﹁ 近 代 ﹂ に お け る
﹁ 晴 朗 さ
﹂ の 獲 得
│
│ ヘ ーゲ ル の 芸術 哲 学 にお け る
﹁ フ モー ル
﹂ 概念 に つ いて の 一 考察
│
#
│藤 大 樹
は じ め に ヘー
ゲル
︵G.W.F.Hegel,1770−1831
︶は その 後期 思想 の晩 期に あた るベ ルリ ン時 代に 四度
︵1820/21,1823,1826,
1828/29
年度
︶芸 術哲 学の 講義 を行 い︑ それ ら 講義 の 内 容は 弟 子 の ホト ー が 後年 に 編 纂し た
﹃美 学 講 義﹄ や︑ 近年 A
・ ゲー トマ ン= ジー フェ ルト らに よっ て刊 行さ れて いる 年度 ごと の
﹃受 講 録﹄ に 窺う こ と がで き る!
︒ こ れら の テ ク ス トか らは ヘー ゲル の芸 術哲 学が 構想 され てい く過 程を 読み 取る こと がで きる ので ある が︑ 同時 に︑ そこ には 講義 を 通 じ て どの よ う な構 想 の 下 に展 開 さ れた の か 曖昧 に な っ たか に み える 概 念 も見 受 け ら れる
︒本 稿 で 扱 う﹁ フ モ ー ル
︵Humor
︶﹂
︵ロ マン 的滑 稽
︑ユ ー モア
︶も そ の よ うな 概 念 の一 つ で ある
︒よ く 知 ら れる よ う に︑ ヘー ゲ ル の芸 術 哲 学 は
﹁歴 史 と 密 接 な 関 係 に あ る 宗 教
﹂"
に 基 づ い た 世 界 観 を 背 景 に 芸 術 の 本 質 を
﹁人 間 の 本 性 と 神 の 本 性 と の 統 一
﹂
︵VÄ,I,S.111
︶ とみ なし
︑そ の統 一の 表現 を精 神的 内容 と感 性的 形態 との 関係 に従 って
︑象 徴的
︑古 典的
︑ロ マン 的
― 433 ―
と いう 三つ の特 殊形 式か ら歴 史哲 学的 に考 察 して い る︒
﹁ フモ ー ル﹂ が 論じ ら れ る のは
︑ロ マ ン 的芸 術 形 式の 解 消 段 階
︑す なわ ち︑ 精神 的内 容と 感性 的形 態が 乖離 した
﹁近 代﹂ の段 階に おい てで あり
︑精 神的 内容 があ らゆ る限 定か ら 解 放 さ れ自 由 と なっ た 文 芸 の形 式 を 指す
︒そ こ で は︑ 主体 が 客 体 を自 由 に 弄び
︑機 知 や 諧謔 を 弄 す る と さ れ る た め
︵1820/21,S.180,1823,S.202
︶︑
﹁ フモ ール
﹂は 一種 の皮 肉な 笑い とも いう べき 芸術 の態 度と みな すこ とが でき る︒ こ の 概念 は一 八二 六年 度の 講義 を境 に二 種 に拡 大 さ れる の で ある が
︑問 題 は その 際 に︑
﹁ フモ ー ル﹂ 一 般が
﹁主 観 的 フ モ ール
﹂と 規定 され る一 方で
︑そ れと は対 照的 に︑
﹁ 晴朗 さ︵Heiterkeit
︶﹂
︵VÄ,II,S.242
︶を 含ん だ芸 術の 態度 とし て
﹁客 観的 フモ ール
﹂が 新た に規 定さ れる とい う 点 であ る
︒で は︑ こ のよ う な
﹁フ モ ール
﹂概 念 の 拡大 は ど のよ う な 構 想 の下 にな され たの であ ろう か︒ O・ ペゲ ラー など 多く の研 究者 が指 摘す る よう に
︑﹁ フ モー ル
﹂概 念 の拡 大 に は︑ 一 八二 六 年 度の 講 義 から ヘ ー ゲ ル が論 じた ゲー テ︵J.W.v.Goethe,1749−1832
︶の
﹃西 東詩 集﹄
︵West-östlicherDivan,1819
︶及 び︑ この 詩集 に付 さ れ た﹁ 註と 覚え 書き
﹂︵‘AnmerkungundNote’
︶か らの 影響 が認 め られ る
︒そ し て︑ ゲ ーテ が こ の詩 集 に おい て 西 洋 世 界 と 東洋 世 界 の接 触 を 主 題と し て いる こ と から
︑先 行 研 究 にお い て ゲー ト マ ン= ジー フ ェ ル ト や F・ イ ア ン ネ リ は
︑ヘ ーゲ ルが
﹁客 観的 フモ ール
﹂を
﹁近 代﹂ 芸術 のコ スモ ポリ タン 的展 望を 示す 概念 とし て論 じた と解 釈し
︑特 に 社 会批 判や 現状 批判 機能 とい う点 から この 概念 の拡 大を 説明 しよ うと して いる
︒し かし
︑ヘ ーゲ ル後 期思 想に おい て 将 来的 な展 望の 呈示 や構 成で はな く︑
﹁ まさ に現 在的 かつ 現実 的な もの を 把 握す る こ と﹂"
が 重視 さ れ てい た 点 や︑ ヘ ー ゲル が﹁ 近 代﹂ の﹁ 意識 が 欠 陥 をも つ の は︑
﹇⁝
﹈コ! ス! モ! ポ! リ! テ! ィ! ス! ム! ス!
︵Kosmopolitismus
︶ とし て 固 定さ れ る と き だけ で あ る﹂# と 述べ て い る点 か ら する と
︑こ の よ うな 解 釈 を鵜 呑 み にす る こ と はで き な いで あ ろ う︒ むし ろ 注 目 し なけ れば なら ない のは
︑ヘ ーゲ ルが
﹁フ モー ル﹂ を﹁ 近代
﹂文 芸の 形式 とし て論 じて いる とい う点 であ る︒ この こ
「近代」における「晴朗さ」の獲得 ― 434 ―
と から
︑ヘ ーゲ ルの
﹁フ モー ル﹂ 概念 は﹁ 近代
﹂文 芸と の密 接な 関わ りの なか で構 想さ れて いた こと が窺 われ る︒ そ こ で本 稿で は︑ 一八 二六 年度 の講 義に おけ る﹃ 西東 詩集
﹄評 をヘ ーゲ ルの
﹁近 代﹂ 文芸 評と して 再検 討し
︑ヘ ーゲ ル の 文芸 理解 から
﹁フ モー ル﹂ 概念 の拡 大に たい する 考察 を試 みた い︒ その ため に取 り上 げた いの は︑ 第一 に︑ ヘー ゲ ル が
﹁フ モ ー ル﹂ を 二 種 に 区 分 す る 際 の 問 題 点 が
﹁近 代
﹂芸 術 の 客 観 性 の 問 題 で あ っ た と 考 え ら れ る 点︒ 第 二 に
︑
﹁フ モー ル﹂ は﹁ 近代
﹂に 即し て論 じら れて いる とい う点 であ る︒ これ らの 点を 踏ま え︑
﹁フ モー ル﹂ が﹁ 近代
﹂文 芸 に たい する ヘー ゲル の評 価に 即し て構 想さ れた 概念 だと いう こと を示 すこ とが 本稿 の最 終的 な目 的で ある
︒ 第一
章 ヘー ゲ ル の芸 術 哲 学に お け る二 種 の
﹁フ モ ー ル﹂ 一般
に﹁ フモ ール
﹂︑ つ まり ユー モア 概念 が本 格的 に展 開 さ れた の は 一八 世 紀 末 以降 と さ れ︑ 特に ヘ ー ゲル と 同 時 代 にお いて は彼 の芸 術哲 学に も度 々そ の名 が挙 げら れる ジャ ン・ パウ ル!
