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ホワイトカラー労働研究の方法と課題

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ホワイトカラー労働研究の方法と課題

著者 石田 光男

雑誌名 評論・社会科学

号 80

ページ 199‑262

発行年 2006‑08‑15

権利 同志社大学社会学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011895

(2)

︹社会学会公開講演会︺

ホ ワ イ ト カ ラ ー 労 働 研 究 の 方 法 と 課 題

この稿は二〇〇六年一月二八日︵臨光館二〇七教室;午後二時から五時︑参加者八

〇名︶表記のタイトルで猪木武徳教授︵国際日本文化研究センター︶と中村圭介教授

︵東京大学社会科学研究所︶を話題提供者としてお招きし︑中村圭介・石田光男編著

﹃ホワイトカラーの仕事と成果﹄︵東洋経済新報社︶を素材にして議論した記録であ

る︒ホワイトカラー労働の研究はこの分野では必ずしも定式化された手法があるわけ

ではなく︑小池和男教授の熟練・キャリア研究の筋と中村・石田の主張する仕事管理

研究の筋とが拮抗している︒この方法的星雲状況をできるだけ記録にとどめ︑今後の

研究のよすがとなればと願いこの記録を作成した︒読者にとって方法を考える契機と

なれば幸いである︒︵石田光男︶

冨田安信

をのかがおうと思いますでを︑大体三〇分間くらいう話こめの講演会の趣旨も含てお︑中村さんに最初から

持ち時間として︑よろしくお願いいたします︒

中村︵圭︶

をもうことですが︑もととと︑石田さんと一緒に本い旨は学じめまして︒東京大の趣中村圭介と申します︒

出した時に︑本来ならばそこにいらっしゃいます︑猪木先生に書評をして頂きたいというふうに強く希望したんです

― 199 ―

(3)

が︑猪木先生は︑ざっくばらんな話しなら受けてもいいけれども書評は嫌だと仰った︒その旨石田さんに伝えたとこ

ろ︑じゃぁ同志社の場で︑あのこういう場を作るのでその時に︑まあ︑ざっくばらんに話したらいいんじゃないのとい

うことで︑こういう場になりました︒今日は石田さんからは﹃ホワイトカラーの仕事と成果﹄を公刊して今考えている

ことを話せって言うことなので︑レジュメの順序でお話したいと思います︒

﹃ホワイトカラーの仕事と成果﹄の序論と結論を石田さんと書いているわけですけれども︑その過程で僕は石田社会

科学論というか︑石田さんの社会科学を︑これはかなり勉強しないと共著では書けないと思いました︒それ以前にも石

田さんの書くものには︑本であれ論文であれ︑ほとんど目を通していたのですが︑改めて読み直すことにしました︒そ

れでやっと序論と結論を書けたわけですが︑それを書き上げた後にせっかく勉強したのだから︑石田光男論を書いてみ

ようかと思いました︒その成果が﹁石田光男を読み解く︱﹃仕事の社会科学﹄を素材に﹂というディスカッションペー

パーです︒限定五〇部︒これは︑僕なりに石田さんを理解した上で書いたものです︒僕としては大変気に入っている作

品です︒

その後で実は東洋経済のほうから一般読者向けに︑﹃仕事と成果﹄をベースに成果主義についての本を書かないかと

の提案がありました︒僕としては初めての出版社からの企画で︑やってもいいなっていう気はしたんですけれども︑そ

れに手をつける前に︑石田さんのをまとめていたこともあって︑もうちょっと理論的なことを考えてみたいと思ってい

ました︒だから︑バーナードとか︑まぁ僕はそういうのを読むのは初めてなんですけれども︑﹁人事管理論﹂のビコー

ズ&マイヤーズとか︑日本で言うと藻利重隆とか︑経営学とか︑いわゆる人事管理論っていうかな︑昔のですね︑そう

いうのを読み始めていて︑中々その簡易本には到達しなかった︒

でも︑このままずるずると書かないままでいるのはマズイっていう気になって︑八月の末頃に踏ん切りをつけて︑そ

れで書きあげたのが︑﹃成果主義の真実﹄です︒二月の下旬か三月の上旬になるかは分かりませんけど︑出版される予 ホワイトカラー労働研究の方法と課題

― 200 ―

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定です︒この新しい本の中で︑何をやったかというと﹃ホワイトカラーの仕事と成果﹄で見つけた成果主義と言われて

いるものを︑いくつかのタイプに分類したことと︑それから仕事の管理っていうのを僕なりに読み込んでもうちょっと

分かりやすく書いた︒それともう一つ︑三つめが︑新しい人事管理論の構想っていうことで︑理論的な︑理論的って言

って良いのか分かんないですけども︑そういうことを考えたんです︒

この新しい人事管理の構想っていうのは︑実は﹃仕事と成果﹄の中の序論と結論の中に部分的に出てきているんです

けれども︑これをもうちょっと整理して︑まぁ僕なりって言うと語弊があるんですけども︑整理して︑組み立てた︒語

弊があるというのは︑基本的なアイディアはサイモンとウィリアムソンと伊丹さんと石田さんだと思っているからで

す︒それらの人々の考えを接ぎたしてこういうものを構想したってというのが本当のところです︒それで︑今考えてい

ることは︑新しい人事管理論っていうのが︑受け入れられるかなぁっていう︑そっちの方が︑気になっています︒本の

タイトルは成果主義なんですけれど︑あまりそこには関心がなくて︑その︑新しい人事管理論が皆さんに受け入れられ

るかなぁと︑そっちの方が心配になっています︒

何故こういうことを考えたのかというと︑石田さんが﹃仕事の社会科学﹄でも書いておられるように︑また﹃仕事と

成果﹄の中でも︑僕らが書いたように︑いまの人事管理論っていうのは︑実は人事管理論たりえてないのではないか︒

石田さんの言葉ですけれども︑人事部がやっている仕事を︑羅列して︑それで人事管理論って言っているだけだ︒それ

では学問として一つの体系になっていないという批判︑根底的な批判がある︒でも︑批判するだけだとまずいので︑じ

ゃぁお前だったらどういう人事管理論を構想するのかって自問自答した時に︑こういうアイディアは如何でしょうって

いうふうに僕なりに提示したものです︒

その骨格は︑企業がその目的を達成するために従業員に任せた事柄をよい方向へと導いて行くために用意する工夫と

仕組みの体系︑これが人事管理である︒あのー︑難しくなくて︑目的って言うと要するに例えば利潤を上げるっていう

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ことで︑従業員に任せた事柄って︑例えば仕事を任せるっていう︑で︑任せただけだと︑経営者の言うとおりに働いて

