問題と目的
人は普遍的に 6 つの基本感情 (驚き・恐怖・嫌悪・怒 り・幸福・悲しみ) を持っていると言われる (Ekman et al., 1969)。それぞれの感情は, 顔面筋肉 (表情筋) の 動きにより, 表情として表出される。人の表情をより客 観的に計測するために, Ekman & Friesen (1978) は FACS (Facial Action Coding System) を考案した。FACS とは 可視的な表情筋の最小単位 42 つをコード化した AU (Action Unit) によって顔の動きを捉えるシステムであ り, 多数の表情研究に使われている。
例えば, 西洋人と東洋人の表情表出を比較した結果, 同じ感情に対する表情表出が異なることが明らかになっ た(Matsumoto & Ekman, 1988)。一方, 同じ東洋文化圏に 属する日本人と中国人の表情表出を比較した結果, 日中 の表情表出は同じものであったが, アメリカ人の表情表 出とは違いが見られた(Huang et al., 2001)。このこと から同じ文化圏における表情表出には違いがないと考え られる。また, 西洋人と東洋人の表情認知を比較した結 果, 人は自分と同人種の表情を他人種のより上手く認知 できた(Dailey et al., 2010)。一方, 同じ東洋文化圏に 属する日本人と中国人の表情認知を比較した結果, 人は 自分と同国籍の表情を他国籍のより上手く認知できるこ とが明らかになった(Luce,1974)。このことから同じ文 化圏における表情認知には国籍による違いがあると考え られる。しかし, 西洋人の表情研究は沢山行われている が, 表情表出や表情認知に関する東洋人の研究報告が非 常に少ない。さらに, 東洋人間の比較研究はほとんど知 られていない。 そので, 実験 1 では, 同じ文化圏に属する日本人と韓 国人を対象に, 基本 6 感情に対する表情表出を比較し, 両国の表情表出にどのような特徴があるか調べることを 目的とする。実験 2 では, 実験 1 で得られた日本人と韓 国人の表情データを刺激として用い, 日本人と韓国人を 対象に基本 6 感情に関する表情認知を比較し, 両国の表 情認知にどのような特徴があるか調べることを目的とす る。 実験 1 方法 実験参加者 一般人の日本人 50 名 (男性 25 名(M =23.3 歳), 女性 25 名(M =22.4歳)) と韓国人 50 名 (男 性 25 名(M =25.2 歳), 女性 25 名(M =24.4歳)) が参加 した。 手続き まず, 表情撮影の前に表出者の表情筋を柔ら かくし, 自然な表情が表出されるように表情筋トレーニ ングを約 5 分間実施した。口を大きく開きながら, 目を 大きく開けたり強く閉じたりすることを教示し, 顔全体 の複数の表情筋を柔らかくさせた。その後, 練習撮影 2 セットを実施し, 本撮影 1 セットを行った。その 1 セッ トは, 基本 6 感情の各表情を 1 回ずつ表出することであ った 。実験者は感情教示法 (高橋,2003) によって表 出者に「怒り・恐怖・悲しみ・嫌悪・驚き・幸福」の基 本 6 感情語を口頭で教示し, 参加者に各感情に該当する 表情を自由に表出することを求めた。表情表出の流れと して, 無表情から始め当該の表情表出が終わったらまた 無表情に戻すよう表出者に教示した。口頭による基本 6 感情語の教示順序はランダムであり, 表出者の目線はカ メラのレンズに固定した状態で表情表出を行った。 FACS による表情分析 全ての表出者が表した表情筋 の動きについて, FACS に関するトレーニングを受けた 20 代の日本人女性 1 名と韓国人男性 1 名が FACS のコーダー として参加した。FACS トレーニングに関しては,Ekman が考案した「FACS MANUAL」を 2 名のコーダが 3 週間 FACS の分析方法を熟知することであった。実験者がコーダー2 名の一致度を確認した上で, コーダーは 100 名の表出者 が表出した 6 種の表情写真, 計 600 枚の表情画像につい て,観察された全ての AU を記録した。本実験は, 実験参 加者にカメラのレンズを見ながら表情表出することを教 示したため, 全ての AU (42 つ) の中で AU41~46 は分析 対象から外した。また, 本実験は表情筋の分析を目的に したため顔の向きに該当する AU51~58 と 61~64 も分析 対象から外した。そして残った 24 つの AU において表情 表出の分析を行った。なお,日本人表出者の 10%以下, 又 韓国人表出者 10%以下しか示さなかった AU は除外した。 2 名のコーダーが記録した AU の一致度は 91.8%であった。
