0.はじめに
白衣派ジャイナ教聖典で仏教の律に相当するCheyasutta1の研究は、活況を取り戻し
つつある。特に、長らく入手困難だったMalayagiri(12世紀)によるVyavahāra及び韻
文註Vyavahārabhās4ya[VBh]への註釈[VM]を含む新校訂本がMUNICANDRA師の手
により2010年に出版された意義は大きく、本格的研究の素地が整った。本稿の筆者は、 2012年より科学研究費補助金・基盤(C)の採択を受け(研究代表者:藤永伸)継続 中のVBh研究会に初年度より参加し、研究を継続してきた。今回はその研究会におけ る成果の一端として、討論の心得を扱う箇所を検討する。 インドにおいて討論が長い伝統を持つことは周知の事実であり、討論に際しての心 得や論理的問答のための手引を提示する文献の存在も指摘されてきた2。ただ、ヒンド ゥー教や仏教におけるその種の記述については一定の成果があるのに比べ、ジャイナ 教で討論や問答が如何に捉えられていたかは殆ど知られていない。12世紀中盤のグジ ャ ラ ー ト で 活 躍 し た Devasūri の Pramān4anayatattvāloka[-alan
4 kāra][PNTĀ]第 8 pariccheda は討論を扱うことが指摘されているが、これとて十分に研究されておらず、
河 豊
0.はじめに 1.parihāra を科された者の例外規定 2.無作用論者との討論 3.王との討論 4.作用論者との討論 5.おわりに 1 Cheyasutta については、奥田清明「チェーヤ・スッタの特質」『印度学仏教学研究』15巻2号、 1967年、pp.193 197を参照されたい。 2 これについて、簡便には桂紹隆『インド人の論理学 問答法から帰納法へ』中央公論社、1998 年、pp.79 137を参照されたい。Devasūri 以前あるいは以後の諸作品における状況は五里霧中である。よって、PNTĀ よりも明らかに古い3VBh の記述は、ジャイナ教におけるより古い概念を示す資料と して検討に値する。 以下では VBh の記述を、註釈の理解を示しつつ考察する。Nijjutti あるいは Bhāsa と 呼ばれる韻文註釈は、仏教の mātikā や uddāna と同じく暗記や要約のために項目を羅 列したものである4。故に押韻は重視されても文法は頻繁に逸脱し、それ単体での読解 は困難を窮める。VM の解釈が常に正しいとは限らず、言外の意味を読み込むことも ある5とは言え、十全な理解のためには諸註釈の参照が今なお必須であると筆者は考え る6。そもそも、VM はそれ自身独自の価値を有するはずであるし、前述した Devasūri との関係で言えば、Malayagiri も12世紀のグジャラート地方に生きた人物であり7、 PNTĀ との関係を今後考慮する上でも意義がある。更に本稿では、未出版の新資料と して、VBh 以降 VM 以前の註釈である Vyavahāracūrn4i[VC]も試験的に参照し、今後 の本格的 VC 研究のための予備的ステップともしたい8。
1.parihāra を科された者の例外規定
討論の心得に関する記述は、parihāra という滅罪行(prāyaścitta)を科された修行者 を説明する中で現れる。パリハーラとはある種の村八分に類し、他のジャイナ教修行 者グループ(gaccha)を訪問できないなど、著しく行動が制限される9。しかし教団に 何らかの事案が発生し、パリハーラを受けていない修行者にその事案を解決する適任 者がいない場合、パリハーラを科された修行者が有能であれば例外的に他のガッチャ 3 Mohanlāl MEHTĀ, Jain Sāhitya kā Br4had Itihās Bhāg 3:Āgamik Vyākhyāyem4, Amritsar, 1967, pp.124125は、VBh の著者を不明としつつも、7世紀よりも前の成立とする。
4 この点については、Mari JYVÄSJÄRVI, Retrieving the Hidden Meaning:Jain Commentarial Techniques and the Art of Memory, Journal of Indian Philosophy 38, 2010, pp.133 162を参照されたい。
5 寧ろそのように内容を盛ることこそが註釈家として必要な資質であり、聖典はそれ単体で読ま れ る べ き も の で は な か っ た。こ の 点 に つ い て は、Paul DUNDAS, Somnolent Sūtras:Scriptural Commenatary in Śvetāmbara Jainism, Journal of Indian Philosophy 24, 1996, 73 101を参照されたい。 6 この点については、Shin FUJINAGA et al., Vyavahāra Bhās4ya Pīt4hikā, Proceedings of Buddhism and
Jainism Conference in February 2013 at LIRI, forthcoming も参照されたい。
7 Malayagiri の年代については、Bechardas DOSHI, Ācārya Malayagiri’s Śabdānuśāsana, Ahmedabad, 1967, p.6を参照されたい。
8 Patan の Bhandar に所蔵される VC の5写本中、今回は仮に、Vikrama 暦1574年に書写された No.10048写本に基づきVCを示す(番号はPun4yavijaya & Jambūvijaya, Catalogue of the Manuscripts of
Pāt4an4a Jain Bhand44āra Part I, II, Ahmedabad, 1991に基づく)。
