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新保敦子 著 『日本占領下の中国ムスリム ―華北および蒙疆における民族政策と女子教育』

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Academic year: 2021

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- 171 -. 新保敦子 著 『日本占領下の中国ムスリム  ―華北および蒙疆における民族政策と女子教育』. 大濱 慶子(神戸学院大学). 中国教育研究の分野で、エスニック・マイノリ ティとジェンダーという二つの周縁の視座から中国 近現代教育および植民地・占領地教育の諸相を読み 解き、知の再構築を試みた斬新な学術書が上梓され た。本書は、日中戦争時期の日本占領下において、 華北・蒙疆の少数民族青少年に対して行われた教育 と戦時動員の実態を明らかにすることを目的として 書かれた。またこれらの占領政策が、少数民族青少 年のアイデンティティの形成やその後の人生にどの ような影響を与えたかを考察することにより一定の 検証を試みている。とくに焦点が当てられるのは、 日本軍が華北・蒙疆に居住するムスリムである回民 に対して行った回教工作である。本書が扱う回教工 作とは、民族分断政策により漢族を牽制し、また中 国西北部への軍事侵攻にムスリムを利用しようと企 図して発動された「日本軍主導の対イスラーム宣撫 工作」と定義される(2頁)。回教工作や関連の教育 事業については、中国学界からは研究に値しないと 見なされ、日本側にとっても消し去りたい記憶であ り、日中双方の歴史の中に埋没していた(10頁)。著 者はその空白を埋める作業に長年取り組まれ、今 回、体系的な形となって上梓された意義は大きい。. 回民は中華人民共和国建国後、56の民族を構成す る一民族、「回族」として認定されている。その起源. は唐代以降、中東や中央アジアから来住したムスリ ムとされ、長期にわたる定住と「漢化」の過程で、 母語が漢語となり、「漢人回教徒」とも呼ばれた。中 国全土の広域な範囲に散住し、人口はトルコ系ムス リムのウイグル族より多い。回民は中国各地域の社 会に深く根差して暮らしてきたが、近代化の波の中 で民族の独自性に目覚め、日本軍はこの動向を植民 地的拡張に利用し、様々な回教工作、青年工作を展 開した。本書は回民の支持を得ることはなかったこ の「逆機能」ともとれる作用に着目し、回民の帰属 感の再生と国民意識の創出を読み解いていく。即ち 本書の検討主題は、歴史的に周縁におかれてきた少 数民族や女性をも巻き込んだ新たなる民族、国家の 再編と統合という中国近現代史のダイナミックな流 れの中に位置づけて再考される。したがって本書は そのタイトルから想起される領域をはるかに超えた 広がりをもち、日中比較教育史、植民地教育史、民 族史、ジェンダー史など多くの学問領域を架け渡す 労作である。. 本書は序章と結章をのぞき3部7章、補論からな り、その構成は以下の通りである。. 序章 第1部 日本軍のアジア侵攻と回教工作 第1章 日本占領下における宗教政策と日本国. 内での回教工作 第2章 日中戦争時期における中国の回民と日. 本の回教工作 第2部 中国回教総聯合会による回教工作と教育 第3章 日本占領下の北京における回民教育 第4章 日本占領下の華北におけるイスラーム. 青年工作 第5章 蒙疆政権下の回教工作と教育 第3部 日本占領下の少数民族女子中等教育 第6章 日本占領下の北京での回民女子中等教. 育 第7章 蒙疆政権における回教工作と女子教育 補 論 満洲国におけるモンゴル人女子青年教. 育 結章. 以下、3部7章の概要や論旨を紹介したい。 第1章では、日本の軍事支配下におかれた植民. Ⅳ 書評. - 172 -. 地・占領地での宗教政策について通観しつつ、日本 にとって未知なる世界であったイスラームとの邂 逅、日本国内の回教工作の動向を論じている。日本 帝国の拡大の中で日本は多様な宗教を信仰する民族 と接することになるが、植民地・占領地での宮城遙 拝の強制や神社への参拝を仏教徒、キリスト教徒、 ムスリムを問わず義務づけ、厳しい統制政策を行っ た。「被支配者を内面から変えなければ西欧に通じ てしまうことを危惧して、占領下諸民族の絶対的な 忠誠心の確保に固執した」(32頁)と分析される。国 内では、日本軍のアジア侵攻とイスラームという異 質な世界への関心が高まり、大日本回教協会が組織 されるが、初期の段階からムスリムに対して浅薄な 理解しか持ち合わせていなかったことを明らかにし た。. 