︵JeanPaul,1763−1825
︶が 著名 であ る︒ 以 来
︑リ ップ スや コー ヘン 等の 多く の思 想家 によ って 様々 な解 釈が なさ れて おり
︑こ の概 念は 概ね
︑元 来の 湿気 や体 液 と いう 意味 から 特殊 な気 質や 感情
︑更 には 真剣 さに 基 づく 可 笑 しさ や 笑 いを 指 し た 滑稽 の 一 形態 と 理 解 され
︑ま た
︑ 例 え ば キ ル ケ ゴ ー ル に お い て の よ う に 個 人 の 性 向 と 世 界 観 と の 連 関 か ら 論 じ ら れ て き た"
︒ ヘ ー ゲ ル に 関 し て も
︑
﹁フ モー ル﹂ は主 体と 世界 観と の連 関に おい て捉 え ら れ︑ 特に
﹁近 代
﹂に お ける 文 芸 作 品の 形 式 とし て 二 種の 区 別 の 下 に考 察さ れて いる
︒ヘ ーゲ ルが 述べ る﹁ 近代
﹂は 多義 的で ある が︑ その 大き な特 徴と して は主 観の 自由 が達 成さ れ て いく とい う点 にあ り︑ 市民 社会 が展 開さ れて いく 広範 な歴 史的 世界 とさ れる
︒こ の章 では まず
︑そ の﹁ 近代
﹂に お い て 論 じら れ た 二種 の
﹁フ モ ー ル﹂ を示 し
︑次 に その よ う な区 分 を 行 う際 の ヘ ーゲ ル の 論点 を 確 認 す る こ と と し た
― 435 ― 「近代」における「晴朗さ」の獲得
い
︒そ の論 点と 考え られ るの は﹁ 近代
﹂芸 術の 客観 性の 問題 であ る︒ 芸術 哲学 にお いて
﹁フ モー ル﹂ が論 じら れる のは ロマ ン的 芸術 形式 の解 消段 階で ある
︒ロ マン 的芸 術形 式と は︑ キ リ スト 教以 後︑
﹁ 近代
﹂市 民社 会ま でを 含む 歴史 的世 界観 に 即 した 芸 術 形式 で あ り︑ 精 神的 内 容 が感 性 的 形態 を 超 え 出 て行 く形 式と され る︒ ヘー ゲル によ れば
︑芸 術は
﹁歴 史と 密接 な関 係に ある 宗教
﹂に 基づ いた 特定 の世 界観 を内 容 と し︑ その 内容 であ る絶 対者 を︑ 感性 的形 態化 を通 じて 指し 示す 現象 とさ れる
︒そ して
︑そ の表 現に おい て芸 術は 主 観 と客 観︑ 精神 的内 容と 感性 的形 態の 関係 から 三つ の歴 史的 な形 式を とる
︒す なわ ち︑ 内容 と形 態が 統一 を求 める 古 代 東方 世界 の象 徴的 芸術 形式
︑内 容と 形態 が調 和的 な統 一と いう 理想
︵dasIdeal
︶に 達す る古 代ギ リシ ア世 界の 古 典 的 芸術 形式
︑そ して
︑内 容が 形態 に勝 り古 典的 な理 想が 解体 する ロマ ン的 芸術 形式 であ る︒ ロマ ン的 芸術 形式 の解 消 と は︑ この 形式 の原 理に 従っ て生 じる 古典 的理 想の 解体 の到 達点 であ る︒ では
︑そ の原 理と はど のよ うな もの であ ろ う か︒ ヘー ゲル によ れば
︑﹁ ロ マン 的芸 術形 式の 原理 は絶 対的 な内 面性 で ある
﹂︵1823,S.180
︶︒ 絶対 的 内 面性 と は
︑主 観 が 自身 のう ちに 自身 を完 成さ せる こと
︑つ まり
︑自 身を 対象 化す るこ とで 客観 性を もつ に至 ると いう こと であ り︑ そ れ によ って 主観 と客 観︑ 内容 と外 的な 形 態は 乖 離 して い く こと と な る︒ そ して
︑こ の 原 理に 則 り︑ 最 終 的に
﹁近 代
﹂ に おい て﹁ 本質 的に 芸術 の最 終的 な分 裂が 主観 と客 観の 分裂 の もと に 生 じ る﹂
︵1826,S.151
︶ の であ る
︒ま た
︑ヘ ー ゲ ルに よれ ば︑
﹁ 近代
﹂世 界に おい ては 芸術 の内 容で あ った キ リ ス ト教 が 歴 史的 な 進 展と 共 に﹁ 世 俗 化﹂ し︵VÄ,II,
S.237
︶︑ 人間 に関 わる 全 ての も の が内 容 と さ れる
︒そ の た め︑ かつ て の 理想 的 内 容 の喪 失 と いう 意 味 で︑
﹁本 質 的 な も のが もは やな いと いう のが
︑近 代芸 術 の 立 脚点 で あ る﹂
︵1820/21,S.181
︶︒ こ の よう な 背 景か ら
︑ヘ ー ゲル は 次 の 記 述に みら れる よう に﹁ 近代
﹂芸 術を 分裂 とい う傾 向の なか で理 解し てい る︒
「近代」における「晴朗さ」の獲得 ― 436 ―
芸 術は 対象 性の 点で は諸 対象 のあ るが まま の描 写へ と向 かい
︑他 方で 芸術 はフ モー ルへ と向 かう
︒つ まり 実質 的 な もの すべ てを 主観 的意 図に よっ て転 倒さ せる こと へと 向か う︒
︵1823,S.199.
︶
﹁諸 対象 のあ るが まま の描 写﹂ とは
︑作 家の 技量 によ って 散 文 的な 客 体 を生 き 生 き と描 出 す る立 場 で あり
︑一 七 世 紀 ネ ーデ ルラ ント 風景 絵画 など を例 に﹁ 自然 模倣
﹂と も呼 ばれ る︵1826,S.151
︶︒ そ れ に 対し て
﹁主 観 的な 意 図
﹂に 基 づ く﹁ フモ ール
﹂で は︑
﹁ 人格 性の 精神 的価 値が 問題 で ある
﹂︵VÄ,II,S.229
︶と さ れ︑ 例と し て スタ ー ン"
や ヒ ッ ペ ル#
︑ジ ャン
・パ ウル など 広範 な時 期に 渡る 作家 の文 芸作 品が 挙げ られ る
︒こ の よ うに
︑ロ マ ン 的芸 術 形 式の 原 理 に よ って 芸術 の在 り方 も分 裂す るこ とと なる
︒こ の両 者は それ ぞれ 問題 を抱 えて いる のだ が︑ 特に
﹁フ モー ル﹂ は﹁ 偶 然 的な 主観 の活 動﹂
︵VÄ,II,S.239
︶で ある が故 に問 題で ある
︒﹁ 何故 なら フモ ール は︑ 芸術 家の 主観 性を 表現 する た め に素 材と した いも のの 全て を廃 棄す るこ とと 定義 され るか ら で あ る﹂
︵1823,S.202
︶︒ つま り
︑﹁ フ モー ル
﹂は 客 観 的 なも の全 てを 主観 によ って 恣意 的に 弄び
︑客 観的 な現 実性 を失 うと いう 危険 性を 孕ん でい るの であ る︒ この よう に
﹁近 代﹂ にお ける 主観 が﹁ 偶然 の思 いつ き や 諧謔
﹂︵VÄ,II,S.230
︶に よ って 全 て の 対象 を 嘲 笑う 態 度 が﹁ フ モー ル
﹂ で あり
︑そ の一 般的 な形 式を ヘー ゲル は﹁ 主観 的フ モー ル﹂ と呼 んで いる
︒だ が︑ ヘー ゲル はも う一 つの 形式 とし て
﹁客 観的 フモ ール
﹂に つい ても 論じ てい る︒
﹃美 学講 義﹄ には 次の よう な記 述が ある
︒ と
ころ で︑ 外面 性お よび 主観 的表 現へ のこ のよ うな 満足 が︑ ロマ ン的 なも のの 原理 に相 応し いか たち で︑ 心情 を 対 象に 沈潜 する こと にな り︑ 他方 また フモ ール にと って
︑主 観的 な反 省の 内部 で客 体と
︑そ の客 体の 形成 を重 視 す る よ うに な る と︑ その 結 果︑ 我 々 は諸 々 の 対象 の 内 部に 入 る こ と︑ つま り
︑い わ ば客! 観! 的! フ モ ー ル を 獲 得 す
― 437 ― 「近代」における「晴朗さ」の獲得
る
︒︵VÄ,II,S.240
︶ こ
の よ うに
﹁客 観 的 フモ ー ル﹂ で は︑
﹁ 主観 的 な 反省 の 内 部で 客 体 と 客体 の 形 成 を 重 視 す る﹂ こ と︑ 言 い 換 え れ ば
︑ 客 観 性 を問 題 と する こ と で﹁ 主 観性 を 表 現す る た めに 素 材 と した い も のの 全 て を廃 棄 す る﹂ と い う﹁ 主 観 的 フ モ ー ル
﹂の 問題 が解 消さ れて いる とさ れる
︒K
・フ ィー ベー クに よれ ば︑ この 点か ら︑
﹁ 客観 的フ モー ル﹂ は﹁ 自然 模倣
﹂ と
﹁主 観 的 フモ ー ル﹂ に たい す る ヘ ーゲ ル の 弁証 法 的 な企 て と し て理 解 さ れる
︒!
