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資本市場と年金改革――ドイツ・リースター年金の事例――

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   同志社法学 六八巻一号四八五四八五

――ドイツ・リースター年金の事例――

           

一  本稿の目的と構成   近年、改正の続く会社法であるが、その解説テキストを見ていたところ、﹁ある点﹂に気づいた。たとえば、手元にある末永(二〇〇〇) 1

によると、わが国の会社法による企業統治システムあるいは企業モニタリングシステムは、英米型とドイツ型の折衷型である、と説明する 2

。たしかに企業法の伝統的な講義においても、その旨の言及がなされることが多いと思われるが、﹁なぜ、折衷型なのか﹂あるいはその前提・前段階として﹁同じ株式会社という企業形態であるにもかかわらず、なぜ英米型とドイツ型とは、かくも異なる形態をとるのか﹂という原理的・根本的部分について、まともに解説された記憶はない。森田(二〇一五)のいうように、もしも本当に会社法が資本主義社会のインフラである 3

(2)

   同志社法学 六八巻一号四八六四八六

ならば、この事態はいささか不穏当かつ不可思議な現象といえないであろうか

)4

。そもそもドイツ型なり英米型なり他国の会社法(すなわち企業統治システム=資本主義のインフラ)を﹁輸入﹂するのではなく、G7の一翼を担う経済大国としてはじめから﹁自前の﹂企業法を検討・創造する、という政策志向性が強調されてしかるべきと思われる。

  この疑問について、企業からではなく保険分野から回答を試みた力作が、

A lb er t

(一九九一) 5

である。同書によると、英米は海上保険に端を発する市場重視型の資本主義社会であり、ドイツは陸上共済的に企業それ自体だけでなく、地域社会や組合を含めてのコミュニティ重視型の資本主義と解され、資本主義の形態そのものが両者では大きく異なる旨が示された

)6

。こうした分析によれば、異なるのは企業法ではなく、その下部構造たる資本主義経済体制ということになる。こうした理解に一片の疑問なしとはいいきれないが、各国ごとに独自の資本主義形態がありうるという﹁相対的﹂理解は、唯物史観という﹁絶対的﹂な﹁世界史の法則﹂を体現したはずのソビエト連邦が崩壊し、中国の市場経済化(社会主義から資本主義への逆行?)によって広まったように思われる。実際、二〇〇〇年前後、

M in ns

(二〇〇一) 7

E sp in g- A nd er so n

(一九八九) 8

のように、(資本主義対社会主義ではなく)資本主義社会間の相違・対立を研究した業績が立て続けに公刊された 9

  本稿は、ある特定の資本主義社会を別の資本主義形態に変革しようという法システムの試みの一例を取り上げ、その成否を明らかにするとともに、国家経済システムを構成するサブシステム間の相互依存関係を考察することを研究目的とする。本稿では、検討素材として

S.V ito ls, V arieties of Capitalism and Pension Reform: W ill the Riester -Rente

T ransform the German Coor dinated Market Economy? in : F o cu s o n A u st ria : Q u ar te rly B u lle tin o f th e

Ö st er re ic his ch e N at io na lb an k, 20 03

2

: 10 2 - 10 8

に依拠しつつ、ドイツで二〇〇一年に行われた一連の年金改革を取り上げることとする。この改革は、いわゆるリースター年金を導入した社会保障改革として知られているが、年金形式で

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   同志社法学 六八巻一号四八七四八七 蓄積された退職貯蓄を莫大な金融資産として株式市場に流入させ、銀行主導型のいわゆるドイツ型資本主義を、市場原理に基づく英米型資本主義に改変しようとした政治的目的を持った経済改革でもあった。法は経済を変えたか、経済システムのサブシステムである企業システムの拠出した資金は、同等の地位にある金融システムに当初の目的どおりの影響を与えたか、本稿で論じることとする。

  以下、次章において検討方法である﹁資本主義の多様性﹂アプローチの簡単な説明を行い、年金分野での先行業績の概略を示す。続く第三章ではドイツの年金システムを国家年金・企業年金・私的年金の三つに分けて説明し、ドイツ型資本主義における位置づけと相互依存性とを示す。その後、第四章と第五章において、その年金システムがいかなる理由で、どのように改変されたかを説明した後、私見と課題を述べる(第六章)。

