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駒澤大学佛教学部論集 16 025金沢 篤「Brahmasutra I-1-4の解釈を廻って : samanvayaを中心に」

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(1)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 駒 澤 大 學 佛教 學 部 論集 第 16 號   昭和

60

10

Brahm

α

sitlr

α

1

1

4

samanvaya

に 一

  沢

 

Brahmasntr

α(

BS

) の 冒頭の

4

ス ー ト ラ は 下 の 如 きである。

  

i

 

athato  

brahmajijiasa

BS

 

I

1

1

, 

BSBh

, 

P

46

1

2

  

ii

janmady

 asya  

yatah

BS

 

I

1

2

, 

ibid

., 

p

83

1

5

  

i

 

Sastrayonitv

t

 

BS

 

I

1

3

 

ibid

., 

p

95

 

1

5

  

iv

 

tat

 

tu

 

samanvay 註

t

 

BS

 

I

1

4

, 

ibid

., 

p

100

1

7

)   「ブ ラ フ マ ・ス ー ト ラ は た とひ一つ の ス ー ト ラで も, 註 釈な し に は理解 する こ とが困難で ある。 一 文 章 語 或ひ は 述 語 省 略 され あ り , 省 略 する こ との で きな い

も重 要 な 語を さへ も強い て 省 略 してゐ る。 各 ス ー トラ は, 大 体二語か らせ い ぜい 十 語よ り成っ て ゐ るの で あっ て , そ れ よ りも以上 に 語 を 含ん で ゐ る こ と はであ る。 時に は ス ー

F

一 語 よ り成 るこ と もあ る。 丈

とい ふ よ りはむ し ろ符

の 集 合に近い もの に よっ て 構 成 さ れ てゐ る。 ス ー ト ラ けを読 んだ の で は , 何を意 味し て ゐ るの か 全 然不 明な

所 も少な く ない の で , 註 釈の助 けを借 りな け れば, ス ー ト ラ

へ も

1 ) 。」 「「プ ラ フ マ ・ス ー ト ラ』 は 極 端 に 簡 潔な文 体で 書か れ, 文 章 とは言い 難 く, い わ ば記号の 組 合せに い た め に , お よそ注 釈な し に, あるい は師の

接の

授な しに そ れ を 理

するこ とは 不可 能で あ る。 こ の

事 実

は ,

世 の 学 者 達が原 意 とは

な る ばか りで な く, 相互 に 全 く矛

し た 哲 学 説を も, 原典の 中に 読み込む こ とを容 易に し た2 )。」 とい う

事情

分に

ま え た 上 で ,

BSI

1

4

解 釈 例 を 見て み よ

 

4

 

But

 

that

Brahman

 

is

 

to

 

be

 

known

 

from

 

Scripture

), 

because

 

it

  

is

 connected (with  

the

 

Vedanta

texts

)as  

their

 

purport

 

Thibaut

  

i

 

p

22

11

6

8

 

4

MAIS

 

CE

brahman

 a 

bien

 

pour

 source  

le

 

Text

PARCE

 

QU

IL

  

YACONCORDANCE

. (

Reno

%, 

p

. 

19

, 

11

. 

7

8

一 565 一

(2)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Umversrty

Brahmastitra

 

I

 −

1

−4 解 釈を 廻 沢 ) (47 )

 

4

” )

 

され どそ れは 〔世 界 生 住 滅の と認め ら る〕。 〔ヴエ ー タ の

文章

  

間に 〕密 接 なる連

あるが 故 に

 

金 倉   ,上,

p

23

11

6

7

      ノ

 

以上 の 三例は

れ も

3)

の と考え られる

Sa

kara

の 注 釈 に っ て の

る とい うこ とを

顧慮

した な らぽ

か 。 単 なる表 現 上の 差 異 とは ど うし て も見な し難い こ の

態を ど う考え た ら良い の か。

Safikara

の 注 釈 を

読 する

し た さ ら なる 注釈 の 差 異 と考え るべ き も 。 こ れに 際 し て は , 金

倉圓

士 の 次 の 言

み る。

こ の 釈 論で, 複 雑 な 思 想を現 す た め の 長 い

句 は と もか く として , 比

的単 純な文 章で も, その 趣 旨を 的

に 把 握 し難い 場合 に

々 遭 遇 す

い は む しろ

りに短い の で ,

っ てその

意 が は っ きりし ない の で ある。 換 言

れば, ど うに で も とれ る よ うな こ とが現れ て くる。 か よ うな時に は , 各 種の翻 訳及 び原 文の 註 記を参照 した。 併 しそ れ らの 見

は必 ず しも一

しない 。

っ て丈

が 明確 不 動に なる とは

らない 。 結 局 自己 の 判 断に よ っ て こ れ を決 定せ ざ る を え ない こ とが しば しば生 じ た 4〕

1

 

それは ともか くこ こ で は 一応問 題 を こ の

BS

 

1

1

4

っ て と りわ け 重 要な 意 義を担っ て い るで あろ う samanvaya5 ) の 概 念を詮

し よ うと

える 。 その 為 に も 先 ず は こ の

BSI

1

4

に 到 る まで の 三 ス ー ト ラ の 意 味 する所を見て お こ う。

  

1

 

さて そ れ故に 梵 〔〕 研 究 〔あ

 

(金

  , 上,

p

8

1

10

  

2

) それ よ り此 の 〔世 界の 〕生 等 〔の あ る ものな り〕。 (

ibid

., 上 , 

P

15

1

13

  

3

) 教 典の 母胎た る こ との 故 に 〔梵は 全 知 な り〕6) 。 (

ibid

., 上 , 

p

20

, 

1

7

)       ノ

 

こ の 冒 頭の 三 ス ー ト ラ に 続 く第 ス ー ト ラを

Safikara

注 解をた よ り に読み 解 くに 当っ て 問題 とな るの は 次の 二 点で ある。

tat

 

tu

 samanvayat 中の

tat

意 味 と samanvayat の 意 味 とで る。 上引の 三 解 釈 例の 差 異は ま さ し くそ の 二 点を 廻 っ て の もの で あ る。 就 中 最 新の 金 倉 圓照博士 の もの が 前二者の もの , ある い は 他の 多 くの 訳例 と

