博 士 ( 医 学 ) 上 野 健 一
学 位 論 文 題 名
注意欠陥/多動性障害モデルの確立と認知機能障害における ニコチン性アセチルコリン受容体メカニズム
学位論 文内容の要旨
近年 ,幼 児期 から 学齢期にかけて「落ち着きのない子どもたち」あるい は「集中できない 子 ど も た ち 」等 と称 され る注 意欠 陥/ 多動 性障 害(at tentionーdeficit/hyperactivity disorder;AD/HD)と 考えられる児童の増加が指摘されている,不注意,多 動性および衝動性 を 中核 症状 とす るAD/HDは 学級 崩壊 の要 因に もあげられており,社会問題 のーっとして注目 さ れて いる .AD/HDは軽度発達障害として認識 される精神疾患である.しかしながら,AD/HD の発症原因は明らかで はなく,治療法は確立されていない.現在,AD/HDの治療として´はア ンフェタミン,メチル フェニデートおよびぺモリンなどの中枢神経刺激薬が用いられている.
わ が国 では 「覚 せい 剤取 締法 」に よる 規制 か ら,メチルフェニデートがAD/HD治療の第一選 択 薬と して 繁用 され てい るが ,AD/HD治 療薬 としての保険適応が未承認で ある.また〜メチ ル フ工 二デ ート には 不眠や食欲不振などの副作用があり,習慣性や依存性 の問顕からも,こ れ ら中 枢神 経刺 激薬 に代 わるAD/HD治療 薬の 開発に期待が寄せられている ,その意味におい て も,AD/HDの 治 療法 の確 立な らび に治 療薬 の開発に向けて,妥当性の高 い動物モデルが求 め られ てい る. そこ で, 不注 意, 多動 性お よ び衝動性といったAD/HDの症 状に類似した行動 に着目し,脳卒中易発症高血圧自然発症ラット(S troke―prone spont aneously hypertensive rats:SHRSP)のAD/HDモデ ルと して の妥 当性 を行 動薬 理学 的に 検討 した ,また,AD/HDの中 核 症状 のう ち, 多動 症状は年齢とともに寛解するが,問題視されるのは不 注意を背景とする 認 知機 能障 害で ある .そこで,認知機能に深く関係しているコリン作動性 神経系に着目し,
AD/HDモデ ルに お ける 認知 機能 障害 とニ コチ ン性アセチルコリン受容体(nAChR)という観点 か ら,SHRSPの 注 意カ の低 下を 背景 とす る短 期記憶障害に焦点を当て,二 コチンによる改善 効 果な らび に各 種nAChR拮 抗薬 を用 いて ,そ の責 任受 容体 とし てのnAChRサブタイプを特定 した.
AD/HDモ デル の 検討 には ,高 血圧 発症 前の 幼若期(6週齢)のSHRSPなら びに遺伝的対照動 物 であ るウ ィス ター 京都 ラッ ト(WistarーKyoto rats;WKY)を 用い た,SHRSPが示す行動学 的 変化 を, 自発 行動 ,情動行動および学習・記憶能から多角的に評価した .すなわち,自発 運 動量 を指 標と して 多動性を,不安関連行動を指標として衝動性を,自発 的交替行動を指標 と して 注意 カの 側面 を包含する短期記憶を評価した.また,学習・記憶の 電気生理学的基盤 と考えられている長期 増強現象(long―term potentiation;LTP)を海馬歯状回領域で記録し,
シ ナプ ス可 塑性 を評 価し た. また ,SHRSPの 行動学的変化に対するメチル フェニデートの影 響を検討することによ り,薬理学的側面からも評価を行った.
SHRSPは オー プ ンフ イー ルド 環境 にお いて 自発運動量の有意な増加を示 した,高架式十字 迷 路試 験に おけ るSHRSPの 不安 関連 行動 ,す なわちオープンアームヘの進 入回数ならびにオ
ー 470―
ープンアーム上での滞在時間は,WKYと比較して有意に増加していた.