二  資本主義の多様性と年金システム   上述のとおり、二一世紀になって急速に人口に膾炙しつつある政治経済学的手法の一つに﹁資本主義の多様性﹂(以下、VoCと称する。)アプローチがある。これはホールとソスキスの同名の主著(二〇〇一) ₁₀

によって提示された視点であるが、現代の産業経済について多くの強力な主張をおこない、有力な理論を提供しつつある。その中から本稿の問題意識とのかかわりで、以下に四点を挙げる。

  まず第一点目が、国家と企業との関係である。すなわち国家によって制度化された枠組みは、その中で事業活動を行う企業の組織と行動を大きく規律する決定要因になる、というものである。たとえば商法や法人税法の存在を想起されたい。つぎに、経済システムは多くのサブシステムによって構成され、またそのサブシステムごとに分析しうる、とい

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   同志社法学 六八巻一号四八八四八八

う論点をあげる。すなわち、いわゆる経済システムは、それぞれ金融システム、教育システム、技術移転・研究開発システム、雇用労使関係システムという、個々に独立したサブシステムの集合体として包括的に把握されながらも、個々のサブシステムへの依存性が強いという状況が示される。第三点目は、これらの独立したサブシステムは、全体経済システムとの相互依存性だけでなく、個々のサブシステム間でも相互に強力な補完性が見いだされる、というものである。制度化されたサブシステムに経済運営がうまく合致すれば、その経済は比較的有利に働くものと考えられるが、ミスマッチがおこれば、経済全体に悪影響を与えうることが想像される ₁₁

。最後に第四点目として、G7に代表される高度資本主義社会を大きく二つに分けて考察するという特徴がある。すなわち、アメリカやイギリスのような﹁自由市場経済﹂型の経済システム(以下、LMEと称する。)であり、他方がドイツや日本に代表される﹁調整市場経済﹂型のそれ(以下、CMEと称する。)である。前者は市場が経済に占める比率が大きく、ゆえに市場原理がシステム上、支配的・主導的な役割を果たすが、後者は市場とは異なるメカニズムが経済運営に不可欠な役割を果たすシステムであるとみなす。それゆえにLMEでは、ハイテク産業のような劇的な商品の開発やビジネスプロセスのイノベーションに対して、特に親和的に制度化された環境を提供しうる ₁₂

。一方でCMEは、自動車や産業機械製品のようなミドルテク産業の育成において漸進的な改良をよりよく行えるような支援を行うといえる ₁₃

  LMEとCMEの違いは、事業資金の主要な調達方法に見出される。LMEは、市場ベースの金融システムによって特徴づけられ、とくに株式市場が企業統治に大きな影響を及ぼす ₁₄

。反対にCMEは、銀行を中心とした金融システムによって特徴づけられ、LMEに比べると株式市場による企業統治への影響は小さく、銀行の影響力が大きい。銀行主導型の金融システムは、大企業にも中小企業にも比較的長期の資金を融通するので、資本集約的な製造業にとって重要性が高く ₁₅

、国際経済的にも比較優位性がある。他方でLMEは、技術革新を図ろうとする大企業や、リスクの高い資金を

(5)

   同志社法学 六八巻一号四八九四八九 必要とするベンチャー企業による資金調達に有利である。その証拠に、ベンチャーキャピタルや成長志向型のベンチャー企業向け株式市場(ナスダックを想起されたい)の整備はLMEのほうが進んでいる。

  VoCアプローチにおいても、年金システムは比較的研究の浅い分野であり、もっぱら総論的に扱われてきた(

Ja ck so n a nd V ito ls,

  二〇〇〇)。たとえば、①賦課式で現金給付型の公的年金システムは、(市場ベースの直接金融システムではなく)銀行ベースの間接金融システムを補完する、であるとか、②賦課式で現金給付型の公的年金システムは、いわゆる﹁埋め込まれた﹂企業年金システムとの間で相互補完性がある、といったものであった。なぜ①がいえるかといえば、大衆がリスク保障を考えて生活設計を行い、金融資産を貯蓄し、少しでも有利な収益を求めて株式投資しようという動機を与えず、促進もしないからである。株式投資がなされなければ株式市場は支えられず、その存在感も小さいままである。そして②の理由は、企業が独立した年金基金へ資金を積み立てているというよりもむしろ、自己の勘定において将来の年金債務への準備金を内部に蓄えていると考えられるからである。それゆえに、各国で進められている年金改革、すなわち賦課式公的年金から積立式私的年金へのシステム移行は、とくにドイツのようなCMEの持続性と安定性に大きな意味があり、よい影響を与えるものと予想されている。

