において「水俣病である高度の蓋 然性 まであるとはいえない」原告らについても,「証拠から認められる水俣病 である可能性を量定して, それを損害賠償額に反映させるべきJ ものとし た(4 4)。当該確率は, 4 0%, 30%, 20%及び15%の四段階に認定された(4 5)。
3 . 判例の課題
従来の判例は, 因果関係の存在について「高度の蓋然性」ありと認定されな い場合には, 原告らの救済を一切否定してきた。これに対して, これらの判例 は, 企業の被害者に対する優位性(東京判決) や医学的見解が確立されていな い場合における不利益の分配(関西判決) を考慮して, 当事者間の衡平を図る べく, 因果関係の存在について「高度の蓋然性」ありと認定されない場合でも,
その存在する可能性・確率の限度で損害賠償を認容して原告を救済したのであ る。因果関係について十分な証明ができない者でも, 一定の要件のもとでは,
因果関係が存在する可能性・確率を限度として救済を受け得る道 が聞かれたと いう点に鑑みれば, 不法行為において従来より衡平にかなった解決をすすめた ものと評価できょう。
しかし, 次のような課題が残されているものと思われる。
第一に, 因果関係が存在する可能性・確率に応じて因果関係・損害賠償額を 認定する根拠についてである。
これらの判例の趣旨に応じて あらゆる類型の不法行為における因果関係要 件について, さらには民事訴訟において, 因果関係要件以外の特定要件事実に ついて,「高度の蓋然性Jに至る証明がなされない場合に, その可能性は当該 要件事実の認定や結論に反映され得るのであろうか。疫学的証明がなされる事 案に限るにせよ限らないにせよ, 因果関係に関してのみその可能性を反映させ
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得るというのであれば, 当事者間の衡平以外にもさらに明確な根拠が示されな ければならないであろう。
関西判決は, 因果関係の認定には,「一図的事実の有無」 を認定するよりむ しろ「評価J の性質があり, さらに評価が反映される対象 (損害賠償額) が可 分である, という根拠を挙げている。
しかし, 因果関係の認定が, 一般の要件事実認定に対して特殊性があるとは 思われない。一般に 訴訟における要件事実の認定は 当事者によって提出さ れた何らかの証拠に基づいてなされるものであり 事実を認定する過程におい て, 提出された証拠につき何らかの評価がなされるのである。因果関係の認定 も また, このような過程を経ることには変わらないだろう。因果関係の認定が 困難である公害訴訟などにおいては, とくに疫学的証拠など多くの証拠が提出 されるので, 事実認定における事実の 「評価」のウェイトが, 相対的に大きい にすぎないのではないだろうか。
さらに, 評価が反映される対象の可分性を重視するならば, ほかの事案でも 要件事実の確率的認定は可能なのであろうか。例えば, 借入金の返済の有無に ついて, 弁済に関する事実認定の評価を反映し得る金銭債務は可分であるので,
一定の要件のもとでは, 当事者の衡平にかなうべく確率的に認定できるといえ るのであろうか。
第二に, 損害賠償額を認定する証拠資料の科学的合理性についてである。
損害賠償額を可能性に応じて算定したり, 因果関係を確率的に認定するなら ば, 因果関係の証明度が賠償額に反映されるので, 一定の証明度に至っている か否かだけではなく, その証明度 自体をできる限り正確に示すことが要求され ることになる(4 6)。したがって この証拠の科学的合理性については, 前項で みたような従来の「疫学的因果関係J 論におけるよりも, 十分に配慮されなさ れなければならないといえる。
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第二節 課題の解決方法
前節では, 因果関係の認定においていかなる課題が残されているのか考察し てきた。そこで本節では, これらの課題を解決する方向を示すことにしよう。
一. アメリカ法の参照
本稿では, 因果関係の認定に関する解決策を模索するべく, アメリカ法の議 論をみていくことにする。因果関係の認定に関して, アメリカ法の議論を参照 することが有用であると思われるのには, 次のような理由がある。