表情表出と表情認知に関する日韓比較
キーワード:FACS,基本 6 感情,表情表出,表情認知,日韓比較 行動システム専攻 南 智然結果
日本人と韓国人の表情における AU 比較 日韓表出者 の基本 6 感情の表情で観測された全ての AU に対して, 2 ×2 の Fisher’s exact test によって AU ごとの観測頻 度を比較した。その結果, 基本 6 感情の中, 驚きを除く 恐怖・嫌悪・怒り・幸福・悲しみの表情表出の際, 特定 の AU において日本人と韓国人の有意差が見られた。具体 的に, 恐怖について日本人は瞼を緊張させ(AU7), 上唇を 上げるが (AU10), 韓国人は下顎を落とす (AU26) 表情が 有意に多かった (全てp<.05)。日本人は嫌悪について眉 毛を下げる (AU4), 怒りについて瞼を緊張させる (AU7), 幸福について頬を引き上げる (AU6), 悲しみについて瞼 を緊張させる (AU7) 表情が韓国人より有意に多かった (全てp<.05)。 男性と女性の表情における AU 比較 上記と同じ方法 で男女表出者の表情を比較した。その結果, 嫌悪を除く 驚き・恐怖・怒り・幸福・悲しみの表情表出の際, 特定 の AU において男性と女性の有意差が見られた。具体的に, 男性は驚きについて口を上下に強く開く (AU27) 表情が 女性より有意に多かった (p<.05)。女性は恐怖について 鼻深溝を深める (AU11), 怒りについて鼻に皺を寄せる (AU9), 幸福については下顎を下げる (AU26), 悲しみに ついては下顎を上げる (AU17) 表情が男性より有意に多 かった (全てp<.05)。 考察 実験 1 の結果, 日本人と韓国人の驚きの表情表出は同 じであるが, 恐怖・嫌悪・怒り・幸福・悲しみの表情に 対しては一部の表情筋の動きに差があることが示唆され る。特に, 日韓は目元の表情筋の動きに主なる違いがあ るのではないかと考えられる。そして驚きを除く全ての 表情で, 日本人は韓国人より観察された AU の頻度が有意 に多かった。このことから,表情表出の際, 日本人が韓 国人より比較的に多数の表情筋を使っていると考えられ る。 一方, 男性と女性の嫌悪の表情表出は同じであるが, 驚き・恐怖・怒り・幸福・悲しみの表情に対しては一部 の表情筋の動きに差があることが示唆される。特に, 男 女は口元の表情筋の動きに主なる違いがあるのではない かと考えられる。そして嫌悪を除く全ての表情で, 女性 は男性より観察された AU の頻度が有意に多かった。この ことから, 表情表出の際, 女性が男性より比較的に多数 の表情筋を使っていると考えられる。 実験 2 方法 実験参加者 一般人の日本人 20 名 (男性 10 名(M =24.2 歳), 女性 10 名(M =22 歳)) と韓国人 20 名 (男性 10 名(M =24.6 歳), 女性 10 名(M =29.4 歳)) が参加した。 刺激 実験 2 の練習試行には, 韓国人女性 1 名の基本 6 表情と無表情の顔画像 (計 7 枚) が使用された。本試 行には, 実験 1 で撮影した顔画像を表出者の国籍 (2) × 表出者の性別 (2) ×表情 (7) の条件で合成した平均顔 画像 (計 28 枚) が使用された。顔画像の合成作業は, iPad mini からアプリケーション「平均顔合成ツール Average Face DUO 」(Seyama, 2014 年版) によって行わ れた。全刺激のサイズは視距離 52cm で縦 15°×横 10° であり, Adobe Photoshop CS6 で明るさ, 輝度, コント ラスト, サイズ統制 (縦 15 × 横 10cm) を行った。ま た表情認知の際に不必要な顔以外の部分, 耳と髪の毛は 削除した。白黒効果を適用し, 背景色は RGB (125, 125, 125) に統制した。 手続き 実験は実験参加者 1 名ずつ個別に行われた。 