べ て その 独 自性際 立 っ て い る と言 え よ う

tat

の 解 釈に し て は

Thibaut

Renou

は ほ ぼ じ で あ り, 金

倉博

士 の もの は 明 らか にそ れ ら とは異 な る。 samanvayat に関 し て は 三 者 と も その

奪格

tat

とい う 主 張 (

pratijfia

)に対 す る 理 由 (

hetu

) を表わす もの と

して い るが, 少な くと も samanvaya の 意 味に関 して は

Thibaut

と金 倉

士 の に は しい 相 違が 見 られる。

Renou

の そ れに 関 す る理解は補い が充分で な くこ こ か らだ けで は 明瞭に な ら ない

 

さて

BSI

1

4

に対 する三者三 解 釈を全 く大 まか に 眺め て み た が, 以 下に 一 

564

一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(3)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 University (

48

     

B

・ahm ・ ・tit・a 

I

−1−

4

釈 を廻 ・ て (金 沢)                      ノ は そ うし た種 々 の 解 釈を もた らす こ とに な っ た筈の

BS

 

I

1

4

に 対する

Sahka

「a

自身

の 注 釈 を

て み よ う。

 

 

 

v)

t

S

bd

h

 

Pu

p

k6

・vya ・

rtty

・・

th

h

t

t

 

b

・ahm ・ ・a・v・

jfi

m

 

 

 

 

 

sarva6akti  

jagadutpattisthitilayakarapa

p

 vedanta

astrad

 evavaga

 

 

 

 

 

my 。

t

1k

th

・m ? ・am ・nvayat

・a・v・§

hi

・ ・

da

t

§・ vakya ”

i

 

 

 

 

 

tatp

。,

y

。i!・

it

・・

ya

th

・ ・

y

pratipad

k

t

・ ・na ・am ・n・

g

ta

i

 

1

BSBh

 

    

p

102

11

2

4

 

 

こ れ に 対 す るやは り

Thibaut

Renou

と金

博士 の 訳

は以 下の 通 り で あ る。

5

Th

。 w 。.

d

but

i

・ meant  

t

・ rebut  

th

pa

va

P

k

h

・ (

th

p

ima

facie

 view  as urged  above ). 

That

 a11−

knowing

, all

powerful

 

Bra

hm

。 。, whi 。

h

 

i

the

 ca

・ ・e ・

f

 

th

igi

・, ・・

b

i

t

・nce ,

・・

d

 

di

… ’

lution

 of 

the

 world

, 

is

 

known

 

from

 

the

 

Vedanta

part

 of 

Scriptu

H

・w ?

Because

 

i

・ ・

11

th

V

da

t

・・

t

・xt ・

the

 sentences  c

°n ’

strue  

in

 so  

far

 as  

they

 

have

 

for

 

thelr

 

purport

, as 

they

 

intimate

that

 matter viz  

Brahman

. (

Thibaut

5

Le

 mot  

tu

sMAIS ’signifie  

qu

’on 

6carte

 

l

 oplnlon  anterleure .

i

p

22

11

9

16

        ,   ・  .

CE

〔。・。 、

t

a

dire

 ce 〕 う・・

hm

… mnisci ・nt , ・m ・

ip

t

・・

t

・ ca ・se 

d

1

。,

igi

。。, 

d

1

… n・e・v ・

ti

・n ・

t

 

d

1

diss

1uti

・n 

d

・ m ・nd …

est

accessible  

que

 

par

 

l

’enseignement  

du

 

Vedanta

RCE

 

QU

IL

 

Y

 

A

 

CONCORDANCE

samanv の

ya

),

dans

 

tous

 

les

 

textes

 

du

 

Vedanta

 

les

 

propositions

 concordent (

Pourquoi

 ?

 

PA

c’

est ・

a

dire

 

que

       sa ・

manug 。

ta

a

6t

bli

・ un  mem en

, ・n vi・ant  un ・mem

but

(’4”

 

Parya

).   「−

5

” )  さ れ ど (

Renoec

, 

P

19

11

11

18

tu

) とい う語 は , 論 老の 申し立 て (

pUrvapak

§a)を 斥け るた めで あ る。 そ れ 〔即 ち〕全 知 全 能で , 世 界 の ・ 滅の 原 因で ある梵は ヴエ ー ダ ー ソ タ

教 典

に よっ て の み 理

される。 が 故に

samanvayat ) で ある。 ける聖 句は, そ の 〔梵の〕 何とな れ ぽ,

故か。

接 なる

連 絡

ある 一 エ ー ダー ン タに お 意

を教え る とい う

旨に よ っ て密 接に 連 絡し て い る (samanugata )か らで ある。 金

  ,上,

p

.  

23

 

11

8

11

) 一

563

(4)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

Brahmasutra

卜 1−4 の 釈を廻 っ て (金沢 ) (49)

 

ス ー ト ラ中の

tu

の 意 味は 明 瞭で ろ う。 但しこ の場 合

PUrvapaksa

 

とは い か なる もの か。 そ れ に先 立つ na  

brahmarPah

 

Sastrayonitvam7

(イ ) と 考えて よい だ ろ

brahman

が 甑 stra を

yoni

(=

pramapa

) とする と が な 」       ノ

とい う意 味で あ る。 つ ま り

Sahkara

BS

 

I

1

3

 

Sastrayonitvat

与 え た

二 の

rgvedadi

甜 stra

yonih

 

kara

a

pramaOam

  asya  

brahma

o

yathavatsvarttpadhigame

e)

否 定で ある。 そ うし た反主

に 対 す る主 張 を表わす もの が ,

tat

で ある と

§

ahkara は考 えて い る よ うで ある。 (ロ ) に 続 く

甑 strad  eva  

pramapaj

 

janmadikararParp

 

brahmadhigamyateg

ハ )に パ

レ ル

brahma

 sarva

alp  sarvaSakti  

jagadutpattisthitilayakarapa

ve

      ,

danta6astrad

 evavagamyate 二 )が , ま さ し くそ れ 。 だが , そ の

Saf1

kara

注 解 っ た筈の 金 倉 博士 の

BS

 