くれないから︑だから経営者の言うとおりに働いてもらうように導いていく︒で︑そうための工夫︑あるいは仕組み

を︑全て人事管理と名づける︒そうすると人事管理論っていうのはもうちょっと広がって統一的な視点が得られるんじ

ゃないか︒ただし︑そういうふうに言うと必ずしも人事部門がやっていることには限らなくなるっていうことになりま

すけども︑それはそれでかまわないってと僕は思っています︒

新しい人事管理論の構想では︑五つのKEYコンセプトで体系を立てたらどうかなぁと論じています︒五つのコンセ

プトは全然難しくなくて︑僕の独創でも全くなくて全部人から拝借したものです︒一つめが﹁他人に依存﹂っていう︑

これは経営者っていうのは自ら戦略は立てられるけども︑自ら商品を生産し販売し利潤を上げることは出来ない︒誰か

に依存しないと︑自分の目標を達成できない︒

二つめの﹁限定された合理性﹂っていうのはサイモンから来てるわけで︑経営者が従業員に何か仕事を任せようって

いたときに︑任せる仕事︑任せる事柄をきっちりと︑明瞭に指定して︑これをやりなさいっていう形で任せることも出

来ない︒従業員側から見ると︑任された事柄を︑経営者の思うとおりに︑しっかり合理的に選択して︑目標通りになる

ように自分自らの行動を行っていくことも難しいっていうことです︒

三つめの﹁機会主義﹂っていうのは︑ウィリアムソンが言っている︒経営者からいうと仕事を任せるけれども︑もし

かするといらぬしっぺ返しを食うかも知らん︑従業員がうそ言うかも知らん︒で︑うそ言うかも知らんから︑うそを言

わないように︑あるいは正直に︑命じた通りに︑あるいは命じた方向に︑指示した方向に働いてもらうように﹁インセ

ンティヴ﹂が必要になる︒これには金銭的︑あるいは非金銭的なインセンティヴが必要になる︒これが四つめのコンセ

プト︒でもそれだけじゃ足りず︑ウィリアムソンから﹁コントロール﹂っていう概念を引っ張ってきた︒五番目のコン

セプト︒実はこのことが︑石田さんと僕の本の独自性かなって思うんですけども︑つまり︑経済学では後でお話します ホワイトカラー労働研究の方法と課題

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けれどコントロールっていう概念は出てこない︑ウィリアムソンは別として︒インセンティヴをつけてモニターをすれ

ば︑プリンシパルエージェントの関係で︑エージェントの方は︑インセンティヴに導かれて自発的にプリンシパルの願

う方向へ行くというような理論構造になっていますけど︑僕らは︑現実を見たときにそういうようになってないと︒必

ず上からのコントロールがあって︑それは厳しいものもあれば︑支援とか指示もあるんですけども︑そういうコントロ

ールっていうのがあってはじめて企業は成り立つ︒で︑この五つの概念をKEYコンセプトにして人事管理論を構想し

て︑﹃成果主義の真実﹄の第四章でそういうものを書いています︒

人事管理論はサイモンから何を学べるのかというと︑﹃ホワイトカラーの仕事と成果﹄の序論に書いてあるように︑

組織と影響︒実は︑僕自身︑この段階では考えが足りなくて︑まだ十分に展開できていないんですね︒つまり︑後ろの

ほうで出てくる機会主義とコントロールをどこに入れるかっていうのが実は︑序論ではちゃんと書けてない︒限定され

た合理性から組織と影響を解く︒組織をつくるのはなぜか︑つまり︑部門を作り︑階層化をし︑業務を定め︑権威︑権

限を定めるのはなぜかを限定された合理性から説明する︒要するに︑限定された合理性があるけれども何とか経営の思

うような方向に従業員に向いて欲しい︑そのために︑組織をつくり階層をつくり︑権限を定め︑従業員個々の自由裁量

の余地を何とか狭めようとする︒ただし︑それを作ったからといって従業員は︑じゃぁ自分が得ている情報で︑経営の

目標に最も合理的で︑最も効率的な手段を持ち︑それを採用するかといえば︑それは出来ない︒

そのために経営側としては彼がそういう意思決定をするように促す︒それは企業への忠誠心を醸成することとか︑あ

るいは︑教育訓練をするとか︑あるいは効率の基準を教え込むとかして︑何とか企業全体︑あるいは経営者が思う方向

と従業員が思う方向を一致させる︒そういうことをするっていうことは︑実は労働力の効率的利用につながるっていう

形で﹃仕事と成果﹄の序論では︑まとめてるんですけれども︑実はそれだけじゃ足りなくて︑﹃仕事と成果﹄では完全

に展開されてないんですけど︑もう一つやっぱり機会主義っていうものを明示的に入れて︑実は︑企業の方は︑組織と

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影響っていうことを考えて導こうとしても︑企業の思う通りに︑従業員が顔を向けない場合がある︒あるいは︑面従腹

背っていうか︑自分の都合のいいように解釈して自分の利益だけを追求する場合もある︒それが機会主義っていうこと

ですけども︑そういうのをなんとか抑えなきゃいけない︒で︑そういう機会主義を抑えるために︑昇進管理あるいは︑

賃金制度︑ボーナスといったインセンティヴが必要になると︒と同時にそれだけじゃなくて直接機会主義を抑えるため

にコントロールが必要になる︒えっと︑仕事に関する指示ですね︒そういう形で︑﹃成果主義の真実﹄ではまとめてい

ます︒

次に︑﹃仕事と成果﹄の序論と結論の方で︑仕事管理で︑責任センターの財務的指標と非財務的指標って言うのを書

いていますが︑﹃成果主義の真実﹄では︑論調がやや変わった︒財務的指標っていうのはお金とか売り上げ︑費用とか

いうものですね︑利益とか︒そういうものに着目して従業員をコントロールするんだよとか︑非財務的指標っていうの

は︑例えば顧客の満足度とか︑不良率とかそういうお金ではない指標に着目しながら従業員の働き振りをコントロール

するんですよと書いています︒﹃成果主義の真実﹄をまとめている最中︑これはおかしいっていうふうに思うようにな

りまして︑というのは︑あの︑財務的指標であれ非財務的指標であれ︑結果なんですね︒ある一定期間の結果がどうな

ったかっていうことの︑結果の︑つまり︑えっと今から言うと︑過去の実績をいま見るっていうことですね︒過去の実

績をいま見てそれを指標として︑コントロールに活かすっていうのは︑なんとなく︑えーと︑論理的で正しいように見

えるんですけれども︑まとめている最中に︑いやこれは違うんじゃないかと︑もっと︑頻繁にコントロールという指示

命令を出しているはずだと︒そうすると何に着目して︑その︑指示なり命令を出してるんだろうかって考えると︑それ

はお金ではかられる売り上げとか費用とか利益っていう財務的指標でもなく︑非財務的指標でもなく︑非常に抽象的な

んだけれどもやっぱり部下の働き振りではないか︒難しいんで︑例えばその︑営業で言うと︑これは電機だったら佐藤

厚さんがやっているところだけれども︑営業で言うと︑こいつはどれだけ︑あの︑何処のどういう会社に行って︑何を ホワイトカラー労働研究の方法と課題

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いま頑張っているかっていう︑そういうプロセスを見るっていう︑それの方が実は︑あっごめんなさい︑それも同じよ

