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中央学術研究所紀要 第36号 054山崎守一「沙門の実像 -初期ジャイナ教と原始仏教との並行詩脚を中心に-」

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Academic year: 2021

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中央学術研究所紀要第36号

沙 門 の 実 像

一 初 期 ジ ャ イ ナ 教 と 原 始 仏 教 と の 並 行 詩 脚 を 中 心 に ー

I 。 は じ め に n . 並 行 偶 の 種 々 相 m . 苦 行 者 の 詩 に み ら れ る 定 形 句 的 表 現 IV.まとめ

は じ め に ヅィンテルニッツ1)が、 asceti❼1、0etry (『苦行者の詩』または『沙門 の 文 学 』 ) と 呼 ぶ 文 献 は 、 ヅェ ー ダ の 神 話 を 基 礎 と す る こ と な く 、 歌 い 継 が れ た 民 間 伝 承 に 基 づ い て い る 。 こ の 『 苦 行 者 の 詩 』 は 、 仏 教 や シ ャ イ ナ 教 の 聖 典 に お け る と 同 様 に 、 正 統 派 の 『 マ ハ ー バ ー ラ タ 』 に も ま た 浸 透していった。この事実を証明するものとして、並行詩節φε1ralle、1verse) や並行詩脚φε1ra11(、11)ada)を指摘することができる呪 ま た 、 こ の 現 象 は 並 行 詩 節 や 並 行 詩 脚 の み に 限 定 さ れ な い 。 古 層 の ジ ャ イ ナ 教 と 仏 教 の 伝 承 を 比 較 検 討 す れ ば 、 双 方 に 並 行 関 係 に あ る 多 く の 説 話 が 見 出 さ れ る 。 そ の な か に は 多 く の 並 行 詩 節 や 並 行 詩 脚 が 含 ま れ 、 同 一 の 素 材 に 由 来 す る 作 品 で あ る こ と を 推 定 す る こ と が で き る 。 こ れ ら の 説 話 作 品 は 物 語 を 叙 述 す る 散 文 と 、 対 話 の 詩 節 と に よ っ て 構 成 さ れ て しゝる3)。 本 稿 は 、 こ れ ら 『 苦 行 者 の 詩 』 に 見 ら れ る 定 形 句 的 表 現 の 内 容 的 特 色 を 示 し 、 定 形 句 的 表 現 か ら 仏 教 と ジ ャ イ ナ 教 の 戒 や 教 理 、 そ れ に 実 践 倫 理 等 が そ の 原 初 形 態 に お い て 共 通 の 基 盤 を 有 し た こ と を 推 定 す る 論 拠 を 、 総 括 的 に 究 明 す る こ と を 目 的 と す る 呪 [ ] 1)Mハヘ戸intemitz,Sθ/77e?Γθわ/e/77ぶげ佃ぷaz7Z.fz6?z7mぴらCalcutta1925,p.19. 2 ) 既 に 1 9 0 0 年 代 初 期 に , R . 0 t t o F r a n k e が S 1 1 t t a n i p a t a の 並 行 偶 を 収 集 して い る。R.0ttoFI­anlc(ぐDieSuttaniplita一節tha1111tihrenParahlen,ZZ2)訂G,63, 卜)09,pp.1一碑に!55­SS6,f5j51­86;ditto,ZZ)訂(7,64,1910,pP。1­j57/760­807; ditto,ZD訂(27,66,1912,r)p.204­260,6S)S)­708;MEtjjhiIIlanikayaundSuttallipata 54

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1i/Zλ7訂,28,1914,1)p.261­76. その後もHare,jScjtlubring,(Jarpentier,Leumann等によって,初期仏教聖 典 と ジ ャ イ ナ 教 古 層 聖 典 と の 並 行 詩 脚 や 類 似 の 句 が 指 摘 さ れ て き た が , よ り 正 確 か つ 網 羅 的 に 並 行 詩 脚 を 収 集 し た の は , W 3 . B o l l 乱 の 一 連 の 研 究 書 で あ る 。 す な わ ち , ゜W.B.BOlk5e,7加7)j面5げ成・S四凹φど加w晶7)rご7//ε/s升りz77成・ /i.yど7rご7八即,Sf7yご即面,防た7・功/7卵J,£)ご7s乙7wj・J/沙anj/sjZ7/z心ら厄抑βtudien zurlndologieundlranistik,MonograPhie7,Dr.lnge5べVezler,verlag血r orientalistischeFachpublikationen,Reinbek1980. XV.B.BOHde,77zど/)aj略げ治ど£)/za謂限a/7ajawf治戸ar❹/ε/ 戸θ謂治ど λ.y,ど7,77,7即,S砂昭a㈲,防Mr痩/7卵a,£)乙7g回丿岡/所・a・❹川晶と7石皿加,Studien zurlndologieundlranistik,Monographie8,Dr.lngcixVezler,verlag血r orientalistischeFachpublikationen,Reinbek1983. IV.B.BOII6e,7?どvどrぶどノ❹a可成・£)/・a177177a即7ja,ざばΓαz2φぶa,77zera­ど7μじ/ nEr印ぶ配/)ど7面sw晶/)aa7//ε/s升凹7r/zEAJy,ど7,77昭らS卯昭α加,びrMra­ 丿力卵d,£)ど75,rzF砂❹砂aα/❹几治/7&沙ど7加,Studienzurlndologieundlranistik, Monographie8,Dr.lngeWezler,verlag狛r01­弛ntal心tischeFachpublikationen, Reinbek1983. 本 邦 に お い て も , 水 野 弘 元 博 士 が 法 句 経 偶 の 対 応 表 を 公 表 し て い る 。 す な わ ち 「 法 句 経 対 照 表 」 , 『 法 句 経 の 研 究 』 ( 昭 和 5 6 年 , 春 秋 社 ) p p コ 3 ­ 2 6 1 ; 「 パ ー リ 法 句 経 偶 の 対 応 表 」 , 『 仏 教 研 究 』 第 2 0 号 , p p . 1 ­ 5 0 . さ ら に , 博 士 は 「 U d a n a v a r g a を 柱 と し た 諸 法 句 経 の 偶 の 比 較 対 照 表 」 ( 『 仏 教 研 究 』 第 2 4 号 , pp.5­76.)も発表されている。また,中村元博士は,Ayarangaや5;uttanipata の 並 行 句 を 新 た に 指 摘 し て い る ( 「 両 方 の 聖 典 に 存 在 す る 共 通 句 」 , 中 村 元 選 集 [ 決 定 版 ] 第 1 0 巻 『 思 想 の 自 由 と ジ ャ イ ナ 教 』 , I ) p コ 4 2 ­ 5 3 ) 。 近 年 , 矢 島 道 彦 に よ っ て 5 ; u t t a n i p a t a の 漢 訳 も 含 む 網 羅 的 な 対 応 句 索 引 が 公 刊 さ れ (「Suttll11㈲ta対応句索引:AnlndextoParalleIversesandPadasofthe了虹だz一 雨 B r a h m a n i c a l r e x t s 」 , 『 鶴 見 大 学 仏 教 文 化 研 究 所 紀 要 』 第 2 号 ( 平 成 9 年 3 月 ) , p p . 1 ­ 9 7 ) , 研 究 者 に 便 宜 を 供 し て い る 。 ま た 山 崎 守 一 に よ っ て , P a l i D h a m m a p a d a の 並 行 詩 脚 対 照 表 が 公 表 さ れ て い る ( 「 D h a m m a p a d a 並 行 詩 脚 対 照 表 」 , 『 高 木 部 元 博 士 古 稀 記 念 論 集・仏教文化の諸相』,山喜房仏書林(平成12年12月)pp.:203­36)。 山 崎 が 並 行 詩 節 や 並 行 詩 脚 を 収 集 す る に 当 た っ て は , コ ン ピ ュ ー タ を 利 用 し て 自 動 的 に 作 成 し た , 初 期 ジ ャ イ ナ 教 聖 典 と 初 期 仏 典 の 語 彙 索 引 と 詩 脚 索 引 に 負 う と こ ろ が 大 き い 。 M.YamazakjandY.0usaka,八戸ど7ja//❹どx印7j尺6ぞ心ε?jjaんじ/どxΓθ£ar/y ja加Cと7y7心,KoseiPublishingCo.,Tokyo1995。 55