す な わ ち︑
﹁主 観 的 フ モ ー ル﹂ の 問 題は
︑﹁ 自 然模 倣﹂ で論 じら れて いた 散文 的な 客体 や客 体の 形成 を扱 うこ とで 解消 し︑
﹁客 観的 フモ ール
﹂が 提示 さ れ ると いう わけ であ る︒ 加え て︑ ヘー ゲル はゲ ーテ の﹃ 西東 詩集
﹄を 範例 とし て﹁ 客観 的フ モー ル﹂ に﹁ 対象 への 純 然 たる 満足 や︑ 想像 の無 尽蔵 の遊 動や
︑無 邪気 な戯 れ﹂ とい った
﹁晴 朗﹂ な態 度を 見て 取っ てい る︵VÄ,II,S.242
︶︒ つ まり
︑﹁ 客 観的 フモ ール
﹂は
﹁近 代﹂ 芸術 の客 観性 を要 求す るこ とで
﹁主 観的 フモ ール
﹂に 欠け た点 を補 い︑ 更に
︑ 嘲 笑い から
﹁晴 朗さ
﹂へ の移 行と して 捉え られ てい るの であ る︒ この よう にし て︑ ヘー ゲル は主 観の 進展 とし て特 徴づ けら れる
﹁近 代﹂ 芸術 にた いし て客 観性 の問 題を 軸に
﹁フ モ ー ル﹂ を二 種に 区別 する のだ が︑ では この よう な区 分に よっ て展 開さ れた
﹁フ モー ル﹂ 概念 の拡 大は 従来 どの よう に 解 釈さ れて きた のだ ろう か︒ 第二
章
﹁客 観 的 フモ ー ル
﹂と
﹃ 西 東詩 集
﹄ ヘー
ゲル の各 年度 講義 録の 編者 でも ある ゲー トマ ン= ジー フェ ルト やそ の影 響下 にあ るイ アン ネリ らは 先行 研究 に
「近代」における「晴朗さ」の獲得 ― 438 ―
お いて
︑ヘ ーゲ ルが 論じ た 二種 の
﹁フ モ ール
﹂の う ち﹁ 主 観的 フ モ ー ル﹂ を﹁ 近代
﹂芸 術 の 抱え る 問 題︑
﹁客 観 的 フ モ ール
﹂を
﹁近 代﹂ 芸術 に与 えら れた 新た な可 能性 と捉 えて いる
︒先 にみ たフ ィー ベー クの 指摘 をよ り先 鋭化 する か た ち で︑
﹁ 客観 的 フ モー ル
﹂に は﹁ 近 代﹂ 芸 術の 新 た な可 能 性 が与 え ら れ たと い う 解釈 が た て ら れ て い る の で あ る
︒ そ して
︑そ の可 能性 とさ れる のが
﹁近 代﹂ 世界 に たい す る ヘー ゲ ル のコ ス モ ポ リタ ン 的 観点 と
︑﹁ 近 代﹂ 芸術 の 社 会 批 判や 現状 批判 的機 能で あり
︑そ れら の連 関に よっ て﹁ 客観 的フ モー ル﹂ は今 日的 な意 義を 担っ ても いる とみ なさ れ る!
︒こ の 解 釈の 根 拠 とさ れ る も のが
︑﹁ 客 観 的フ モ ー ル﹂ の範 例 と さ れた ゲ ー テの
﹃西 東 詩 集﹄ にた い す る ヘ ー ゲ ル の評 価で ある
"
︒﹃ 西 東詩 集﹄ は中 世イ スラ ム︑ 精確 には 中世 ペル シア の詩 人ハ ーフ ィス
#
に影 響を 受 け た詩 作 で あ り
︑ゲ ーテ はこ の詩 集に たい して 彼自 身の 手に よる 論稿
﹁注 と覚 え書 き﹂ を付 して いる
︒そ して
︑こ の作 品の 主題 の 一 つ は︑ 西 洋世 界 と 東洋 世 界 の 接触 で あ り︑ 例え ば
︑ゲ ー テは こ の 詩 集を
﹁逃 走
﹂︵Hegire
︶ と いう 詩 で 始 め る こ と に よっ て西 洋﹁ 近代
﹂か ら脱 して 東方 世界 へ接 近す るこ とを 図っ てい る︒ この 作品 にた いし て一 八二 六年 度の 芸術 哲 学 講義 には 次の よう な記 述が ある
︒
﹃西 東詩 集﹄ が示 すの は︑ まず ゲー テが 東方 の精 神に 心 を 動か さ れ たと い う こ とで あ る︒ つ まり こ の 東方 精 神 は 無 尽蔵 なイ メー ジに あふ れ︑ 喜び
︑確 信︑ 無邪 気さ によ って 広げ られ
︑社 会関 係や 大衆 への 論争 にお いて もそ れ が 見 出 せ る と い う こ と で あ る︒ 詩 人 自 身 と 諸 対 象 と の 実 質 的 な 関 係︵ が こ こ に は 再 び 見 出 せ る わ け で あ る
︶︒
︵1826,S.94
︶ 先
行研 究は
︑こ の記 述に おい て西 洋﹁ 近代
﹂人 であ るゲ ーテ が異 なる 文化 領域 であ る﹁ 東方 の精 神に より 心を 動か さ
― 439 ― 「近代」における「晴朗さ」の獲得
れ た﹂ と評 され てい るこ とを コス モポ リタ ン的 観点 の賞 賛と 捉え てい るの であ る︒ 更に イア ンネ リは
︑こ のよ うな 観 点 か ら ヘー ゲ ル が﹃ 西東 詩 集﹄ を︑ 社 会 批判 や 現 状批 判 的 に﹁ 固有 の 時 代 の社 会 関 係か ら 離 れる
﹂"
とい う 点 で 評 価 し てい たと 解釈 する
︒つ まり
︑先 の引 用に みら れ た︑
﹁社 会 関 係や 大 衆 への 論 争 に おい て も それ は 見 出せ る
﹂と い う 点 から
︑こ の詩 集は
︑自 らを 自ら のう ちに 制限 する 西洋
﹁近 代﹂ 世界 への 批判 とし て意 義づ けら れた と解 釈さ れる の で ある
︒こ の解 釈か らす ると
︑コ スモ ポリ ティ スム スが
﹁詩 人自 身と 諸対 象と の実 質的 関係
﹂と いう こと にな ろう
︒ しか し︑ 以上 のよ うな 解釈 には 幾つ かの 問題 が残 る︒ 第一 に︑ この 見方 にお いて は﹁ 主観 的フ モー ル﹂ につ いて の 解 釈が 消極 的で あり
︑ま た︑ 嘲笑 いか ら﹁ 晴朗 さ﹂ への 移行 や﹁ 近代
﹂芸 術の 客観 性と いう 問題 にた いす る説 明が 明 確 では ない
︒第 二に
︑ヘ ーゲ ルは この 解釈 の根 拠と いえ る﹁ 近代
﹂の コス モポ リタ ン的 立場 をベ ルリ ン時 代の 思想 に お いて 必ず しも 認め ては いな いの であ る︒ 確か にベ ルリ ン時 代の ヘー ゲル が東 方世 界︑ とり わけ イス ラム への 関心 を 徐 々に 深め てい た︒ それ につ いて は︑ 例え ば︑ 彼の 体系 的哲 学の 綱領 とさ れる
﹃エ ンチ ュク ロペ ディ ー﹄ の再 版に 際 し てリ ュッ ケル ト#
︵F.Rückert,1788−1866
︶ によ る中 世イ スラ ムの 翻訳 詩の 一節 を載 せて いる こと や$
︑ また
︑ヘ ー ゲ ルの 弟子 であ るロ ーゼ ンク ラン ツが 著し た﹃ ヘー ゲル 伝﹄ の記 載%
な ど に 窺 うこ と が でき る
︒し か し︑ ヘー ゲ ル が コ スモ ポリ タン 的立 場を 必ず しも 肯定 的に 認め てい なか った こと は︑ 歴史 哲学 の講 義&
や
﹃法 の 哲 学﹄' に 確認 す る こ と がで きる
︒そ して
︑そ れは 芸術 哲学 に おい て も 同様 で あ る︒ とい う の も︑
﹃ 美学 講 義﹄ に おい て
︑ヘ ー ゲル は 芸 術 と 公衆 の関 係を 論ず る中 で︑ ゲー テが
﹁﹃ 西! 東! 詩! 集!