うに︑コントロールのための指標としては重要なんじゃないかっていうように思えてきたんですね︒だから﹃仕事と成

果﹄とはちょっと変わってきてるんですけども︑そういう財務的指標︑非財務的指標及びプロセスっていうのに日々上

司は着目しながら指示なり命令を出している︒これがコントロールになるんだろう︒その時に︑そのコントロールがう

まくいくための仕組みって何だろうっていう時に︑これは石田さんからも学んだんですけども︑石田さんとちょっと考

え方がちょとややズレるんですが︑えーと︑僕はここに書いているように会議の場で与えられるサンクションの持つイ

ンセンティヴだと︒あのー︑毎月︑あるいは毎週︑あるいは半期に一度そういう会議がもたれた場合に︑その場で︑よ

い業績をあげていれば︑普通に言ってしまえば胸を張って出席できる︒で︑悪い成績しかないとやっぱり胸を張って出

席できない︒それは必ずしも金銭的なインセンティヴとは直結はしないんだけれども︑実はその場で陰に陽に与えられ

るなんていうか他人の目ですわね︑あるいは同僚の目︑あるいは上司の目っていうのがやっぱり気になる︒で︑やっぱ

り良い目で見られたいっていう︑そういうのがあって︑それが実は日々のコントロールが生きるインセンティヴになる

んだろうって︒基本的には石田さんのアイディアを借りてるんだけど︑ちょこっと︑あの︑僕なりにちょっと変えたっ

ていう感じになります︒

いま︑そういうようなことを考えていて︑そこに旧来の︑というかいままで言われていた人事管理のそれぞれの管理

活動をどこに入れればいいかっていうようなことをちょこっと考え始めています︒例えば教育訓練をどうするのとか︑

配置はどうするのとかそういうふうなことに繋がってくると思うんですけれども︑例えば組織を作り︑階層を作りって

いうのは︑個々の部門︑あるいは個々の部︑課︑あるいは個々の仕事の範囲を決める︑あるいは権限を決め︑定めるっ

ていうことですけれども︑そういうことを定めたとしてそこに相応しい能力を持った人を如何に配置するかっていうこ

とが無いと︑これは組織としてうまく回らないということを考えると︑じゃ︑そこに例えば配置管理の重要性とか︑教

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ホワイトカラー労働研究の方法と課題

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育訓練の重要性というのが入ってこざるを得ない︒そういう形で旧来の人事管理が︑人事部門がやっていた個々の人事

管理活動をくっつけることができる︒そういうことをすれば︑石田さんの言葉ではないけれども︑いわゆる人事部門が

職掌としてなしていることをなぞっているだけっていう人事管理論ではない︑新しい人事管理論ができるかなぁってい

うように思ってます︒ただそれがみんなに受け入れられるのかどうかっていうことと︑何か意味あるのかっていわれる

とちょっと僕もよく分かってなくて︑書いた後で一体こんなことして何が意味があるんだろうかっていう気は少しして

ます︒正直な話︒あのー︑これでなにか︑世界︑社会を見る目が変わるのかといわれると︑多分︑変わらんかもしれな

いという気はあるんですが︑まぁ︑理論てそんなもんなのかなっていう気もしないでもないので︒

石田

: ︵

笑︶

中村︵圭︶

っ応悩んでます︒でも一そっういうものにとっかかとょ僕では理論家じゃないの︑ちと言いつつも︑あの︑

たのでちゃんとまとめたいなっていう気はあるんです︑新しい人事管理論というのを︒もっと骨だけじゃなくて︑こう

肉をつけたりっていう︒だけど︑そういうことをする意味は何処にあるのかっていうのは今ひとつ︑ストンと落ちてこ

ないので迷っている︒

最後になりますけど︑スキル︑インセンティヴ︑そしてコントロールっていうのは︑これは猪木先生がいらっしゃる

し︑出来れば小池先生もいらっしゃったほうが僕なりにきちっとした批判が出来るかなと思うのですが︒経済学は︑ス

キルは大切︑インセンティヴもなるほど大切っていう風に思うんですけれども︑これあの︑何か金銭的︑あるいは非金

銭的な刺激を与えると人間はその刺激に応じて︑刺激が誘導する方向に行動するはずだっていう︑思い込みがある︒そ

れは経済学ってそういうものかもしれないんですけれども︑実は企業の︑僕らが調査した範囲では︑それだけじゃ上手 ホワイトカラー労働研究の方法と課題

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く行かない︒それだったら︑なにもPDCAサイクルなんてまわす必要も無い︒賃金制度とボーナスと︑あるいは︑教

育訓練だけ整備しておけば︑あとは企業はいくらでも順調に回るはずだ︒だけどそんな事ないっていうことは︑実はス

キルとインセンティヴだけでは︑つまりこれまでの経済学の枠組みだけでは︑企業の中のことを解けない︒で︑やっぱ

りコントロールっていうものをどうやって経済学の中にどうやって取りいれるのか僕は分かりませんけども︑そういう

ものを明示的に取り入れないと︑多分︑あのー︑少なくとも僕が納得するような経済学にはならないかなというふう

に︑思っています︒これは︑あの︑是非猪木先生に回答をして頂きたいと︒

石田

: ︵

笑︶

中村︵圭︶

んわんだというふうに言れ良ればそれはそれでいいいてそーの︑いや︑コントロルくなんていうのはいらな

ですけども︑でもそうなるとじゃぁ︑そのー︑例えば︑一〇年以上も前の日産とトヨタの工場で見て︑インセンティヴ

もスキルも同じだとして︑生産︑工場の生産性が︑かなり違ったっていう時に︑何が違いをもたらしているのかと考え

ると︑その差はスキルでもインセンティヴでもないっていうように僕は思っている︒コントロールの︑あの︑強さだ

と︒それを︑経済学は解くことは出来ない︑出来ないっていうことが︑自覚されていればいいんだけど︑自覚していな

いのは問題じゃないかなというふうに思っているので︑この点は︑あの︑是非率直なご意見を御聞きしたいというよう

に思っています︒

最後なんですけが︑この場に︑ここのレジュメの中に無いんですけども︑﹃成果主義の真実﹄で強調して︑また﹃ホ

ワイトカラーの仕事と成果﹄でも強調したんだけれども︑人事管理は企業の成功の十分条件では決して無い︒これを間

違えている︒企業が成功するためにはいわゆる経営戦略をしっかりしてないとダメなので︑経営戦略がしっかりしてな

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ホワイトカラー労働研究の方法と課題

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いのに︑人事管理だけしっかりしたって意味が無い︒で︑もしかすると︑短期的には必要条件でもない︒人事管理がた

とえ︑悪くたって︑よい商品をぽんと売り出せばその企業は成功する︒そうなると人事管理って言うのは中長期的に見

て必要条件であって︑十分条件では無いっていう︒そこを︑僕らみたいに人事管理論の中に入っている人間ではなく

て︑ちょっと外から見ている人間は分かっている︒で︑そうなると︑昨今の成果主義をめぐる喧騒というか︑あーいう

のもは馬鹿馬鹿しいなっていう︑それだけにとどまるっていう感じで︒

冨田

︒木りましたが︑次に猪さもんにお願いいたしますあ問有中難うございました︒村質さんから猪木さんへの

猪木

たまきまして有難うございしたた︒私に割り当てられだい国ー際日本文化研究センタのき猪木です︒今日はお招

仕事は︑この中村さん石田さんお二人が中心になってまとめられた﹃ホワイトカラーの仕事と成果﹄という本の︑書評

的な総括をせよと言うことです︒ですからまず最初の三〇分は︑その書評的な話だけに限定させて頂きたいと思いま

す︒実はこの仕事︑喜んでお引き受けしたんですけども︑なんか︑自己確認といいますかね︑自分でできることと︑自

分がしたいことが︑段々︑年のせいか区別しにくくなってきたことを感じました︒ちょっと余談で申し訳ないんです

が︑数年前︑親睦を兼ねてソフトボール大会をやるということで︑わたし運動神経にはまぁまぁ自信があったので︑出

て打ったんですけどもね︒走っている自分の頭の中ではもう一塁を過ぎて二塁に向かっているイメージがあるのに︑気

がついたらまだ一塁ベースを踏んでいないような状態で︑それで︑その自己確認と実際動いている体の差で︑ころんじ

ゃいましてね︵笑︶︒ですから今日これからのお話も︑ちょっと途中で転んでしまう可能性があるんです︒けど︑この

本は立派なお仕事なので︑全力投球さして頂きたいと思います︒

私の論評の簡単なレジュメをお配りしてますけども︑まず始めにこの本の全体的な印象を申し上げます︒非常に沢山 ホワイトカラー労働研究の方法と課題

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の聞き取りを重ねられていて︑ホワイトカラーの研究っていうのは私の知る限りで︑もちろん歴史的にも︑諸外国にも