①疫学的因果関係 さらに因果関係の確率的認定をめぐって, 我が国と アメ リカとでパ ラ レルに議論が展開されてきている, ②アメリカには, 製造物責任 に関して多発した大量被害訴訟によって, 本問題の解決にとって基盤を与えて くれる豊富な判例資料が蓄積されている, ③因果関係の認定に適用される法条 としては, 民法7 09条と719条1項後段とがあるが, 双方についてバ ランスのと れた適用要件を示唆してくれるものと思われる, 及び④アメリカにおいて, 近 年, 科学的証拠をめぐる論争が盛んになされている, というものである。以下
にそれぞれについて詳述することにしよう。
① アメリカにおける「疫学的因果関係」及び 「因果関係の確率的認定」に関 する議論
アメリカ法において, 従来, 不法行為における因果関係は, 個別的証拠によっ て直接に証明がなされるべきであると解されてきた。しかし, とくに大規模被 害訴訟において, 損害発生のメカニズムが正確に解明されておらず, 他の原因 によることも考えられる場合には, 因果関係を疫学的に証明することが認めら れないならば, 原告を救済することは困難となる。1980年代以降, 公平や効率 性などの観点から疫学的証明の当否をめぐって議論が展開されるようになっ た(4 7)。
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1980年, DE S訴訟におけるSindell判決は, 択一的原因責任理論(a lterna tive lia bility) を修正 し て , 市 場占 有 率 責 任 理 論 (ma rket sha re lia bility) を定立し, 原告が加害者を特定できなくても, 相当の市場シェ ア ( substa ntia l sha re) に至る まで加害者であり得る製造者を共同被告とするな らば, 市場シェ アに応じて被告らが分割責任(severa l lia bility) を負うもの とした(4 8)。
DE Sによる被害(腺癌) は, 特異性疾患であるので, DE S製造市販者以 外に被害の原因が考えられる余地が小さいものであったが, 学説は, 非特異性 疾患の事案に対しても, この法理の趣旨から 原告に対する危険に寄与した程 度によって被告が責任を負担する, という割合的責任論(p rop ortiona l lia bil
ity) を適用すべきであると提唱するものが現れた( 4 9)。このような学説に対し て, 公平, 効率性及び実用性などの観点から多くの論争がなされている。
我が国における確率的因果関係論も また ア メリカ法 におけるこれらの議 論から示唆を得てきたようであるし(5 0にさらにこれらをみていくことによっ て, 残された課題を解決するために大きな示唆を受け得るものと思われるので ある。
とくに, アメリカの学説は, 効率的な事故抑止効果に関する議論に大きな紙 幅を割いており, 損害の公平な負担という観点からだけではなく, 将来的に望 ましい科学技術・産業社会の発展を方向づけてくれる示唆をも受けるであろう。
② 豊富な判例資料の蓄積
アメリカでは, 197 0年代以降, 製造物責任訴訟をはじめとして, 多くの被害 者らを原告とする不法行為訴訟が急速に増加してきた(日)。そのなかで, アスベ スト訴訟, DE S訴訟, エージ、エント・オレンジ訴訟及び Bendec tin訴訟など において, 統計資料による因果関係の認定をめぐって争いが展開された。
不法行為において具体的事案に適した解決が重要であり, 多くの判例事案を 念頭におく必要があるといえる。 アメリカにおいて, 蓄積されてきた判例は,
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実際に学説が議論を展開する基盤になってきたのである。
③ 民法7 09条と719条1項後段との整合的解釈
因果関係の証明に関して, 適用され得る法条としては, 一般的不法行為に関 する民法7 09条, 及ぴ「加害者不明の共同不法行為J に関する719条 1 項後段 とカfある。
これ まで我が国では, 7 09条における因果関係の認定と719条1 項後段の要件・