Y
字迷路における自 発的交替行動率は,雄性SHRSP
においてのみ有意に低下しており,雌性SHRSPでは認められ なかった.また,SHRSPは海馬歯状回領域における,LTP形成の障害を示さなかったことから,自発的交替行動率の低下は海馬シナプス可塑性の障害によるものではないことが推察された.
SHRSP
のオープンフイールドにおける自発運動量の亢進(多動性)ならびにY字迷路における自発的交替行動率の低下(不注意)は,メチルフェニデートによって改善された.このよ うに,幼若雄性
SHRSP
はAD/HDに観察される不注意,多動性および衝動性に類似した行動学 的変化を示し,AD/HD
治療の第一選択薬による反応性からもAD/HDモデルとしての妥当性が 示唆された,AD/HD
モデル,SHRSPの不注意に基づいた認知機能障害,すなわち自発的交替行動率の低下 はニコチンによって改善された.このニコチンによる改善作用は中枢作用型非選択的nAChR 拮抗薬のmecamylamine
により阻害され,末梢作用型nAChR拮抗薬のhexame thoniumでは阻害 作用が認められなかったことから,中枢nAChRを介した作用であることが示唆された.また,二コチンによる改善作用は選択的
a482nAChR
拮抗薬のdihydro‑ロ―erythroidineにより阻 害され,選択的a7 nAChR
拮抗薬のmethyllycaconitineでは阻害されなかった,さらに,選 択的a4
ロ2nAChR
作動薬のRJR
―2403
がSHRSP
の自発的交替行動率の低下を改善した.加え て ,a4
ロ2nAChR
を介 したアセ チルコリ ン電流の増強作用を有するピ口リドン誘導体のnef iracet am
もSHRSPの自発的交替行動率の低下を改善した.これらのことから,AD/HDモデ ル,SHRSP
の不注意に基づく認知機能障害には,a4
ロ2nAChR
メカニズムの関与が示唆され た,幼若SHRSPが示す行動学的変化を多角的に評価し,AD/HDモデルとしての妥当性を検証し た,さらに,SHRSPの不注意に基づく認知機能障害はニコチンにより改善され,その作用に
ー
は
a482nAChR
の活性化を介する機序が関与していることを示し,新たなるAD/HD
治療薬の 可能性を示した.また,選択的a4
ロ2nAChR作動薬ならびにピ口ルドン誘導体nefiracetam に新たなAD/HD
治療薬としての可能性が示唆された.―471−
学位論文 審査の要旨
学 位 論 文 題 名
注意欠陥/多動性障害モデルの確立と認知機能障害における ニコチン性アセチルコリン受容体メカニズム
注意欠陥/多動性障害(at tention−defi.cit/hyperact ivi ty disorder;AD/HD)は不 注意、多動性および衝動性を中核症状とする学童 期児童に認められる精神疾患であう。
AD/HDの発 症原因は明らかではなく、治療法は確立されていない。 中枢神経刺激薬メチ ルフ ェニデートがAD/HD治療の第一選択薬として繁用されているが 、習慣性や依存性の 問題 があ り、 新た なAD/HD治 療薬が求 められている。本研究は、AD/HDの治療法の確立 ならびに治療薬の開発に向けて、妥当性の高い動 物モデルの確立を目的とした。すなわ ちAD/HDの 症 状 に 類 似 し た 行 動 を 示 す 脳 卒 中 易 発 症 高 血 圧 自 然 発 症 ラ ッ ト
(S trokeーprone spontaneously hypertensive rats;SHRSP)のAD/HDモデルとしての 妥当 性を行動薬理学的に検証した。さ らにAD/HDの中核症状のうち 、不注意を背景とす る認 知機 能障 害 に焦 点を あて 、認 知機 能に 深く 関係 して いる コリ ン作 動 性神 経系 と AD/HDモデ ルの認知機能障害という観点から、二コチンによる改善 効果ならびにその責 任受 容体 とし ての ニコ チン 陸ア セチ ルコ リ ン受 容体(nAChR)サプ タイプを特定した。