9 Colette CAILLAT, Atonements in the Ancient Ritual of the Jaina Canon, Ahmedabad, 1975, pp.149 171を 参照されたい。
に赴いて事案を処理しても無罪となる: parihārio u gacche suttatthavisārao saladdhīo / annesim4 gacchān4am4 imāĩ kajjāĩ jāyāim4 //VBh 687//
akiriya jīe pitt4 4an4a sam4jamabam4dhe labham4ta-m-alabham4te / bhattaparinnagilān4e sam4jamatīe ya vādī ya //VBh 688//
一方、パリハーラを科されている者〔でも、その者が〕経とその意味とに通じ、 超能力を具えた者だと10、他の諸ガッチャによりこれらの諸事案が生み出されたな らば、赴いてもよい。①無作用〔論者11と討論する場合〕②〔修行者の〕命を〔憎 む王から論争をしかけられた場合〕③〔王が修行者を〕苦しめる〔場合〕④自制 〔から転落する場合〕⑤〔修行者たちが王に〕拘束〔されて施食を〕得るか得ない か〔という場合〕⑥〔飢饉ゆえに〕食べもの〔を調達せねばならない場合〕⑦〔別 の修行者が食物を〕放棄する(=断食する)〔場合〕⑧〔アーチャーリヤ等が〕病 気〔の場合〕⑨〔王ゆえに〕自制を過ぎ去っている場合⑩〔作用論者との〕討論 がある〔場合〕。 これらの例外は其々興味深い内容を有するが、本稿では今回の問題に関わる①②⑩に 限定して検討する。
2.無作用論者との討論
無作用論者との討論では、まず論者は論敵に先だってその場所に赴き、聴衆を掌握 する。その後、占相によって論敵の特徴を把握し、論敵が論争に値しないことを公言 する:gam4tūn4a ya so tattha ya puvvim4 sam4gen4hae tato parisam4 / sam4gin4hittā parisam4 karei vādam4 samam4 ten4am4 //VBh 702// abam4bhacārī eso kim4 nāhiti kott4 4haĕ se uvagaran4am4
12 / vesitthīĕ parājitŏ nivvisaya parūvan4ā samae //VBh 703//
そして〔パリハーラを科された〕件の者は赴き、そこで先に、その時に会衆を掌 10 laddhi については、Kristi L. WILEY, Supernatural Powers and Their Attainment in Jainism, in:Knut
A. JACOBSEN(ed.), Yoga Powers:Extraordinary Capacities Attained through Meditation and Concentration, Leiden & Boston, 2012, pp.145 194を参照されたい。
11 無作用論者(akriyāvādin)とは業と業果を否定する主張であり、ジャイナ教の対極に位置する。 12 JVBh 版でもこのようだが、VM(p.400, l.21)は adhikaran4am4 という読みを提示し、VC(33b.8)
握する。会衆を掌握して、件の〔論敵〕と討論する(702)。「この者は非梵行者 だ。何を知ることができよう」「穀物倉に彼の資具がある」「娼婦と一緒に〔博打 をして〕打ち負かされた」〔と聴衆に告げる。その後〕論争の主題から離れ、教義 を明示する(703)。 2詩節の連絡が明瞭でないが、VC 及び VM を踏まえると、およそ以下の状況が想定 されている ― 論者は必ず先に会衆を自らのものとし、「論争をする能力があるなら、 それを熱望する者として速やかにやってくるがよい」と言って布告する13。その後 ― VMによれば討論より必ず先に占相をして(nimittam √kar)論敵の本性を理解し、対 論者が論議を行なうに値しない人品であれば、VBh703にある如く対論者の欠点を観衆 あるいは審判員に公言する。註釈に基づいて彼らとのやり取りを再現すれば、以下の 如くである14: 【ジャイナ】「そもそも件の〔対論〕者は、非梵行にも諸々の過失があることを知 りません。件の者は非梵行の諸過失を知らずに非梵行に馴染む者なのですから、 どうして他のことを知ることになるというのでしょうね」 【審判員/観衆】「件の者が非梵行者だと、どうやって確定したのですか?」 【ジャイナ】「君たちは行って、見て御覧。かの者がいた所、その滞在所の範囲に ある穀物倉に、長椅子などの資具があります。あの場所に隠していますよ。― 件 の者はあの日、あの娼婦と博打を楽しんで、負けました。その時彼の衣は博打の 形に取られたのです。このような諸々の徴で、『こいつは非梵行者だ』と理解しな さい」15 以上はVMもVCも内容自体に大差はない。但し、VC(33b.6)はこの種の会話を「対 論者が来れば(tam4mi āgate)」行なうとあるのに対し、VM は「対論者が来なければ
13 VC(33b.5 6):so tattha gam4tum4 parisam4 ātmīkr4tya pad4ahen4a ghosāveti/ āgacchatu so vādābhikam4khī/
yadi śaktir asti vādam4 kartum4.;VM(p.400, ll.11 12):... pūrvam eva san 4
gr4hn4āti ātmīkaroti paris4ad, san 4
gr4hya
ca paris4adam4 pat4ahena ghos4ayati yasya vādam4 kartum4 śaktir asti sa tadabhikān 4
ks4ī satvaram āgacchatu.
