博士(農学)神尾(三浦)明日香
学 位 論 文 題 名
シ ロ イ ヌ ナ ズ ナ 内 在 性 ト ラ ン ス ポ ゾ ン CACTA の 転 移 抑 制 機 構 と ゲ ノ ム 上 の 分 布 決 定 機 構 に 関 す る 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
トランスポゾン(転移因子)は、ゲノム上を移動する能カを持つ塩基配列である。トウモロコシで 最初に発見されたが、現在では、ほとんどの生物のゲノムに存在することがわかっている。トラン スポゾンはその転移様式から、DNA型とRNA型(レトロエレメント)に大別される。レトロエレメ ント は、元のDNA配 列を鋳型 にして いったんRNAヘ転写されたあと、そのRNA配列を逆転写し て生 じたDNAが染色 体の別の 場所へ 挿入され る。これに対し、DNA型トランスポゾンはDNA配 列そのものが切り出され、新しく別の領域へ組み込まれる。
トランスポゾンは、自身の転移に必要な酵素(転移酵素)をコードし、それが発現することによっ て転移する。このように単独で転移できるトランスポゾンは自律性トランスポゾンと呼ばれる。一 方、転移酵素を産生できない不完全なトランスポゾン(非自律性トランスポゾン)も存在するが、こ れらは構造の似た自律性トランスポゾンと共存すると、転移しコピー数を増やすことがある。この ようにしてトランスポゾンやその派生物が増殖し、高等生物の中にはゲノムの数十パーセントをト ランスポゾンが占める例も知られている。
トランスポゾンの転移は、遺伝子を直接破壊する、もしくは発現を乱すことで、宿主の表現型を 変化させる。またゲノム上に多数のコピーをもつ反復性配列であることから、ゲノムの異なる場所 に存在するトランスポゾンの聞で組換えが生じ、染色体構造の異常を引き起こしやすい。このよう に、トランスポゾンは潜在的にゲノムの安定性を脅かしかねないが、実際には、ほとんどのトラン スポゾンは染色体上で凝集し、ヘテロクロマチンと呼ぱれる高次構造をとることによって、転写や 転移を抑制されている。本研究では、シロイヌナズナの新たなDNA型トランスポゾンを見いだし、
そ れ を 用 い て 、 ト ラ ン ス ポ ゾ ン 転 移 の 制 御 機 構 と 進 化 に つ い て 研 究 し た 。
植物では、ヘテロクロマチンを構成するDNAのシトシン残基は高頻度でメチル化されている。
また、その領域のヒストンH3の9番目のりジン(K9)もメチル化されている。シロイヌナズナの DDMl (Decrease加DNA Meth yaめ冂)遺伝子は、染色体構造の保持に関与するクロマチン再構成因 子SW12/sNF2タンパク質をコードするが、この遺伝子の変異はトランスポゾンや動原体の反復配 列において、DNAのメチル化やヒストンH3K9のメチル化を低下させることがわかっている。これ によって、これらの配列のへテロクロマチン構造が緩み、凝集されにくくなる。ddm7変異体では、
それまで抑制されていたトランスポゾンの一部が活性化し、その転写産物が見いだされる例が報告 されている。しかしながら、これらのトランスポゾンが転移することはまれであり、ヘテロクロマ
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チンの変化、すなわちDNAとヒストンのメチル化がトランスポゾンの転移に対しどのように関わ る の か 、 ま た 、 ど の よ う に ト ラ ン ス ポ ゾ ン の 分 布 に 影 響 す るの かは 、不 明で あっ た。
興味深いことに、ddm7突然 変異体では様々な発生異常が同時に観察されている。本研究では、
まずddm7突然変異によって誘発された発生異常のーっであるcbm表現型個体の遺伝解析を行い、
この発生異常が内在性トラ ンスポゾンC弭C7の挿入突然変異であることを見いだした。〔MC7は CACTAファミリーに属するDNA型のトランスポゾンであり、野生型では転写や転移が抑制されて い る が 、 拗 刀7突 然 変 異 体 で は 高 頻 度 で 転 移 し 、 そ の コ ピ ー 数 が 増 加 し て い た 。
