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佐久間孝正先生の定年退職にあたって

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Academic year: 2021

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佐久間孝正先生の定年退職にあたって

 佐久間孝正先生は、2009 年 3 月に定年を迎えられ、立教大学社会学部を退職されました。着任された のは社会学部現代文化学科が創設された 2002 年 4 月であり、7 年間という比較的短い間ではありました が、現代文化学科および社会学部、社会学研究科に多大なる貢献をしていただきました。

 先生のご専門は、社会学理論、教育社会学、国際社会学など多岐に亘り、その業績は膨大なものですが、

50 歳代以降は、特に多文化教育を中心とする国際社会学的研究を中心とされ、『変貌する多民族国家イギ リスЁ「多文化」と「多分化」にゆれる教育』(明石書店、1998)をはじめ、多数の著作をのこされまし た。立教大学に着任されてからも、『外国人の子どもの不就学Ё異文化に開かれた教育とは』(勁草書房、

2006)『移民大国イギリスの実験Ё学校と地域にみる多文化の現実』(勁草書房、2007)など、精力的に 研究活動にいそしまれました。

 教育業務においては、立教大学社会学部現代文化学科の「多文化化」領域に属され、ご研究を生かして

「多文化の社会理論」およびそれに関連したテーマの演習科目をご担当いただき、また必修科目「社会学 原論」を交代で担当していただきました。そのほか先生は、大学院社会学研究科においても多くの院生を 手厚く指導され、さらに平和コミュニティ研究機構において他研究科の院生たちを指導してこられました。

佐久間先生の暖かく熱心な指導については、ご退職時に作られた小冊子『佐久間先生Ё感謝の気持ちをこ めてЁ』に詳細に記されている通りであります。その教育業績は、7 年という短い期間にもかかわらず多 大なものであり、まことに感謝の念にたえません。

 授業を離れては、先生には初代の現代文化学科長を 4 年間もの長きに亘って務めていただき、現代文化 学科の基礎を作っていただきました。現代文化学科の方向性は佐久間先生を中心として定められたもので あり、今日の現代文化学科は佐久間先生なしには存在しなかったと言っても過言ではありません。

 また、社会学研究科においては、2006 年度に後期課程主任を務められ、大学院生の指導の中心になっ ていただきました。そのほか、立教大学に来られてからさまざまな委員等を務めていただき、前任校の東 京女子大学よりははるかに忙しい業務をお願いしてしまいました。二度目の職場としての立教大学では研 究一筋の生活を望まれていたことを、しばしばうかがいましたが、そのことについて特に不平不満をもら されることもなく、飄々と諸業務をこなされ、その間多数の研究業績をのこされたことに、われわれは驚 嘆するとともに、心から感謝を申し上げなければならないと思っております。

 佐久間先生には、御定年後も立教大学で兼任講師などさまざまなことをお願いしていますが、先生には、

いつも快くお引き受けいただいています。

 現在もさまざまな業務をお引き受けいただいているとはいえ、基本的には先生が研究に専念される環境 は整ったことと思います。まだまだ現役でお元気な佐久間先生が、今後ますます研究活動でご活躍される よう、心から祈念する次第であります。

2010 年 3 月

社会学部長

間々田 孝夫

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