三  ドイツ年金改革の背景と思想   ドイツの年金システムはビスマルク以来の伝統を有するが、社会保障システムの﹁第一の柱﹂すなわち国家年金にもっとも依存するシステムのひとつとしても広く知られている。退職所得のうち、非常に大きな比率で国家年金が提供されている。九〇年代半ばにおいては、ドイツの公的年金の所得代替率は七〇%を目標にしていた。この当時、この数字

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   同志社法学 六八巻一号四九〇四九〇

は他の高度産業国家と比べてはるかに控えめなものであった。大まかな推計ではあるが、八〇年代には、公的年金給付はGDP比で一〇~一一%程度であった。アメリカ・イギリスが同比で六~七%、日本が同比四%であった。

  ドイツの公的年金は、賦課式現金給付型(PAYG)システムとして運用されているが、わが国の国民年金のような全国民統一の基礎年金システムは有さず、職域で分断された所得比例年金のみの一階建てとして運用されている(図1参照)。加入は強制で、その財政は月極めの社会的拠出(保険料)によってまかなわれているが、赤字部分については政府からの財政補助がなされる。被用者の賃金と自営業者(任意加入)の所得から一律の割合が固定して設定されており(二〇一四年現在で一八・九%。ただし被用者は労使折半)、大まかな収支相当が図られている。ちなみに、積立余剰は収入の一~二か月分に限定されていた。

  ドイツの年金システムは、公的年金の上乗せとして﹁第二の柱﹂、すなわち企業年金(上述したように﹁一般年金保険﹂と呼称されている。)に関する規制を設けている。その規制は、雇用主に職域年金を設ける四つの方法を提供した。

Ja ck so n a nd V ito ls

(二〇〇〇) ₁₉

によれば、ドイツの企業年金システムの特徴は、﹁市場﹂よりも﹁組織に埋め込まれた﹂点にある。ドイツにおいては年金の財政基盤は企業が支えるべきで、市場で流通する金融商品が支えるべきではない、という思想傾向があるからと想像されている。四つの方法は、以下のとおりである(なお、二〇一四年現在で五種類、用意されている。図2参照)。

適用対象

(16)外 適用対象

(17)外 農業者老

齢保障

自営業者 相互扶助 制度

一般年金 保険

鉱山労働 者年金保 険

官吏恩給 制度

学生・主 婦

自営業者 農業者 医師等 民間被用 者

鉱山労働 者

公務員

【図1】ドイツ公的年金制度(18)

(7)

   同志社法学 六八巻一号四九一四九一 ア  年金引当金方式   この方法は、退職後の職域年金形態としてもっとも一般的なものであった(二〇〇〇年時点で総資産額の五九%)。年金は雇用主から直接給付される。給付原資はあらかじめ積み立てておいた支払準備金からなされる。言い換えるならば、この形態では年金は企業自身のバランスシート(を構成する優良な資産)によってのみ担保される。この形態は、戦後の復興期に制定され、普及した。この形態の利点は、雇用主が資金を内部留保するのに役立ち、大部分を再投資に回すことができた。この形態は、雇用が拡大していた時期にはよく機能していたが、九〇年代の低成長期には、人口高齢化の問題と合わせて問題が増加した。

イ  サポート年金方式   この方法は、給与天引きを通じて企業内部で積み立てられた資金を外部に委託して管理する方式である。この形態のものは、年金再保険を付保することで給付担保を

内容 資産規模

引当金方式 雇用主が被用者に対して、企業資産の中か ら一定の年金給付を直接付与する方式で引 当金をバランスシートに計上する。

2,450億ユーロ

(54%)

年金金庫方式 単独または複数の雇用主が独立した年金金 庫を設立し、これに企業が拠出金を積み立 てる。

1,070億ユーロ

(24%)

直接保険方式 雇用主が契約者となり被用者を被保険者と して保険会社と保険契約を締結する。

500億ユーロ

(11%)

共済金庫方式 単独または複数の雇用主が社団法人または 有限会社形態の独立した共済金庫を設立し、

これに企業が拠出金を積み立てる。

370億ユーロ

(8%)