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中 央 学 術 研 究 所 紀 要 第 3 6 号 M.YamazakiandY.0usaka,AWθ❹加ど/&vaμj7?6で阿どWθΓど///❹どxΓθ£ど7r/y 几加Cご・z7t7❹a/7気心一λJ)クと7,7乱即Jf砂a即面,防た7r功力卵a,£)と7gvりa/個7oj む坊力心砂ぷ肌­,MonograPhSeries15of/)/7//θ/θがcaA肩ar加a,TheChn6 AcademicR(jsearchbstitute,Tokyo1999. 1M.YamazakiandY.0usaka,Å戸aふ7/1❹どx帥£ど7r/y?J/fCど7nθ雨ca/77,7が ­ j;1,仇回μぶa,£)/za・7回卯回心,7/7ε,77が治and77,er破ぶ酸­,KoseiPubnshing Co.,Tokyo2000. ゜M.YamazakiandY.0usaka,AWθ❹加ど/匹帥£ar/y/)ど7/jCど7月 ❹cα/77,?xな­ S❹だ7/7φぶら£)/7a777777a/7❹α,mと。・む7が心7a❹nEr破ぶ酸一,MonographSeries 16of/)/7f/θ/θがcaA吋町加a,TheChu6Aca(lemicRc35;earchlnstitute,Tokyo 2000. 3 ) 例 え ば , 仏 教 文 献 の 『 ジ ャ ー タ カ 』 ( N 0 . 4 9 7 M a t a 面 1 1 ­ j a t a k a ) と ジ ャ イ ナ 教聖典の『ウッタラッジャーヤー』{第12章}­lal­ike E1),JatakaN0.498(Citta­ Sambhuta­Jataka)とUttalε!jjhaya13(Citra­Sambhnta),JatakaN0.509 {}­latthiprila­Jataka)とUttarEljjhaya14(I ukara)がそれである。 4 ) こ れ ら の 定 型 句 的 表 現 の 中 に は , 既 に 発 表 し た も の も 含 ま れ て い る が , 全 体 の 構 成 を 考 慮 し て 再 録 し た 。 n 。 並 行 偶 の 種 々 相 沙 門 の 聖 徒 物 語 を 伝 え て い る 文 献 を 、 ヅ ィ ン テ ル ニ ッ ツ 1 ) は 『 苦 行 者 の 詩 』 も し く は 『 沙 門 の 文 学 』 と よ ぶ 。 前 述 し た よ う に 、 『 苦 行 者 の 詩 』 は ヴ ェ ー ダ の 神 話 を 基 礎 と す る こ と な く 、 人 々 に 語 り つ が れ 、 歌 い つ が れ た 民 間 伝 承 に 基 づ い て い る 。 バ ラ モ ン が 超 能 力 ( r d h h i ) を 得 る 手 段 と し て 苦 行 を 行 な っ た の に 対 し 、 沙 門 は 解 脱 を 得 る こ と を 目 的 と し て お り 、 そ の 修 行 に は 道 徳 的 要 素 が 強 く 含 ま れ て い た 。 ま た 沙 門 は 自 己 犠 牲 に 励 み 、 生 き と し 生 け る も の す べ て を 慈 し み 、 傷 つ け る こ と を 厳 し く 戒 め て い た し 、 さ ら に 、 こ の 世 俗 世 界 を 完 全 に 放 棄 し 、 カ ー ス ト 制 度 も 否 定 し ていた。 ヴ ィ ン テ ル ニ ッ ツ の い う 苦 行 者 の 詩 は 、 仏 教 や ジ ャ イ ナ 教 の 聖 典 に お けると同様に、正統派の『マハーバーラタ』(Mahiibllarata)にも深く浸透 していった。また、Santiとvairagyaのテキスト、バルトリハリのSataka 等 に も 見 出 さ れ る 。 こ の 事 実 を 物 語 る も の と して 、 並 行 詩 節 ( P a l ・ a l l e 1 V(、r副や並行詩脚(par21hIPada)を指摘することができる。当時の沙門 た ち に は 、 彼 ら に 知 ら れ て い た 多 く の パ ー ダ 群 が あ り 、 沙 門 や バ ラ モ ン の聖仙心kt.:rsi;Pali、Pkt.:isi)たちは、これらのパーダを組合せて自ら の 思 想 を 表 現 す る 詩 節 を 作 成 し て い っ た の で あ る 。 そ れ 故 に わ れ わ れ は 、 これらの並行詩節や並行詩脚を初期仏典(Pali)、ジャイナ教聖典(Ardha­ 5 6

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Miilga(lhT)、『マハーバーラタ』鴎ε1nskrit)等の文献に見出すことができる。 一 例 を 示 し て み よ う 。 ジャイナ教の聖典『ウッタラッジャーヤー』(Uttarltjjhaya)の第9章は、 ヴィ デ ー ハ ( v i c k h a ) 国 王 ナ ミ ( N a m i ) と バ ラ モ ン に 変 装 し た イ ン ド ラ と の 対 話 で 構 成 さ れ た 美 し い 物 語 で あ る 。 「 ミ テ ィ ラ ー で 喧 騒 が あ り 、 宮 殿 が 燃 え て い る 。 ィ 可 故 あ な た は 後 宮 に 戻 ら な い の か 」 と い う イ ン ド ラ の 問 い に 対 し て ナ ミ 王 は 答 え て 言 う 。 suhamvasamojTvamojesimonatthikimcana 1111hilae(伺jllalnanTename91Etjjhaikirylc叩a(9.14) 私 た ち は 自 分 の も の を 何 も も た な い 。 幸 福 に 生 活 し 、 生 存 す る 。 ミ テ ィ ラ ー が 燃 え て い る と き 、 私 の 何 も の も 燃 え な い 。 仏教文献にも並行詩節が見出される。Jataka(N0.539、9.125)にヴィ デ ー ハ 国 王 ジ ャ ナ カ の 発 言 が 見 ら れ る 。 susukha印vatajTvamayesa印nonatthikiiicana印 Mithilayadayhamanayanamekinciadayhathati 私 た ち は 自 分 の も の を 何 も も た な い 。 幸 福 に 生 活 す る 。 ミ テ ィ ラ ー が 燃 え て い る と き 、 私 の 何 も の も 燃 え な い 。 S i v a l i 妃 が 大 将 軍 に 命 じ て ミ テ ィ ラ ー の 街 に 火 を つ け さ せ た 。 そ し て 彼 女 は ジ ャ ナ カ 王 に 「 白 金 、 黄 金 、 真 珠 、 瑠 璃 等 の 宝 庫 が 燃 え て し ま う の で 引 き 返 す よ う 」 懇 願 す る 。 し か し 王 の 出 家 へ の 決 意 は 堅 く 、 彼 は こ の 詩 節 を 詠 ん だ の で あ る 、 。 このようにアルダ・マガダ語(Ardha­MiigadhT)とパーリ語(Pali)の相 違 は あ れ 、 同 一 内 容 の 詩 節 が 存 在 す る こ と は 興 味 の 惹 か れ る と こ ろ で あ る。さらに仏教梵語(Buddhistl­{ybrid5;11nskrit}文献にも並行偶がある。 『ウダーナヅァルガ』(Udanavarga)xxx.44: sumkhambatajTvamoyesamnonastikincanam、 mitllilayamdahyam加ayamnanodahyatikificanam. 私 た ち は 自 分 の も の を 何 も も た な い 。 幸 福 に 生 活 し 、 生 存 す る 。 ミ テ ィ ラ ー が 燃 え て い る と き 、 私 の 何 も の も 燃 え な い 。 そ の 他 、 第 1 半 詩 節 に 類 似 し た も の と し て 次 の も の が あ る 。 『相応部経典』(S叩yuttaN脹ayal,p.114): ぶ心Mん/za沢vaだzjvど7脚ay心anηθぶaZ治j几治cとμz祠7 57