﹄ によ っ て 東方 の 世 界を 我 々 の 今日 の 詩 に導 入 し︑ そ れを 今 日 の 見 方に 同化 させ てい る﹂
︵VÄ,I,S.356
︶と いう
︑一 見コ スモ ポリ タン 的立 場の 賞賛 とも 取れ る意 見を 述べ た上 で︑ 次 の よう に結 んで いる から であ る︒
「近代」における「晴朗さ」の獲得 ― 440 ―
こ のよ うに
︑芸 術家 は確 かに その 素材 を遠 隔の 地方 や過 去の 時代 や異 なる 民族 から 取っ てく るこ とを 許さ れて お り
︑ま た大 体に おい ては 神話 や風 習や 制度 の歴 史的 形態 をそ のま ま保 存し てよ いの であ るが
︑同 時に
︑こ れら の 形 態を ただ 自身 の描 写の ため の枠 組み とし て利 用し
︑そ の反 対に 内容 はこ れを 自分 の時 代の 本質 的な
︑よ り深 い 意 識に 適応 させ ねば なら ない
︒︵VÄ,I,S.356
︶ こ
の記 述に みら れる よう に︑ 詩人 は様 々な 場所 や時 代な どか らそ の素 材を 持ち 寄る こと が許 され るの では ある が︑ そ の 扱い はあ くま で自 らが 属す る地 平に 即し てい なけ れば なら ない
︒そ のた め︑ ヘー ゲル が称 賛し たゲ ーテ の東 方性 は 西 洋と 東洋
︑二 つの 地平 を相 対化 させ る見 方と は異 な る観 点 か ら再 考 さ れる 必 要 が あろ う
︒そ こ で注 目 し た いの が
︑ ペ ゲラ ー!
や フィ ーベ ーク によ る指 摘で ある
︒そ れに よる と︑
﹁ とり わ け
︑﹃ 西 東詩 集
﹄に お ける ゲ ー テの ジ ャ ン・ パ ウ ル評 価は
︑客 観的 フモ ール やロ マン 的芸 術一 般の 終着 点に 関す るヘ ーゲ ルの 概念 にと って 極め て重 要な 意味 をも っ て い る﹂"
︒ ゲー テ の ジ ャ ン・ パ ウ ル 評 価 は
︑﹃ 西 東 詩 集﹄ に 編 ま れ た 論 稿
﹁注 と 覚 え 書 き
﹂に み ら れ る 文 芸 評 で あ る
︒と する と︑ ヘー ゲル もま たこ の論 稿の 検討 を通 じて 文芸 評と いう 面を 強く 打ち 出し なが ら二 種の
﹁フ モー ル﹂ を 論 じた とい う可 能性 が出 てく る︒ この 点を 考慮 し︑ 第三 章で は︑ ヘー ゲル の文 芸評 の文 脈か ら︑ ヘー ゲル が賞 賛し た ゲ ーテ の東 方性 を考 察し
︑そ の論 点が
﹁近 代﹂ 芸術 の客 観性 の問 題と 結び つい てい るこ とを 指摘 する
︒ 第三
章
﹃西 東 詩 集﹄ に た いす る ヘ ーゲ ル の 評価 ベル
リン 時代 のヘ ーゲ ルは 東方 世界 への 関心 を持 ちな がら も︑ その 関心 は必 ずし もコ スモ ポリ タン 的な 観点 に立 脚
― 441 ― 「近代」における「晴朗さ」の獲得
し てい なか った
︒で は︑ ヘー ゲル が﹃ 西東 詩集
﹄に たい して 称賛 した 東方 性と はい かな る点 にあ るの だろ うか
︒こ の 点 を明 らか にす るた め︑
﹁ 注と 覚え 書き
﹂に みら れる ゲー テの 文芸 評を みる こと とし たい
︒ ゲー テに よる
﹃西 東詩 集﹄ の﹁ 註と 覚え 書き
﹂に は︑ ヘー ゲル の﹁ フモ ール
﹂論 に影 響を 与え たと 考え られ る二 つ の 観点 がみ られ る︒ まず は︑
﹁ 客観 的フ モー ル﹂ に関 する 観点 をみ てみ よう
︒﹁ 註と 覚え 書き
﹂に は︑ 東方 世界 にお い て は﹁ 素材 を世 界が 気前 よく 与え てく れ︑ 内包 は充 実し た詩 人の 内奥 から 自発 的に 溢れ 出し てく る︒ そし てこ の両 者 は 無意 識 の うち に 縫 合す る の で︑ 豊穣 さ が 本 来ど ち ら の側 に あ るの か は 分 から な い﹂! と い う記 述 が みら れ る
︒こ の 記 述か ら読 み取 るこ とが でき るの は︑ 二種 の﹁ フモ ール
﹂に おい て議 論さ れて いた
﹁近 代﹂ 芸術 の客 観性 の問 題︑ す な わち
︑第 一章 の﹁ 客観 的フ モー ル﹂ の記 述に みら れ た﹁ 主観 的 な 反省 の 内 部で 客 体 と 客体 の 形 成を 重 視 す るこ と
﹂ が
﹃西 東詩 集﹄ にお いて 賞賛 され てい た東 方性 と結 びつ いて いる とい うこ とで ある
︒と いう のも
︑一 八二 六年 度の 講 義 には
﹃西 東詩 集﹄ につ いて 次の よう な記 述が みら れる から であ る︒ 東
方の 自由 は﹇
⁝﹈ ただ 喜び を対 象に 示す だけ であ る︒ 心情 の利 己的 な動 きは 表現 され ず︑ 対象 の考 察を その 客 観 性の うち に表 現し
︑常 に対 象そ のも のに つい ての 喜び
︵を 我々 はみ るの
︶で ある
︒﹇
⁝
﹈︵ これ と類 似し てい る の がゲ ーテ の︶
﹃ 西東 詩集
﹄に おけ る愛 の歌 であ る
︒心 情 それ 自 体 のう ち へ の 集中 と い う︑ 心情 の 病 的状 態 か ら 別 れる こと で︑ 東方 の自 由な 晴朗 な精 神が 後期 の彼 に吹 き込 んだ
︒︵1826,S.109
︶ こ
の引 用に みら れる よう に︑ ヘー ゲル は︑
﹃ 西東 詩 集﹄ に みら れ る﹁ 東 方の 自 由
﹂が 対 象そ の も のを 客 観 性の う ち に 率 直に 表現 する
﹁晴 朗な 精神
﹂で ある こと を称 賛し てい る︒ この こと から
︑ヘ ーゲ ルが ゲー テに たい して 東方 的と み
「近代」における「晴朗さ」の獲得 ― 442 ―
な した のは
︑﹁ 近 代﹂ 芸術 に要 求さ れて いた 客観 性 の 習得 で あ り︑ その 習 得 こ そが
﹁晴 朗 さ﹂ と して 表 さ れる 態 度 な の だと いう こと が考 えら れる
︒し か し︑ ここ で 気 にな る の は︑ ヘー ゲ ル が﹁ 晴 朗さ
﹂か ら 区 別す る
︑﹁ 心 情そ れ 自 体 の う ち への 集 中 とい う
︑心 情 の 病的 状 態﹂ で ある
︒こ の
﹁心 情 の病 的 状 態﹂ と は何 を 指 す の で あ ろ う か︒ そ こ で 次 に
︑ゲ ーテ が著 した
﹁注 と覚 え書 き﹂ を参 照 する こ と とし た い︒ と いう の も
︑﹁ 注 と覚 え 書 き﹂ にみ ら れ る東 方 の 詩 人 と ジ ャン
・パ ウ ル との 関 係 性 を︑ ヘー ゲ ル は﹁ 心情 の 病 的状 態
﹂の 根 拠 と読 み 替 えて い る と考 え ら れ る か ら で あ る
﹁ ︒ 註と 覚 え 書き
﹂に よ る と︑ 東方 の 詩 人 は
︑﹁ 最 も 高 貴 な 形 象 と 最 も 卑 俗 な 形 象 と を 結 び つ け る﹂! 点 で 称 賛 さ れ
︑ ま た︑ ジャ ン・ パウ ルは
﹁真 に東 方的 な方 法で 快活 かつ 大胆 に彼 の世 界を 眺め まわ し︑ そし て︑ 奇妙 きわ まる 連鎖 を 創 出 し︑ 相 互に 相 容 れぬ も の をつ な ぎ あ わせ て い る﹂"
と 述べ ら れ てい る
︒ゲ ー テ にと っ て の東 洋 性 とは
