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トラウマからの教養教育 ―全カリ10周年に寄せて―

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Academic year: 2021

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トラウマからの教養教育

―全カリ10周年に寄せて―

上田 信

全学共通カリキュラムが創られて、10 年を閲した。もと一般教育部に属しておられ た教員の協力を得て、その営為を引き継ぎながら全カリは発展し、他大学からも注目 される存在となった。他方、10 年という年月は重く、こうした教員も多くが退職され、

また 2008 年度に開設予定の新学部・新学科の創設にともない、旧一般教育部と全カリ との「のりしろ」にあたる期間も、終了する見通しとなった。第二次世界大戦後の教 育改革で柱となった「一般教育」という枠組みが、その豊富な資産とともに消えよう としている。いま、私たちはあたかも白紙を目の前にして、何を描こうかと立ちつく す子どものような立場にある。「教養教育」とは何か、個々の教員が自問するところか ら始めるべきなのだろう。

教養教育について、私には一つのトラウマがある。東京大学教養学部の二年のとき、

履修した教養演習で、一年間一言も発言できなかったということである。政治学の故・

佐藤誠三郎氏と経済学の中村隆英氏とが合同で担当していた科目は、人気はあるが厳 しいことでも知られていた。初回に出席しなければ、履修は認められない。登山サー クルに属していた私は、合宿を終えてそのまま、登山靴と泥まみれで汗臭い服装で、

教室に入って登録を済ませた。演習の内容は、日本政治についてディベートを行うと いうもの。自民党大物政治家のブレーンでもあった佐藤氏に、リベラルを自認する学 生が挑み、常に敗退する。政治的判断のバランスシートを瞬時に描き、相手の弱点に 切り込む佐藤氏の論理展開は、芸術的でもあった。ドストエフスキーにかぶれた文学 青年であった親友は、この演習で政治学に転向した。そして私は、すくんでしまった のである。

佐藤氏の弁舌に負けないためには、その土俵にあがらず、論理を成り立たせている 土俵そのものを問うしか方法はない。そこまでは見切ったものの、その先が分からな かった。その後、専門学部で中国史を学ぶなかで、歴史の立場から土俵を問題にする には、時間スケールを問うべきだ、ということを知った。たとえば日米安保の当否を 冷戦構造が存在する時間のなかで論じれば、佐藤氏に負ける。しかし、50 年あるいは 100 年というスケールで発想したとき、別の論理を組み立てることも可能であろう。

もしあの演習に大学四年の時に臨んでいたら、一言は発言できたのではないだろうか。

そんな想いが、去来する。

履修年次のしばりを否定する本学の全カリでは、こうした道も開けるはずである。

これが教養教育を論じる際の、私の一つの出発点となっている。

うえだ まこと(本学文学部教授 総合教育科目担当部会長)

参照

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