幼若 期(6週 齢 )のSHRSPが 示す 行動学的変化を、自発行動、情動 行動および学習・記 憶能から多角的に評価した。すなわち、自発運動 量を指標として多動性を、不安関連行 動を指標として衝動性を、自発的交替行動を指標 として注意カの側面を包含する短期記 憶を評価した。また、メチルフェニデートの影響 を検討することにより薬理学的側面か らも モデルの妥当性を評価した。SHRSPはオープンフイールド環境 において自発運動量 の増 加を示した。SHRSPは高架式十字迷路において不安関連行動、 すなわちオープンア ーム ヘの進入回数ならびにオープンア ーム上での滞在時間の増加を示した。Y字迷路に おけ る自 発的 交替 行動 は、 雄性SHRSPにおいてのみ障害が認められた。SHRSPの自発運 動量の亢進(多動性)ならびに自発的交替行動障 害(不注意)は、メチルフェニデート によ って 改善 され た。 この よう に、幼若雄性SHRSPはAD/HDに観察 される不注意、多動 性お よび衝動性に類似した行動学的変 化を示し、AD/HD治療の第一 選択薬による反応性 から もAD/HDモ デル とし ての 妥当性が 示唆された。雄性SHRSPの不 注意に基づく認知機
一472―
弘 一
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授 授
授
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査 査
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主 副
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能障害、すなわち自発的交替行動障害はニコチンによ り改善された。このニコチンの作 用は 中枢 作用 型nAChR拮 抗薬 メカ ミラミンにより阻害され たことから、中枢nAChRを介 し た 作用 であ るこ とが 示唆 され た。 また 、二 コチ ンの 作 用が 選択 的a7 nAChR拮 抗薬 methyllycaconi tineで は 阻 害 さ れ ず 、 選 択 的a4p2nAChR拮 抗 薬dihydro‑B
‑erythroidineに より 阻害 さ れた 。さ らに 、選 択的a482 nAChR作 動薬RJR−2403なら び にa4ロ2nAChRを 介し たア セチ ルコ リン 電流 の増 強作 用 を有 する ピ口 リド ン誘 導体 nefiracetamがSHRSPの 自発 的交 替行 動障 害を 改善 し たこ とか ら、SHRSPの不注意に基 づ く 認 知 機 能 障 害 にa4ロ 2nAChRメ カ ニ ズ ム の 関 与 が 示 唆 さ れ た 。 本研究結果から、幼若SHRSPのAD/HDモデルとしての 妥当性が明らかになった。また、
二 コ チ ン がSHRSPの 不 注 意 を 改 善し 、そ の作 用にa4ロ2nAChRメカ ニズ ムが 関与 する こ と か ら 、 選 択 的a4ロ2nAChR作 動薬 なら びに ピ口 リド ン誘 導体nefiracetamの 新規 AD/HD治療薬としての可能 性が示された。
公 開発 表に際し、副査本間教授から、観察したAD/HDモデルラットの行動に対する明 暗サイクル、行動リズム、母親の保育行動などの飼育 および実験条件の影響ならびに他 のモデルとの比較について、副査小山教授から、加齢に伴う行動変化、衝動性の評価法、
メチ ルフ ェニデートの臨床用量との差、二コチンおよびnAChR作動薬の多動性および衝 動性 に対 する効果ならびにAD/HD治療薬としての使用状況について質問がなされた。ま た主査吉岡教授からは、用いた注意カならびに衝動性 の評価法、多動性における加齢の 影響 、Y字迷路課題における性 ホルモンの関与について質問がなされた。これらに対し 申 請 者 は 、 実 験 成 績 と 過 去 の 文 献 を 引 用 し 、 概 ね 適 切 に 回 答 し た 。 本 研究 のAD/HDモデ ル の確 立と その評価は、AD/HD治療薬の開発に貢献すると考えら れ、今後の研究成果にさらなる期待が寄せられる。
審査員一同は、これらの成果を高く評価し、大学院 課程における研鑽や取得単位など も併せ申請者が博士(医学)の学位を受けるのに充分 な資格を有するものと判定した。
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