年金基金方式 単独または複数の雇用主が独立した年金基 金を設立し、これに企業が拠出金を積み立 てる。

140億ユーロ

(3%)

【図2】ドイツの企業年金方式(2014年現在)(20)

(8)

   同志社法学 六八巻一号四九二四九二

図るが、連邦保険庁による監督対象外であり、基本的に積立不足が指摘されていた。この形態は全資産の七%を保持した。

ウ  年金基金方式   雇用主から拠出された資金を、あらかじめ定められた年金プランに基づいて、将来、被用者へ給付するために維持管理する外部積立式のファンドを利用する形態である。全資産の二一%を保持していたが、運用資産の種類に制限があり、英米型の年金基金方式とは異なるものと観念される。年金基金は拠出企業に対して保有資産の三分の一を上限に貸付をすることが認められている。この形態も連邦保険庁の規制を受けず、積立不足に陥っているものが多いと指摘されていた。

エ  直接保険方式   保険会社によって提供され、主に公的セクターと中小企業に利用されている形態である。全資産の一三%を保持していたが、中小企業にとってこの形態に関連するコストは大きな負担となっていたようで、九〇年代を通じて、徐々に減少していった。

  ドイツの社会保障システムにおいて、﹁第三の柱﹂は現在に至るまで私的保障であるが、アメリカやイギリスの年金スキームに付与されるような、明白な税制上のメリットを有する退職貯蓄制度を欠いていた。こうした背景に対して養老保険は税額控除の対象となっており、大衆が退職に備えて貯蓄する方法として大いに親しまれてきた。こうした保険

(9)

   同志社法学 六八巻一号四九三四九三 商品は、その多くが六年単位で運用されており、継続更新することで加入を続けるのが一般的である。この結果、公的年金でも企業年金でもない﹁インフォーマルな﹂年金は、保険セクターに集中した。すなわち、上述した①賦課式現金給付型公的年金システムの圧倒的な重要性(存在感)と②﹁埋め込まれた﹂企業年金の結果、LMEにおける資本市場への資金流入の源泉がドイツには存在しない、ということが明らかにされた。実際、九六年時点でのアメリカ・イギリスの株式時価総額が対GDP比で一〇〇%を超えていたのに対して、ドイツが同比二七%にとどまっていたという点を考えると、ドイツの株式時価総額は国際経済的地位にくらべて驚くほど低い。その代わりに、銀行による融資が産業セクターに対して強大な支配力を有していた ₂₁

四  二〇〇一年年金改革とリースター年金の導入   二〇〇一年を迎え、ドイツ連邦議会は年金システムを大きく改革する旨の法案を可決した。これにより、新しい退職貯蓄の仕組みが付け加えられた。この新しい年金は、改革を主導した当時の連邦労働・社会保障大臣の名にちなみ、一般に﹁リースター年金﹂として知られている。

  改革の直接の動機は、いわゆる﹁年金の危機﹂すなわち、①少子高齢化(低出生率と長い平均余命)による人口統計的危機、②早期退職の増加、③高い失業率、という三つの問題の解決を目指したものであった。当時、公的年金への拠出額は労使ともに上昇を続けており、退職前所得の七〇%の給付目標を維持するためには、さらに大きな負担を必要としていた。当時、政府は、その主な目標に雇用給付の費用(健康保険料、雇用保険料、年金保険料)の削減を付随させて打ち出していた。これらはここ二~三年、賃金の四一%程度の負担で推移していたのだが、政府は、この負担率を四

(10)

   同志社法学 六八巻一号四九四四九四

〇%未満にとどめることを宣言していた。この財政政策と年金改革を連動させるならば、公的年金保険料の拠出割合は、今以上に低率に設定されなければならない。もし、他の種目の低率化が進まなければ、全体目標の達成のために年金で帳尻を合わせなくてはならなくなるので、その割合はいっそう低廉なものになるかもしれない。ドイツの公的年金は被用者の退職所得全体において、その重要性を著しく減少させることとなる。

  年金改革の最大の眼目は上述の﹁年金危機﹂への対処であったが、それとあわせて(そしてそれは多くの政治家と金融業者の主要な期待でもあったのだが)、金融市場への新たな資金源を創造し、市場流動性を活性化することをも企図していた。金融市場の中でも特に株式市場は、以下の二つの理由からより多くの資金フローを必要とする、と考えられていた。すなわち、①﹁ニューエコノミー﹂企業の株式公開のため、②伝統的な﹁中規模の有限責任会社(