まず実験前に, 実験者は全ての参加者に実験内容と手続 きが書かれた印刷物を実験参加者の母国語に合わせて呈 示すると同時に,口頭で説明した。また実験 2 に登場する 基本 6 感情語を理解させた。その後, 実験は暗室の部屋 で行われた。実験参加者はモニターから 52cm 離れたとこ ろで顔の位置を固定し, モニターに呈示される刺激に対 してカテゴリー判断課題と強度判断課題を行った。 各試行ではまずモニターの中央に凝視点が 500ms 間呈示 され, その後, 無表情刺激が 1000ms 間呈示された。ブラ ンク画面が 500ms 間あった後, さきの無表情の人物が表 す表情画像(驚き・恐怖・嫌悪・怒り・幸福・悲しみのう ち) 1 枚がランダムに呈示された。そのとき, 実験参加 者は無表情画像と表情画像を比較し, その表情画像に該 当する感情語を 6 つの選択肢 (驚き・恐怖・嫌悪・怒り・ 幸福・悲しみ) から 1 つを選ぶカテゴリー判断課題を行 った。カテゴリー判断課題が終わり次第, その表情画像 について 9 段階評定の強度判断課題を行った。「0」は‘無 表情’,「1」は‘とても弱い’,「4」は‘普通’,「8」 は‘とても強い’を意味した。強度判断課題が終わり次 第, 500ms 間ブランク画面が呈示され, 次の試行に移っ た。特に参加者には, 実験中に急がずに, 正確にキーボ ードのキー押しで回答することを求めた。 練習試行 6 試行 (韓国人女性表出者 1 名×6 表情) の後, 本試行は 72 試行 (2 表出者国籍 (日韓) ×2 表出者性別 (男女) ×6 表情×3 セット) であった。1 セットの修了 ごとに, 約 5 分間の休憩を挟み, 実験参加者 1 名の所要
時間は約 30 分であった。また本実験は実験参加者の母国 語に合わせ感情語が呈示された。感情語は Ekman の著書, 日 本 語 版 (Ekman, 1975 工 藤 訳 1987) と 韓 国 語 版 (Ekman, 2003 이민아訳 2006) の言葉が使用された。 結果 カテゴリー判断課題 実験参加者の国籍条件と性別条件によって, 正答率に どのような関連性があるか調べるため, 2 要因混合・4 要因混合分散分析を行った。 日本人参加者と韓国人参加者の比較 実験参加者 の国籍 (2) ×表情画像 (6) の 2 要因混合計画分散分析 を行った結果, 実験参加者の国籍の主効果 (F (1,38) =7.965, p< .01), 実験参加者の国籍×表情画像の交互 作用が有意であった (F (5,190) =2.345, p< .05)。日韓 は驚き・嫌悪・幸福の表情に対してほぼ同じ程度の正答 率を示したが, 恐怖・怒り・悲しみの表情に対しては韓 国人の正答率が日本人より有意に高かった (図 1)。 図 1. 日本人参加者と韓国人参加者ごとに計算したカテ ゴリー判断課題の平均正答率。* p<.05, ** p<.005。 エラーバーは標準誤差を示す。 男性参加者と女性参加者の比較 実験参加者の性 別 (2) ×表情画像 (6) の 2 要因混合計画分散分析を行 った結果,基本 6 感情の表情に対しては, 男女の正答率に 有意な違いはみられなかった(図 2)。 図 2. 男性参加者と女性参加者ごとに計算したカテゴリ ー判断課題の平均正答率。 エラーバーは標準誤差を示す。 参加者国籍・性別と刺激国籍・性別の関連性 実験 参加者の国籍 (2) ×参加者の性別 (2) ×刺激の国籍 (2) ×刺激の性別 (2) の 4 要因混合計画分散分析を行 った結果, 実験参加者の国籍 (F (1,36) =7.584, p< .01) と刺激の性別 (F (1,36) =19.017, p< .001) の主効果が 有意であった。日本人より韓国人の正答率が有意に高く, また全ての実験参加者は男性より女性刺激に対して正答 率が有意に高かった。しかし, 実験参加者の性別と刺激 の国籍においては有意差がみられなかった。 強度評定課題 実験参加者の国籍条件と性別条件によって, 強度評定 にどのような関連性があるか調べるため, 2 要因混合・4 要因混合分散分析を行った。 日本人参加者と韓国人参加者の比較 実験参加者 の国籍 (2) ×表情画像 (6) の 2 要因混合計画分散分析 を行った。その結果, 実験参加者の国籍 ×表情画像の 交互作用が有意であった (F (5,160) =4.829, p< .001)。 日韓は驚き・嫌悪・幸福の表情に対してほぼ同じ程度の 正答率を示したが, 特に恐怖・怒りの表情に対しては韓 国人の強度評定が有意に強かった (図 3) 図 3. 日本人参加者と韓国人参加者ごとに計算した強度 評定課題の平均評定値。* p<.01, **p<.005。エラーバー は標準誤差を示す。 男性参加者と女性参加者の比較 実験参加者の性 別 (2) ×表情画像 (6) の 2 要因混合計画分散分析を行 った結果,基本 6 感情の表情に対しては, 男女の評定値に 違いはみられなかった (図 4)。