効果とは, いずれも因果関係の証明という問題にかかわるものであるにもかか わらず, 各別に考察される傾向にあった。
判例においても また 当事者の主張に応じていずれかの法条が適用されてき たO 例えば, 大気汚染公害訴訟においては, 企業らが排出した汚染物質が健康 被害に対していかなる程度寄与したか認定される必要があるが, 原告らの主張 に応じて次のような法条適用がなされている。
上述した判例のうち, 西淀川第一判決, 川崎判決及び倉敷判決が, 7 09条に おける因果関係の認定において, 当該居住地域に到達した汚染物質のうち, 企 業らが排出した一定の寄与割合を算定して, その割合に応じて原告らの損害賠 償を認容した(5 2)。その寄与割合として, 西淀川第一判決は, 第一期につき5 0
%, 第二期につき35%, 第三期につき20%と認定し, 川崎判決は, 昭和 40年初 頭頃につき40%, 昭和 49年頃につき15%と認定し, また, 倉敷判決は, 昭和 4 0 年台後半頃 までについて80%と認定している。
これらの判例に対して, 西淀川第二判決は, 次のように719条 1 項後段を類 推適用した(5 3)。「競合行為者の行為が客観的に競合して被害が発生しているこ とが明らかであるが, 競合行為者数や加害行為の多様性など, 被害者に関わり のない行為の態様から 全部又は主要な部分を惹起した加害者あるいはその可 能性のある者を特定し, かつ, 各行為者の関与の程度などを具体的に特定する ことが極めて困難であり, これを要求すると被害者が損害賠償を求めることが できなくなるおそれが強い場合J であり, かつ「寄与の程度によって損害を合
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理的に判定できる場合」において, 原告は,「結果の全体に対する特定競合行 為者の行為の総体についての寄与の割合」を賠償額の限度とし損害賠償を請求 し得るが, 被告らは,「特定競合行為者の行為を総合しても被害の一部を惹起 したにすぎず, しかもそれ以外の競合行為者について具体的な特定もされない 以上J, 自らの「寄与の割合を証明することによって責任の分割あるいは減免 責を主張できる」, と。
とはいえ, これらの法条は, いずれも因果関係の証明という同一の問題の解 決に関わるものである以上 その要件・効果について調和 のとれた解釈をする のが合理的で、あるといえる。
アメリカ法においては, 日本法における「加害者不明の共同不法行為J は,
因果関係の認定一般に関する問題として位置付けられており, アメリカ法から 示唆を得ることによって これらの法条について整合的な要件・効果を導出す ることができるものと思われる。
④ 科学的証拠( sc ientific evidenc e) に関する議論
因果関係を疫学によって認定するにあたっては さらに確率的に認定するこ とが認められ場合には 科学的証拠によることが不可欠である。このような証 拠が, 正確なデータや合理的な科学的知見を通じて得られたものであることが 要求されるのは, い
う
までもない。1993年, Bendentin訴訟のDa ub ert判決に おいて, 連 邦最高裁は, 証拠の信頼性( reliab ility) と関連性( releva nc y) に 基づいてその証拠能力を判断する原則を定立した(5 4)。この判決を契機として 活発に議論が展開されている(5 5)。民事訴訟における証拠法体系が異なっていても 証拠能力に関する議論を,
事実認定に関わる手続きや証拠から事実を認定する経験則に関して考慮する余 地もあるものと思われ(5 6) アメリカの議論は何らかの示唆を与えてくれるで あろう。
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二. 本稿の構成
本稿は, 因果関係の認定に関して, アメリカ法から 日本法へ示唆を得るべく,
次のような構成ですすめていくことにしたい。
まず, 第二章において, 第一節ではアメリカにおける主な判例について一瞥 し, それから, 第二節では疫学的因果関係論について, 第三節では割合的責任 論を中心に, そして第四節では科学的証拠の証拠能力について順次みていく。