ありますけど︑非常に難しい︒その難しい理由は︑この本の冒頭にも書かれています︒日本で︑私が見てきた文献です

と︑小池さんを中心に︑今日いらしている神戸学院大学の中村恵さんとか︑その他幾人かの方が︑デパートとか金融機

関など︑色々な職種と産業を区別しながらホワイトカラーの労働の内実と︑まぁ組織の中での働き方と人材の形成を捉

えるという仕事をなさっているわけです︒この本も︑そういう難問に正面からチャレンジされた最新の成果で︑読んで

非常に勉強になった︒ホワイトカラーのいくつかの仕事をイメージを持って捉え︑読者にもイメージが浮かぶ様に︑丁

寧に書かれていると思います︒

難問に正面から挑むと言いましたけれども︑大体まぁ我々研究する者は︑こう︑板を取り上げて陽に翳して見てです

ね︑ちょっと薄そうなところを見つけてドリルをあけて研究成果だっていう風に言うことが多いんですけども︑石田さ

ん中村さんは︑こう陽に翳して一番固そうなところを見つけて︑もう力ずくでドリルで穴を開けちゃおうというような

感じもします︒まぁ立派だと思います︒そういう意味で︑率直といいますかね︑正面から自分が知りたいと思った問題

に取り組むという点で大変好感を持ちました︒

で︑その方法なんですけども︑中村さんが最後の方で少し触れられましたけれども︑今日の話し全体が実はそうだっ

たとも言えるんですが︑生産管理と人事の問題をどういう風に構造的に見るかという︑大問題が一つ提起されていると

いうことと︑方法論的にその問題を意識しながら︑仕事の内実を見ていこうという姿勢ですね︒それからもう一つ問題

が提起されている︒ご本人達も十二分にお気づきなんですけども︑あまりはっきりと仰っていないのは︑管理︑コント

ロールっていう言葉の具体的なイメージのわく正確な意味づけです︒私はコントロールっていう言葉よりも︑管理と内

発性をセットで考えてみたいと思うのです︒あのインセンティヴという言葉︑経済学で確かに使うんですけども︑人が

何か行動する時に︑人参をぶら下げられたとかね︑お金を沢山あげるよといわれたのでやるっていうようなイメージが

― 209 ―

ホワイトカラー労働研究の方法と課題

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強いんですね︒で︑われわれの行動がどういう風に動機付けられたかっていう場合︑インセンティヴっていう側面もも

ちろんありますけども︑内発性の問題が非常に大きいと思う︒これを避けては︑コントロールとかマネジメントの問題

と︑権威の問題は論じられない︒お二人の編集されたこの本の例えば︑最初の一一ページのところで理論的な枠組みを

お書きになってる︒上から五行目のところで権威とは下位にいる個人の納得を得ることなくある決定を受け入れさせる

力である︒私はこの定義ちょっと不満なんですね︒その︑﹁納得を得ることなく﹂の意味が︒

この︑管理︑コントロールも含めて︑管理と内発性の関係を︑問題としてもっと正面から捉えて頂きたかったと感じ

ます︒例えば分かりやすい例が受験勉強を一生懸命するという話︒受験勉強でいい点をとれば︑良い大学に行って云々

っていう︑これはやっぱりインセンティヴなんですよね︒良い大学に行って人から良くできるなぁと言われて嬉しいと

かですね︑そういうインセンティヴで動いている︒ところが︑それではたして中長期的に見て教育がうまくいくかとい

うと別問題︒大学に入ったらもう全く知的関心を失ってしまう︒これはそもそも内発性が無かったわけですよね︑勉強

自体に︒親が喧しくいって子供に楽器を練習させる︒これを暗譜してきれいに弾けるようになると何々あげますよと︒

だけども︑もう一四︑五歳になったらそんなの関心失って他の事をやりたくなる︒全く音楽に関心が無いっていうの

は︑これもやっぱり内発的じゃないからですね︒

インセンティヴっていう言葉は︑経済学的な意味合いで手垢が付き過ぎてちょっと曖昧ですから︑もう少しそれ区別

してどういうタイプの管理と内発性を問題にするのか︒内発的じゃなければ中長期的には上手く果実が実らないとい

う︑そういうのをコンセプチュアルに議論して頂きたかったと思います︒方法に関しては︑組織︑あるいは部門︑企業

とか部門ごとに︑その︑ホワイトカラーの仕事の内実を︑内容をこうできる限り丹念に正しく把握しようという︑そ

の︑意気込みとそのパフォーマンス︑それはもう非常に︑私は勉強になった︒お二人及びこのプロジェクトに参加され

た方々に素直に敬意を表したいと思います︒ ホワイトカラー労働研究の方法と課題

― 210 ―

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それで︑二点︑あるいはもう少し細かい点を入れますと三点︑この本を読んで少し反論を試みたいと思います︒

第一点はですね︑この本の最後の所で︑小池さんが中心になって私も参加した国際比較研究︑﹃ホワイトカラーの人

材形成﹄っていう本がありますが︑それに対する反論を中村さんが書いています︒その反論に対する再批判になります

けど︒私は割に打たれ強いといいますか︑批判されても恨みも抱かないし︑そうですよね?︵笑︶私はそういう意味で

素直に⁝⁝受け入れる方なんですが︑どう考えても受け入れられない点がありましてね︒それがこの第一点なんです︒

私に対するというよりも︑もともとこの分野で立派な仕事をされている小池さんに対する批判でもあるので︑私がちょ

っと一部なり代わって反批判するようなことになります︒

先ほどから中村さんが必要条件か十分条件かということで人事管理とか生産管理とか︑管理の問題を主にその生産を

組織化する︑いわゆる権限を持っている人の立場からの仕事の管理というものを中心に人事管理を考える︑とおっしゃ

っている︒それがこの本の新味といいますか︑アチーブメントですよね︒で︑レジュメに書きましたように生産がどう

組織化され︑それが管理されて︑プラン︑ドゥー︑チェック︑アクションですか︑このPDCAのサイクルでもって修

正しながらオプティマルな所に持って行く︑そして︑高い生産性をどういう風に達成するか︑という視点なんですね︒

ところがこれは︑次の私の批判とも関連するんですが︑要するに︑目標管理で目標を設定し︑組織計画︑実行計画をど

ういう風にドゥーするかということ︑サイクルを描きながらあるオプティマルなりエフィシエントな所に到達するって

いうところはいいんですけども︑循環のプロセスの中に︑働く方の側の内発性・向上心といいますか︑自発性︑工夫み

たいなものが上手くビルトインされていないように思うんです︒その下に書きましたように︑これ小池さんのメソッド

ですけども︑能力の向上っていうものがキャリアを見ることによって︑実際どういうかたちで実現されていったかって

いうことを具体的に把握すると︒このスキルの向上という視点が中村さんや石田さんの本では弱いと思うんです︒小池

さんや私たちのの研究を批判される時には︑生産の管理の視点が欠如している︑と中村さんや石田さんは書かれてるん

― 211 ―

ホワイトカラー労働研究の方法と課題

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ですね︒このレジュメでは﹁欠如﹂とあったんですが︑ワープロで入れたんですけども﹁弱い﹂という風に書き直しま