1

1

4

の 訳 文

4

” )で は 如 何な っ てい るだ ろ うか。 「そ れは 〔世 界生住 滅の 因 と認め られ る〕」と 「そ れ 〔即 ち〕全知全

で, 世 界の 生 ・住・滅の 原 因で あ る梵 は , ヴエ ーダ ー タ教 典に よっ て の み 理 解され る」 の 両者 が, 同 一 とを っ て い る と

え るべ きなの か1D)。 

Thibaut

Renou

の 場 合が ほ ぼ整 合 的で あるの を 目の あた りに する と, こ の

事 態

は ど う して も尋

な もの とは 見な し難い 。 さ らに (ハ ) (二 ) 中の eva の

釈で ある。 即 ち, こ れ を

Renou

5

) 中の … n ’est accessible  

que

 

par

 

1

’enseignement …

, 金 倉 博士 訳

5

”)中の ヴエ ー ダー ン タ

に よっ て の み理

さ れ る

の よ うに

訳す

き な

4

),

5

) 中の よ うに 実質 的に は eva が 付 さ れ て い ない か の 如 く訳 すべ きな の か , 或い は 実の とこ ろ それ らは 孰 れ も 同 じこ とな の か , ま た違っ た とし て も大 事 な相 違で は ない の か , 等 々 とい っ た 問題で ある 11) 。 孰 れの 場合 も ,本

稿

で の考

眼 目に 置か れ て い る samanvayat の 解 釈に大 き く関わ りを

つ と考え

られる か らであ る。 次い で

katham

の 意 味で ある。 

Thibaut

How

? と

Re

− nou の

Pourquoi

 ? 金 倉 博士の 「何 故か 」の 相 違無 視で き る もの なの か。

れ の 問 題 もお い それ とは 「明確不動 」 の 答えを 見い せ まい とは い つ つ , 以 下順を追っ て

検討

して行 く他 ある まい 12)

 

先ず eva で ある。 言 う まで も ない こ とで あ る が, そ れ を如 何 解 する か に よ っ て 定 説 者の 主 張内 容が変 わ っ て くるの で ある。 即 ち

挙 げ

た金

博士 の 訳に

っ て 考 察 す るに ,

ヴ エ ー

に よ っ て の み 理

さ れ る

と 「ヴエ ー ダ ー 教 典に よ っ て 理解 される」と或い は

々 eva の 訳 語 と して用 い られ る

こ そ 」を使っ て の 「ヴエ ー ダ ーン タ 教

に よっ て こ そ 理

さ れ る

との 差 異が 考 慮 一

562

一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(5)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty (

50

Brahmastitra

 

I

1

4

釈 を 廻 っ て (金 沢 ) さ れ ね ば な ら ない とい うこ とで ある。 日本 語 として の 「の み」 や, 「こ そ」の 持つ 意 味は軽ん じて よい の で は な い で あろ う13 )。 する と主張の 内 容が変わ る こ とに よ っ て , 次 の

katham

を その 主張に対 する理 由を導 出す る為の もの と解し た 上 で の 理 由 samanvayat が担 っ て い る意 味に も変 化を来たす こ とに な る。

りに

Vedanta

学派

定 説とし て 三様の 釈 が 妥 当 す る と して も, こ こ での 問題は そ れ とは全 く別の 事 柄で ある こ とを忘れ て は なる まい 。 論 理 的に 議 論 を進め て きて い る筈 の ?)こ の文 脈で の こ の 箇 所

如何

か とい うこ とが 今の 問 題 点 なの         ノ で る。

Saflkara

の 注 釈に

っ て

BS

 

I

1

4

釈 を 提 示 す る

Thibaut

に せ よ

Renou

に せ よ金倉 博士 に せ よ些か 不 用意で あるとの 観は否め ない と思 わ れ るの だ が, 如 何であろ うか。 ともか くも

katham

How

?と解 す

Thibaut

も, 

Pourquoi

 ? と解 す る

Renou

も, 「何 故に 」 と解さ れ る金倉 博

士 も, ス ー ト ラ中の samanvayat を

tat

で示 され る主張に 対 する理

と理

す       ノ

る点で は 一 致し て い る。 つ ま り, 三 氏 とも

 

Sahkara

 

の 釈 論 中の

 

sarve $u 

hi

vedante $u vakyani  

tatparyerpaitasyarthasya

 

pratipadakatvena

 samanuga 一

      ノ

tani

(ホ )を, samanvayat に 対する

Sahkara

に よ る注

して い る とい う       ノ こ る。 として も, こ れ が

Saflkara

に よ る samanvaya の 語 義説明で ある, と言 うの で は ない 。 「 一 語 或 述 語 省 略 と は り, 省 略 する こ との で きない 最 も重 要な語を さへ も強ひ て

略 し て ゐ る 。」 と 言       ノ われ る

BS

1

1

4

の samanvayat の 部 分が担 っ てい る もの の

Safikara

に よ る解 明に な ら ない 。 三 氏は 従っ て (ホ) 中の

hi

を samanvayat の 奪 格が 意 味 する もの と解 して い る。 即 ち (ホ )を

tat

が担 う主 張,

, ヴ エ ー ダ ー 教 典に よ っ て の み理 解 され る」 若 し くは 「…

は, ヴエ ー ダー ン タ 教 典に よっ て (こ そ)理 解され る」に 対 るす 理 由 句 と解し て い るの で ある。 で は こ の 文 は ど うい こ とを 言わ ん と して い の か 。 ス ー ト ラ ま さ samanvaya 対 応 する で あろ う (ホ ) 中の samanugata は如

なる意 味なの か , それこ そが 闇 雲に め られ て しま っ た本 稿の 中心 課 題で ある。

者の 知 る限 り

Sahkara

自 身はその 膨 大 な 釈 論 中で 一度 と して samanvaya 乃至 samanugata の 語 義 を 説 明 し て い ない よ うで る。 とい うこ とは ,

Sa

kara

に と っ てそ れ らの 語が特別 に 難 解な用語 と意識 され て い なか っ た と考 えて 良 い の だ ろ う。 な らば 「 … , ヴ エ ー ダ ー ソ タ 教 典に よ っ て の み 理

され る」

し くは 「…梵は, ヴエ ーン タ 教 典に よっ て (こ そ)理 解さ れ る」 とい う主張に 対す る 理 由とし て の (ホ )を ど 一

561

(6)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service KomazawaUniversity

Brahmasatra

I-1-4

eDeewtigas.vC

(eZFI)

(51)

S

L

N

5

Mt,

eik

lc

ge

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2L

a#r

RL

N [D

hi.