14 以下、VM に基づき、若干の意訳を行なった。
15 VM(p.400, l.18 p.401,l.1):es4a tāvad abrahman4o pi dos4ān na jānāti. ata es4o brahmacārī abrahmapratisevī
yaś cābrahman4o pi dos4ān na jānāti kim4 katham anyat jñāsyati? evam ukte sabhyāh4 preks4akā vā brūyuh4 ---
katham avasitam es4o brahmacārīti? sa prāha --- gacchata, preks4adhvam4 yūyam4 yatrāsāv avasthitah4 tasmin
kost4 4hake āśrayaviśes4e adhikaran4am4 khat4vādi amukapradeśe san 4
gopitam astīti, tathā amukayā veśyayā striyā samam es4a amukadivase dyūtena ramamān4ah4 parājitah4, tata etasya satkam4 vastram4 gr4hītam, evamādibhih4
cihnair avagacchata yathais4o brahmacārīti.;VC(33b.7 8):jo[ms.:je]esa abam4bhassa doso n4a yān4ati
to abam4bham4 sevati/ ann44am4 kiha n4āhiti/ ko pun4a paccayo/ jahā abam4bhayārī esa vaccaha /pecchaha gott4 4hae
se jattha āvāsito/ tattha ahikaran4am4/ sam4goviyam4 vesatthīe jūe jito/ eyassa yam4 potavisitt4 4hāe amugam4 /
(tasminn anāgate)」とし、真逆の状況を設定する。これがVMによる解釈の変更か、VC の伝承の問題に拠るものかは16不明だが、いずれにせよ相手が議論に値しない人物か否 かをまず知り、値しなければそもそも相手しないという態度に出ることが注目される。 対論者の能力を知る手段も、実際の会話の過程で推し量るという類ではなく、占術に 依拠する点も注目に値する。更に、より優れた認識力、例えば avadhi(直観知)等の 認識力を有するなら、その認識力によって論敵の悪い性質をより多く見抜き、以下の 如く公言する:
jo pun4a atisayanān4ī so bhan4atī esa bhinnavitto 17 tti / ko n4en4a samam4 vādo datt4 4hum4 pi na jujjae esa //VBh 704//
また、卓越した知を有する者18ならば「この者は行ないが破綻している。こんな者
と何の討論があるというのか。この者は、目にすることすら相応しくない」と述 べる。
では、いかなる者と討論するべきか。VBh705によると以下の如くであり、VC や VM
によれば、以下の性質を具えた者との討論だけが祖師たちによって認可されている19:
ajjen4a bhavven4a viyān4aen4a dhammappatinn44en4a
20 alīyabhīrun 4ā / sīle kulāyārasamannien4a ten4am4 samam4 vāya samāyarejjā //VBh 705//
⑴ 立派な者21 ⑵ 有能な者22 ⑶ 知者23 ⑷ ダルマを理解している者 ⑸ 虚言を恐 れる者(6 7)生活習慣および家系に関する正しい行ないを具えている者 ― そ ういう者と討論〔を〕行なうべきである。
16 VC の別写本、例えば No.6554でも āgate とあり(37b.10)、No.10048の単純な誤写ではない。 17 JVBh 版は citto とし、MUNICANDRA師が用いた写本にもそう読むものがあるようだが、写本上
で c 字と v 字は殆ど区別がつかない場合がある。VM(p.401, l.7)は bhinnavrata と説明し、VC (33b.10)でも bhinnavrata とある。
18 VM(p.401, l.6):avadhijñānādikalitah4.;VC(33b.9):ohinn44ān4ī[ms.:ohisān4ī]. avadhi 以降の認識力
については、例えば Kristi L. WILEY, Extrasensory Perception and Knowledge in Jainism, in:Piotr BALCEROWICZ(ed.), Essays in Jaina Philosophy and Religion, Delhi, 2003, pp.89 109を参照されたい。
19 VC(33b.11):... purisen4a samam4 vādo an4unn44āto titt4 4hagarehim4.;VM(p.401, l.15f.):īdr4śaih4 samam4
vādas tīrthakarair anujñātah4 nānyādr4śeneti.
20 MUNICANDRA:dhammapattinn44en4a. 恐らくこれは単なる誤植である。
21 VM(p.401, l.12):āryah4 āryakarmakārī ajugupsitakarmakārīty arthah4.「ārya とは立派な業を作す者、
嫌悪された業を作さない者という意味」。Cf. VC(33b.10):āyakammakārī/ ajjo adugum4chijjakārī ity
arthah4.
22 VM(p.401, l.12):bhavyah4 anekagun4asambhāvanīyah4.「bhavya とは多くの美徳ゆえに尊敬に値す
る者」。Cf. VC(33b.10f.):gun4asam4bhāvan4ijjo bhavvo.
23 VM(p.401, l.13):vijñah4 vādābhijñah4.「vijña とは討論を知悉する者」。Cf. VC(33b.11):viyān4ato
ここで VM と VC は、VBh706の解釈に入る前に2つの補足的議論を行なう。 1つ目は、論敵が空論者、つまり中観派の場合の対処である。VM によると、この場 合は己の能力に拠り何であれ空論者が発する証因があれば、それを逐一復唱した後、 不成立・矛盾・不確定という諸過失に基づいて論破し、主張をも論破するべきである24。 このように中観派に限った対処法を特記することは、当時のジャイナ教に中観派に対 する対応集のようなものが存在していたことを示唆する25。 2つ目の補足は、更に興味深い内容を有する。即ち、「霊魂(jīva)・非霊魂(ajīva)を 特性とする2つの集積が世界である、というのが我らの主張だ」と、ある時に論敵が ジャイナ教教義を把握した26。この「2つの集積」説はジャイナ教の定説に他ならない から、対論者がこれを主張命題として立ててしまうと、ジャイナ教はその主張を論駁 できない。この場合、ジャイナ教側は「3つの集積」説を確立し相手を論破するべき
だという27。「3つの集積」とは jīva と ajīva に nojīva を加えたものだが、これは当然ジ
ャイナ教の定説ではない。つまり定説を偽るのである28。かくして討論に勝利し、討論
が王によって解散されたなら、聴衆に対しそれが偽りだったことを告げる。純粋に自 説のみで勝利すれば、改めて自説を開陳する。それを示すのが VBh706である: paribhūya matim4 eyassa eyad uttam4 na esa n4e samao /
samaen4a vin4iggahie gajjai vasabho vva parisāe //VBh 706//
この〔対論〕者の考えにうち勝った後29、「このことを述べたが、これは我々の教
24 VM(p.401, ll.16 18):atha sa śūnyavādī bhavet na darśanī, tatah4 svaśaktibalena yam4 yam4 hetum4
samuccarati sa sa pratyuccārya^asiddhatva-viruddhatva^anaikāntikatvados4air dūs4ayitavyah4, pratijñādikam
api dūs4ayitavyam.;VC(33b.12):ahavā so sunn44ayāvādaprasādhan4am4 hetum4 jam4 uccārejja tam4 paccuccārettā
bhān4iyavvam4.