した︒これはまぁ私の謙譲というか⁝⁝︵笑︶︒

ポイントは先ほどから度々言ってます︑内発性の問題なんですね︒もちろんキャリアをどういう風に組むか︑あるい

は自分が働いている企業組織の中でどういう風にキャリアが用意されているかっていうのは︑個人が選択する余地はあ

まり無いですよね︒ある程度はあります︒フィードバックもありますし︑本人の希望を人事に提出して云々ていうのは

もちろんありますけども︑ある産業のある職種に関してのキャリアっていうのは︑長い間のまぁ試行錯誤によって出来

たという側面があるわけですね︒自分が︑その仕事の中で何を達成することを期待されているのかという時に︑その期

待されているものを︑ちゃんとやるのか︑それから期待されている以上のものをやる気があったのか︑あるいはやった

のかという︑この違いが︑実は生産性や能力の上昇︑職場の生産性っていうものに︑決定的に重要に関わっているんじ

ゃないか︑というのが︑私の一つのポイントなわけです︒

例を挙げましょう︒修士論文を書いている学生の論文のドラフト読んでですね︑こういう点がおかしいじゃないです

か︑この説明が分かりませんからもう一度直して論理的に分かるように書いたらどうですかっていうことを言います

ね︒で︑言われたことだけをそのままやって持ってくるのは︑研究者としてまぁちょっとあれでしょうね︒そう言われ

たんだったら︑それはやるけどもそれ以上のところを先生の所に持って来るっていうのは︑やっぱり﹁やる気﹂がある

というより︑﹁力﹂があるわけですよね︒職場の仕事にも︑かなり似た側面があって︑ルールや規則でもってその上司

と部下の間で仕事を全部分けていって︑この仕事︑この仕事という風にやっていくと︑この仕事ができるという意味と

して︑マニュアルをこなしたかという事以上に︑その仕事をうまくやったか︑内発的に自ら工夫してやったか︑という

所で人々が競争するっていう︑そういう世界があると思うんです︒例えば︑マニュアルが存在する︒これはブルーカラ

ー︑ホワイトカラーでも職場にマニュアルはあると思うんですけどね︒マニュアルは存在するけれども実際人々がやろ ホワイトカラー労働研究の方法と課題

― 212 ―

(16)

うとしているのはマニュアル以上のところであって︑競争しているのもマニュアル以上のところだと思うんですね︒マ

ニュアル化できない世界のところで実は凌ぎをけずって企業内︑組織内の競争があると︒その競争を通して適性なり能

力なりを勘案しながら︑管理する側も評価し人材の配分なり昇進なりを考慮せざるを得ない︒この本の中の実際の具体

例を読むと確かに正直にそういう点も書いてある︒だけど︑どうもプリゼンテーションとして表にあまり出てないの

で︑どれほどこれを重要と筆者達が考えられているのかっていう判断が難しい︒次の本を用意される時に︑そのあたり

を分かりやすく読者に示して頂かないと︒

ここにも書きましたけど︑この本の視点が社会主義計画論に似ているんですよね︒実際の︑旧ソ連の経済の目標管理

ね︒ノルマを設定して︑そして何処何処の工場でどれくらいを達成し︑あるいは時間で標準的にこれはどれくらい時間

がかかる労働だ︑ということを設定して行く世界ですね︒こういう世界で︑どういうことが起こるかというと︑時間で

管理される場合には人々はわざとスローモーションで動くとかですね︒それから︑企業なり部門単位で成績を出す時に

はノルマだけを合計して出すとか︒そういう形で対処するようになる︒そりゃ社会主義下の人間も合理的ですから︑自

分なり︑自分の企業なりが一番成果を上げていると示したいわけですよね︒ですから︑どうもこうしたサプライ・サイ

ドといいますか︑生産組織側だけからのアプローチにもちょっと無理がある︒実際競争で雌雄が決しているところって

いうのは︑むしろ︑一の能力も大事だけども︑やっぱり二の能力でどういう風にマニュアル以上のところで競争してい

るのかっていう部分が決定的に重要になってくる︒そこを正面から論じて頂きたかったという風に感じます︒

で︑第二点ですね︒先程この本で提示されている問題は二つある︑と申しました︒その一つが生産管理と人事管理

の︑因果関係︑時間的関係︑どちらがどちらを前提としているかという問題︒両方同時にやらないとうまくいかないと

か︑まぁ色々︑問題の設定の仕方︑結論の命題はあると思うんですけども︑その問題を取り上げて管理と内発性の問題

として指摘したわけですね︒第二の問題は︑すでに触れたことなんですけど︑まぁ仕事には︑幅だけじゃなくて︑変化

― 213 ―

ホワイトカラー労働研究の方法と課題

(17)

に対してどういう風に対処する能力があるか︑これは一種の技能の成熟度を示す指標として﹁深さ﹂っていうことがあ

る︒これは︑二の﹁決められた以上のことをしたかどうか﹂︑という点と深く関わる話ですね︒ところがこの二を促す

メカニズムっていうのが︑本書の中ではっきり取り上げられてない︒

その下に︑三つ︑批判というよりも面白いなぁと思った点をいくつかとりあげました︒

一つはですね︑九六ページのまとめのところに書かれていますけど︑成果的人事制度がトーンダウンせざるを得なか

ったという︑電機メーカーの例ですね︒それから︑他にもトヨタの例で︑二二八ページから人事制度の改革の所です

ね︒二二九ページで︑テーマ管理の評価におけるプロセス重視という︑﹁成果を発揮した能力に置き換えて評価する﹂

であって︑﹁成果で評価する﹂とは書いていないんですよね︒これは実に上手い読み替えですね︒長期的視点が入って

る成果主義︑つまり成果を発揮した能力で計測する︑評価する︑というかたちです︒一般の世界では﹁成果主義︑成果

主義﹂といわれている時にですね︑成果主義に一応則りますけども︑評価の内実っていうものは︑一日に何個作ったと

いうようなそういう単純な成果ではない︑成果を発揮した能力というものを評価するんだという風に置き換え︑読み替

えをやった︑やらざるを得なかった︒まぁ基本的に成果主義自体が持っている限界とそれに対する著者達の批判が書か

れているわけです︒

だから︑東大の高橋伸夫さんの本の引用が二六九ページにあるんですけども︑成果主義のように金銭的報酬とパフォ

ーマンスが連続していれば︑その統制的側面が機能することになり︑仕事は金銭的報酬を得るための手段と化してしま

う︒人間は外的報酬の獲得のために働くようになってしまうのだ︒つまり︑内発的動機付けは低下するのである︑って

いう風に書いてあります︒私は︑高橋さんのあの本はいい本ですけど︑特に感動はしなかったんですよ︒だけどこの引

用されている所を読んでね︑あっこれだと思いました︒それはさっき言いましたように︑やっぱりインセンティヴって

いう言葉と意味をもう一度考え直すということ︑そしてあるいは内発性という言葉をアナリティカルに表現できないも ホワイトカラー労働研究の方法と課題

― 214 ―

(18)