L

"C samanugata

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samanvaya

ct

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5

Xt.

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h

ts.

Safi

kara

EI

Et

eD samanvaya

JTbS

samanugata

8

L

N

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Sahkara

e

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5.

me2zasietikrb:

ti)

BS

pF,`D samanvaya

<or

samanugata)

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o

BS

M-4

Pif-Dvefo6e

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iS<Ene±

esFPo,EBen

SrecD'(!Zk

at

5.

BS

I-1-4

tat

tu

samanvayat

oglre'`)

Ef

ua

<

Mav

vt

J}LTo

me

b

-(F

fo

6.

vi) mahgalasya ca vakyarthe samanvayabhavat

!

kta

eva

hy

athaSabdah

grutya

mahgalaprayojano

bhavati

f

(BSBh,

p.

47,

1.

1-p.

49,

1.

1)

ni)

na ca

tadgatanam

padanam

brahmasvarapavisaye

niScite

nvaye 'vagamyamane 'rthantarakalpana

yukta

;

kalpanaprasahgat

/

(ibid.,

p.105,

11.3-4)

viil)

sarppadadirape

hi

brahmatmakatvavijfiane

'bhyupagamyamane

`tat

tvam

asi' `aham

brahmasmi'

`ayam

atma

brahma'

dinarp

vakyanam

brahmatmaikatvavastupratipadanaparah

samanvayah

pidyeta

1

(ibid.,

p.

123,

11.

7-9)

ix)

tasman

na

pratipattividhivi$ayataya

Sastrapramanakatvam

hmarpah

sambhavatlty atah svatantram eva

brahma

rpakdm

vedantavakyasamanvayad

iti

siddham

1

(ibid.,

p.

153,

1.

4-p.

154,

1.

1)

x) evarp

tavad

vedantavakyanam

brahmavagatiprayojananarp

hmatmani

tatparyena

samanvitanam antarerpapi

karyanupravegam

brahmarpi

paryavasanam

uktam

!

samkhyadayas

tu

parini$thitam

vastu

pramanantaragamyam

eveti manyamanah

pradhanadini

rapantarany anumimanas

tatparatayaiva

vedantavakyani

ti

!

(ibid.,

p.

161,

11.

1-4)

xi)

tatra

prasiddher

vayuh

prarpa

iti

prapte,

idam

ucyate

Sabdam

brahma

vijn-eyam

!

kutah?

tatha'nugamat

!

tatha

hi

paurvaparyerpa

paryalocyamane

vakye

padarthanam

samanvayo

brahmapratipadanapara

upalabhyate・・・

(ibid.,

p.

218,

11.

10-12)

-

560

(7)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty

52

Brahmasatra

 

I

 −

1

4

解釈 を っ て (金 沢 )

  

xii)

 

… samanvaye  

hi

 samastasya  

jagato

 

janmadikara4arp

 

brahmeti

   

sthapitam …

ibid

., 

p

996

11

7

8

 

因み に 以上 の 例に 対 す る金倉 博士 の 訳 文を

分 的に い て お こ

  

6

P

 

さ らに 〔こ の atha の は〕 祝 福 (瑞

mahgala ) の 意 を 表わ す

   

とす るこ ともで 。 〔そ の 意 味に 於て〕聖句の 趣 旨に 連絡 しない (sa −

   

manvaya −abhava か らで あ る。

 

(金 倉

 

,上 ,

p

8

11

14

15

  

7

p

.)

 

ま た 其 (聖 句) に 含まれた 語 (

pada

) が, 梵の 本 性に 関 係 し てい る

   

こ とが

確実

で 〔互 に〕 密 接 な 連 絡 が 理

せ られる場 合に, 別の 意 味を 想 像

   

(妄 分別 ) す るの は 正 し くない 。 (

ibid

., 上 ,

p

23

11

15

16

  

8

p

.)…《汝はそ れな り》 《予は 梵な り》… とい うこ 聖 句/ 梵 我

   

実 在の し た 言

/ 密接

な連 絡が, 破 られ るで あろ うか らで あ

   

る。 (

ibid

., 上 ,

p

31

11

11

13

  

9

p

 

… で る か らし て, 梵は ま さに 独立 し て 教典を認識基準 として い る

    

ヴエ ー ダー ン タ の 聖 句が 〔こ の

意味

〕 密 接関連 すか ら と証明せ られ

   

た。 (

ibid

., 上 ,

p

44

11

17

18

  

10

p

 

, か よ うに , 梵 我 〔 一 如〕 の確 認を 目標 とし, 趣 旨の 上 で

   

連 絡 し た ヴエ ー ダー ン タ の 聖句は , 所

karya

即 ち祭の 行

   

係 が な くて に 帰 着 するこ と

 

brahma

paryavasana

   

に 到

する こ と)を

。 (

ibid

., 上,

p

48

1

18

p

49

1

1

  

11

p

即 ち

前 後

に よっ て聖 句 を 観

する

は , 語 義の 連 絡 (sam −

   

anvaya )は, 梵の 解明 を 目的 とし てい る と認め られ る。 (

ibid

.,

k

, 

p

113

,      

11

5

6

  

12

 

…何と な れ ぽ, 〔

本経

〕密接

なる

連絡

に 於て, 梵は全 世 界 の 生 等 の

   

く原 因で ある〉 とすで に

立 され たか らであ る。

 

ibid

., 下, 

p

562

11

10

−      

11

 

以 上 の 如 き金 倉 博士の 訳 文か らは

士 が, samanvaya (or  samanvita )を 一 様に 厂連 絡 」 若 し くは 「密 接な連 絡 (

関連)」

と解 されてい る こ とが明 白で ある。 し か もそ こ に は , 『… ブラ フ マ ・ ト ラ 釈 論 全訳』 の 「序言」 で言われ る

く 「…そ れ らの 言 葉の に どれ だ けの微 妙な 区別が る の か。 それ と も, 単に

章の 綾か らい ろい ろ 言 い 換 えて い るの か , は っ きりしない 場合が 多い 。 で きる だけ 違 っ た原語 に は

な っ た

訳語

を 当て て , 忠 実に 本

に 倣お うと心 が けて …15)」 一

559

(8)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

Brahmastitra

 