︑素 材 や 感 性 的形 態の 自由 な連 結と いう 点に あり
︑そ の一 点に おい て両 者は 同一 視さ れて いる のだ が︑ 同時 に︑ この 両者 には 区 別 もみ られ ると され る︒ すな わち
︑﹁ か の詩 人た ち
﹇東 方 の詩 人
﹈は 新 鮮で 単 純 な 地域 で 仕 事を し た のに 反 し
︑わ が 友
﹇ジ ャン
・パ ウル
﹈は まっ たく 開化 し︑ ある いは 開化 しす ぎ︑ 誤っ た開 化を 遂げ て畸 形化 した 世界 のう ちに 生き か つ 働 か ねば な ら ず︑ それ 故 に こ そ︑ 突飛 き わ まり な い 要 素 を 駆 使 す る こ と に と り か か る ほ か な か っ た﹂# の で あ る
︒ ゲ ーテ は︑ 東方 の詩 人と ジャ ン・ パウ ルの 差異 を異 なる 時代 に生 まれ たこ とに 由来 する とみ なし
︑概 ねジ ャン
・パ ウ ル に同 情的 であ る︒ この よう に︑ ゲー テは 素材 や感 性的 形態 の自 由な 連結 とい う点 を東 洋性 とみ なし てい るの であ る が
︑一 方で
︑ヘ ーゲ ルが
﹃西 東詩 集﹄ から 読み 取 った 東 洋 性と は
︑先 に みた よ う に︑
﹁ 主観 的 な 反省 の 内 部で 客 体 と 客 体の 形成 を重 視す るこ と﹂
︑ そし て︑ 対象 その もの を客 観性 のう ちに 率直 に表 現す る﹁ 晴朗 さ﹂ とい う点 にあ った
︒ そ のた め︑ ヘー ゲル はゲ ーテ がジ ャン
・パ ウル に認 めた
︑素 材や 感性 的形 態の 自由 な連 結と いう 点で もっ てジ ャン
・
― 443 ― 「近代」における「晴朗さ」の獲得
パ ウル を批 判す るこ とと なる
︒一 八二 三年 度の 講義 には 次の よう な記 述が ある
︒ 主
要 な こと は
︑つ ぎ のよ う な や り方 で 自 分の フ モ ール を 見 せ るこ と に ある
︒つ ま り︑ 様 々な 素 材 が 取 り 入 れ ら れ
︑︵ 詩 人は
︶そ れを ある がま まに して おか ず︑ 機知 がそ こ に 見出 す な んら か の 側 面に し た がっ て 素 材を 利 用 す る よう なや り方 であ る︒ その ため
︑フ モ ール 的 な もの は い わば 象 徴 的 なも の に 戻っ て い る︒
﹇省 略
﹈ジ ャ ン・ パ ウ ル的 な表 現で は︑ きわ め て異 質 な もの の 連 結が 人 を 驚 かす
︒﹇ 省 略﹈ こ の芸 術 家﹇ ジ ャン
・パ ウ ル
﹈は
︑素 材 を 支配 して 自分 の固 有性 を産 み出 す︒
︵1823,S.202
︶ こ
のよ うに
︑ヘ ーゲ ルは ジャ ン・ パウ ルに みら れる 表現 が﹁ 近代
﹂と いう 時代 に相 応し から ぬ︑ 古代 東方 世界 の象 徴 的 芸術 形式 に逆 戻り して いる と批 判し てい る︒ その ため
︑ジ ャン
・パ ウル に代 表さ れる
﹁主 観的 フモ ール
﹂に はロ マ ン 的芸 術形 式の 原理 であ った
︑自 己を 対象 化し てい る絶 対的 内面 性が 無い とみ なさ れて いる ので ある
︒そ して
︑こ の よ うな 在り 方は
﹁素 材を 支配
﹂す る主 体に よっ て なさ れ る とい う 点 で︑
﹁心 情 そ れ 自体 の う ちへ の 集 中と い う
︑心 情 の 病的 状態
﹂と 批判 され るの であ る︒ この よう な批 判の 背景 とし ては
︑ヘ ーゲ ルが ジャ ン・ パウ ルと
︑F
・シ ュレ ー ゲ ルに 代表 され る同 時代 のド イツ ロマ ン主 義を 重 ね合 わ せ てい た と いう 点 が 挙 げら れ る︒
﹁ 心情 の 病 的状 態
﹂と は ヘ ー ゲル がド イツ ロマ ン主 義を 批判 する 際に 用い た常 套句 の一 つで あり
︑ま た︑ フィ ーベ ーク によ れば
︑そ の中 心的 な 概 念と みな され た﹁ イロ ニー
﹂は
﹁主 観 的フ モ ー ル﹂ と重 な り あう
︒﹁ イ ロ ニ ー﹂ につ い て は次 章 で 触れ る が
︑ヘ ー ゲ ルは
︑﹁ 主 観的 フ モー ル
﹂が
﹁イ ロ ニ ーに す ぎ ず︑ 客観 的 に 生 じは じ め るも の の 解消 に な る﹂
︵1823,S.201ff.
︶ と 述 べて いる ので ある
︒こ のこ とか らも
︑同 時代 の芸 術に たい する ヘー ゲル の洞 察が
︑あ くま で﹁ 近代
﹂芸 術の 客観 性
「近代」における「晴朗さ」の獲得 ― 444 ―
と いう 点に 基づ いて いた こと が理 解さ れる
︒ 以上 のよ うな ヘー ゲル の立 場に は︑ 同時 代の 文芸 にた いす る彼 の問 題意 識の 高ま りを 読み 取る こと もで きよ う︒ と い うの も︑ ヘー ゲル は一 八二
〇年 に芸 術哲 学の 講義 を開 始し た段 階で は﹃ 西東 詩集
﹄を 扱っ てい なか った のか らで あ る
︒﹃ 西 東詩 集﹄ は一 八一 九年 に刊 行さ れた が︑ ベル リン 時代 に お ける 全 四 回の 芸 術 哲 学の 講 義 のな か で この 詩 集 が 扱 われ るの は︑ 第三 回の 一八 二六 年度 講義 から であ る︒ しか し︑ 先に 示し たよ うに
︑既 に一 八二 三年 度講 義の ジャ ン
・ パウ ル評 には ゲー テの 論考
﹁註 と覚 え書 き﹂ から の影 響が みら れる
︒そ のた め︑ この 詩集 にた いす る一 八二 六年 度 講 義ま での ヘー ゲル の沈 黙は
︑ジ ャン
・パ ウル から ゲー テを 切り 離す 論点 の構 想期 間で あっ たと も考 えら れる ので あ る
︒そ して 同時 に︑ 一八 二六 年度 の講 義に は﹁ フモ ール
﹂論 の性 格の 変化 を読 み取 るこ とも でき るで あろ う︒ とい う の も︑ 一八 二六 年度 まで の講 義で
﹁フ モ ール
﹂は 終 始︑
﹁ 主観 的 フ モー ル
﹂と い う 意味 で 用 いら れ
︑ヘ ー ゲル の 時 代 よ りも 過去 の時 代の 作家 であ るス ター ンや ヒッ ペル の作 品に も触 れな がら
︑広 範な
﹁近 代﹂ を問 題領 域と する だけ の も の で あ っ た
︒し か し︑
﹃西 東 詩 集
﹄評 を 通 じ て﹁ 近 代﹂ 芸 術 の 客 観 性 が 論 点 と さ れ る こ と で
︑ヘ ー ゲ ル の 関 心 は
﹁近 代﹂ 文芸 のな かで も同 時代 のジ ャン
・パ ウル とゲ ーテ の対 比へ と収 斂さ れて いく ので ある
︒そ の意 味で
︑﹃ 西東 詩 集
﹄で 論じ られ た﹁ 近代
﹂芸 術の 客観 性と いう 観点 は︑ 彼と 同時 代の 文芸 にた いす る一 つの 基準 とし ても 機能 して い た と考 えら れる
︒ 以上 から する と︑ ヘー ゲル は二 種 の﹁ フモ ー ル﹂ を︑
﹁ 近代
﹂世 界 の なか で も
︑特 に 同時 代 に 着目 し な がら 自 身 の 文 芸 理 解に 即 し て構 想 し た と考 え ら れる
︒で は
︑そ の よう な 構 想 には ど の よう な 意 味が あ っ た の で あ ろ う か︒ そ こ で
︑最 後に その 点を