25 なお、ジャイナ教徒による実際の中観派批判の実態については、例えば Klaus BUTZENBERGER, Jainism and Madhyamaka Buddhism:A Survey of the Gan4adharavāda, Section 4, in:Nalini BALBIR &
Joachim K. BAUTZE(eds.), Festschrift Klaus Bruhn zur Vollendung des 65. Lebensjahres dargebracht von
Schülern, Freunden und Kollegen, Reinbek, 1994, pp.225 254を参照されたい。
26 VM(p.401, l.19f.):atha kadācit tenāsmadīya eva siddhānto jagr4he yathā dvau jīvājīvalaks4an4au rāśī jagatīti
mama pratijñeti.;VC(33b.12f.): kadāi[ms. : kadai]ten4a amham4 tan4ao siddham4to gahito[ms.:omits]
hojja dorāsī u mama pratijñā.
27 VM(p.401, l.20f.):tena pārihāriken4a trīn rāśīn prasthāpayitvā vāde parājetavyah4.;VC(33b.13):
parihārien4am4 tinn44i rāsīto t4hāvettā parāyito hojja.
28 VM(p.401l.21f.)によると、「3つの集積」は単なる例であり、更に定説から逸脱して述べた後に 勝利せねばならない(etac ca nidarśanamātram4, anyathāpi siddhāntottīrn4am uccair bhās4itvā parājetavyah4)。
なお、VC にはこのような記述は存在しない。
29 VM(p.402, l.4):etasya vādino matim4 paribhavitum. paribhūya を筆者は単なる absolutive と理解し
たが、VM は paribhūya を infinitive の機能を示す absolutive と理解した可能性がある(尤も、それ は一般的に Apabhram4śa 語で見られる特徴とされる)。
義ではない」〔と聴衆に説明する。自らの〕教義で〔対論者を〕制した時は、雄牛 の如く聴衆の中で〔自らの教義を〕吼える〔ように明示する〕。
以上の如く、自説を曲げて討論に勝利すべしという態度は、ジャイナ教の現実主義的
な一面を如実に示すものであろう30。これと同様の主張は、例えば Cheyasutta の
Br4hatkalpa に対する韻文註である Br4hatkalpabhās4ya[BKBh]と、それへの Ks4emakīrti
註[BKBhK]にも見られる。BKBh 751は4種の「動揺 cañcala」を提示する。そのひ とつは会話(bhāsā)に関係し、例えば虚偽(aliya)や汚れたこと(asohan4a)などを述 べる状態を指す(BKBh753 754)。これに抵触すると通常は滅罪行の対象となるが、無 罪となる例外がBKBh756に列挙される。そのうち「〔対〕論者(vāi)」と称される例外 事項は、BKBhK によると「対論者の知性にうち勝つため、虚偽をも述べ得る31」こと を指すのである。 また、論敵へのこのような対処は、白衣派が歴史的事実と信じることに裏打ちされた 上で、承認されていたと思われる。というのは、VC や VM が述べる「2つの集積」 「3つの集積」なる例は、マハーヴィーラ入滅後554年に起きたとされる6度目の教団 分裂事件を明確に踏まえた表現だからである。即ち32 ― Antarañjikā なる町に Pott 4 4aśāla という一人の遊行者がおり、自分を論破できる者はいないと触れ回った。それを聞い たジャイナ僧 Rohagupta は彼との討論に挑む。討論が始まる前、Pott4 4aśāla は Rohagupta が優秀であることに気づき、ジャイナ教の定説を主張命題とすれば Rohagupta が反論 し得ないと考え、jīvaとajīvaからなる「2つの集積」説を主張する。ところがRohagupta は、討論に勝利するため jīva と ajīva と nojīva 説からなる「3つの集積」説を唱える。
予想外の返答に惑わされ討論に敗れた Pott4 4aśāla は数々の呪文を Rohagupta に仕掛ける
が、師より対抗呪文等を予め授けられていた Rohagupta はそれをも退け勝利する。し かし彼は「3つの集積」説がジャイナ教の定説ではないことを聴衆に説明しなかった。 そのことを師に咎められると、Rohaguptaは「3つの集積」説こそ正しいと反駁し、か くしてこれが6度目の分裂のきっかけとなった33。 30 因みに、ニヤーヤ学派では勝利のために討論ルール上の反則を敢えて犯すことが認められてい る。これについては、小野卓也「Nyāyapariśist4 4aについて ― インド古典討論術の伝統 ―」『曹洞宗 研究員研究紀要』34,2004,pp.230 209,esp., pp.224 222を参照されたい。 31 p.235:vādino buddhim4 paribhavitum alīkam api brūyāt.