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中 央 学 術 研 究 所 紀 要 第 3 6 号 1)itibhakk臨bhavissamadevaabhassarayathati rダンマパダ』(Dhammapada200): sMMだ/za用vど7だフゾ加ど7/77と7y留aμ刀θya❹7/だ泌ca刀a脚 pTtibhakkhabhavissamadevaabhassarayatha rジャータカJN0.5:39,128: 四Mμ7と7叩1゛aだzノ加と7刑ど7y心ど7z7刀θがぶ治jん涛caμど7朋 PΓΥtibhakkhabhavissamadevaAbhassarayathati r ウ ダ ー ナ ヴ ァ ル ガ J x x x 4 9 : ぷMJだ/7a?かaZaソ加a脚θy叩a?/7 刀面rjん泌caμa/77 Pritibhak砕bhavi yamodevahyabllasvarayatha 第2半詩節に類似したものとして,『大事』(MahavastuIII,p.453,1.1): mitlliliiyamdahyamlinaya印nasyadahyatikimcana がある。 さ ら に 大 叙 事 詩 『 マ ハ ー バ ー ラ タ 』 に お い て も 、 ジ ャ ナ カ 王 に 帰 せ ら れる物語があり、UttalEtjjhaya9.14やJataka539やUdanavargaxxx.44と 全 く 同 様 に 、 ミ テ ィ ラ ー の 火 事 を 共 通 の 題 材 と し て 無 所 得 で あ る こ と の 楽 し さ を 説 い て い る 。 sllsukha甲batajTvamiyasyameniistiki!!lcana/ mitllilaya甲p7adTI)taya印namedahyatiki印cana/(MBh.12.268.4) 私 は 何 も も た な い 。 幸 福 に 生 き る 。 ミ テ ィ ラ ー が 燃 え る 時 、 私 の 何 も の も 燃 え な い 。 前 二 者 と 比 較 し て 、 主 語 に 複 数 形 と 単 数 形 の 相 違 が み ら れ る だ け で あ る。 ま た 、 こ の 現 象 は 並 行 詩 節 の み に 限 定 さ れ な い 。 古 い ジ ャ イ ナ 教 と 仏 教 と の 両 伝 承 を 比 較 検 討 し て み る と 、 双 方 に パ ラ レ ル な 関 係 に あ る 説 話 が 多 く 見 出 さ れ る 。 双 方 の 説 話 の 中 に は 並 行 偶 が い く つ も 含 ま れ る も の が あ り 、 同 一 素 材 に 由 来 す る 作 品 で あ る こ と を 推 定 せ し め る 。 こ れ ら の 説 話 作 品 は A k h y a n a と い わ れ 、 物 語 叙 述 の 散 文 と 対 話 の 詩 節 と に よ っ て 構 成 さ れ て い る 。 Uttalltjjhayaの第12章Harike a「黄色い髪をした者」と類似した説話が、 仏教文献のジャータカ(N0.497Mm岫ajataka)にみられ、すでにシャル パンティエ(Cllarl)entier)によって指摘、検討されている呪また、Citra とSambhntaの物語は、UttarEljjhaya第13章(Ckta­sambh皿jjam)とJataka 58

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N0.498(Citta­Sambhiita­Jataka)の双方に見出されるし Uttara、jjjhaya 第14章15ukara王の物語はJatakaにおけるHatthiPalaφtaka(JatakaN0. 5 0 9 ) と 共 通 な 内 容 を も つ 作 品 で あ る 几 こ の よ う に 、 バ ラ モ ン の 文 献 と は 異 な る 沙 門 の 文 学 が 存 在 し て お り 、 『 マ ハ ー バ ー ラ タ 』 も 本 来 的 に は 民 族 的 な 叙 事 詩 で あ っ て も 、 現 在 の 形 態 は 雑 多 の 内 容 を 含 む も の に 増 補 改 編 さ れ て お り 、 こ の 意 味 で は 、 同 様 に 苦 行 者 の 詩 を 含 む 一 つ の 文 献 と 数 え ら れ る べ き も の で あ ろ う 。 ヅ ィ ン テ ル ニ ッ ツ に よ れ ば 5 ) 、 仏 陀 の 時 代 に は す で に 、 散 文 や 韻 文 か ら な る 無 尽 蔵庫、すなわちアークヤーナ(Akhyanas説話)、イティハーサ(mhasas 史伝)、プラーナ(Puranas伝説)、ガーター(Gathas詩頌)が存在してい て 、 あ た か も 文 学 的 公 共 財 産 を 形 成 し て お り 、 叙 事 詩 の 詩 人 と 同 様 、 仏 教 徒 や ジ ャ イ ナ 教 徒 も そ こ か ら 引 き 出 し て き た こ と に な る 。 ヴ ィ ン テ ル ニ ッ ツ の 説 明 を も う 少 し 詳 し く 論 述 す れ ば 以 下 の よ う に な ろう。『スッタニパータ』心tlttaniPata経集)や『ダンマパダ』(Dhamma­ p a d a 法 句 経 ) を 初 め と す る 初 期 仏 典 、 『 ア ー ヤ ー ラ ン ガ ・ ス ッ タ 』 (Ayiil・a面21­sutta)、『スーヤガダンガ・スッタ』(SnyElg岬a印1;a­sutta)や『ウ ッタラッジャーヤー』(Utt211 ajjhaya)を初めとするジャイナ教の古層の聖 典 、 さ ら に は バ ラ モ ン 教 の 『 マハーバー ラ タ 』 ( M a h a b h a r a t a ) 等 に も 並 行 詩 節 ・ 詩 脚 が 見 出 さ れ る の で あ る 。 こ の こ と は 、 当 時 の 出 家 遊 行 者 た ち の間に知られた多数の浮動詩脚価oatingl)adas)が存在しており、これら 共 通 の 詩 脚 を 沙 門 ・ バ ラ モ ン の 派 祖 や 聖 仙 た ち は 、 適 当 に 組 合 せ る こ と に よ っ て 、 自 己 の 思 想 を 表 明 し 、 独 自 性 を 生 み 出 し て い っ た こ と を 物 語 っ て い る 。 し た が っ て こ れ ら 並 行 詩 節 や 並 行 詩 脚 を 検 討 す る こ と に よ っ て 、 仏 教 や ジ ャ イ ナ 教 を 初 め と す る 沙 門 の 集 団 に お け る 世 界 観 、 人 生 観 、 倫 理 観 等 の 共 通 部 分 、 並 び に そ の 源 泉 を 探 る こ と が で き る 筈 で あ る 。 [ ] 1)M.Wintemitz,励琲ど/や油/mぶず加ぷ回乙r6,1T7rMrらp.19. 2)J.CharPentielぐSutientiberdiein(lischeIErza111tlngsliteratur2,Z£:川G63, 叩。171­88;nE乙。/rM冷血妙ご7y回乙7­成加,UPPsalal922,1)p.323­27.両伝承の比 較 に よ る 説 話 祖 形 の 探 求 を 試 み た 矢 島 道 彦 氏 の 2 論 文 が あ る 。 「 M i i t a 佃 a ­ jatakaとUttarlljjhaya12の比較研究」,『仏教学』第11号,1981年4月,PP.(1ト 尚 丿 パ ー リ M a t a 面 l l φ t a k a と ジ ャ イ ナ 伝 承 の 比 較 研 究 ­ 〈 布 施 〉 を め ぐ る バ ラ モ ン と 僧 の 対 論 ­ 」 , 高 崎 直 道 博 士 還 暦 記 念 論 集 『 イ ン ド 学 仏 教 学 論 集Jpp.((5か㈲。 59