のかなぁと考えたわけです︒その評価が︑時平といいますかそのタイムホライズン︑何処まで長く見て︑あるいは逆に

どれだけの短い期間しか見ない評価なのか︑内発的か否かという点がそれに連動するんですね︒トヨタの場合︑成果を

発揮した能力に置き換えて︑ということは︑やっぱり︑さっきの第二点ですか︑個人の能力︑自発的︑自立的な向上意

欲みたいなもんですよね︒そういうものが成果主義の中に入らないといけない︒単なるロボットといいますかね︑人参

をぶら下げられて奮い立つ︑人間は絶対そういうものじゃないと思うんですよ︑私は︒あるところでふっと気がつく

と︑そういうもので途端にやる気を失うことありますから︑もっと人間複雑だと思います︒そういう意味で︑管理と内

発性の問題を是非深めて頂きたい︒

最後︑プレゼンテーションの仕方なんですけども︑中村さんも石田さんも沢山︑大変緻密に調査︑あるいは聞き取り

をされて︑そしてそれを上手く要約してプレゼンテーションされているわけです︒しかしちょっと禁欲的すぎるんじゃ

ないかなぁと思います︒調査で分かったこととですね︑筆者としてこれはこう思うということを区別して書いて頂くっ

ていう点では︑もちろんこの本は百点満点なんですけども︑区別しながらもうちょっとこう大胆なことを言って欲しか

った︑推理して頂きたかったという風に感じます︒事実と解釈って言うのは分離できないって言います︒まぁある事実

を拾うということ自体はもう一種の解釈ですから︒ですから︑そんな簡単に分離しろ︑分離出来るとは言ってないんで

すけども︑非常に詳しい説明があった後︑そこで読者がほうり出されてしまうっていいますか︑取り残されてしまうこ

とが多い︒この詳しいオブザベーションが︑著者達の問題意識とどういう風に関わっているのかっていうことをです

ね︒まぁ私も同じように批判されたことありますから︑﹁言うは易く﹂で言ってるんですけど︒何を説明しているのか

ということを説明していただく部分が︑もう少しあれば良かったんじゃないかなと︒例えば︑上位の幹部職員だと︑変

動給の部分がだんだん大きくなっているとかですね︑賃金のレンジが割合として絶対値として大きくなるっていう事は

分かりますけども︑割合としても大きくなっているのか︑大きくなっているとすればそれは何故なのか︒ホワイトカラ

― 215 ―

ホワイトカラー労働研究の方法と課題

(19)

ーのヒエラルキーの中における報酬制度の特徴みたいなものを上手に書かれていますが︑何故そういう風なシステムに

なっているのかという事の解説が少ないように思うんです︒ですから︑プレゼンテーションの仕方として︑その辺をも

う少し味付けして︑料理として出していただくと︑さらに美味しく食べられるんじゃないかなと感じました︒

全体として繰り返しになりますけども︑やはりこの本の大テーマは︑先程中村さんが強調された管理という問題と︑

そして特に生産管理と人事管理の関係︒これはそれほど簡単にもちろん論じ尽くされる問題じゃないと思うんですけど

も︑その構造的な関係をどういう風に捉えてられるのか︒それから管理に対しての︑管理される側の人間の内発性の問

題みたいなものを︑骨組みを示すような要約的な論文なり本を︑少し時間を置いてもう一編加工して書いて下さると︑

大変迫力が出るんじゃないかなという思います︒ちょうど時間ですので︒ご清聴有難うございました︒

冨田

︒ん続いて石田さお引願いいたしますきゃどごうもありがとうざじいました︒それ

石田

のお私が考えてきたことを話一しまして︑後半の議論応︑えがーと︑かみ合った議論出が来るか自信が無いです

材料を提起できればというつもりでお話していきます︒今の猪木先生の話のポイントは要するに︑僕なりに理解すれ

ば︑小池先生の熟練論と言っていいのか︑あるいはキャリア論といっていいのか︑そういうアプローチの持っている︑

メリットとデメリットというものをどういう風に受け止めたらよいのかということですね︒この点は︑正直に言って︑

前から実は気になっていまして︑例えば︑今回このような本を出しても︑実務の人は﹁それは分かっている﹂ことなの

だと︑むしろPDCAは当たり前だと思っているんですね︒学会ではこれを非常に不思議だとか︑新しいって言うんだ

けど実務の人は﹁そんなことは昔からやっている︑仕事というものはそういうものだ﹂と︒こういう意識や状況の中に

あって︑その︑熟練といったら良いのか︑どうやって社員がそれを出来るだけの力をつけるのかということのほうが問 ホワイトカラー労働研究の方法と課題

― 216 ―

(20)

題だという意味では︑小池先生の方が遥かに︑ある意味ではリアリティーがあるという面もあって︑話は一巡しちゃう

わけです︒

さて︑僕は︑仕事論を中心にお話ししますけども︑形式と実体こういう分け方も良くないんですけれども︑まぁ究極

の真理というものが仮にあったとした時に︑多分熟練ていうのは︑その労働の究極の何かあり方みたいなものに触って

いる世界︒で︑それに対して賃金というのは非常に形式的な議論でありまして︑実体はともかくそれを先程の中村さん

の話によれば中長期的なせいぜい必要条件という程度の受け止めですよね︒そこのレジュメに書きましたけど︑僕は究

極の実体とかあるいは真理というものを直に触るというのが怖いという気持ちが前からありまして︑実体への直接的接

近というものがちょっと問題なんじゃないかと考えています︒例えば小池先生の本とかも︑僕なりにずいぶん読んだほ

うなんですが︑その熟練なら熟練の部分については納得できるんですね︒だけどそれが全体か︑あるいは企業組織全体

としてその位置はどうなのかという点はいつも不安に捉われて読む︒本当なんだけど全体ではないんじゃないかとか︒

で︑そこをあの︑もう少し全体像を表象しているコードみたいなものを探す事をした上で︑その究極の実体である熟練

論を位置づけられないかっていうのは前から︑小池先生のものを勉強している頃からずっと思っていました︒

さしあたり私は賃金が一つのコードだという風に思ってやってたわけですが︑当然賃金だけでは実体を表現できてな

いわけで仕事の側はどういうコードに表現されているのかな︑と考えたときに︑あれこれ考えて管理図表だとか︑要す

るに先程からの議論のような管理みたいな話︑これを捉まえる事が︑小池先生の本を読んだ時の︑ある部分的真理でし

かないものを補う手段なんじゃないかなっていう風に思っていました︒それを絵に書くと︑あの僕は非常に労使関係的

に見てますから︑﹁働いていくらか﹂っていう世界をきちっと書けるっていうのが労働研究のエッセンスだと思ってる

んです︒で︑問題はいくらかっていうのは賃金︑そういう表象

コードはありますが︑働いてっていう側は無限に複雑

なわけで︑先程言いました熟練まで含むわけで︑しかしそれをさしあたりこう氷山の一角のように示さざるを得ない表

― 217 ―

ホワイトカラー労働研究の方法と課題

(21)