G m bH s

)を公開会社(

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)へ転換(することを促進)するため、の二点である。特に②については、すでに

G m bH s

の戦後創業者の多くが会社を離れており、また株式ベースでの資産減少は組織変更の傾向を促進するものと期待された。

  実務上、リースター年金法(正確には二〇〇一年退職貯蓄法)は、複雑な年金規制法のパッケージでもある。翌年までに(つまり一年で)七〇%の所得代替率を六七%に下げることが目標とされた。拠出率の上昇を抑制し、賃金コストを安定化することが期待されたからである。一方で、国家年金が削減されることで﹁年金ギャップ﹂を生み出し(あるいは拡大し)、貧困高齢世帯が続出することも想定され、企業年金・個人年金を手厚くするような施策が必要であることも認識された。

  多くの国民は、二〇〇二年に始まった個人リースター年金プラン ₂₂

(以下、単に﹁プラン﹂とのみ称する。)の導入を通じた﹁第三の柱﹂を強化しようとする試みに注目し、その関心を偏頗的に集中させてしまった。たしかに、このプランは税額控除と、国家拠出とを両方含んだ画期的な年金であった。このプランでは、二〇〇二年と二〇〇三年の二年で、

(11)

   同志社法学 六八巻一号四九五四九五 収入の一%が契約者である個人から拠出・納付され、この水準は、二年ごとに一%ずつ上昇し、二〇〇八年に四%にする、と定められた。このプランでは、あくまでも主導権が契約者である個人に留保され、金融業者を通じて直接、年金プランにコミットしなければならず、リスクを負担しなければならない。公的年金や多くの企業年金のように、その管理とリスク負担を他人任せにすることはできない。プラン自体は多様な金融業者から提供を受けることができるので、多様な選択肢が確保されている。このプランは、連邦金融規制庁に登録を義務付けられた。これまでに三〇〇〇以上のプランが認可を受けたが、二つの点が重視された。すなわち①被用者が退職後の貯蓄のために賃金所得の一部を設定する法的権利を設定すること、そして②企業年金の五つ目のプランをつくること、であった。ここでいう②企業年金の五つ目のプランとは、いわゆる英米型の企業年金基金形態であり、個人的に積み立てた年金基金で、確定給付型か確定拠出型かをベースに、投資制限のないプランのことである。組織化された労働者を抱えた労働組合と、いわゆる﹁赤緑連合﹂政権 ₂₃

との﹁親和性﹂を反映して、この種の変化の重要な部分は、年金スキームが雇用主と労働組合との間で交渉によって定められるべき要件であると定められた。

五  リースター年金のインパクトと市場の反応   上述したように、二〇〇一年年金改革の過程で、とくに低所得世帯において、公的年金の削減で生活苦が生じるのではないかとの懸念があった。実際には公正で良好なバランスが、異なる利害関係者間で絶妙にはかられるに至った。所得代替率の削減は、七〇%から六七%へという穏当で控えめなものであり、公的年金の受給権付与にはより高い信用性と可能性が政府によって保証された。失業率の改善は進まなかった ₂₄

ものの、個人年金の加入者へは政府による補助が拠

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   同志社法学 六八巻一号四九六四九六

出され、労働組合は企業年金の導入交渉をおこなった。これらの動きにより、当初予想された低所得世帯の負担増という事態は大きく緩和された。年金改革の必要性について、広範囲で認識され、理解が進んでいたこともあって、年金改革(の基本原理)についての国民的合意がなされたことは大きな収穫であった。

  しかしながら一方で、世間の注目はほとんど個人年金プランに集中した。この点は、多くの金融業者と利益諸団体も同様であった。たとえば、今回の新しいプランには特徴的な規制事項が一一個あるのだが、それにより、プランの構造は複雑にならざるを得ず、それゆえに加入者の理解は困難を極めた。とくに、積立型プランにおいては、以下の二点がその構造を複雑にしてしまっているようである。その要因のひとつは収益の保証(退職保険型年金の最低利益率と積立型年金プランの損失保証条項)であり、もうひとつは退職後の年金給付の必要性である。後者の場合が典型であるが、これを可能にするためには株式と債券との配分を異にすることとなる。この配分は加入者の年齢によっても変化し、株式市場の状況の評価(しばしば﹁多様性﹂を伴う)に基づくファンドマネージャーの裁量によっても変化せざるを得ない。現在の加入者は、将来の給付額がいくらになるか、容易に計算することができない。