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中 央 学 術 研 究 所 紀 要 第 3 6 号 3 ) 研 究 に 次 の 三 論 文 が あ る 。 ゜E.Leumann, DieLegendevonCittaundSambhnta jyZA7Atvol.V,S.111­ 1z↓6,vol.VI,S.1­46(テキストはS.S22­27に掲載されている)。 ゜J.CharPeうntier,叩.dr.UpPsala1922,pP.329­31. ゜L.AlsdorfパTheStoryofcittaandSambhuta ,Fど伍7 7r硲μV❹朗7,に/7reぷ四記ど/ 吊片嶮ぷぷθΓS.£。召とy/lノ❹ r,Benares1957,pP.202­208. 4)E.Leumann, DieLengendevonCittaundSambhUta l/EZA7yげvol.VI,PP.27­ 3 3 . ま た , 1 4 f f . で こ の 章 の 導 入 と な る 仙 n 昨 a c a r y a の 1 ヽ , 1 卵 u k t i に つ い て も 言 及している。jl.CharpentieぐStudienberdieindischeIErziitlltlngslitc,ratur, Z£)訂Gvol.LXII,I)p. 725­47.735汀。でUtt.14のドイツ語訳をしている。本邦 で は 村 上 真 完 博 士 が 古 代 イ ン ド の 出 家 志 向 を 扱 う 中 で , M B h . と J a t . に 関 連 し て U t t . 1 4 の v v . 9 , 1 2 , S 2 1 , 2 2 , 2 3 を と り あ げ て い る 。 村 上 真 完 「 無 常 観 と 出 家 志 向 ­ マ ハ ー バ ー ラ タ と 原 始 仏 教 ­ 」 『 仏 教 研 究 』 第 1 0 号 , I : ) p . 5 1 ­ 7 4 . 5)M.Xvillternitz,7/加θΓyげかぷa,?£加,・aΓμz?,vo1.1,2nded.1972,p.314. Ⅲ 。 苦 行 者 の 詩 に み ら れ る 定 形 句 的 表 現 1 . 修 行 者 の 外 貌 「 一 人 行 く 」 あ る い は 「 一 人 修 行 す る 」 こ とを 規 定 さ れて い た 出 家 者 は 、 そ の 外 貌 と して 頭 を 剃 っ て い た こ と が 知 ら れ る 。 namundakenasamano(Dhp.264a) 剃 髪 に よ っ て 沙 門 で は な い 。 navimundienasamano(Utt.25.31a) 剃 髪 に よ っ て 沙 門 で は な い 。 こ れ ら の 並 行 詩 脚 が あ る こ と か ら 、 剃 髪 は 当 時 の 沙 門 の 外 形 的 特 徴 の 一つであった。 ま た 、 も う 一 つ の 外 形 的 特 徴 と し て 、 仏 教 や ジ ャ イ ナ 教 の 修 行 者 の 外 貌 が 、 痩 せ て 血 管 が 浮 き 出 て い た こ と が 挙 げ ら れ る 。 pamsukuladharamjantumたなa弓j/la謂α❹saηな7117 ekamvanasmimjhayantamtamahambrtimibrahamanam(DhP.395) 糞 掃 衣 を ま と い 、 痩 せ て 、 血 管 が 浮 き 出 て い て 、 ひ と り 林 の 中 に い て 瞑 想 す る 人 、 彼 を 私 は バ ラ モ ン と 呼 ぶ 。 ka拓pavvamga­s£1mkaseん函?j/7ど7脚a雨ぶとz叩だze mayanneasana­panassaadina­manasocare(Utt.2.3) 烏 の 足 の 関 節 の よ う に 痩 せ て い て 、 血 管 が 浮 き 出 て お り 、 食 物 と 飲 物 の 量 を 知 っ て い る 人 は 、 憂 い の な い 心 を も っ て 行 動 す べ き で あ る 。 60

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ま た 、 l 、 J t t . 2 . 3 に 類 似 し た 詩 頌 は T h . に も み ら れ る 。 ka!卯abbangsarnl(asokisodhamanisantato matta而uannaPanahiadinamanasonaro(Th.243) 手 足 が カ ー ラ ー 樹 の 結 節 の よ う な 人 が い る 。 彼 は 痩 せ て 、 血 管 が 浮 き 出 て い る が 、 食 物 と 飲 物 の 量 を 知 っ て お り 、 心 の 憂 え る こ と が な し‰ こ の カ ー ラ ー 樹 は 、 恐 ら く k 証 と の 混 同 で あ ろ う 。 カ ー リ ー は 種 々 に 解 釈 さ れ る が 、 鳥 で あ る こ と に 間 違 い が な く 、 し か も そ れ は 、 黒 い 色 の 鳥 、 す な わ ち 烏 を 意 味 し て い る の で あ ろ う 几 烏 の 関 節 は 極 め て 細 い の で あ り 、 烏 の よ う で あ る と い う こ と は 極 端 に 痩 せ て い る こ と を 意 味 し て い る 。 血 管 が 浮 き 出 て い る こ と も 痩 せ た 人 に 見 ら れ る 特 徴 で あ る 。 何 故 こ の よ う に 出 家 修 行 者 が 痩 せ て い る か と 言 え ば 、 彼 ら は あ く ま で も 乞 食 に よ る 生 活 を 営 ん で お り 、 最 小 限 の 食 事 し か とらないからである。「飲食に関して量を知り」2)、「衣食の量を少量で満 足 すべ き 」 3 ) 、 「 飲 食 の 量 を 知 る 者 たる 」 几 「 か 少 量 を 食 べ 」 [ 種 々 の食物の かの量において]6)、「味わうために かを」7)という表現があ り 、 こ れ ら は す べ て 、 沙 門 が 生 命 を 支 え る 最 小 限 度 の 食 事 し か と ら な い ことを示している。 さ ら に ま た 、 極 端 な 場 合 は 断 食 に よ っ て 衰 弱 し た 身 体 に な る こ と す ら あ る ‰ 断 食 に よ る 死 を 勧 め る の は ジ ャ イ ナ 教 で あ る が 、 ジ ャ イ ナ 教 に 限らず、当時の沙門に共通しか一般的修行者であったようである。Jataka では「断食による死」(anasak11­lnarana)9)を認めているし、「裸形も、毛髪 も、(身体が)泥にまみれることも、断食も、露地に臥すとも于o)があるこ と か ら 、 こ の こ と は 支 持 さ れ よ う 。 2 バ 去 に 基 づ い た 行 動 ① 法 を 喜 び 法 を 楽 し む dhammaramodhammarato dhammethitodhammavini(2chayann(SnJ27ab) 法 を 喜 び 、 法 を 楽 し み 、 法 に 住 し 、 法 の 定 め を 知 り padaaはDhP.364aや I h.1032aと全く同一であり、MBh.12J55.21a と も 類 似 す る 。 dharmaramadhal­rnasukhah(MBh.12こ55.21a) 法 を 喜 び 、 法 を 楽 し み 61

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中 央 学 術 研 究 所 紀 要 第 3 6 号 ま た 、 ジ ャ イ ナ 教 で も 同 様 な こ と を い う 。 dhammaramaratedante(Utt.16.15) [ 比 丘 は ] 法 を 喜 び 楽 し む 者 、 調 御 者 と て 、 仏 典 に お い て 法 を 喜 び 、 法 を 楽 し ん で い る の は 比 丘 で あ り 1 1 ) 、 シ ャ イ ナ 聖 典 に お い て も 、 法 を 喜 び と す る 者 は 牟 尼 で あ る 呪 し た が っ て 法 を 喜 び と す る こ と は 沙 門 に 共 通 し か 態 度 で あ る 。 ② 法 に 住 し 、 正 直 で 柔 和 な こ と を 喜 ぶ さらに、Sn.にも dhammethitolljjava­maddaverato(5Sn.250b) 法 に 住 し 、 正 直 で 柔 和 な こ と を 喜 ぶ が あ る 。 また、MBhにおいてclh111・mesthito汪60.31a)がみられるし、ジャイ ナ 教 に お い て も 、 dhamlnリhiosllvva­payiiylukam四(Utt.13.32) 法 に 基 づ い て す べ て の 生 物 に 慈 悲 を 示 し Eljj21viy岬rlla(:ldaviy叩(Ay.32.2) 正 直 で 柔 和 が み ら れ 、 比 丘 は 正 直 で 柔 和 で あ っ て 、 す べ て の 生 き も の に 比 丘 の 法 (bllikklm­dhamma)を教えるべきことが説かれる。また、IJtt.29.48には人 が 正 直 な 人 と な っ て ( 疹 1 V E l y a e ) 、 法 を 実 践 すべ き こ と が 述 べ ら れ る 。 こ の よ う に 出 家 修 行 者 の 依 る べ き も の は 法 ( d h a m m a ) で あ り 、 dhammesuniccamanudhammacali(Sn.69b) 諸 々 の 事 物 に お い て 常 に 法 に 従 っ て 行 動 す る dhammassahotianudhammacari(DhP.20bニTh.373b) 法 に 従 っ て 正 し く 行 動 す る の 表 現 が 用 い ら れ て お り 、 沙 門 に と っ て 法 が 依 り 所 で あ っ た こ と が 知 ら れる。 ③ 法 の 会 得 法 を わ き ま え 知 る こ と が 何 に も ま し て 重 要 で あ る こ と が 説 か れ 、 仏 教 と ジ ャ イ ナ の 両 教 文 献 に 同 一 詩 節 が 存 在 す る 呪 62