32 計8回の教団分裂記事をĀvaśyakaのHaribhadra註に基づき全訳したものとしてはErnst LEUMANN, Die alten Berichte von den Schismen der Jaina, Indische Studien 17, 1885, pp.91 135があり、Jinabhadra 作 Viśes4āvaśyakabhās4ya[VĀBh]と、そ れ へ の Maradhāri Hemacandra 註 に 基 づ く 全 訳 に
RATNAPRABHAVIJAYA, Śraman4a Bhagavān Mahāvīra:His Life and Teaching Volume IV, New Delhi, 1989
(rep.)がある。
ここで問題とされているのは、Rohagupta がそれを定説でないと後に釈明しなかっ たことであり、筆者が知る限りいかなるヴァージョンでも虚偽による勝利自体を否定 していないことには注意すべきである34。VBh がこの教団分裂に自覚的か否かは判断 できないが、VC や VM がこの逸話を踏まえたことは疑問の余地がなく35、「歴史的事 実」が教団運営の根拠として提示された好例と言えるだろう。
3.王との討論
仮に、王自身が討論を希望する場合は、極力これを避けることが推奨される: an4umān4eum4 rāyam4 sann44āgay agen4hamān4a vijjādī /pacchākad4e caritte jahā tahā neva suddho u //VBh 707//
〔王が討論を所望する場合、討論をしないよう〕王を承諾させ〔、承諾しなければ 王の〕一族が〔王を承諾させる。それでも承諾せず〕呪文など〔を用いても王を〕 掌握できないまま〔なら、出家のままで〕決して〔王となら〕ないよう、正行を 後回しにし〔討論する。こうすれば〕清浄(=無罪)である。 難解な詩節だがおよそ上の如く訳し得る。VM 曰く、王自身が討論を所望する場合、 まずは「王は大地の守護者で御座います。貴方の庇護の下で生類も全ての思想家たち も居るのですから、どうして王と討論などできましょう」などと、王の意に沿う言葉 で気づかせる。これで承諾しなければ、次は王の親族が承諾させる。それでも承諾し なければ、王に呪文などを行使する。それでも王を掌握できないままなら、行を「後 回しにする(paścātkr4ta)」、つまり出家者の徴を棄て在家の徴を帯び 36討論する。こう する理由は、彼が「決して王とならないため」とされるが、その真意は判然としない。 推測に留まるが、王が敗北し譲位を宣言した場合、彼が出家者のまま王位に就くこと を避ける意図があったのであろうか。いずれにせよ、このように振る舞うことは護教 的な理由からであり、こうすることで清浄であるという37。そしてこの後、VBh は討 論を避けるべき人物の一覧を提示する38が、討論を避ける理由については特に示されな 34 VĀBh 2939では、Rohagupta が虚偽によって勝利したことを、彼の師は「よくやった!(sutt4 4hu katam4)」と、賞賛すら与えている。
35 そもそも Malayagiri は自身の Āvaśyaka 註でこの教団分裂を詳述し(ĀvT4(M):411a10 415a10)、
この件に関して無知ではあり得ない。因みにBKBhKも、BKBh756の vāi への註釈で、実例とし て Rohagupta の事例を挙げる(p.235:yathā rohaguptena pott4 4aśālaparivrājakamativyāmohanārtham4 jīvā
ajīvā nojīvāś ceti trayo rāśayah4 sthāpitāh4)。
36 VC(33b.17)は gihilim4gam4 kāum4 ann44alim4gen4a vā「在家の徴を作った後か、あるいは他の徴によ
い:
atthavatin4ā nivatin4ā pakkhavayā balavayā payamd4 4en4am4 / gurun4ā nīen4a tavassin4ā ya saha vajjae vādam4 //VBh 708//
富裕層の者、王、派閥の長、強力な者、激怒する者、グル、下賤な生まれの者、 苦行中の者との討論を回避するべきである。
更に、VM によるとジャイナ教の教説を憎む王の場合は、必ずこれを根本から排除せ
ねばならない39。その「根こそぎ」の有様を例話として示すのがVBh709であるという:
nam4de bhoiya khann44ā ārakkhiya ghad4aga geru naladāme / muim4gagehad4ahan4e t4havan4ā bhatte saputtasirā //VBh 709//
ナンダ、領主40、痛めつけられた。守衛官、徒党、遊行者41、シロアリの巣を焼く ナラダーマに、就任、食事時に息子もろとも諸々の頭部が。 典型的な Nijjutti / Bhāsa 的文体を持つ当詩節は、マウリヤ王朝の創始者チャンドラグ プタとその宰相チャーナキヤをめぐる諸伝承42中にある一逸話を指す。当該の逸話は、 Āvaśyakacūrn4i 及び Haribhadra 註にごく簡潔な形で記される 43他、いくつかの白衣派系
註釈文献に記載される。更に Hemacandra 作 Pariśist4 4aparvan 8.340 346にも見られ、各 ヴァージョンの比較や、諸註釈における説話の位置づけなど、これ単体で独立の研究 対象たり得るが、それについては別稿を期し、ここでは VM が挙げるヴァージョンに 37 VM(p.402,l.12 p.403,l.1):yadi rājā brūte mayā saha vādo dīyatām iti, tadā rājānam anumānayet
anukūlavacasā pratibodhayet yathā rājā pr4thivīpatih4 tava chatracchāyāśritāh4 prajāh4 sarve ca darśaninah4, tatah4
katham4 rājñā saha vivādah4? ... evam anumānito pi yadā na tist4 4hati tadā ye rājñah4 sajñātikāh4 samānajñātikāh4
svajanā ity arthah4, tair anumānayet. tair api pratibodhyamāno yadi na tist4 4hati tadā vidyādinā nigr4hyeta ...