I

−1−

4

釈 を廻っ て (金 沢) (

53

) とい う意 識 的な姿

体化

し て い る の を 見る こ とが 出来るの であ る。 さ らに こ れ を博士 の … の 理 由 samanvayat に し て は解 釈が一致しない 。 サ マ ン ヴ ァ ヤ は通 例直接の 結合 連 絡, 会 合を表わす 語である。 しか し

じて , 「同 じ

意味

わす こ とに て 一

, 即 ち

を 表わ す 」 「同 義 」とい う意

に も な る16) 。 例え ば, 『ヴ エ ー ー ン タ 経 』 一 ・一 ・四 に る こ の 語に関し て シ ャ ン カ ラの た 解 釈の 如 きは そ の 適 例で ある 。 17) 記 述 と し て み る , 一 層興

深い の で は なか ろ うか 。

の とこ ろ こ の samanvaya (or samnvita ) と い う語は 如何 なる意 味に し た ら良い の か 。 暫 し金 倉 博士 の 訳 例に 沿 っ て考 えて み よ う。

 

4

” ) に よれ ば, その 「密

な連 絡 」は

ヴ エ ーダ ー タ の

間」る と

れ る。

5

” ) に よれ ば, そ の 「

密 接

な る連 絡 」は

エ ー ダー タ に お け る聖句 」 問に あ る とされ る。

6

P

.)に よれ ば, 「atha の 語 」の

聖 句の 趣 旨」 と の 「連 絡 」る1s )。

7

p

れ ば , 「(聖 句)に

ま れ た語 」 相 「互」 間の 「

接な連 絡 」か , 「(聖 句

まれ た語 」 と

 

の 本性」 との 「密

か で

ろ う

意味

が 明

で はない 19 )。

8

p

れ ば , 訳

の 懸 り方 を 明確に せ ん との 翻 訳 技 術上 の 発明 「/ 」 記号2°) に 助 け られ て, そ の 「密 接な連 絡 」 とは 聖 句 の もつ 葉 」 の 間の もの と さ れ る。

9

p

.) れ ば , 「ヴ エ ー ダ ー タ の 聖 句 」

接 な 連 絡

10

p

に よれば , 「ヴェ ー ダ ー ン タ の 聖 句」の 「梵 我 」 との 「

密接

」な

絡 」 であ る。

11

p

に よれば, 「語

」の 「連 絡 」 で ある。 だ が この よ うに も眺め られ るこ の

 「

絡 」 21) とは

際 如 何な る意

した ら良い の か 。 筆 者の 本 稿での

心 の 所 在を 明

に する為に も以 下の 比較が 必要で あろ う。

 

sarve $u 

hi

 vedante §u

 

vakyani

 

tatparye

aitasyarthasya

 

pratipadakat

vena  samanu  atani α

 

「何 とな れ ぽ,

エ ー ダー タ に お け 聖 句

, そ の 〔梵 の 〕 意 味 を 教

える とい う趣

に よ っ て 密 接に 連 絡 し て い る (samanugata )か らで

る 。

 

vedanta

kyana

h

iR

X9

h

h

塑 迦

i

tRi

迎 型哩

samanvi

nam β antarenapi  

karyanuprave6a

brahmapi

 

paryavasanam

uktam

 

「梵 我 〔一如〕 の 確 認を 目 とし, 趣 旨の 上 で梵 我に密 接に

絡し た ヴエ ー タ の

は, 所 作 (

karya

即 ち

の 行 為 )に 関 係が な くて も, 梵に 帰

する 一

558

一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(9)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty (

54

Brahmastitra

 

I

1

−4 の 釈 を廻 っ て (金 沢 ) こ と (

brahma

paryavasana

梵 の 理

る こ と)を述べ 。」

 

の 上 か らも 「同 義 」 と考 え られて い る samanugata とsamanvita とを

む 二つ の 部 分 α と β解 釈に は 決 定 的差 異 (或い は齟 齬 )が見 られる とい うこ とである。

BS

 

I

1

4

の 解 釈に端 的に関わ る, 前 者の … vakyani … samanugatani … とそれ とほ ぼパ レル な …−vakyana  

p

…samanvitanam … と 解 釈 。 前 者は 聖句 」 (vakya )

互 が

接に 連 絡 し てい る」の であ り, 後 者は 「梵 我 に 密 接に 連 絡 した」 「聖句 」 (vakya ) で ある。 こ れは金 倉 博士 の 読 解上 の 混 乱 と

なすべ き も 。 こ の 金

博士 ご自身の うちの 解 釈の 相 違に 対 応 する のが本 稿 冒頭 部に 引い た

BSI

1

4

の 訳例

4

)と

4

” ) の 相 違で あ る (

4

) と

5

) との

22)で

もあ

る)。

4

) 中

の …

because

 

it

 

is

 connected (with  

the

 

Vedan

ta

texts

as 

their

 

purport

it

Brahman

を指 すの であろ う。 こ の

Thi

baut

訳 例

4

) に 例 えば 比較 的 最 近の

K

. 

H

. 

Potter

  

4

’ ”

 

But

 

that

is

 so

, 

that

 

is

, 

Brahman

 

is

 

known

 

from

 scripture ),

    

because

the

 

passages

 

in

 

question

)are  connected

to

 23)

Brahman

     through

their

) meaning .

 

(.