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masemasetujobalokus;agge叩tubhu刈ae nasomkkhayadhammassakalamagghaholasi甲(Utt.9.44) 愚 か な 人 が た と え 毎 月 吉 祥 草 ( k u a ) の 先 端 に つ け て 食 物 を 摂 っ た と し て も 、 そ の 人 は 善 く 説 か れ た 法 を 会 得 し た 人 の 1 6 分 の エ の 価 値 も ない。 吉 祥 草 の 葉 は 針 の よ う に 細 く 尖 っ て い る 。 「 吉 祥 草 の 先 端 」 と は 極 め て か の 分 量 に 喩 え て 言 う 。 ま た 、 P a d a d の 「 1 6 分 の 1 の 価 値 も な い 」 と い う 表 現 は 、 原 始 仏 典 の 韻 文 に し ば し ば み ら れ る き ま り 文 句 で 、 一 小 部 分 を 指 す。 こ の 詩 節 は I 、 ; i b h . 4 1 . 1 3 と 同 一 で あ り 、 D h P . に も み ら れ る 。 masemasekusaggenabalobhu司ethabhqjanam nasosamkhatadhammanamkalamn卯ghatis()lasim(DhP.70) padadは T h.1171dに同じである。パーリ文にsaflkhata­とあるのは、 パ ー リ 語 へ の 翻 訳 者 が d h a r m a の 別 名 と して の s v a ­ 1 ( h t t p : / / w w w . t a u g h t を 、 ; ε 1 r l k h a t a ­ に と り 違 え た 結 果 に 他 な ら な い 呪 s a n k h a t a ­ の 読 み を 検 討 す る に 、 ビ ル マ ・ シ ャ ム 本 と も s a n k h a t a ­ と 表 記 す る 。 m c 、 t r e は S l o k a で あ り 、 皿 d a c は u 一 一 リ 、 リ ー 一 一 で も 可 能 で あ る 。 し か し 、 D h p . 7 0 に お いてs面khiita­dhammo汀r臨tubhpada)、また5;n.1038においてsaflkhata­ dhammii・;(、(SlokaPada)とある事実に基づいてs岫khata­と読むべきであろ う。 釈書は、samkhatadhamma=natadhamma、tulitEtdhammaと解説し、PED にはs❹1khiitadhamma=onewhohasexaminedorl・c3(;ognizedthe励a、77、77ぶ と記載されている。また皿adhakri、;hllanぱthosewhohavewellullclerstood thelaw と、MaxMiihrぱthosewhohavewellw、:、ighteclthelaw と訳し て お り 、 い ず れ も こ の 釈 の 立 場 を 採 用 し た こ と が 明 ら か で あ る 。 一 方 、 こ の 語 は 仏 教 梵 語 文 献 の 中 で s v a k h y l i t a d h a r m a と し て 現 わ れ る 。 例 え ば ダ ン マ パ ダ ( = D h P ) 7 0 に 相 当 す る ウ ダ ー ナ ヴ ァ ル ガ ( = U V ) X X I V 20Eにおいてはsvakhyat21dharmasya(Tibet:1egspargsul4sparpa卜dam choskyi)を、Mahavastuiii435においてはsv欧11yiitadhal­lllan呻を指摘で き る 。 パ ー リ 文 に s a m k h a t a d h a m m a と あ る の は 、 パ ー リ 訳 へ の 翻 訳 者 が dharmaの別名としてのsvakhyata welltatlght を、;2trylkhataに取り違えた 結 果 に は か な ら な い で あ ろ う 。 従 っ て こ の パ ー リ 文 は 本 来 、 s v i i l c k h a t a ­ ( s u + i d d l a t a ) d h a m m a ­ と あ る べ き で あ ろ う し 、 第 2 半 詩 節 は 「 彼 は よ く 説 か れ た 真 理 を 会 得 し た 人 た ち の 妬 文 の エ に も 値 し な い 」 と 訳 す こ と が で き よ う 。 samkhatadhammaとg欧kllatadhammaが混同されたという事実はJaina 63

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中 央 学 術 研 究 所 紀 要 第 3 6 号 聖典の相当詩節からも立証される。Uttarlljjhaya9.44に次のような詩節が ある。 masemasetujobiilokus;aggenatubhu可ae, nasoKtkkh町adhammassakalamagghaholasim. 注釈者D,ぅvc,ndraは (khayadhammass21=svakhyatadhlumasyaを記す。こ の 場 合 の 発 展 過 程 は サ ン ス ク リ ッ ト , ; , z i i k h y a t a の V が s に 同 化 さ れ , ・;211・lkha(t)aになり,tがyに変化し,sllkkhayaとなったと見倣すことがで きよう。すなわちsv­akhyataン・1・,;11kkha(t)a>,;涙khayaである。 さらにI,;山hjisiyaim41.13には masemaseyajobalokusaggenaiiharae, nasesukkh町adhammassaagghatTsatimamkalalp がある。Uttalyltjjhayaでは・;ε111kllaya­であったのがここではsuほhaya­と表 記 さ れ る 。 も し , , ; t l k k l l a y a が 正 し い 読 み で あ る な ら , そ の 派 生 は S k t . svakhyata>Pa.sへ/akkhata>*svakkhata>AMg.st11(khayaとなるであろう。 3 . 修 行 の 目 的 ① 苦 か ら の 解 放 Sn.80d、Dhp.189d、192d、361fは、 sabbadukkhapamuccatT す べ て の 苦 か ら 解 放 さ れ る 。 とあり、いずれも偶数皿daを形成している。これはSloka韻律の制限を 受け、一つの定形句を構成している。DhP.192では、四諦の真理を安らか な 拠 り 所 、 最 上 の 拠 り 所 と み て お り 、 四 諦 の 真 理 に 基 づ い て 自 制 に 努 め る 修 行 者 は す べ て の 苦 か ら 解 放 さ れ る と い う 。 同 様 な 並 行 詩 脚 は ジ ャ イ ナ 教 に お いて も み ら れ る 。 savvadukkhavimuccai(Sny.1.1.1.19d) す べ て の 苦 か ら 解 放 さ れ る 。 savvadukkhaリamuccai(Utt.6.8d;lsibh.17.1d) savvatovippamukkappa(lsibh.1・2c) 明 知 を 知 る と か 、 阿 闇 梨 を 知 れ ば 苦 か ら の 解 放 が 実 現 す る と い う 。 p a d a d を 形 成 す る も の に 同 様 な 表 現 が あ る 。 eva平dukkhaPamuccati(Sn.171d、172d) 64