次に, 第三章において, アメリカ法から得られた示唆に基づいて, 本章でみて きた課題について考察していこう。
注
( 1 ) これ までの判例について, 瀬川信久「裁判例における因果関係の疫学的証明」加藤古稀 記念『現代社会と 民法学の動向 (上)J 1回頁以下(有斐閣, 平成4年) 参照。
( 2 ) i畢井裕「不法行為における因果関係J 星野英一編集代表『民法講座6 J 273~朗頁(有斐 閤 , 昭和60年). rテキストブック 事務管理・不当利得・不法行為 ( 第二版)J 192~94頁
(有斐閣, 平成8年), 稲垣喬『医療過誤訴訟の理論J 87頁以下(日本評論社, 昭和60年),
新美育文「疫学的手法による因果関係の証明(上)(下)」ジ、ユリ866号74頁以下, 87i号89 頁以下(昭和61年), 吉村良一「公害における因果関係の証明」 立命館法学201~202号937 頁以下(平成元年),『不法行為法J 93~94頁(有斐閣, 平成7年), 浅野直人「健康被害 と 因果関係」 福岡 大学法学論叢35巻 4 号313頁以下(平成3年), 瀬川・前掲注 (1)151~58頁,
松村弓彦『環境訴訟J 97~135頁(商事法務 , 平成5年), 山口龍之「複数原因子と 因果関 係の証明度」 沖 大法学18号25頁以下(平成9年), 四宮和夫『不法行為J 408~11頁(青林書 院 , 昭和62年), 森島昭夫『不法行為法講義J 300~01頁 (有斐閣 , 昭和62年), 平井宜雄
『債権各論 不法行為j槌~90頁(弘文堂, 平成4年), 幾代通(徳本伸一補訂)『不法行為 法J 123~27頁(有斐閣, 平成5年) など。
( 3 ) 公害訴訟として, 名古屋高金沢支判昭和47年8月 9 日判時674号25頁(富山イタイイタ イ病訴訟), 新潟地判昭和46年9月29日下民集22巻 9 ~10号 1 頁(新潟水俣病訴訟 ), 津地 四日市支判昭和47年7月24日判時672号30頁(四日市端息訴訟) 熊本地判昭和48年 3月20 日判時692号12頁(熊本水俣病訴訟) など。薬害・食品公害訴訟として, 東京地判昭和53年 8月 3 日判時899号48頁(東京スモン訴訟), 福岡地判昭和52年10月 5 日判時866号21頁(カ ネミ油症訴訟) など。
( 4 ) 後掲 大気汚染公害訴訟において, 千葉川鉄訴訟及び倉敷訴訟で は, 企業 らが, 国道43号 線訴訟及び西淀川第二訴訟 (企業 らについては和解成立) で は, 道路管理者らが, そして,
西淀川第一訴訟及び川崎訴訟で は, 企業 ら及び道路管理者 らが被告とされた。
( 5 ) 判例において, 具体的にいか なる証拠資料が因果関係 を評価する基礎となったか につい
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ては, 各判決の下記引用頁を参照。判例の動向に ついて, 新美育文「 大気汚染と 健康被害」
判タ850号 2 頁以下(平成6年), 福富和夫「窒素酸化物および粒子状汚染物質による健藤 被害」法時66巻10号37頁以下(平成6年)。(6 )以下にみる判例において も, この限度では 因果関係 は 肯定され て いる 。
( 7 ) 本判決の因果関係論に ついて, 牛山積「 千葉川鉄公害訴訟判決」法時61巻 5 号40頁以下
(平成元年), 松浦以津子「 千葉川鉄公害
訴訟における因果関係論・損害論」ジ、ユリ928号18 頁以下, 吉村功「自然科学 か ら 見た 川崎訴訟判決の争点と問題点」ジュリ928号32頁以下
(平成元年), 野村好弘「Jll鉄千葉公害訴訟判決の経緯と 論点」ひろば42巻 3 号 8 頁以下,
小賀野晶一「JI!鉄千葉公害訴訟における因果関係判断過程の問題点」ひろば42巻 3 号13頁 以下(平成元年), 中井美雄「判批」判例評論375号47頁以下(平成元年)など。
( 8 ) 判時平成元年8月 5 日臨時増刊号174頁。
( 9 ) 判時平成元年8月 5 日臨時増刊号178~83頁, 325~38頁。
(10) 本判決の因果関係論に ついて, 新美育文「倉敷公害判決における因果関係論の問題点J 判タ845号 3 頁以下(平成6年), 大塚直「Jll崎 公害訴訟判決及び倉敷 公害訴訟判決 に つい