第2章以降は舞台が中国に移され、日本軍の回教 工作発動の背景が探究される。中華民国の成立と. 「五族共和」、「中華民族」の言説の創出に論及しつ つ、民国初期の教科書『共和国教科書新国文』を素 材とし、その中に埋め込まれた「大漢族主義」や主 流の漢族に同化させようとする少数民族観について 分析している。同化主義を唱える国民党のイスラー ム政策と少数民族自治尊重を打ち出した中国共産党 のイスラーム政策を対比させながら論じ、日本は両 者の間隙を縫いながら積極的な回教政策を展開し、 占領下の北京で中核拠点となる中国回教総聯合会を 設立した経緯がまとめられている。. 第3章では、日本占領下の北京で行われた回民教 育の実態について、回民知識人が設立した学校教育 を中心に考察される。日中戦争の勃発は、イスラー ム改革運動の中で着手された近代的な回民教育の芽 を摘むものであったとし、内陸部へ移転した成達師 範学校や逆に日本側から回教工作の拠点として期待 され、支援を受けた西北中学が取り上げられる。後 者は実際には統制されていなかったことを聞き取り から明らかにし、「日本占領下にもかかわらず、中国 社会に生きるムスリムとしてのアイデンティティを 強めていった」(117頁)回民の「受容-抵抗」の実 態と文化工作の反転を鋭く浮かびあがらせている。. 第4章は中国回教総聯合会の主要な事業の一つで あった中国回教青年団を取り上げ、これまで注目さ れてこなかった社会教育という観点から回教工作に 接近した画期的な論考である。日本の侵略によって. 青年訓練所のような日本式社会教育が中国に持ち込 まれ、これをきっかけに国民党支配地区でも青年層 を団体に組織し、抗戦に当たろうとする動きが活発 化し、青年中心の社会教育が促進されていった. (129-130頁)という見解は示唆に富む。中国回教青 年団の内実は軍事教練を行い、日本に有利なムスリ ムの軍隊をつくることであった。希望をもって参加 した比較的親日的で、有力な家庭出身の若者の希望 をも打ち砕き、抗日、共産党支持へ駆り立てるもの であったことが指摘されている。. 第5章は、日本人と比較的良好な関係がみられた とされる蒙疆政権下の西北回教聯合会による青年教 育の事例が論じられる。回民青年学校が設立され、 漢語や数学、歴史といった学科目の学習の重視やア ラビア語をカリキュラムに組み込むといった民族の 特性を尊重する措置が取られ、これを基盤として中 学校が開校されていった過程が記述されている。華 北の事例とは異なり、フフホトのインタビューでは 日本人に対する評価が寛大であったという。だが、 日本軍が回民青年を西北への勢力拡大に利用しよう としたことは明らかであるとし、対日協力が文革 時、回民に甚大な被害をもたらしたことが記されて いる。. 第6章では日本占領下の北京において、回民女子 を対象とし開設された実践女子中学について検討が 加えられている。経済的な理由により少数民族の女 子の就学率は概して低かった。実践女子中学は、回 教工作の一環として力が注がれたが、それは、全国 に先駆け、回民女子のための女子中等教育機関とし て1935年に創設された新月女子中学の土台を利用し ながら開校されていたこと(198頁)、『回教週報』の 記事を分析した結果、学生募集は困難を極めたこ と、教育内容として日本型の良妻賢母教育が導入さ れ、ミシン、刺繍などの実用的な家政教育や、女子 の身体を鍛える体育活動が重視されたことなどが明 らかにされ、「必ずしも回族の求める教育とは合致 していなかった」(208頁)と結論づける。. 第7章は、蒙疆政権下、善隣協会によって設立さ れた善隣回民女塾を取り上げている。同校はムスリ ム女子青年のための中等教育機関であり、日本語教 師養成を目的としていた。卓越した指導者であった 是永章子・俊子と優秀な塾生の交流、学習の軌跡が 彼女らの書き残した文章から鮮やかに描き出されて. - 173 -. いる。塾生たちは劇の上演や軍隊の慰問、訪日視察 団の活動など、ムスリムの男子学生以上に表舞台へ 駆り出され、戦時下で戦意を高める役目を負わされ た。その結果、新中国建国後の評価において、回民 の中で最も教養の高かった塾生は「芸妓」とスティ グマ化された。メディアに残されている塾生の写真 は著者が本書の研究に取り組むきっかけとなってお り、「善意の文化交流が文化侵略に変質し」、「暖かい 人間同士の関係が引き裂かれていくことこそ、戦争 の本質にほかならない」(259-260頁)と指摘し、少 数民族女性と教育、戦争の関係を深く問う章となっ ている。. 補論では華北・蒙疆の回民女子青年との対比を視 野に入れ、満州国興安女子国民高等学校の事例が検 証される。