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こ の よ う に 苦 か ら 解 放 さ れ る 。 ここでは、苦の原因は五種の欲望の対象(Paficakamaguyla)にあること を 示 し 、 貪 欲 か ら 離 れ る こ と が 苦 し み か ら 解 放 さ れ る こ と で あ る こ と を 教 示 す る 。 Ay.でも、 eva吊dukkhaPamokkhasi(Ay.13.17;16.16) こ の よ う に 、 汝 は 苦 か ら ( 他 の 人 を ) 解 放 す る だ ろ う 。 ジ ャ イ ナ 教 も 仏 教 も 苦 か ら 解 放 さ れ る こ と を 目 指 し て い た こ と に な る。 ② 死 か ら 逃 れ る 111a(2ctlPasapamo(;an呼(Sn.166d) 死 の 罠 か ら 解 き 放 つ こ と を umlmlficapas叩ihalllacciehi平(Ay.14.12) こ の 世 に お い て 死 の 罠 を 解 き 放 て 人 間 が 最 も 恐 れ る も の は 死 で あ り 、 そ の 死 か ら 逃 れ る こ と を 修 行 の 目 的 と して い た こ と が 知 ら れ る 。 ③ 幸 福 を 求 め る paridevamp2tjappancadomanassaficaattano a肌7y7θsμだ/7a脚どざaηθabbahesallamattano(Sn.592) 悲 泣 と 欲 望 と 自 己 の 憂 い が あ る 。 自 己 の 幸 福 を 求 め る 人 は 自 己 の ( 煩 悩 の ) 矢 を 抜 き 取 る べ き で あ る 。 p a d a c に 類 似 し た 並 行 詩 脚 が M B h . に も あ る 。 atmanah5;ukhamicchan(MBh.13.114.5c) 自 己 の 幸 福 を 求 め て 「 自 己 の 幸 福 を 求 め る 」 と は 涅 槃 に 到 達 す る こ と で あ り 、 換 言 す る な ら ば 、 ① 苦 か ら の 解 放 と ② 死 か ら 逃 れ る こ と を 意 味 す る 。 ま た 、 涅 槃 は 「 生 と 死 を 超 越 し た 」 、 「 も は や 新 し い 生 存 は な い 」 、 「 寂 静 の 境 地 」 等 と 種 々 に表現され、涅槃に到達した聖人が、「到彼岸者」(paragu/paraya)、「独存 者」脹(lvalin)、「一切智者」(s21、、vaniiu)と呼ばれた。 65

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中央亡F!術研究所紀要第36号 4 . 修 行 者 の 心 構 え 修 行 者 は 当 然 の こ と と し て 、 涅 槃 に 到 達 す る こ と を 目 標 と し て 日 々 修 行 す る わ け で あ る が 、 こ の 目 的 成 就 の た め に 精 神 面 に お い て 心 が け る べ き こ と を 、 仏 教 も ジ ャ イ ナ 教 も 等 し く 説 示 して い る 。 ①自flil』に心がける 仏 教 に お い て 手 や 足 や こ と ば を 自 制 す る こ と が 説 か れ る 。 /zaz治aaメi加Γθ/7aj心a万加拓1ノど7c砂ajaメフβ助θど7万元ぶばた7房θ 痩/z乙zzた7m帥gz77a肋oekoantusitotamahubhikkhu陽(DhP.362) 手 を 自 制 し 、 足 を 自 制 し 、 言 葉 を 自 制 し 、 最 高 に 自 制 し 、 内 心 を 楽 し み 、 三 昧 に 入 り 、 一 人 満 足 す る 人 、 彼 ら は 彼 を 比 丘 と 呼 ぶ 。 ジ ャ イ ナ 教 で も 同 様 に 言 う 。 /7ar功α­a叫aど fiya­と7回aご vの 痩加即a­rと7どjMjと7y?7a/Zら、α7?ρど7 suuattha甲caviy即aTjesabhikk肋(Dasav.10.15) 手 を 自 制 し 、 足 を 自 制 し 、 言 葉 を 自 制 し 、 感 官 を 自 制 し 、 内 我 を 楽 し み 、 自 我 を よ く 三 昧 に 入 ら せ 、 ま た 経 典 の 意 味 を よ く 知 る 者 、 彼 は 比 丘 で あ る 。 ま た 、 自 制 に 励 む と 共 に 自 ら 自 己 を 励 ま す こ と に よ っ て 、 仏 教 は 安 楽 に 住 す る こ と を 説 き 、 attanacodayatt即am(Dhp.379a) 自 ら 自 己 を 励 ま せ 。 ジ ャ イ ナ 教 は 、 車 輪 に 油 が 塗 ら れ た 車 に 乗 る こ と 、 あ る い は 車 輪 の あ る 車 に 乗 っ て 清 浄 を 望 む こ と を 説 く 。 こ の 車 は 戒 に 喩 え ら れ る か ら 戒 を 守 る こ と を 意 味 す る 。 Etppal璋(;yva­m£11)pa卯平coditovah淑□aha甲(4.223cd) 自 ら 自 己 を 励 ま す 人 は 、 車 に 乗 っ て 進 む 。 £1ppa叫icevaapp即amcodittasubhamehati(lsibhメ。24cd) 自 ら 自 己 を 励 ま し て 、 彼 は 清 浄 を 望 む 。 比 丘 が 手 足 を 自 制 し 、 言 葉 を 自 制 す る こ と は 両 宗 教 経 典 の 等 し く 説 示 す る と こ ろ で あ る 。 ま た 、 何 の た め に 自 制 す る の か と い え ば 、 自 制 を 行 な う こ と が 涅 槃 へ 到 る 道 で あ り 、 解 脱 へ の 橋 渡 し を す る 修 練 で あ る か ら 6 6

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で あ る 。 そ の た め 修 行 者 は 自 制 を 苦 行 と み な レ 5 ) 、 か の 食 事 で 満 足 レ 6 ) 、 粗 末 な 使 用 品 を 用 い 、 粗 野 な 生 活 を 喜 ぶ 者 で あ る 呪 そ して 汚 れ の な い 場 所 、 こ れ は 婦 人 た ち に よ っ て ら れ る こ と の な い 場 所 を 表 わ す の で あ る が 、 そ こ に 住 む べ き こ と を 説 く 。 そ う す る な ら 比 丘 は 苦 か ら 解 放 さ れ る の で あ る さ ら に 、 他 の 生 類 を 傷 つ け た り 、 殺 し た り す る こ と を 止 め る の も 、 自 制 に 含 め ら れ て い る 呪 ② 愛 欲 を 絶 つ 蓮 華 は 泥 水 に あ っ て も 泥 に 汚 さ れ る こ と な く 、 ま た 水 滴 を 払 う よ う に 、 そ の よ う に 自 己 の 愛 執 や 愛 欲 を 断 ち 切 る べ き こ と が 共 通 に 述 べ ら れ る 。 ucchindasinehamattano kumuda甲saradikamvapaφna(Dhp.285ab) 自 己 の 愛 執 を 断 ち 切 れ 。 秋 の 白 蓮 華 が 水 滴 を 払 う よ う に vocchindas;inehamappano kumuya印s;araiya甲vap即iya甲(Utt.10.28ab) 自 己 の 執 著 を 断 ち 切 れ 。 秋 の 白 蓮 華 が 水 滴 を 払 う よ う に ま た 、 仏 典 で は 、 蓮 の 葉 が 水 滴 を 払 う が 如 く 、 sabbatthamunianissito(Sn.811a) 牟 尼 は あ ら ゆ る こ と に 依 存 す る こ と な く と い う 表 現 が あ り 、 ジ ャ イ ナ 聖 典 に お い て も 、 savvatthehinafeanissie(Soy.1.2.2.7b) あ ら ゆ る こ と に 依 存 し な い 人 が 理 想 的 修 行 者 と 見 倣 さ れ る 。 次 に 、 バ ラ モ ン 、 す な わ ち 理 想 的 な 修 行 者 は 愛 欲 に 執 著 し な い 人 で あ る こ と を 、 仏 教 も ジ ャ イ ナ 教 も 共 に 認 め て い る 。 varipokkhalapattevaaragllcl­r­ivi11;asapo 叩回/φpa・U;g7z77e2tamahambralljbrahma叩甲(Sn.625=Dhp.401) 水 が 蓮 の 葉 に く っ つ か な い よ う に 、 あ る い は 突 き ぎ り の 先 の 芥 子 の 種 の よ う に 、 諸 々 の 愛 欲 に 執 著 し な い 人 、 彼 を 私 は バ ラ モ ン と 呼 ぶ 。 jahapoma甲jal(・jayamnovalipp211vari叫 ど1ノα/77ど7/j誼7沢んど7肌ど加州tamvayambumamahanam(Utt.25.27) 水 の 中 で 成 長 し た 蓮 が 水 に よ っ て 汚 さ れ な い よ う に 、 そ の よ う に 67