て」ジ、ユリ1049号30頁以下(平成6年), 河野弘矩「判批」判例 評論431号56頁以下(平成 7年)など。
(11) 判時1494号69~82頁。
(12) 判時1494号81~82頁。
(13) 本判決の因果関係論に ついて, 新美育文「西淀川(第二次ないし第四次) 訴訟第一審判 決に 見る因果関係論」ジ、ユリ1081号32頁以下(平成7年), 春日偉知郎「西淀川( 第二次~
四次) 訴訟第一審判決における因果関係及びそ の立証上の問題点」判タ899号11頁以下
(平成7年), 吉村良一「西淀川大気汚染公害訴訟 (第二~四次) 判決の検討」法時67巻11 号 6 頁以下(平成7年), 西埜章「判批」法教182号31頁(平成7年), 潮海一雄 「判批」判 評451号34頁以下(平成8年)など。
(14) 判時1538号76~138頁。
(15) 判時15泊号58~59頁。
(16) 判時1538号137~38頁。
(17) 判時15泊号135~36頁。
(18) 判時1538号136~37頁。
(19) 判時1538号136頁。
(20) 本判決の因果関係論に ついて, 森島昭夫「 大阪・西淀川公害訴訟判決に ついて」ジュリ 981号43頁以下, 新美育文「西淀川公害第一審判決にみる因果関係論」ジュリ981号54頁以 下(平成3年), 淡路剛久「西淀川大気汚染訴訟と 共同不法行為」ジ、ユリ981号61頁以下,
「西淀川大気汚染公害訴訟の法的検討J 公害研究21巻 1 号43頁以下(平成3年), 瀬川信久
「判批」法教133号86頁以下(平成3年), 市川 正巳「判批」ひろば44巻11号61頁以下(平成 3年), 大塚直「判批J 公害・環境判例百選44頁以下(平成6年)など。
(21) 判時1383号51頁~69頁。
(22) 判時1383号69頁。
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(23) 本判決の第一審 は, 神戸地判昭和61年 7月17日判時1203号 1 頁。
(24) 判時1415号51~56頁。
(25) 判時1415号52~53頁。
(26) 判時1415号53~56頁。
(27) 本判決の因果関係論について, 野村好弘=小賀野晶一「Jll崎市大気汚染訴訟判決」判タ 845号20頁以下(平成6年), 松村弓彦=前田和甫「疫学における定量的評価と 裁判上の利 用」ひろば42巻12号69頁以下(平成6年), 大塚・前掲注 (10)30頁以下, 田島孝「判批」N B L583号60頁以下(平成7年), 河野・前掲注(10)234頁以下など。
(28) 判時1481号61~90頁。
(29) 判時1481号90頁。
(30) 吉村・前掲注(2 )「証明」952~57頁。
(31) 小賀野・前掲注(7)20~22頁。
(32) 都留重人編『現代資本主義と 公害 J 229~30頁[戒能通孝執筆](岩波書店, 昭和43年),
i畢井裕『 公害の私法的研究J 231~32頁(ー粒社, 昭和44年) 。
(33) 新美 ・前掲注(2)871号91~92頁。後述する ように, 水俣病東京判決が採 る 立場と 関西判 決が採 る立場と が考えら れるが, いずれを採用すべきかについては結論を留保された。
(34) 森島昭夫「因果関係の認定 と 賠償額の減額J 加藤古稀記念『現代社会と 民法学の動向
(上)J 254頁(有斐閣, 平成4年) 。 (35) 森島・前掲注(32)257~59頁。
(36) 水俣病訴訟における因果関係論全般について, 大塚直「水俣病判決の総合的検討 ( そ の 一)J ジ‘ユリ1088号21頁以下(平成8年)。
(37) 本判決の因果関係論について, 新美育文「水俣病に関する東京地裁・新潟地裁判決の検 討 (上)」ジ、ユリ1001号79頁以下(平成4年), 浅野直人「水俣病の病像と 損害 賠償責任J 判タ782号30頁以下, 野村好弘「確率的 (割合的) 因果関係論」判タ782号53頁以下(平成4 年), 佐村浩之「水俣病訴訟における因果関係論」ひろば45巻11号31頁以下, 岩尾総一郎
「医学から みた水俣病東京訴訟及び新潟訴訟判決J ひろば45巻11号38頁以下(平成4 年),