4

 

V

, 

p

124

11

27

29

 

を 付 け 加 えた 上 で 比 較 し て み れ ば 両者の 差異 は 一層 明瞭に 成 る か も しれ ない 。

するに 複 数の の の 「何

か の 関 係

を 意 味 す る と られこ の sama − nvaya を用い て

BS

 

I

1

4

で は 一

な る

数の の の 間の 「関 係 」が図 されてい たの か とい うこ とである。 ヴエ ー ダー ン タ の 複 数 の 「聖句」 (vakya )間 の samanvaya で るの か , そ れ ともヴ ェ ー ダー ン タ の 任 意の 厂聖 句」(vakya )と 指示対

で あ る 「

」の の samanvaya で るの か , 或い は またそ の 孰 れで も ない

の の

の samanvaya で るの か 。 また v)

中 (

ホ )で示 され

て い …vakyani … samanugatan1 …は孰 れの samanvaya を

意 して の の で

      ノ

ある の か とい うこ とで る。 vi)か ら xii)に掲 げた

Sahkara

の samanvaya

(or samanvita 用 例か らそ れ を

定 する こ とは果た し て 可

で あるの か 。 そ れと もや は りそ れ は 「師 の 直接の 教 授」に なか なか与 りに 現 代に あっ て ,

々 銘 々 が 「自己 の 判 断に よ っ て」 全 く恣 意 的に 「読み込む」 他ない もの で あ るの       ノ か。 そ れ と も普通 に 行われ て い る,

Sahkara

の 釈 論に 対 する種 々 注 釈や

BS

に 対 す る他の 種 々注 釈を やは り全 く恣 意 的に 「読み込 む 」 こ と を 通 じて の み 達 成 されるの か. 実の とこ ろ

筆 者

の こ こ で の 細やか な 目論 見は 容 易に 結 論に 辿 り着       ノ か ない こ と, 能 う限 り判 断を保 留 する こ とで あ る。 従 っ てい ま しば ら く

Sahkara

一 

557

 一

(10)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University Brahmasfitra  I − 1−4 の 解 釈 を 廻 っ て (金沢) (55 ) 自身 の

作と され て い る もの の 内に , こ の samanvaya (or samanvita  or sa − manugata 用 例 を 探 っ て み よ う24)。

 

θ茲 訪 α如 7

α

4

SU

)に 次の

き用 例 がある。

   

xii

 

aflgu

thamatro

 ravitulyar 且

pah

 sa

kalpaharpkarasamanvito

 

yah

    

buddher

 

gupena

tmagu

ena  caiva  

aragramatro

 

hy

 aparo ’

pi

     

dr

tab

〃25)

 

SU

 

5

8

 

SUBh

 

p

73

11

1

4

  

この 一samanvita に して は, 

Sahkara

は次 の 如 く注 釈 して い る

26)

   

xiii

 

salpkalpahalpkaradina  samanvito  

buddher

 

gupena

tmagupena

    

ca 

jaradina

 

1

 

ibid

.,

73

11

13

15

  

また

YogasUtrabhaLs

 

ya

YSBh

)に 次 の

き一

が あ る。

   

xiv

 

tasya

 samanyasya  

Sabdadayo

  vi 首eSah

tatha

  coktam

  

eka

    

jatisamanvitanam27

e

§

am

 

dharmamatravyavrttir

 

iti

28)

YSBhV

     

p

298

11

4

5

      ノ

 

そ れに し て は,

Sahkara

の 真 作で あ るこ とに 疑

せ られ るこ と もま ま

る 29)

Vivaraua

YSBh

 

V

)をこは次の 如 くある。

   

xv

 

ekajatisamanvitanam  sattvadigunasamanugatanam   e§

am

 

bha

    

tana

prthivyadinam

 samanyana

6abdadidharmam

tra

靼 vyavar

     tate

 

ibid

., 

p

298

11

17

18

      ノ

  

れ らの こ とか ら何が

るで あろ うか。

Sahkara

に よ っ て

A

−samanvita が

A

 

instr

.+ samanvita と分 解 された 事 実, −samanvita 一samanugata

された事 実が 明 らか に な るだ けで あろ うか 。       ノ

 

次い で ,

BS

 

I

1

4

中の samanvayat に 対 す

Sahkara

解 釈 を示 す ( 中の samanugata 至 ス ー トラの samanvaya の 語 義を闡 明 すべ

tat

で 担 わせ られて い る主張を可 能 とする理 由とし ての samanvayat は お よそ如 何な る もの で あるべ 観 点

考察

を 進 て み よ 。 それに 際 し て は や は り

S4

・ 解 肋 丿α兢 7魏

4

S

幻 中の 用例を検 討 する に 及 くは ない であろ う。

   

xvi

 

bhedanarp

 

parimap

t

 samanvayac  chaktitah  

pravrtteS

 ca

ka

     

ra akaryavibhagad

 

avibhagad

 

vai6varupyasya

3a)

 

S

、酷

15

 

TK

’ ,      

p

116

11

9

11

  

こ こ で の 議 論 り行 きを把握す るた めに も,

y

毳観

4

砂 罐σ (

YD

) と

Tatt

− vahaumudi (

TK

)の 当

箇所 を

こ う。 一

556

一 N工 工一Eleotronio  

(11)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 University

56

BrahmasUtra

 

I

1

4

釈を 廻 っ て (金 沢)

   

xvii )

 

iha

 

yena

 

bhedanal

samanugatis  

tasya

 sattvam  

dr

tam

tad

    

yatha

 mrda  

ghatadinam

asti  ceya sukhaduhkhamohaih  

Sabda

    

dinalp

 samanugatih !

tasmat

 

te

pi

 santi  

ye

 ca sukhadayo ’stami −

    

tavi

e $

as

 

tad

 avyaktam

!tasmad

 asty  avyaktam  

1

yZ

, 

p

64

11

.     

19

21

   

17

P

.)

 

こ の 世 に は , そ れに よ っ て 個

が随 伴せ ら れ る もの (

bhedanam

    

samanugatih )の 存 在が知 られてい る。 た と え ぽ個 々 の

土 に よ る随

    

伴で る。 そ して声 等に は苦 楽

に よ る か の よ うな随 伴が存 在 し て い る。

    

そ れ 故に 差 別 を 没せ る楽 等 も

在せ ね ぽ ならない 。 これが

顕 現で

る。

    

(金 倉   ,

p

126

1

21

p

127

1

3

   

xviii

SAMANVAYAT

. 

bhinnanam

 sarapata  

SAMANVAYA

. su ・

    

khadubkhamoha

SAMANVITA

 

hi

 

buddhyadayo

dhyavasayadilak

    

§ap 夐

h

 

pratiyante

. 

yani

 ca  

yadrUpasamanugatani

 

tani

 

tatsvabhava

    

vyaktakara4ani  

yatha

 mrddhemapiqdasamanugatah  

kUtamukuta

    

dayo

 mrddhemapipdavyaktakarap

iti

 