︑ヘ ーゲ ルの 理解 して いた
﹁近 代﹂ 世界 に即 して 示す こと とし たい
︒そ のた めに
︑ま ずは ヘー ゲ ル が﹁ 近代
﹂を いか に理 解し てい たの かに つい て確 認す る︒
― 445 ― 「近代」における「晴朗さ」の獲得
第四 章
﹁近 代
﹂ 世界 に お ける
﹁ 晴 朗さ
﹂ の 獲得 ヘー
ゲル は﹁ 近代
﹂を 市民 社会 に即 した 世界 とみ なし 多く の観 点か ら論 じて いる が︑ 本稿 では
︑特 にそ の特 徴と し て 自由
︑そ れも 主観 の自 由と いう 点を 挙げ た い︒ とい う の も︑ ヘー ゲ ル はそ の 歴 史 哲学 的 な 立場 か ら︑
﹁ 近代 世 界 の 原 理は 要す るに 主体 性の 自由 であ る﹂! と 述べ
︑﹁ 近代
﹂の 原理 を﹁ 主観 が 自 身 のう ち に 自身 を 見 出す
﹂こ と で
︑つ ま り 自身 を客 観化
︑対 象化 する こと を通 じて
︑達 成さ れる 自由 とす るか らで ある
︒と する と︑ 二種 の﹁ フモ ール
﹂を 区 分 する 要因 でも あっ た﹁ 近代
﹂芸 術の 客観 性の 問題 は︑ 自 由な 主 観 にお け る 客観 性 の 問 題と 捉 え るこ と が で きよ う
︒ で は︑ その よう な主 観と
︑二 種の
﹁フ モー ル﹂ はど のよ うに 関わ るの だろ うか
︒ まず
︑﹁ 主 観的 フモ ール
﹂に おい てで ある が︑ 注目 した いの は︑ 先に フィ ーベ ーク が指 摘し てい たよ うに
︑﹁ 主観 的 フ モー ル﹂ とド イツ ロマ ン主 義に よる
﹁イ ロ ニー
﹂と が 重 ね合 わ さ ると い う 点 であ る
︒﹃ 法 の哲 学
﹄や 芸 術哲 学 で ヘ ー ゲル が﹁ イロ ニー
﹂に 示し た見 解を まと める とす れば
︑そ れは 自我 が︑ すな わち 主観 が主 であ ると いう 立場 に基 づ い て︑ 主観 が常 に客 体の 外に 立ち
︑あ る客 体を 主観 が産 み出 した 別の 客体 によ って 無限 に否 定し 続け る運 動だ とい う こ とに なろ う︵VÄ,I,S.93,313
︶︒ ヘ ーゲ ルは
﹁イ ロニ ー﹂ を︑ 恣意 的な 主観 が客 観を 無限 に﹁ 生じ させ たり
︑消 滅 さ せた り﹂"
す るこ とで 全て の対 象を 無に 帰せ しめ る運 動だ と理 解し て い た︒
﹁ イロ ニ ー﹂ は︑ 主 観が 自 身 を対 象 化 す る とい う﹁ 近代
﹂世 界の 原理 をも たな い ので あ る︒ こ の点 か ら︑
﹁ 主観 的 フ モ ール
﹂は
︑主 観 が 自身 を 対 象化 す る 契 機 をも たな いた めに 不自 由で あり
︑﹁ 近 代﹂ の原 理に 到 達 して い な いと 考 え ら れる の で ある
︒こ の 点 は︑ 先に ヘ ー ゲ ル がジ ャン
・パ ウル 評で 述べ てい た よう に
︑﹁ 主 観的 フ モ ール
﹂が
﹁近 代
﹂に 即 し てお ら ず︑ む しろ 古 代 東方 の 世 界
「近代」における「晴朗さ」の獲得 ― 446 ―
観 へと 逆戻 りし てい ると され てい た点 に も確 認 で きる
︒こ の よ うに し て
︑﹁ 主 観的 フ モ ール
﹂に お い て︑ 主観 は 恣 意 的 にあ らゆ る対 象と 関わ るよ うに みえ なが らも
︑自 らに たい して 無自 覚で ある と共 に︑ 自身 の地 平で ある
﹁近 代﹂ 世 界 と関 わる こと がな いの であ る︒ 一種 の皮 肉な 嘲笑 とみ なう る﹁ 主観 的フ モー ル﹂ は無 自覚 に全 てを 嘲笑 い否 定す る だ けで ある
︒ それ に対 して
﹁客 観的 フモ ール
﹂は
︑先 に示 した よう に︑ 客観 性が
﹁主 観的 な反 省の 内部
﹂で 形成 され るも ので あ っ た︒ つま りこ の場 合︑ 客観 性は 主観 の反 省︑ すな わち
︑主 観に よる 主観 自ら への 照り 返し を通 じて 形成 され てい る こ とに なる
︒こ の点 にお いて
︑﹁ 客 観的 フモ ー ル﹂ は 自身 の う ちに 自 身 を 見出 す
﹁近 代﹂ の 原理 に 適 って い る
︒し か し
︑そ こで 問題 なの は︑
﹁ 客観 的フ モー ル﹂ の表 現の 方法 であ る︒
﹃西 東詩 集﹄ 評で 確認 した よう に︑ そこ には
︑一 方 で ゲー トマ ン= ジー フェ ルト らが 着目 して いた
﹁社 会関 係や 大衆 への 論争
﹂と いう 社会 批判 や現 状批 判的 態度 が︑ 他 方 で﹁ 対象 その もの につ いて の喜 び﹂ とい う一 種の 現状 肯定 的な 態度 が述 べら れて いる ので ある
︒こ のよ うに 相反 す る 態度 は何 を意 味す るの だろ う か︒ 参考 と な るの は
︑﹃ 美 学講 義
﹄に お い て﹁ フモ ー ル﹂ が﹁ か つて 古 代 にお い て ア リ スト ファ ネス がそ の領 域で 最も 完全 に成 就し たも のを 再び 作り 出し てい る﹂
︵VÄ,III,S.572
︶ と述 べ ら れて い る 点 で ある
︒ヘ ーゲ ルに よれ ば︑ アリ スト ファ ネス の喜 劇は 問題 や矛 盾と して 映る 現実 を笑 いの なか に解 消す るも ので あ る が︑ そ の 目 的 は
︑解 消 の な か で そ の 現 実 の 有 す る 真 に 正 当 な も の を 提 示 す る こ と に あ る と さ れ る
︵VÄ,III,
S.530
︶︒ ここ で重 要で ある のは
︑ヘ ーゲ ルが この よう な一 種の 反省 的運 動の 目的 を︑ 真に 正当 な もの を 提 示す る こ と に みて いる 点で ある
︒何 故な ら︑ 同様 の 構図 は
﹃西 東 詩集
﹄に 窺 う こと が で き るか ら で ある
︒﹃ 西 東 詩集
﹄に お い て
﹁喜 び﹂ や﹁ 無邪 気さ
﹂は
︑そ れが
﹁社 会関 係や 大衆 へ の 論争 に お いて も
﹂見 出 せ るよ う に 拡大 し て いき
︑そ こ に は
﹁詩 人自 身と 諸対 象と の実 体的 な関 係﹂ が みら れ る とさ れ る︒ 言 い 換え れ ば︑
﹁ 社会 関 係 や大 衆 へ の 論争
﹂は
﹁喜 び
﹂
― 447 ― 「近代」における「晴朗さ」の獲得
や
﹁無 邪気 さ﹂ に解 消さ れる こと によ って
︑客 観性 を獲 得し た主 観︑ つま り﹁ 近代
﹂の 原理 が提 示さ れる と考 えら れ る ので ある
︒そ のた め︑
﹁ 客観 的フ モー ル
﹂は
﹁近 代﹂ の 自由 に 即 して
︑そ れ を 正 当に 提 示 して い る とい え よ う︒ こ の とき
︑﹁ 客 観的 フモ ール
﹂は
︑自 身を 保持 しな がら 世界 と肯 定的 に向 き合 う﹁ 晴朗 さ﹂ を示 すの であ る︒ この よう に︑ 二種 の﹁ フモ ール
﹂と
﹁近 代﹂ と の結 び つ きに つ い てみ る と
︑同 時 代の 文 芸 や時 代 意 識 など
﹁近 代
﹂ に たい する 広範 な思 索が
﹁フ モ ール
﹂論 を 支 え︑ また 逆 に︑
﹁ フモ ー ル
﹂論 の 構造 が ヘ ーゲ ル の﹁ 近 代﹂ にた い す る 洞 察を 助け てい たと いう こと が 分か る