  この複雑さの結果として、そして比較的少額の拠出(二〇〇二年と二〇〇三年は収入の一%にとどめられていた)によって、これらのプランの年間管理手数料は、個人年金資産の二~三%で運営されていることが報告されている。これは、たとえばアメリカでよく利用されている単純な投資信託型年金のそれとは比較にならないほど低額である。つまり新しい年金プランは、退職後の収入減への高い柔軟性を有し、投資ポリシーの透明性が高く、手数料が低額(とくにインデックスファンドにおいて)であるという利点がある。

  結果として、投資アドバイザーは、子どもがいる低所得世帯を中心に、個人リースター年金に加入するように勧誘した。これらの人々にとっては、国家による補助拠出が個人拠出に対して大きくなる。いくつかの欠点を相殺するほどに

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   同志社法学 六八巻一号四九七四九七 大きいとさえいえる。だから一方で、投資アドバイザーは高額所得世帯に対して、養老保険のような代替商品を検討するように勧めた。こうした世帯にとっては、個人リースター年金よりもこれらの商品のほうが魅力的で有利であったからである。

  上述したように、金融業者にとって個人リースター年金は、積立資金額の小ささによる手数料の少なさのために、利益の観点から、積極的に扱う魅力に乏しいものであった。しかし現在でも、金融業者はこのプランを提供し続けている。なかには積極的にマーケティングしている業者さえいる。なぜなら、こうした年金商品が﹁新しい顧客﹂へのアクセスの糸口になりうる、という期待・希望があるからである。その証拠に、これらの金融業者は新規顧客に対して、自分たちにとって魅力的な、すなわち収益率が高い商品を販売しているようである。逆に言うと、こうした期待が大きく裏切られるようであれば、金融業者らは個人年金プランの提供を打ち切るかもしれない。

  もうひとつ、年金改革が資本市場、とくに株式市場への新規の資金フローの源になるとの期待は、今のところ実現の見込みに乏しいままである。株式ファンドはその運用のすべてを株式で行うのだが、保険会社は保険業法上、総資産のうち最大で三五%までしか株式運用に配分することができない。

  それゆえに、個人リースター年金の普及は驚くほど少ない、といってもよい。したがって新しい年金商品の導入、すなわち投資信託での貯蓄・運用を促すようなプランを開発・提供することが必要であろう。現行の競合プラン・商品との比較においても、十分に競争力を有しうると思われる。

  リースター改革のもう一方の極、すなわち企業年金の強化は、一般国民の注意をひかなかった。しかし中長期的には、個人年金問題よりもはるかに重要になりうる。なぜなら、労使が年金プランについて交渉しなければならないという法的取り決めがあるからである。多くの事例では、二〇〇二年当時の﹁幸福な交渉﹂を取り上げる。しかし、ドイツは産

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   同志社法学 六八巻一号四九八四九八

業ごとに労働組合が結成され、この産別組合が雇用主との団体交渉に臨む。これまでの経験と同じく、少数だが強力な労働組合の働きによって、年金プランの対象は労働者全体へと拡大してしまった。金融業者がこの状況を見過ごすはずはなく、すぐにこうした層へのマーケティングをはじめている。二〇〇二年には多くの労働組合員が新プランに加入した。

  企業年金の育成と規制に関する問題は、それほど一般的にはならなかった。問題のうち、企業年金基金が被用者の生涯にわたって年金を給付しなければならないという問題は解決してしまった。現在、積立金の二〇%を一括で受け取ることができるというオプションさえ設けられている。

  もっとも二〇〇二年の一年間で、連邦金融規制庁の認可を受けた企業年金基金が一八しかなかった、という事実は興味深い。つまり、団体交渉によって合意された年金は、(金融市場で運用されるものではなく)保険会社を介した年金プランであったということである。したがって、個人リースター年金の箇所で述べた点が、ここでもあてはまることとなる。すなわち、企業年金形態で蓄積された巨額の退職貯蓄は、その一部しか株式市場へ流入しなかった、と。