KARANAM

 

ASTY

 

AVYA

    

KTAr

I

 

BHEDANAM

 

iti

 siddham . (

TK

, 

p

118

1L

 

10

15

   

18

 

同性で

るか ら。 同性 で ある

 

(samanvaya ) とは, 個 物に 同様な 本性

    

(samanarapata )が

る とい ふ 意 味で

る。 決

な ど (の

用) をその 特

    

徴 とする覚 等 (の 諸 原理)は 苦, 楽,

に よ っ て 満た され て ゐる (saman ・

    

vita = 苦 , 楽, 癡 と同性で ある) の を , われわれは 知るか らで ある。 そし

    

て , 或 本 性 と結 合せ る物は , それ を 自性とする

顕現 を, 因とし てゐ る。

    

た とへ ぽ , 土 塊, 金 塊 と結 合 する瓶, 王 冠等は, 土塊, 金 塊 の未 顕 現を そ

    

とするが

くで ある。 以上 に よ っ て , 個

顕 現な る因が存 在 す る

    

こ とは 確 定 し た Sl) 。 (金 倉   ,

p

57

1L

 

12

16

 

さ らに こ の 議 論の 論理 的 性 格を 明確にする為に , ハ

の α3醒 矯 兢 δ釧 α (

NSBh

) 中の 用 例を引い て お くこ と も 無 駄 で は あ る まい 。

   

xix )

 

ekaprakrtida 単 vyakta 単 vikarapalp  anvayadarSanat mrdan

    

vitanam  

Saravadinam

 

drStam

 ekaprakrtitvam  

tatha

 cayam  vyak −

    

tabhedah

 sukhaduhkhamohanvito  

drSyate

tasmat

 samanvayadar −

    

Sanat

 sukhadibhir  ekaprakrtidam  vi≦vam  

iti

(湿 )

, 

p

1197

, 

11

4

    

8

(12)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

BrahmasUtra

 

I

1

4

の 解釈を廻 っ て (金沢 ) (

57

  

19

 

〔主 張 〕

r

顕 現せ る一 切は, 一

」 〔 由〕

と な れ ば , 変

    

異に は 〔共 通の 〕基 本が 見 らる るが 故に」。 〔

譬喩

〕 「

土 よ りな る 容 器 等      に は 一つ の 本 性が 見られ る」。 〔適 合 〕 「而 し て , 同様に , こ の そ れ ぞ れの

    

顕 現せ る もの は , 快 感, 不 快 感, 無 知 よ りな る と見 らる」 〔帰

それ 故,

    

快 感

に共 通

な基 本 (samanvaya )を

るこ とに よ りて 身 体の 一

    

一つ の 本 性 〔の 所 産 〕な り」と31 )。 (宮坂,

p

409

11

12

16

 

xvii か ら xix に い た る まで の 三例 を通 じて,

々 は samanvaya

or sa −

manugati  or  samanvita ) とい う語に

する

幾分

な理

る こ とが出 来 る よ うに 思 わ れ る。

       

XpL

 

gen

samanvaya (or  samanugati sg . nom

Yinstr

       

Xnom

.十

Y

−samanvita (or − samanugata )nom .

 

つ ま り複 数の

X

に (

Xpl

. 

gen

.)

Y

に ょっ て (or 

Y

との ) (

Y

 

instr

.), sa −

manvaya

 

(or  samanugati ) が あるな らば 複 数の

X

に (

Xp1

, 

gen

.) 共 通

何 某か 原 因が存 在 する, と 主張 す るの で ある。 これ に 就 い て はやは り金 倉 博士

が 以下 の

くコ メ ソ ト さ い る。

    

「とこ ろ で , 今の 場 合に ,

T

は サ マ ン ヴ ァ ヤ とは個 物の 同性を い う (

bhi

  

nnanam  samanarttpata   samanvayah ) と な し

覚等

はすべ て, 苦 楽

  

癡の 同 じ性

す る意となす。 金 七

論 も同 一意 見 , 大

雖不 同, 三徳

  

一, 以此 一 , 知 其 皆

本, 故 知 有 自性 とい うて い る。

此 処 で は こ

  

解 釈に よっ た 。 即 ち個 物は 千 差万 別で あるが, 皆三 徳 よ り成 る点 に 於 て は

  

性 を 同 じくする 。 同 じ性 質で ある以上 は ,そ の

本に 唯 一 の が なけれ ば

  

らぬ。 ゆ えに因 と し て の 未顕 現が

る と 主張 す るの である。

D

が この 語

  

gleichartig

と訳して い るの も同

で ある。 

C

も全

同 じ。 

J

も同 じ

  

種 類に

す る個

は同 じ性

す, ゆ えに

苦 楽癡

有す

る全 個 物は 同じ因

  

即 ち未顕現を 予想す る と説 明 す る。 又

M

も略ぼ同 じ説明 をする 。

Y

は… … …

  

サ マ ン ヴ

とす る。 これ に 対 し

G

は こ の 語 を 本 来の

詞 sam +

  

anu + ゾ丁 に 元 し, 知 る, 推 知 する

意味

と な し て

解釈

す る。 即ち青

  

を守っ て い るの を見て その 両 親が婆 羅 門な る こ とを推 知す る如 く, 三

  

り成る大 等 を 証 相 と

めて , 因 あ り と証明するの をい う と な す。 彼に よれば

  

2

) は 「推 理せ られるか ら

とい う理 由にな り,

G

特の

釈 となる s2) 。」

 

因み に 金 倉 博士 の文 中

T

D

, 

C

, 

J

, 

M

, 

Y

, 

G

は 夫々

SK

に対 する 注 釈

TK

 

P

. 一

554

 一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(13)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty (58 ) Brahmasutra  I −1−4 釈 を 廻 っ て (金 沢 )

Deussen

の 訳 註, 注 釈

C

αη” ’肱 ,

ayamangala − , 

Ma

tha

「avrtti  

YI

 

Gaud

’ αρ

44

α肋 砺α を

意 味

す る。

 

ま た こ こ で 件の

SK

15

の 和 訳3a)に 対し て 付された服 部正明 教 授の

に 触れ て お く必要 を 感 ずる。 そ こ で 服 部 教 授は samanvaya に 就い て 次の

く言われて い る。

    

語 samanvaya は , (ある もの に) 従 っ て ともに 行 くこ とを 意 味 する

  

が, 注 釈に よ っ て, 諸 個 物は 「と もに 」 sam 一 構 成要 素 随 伴さ れ

  

て い る」 anvita

 

とい う点で , 「共 通 性 を も っ てい る」

互 い に

の あ とに 従

  

う)と理 解し た34)。

 

者が今 敢え て こ の 服 部 教 授

な注記 を 問題に し よ う とするの , そ れ が 本 稿で の

BS

 

I

1

4

 

tat

 

tu

  samanvayat samanvayat 対 す だ                                                                                                                        .