加藤新太郎「 公害訴訟における個別的因果関係の証明度」ジュリ1013号131頁以下(平成 4年), 牛山積「被害認定の手法についてj内山=黒木=石 川古稀記念『続現代民法学の 基本問題J 365頁以下( 第一法規, 平成5年), 潮海一雄 「判批j法教144号106頁以下(平 成4年),「判批J 公害・環境判例百選80~83頁(平成6年)など。
(38)
判時平成4年4月25日臨時増刊号152~166頁。
(39) 判時平成4年4月25日臨時増刊号167~168頁。
(40) 判時平成4年4月25日臨時増刊号168頁。
(41) 本判決の因果関係論として, 浅野直人「関西水俣病訴訟第一審判決jひろば48巻 4 号40 頁以下(平成7年)など。
(42) 判時1506号29~40頁。
(43) 判時1506号31~32頁。
(44) 判時1506号32~40頁。
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(45) 判時1506号69~70頁。
(46) 確率を合理的に認定 する難点について, 松村・前掲注(2)147~48頁。
(47) 第二章第二節お いて詳細にみて いくが, 主 な文献としては, Dore, A Commentary on the Use of Epidemiological Evidence in Demonstrating Cause-In-Fact, 7
HARV·ENvTL.
L. REv. 177 (1983), Hall
&Silbergeld, Reappaising Epidemiology: A Response to Mr. Dore, 7
HARV. ENvTL.L.
H町.441 (1983), Black
&Lilienfeld, Epidemiological Proof in Toxic Tort Litigation, 52
FoHDHAML. REv. 732 (1984).
(48) Sindel! v. Abbott Labs., 26 Cal. 3d 588, 163 Cal. Rptr.132, 637 P.2d 924 cert. de
nied, 449 U. S. 912 (1980).
(49) 第二章第三節にお いて詳細にみ て いくが, 主 な文献としては, Robinson, Multiple Causation in Tort Law: Reflections on the DES Cases, 68 VA. L. REv. 713 (1982), Delgado, Beyond Sindell: Relaxation of Cause-In-Fact Rules for Indeterminate Plaintiffs, 70 CALIF. L. REv. 881 (1982), Rosenberg, The Casual Connection in Mass Exposure Cases: A “Public Law" Verson of the Tort System, 97
HARV·L.
REv. 849 (1984).
(50) 新美・前掲注(2 ), 森島・前掲注(34)254頁以下。
(51) 小林秀之『製造物責任法 大系I J 184頁以下(弘文堂, 平成6年) など参照。 詳細につい ては第二章第一節にみて いこ う 。
(52) 判時1犯3号78頁( 西淀川第一判決), 判時1494号55~56頁( 倉敷判決), 判時1481号59~60 頁( 川崎判決)。
(53) 判時1538号138~40頁。 大塚直「共同不法行為J 淡路=寺西編『 公害環境法理論の新たな
展開J165頁以下参照(日本評論社, 平成9年) 。
(54) Daubert v. Merrell Dow Pharmaceuticals, Inc., 113 S. Ct. 2786 (1993).
(55) Eggen, Toxic Torts, Causation and Scientific Evidence after Daubert, 55 U.
P1廿. L. REv. 889 (1994).
(56) 伊藤滋夫『事実認定の基礎』77頁以下参照(有斐閣, 平成8年) 。
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