象をどう

韵︑思っていました︒でそいれを今回は︑あの︑仕間長むーかというのが︑リサチとャーとしての勝負所だ事

管理というような言い方をしたり︑私自身はそれを仕事論というような言い方を︑あえて賃金論に対してですね︑言っ

たわけです︒

小池先生は︑もともとは賃金から労働に迫った方だと思います︒ただ︑それは︑ある時期までそうだったんですが︑

賃金だけではちっとも本当のことは分からないと思われた︒で︑あの先生はすごく本物を探そうとした人だと私は思う

んですね︒ですから事柄を深める︑それを追及して結局何が事柄を制御しているのかというアプローチを小池先生の研

究態度というのは一貫して示してこられたんじゃないかなと私は観察してるんです︒が︑その後続の研究者としてワン

ジェネレーション後の研究者としては︑それをなぞるのは︑僕の当時の気持ちとして言うと︑ユニークじゃないねって

いう感じがありました︑本当のことを言うと︒だから︑そうするとむしろ私は小池先生の本を読んで大いに学んだんだ

けれども︑ちょっとここ不満だなって思う点をどうつくかと︒それはコンプリヘンスィヴに事象をどう

韵むかという課

題だという風に思っているんです︒えー事象が映し出す︑その映し出し方を描けないか︑というのが私の課題だったわ

けです︒それほど立派なことも出来てないんですが︑形態論として賃金を捕まえたとしたら︑仕事サイドの形態論って

何なのか︑という事を推していった結果︑仕事の管理という事象に着目したという風に理解して頂ければ︑私の真意に

近いかなと思っています︒

私は︑社会科学の手順としては︑形態論︑形式論からいくべきだというのが前からの議論で︑院生の研究指導でも︑

真実は一気にいかんぞと︑それを書こうとすると破産するよと︒だから︑例えば賃金論︑あー良いテーマですねと︒そ

れは賃金表があれば論じられますから︒ところが熟練論っていうのは︑真理かもしれないんですけれども手にとって示

せない︒こうですっていう風に示せないものですから︒そうではなくてある種コード化したものを探す︒これはさっき

中村さんが仰ってたウィリアムソンが盛んに組織の分析にとってコードが重要だっていう事を書いてるんですが︑私は ホワイトカラー労働研究の方法と課題

― 218 ―

(22)

それを自分の体験上︑賛同できる観点だと思った︒

ホワイトカラーの問題は難しいので全体像をどうやって把握するか︑よく分からない対象にどうやって身を寄せる

か︑その寄せ方の第一次的接近としては形態論もしくは管理論から行くほうが近道じゃないか︒だから猪木先生のおっ

しゃる︑こう何か透かしてみた時に確かにハードなんだけど︑硬いコアなんだけど︑これは︑しかし︑間違わずに概ね

七〇点とる方法としては管理論から廻った方が早いなっていうのは正直言ってあったんですね︒

小池先生の議論で︑小池先生ご自身にも申し上げたこともありますが︑あのー熟練論というのは︑ここで言う究極的

実体論です︒それを避けて仕事論といった場合のメリットは経営計画とか︑あるいは組織のありかた︑こういうものが

有意に論じられる手がかりを

韵わ︒PDCAをますま場合のPをどうすりめなるんじゃないか︑おいう感じを持って設

定するのかというのは正に経営計画を論ずるという作業になりますし︑PDCAを回す時の単位を何処にするかってい

うのは正に組織を論ずるということになるわけで︑そういうメリットは仕事論の側にあるんじゃないかなと︒

それから︑それは分かりますよと︑PDCAは分かりますよと︑それが仕事ですからというのが一般の実務者の受け

止めです︒しかし︑それを成し遂げるための本当の根拠は何なのかとなります︒つまりそれはやがて熟練を語らなきゃ

ならないことになる︒しかし︑私は仕事論自身をですね︑常にその根拠っていう方向に︑あるいは︑熟練に向けて︑熟

練に向けてこれを解釈しなおすっていうか深めるっていう方向には︑躊躇があります︒どっちかといえば賛成じゃない

んです︒仕事論自身を賃金論を論じたようにもっと論じなきゃ駄目なんじゃないか︒つまり︑形態論としての︑えーな

んていうか︑突き詰めをもう少しやらなきゃいけない︒これはまだほとんど︑労働研究の側ではやられてないことで︑

一つは大変なんですが仕事管理の国際比較っていうのをやらないと駄目なんじゃないのか︒つまり︑形態論的に見てア

メリカ的経営と日本の経営ってどう違うんですか︑PDCAって同じなんですか︒それは︑賃金を扱うよりは遥かに難

しいんですけれども︑研究の対象としては大事だっていう風に思っています︒

― 219 ―

ホワイトカラー労働研究の方法と課題

(23)

そこにGM調査って書いてあるんですけど︑これはむしろ討論の中で議論が出たら︑やらせて頂きたいんですが︑え

っと今日お集まりの佐藤厚先生と私とそれから篠原健一君︵大阪商業大学︶の三人でGMを見たときですね︑要するに

現場は賃金は全くフラットレートで従って熟練形成は基本的には有り得ない仕組みになっている︒長年やっていればあ

るわけですけども︑管理としては有り得ない仕組みになっている︒そういう現実を見て︑どっちが先かっていう議論な

んですが︑熟練が無いから現場の品質が悪いのか︑それとも品質管理を現場に下ろしてないから熟練が無いのかってと

いう︑つまり︑管理と労働実体の関係なんですけれども︑まずは︑第一次的接近としては︑例えば︑職場の管理項目っ

て何ですかというアプローチの仕方をした方が職場の熟練を直接調べるより社会科学の接近としては効率的な接近なの

ではないか︑あるいは見落としがないのではないか︒そういう感じで︑コードにこだわった方が良い︑という風に思っ

ています︒

それから︑これもまた厄介なんですが仕事管理の形態論をそれ自体としてもう少し緻密化するという作業は︑一方で

は国際比較ですが︑他方では歴史分析になりまして︑これもあのー︑企業人の方は昔からやってると言います︒トヨタ

なんぞに至っては空気のようなもんですと︑いう風に肩透かしを食らう︒そんなことはもう︑働くっていうのはそうい

うことなんですという感じでエクスプリシットにその管理様式として意識されてない︒近年意識されるようになったの

は︑多分企業内分社化とか︑家電各企業が行なった大幅な組織改革だとかにともなって︑そのプロセスでは仕事管理が

非常に意識されたんですが︑通常は仕事管理の管理様式の変遷史としてあたかもこの賃金の変遷史のようには企業人は

意識してないっていう問題があるように思います︒で︑そこをあの︑少し歴史研究になるわけですが︑どういうメソッ

ドで仕分けできるかという問題はやっぱり残ってるんじゃないかなと思います︒したがってまとめて言いますと仕事側

の形態論というのを少し徹底して国際比較と歴史分析に広げてみるっていうことが︑全体像を描くときの姿かなという

風に思っております︒ ホワイトカラー労働研究の方法と課題

― 220 ―

(24)