図 4. 男性参加者と女性参加者ごとに計算した強度評定 課題の平均評定値。エラーバーは標準誤差を示す。 考察 実験 2 の結果, 日本人より韓国人が表情認知に優れて いることが示唆される。特に韓国人は日本人より恐怖・ 怒り・悲しみの表情認知に優れている同時に, 恐怖・怒 りの表情を強く評定した。南ら (2014) によれば, 韓国 人が日本人より読唇 (lip-reading) 能力が高く, 視覚情 報処理に優れていることが示唆されている。この研究か ら, 日韓の表情認知において差があることが予想される。 一方, 表情認知と強度評定において男女の違いはみら れなかった。しかし, 全実験参加者は国籍に問わず, 男 性より女性刺激に対して正答率が優位に高かった。この ことから, 男性より女性の表情表出に優れていると考え られる。 総合考察 今までの表情に関する研究は, 主に西洋文化圏内の 国々, 又は西洋と東洋文化圏間の比較が沢山行われてい る。また, 東洋文化圏においては日本人と中国人に限り, 数少ない研究が報告されている。しかし本研究は, 同じ く東洋文化圏である日本人と韓国人において表情表出と 表情認知の比較実験を行った。 その結果, 基本 6 感情の表情表出と表情認知に関して 日本人と韓国人の違いがあることが示唆される。まず実 験 1 では, 日本人と韓国人の表情表出を調べた。その結 果, 日本人と韓国人は驚きを除く恐怖・嫌悪・怒り・幸 福・悲しみの表情表出において特定の AU に違いが観測さ れた。そして実験 2 では, 実験 1 で撮られた日韓の表出 画像を国籍条件(2)・性別条件(2)・表情条件(7)で合成し た平均顔画像を用いて, 日本人と韓国人の表情認知を調 べた。その結果, 韓国人は日本人より, 恐怖・怒り・悲 しみの表情認知が優れていた。さらに, 全ての実験参加 者は男性刺激より女性刺激の表情認知に優れていた。 これらの結果から, 日韓は基本 6 感情の表情表出にお いて一部の表情筋の動きが異なったが, その表情を認知 する際, 韓国人は日本人よりネガティブ表情を上手く読 み取ることができることが示唆される。その理由として 韓国人が日本人より口元の情報処理に優れている報告と 関連性があるのではないか。また男性より女性の表情認 知が優れたことから, 女性は男性より表情を媒介にし明 確に自分の感情を伝えられるのではないかと思われる。 引用文献
Dailey, M. N., Joyce, C., Lyons, M. J., Kamachi, M.,Ishi, H., Gyoba, J., & Cottrell, G. W. (2010). Evidence and a computational explanation of cultural differences in facial expression recognition. Emotion, 10(6), 874.
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Matsumoto, D., & Ekman, P. (1988). Japanese and Caucasian Facial Expressions of Emotion (JACFEE) and Neutral Faces (JACNeuF). (Slides): Dr. Paul Ekman, Department of Psychiatry, University of California, San Francisco, 401 Parnassus, San Francisco, CA 94143-0984.
南智然・久永聡子・積山薫 (2014). 視聴覚音声知覚の言 語差について日本人と韓国人の比較研究 日本心理 学会第 78 回大会発表論文集, 116.