次に、ddmア突然変異の効果がトランスポゾンの転写促進のみならず、それ以外の経路でも転移 に関わっている可能性を検討した。ddm7突然変異下で活性化したCAC1を、同じトランスポゾン フんミリーに属する野生型由来のCA(、′2と共存させ、CAC2の転移を調べた。CAC2は、内部欠 失を持っため転移酵素を産生せず、単独では転移できない非自律型トランスポゾンであるが、CAC1 と共存させると転移できるようになる。ddm7由来のCAC1は高い転移活性を数世代にわたって 維持したが、共存させた野生型由来CAC2の転移は全くみられなかった。このことから、DDM1 タンパク質は、単にトランスポゾンの転写を抑制しているのではなく、他の経路も用いて転移を抑 制していることが推察された。転移しなかったCA(ヽ′2では、3 末端領域のDNAメチル化は低下し ていたが、ヒストンH3K9は野生型系統と同等のメチル化が保持され、ddm7変異体とは明らかな 違いがみられた。DNAメチル化とH3K9のメチル化はゲノム上のほば同じ領域で観察されるが、こ のCAC`′23 末端部では通常と異なる修飾傾向を示していた。野生型個体のCACTAサブファミリー トランスポゾンには、DNAのメチル化だけでなく、ヒストンメチル化などの複数の因子による転移 抑制機構が働いていることが判明した。
最後に、自然集団でのCACTAの挙動を知るために、シロイヌナズナの19種類のエコタイプ(野 外集団に由来する標準系統)のゲノム上でのCACTAトランスポゾンサブファミリーの分布を調べ た。可動型CAC1に類似する塩基配列は多くのエコタイプに存在し、その分布は系統問で非常に多 様であった。このことは、これらCAC1様配列が自然集団中でも高い転移活性を持っていたことを 示唆する。それにもかかわらず、調べた全てのエコタイプでコピー数は少なく、しかも動原体など のトランスポゾンが多い領域に偏在していた。これとは対照的に、ddm7突然変異体で誘導された 転移パターンでは、コピー数はほとんどの個体で増加しており、その挿入領域はゲノム全体に散ら ばっていた。以上の結果の解釈として、自然界では、遺伝子領域へ挿入されたトランスポゾンが宿 主の適応度低下により集団から排除された可能性が考えられる。ただし、ヘテロクロマチンに組み 込 ま れ た ト ラ ン ス ポ ゾ ン が 切 り 出 さ れ に く く な っ た 可 能 性 も 否 定 で き な ぃ 。
本研究により、DNAメチル化やヒストンH3K9のメチル化などヘテロクロマチン構成に関与する 因子が、トランスポゾンの発現のみならず転移酵素の働く部位のクロマチンの構造に影響すること で、転移を抑制していることが示唆された。H3K9のメチル化は、ゲノム上でDNAのメチル化と似 た分布を示すことから、ヘテロクロマチン領域での転写抑制およびその構造維持に関わると推察さ れてきたが、トランスポゾンの転移の抑制にも重要な役割を果たすことが示唆された。さらに、野
カが高いにもかかわらずコピー数が少ないことから、トランスポゾンの特徴的な分布を生む原因に 自然選択とクロマチン構造形成機構の関与が示唆された。
エピジェネティックなクロマチン調節機構はまだ不明な点が多い。トランスポゾンの抑制機構を 解 明 す る こ と で 、 ゲ ノ ム の 統 合 と 進 化 の 仕 組 み につ いて の理 解が 進む と期 待さ れる 。
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学位論文審査の要旨
主査 教授 幸田泰則 副査 教授 増田 清
副査 教授 角谷徹仁(国立遺伝学研究所)
副査 准教授 貴島祐治 副査 講師 藤野介延
学 位 論 文 題 名
シ ロイ ヌナ ズナ内 在性トランスポゾン CACTA の 転移抑制機構とゲノム上の分布決定機構に関する研究
本 論 文 は 、 和 文71頁 、 図21、 表2、 引 用 文 献88を 含 む5章 か ら な り 、 他 に 参 考 論 文5 編が添えられ ている。
トランスポ ゾン(転移因子)とは、ゲノ ム上のある場所から他の場所へ転移する能カを持つ塩基 配列であり、 現在ではほとんどの生物のゲ ノムに存在することが判明 している。トランスポゾン は、自身の転 移に必要な酵素(転移酵素) をコードし、それが発現することによって転移する。こ のように単独 で転移できるトランスポゾン は自律性トランスポゾンと 呼ぱれる。一方、転移に必 要な酵素を産 生できない不完全なトランス ポゾン(非自律性トランスポゾン)も存在するが、これ らは構造の似 た自律性トランスポゾンと共 存すると、転移しコピー数 を増やすことがある。