六  本稿のまとめ   簡単にここまでの議論をまとめると、以下のようになる。リースター改革は、ドイツの年金システムを大きく改変するものとして評価される。しかし、改革の金融システムへの影響は大幅に限定されたものにとどまり、銀行主導型の金融システムを市場ベースの金融システムへという大規模な変革を導くには至らなかった。その理由は大きく二つあった。

  ひとつは、ドイツの政治システムにその理由を求められた。すなわち、しばしばラジカルな改革よりも妥協が選択さ

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   同志社法学 六八巻一号四九九四九九 れる国情、それゆえに、国家年金から企業年金・個人年金へのシフトも漸進的で限定的なものにならざるをえない。もっとも﹁二〇〇八年までに最大で所得の四%まで拠出率を引き上げる﹂というリースター年金の枠組みのもとでの退職所得には、むしろふさわしいといえよう。アメリカやイギリスのようなLME諸国と比べて、比較的穏当な割合である。現在までの受給権は確定しており(受給権者全体のおよそ二五%にのぼる)、他方で国民の三分の一が﹁加入にメリットはない﹂と回答したとも報道された。リースター年金を通じた市場への資金導入は、小規模にとどまった。

  二つめの理由は、リースター改革の独自規制として、損失保証と年金型商品を規定した点にある。この規制は、現在の金融業者と現行の実務に有利に働いた。特にその恩恵は、保険会社に大きかった。他の独立系投資グループや独立系年金基金と比べても、保険会社は伝統的にその資産の多くを株式ではなく債券に投資しており、その結果、銀行の発行する証書が大きくものをいうことになった。株式投資は資産の三分の一にとどまり、実際の投資ははるかにこの数値に及ばない(そして、この比率は低成長期・不況期にはさらに減少する)。株式で運用される年金資金は少額にとどまり、金融システムへの影響も限定されたものであった。いわば、リースター改革はドイツのようなCMEの基盤を変革することに対する政治的・経済的障碍の存在を実証した。

  本稿の問題意識との関係でいうと、政治システムが法システムを通じて経済システムに介入を試み、他方で経済システムが政治システム・法システムに影響を与えることは過去においても一般的に認められる現象であったと思われる。今回のドイツのケースもその延長線上で理解しうるのであるが、経済システムからの反応は、当初の政治システム・法システムの期待には程遠いものであったと評価できる。ドイツ型資本主義を英米型資本主義に改変する道は遠そうである。

  一方、年金システムと金融システムとの相互作用についても、はかばかしい結果とはいかなかった。本稿からの示唆

(16)

   同志社法学 六八巻一号五〇〇五〇〇

としては、直接金融形式の資本主義社会のほうが間接金融方式のそれよりも年金と金融の相互依存性・補完性が強固であるようである。﹁資本主義の多様性﹂は、政治システムや法システムの改変だけでは易々と変革できないほど大きなものなのであろう。

  その意味でいうと昨今のTPP論議に代表される、いわゆるグローバリゼーション ₂₅

はこの﹁多様性﹂を変革しうる原動力・推進力になりうるようにみえる。市場の一体化は経済の一体化を実現し、ドイツや日本も英米型の市場ベースの資本主義になるかもしれない。ただ、そのときの﹁市場﹂は各国の国内市場ではないのかもしれず、伝統的な国民国家の規模をはるかに超越した市場を、だれがどのようにして規律づけるのか。また、ドイツや日本のような銀行主導型の資本主義国家が、そういった変化に対応しうるか、各国の国民が福祉を供与しうるか ₂₆

、疑問は尽きない。

  前述したように、わが国は西欧諸国以外でほぼ唯一、資本主義社会へのテイクオフを実現 ₂₇

し、戦前は西洋列強に肩を並べ、戦後は経済大国としてG7に名を連ねた。ある時期まで日本型資本主義もその優位性を誇示していたはずである。市場ベースの証券資本主義に改変する前に、その総括をしなければならないのではないだろうか。﹁アメリカに比べて日独は遅れている﹂という前に、非欧米圏でなぜ、日本だけが資本主義を確立しえたのか、日本の経験は現在のアジアの参考・教訓になりえないか ₂₈

、そもそも経済の発展や法の近代化 ₂₉

なるものは、それほどに単線的なものなのか、今後の検討課題 ₃₀

としたい ₃₁

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(17)

   同志社法学 六八巻一号五〇一五〇一

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参照

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