Sa

kara

に よ る

釈 v) 中 (sarve u 

hi

 vedanteSu  vakyani  

tatparyep

aitasyarthasya  

pratipadakatvena

 samanugatani の 解 読に 大い に 関わ り が あ る と考 え られた 為で ある。 服 部 教 授が如 何な る 「注 釈」 に よっ た の か は ,

今俄

に は 判 じ難い が, 「と もに」の 意 味が 釈 然 としないの で ある。 「諸 個 物は 「と もに」 sa 皿 ・三 種 の

成要 素に 随 伴されて い る」 anvita とは如 何な る意 味か。 つ ま り諸 個

が, 「共に 」 と書 き表わ すこ と が 出来る 「ともに 」sam ・ , 三種の 構

成要

素に 「随 伴 され てい る」が為に 「共 通 性を もっ てい る

と 「理

」 される の で は な く, 諸 個

が, 「い ずれ も」三 種の 構 成 要 素に 厂随 伴 されて い る」が 故に,

共 通 性 を もっ て い る」 との 表 現が 可 能に な っ た と考え られた か らで ある。 「共 通 性 を もっ て い る

を説 明す る か の 如 き もの とし て置かれ た 「(互 い に 他の あと に 従 う)」は , 「(ある もの に) 従っ て ともに行 く」を受けて の もの であ ろ うが , sama − nvaya とい う語を 「共通 性を もっ て い る

こ と と訳す こ との 妥 当性 をよ り堅 固に

く無

さ れ た

に は 思わ れた ) 「(互 い に他の あ とに 従 う)」 は 徒 に 混 乱を招 来 するだ けであろ う。 ウ ロ ボ ρ ス に よっ て で もイメ ージ する他 ない 厂(互い に とに

う)」 こ とが ど うし て 「共 通 性 を もっ てい る」 こ との 説 明 に な るだろ う。 こ の 場 合の 「互 い に」 も 「い ず れ も」 と解して

め て

が 通 ろ う

とい う もの で ある。

bhinnanam

  sarUpata (or samanarUpata ) samanvayah

と率

に 注 釈 し た

Vacaspatimi6ra

はそ の よ うな こ とを 言 わ なか っ た筈で ある

  そ ろ そ ろ問 題の 文 章に 直 面 すべ 知 れ ない 。

      

tat

 

tU

 SamanVayat

(14)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University

      

Brahmastitra

 

I

1

4

の解 釈 を 廻っ て (金沢 )      (

59

)       ノ

  

とい う

BS

 

I

1

4

し て

Sa

kara

に よっ て与え られた

     

 

tat

 

brahma

  sarvajia sarvaSakti  

jagadutpattisthitilayakara

      

pa

卑 vedantaSastrad   evavagamyate … …sarve §u 

hi

  vedante §u

      

v訌

kytini

 

tatparyepaitasyarthasya

 

pratipadakatvena

  samanuga ・       

tan1

  との 注 釈, さ らに そ れ を パ ラ フ レ

し て

     

  … … svatantram  eva  

brahma

 

6astrapram

akalp  vedantavakya −

      

samanvaytid … …

     

  … …vedantavakyanam  

brahmavagatiprayojanana

p

 

brahmatma

      nl 

tatparyena

 samanvlt nam … …

      ノ

  

との

に で ある。

か に これ らの

Sahkara

の 文章を受 けて, 

Vedanta

の 文章 (vakya が, 

Brahman

とい う 「同 じ意 味 を 表 わ す こ とに 於 て 一 す る と表 現す る こ とは , 決し て誤 り とは言 え まい 。 そ れ どこ ろか sarve $u 

hi

 vedan −

te

$u vakyani  

tatparyepaitasyarthasya

 

pratipadakatvena

  samanugatani

に対 する

Renou

に よ る

dans

 

tous

 

les

 

textes

 

du

 

Vedanta

 

les

 

propositions

concordent (samanugata

a6tablir

 un  m6me  sens  en  visant  un  m6me

but

ta

tParya

) との 訳 文は見 事な もの と見な され る か も知 れ ない 。 だ が, 問 題

の samanugata を concordent と訳 し,   の 訳た る

4

) に 明 らか な よ う に

samanvaya に して concordance とい う訳 語 を与え,   の vedantavakya

samanvayad の samanvaya に対し て や は り concordance とい う訳 語を与え35),

 

の samanvita に して concordant とい う訳 語を与え る36)と な し て も 見 過 ご しに は 出 来 ない よ うに 思 わ れ る 。 こ の 場 合の concordance とは如 何な る 意

か37)。 「同 じ

意 味

わす こ とに 於て 一 致 す る」 と言 う時の

 

致 」 と解 し て 良い の か。 し て

Vedanta

の 文

の (間の ) 卜 致 」 とは, 如 何な る

味か 。 先 に た 服 部 教 授に よ る

SK

15

の 翻 訳に 対する注 記 中の 「共 通 性 」 とい うこ とで ある か。 で あるな らば

BS

 

L1

4

理 由と し の samanva −

yat

と, 

SK

15

samanvayat 全 く 同 機 能を果た し て い るの か 。 こ こ に きて 初め て ,

BS

 

I

1

4

SK

15

samanvayat が 共 に 理 由 と して

機 能

して い る とこ ろ の 主張の 内実が比 較 さる べ 38) 。

SK

15

諸個

の (

bhedanam

 or 

bhinnanam

), samanvaya (or samanugati ) の 故

に , そ れ らの 原 因た る avyakta (or 

prakrti

 or 

pradhana

) が存 在す るこ とが 一 552 一

参照

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