︒﹁ フ モー ル
﹂概 念 と﹁ 近代
﹂世 界 と の︑ こ のよ う な 連関 か ら すれ ば
︑一 八 二 六 年度 の講 義で 展開 され た﹃ 西東 詩集
﹄評 は単 に﹁ フモ ール
﹂概 念の 拡張 を促 した だけ でな い︒ それ を通 じて
﹁フ モ ー ル﹂ はヘ ーゲ ルに とっ て︑ 同時 代の 文芸 を見 直す 新た な基 準と して 意義 付け られ たと 考え られ る︒ また
︑前 節で 示 し たよ うに
︑﹁ フ モー ル﹂ 概念 にた いす るヘ ーゲ ルの 関 心 は一 八 二 六年 度 講 義 を境 に 広 範な
﹁近 代
﹂か ら 同時 代 の も の へと 収斂 して いく と考 えら れ るの だ が︑ こ の点 を 考 慮す る と
︑二 種 の﹁ フモ ー ル﹂ と﹁ 近 代﹂ 世界 と の 連 関に は
︑ ヘ ーゲ ルに とっ て﹁ 近代
﹂の 自由 が︑ 彼が 生き た時 代に おい て正 当に 達成 され るこ とを 証明 する 一つ の試 みで もあ っ た ので ある
︒
お わ り に 以上
みて きた よう に︑ へー ゲル の芸 術 哲学 に お ける
﹁フ モ ー ル﹂ 概念 を 彼 の 文芸 理 解 に即 し て み ると
︑﹁ 近 代﹂ 芸 術 の 客 観性 の 問 題や
﹁近 代
﹂世 界 へ の洞 察 を︑
﹃ 西東 詩 集﹄ な どの 同 時 代 の作 品 に たい す る 関 心 と 連 関 さ せ な が ら
︑ そ して
︑そ れら に柔 軟に 対応 しつ つ︑ 二種 の﹁ フ モー ル
﹂が 構 想さ れ て いっ た こ と が分 か る︒ そ の決 定 的 な 契機 は
︑
「近代」における「晴朗さ」の獲得 ― 448 ―
ペ ゲラ ーや フィ ーベ ーク が指 摘し てい たよ うに
︑一 八二 六年 度の 講義 で扱 われ た﹃ 西東 詩集
﹄評 では ある が︑ ヘー ゲ ル の芸 術解 釈︑ 分析 は︑ 時代 の意 識︑ 時代 の芸 術観 との 緊張 関係 のな かで 醸成 され 続け てい たの であ り︑ また
︑そ の な かで
﹁近 代﹂ に相 応し い﹁ 晴朗 さ﹂ も構 想さ れた ので ある
︒
! 注 本 稿 で 用 い る
﹁ 芸 術 哲 学
﹂ と い う 呼 称 は
﹃ 美 学 講 義
﹄ お よ び 各 年 度
﹃ 受 講 録
﹄ の 内 容 を 指 す こ と と す る
︒﹃ 美 学 講 義
﹄ は
︑ ヘ ー ゲ ル が ベ ル リ ン 時 代 に 行 っ た 芸 術 哲 学 講 義 の 講 義 受 講 録 と ヘ ー ゲ ル 自 身 の 手 稿
︵ 今 日
︑ 散 逸 し て い る が 一 八 一 八 年
︑ 一 八 二
〇
/ 二 一 年 の も の と さ れ る
︶ を 彼 の 弟 子 で あ る ホ ト ー が 編 纂 し
︑ 一 つ の 著 作 と し て ま と め た も の で あ る
︒ ま た 各 年 度 の
﹃ 受 講 録
﹄ は
︑ 近 年
︑ A
・ ゲ ー ト マ ン= ジ ー フ ェ ル ト ら に よ っ て 刊 行 さ れ て い る
︵ 一 八 二 八
/ 二 九 の 講 義 に 関 し て は 現 在 編 纂 中
︶︒ 本 文 中 で こ れ ら の テ ク ス ト を 引 用 す る 際 に は 以 下 の 略 号 で 示 し
︑ 続 い て 頁 数 を ア ラ ビ ア 数 字 で 表 記 す る
︒﹃ 美 学 講 義
﹄ に 関 し て は ロ ー マ 数 字 で 巻 も 付 記 し て あ る
︒ な お
︑ 引 用 文 中 の 強 調 や
︵
︶ は す べ て 原 著 に 従 っ て い る
︒﹇
﹈ は 筆 者 に よ る も の で あ る
︒
︵VÄ
︶etiain,MamturankfFrk,th:ÄsdierübensungeleVor1970.
︵1820/21
︶elmutextband,hrsg.v.HSIchneider,FrankfurtTift::VorlesungüberÄsthetikBchrerlin1820/21,EineNachsam
Main,1995.
︵1823
︶GusiebenvonHeinrichtavscHotho,hrsg.v.Annehrhge:loVorlesungenüberPhisophiNacederKunst:Berlin1823,-
marieGethmann-Siefert,Hamburg,1998.
︵1826
︶ic1826,MitschriftFriedrhSommeCarlHermannVictorvorim:odePhilosophiederKunstrelÄsthetik:NachHegn
Kehler,hrsg.v.AnnemarieGethmann-SiefertundBernadetteCollenberg-PlotnikovunterMitarbeitvonFrancescaIannelli
undKarstenBerr,München,2004.
な お
︑︵VÄ
︶ の 訳 に つ い て は 竹 内 訳
︵ 竹 内 敏 雄 訳
﹃ ヘ ー ゲ ル 全 集 美 學
﹄︑ 岩 波 書 店
︑ 一 九 八 一 年
︶ を 参 考 と し た が
︑ 適 宜
︑ 訳 し 直 し た 箇 所 も あ る
︒
"
EnzyklopaediederphilosophischenWissenschaftenimGrundrisse
︵1830
︶undasucLniaisthr-CnsHan,peieBonsnggaolfWv.sg.hr,
― 449 ― 「近代」における「晴朗さ」の獲得
Düsseldorf,1992,§562.
!Re1970,ain,MamturankfFrts,chsGrdeesophiloPhirdenieinundlS.24.
"
GrundlinienderPhilosophiedesRechts,a.a.O.,S.361,§209.
# 一 般 に
︑ ジ ャ ン
・ パ ウ ル は 当 時 の ド イ ツ に お け る フ モ リ ス ト の 一 人 と さ れ
︑ ま た 彼 自 身 も そ の 芸 術 創 作 上 の 立 場 を フ モ ー ル に 基 づ く も の と し て い た
︒ 彼 の フ モ ー ル 論 に 関 し て は
︑ そ の 著 作 で あ る
﹃ 美 学 入 門
﹄︵ 一 八
〇 四
︶ に 詳 し い
︒ 詳 細 は 次 の 文 献 を 参 照 の こ と
︒﹃ 美 学 入 門
﹄︑ 古 見 日 嘉 訳
︑白 水 社
︑一 九 六 五 年
JeanPaulsSämtlicheWerke,Historische-kritischeAusgabe,er-
steAbteilung,elfterBand,hrsg.v.derPreußischenAkademiederWissenschafteninVerbindungmitderAkademiezurwissenschaftli-chenErforschungundzurPflegedesDeutschtums
︵DeutscheAkademie
︶Weimar,HermannBöhlausNachfolger,1935.
$e,−S.12321974,Stuttgart,Ritter,Joachimv.hrsg.-H,G:Bd.3sophiHiloPhirdehrbucteWörsheiscstor1234.