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中央lp術研究所紀要第36号 諸 々 の 愛 欲 に 汚 さ れ な い 人 、 彼 を わ れ わ れ は バ ラ モ ン と 呼 ぶ 。 特 に ジ ャ イ ナ 教 に お い て は 愛 欲 に 乱 さ れ な い こ と が 成 就 者 ( 、 ; i d d h a ) の 資 格 で あ る 。 戸μa/尽かろ/7誼/んa加ど垣脚2o)chinna­soteanasave savva­dukkha­pahTnousiddhebhavatinirae(lsibh.34.6) 諸 々 の 愛 欲 に 乱 さ れ る こ と な く 、 流 れ を 断 ち 、 漏 が な く 、 す べ て の 苦 を 滅 し た 人 は 、 塵 垢 の な い 成 就 者 で あ る 。 ③ 執 著 を 捨 て る パ ー リ 聖 典 に tasmahiditthamvasutammutamva(Sn.798c) そ れ 故 に 、 見 た り 、 聞 い た り 、 考 え た こ と を tassTdhaditthevasutemuteva(Sn.802a) こ の 世 で 見 た り 、 聞 い た り 、 考 え た こ と に 対 し て yamkificiditthamvasutemutamva(Sn.793b) 何 で も 見 た り 、 聞 い た り 、 考 え た こ と を yadidamditthasutammutesuva(Sn.813b) こ の 見 た り 、 聞 い た り 、 考 え た こ と に と あ り 、 こ れ ら に 執 わ れ る べ き で な い と い う 。 こ れ に 対 し て ジ ャ イ ナ 教 は、 se(li!!ha甲cal:l(・、suya甲caりe、maya甲caリe(Ayン18.15) わ れ わ れ は 見 た り 、 聞 い た り 、 考 え た 。 と な っ て い て 一 つ の 完 結 し た 文 に な っ て い る 。 「 見 た り 聞 い た り 考 え た こ と 」 と い う の は 、 ウ パ ニ シ ャ ッ ド の 表 現 を 受 け て い る 呪 心 が 清 浄 で な け れ ば 、 見 聞 き し た こ と に 執 著 し 、 欲 を 貪 る の が 人 間 の 常 で あ る 。 そ れ 故 に 次 の よ う に い わ れ る 。 rlaliPPatid叫hasutesudhTro(5;n.250) 賢 者 は 見 た り 聞 い た り し た こ と に 執 著 し な い sasabbadhammesuvisenibhiito yamkificiditthamvasutammutamva sapannabharomuniviPpayutto nakappiyon卯aratonapatthiyo(Sn.914) 彼 は お よ そ 何 で も 見 え た も の 、 聞 こ え た も の 、 あ る い は 思 わ れ た も 68

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の 、 す べ て の 精 神 現 象 ( 法 ) に 関 し て 関 心 が な い 。 彼 の 牟 尼 は 重 荷 を お ろ し 、 解 放 さ れ て お り 、 思 い 計 ら い が な く 、 止 息 な く 、 求 め る こともない。 何 事 に も 執 著 し な い こ と の 大 切 さ は 、 水 滴 と 蓮 と の 関 係 で 述 べ ら れ る 。 sabbatthamunianissito naPiyamkubbatinopiaPPiyam tasmimparidevamaccharam Panりevariyathanalippati(811) udabinduyathaPiPokkhafe padumevariyathanaliPPati evammuninopalippati yadidamditthElsutan!mutesuva(Sn.812) 何 も の に も 依 存 す る こ と な く 、 牟 尼 は 愛 す る も の も 愛 し く な い も の を も 作 ら な い 。 悲 し み も 貪 欲 も 彼 に ま つ わ り っ か な い 。 水 が 蓮 の 葉 に く っ つ か な い よ う に 。 水 の 水 滴 が 蓮 の 葉 に く っ つ か な い よ う に 、 水 が 蓮 に く っ つ か な い よ う に 、 そ の よ う に 牟 尼 は 見 た り 、 聞 い た り 、 思 索 し た ど ん な こ と に も 執 著 し な い 。 ④ 疑 惑 を 超 え る anighotinnakathamkathovisallo(Sn.17b) 悩 み な く 、 疑 惑 を 超 え 、 ( 煩 悩 の ) 矢 の な し tinnechirlnE14ahamkahe(Ay.38.1) ( 輪 を ) 渡 り 、 疑 惑 を 断 ち 切 っ た tinna­kathamkatho=(;hinn21­maranamであり、「 陥がないこと」と「輪 を 渡 っ た こ と 」 と は 同 格 で あ る 。 ま た 、 D h p . 4 1 1 に お い て は 疑 惑 を 超 え た 人 は 不 死 の 底 に 達 し た 人 ( a m a t o g a d h a ) と 見 倣 さ れ 、 涅 槃 に 到 達 し た 人 を 表 わ す 。 し た が っ て 、 疑 惑 を 超 越 す る こ と は 涅 槃 を 得 る 一 つ の 条 件 と なる。 ま た 、 仏 教 に お い て は 、 jahetvajati­maranamasesam(Sn.500a) 余 す と こ ろ な く 生 と 死 を 捨 て て す な わ ち 、 輪 転 生 を 超 越 す る こ と と 疑 惑 を 超 え る こ と と は 同 格 で あ っ て 、 供 養 を 受 け る に 値 す る 修 行 者 の 条 件 で あ る 。 一 方 、 ジ ャ イ ナ 教 で は 、 69

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中 央 学 術 研 究 所 紀 要 第 3 6 号 μ万一心『叩a仰即/加如叩care・;a印kamaIJleda(Jhe(Ay.8.22) 生 と 死 を 知 っ て 、 人 は 堅 固 に 正 し い 行 為 を 実 践 す べ き で あ る 。 と あ り 、 生 と 死 を 知 る こ と は 、 輪 転 生 の 因 と な る カ ル マ ン を 新 た に 形 成 し な い た め の 行 動 を 導 く こ と に な る 。 ⑤ 貪 ・ 瞑 ・ 磨 を 捨 て る 仏 典 に youppatita甲vinetほodhaf!1(SnJa) わ き 起 こ っ た 怒 り を 制 す る 人 があり、この13adaはI:)hl・222a: yoveuppatitamkodham に 相 当 し 、 M B h . に も み ら れ る 。 yahsamutpatitamkrodham(IvlBh.1.17.4a) yastukrodhamsamutpannam(MBh.3.30.17a) わ き 起 こ っ た 怒 り を ( 制 す る ) 人 こ の よ う に 怒 り を 制 す る こ と は 仏 教 徒 に 限 ら ず、 者 の 大 切 な 心 構 えで あ っ た 。 ま た 怒 り だ け で な く 、 も出家者の大切な心構えである。イム典も、 1(odhatimanassavasamnal;acche(Sn.968a) 怒 り J 二 騏 慢 に 支 配 さ れ る べ き で な い 。 と 説 く し 、 ジ ャ イ ナ 聖 典 も 、 沙 門 と い わ れ る 修 行 騎|曼を取りさること kohaim即a甲hagiyayavire(Ay.15.10) そ し て 勇 者 は 怒 り J ニ 騏 慢 を 殺 す べ き で あ る 。 と 述 べ 、 怒 り 、 諭 漫 、 あ る い は i キ | 曼 、 傲 慢 を 取 り 去 り 、 慢 心 し な い こ と も出家者の大切な心構えである。また、怒り(koha)はdosa(SktJvesa) と 置 き 換 え ら れ 、 貪 欲 と と も に 梵 行 を ・ 滅 ぼ す も の と 見 倣 さ れ る 。 匹と7脚❹gθw7jθθvαbambhacera­virlasana(lsibh.3.7cd) こ の よ う に 貪 欲 、 あ る い は 賦 恚 は 梵 行 を 滅 ぼ す も の で あ る 。 仏 教 で も 貪 欲 と 填 恚 を 捨 て 去 る べ き こ と を 説 く 。 匹a男敵gα/?7cajθa?cavippamuncethabhikkhavo(Dhp.377cd) 7 0