vidyādināpy agr4hyamān4e cāritre cāritravis4aye paścātkr4to bhūyāt svalin 4
gam4 parityajya gr4hilin 4
gam4 gr4hn4īyāt.
gr4hilin 4
gam4 ca gr4hītvā tathā kartavyam4 yathā naiva sa rājā bhavati. etad api kurvān4ah4 śuddha eva
pravacanaraks4ārtham4 tasya pravr4tteh4.
38 VM によると、王を説得する際にこれを唱える(p.402,l.14:atrārthe cedam uktam4 pat4het)。
39 VM(p.404,l.7):pravacanapradvist4 4am4 rājānam4 samūlam utpāt4ayet.
40 bhoiya の 指 す 対 象 に つ い て は、Madhu SEN, A Cultural Study of the Niśītha Cūrn4i, Amritsar, 1975,
pp.64 65及び p.70を参照されたい。
41 geru(ka)については、Jagdish Chandra JAIN, Life in Ancient India as Depicted in the Jain Canon and
Commentaries, New Delhi, 1984, pp.302 303を参照されたい。
42 チャンドラグプタとチャーナキヤをめぐる諸伝説について、例えば Thomas R. TRAUTMANN,
Kaut4ilya and the Arthaśāstra:A Statistical Investigation of the Authorship and Evolution of the Text,
Leiden, 1971, pp.10 67を参照されたい。
43 このヴァージョンはR.H.KOCH, Āvaśyaka-Tales from the namaskāra-vyākhyā, Indologica Taurinensia 17/18, 1991 2, pp.221 271, esp., pp.268 269に原文の提示と英語による内容紹介(厳密な意味での英 訳に非ず)がある。
基づく和訳のみを提示する44。筆者が知る限りでは、VM(及び VC)のヴァージョン が最も長く、詳細な内容を持つ: 【ナラダーマ物語】 ナンダが廃され、チャンダグッタが王位に就けられた時、ナンダに属する領主た ち ― 彼らはチャーナッカによって痛めつけられた。その後、彼らは半死半生であ りながら、チャンダグッタに所属する守衛官たちと結託し、押し込み強盗などに よって都城を襲った。任命された他の守衛官たち、彼らも〔領主たちと〕結託し た。その時、チャーナッカは考えた ―《〔領主たちと〕結託しえず、そして盗賊 たちを根こそぎにするような盗賊取締官は得られようか?》と。その後、チャー ナッカは遊行者の装いをして都城の外部で歩き回った。歩き回りつつあった〔チ ャーナッカ〕は、機織り工房にいたナラダーマという織工を見かけた。その時分、 ナラダーマという織工の息子が休息していると、シロアリによって咬まれた。〔息 子は〕泣き叫びながら父親の傍に寄って、 「僕はシロアリに咬まれた」 と言った。ナラダーマは言った ― 「どの場所で咬まれたのか、〔その場所を〕お前は見せなさい」 彼(息子)は〔咬まれた〕場所を見せた。その時かのナラダーマは、〔巣〕穴から シロアリたちが出てくるのが見られると、それらを殺した。それから〔巣〕穴を 掘って〔巣〕穴の中に卵たちがあるのが見られると、それらの上に草をまき散ら し、火をつけ、卵をも焼きはらった。チャーナッカは彼に尋ねた ― 「どうして〔巣穴を〕掘り返して、穴の内側に火をつけたのかね?」 ナラダーマは言った ― 「これらの卵たちが孵化すると、咬むことになるからですよ」 その時、チャーナッカは《この者が盗賊取締官として〔任務を〕なしている状態 であれば、シロアリを焼き尽くすように盗賊たちを根絶させることができるぞ》 と考え、その後、彼(ナラダーマ)は盗賊取締官に就いた。 その後、ナンダ派に属する盗賊たちがナラダーマに近づき、 「非常に多くの、盗賊の分け前を我々は与えましょう。保護してくださいませ」 〔と言った〕。ナラダーマは 「そうしましょう」 と言って、そしてこのようなことを言った ― 44 VC(34a.1 9)にも VM のそれと非常に類似したヴァージョンが見られ、VM は VC に拠りつつ 本逸話を記した可能性が高い。当該部分の VC 校訂テキストは別に公表したい。
「君たちは他の〔仲間〕たちも連れてきなさい。彼ら全員を納得させて、私の下に 連れてくるとよろしい」 彼らは「承知しました」と〔言い、そのように〕なした。ナラダーマは全員を丁 重に扱った。別の時に、かのナラダーマは彼ら盗賊たちのために豊富な食事を用 意した。息子たちを伴って〔盗賊たち〕全員がやって来た時、その時に息子たち もろとも彼らの頭を切断した45。 この説話においてナラダーマがシロアリを卵ごと根絶したように、ジャイナ教の教説 を憎む王については、これを根絶せねばならない。なお、VM はこの後に付言して、 ジャイナ教の側につく王や、あるいは中立を保つ王は、ジャイナ教の教説を破壊する者 から保護するがゆえに清浄であるばかりではなく、遠からずして解脱へ赴くとする46。
4.作用論者との討論
作用論者との討論の場合も、基本的な対応は無作用論者のそれと同一だが、以下の 点は作用論者との討論に際してのみ適用される47:vāde jen4a samāhī vijjāgahan4am4 va vādipad4ivakkho /VBh 746 line 1/
討論に際し、それを用いれば集中力が〔生じるものがあれば、それが与えられる〕。 45 VM(p.403, l.14 p.404,l.5):nam4de nicchūd4he rajje paritt4 4hāvite cam4dagutte nam4dassa je bhoiyā te