同校は1937年、興安女学院として軍関係 者の発案で創設され、モンゴル人士官のよき妻の育 成がめざされたが、翌年興安実業女学校と改称し、 1941年興安女子国民高等学校となり、著名なモンゴ ル女子中等教育機関へ発展を遂げていった沿革が整 理されている。だが女子学生は日本側の意向に従順 であったわけではなく「日本の近代教育を、いわば 道具として利用しながら」(313頁)たくましく生き 抜き、日本の敗戦後、革命運動に参加したモンゴル 女性運動家が輩出されたことを聞き取りや当時の手 紙から実証的に再現している。. 本書の功績は多岐にわたるが、いくつかの特徴と 意義を述べたい。まず挙げられる特徴は、本書は回 教工作の実態について、1.民族、教育政策、2. 回教工作を普及させる教育装置としての教育機関お よび青年団体・組織、3.回教工作者―回民、教師 ―生徒といった人間関係が織りなす相互作用や個 人のライフヒストリーという三層の分析軸から掘り 下げ、立体的に究明したことである。従来研究が手 薄だった華北と蒙疆の傀儡政権下で行われた回民教 育を取り上げ、中国回教総聯合会と西北回教聯合会 による教育活動の比較がなされたことにより、日本 軍の行った回教工作やその作用は一様なものではな く、政情、占領政策、民族、階級、宗教、言語状況、 関わった人々の複雑な関係性の中で、異なる特徴が 現出していたことを浮かび上がらせている。90年代 に行われた聞き取りは、対象者がご高齢だったこと を考えると、後続の研究に残した貢献は計り知れな い。随所に織り込まれている豊富な写真や年表も貴. 重な資料である。 さらに本書の大きな成果として特記したい点は、. ジェンダーの視座が加えられたことにより、回教工 作の多面的な解明が進んだことであろう。後半部分 では実践女子中学、善隣回民女塾、興安女子国民高 等学校という異なる占領地・植民地、民族の女子中 学校の変遷および教員―生徒間の軌跡が再現され ている。二重の周縁に置かれ、立ち遅れていた少数 民族の女子中等教育は、日中戦争時期に緒に就く。 学生募集は困難に直面するが、特に後者の二つの学 校は徐々に発展を遂げるかに見えた。だが著者が精 緻に描き出した日本語を話すムスリムのエスニック 女子学生を日本軍部はプロパガンダに利用し、日本 敗戦後「歴史の中に埋もれてしまったかのように彼 女たちの行方は杳として知れない」(253頁)善隣回 民女塾の苛酷な状況。対照的に日本敗戦後、民族復 興に立ち上がり、人民共和国の少数民族女性幹部を 輩出し、時代を超えて日本人女教師と交流を保った 興安女子国民高等学校の状況。この二つの事例の末 路は、戦争と暴力、支配―被支配の非対称な関係、 またそれに回収しえない個々の在り方といった多く の教育の問題群と深遠な教訓を読者に問いかける。. まえがきにも触れられているが、中国の戦時下の 教育については「軽々しく聞くことも、また語るこ ともできないもの」であった。だが著者は「語り得 なかったことの中に、事実の重さは隠されている」、. 「事実の重さを、丁寧に資料を掘り起こしながら、歴 史として残しておきたい」という思いからこのテー マに向き合い、回民の内なる語りに耳を傾け、彼女 らに寄り添い長年調査に取り組んでこられた。書き 残される記述の重みも引き受けた著者の真摯な研究 の姿勢に敬意の念を抱かざるを得ない。. 結章に書かれた課題を踏まえ、最後に気付いたこ とを記したい。序章の問題意識の応答として、回教 工作を通じ、回民は逆説的にムスリムのアイデン ティティとともに、中国国民としてのダブル・アイ デンティティを獲得していったことが示され、一つ の結論を提示している(331頁)。では華北・蒙疆以 外の広範な回民の帰属感はどのようにして形成さ れ、一体となり一つの民族に昇華したのか。建国後、 公認の民族になった他のムスリムとの違いは何なの か。また著者は今後の課題として、とりわけエス ニック・マイノリティ女性の教育と人生について、. Ⅳ 書評. - 174 -. 激動の中国近現代史の中で比較の観点から描いてい きたいと述べている。女子教育について、回民主体 の学校以外の進学状況なども含め、イスラームの信 仰を保ちながら「母語は漢語であり漢族と文化的基 盤を共有していた」回民の多重な動態を、さらに多 くの事例の比較からぜひ解明していただきたい。周 縁の視座から新たな研究の地平を切り開いた本書の 先駆的な成果が多くの人々に読まれることを心から 願う。. (早稲田大学出版部、2018年10月、371+ 9頁、5,000円)

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