あと︑労使関係論の意味だとかは︑これ今述べたことと大体重なってますのでまた議論がありましたら︑補足したい

と思います︒

実証性っていう所だけ最後に述べたいと思います︒私は︑この間︑実証科学って何かということについて考えてきま

した︒特に私のようにケースメソッドを研究スタイルとしている人間にとっては︑今日の学問状況は寒風吹きすさぶ世

界でありまして︑例えばアメリカのような風土に行って﹁お前は何の専門家ですか﹂と聞かれた時に経済学などと言お

うものなら論文出せって︑僕の論文見て︑あーこの人はろくに勉強してないんだなとなる︒つまり︑計量的な手法が実

証的であるという学問の雰囲気が︑これは年々年々七〇年以降強まってきた傾向かと思っています︒そこで︑私はいつ

もケースを心がける時にやっているのは︑記号にこだわるっていう事︒対象物が表現している動かし難いコード︑これ

韵的に比肩するだけの定性な研話しかここには無いわ究証むとっていうこと︒何故かい実うと︑ニューメリカルなけ

ですから︒多くは人々の言語︑自然言語であったりするわけです︒その場合︑エンピリカルだね︑これは確かだねっと

言われるものは︑組織そのものが表現した︑あるいは産出したある種のコードを持ってくるしかないという事をかなり

センセィティヴに︑考えてみたのは事実です︒ですから先程言った形態論っていうのも︑記号やコードへ着目するとい

う事と同じ事なんですが︑そしてその記号を先程猪木先生が仰いましたようにちゃんと解釈できているのかどうかとい

うところがケースメソッドの真価が問われるところです︒この解釈が弱くてちょっとこの本︑記号はこうですよって言

う事だけに終わってる面がありますが︑やっぱりそこは︑記号から解釈︑価値へ推論していく事が大事なんですね︒

全然︑分野が違いますが︑小林秀雄の﹃本居宣長﹄という超難解な本がありまして私は最初読んで五%しか分からな

くて︑この間三回目を読んでようやく四割ぐらい分かった感じですが︑分かったことは非常に微かなんです︒いつも私

は︑実証性っていうことを考える時この本を読んでいます︑実は︒本居は︑今風にいえば国家主義とか︑ナショナリズ

ムとして当時の知識人の中で非難されたわけですが︑でも彼が言っていることは︑その⁝⁝︑古事記を読んでると古代

― 221 ―

ホワイトカラー労働研究の方法と課題

(25)

の人たちはこういう風に語ってるよと︒私は古代の人たちの話をこういう風に聞きました︑ということが最も大切な時

代のわかりかたなのだと言うことを繰り返し述べているわけです︒そこで︑僕はケースをする時に︑今回私が担当した

トヨタ自動車の場合︑質問しても質問しても﹁それは︑あのー︑昔からやっている事です﹂とか﹁やー︑特に事新しく

何かをしてるわけじゃないんで﹂っていうような応対の中で︑結局この人たちの身になって考えれば﹁こういうことだ

よね﹂という所を再現するしかないんじゃないかな︒非常に非科学的なんですが︑しかしその際に賃金だとか︑トヨタ

の場合で言えば原価企画だとか原価改善だとかは︑非常にくっきりと組織が表象している︑コード的事象であって︑こ

れは押さえながらも︑その他の多くはですね︑このように聞こえてきましたという事を書く以外に無い︒で︑多分事例

研究は今そのことにすごく臆病になっていると思います︒事例研究者自体が非常に労働のフィールドでも︑人数的に少

なくなってると思うんですが︑難しいんですけれどもそうしないと事例研究の研究水準が上がらないなーと︑いうよう

なことを最近考えています︒

中村先生︑猪木先生の話と直接連結しないような周辺的な話をしたんですけども︑一応私の話題提供はこの位にさせ

て頂いて︑少し休憩をはさんで︑また後半全体で議論できればと思います︒

冨田

︒しすまり入に憩休︒たまどいざごうとがりあもう

冨田

部れた三人の方々でそれぞおさ答えを求められているれ話そとれでは後半に入りたい思おいます︒最初に前半で

分もあったと思いますので︑最初に中村先生の方からですね︑質問に対するお答えから口火を切っていただきたいと思

いますのでどうぞよろしくお願い致します︒ ホワイトカラー労働研究の方法と課題

― 222 ―

(26)

中村︵圭︶

ら人ども︑どうやって本がすやる気になって︑決めけではてい︒猪木さんに対し管ん理と内発性ってことな

れた以上のことをするようなスキルを身に付けていくかっていう︒じゃどこでそういう︑動機付けっていうのが与えら

れるかっていうことを考えたときに︑僕は︑多分この本でも書いた︑明示的には書いてないんだけども︑会議の役割っ

ていうのがあるかなと思ってるんです︒会議は︑定期的であれインフォーマルであれ︑要するに仕事がうまく行ってい

るか行っていないかって︑原因が何処にあるかっていうことを明らかにする場なので︑その時に︑自分のミスかどうか

分かるわけですね︒で︑その場があって初めてその内発的に能力を高めていかないといけないかなっていうふうに思

う︒それがこう重要な役割を担うかなと最近では考えてるんですね︒もう一つ重要なのはさっき願興寺さん︵中部産政

研︶と話したんだけど︑じゃぁその足りないって言われたときに︑足りなさを管理監督者が︑どう拾い上げるか︒で︑

そういう意味で言うと︑スキル論に対しての仕事管理論のほうから︑なんていうかな︑付け加えるような所があるんじ

ゃないかなっていうふうに思ってるんです︒もう一つ言うとそこまで考えていくとこれまで経営学でいう︑例えばリー

ダーシップ論とかですね産業心理学とかその意味っていうのも分かってくるかなってように思ってます︒

これは石田さんとさっき話したんだけど︑僕はこんなに真面目に実証性っていうのを考えたことが無いので︵笑︶︑

これはホントにそんなこと考えてるのかっていう気があるので︑見てきたこと私が見てきました︑聞いてきましたって

いうふうに僕は常に書いてきているので︑それが正しいかどうかっていうのはあとは論理的にどうかっていうぐらいし

かないんじゃないかっていう︒︵笑︶︒

石田

題後と思うんですけども︑段あについてはちょっと話るがあ段の猪木先生のいまの前のス方の疑問にはレスポン

だけ出しますと︑必ずそういう報告をした場合には︑﹁それはA社の話でしょ?じゃぁ日本残り何十万社はどうなんで

すか?その論証はできますか?﹂という話にすぐなりませんか?

― 223 ―

ホワイトカラー労働研究の方法と課題

(27)

中村︵圭︶

けかね︒あのー代表事例どだうかなんて分からんわよんうはん︒えっとそこの所論う理だっていうふうに思

です︒サンプル調査だってサンプルが代表性を持つかどうかなんていうのもわからんのです︒

石田

フフフフフ︵笑︶

中村︵圭︶

はまをして代表性がありす調かっていわれてもそれ査の一る億人いる︑国民がい中人でたかだか一︑〇〇〇

分からんわけですよ︒それはどれだけその集めた事実っていうか集めた情報がどれだけ論理整合的に︑叙述できている

かどうかっていう事なんだろうと思うんですよこれ︒

猪木

れべ思うんですね︒一つ調てうそれが代表例かと問わによいはまの中村さんのお答え︑る私はちょっと極端すぎ

ると︑それは言えないと︒似た物を調べるとか︑サンプルは一つじゃなくて似た特性のものを二つくらい調べた方がい

いんじゃないか⁝⁝

一同

: ︵

笑︶

猪木

たさ極論していくと︑石田んれがさっき批判されかけをそい違や︑一つと二つ︑このい︒大きいと思うんですよ

数量分析ですよね︒沢山︑一︑〇〇〇のサンプルで全体を語れるかっていうのと同じ問題なんだけど︑結局数量的にデ

ータ処理できるぐらい沢山データを集めても︑それが本当にランダムなサンプリングかどうかという問題も依然残る︒

それを修正する方法等があり︑論文の形式としてははっきりしているわけです︒量を集めてある手法に従って推定をす ホワイトカラー労働研究の方法と課題

― 224 ―

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