cān4akken4a lūsiyā. tāhe te ajīvamān4ā cam4daguttārakkhiehim4 samam4 sam4valitā khattakhan4an4ādīhim4 n4agaram4
uvaddavam4ti. je vi ann44e ārakkhiyā t4havijjam4ti te vi sam4valam4ti. tāhe cān4akken4a cim4tiyam4 --- ko labhijjā
coraggāho? jo na sam4valijjā jo ya samūle core uppād4ei. tāhe cān4akko parivvāyagavesam4 kāūn4a
nagarabāhiriyāe himd44ati. himd44amān4en4a ditt4 4ho naladāmakuvim4do tam4tuvāyasālāt4hito. tammi velāe
naladāmakoliyassa putto ramamān4o makkod4aen4a khaito. royam4to piusagāsallīn4o, kahiyam4 makkod4aen4a
aham4 khaio. naladāmen4a bhan4ito --- dam4sehi, jatthogāse khaio si. dam4sito so oyāso. tato tena naladāmen4a je
bilāto niggayā ditt4 4hā makkod4ayā te māriyā. tato bilam4 khan4ittā je bilassam4to amd4 4ayā ditt4 4hā tesu tan4ān4i
pakkhivittā palīvittā amd44ayā vi dadd44hā. cān4akken4a so pucchito kim4 kāran4am4 khan4ettā am4tobilassa
palīviyam4? naladāmo bhan4ati --- ee amd44ayā nipphannā khāissam4ti. tato cān4akken4a cim4tiyam4 --- esa
coraggāho kato sam4to samattho muim4gaparidāha vva corā ucchedaeum4. tato so coraggāho t4havito. tāhe keī
nam4dapakkhiyā corā naladāmam4 uvem4ti subahum4 corabhāgam4 dāhāmo, sārakkhei. naladāmena bhan4iyam4
--- evam4 hou tti. imam4 ca bhan4iyam4 --- anne vi evam uvalabheha, te savve pattejjāvettā mama sakāmam
ān4eha. tehim4 taha tti kayam4. savve sammān4iyā naladāmen4a, annayā ten4a naladāmen4a tesim4 corān4am4 vipulam4
bhattam4 sajjiyam4. jāhe savve saputtā āgayā. tāhe savvesim4 saputtān4am4 sirān4i chinnān4i.
46 VM(p.404,ll.7 9):ye ca tasya sāhāyyam4 kurvate, ye ca tat4asthitā anumodante, te sarve śuddhāh4
pravacanopaghātaraks4an4e pravr4ttatvāt, na kevalam4 śuddhamātram4 kin tv acirān moks4agamanam.
47 VBh 745:hett4 4hā akiriyavādī bhan4ito in4amo kiriyavādī「既に述べた非作用論者〔への対応が作用論
者にも適用される。しかし〕以下のこれは作用論者〔にのみ適用される対応〕である」。VBh746 の2行目は討論作法と無関係であり、別途説明が必要となるため、紙幅の都合上省略したことを 諒とされたい。
あるいは論者に対抗するものとしての、呪文を授けることが〔行なわれる〕。 作用論者との討論では、集中力を作るもの全てが与えられる。VM によると、それは ブラーフマニヤという医薬、身体のこわばりを除去するもの、牛乳などの優れた飲食 物、身体の一部あるいは全身の水浴、あるいは衣を飾り立てることなどである。また、 論敵が知る呪文に対し、MoriやNauliと称される48対抗呪文をアーチャーリヤは授けね ばならない。曰く、「ブラーフマニヤという医薬の使用ゆえにことばは鋭くなり、身体 のこわばりを除去するものの摂取ゆえに身体が軽快なものとなり、牛乳という優れた 摂取物の摂取ゆえに知性と卓越した記憶力が生じ、サルピスを混ぜた食事を食べるこ とゆえに活力が生じ、バターオイルによって鋭敏さが生じ、一部もしくは全身の沐浴 と、衣などの荘厳においては、光熱力ある者となり、対抗呪文の把握ゆえに多大な精 神的安定がある49」からである。そして、討論に際し必要な心身の能力が、最後に言及 される:
vāyā puggalalahuyā mehā ujjā ya dhāran4abalam4 ca / tejassiyā ya sattam4 vāyāmaiyammi sam4gāme //VBh 747//
〔明瞭な50〕ことば、肉体の軽快さ、知性、活力51、保持力52、威光ある状態、勇気―
〔以上が〕ことばの戦いの際に〔総動員される〕。
5.おわりに
以上、4節に亘って、VBh及びその註釈文献が記すところの、討論に際しての心得 48 VM(p.416, l.8)や VC(34b.11)が morī naulī 等と引用する詩節は、MUNICANDRA師が指摘する ように Āvaśyakabhās4ya183に相当する。ところでこれは第6回教団分裂を記す詩節群のひとつで、