竹 内 敏 雄 編
﹃ 美 学 辞 典
﹄ 増 補 版
︑ 弘 文 堂
︑ 一 九 七 四 年
︑ 二
〇 八
│ 二
〇 九 頁
% ス タ ー ン
︵LaurenceSterne,1713−1768
︶ は イ ギ リ ス の 小 説 家 で あ り
︑ フ モ リ ス ト と し て 知 ら れ た
︒ 作 品 に
︑ 長 編 小 説
﹃ ト リ ス ト ラ ム
・ シ ャ ン デ ィ の 生 活 と 意 見
﹄︵TheLifeandOpinionsofTristramShandy,1759
︶ 等 が あ る
︒
&
ヒ ッ ペ ル
︵TheodorGottliebvonHippel,1741−1796
︶ は ド イ ツ ロ マ ン 主 義 の 先 駆 者 に 数 え ら れ る
︒ ヘ ー ゲ ル は そ の 作 例 と し て
﹃ 昇 り 坂 の 経 歴
﹄︵−1778,ieinLrndeigeaufstehnacesläufenebLeDi1781
︶ を 芸 術 哲 学 で 挙 げ て い る
︒ ' K
・ フ ィ ー ベ ー ク は
︑﹁ 客 観 的 フ モ ー ル
﹂ に た い し て 次 の よ う な 指 摘 を し て い る
︒﹁ 諸 々 の 現 実 性 の 表 現 は
︑ そ の 散 文 的 な 客 観 性 や 外 的 な 形 態 化 の 偶 然 性 と し て
︑ そ し て
︑ 主 観 的 フ モ ー ル に お け る そ の 内 的 偶 然 性 に 従 っ た 主 観 性 の 自 由 な 生 成 と し て
︑ 所 謂
﹁ 客 観 的 フ モ ー ル
﹂ に 止 揚 さ れ る と こ ろ の 二 極 の 形 式 を 構 成 す る
﹂︒hlichfrödunntsinLeichHeiterer,iewegVsKlauer
Scharfsinn-ZuHegelsVerständnisvonKomikundHumoralsFormenästhetisch-poetisherSkepsis,in;DiegeschichtlicheBedeutung
derKunstunddieBestimmungderKünste,a.a.O.,S.300.
(HSa.a.O.,Genusses,tischenästhedesehabilitierungRegelsbens.AnnemarieLedesProsaundKunsthöneScethmann-Siefert,G.146.ff.
)FrancescaIanneli,a.a.O.,S.90.ff.
* ハ ー フ ィ ス
︵Hafis
︵Shamsad-DinMnhammad
︶,1326−1390
︶ は 中 世 ペ ル シ ア の 詩 人
︒ そ の 詩 集 は ガ ゼ ル と 呼 ば れ る 短 い 頌 詩 を 集 め た も の と さ れ る
︒ +Ebd,S.103.
「近代」における「晴朗さ」の獲得 ― 450 ―
"
リ ュ ッ ケ ル ト
︵FriedrichRückert,1788−1866
︶ は ベ ル リ ン 大 学 の 東 洋 語 教 授 を 務 め た 言 語 学 者
︒ 当 時
︑ ヘ ブ ラ イ や ペ ル シ ア な ど の 詩 に た い す る 擬 作 や 翻 訳 で も っ て 知 ら れ た
︒
# ヘ ー ゲ ル の 体 系 的 哲 学 の 綱 領 と さ れ る
﹃ エ ン チ ュ ク ロ ペ デ ィ ー
﹄ に 関 し て い え ば
︑ ハ イ デ ル ベ ル ク 時 代 の 第 一 版
︵ 一 八 一 七
︶ で は 触 れ ら れ て い な か っ た リ ュ ッ ケ ル ト に よ る 中 世 イ ス ラ ム 詩 の 翻 訳 が
︑ ベ ル リ ン 時 代 の 第 二 版
︵ 一 八 二 七
︶︑ 第 三 版
︵ 一 八 三
〇
︶ で は 注 記 に 引 用 さ れ る よ う に な る
︒ 第 二 版 以 降 の
﹃ エ ン チ ュ ク ロ ペ デ ィ ー
﹄ で は
︑ 第 三 部
﹁ 精 神 哲 学
﹂ の 最 終 章 で あ る
﹁ 哲 学
﹂ 章 に お い て
︑ リ ュ ッ ケ ル ト の 翻 案 が
﹁ 汎 神 論 的 と 一 般 に 呼 び 慣 ら わ さ れ て い る 宗 教 的 詩 的 表 象 に つ い て の 実 例
﹂︵§573
︶ と し て 引 用 さ れ て お り
︑ 特 に 第 三 版 に は 次 の よ う な 賞 賛 が 添 え ら れ て い る
︒﹁ 私 は こ の こ と
﹇ 汎 神 論
﹈ を よ り 詳 し く 表 象 し て も ら う た め に
︑ こ こ に 二
︑ 三 の 章 句 を 引 用 す る こ と を 止 め る わ け に は い か な い
︒ こ れ ら の 章 句 は
︑ リ ュ ッ ケ ル ト 氏 の 翻 訳 か ら 引 用 さ れ た も の で あ る が
︑ 同 時 に そ の 素 晴 ら し い 翻 訳 技 術 に つ い て も
︑ 一 つ の 表 象 を 与 え て く れ る か も し れ な い
︒﹂
︵§573,Anm.
︶
$ ロ ー ゼ ン ク ラ ン ツ は ヘ ー ゲ ル の 歴 史 哲 学 を 述 べ る 際 に 次 の よ う な 記 述 を 残 し て い る
︒﹁ ヘ ー ゲ ル は
︑ 宗 教 哲 学 や 美 学 の 講 義 よ り も
︑ こ の 講 義 に よ っ て オ! リ! エ! ン! ト! 研! 究! に 対 す る 関 心 を 養 い
︑ そ の 点 で ゲ ー テ
︑ リ ュ ッ ケ ル ト
︑ プ ラ ー テ ン
︑ ハ ン マ ー の 詩 作 上 の 努 力 を 支 持 し た
︒﹂ そ の よ う な 影 響 の 下 で
︑﹁ 真 の 感 激 と 習 慣 的 な 粘 り と を も っ て 彼 は 東 洋 文 化
︑ と く に イ ン ド の 哲 学 と ペ ル シ ア の 神 秘 主 義 の 研 究 に 没 頭 し た
﹂ の で あ る
︒︵ K
・ ロ ー ゼ ン ク ラ ン ツ
﹃ ヘ ー ゲ ル 伝
﹄︑ 中 埜 肇 訳
︑ み す ず 書 房
︑ 一 九 八 三 年
︑ 三 二 四 頁
︒drn,rliBen,beLelsgeHehicrieKarlFelmilhWgorGez,ankrosenR1844.
︶
%te1970,ain,MamturankfFr,chVorhiscGedierübensungeleS.414.
&
GrundlinienderPhilosophiedesRechts,a.a.O.,S.361,§209.
';−S.1121971,Bonn,d.6,B,enudil-StgeHeinOtrgelbeidHeundlgeHer,lePöggeto120.
(KlausVieweg,a.a.O.,S.307.
)Ebd,S.212.
前 掲 書
︑ 三 三 七
│ 三 三 八 頁
*BurundAnmerkungenvonKonraddaeitch,Stuttgart,ungnlWest-öesstlicherDivan,GoethsäEimtlicheWerke,Bd.5,mitS.192.
﹃ 西 東 詩 集
﹄︑ 小 牧 健 夫 訳
︑ 岩 波 文 庫
︑ 一 九 六 二 年
︑ 三 一 五 頁 +Ebd,S.219.
前 掲 書
︑ 三 四 六 頁 ,Ebd,S.219.
前 掲 書
︑ 三 四 六 頁
― 451 ― 「近代」における「晴朗さ」の獲得
!e.O.,a.ats,chResdesophiGrloPhirdenieinundl§273,
︵Zusatz
︶,S.439.
"
GrundlinienderPhilosophiedesRechts,a.a.O.,§140.
こ の よ う な 立 場 は 次 の よ う に 言 い 換 え ら れ て も い る
︒﹁ 自 我 は 何 か 客 観 的 な も の に た い し て 振 舞 い な が ら
︑ 同 時 に そ の 客 観 的 な も の は 自 我 に と っ て は 没 落 し て お り
︑ 自 我 は 諸 々 の 形 態 を 呼 び 出 し た り 破 壊 し た り し な が ら
︑ 一 つ の と て つ も な く 巨 大 な 空 間 の 上 に 浮 か ん で い る
︒﹂
︵Ebd,§140.
︶
「近代」における「晴朗さ」の獲得 ― 452 ―