この ようにしてト ランスポゾンやその派生物が 増殖し、高等生物の中には ゲノムの数十パーセントを トランスポゾ ンが占める例も知られている 。トランスポゾンの転移は 、遺伝子破壊、発現異常あ るいは染色体 構造の異常を引き起こし、ゲ ノムの安定性を脅かしかね ないが、実際には、ほとん どのトランス ポゾンは転写や転移を抑制さ れている。抑制されたトラ ンスポゾンは染色体上で凝 集 し、 ヘテ ロク ロ マチ ンと 呼ば れる 高 次構 造を とる 。こ の 抑制 にはDNAのメチル 化が関わって いることが示 唆されているがそのメカニズ ムは明らかではなかった。 本研究は、シロイヌナズナ か ら新 規のDNA型ト ラン スポ ゾ ンを 見い だし 、 それ を用 いて その 転移制御機構の 究明を試みた ものである。
(1) 低 メ チ ル 化 突 然 変 具 体 (ddm7)で 転 移 可 能 と な っ た ト ラ ン ス ポ ゾ ン (CACTA)の 発見
植 物で は、 ヘテロクロ マチンを構成するDNAのシト シン残基は高頻度でメチル化 されている。
DDMl (Decrease in DNA Methylation)遺伝子は、染色体構造の保持に関与するクロマチン再構 成因子SW12/SNF2と呼ぱれるタンパクをコードするが、この遺伝子の変異はトランスポゾンや 動原体の反復配列において、DNAやヒストンのメチル化の程度を低下させ、ヘテロクロマチン 構造を緩ませる。その結果ddm7変異体では、様々な発生異常が同時に観察されている。本研 究では、まずddm7突然変異によって誘発された 発生異常のーっであるclam表現型個体の遺 伝解析を行い、この発生異常が内在性トランスポゾンCAC1の挿入突然変異であることを見い だし た。CAC1はCACTAファミリーに属するDNA型のトランスポゾンであり 、野生型では転 写や転移が抑制されているが、ddm7突然変異体では高頻度で転移し、そのコピー数が増加して いた。
(2)CACTAの転移抑制機構の解析
次に、ddm7突然変異の効果がトランスポゾンの転移自体にどのように関わっているかを検討 した。ddm7由来のCAC1を、同じトランスポゾンファミリーに属する野生型由来のCACヽ′2(非 自立 性) と共 存さ せ、CAC2の転移を調べた。ddm7変異体のCAC・2は、CAC7と共存させる と転移できるようになる。CAC7は高い転移活性を数世代にわたって維持したが、共存させた 野生型由来CAC2の転移は全くみられなかった。 このことから、DDM1タンパクは、トランス ポゾンの転写そのものを抑制しているだけでなく、何らかの別の機構で転移を抑制していること が推察された。CAC2では、DNAメチル化は低下していたが、ヒストン(H3K9)のメチル化 が保持されていた。これらの結果から、野生型個体のCACTAサブフんミリートランスポゾン の転移抑制には、DNAのメチル化のみでなく、ヒストンメチル化も関わっていることが判明し た。
(3)シ ロ イ ヌ ナ ズ ナ 自 然 集 団 に お け るCACTAフ んミ リー トラ ンス ポゾ ンの ゲノ ム上 の 分布
自然集団でのCAC7弭の挙動を知るために、シロイヌナズナの19エコタイプ(自然集団に由来 する標準系統)のゲノム上でのCACTAトランスポゾンサブファミリーの分布を調べたところ、
その分布は系統間で非常に多様であった。したがってCAC7様配列は自然集団中でも高い転移 活性を持っているものと思われる。しかし、これらのトランスポゾンのコピー数は少なく、また トランスポゾンが多い領域に偏在していた。一方ddrn7突然変異体で見られる転移パターンで は、コピー数はほとんどの個体で増加しており、その挿入領域もゲノム全体に散らばっていた。
自然界では、トランスポゾンが遺伝子領域へ挿入された個体は淘汰により集団から排除された可 能性が高い。またヘテロクロマチン自体にトランスポゾンの転移を抑制する未知の機構が潜在す るものと思われる。
以上、本研究は植物ト ランスポゾンの転移抑制機構の解明を試み、ゲノム安定性にはヒ ス ト ン の メ チ ル 化 な ど 様 々 な 要 因 が 絡 み 合っ てい るこ とを 示し 、新 知見 を与 えた 。 よって、審査員一同は 、神尾(三浦)明日香が博士(農学)の学位を受けるのに十分な 資格を有するものと認めた。
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