Pott4 4aśālaが発する呪文に対抗するためにRohaguptaが師より授かった対抗呪文の一覧である。従っ
て、このケースも第6回教団分裂という「歴史的事実」を根拠として実際の教団運営に適用した 一例と言えよう。
49 VM(p.416, ll.10 14):brāhman4yādyaus4adhopayogato vākpāt4avah4, śarīrajād4yāpahāryaus4
adhābhyavah-āratah4 śarīralaghutā, dugdhapran4ītāhārābhyavahārād medhā viśist4 4am4 ca dhāran4ābalam4, sarppih4sammiśra-
bhojanabhuktita ūrjā, ghr4tena pāt4avam iti vacanāt, deśatah4 sarvato vā snāne vastrādivibhūs4āyām4 ca tejasvitā
pratipaks4avidyāgrahan4ato mahān mānasiko vast4 4ambhah4. イタリック部分の典拠は現時点では不明。
50 VM(p.416, l.17):vāg vyaktāks4arā.「vāc とは明瞭な諸音節」。
51 VM(p.416, l.18f.):ūrjā ca balam4 prabhūtaprabhūtatarabhās4an4e pi pravardhamānasvabalah4 āntara
utsāhaviśes4a ity arthah4.「そして ūrjā とは力である。長大な上にも更に長大な対話においても現に増
大する自らの力にして、内的な強さの一種、という意味」。
52 VM(p.416, l.19):dhāran4ābalam4 prativādipratipāditaśabdatadarthāvadhāran4abalam4.「dhāran4ābala とは
対論者によって言及された言葉と、その意味を確定する力」。この解釈は、ジャイナ認識論におけ る一連の認識過程を示す術語としての dhāran4ā を念頭に置いたものと考えられる。
を検討した。その内容は、論理的問答のための術語集や規則集といったものではなく、 討論の相手に応じてどういう対応を取るべきか、という実際的なテクニック集成であ ることが特徴的である。また、ジャイナ教側が是認せざるを得ない定説を相手側が主 張命題として提示した時は、定説とは異なる内容を主張し返しでも討論に勝つべし、 といった点などは、ジャイナ教の現実主義的側面をよく表したものと言えよう。 今後の課題として、既に記したVBh自体の不明瞭な点を解明することに加え、ここ で検討した内容がジャイナ教の他の文献の中でも見られるか否かを調査することが挙 げられる。その作業を通じて、VBhが記す討論心得をジャイナ教の伝統の中でどのよ うな位置を占めるか検討する必要がある。無論、その調査は仏教やヒンドゥー教の諸 文献にも拡大されるべきである。 また、課題をVBhに限定すれば、VBh全体の正確な読解は当然として、その作業の ためには今回試験的に用いた新出資料たるVCの批判的校訂本の作成と文献学的研究、 VM と VC との比較研究が今後は必須であろう。サンスクリット・プラークリット混 交散文体という独特の文体で書かれ、内容は勿論のこと言語学的にも不明点を多々残 す Cūrn4i 文献群の総合的研究 ― そのような研究は管見の限り未だ出現していない ― に新資料を提供するという意味でも、VC 研究は不可欠である。 【一次文献一覧】
ĀvT4(M) Malayagiri s Commentary on the Āvaśyaka
Śrīman-Malayagiryācārya-kr4ta-vivaran4ayutam4
Śrutakevali-śrīmad-Bhadrabāhu-svāmi-sūtrita-niryuktiyuta-Śrī-Āvaśyakasūtram, Āgamodayasamiti
series No.60, Bombay, 1932.
BKBh Br4hatkalpabhās4ya
CATURVIJAYA & PUN4YAVIJAYA(eds.),
Sthavira-Āryabhadrabāhusvāmi-pran4īta-svopajñaniryukty-upetam4 Br4hat Kalpasūtram 1, Bhavnagar, 2002(rep.).
BKBhK Ks4emakīrti s Commentary on BKBh → BKBh
JVBh Jain Vishva Bharati edition of VBh(edited by KUSUMAPRAJÑĀ) → VBh ⑵
VĀBh Jinabhadra s Viśes4āvaśyakabhās4ya
Dalsukh MALVANIA(ed.), Ācārya Jinabhadra s Viśes4āvaśyakabhās4ya with
Auto-Commentary, Part II, Ahmedabad, 1967.
VBh Vyavahārabhās4ya
⑴ MUNICANDRA(ed.), Śrīman-Malayagirisūri viracitavivaran4ayuta
⑵ KUSUMAPRAJÑĀ(ed.), Vyavahāra Bhās4ya, Ladnun, 1996.
VC Vyavahāracūrn4i
Manuscript no.10048 kept at Pāt4an4 Jain Bhand44ār. VM Malayagiri s Commentary on VBh → VBh ⑴ * 本稿は科学研究費補助金・基盤(C)〔研究代表者:藤永伸、番号20520059〕による 研究成果の一部である。研究会を主催する藤永伸博士(都城工業高等専門学校教授)、 また研究会参加者の藤本有美博士(プーナ大学大学院修了)、堀田和義博士(大谷大 学助教)、八木綾子博士(京都大学非常勤講師)からは研究会の場で種々のご教示を 賜った。ここに記して感謝申し上げます。なお、当然ながら本稿の内容については、 筆者が全責任を負う。