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比 丘 だ ち よ 、 こ の よ う に 貪 り と 怒 り を 捨 て 去 れ 。 こ の 貪 ・ 賦 が さ ら に 発 展 し た 形 態 と し て 、 貪 ・ 瞑 ・ 癈 の 三 毒 と し て ま と め ら れ る が 、 こ の 三 毒 を 捨 て 去 る べ き こ と を 両 宗 教 は 説 く 。 ragαjicadθ5αjicapa/lajyα加θ力a男 khTnasavavusitabrahmacariya kalenatesuhavyampavecche yobrahma叩pufinapekhoy示tha(Sn.493) 貪 欲 ・ 総 恚 ・ 愚 庭 を 捨 て 、 漏 苔 ご 滅 ぼ し 尽 く し 、 梵 行 を 行 な う 人 々 が い る 。 彼 ら に 適 切 な 時 に 供 物 を 捧 げ よ 。 福 徳 を 求 め る バ ラ モ ン は [ 彼 ら を ] 供 養 せ よ 。 1)iidaaはSn.74a、Dhp.20cに同じであり、ぇ.Jtt.:32.9aも同一である。 ga脚cajθ a弓caM/7匹a7 /za/77 uddhattukamenasamuk耐ala印 ● ● ­ I ■ ■ ㎜ JeJeuvayapadlvvlyavva tevitt211ssamiahanupuvvim(Utt.32.9) 貪 欲 、 総 恚 、 そ し て 愚 瑕 を 根 こ そ ぎ に し よ う と 欲 す る 人 に よ っ て 採 ら れ る べ き そ れ ぞ れ の 方 法 を 、 私 は や が て 説 明 し よ う 。 要 す る に 、 解 脱 へ の 障 害 と 考 え ら れ る 貪 欲 や 総 恚 ( 嫌 悪 ) 等 の 煩 悩 を 取 り 去 る こ と を 、 仏 教 も ジ ャ イ ナ 教 も 内 面 的 課 題 と 考 え て い た 。 こ の こ と は 次 の 詩 節 か ら も 支 持 さ れ る 。 yassaragocadosocamanomakkhocapatito sasapo­r­ivaaraggatamaha印b而mibr訪ma卵ryl(Sn.631ニDhp.407) 突 き ぎ り の 先 か ら 芥 子 の 種 が ( 落 ち る ) よ う に 、 貪 欲 と 瞑 恚 と 高 慢 と 偽 善 と が ( 落 と さ れ た 人 ) 、 彼 を 私 は バ ラ モ ン と 呼 ぶ 。 jayiil厖V叩jahii1111嚇h叩n旧dhantamala­piiv21gam r卯a­(losa­Iニ)ha}́聊岬t叩vay叩bUmarlliit1叩叩(Utt.25.21) 磨 か れ た 金 の よ う に 、 汚 れ た 悪 が 火 で き れ い に さ れ 、 貪 欲 や 瞑 恚 や 恐 怖 を 取 り 去 っ て し ま っ た 人 、 彼 を わ れ わ れ は バ ラ モ ン と 呼 ぶ 。 ⑥ 自 已 に 打 ち 克 つ 自 己 に 打 ち 克 つ こ と が 最 高 の 勝 利 で あ る こ と は 、 仏 教 と ジ ャ イ ナ 両 教 の 説 く と こ ろ で あ る 。 yosahassa印s;allassenasamgamemanusejine 71

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中 央 学 術 研 究 所 紀 要 第 3 6 号 eka甲cajeyya­nl­ε1ttana甲savesa印gam4juttamo(Dhp.103) 戦 闘 に お い て 幾 子 の 人 々 に 打 ち 克 つ で あ ろ う 人 が 、 た だ 一 つ の 自 己 に 打 ち 克 っ と し た ら 、 実 に 最 高 の 勝 利 者 で あ る 。 Josahassamsahassanamsa平gamed11U£1eJ1リe egamjinejjaElpp即a平esaseparamojao(Utt.9.34) 戦 闘 に お い て 征 服 し が た い 幾 子 も の ( 敵 ) を 征 服 す る で あ ろ う 人 が 、 た だ 自 分 自 身 を 征 服 し た と す る な ら 、 そ れ は 彼 に と っ て 最 高 の 勝 利 で あ る 。 仏 教 は 、 attahavejita甲seyyoyacayamitarapφ(DhpJ04ab) 自 己 に 打 ち 克 つ こ と は 、 実 に 、 他 の 人 々 に 勝 つ よ り 勝 れ て い る 。 と い い 、 ジ ャ イ ナ 教 も 次 の よ う に い う 。 ・11)I)anameva皿jjhahikimtejujjtleりlll〕ajjhao Elpl)al拝meva­m­apl)al呻陽jaittasllhalnehae(9.35) pamcindiyanikohammanammayamtahevalohamca dlJjjaya吊cevaapp即a印savva印appejiejiya甲(Utt.9.36) 自 己 と の み と 戦 え 。 何 故 あ な た は う わ べ だ け 戦 う の か 。 自 己 に よ っ て 自 己 を 征 服 し て か ら 、 人 は 幸 福 に な る だ ろ う 。 五 根 、 怒 り 、 高 慢 、 迷 妄 、 そ し て 貪 り の 心 を 、 ま た 同 様 に 征 服 し が た い 自 己 を さ え ( 征 服 し て ) 、 自 己 が 征 服 さ れ た と き 、 す べ て が 征 服 さ れ た の で あ る 。 ア ー ト マ ン 緬 m a n ) は 自 己 か ら 分 離 し た 存 在 と し て 見 倣 さ れ な い 。 ア ー ト マ ン と 戦 う と い う こ と は 、 現 実 に 自 己 に よ っ て の み 戦 い 得 る も の で あ る 。 そ の よ う な 内 な る 戦 い は 外 の 同 盟 か ら 何 ら 援 助 を 期 待 で き な い 。 人 は 自 己 に よ っ て 自 己 を 消 滅 せ ね ば な ら な い 。 人 は 自 己 と 戦 う こ と が 残 さ れ て い る す べ て で あ る 。 こ れ が 古 代 か ら 今 日 ま で 続 い て い る イ ン ド 伝 統 の 精 神 で あ る 。 こ の よ う な イ ン ド 的 状 況 の 許 で 、 実 際 自 己 の ア ー ト マ ン の 征 服 と は 自 制を意味し、その自制は当然のこととしてkrodha、mana、miiyii、1obhaの克 服 と 十 分 な 制 御 と を 含 ん で い る 2 2 ) 。 ま た 、 他 の 語 彙 に よ っ て 両 宗 教 と も 共 通 の 概 念 を 表 わ し て い る 。 abhibhnhisoanabhibhuto(Sn.934a) と い う の は 彼 は 自 ら 勝 ち 、 う ち 負 か さ れ な い 。 ε1bl)hil:)hayaa(杞akkhUaIJ111bhibhne(Ay.26.1) 72

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彼 は 勝 ち て 、 う ち 負 か さ れ な い も の と して 見 た 。 ⑦ 不 放 逸 Dhp.の第2章は12詩節で構成され、不放逸すなわち「怠けないこと」 が 修 行 者 の 基 本 姿 勢 で あ る こ と を 説 く 。 碍?ノフa脚aかθ/7と7司ど雄留μsuttesubahujagaro aba1assa甲vasTghassohitvayatisumedhaso(Dhp.29) 放 逸 な 人 た ち の 中 に あ っ て 不 放 逸 で あ る 人 、 眠 っ て い る 人 た ち の 中 に あ っ て 目 覚 め て い る 賢 い 人 は 、 駿 馬 が 鷲 馬 を 後 に し て 進 む よ う に 進 む 。 Padaaはl・.Ltt.5.16cにもみられる。 esaniisamjolajjagameaniyaucare 碍?a隋αΓ帥pa川と7びご/zj仰23)Pi印4avaya甲gavesae(Utt.6バ6) e s a n a サ ミ テ ィ ( 4 2 種 の 過 失 に よ っ て 汚 さ れ て い な い 施 物 を 乞 う こ と ) に 気 を つ け 、 恥 を 知 り 、 一 箇 所 に と ど ま ら ず 村 を 遊 行 せ よ 。 放 逸 な る 人 た ち の 中 に あ っ て 不 放 逸 な 者 と な り 、 人 は 施 物 を 求 め る べ き で あ る 。 appamattaあるいはε1ppamadaは「不放逸」と訳され、「怠けないこ と 」 、 「 注 意 深 く 油 断 し な い こ と 」 を 意 味 す る 言 葉 で あ る 。 し か し な が らヽS;alニ1khyayana­Grtlyasatra、KausTtaka­G巾}/21satra、Apastamba­Srautas£itra 等 の 祭 式 文 献 を は じ め と し 、 ウ パ ニ シ ャ ッ ド 文 献 、 叙 事 詩 、 初 期 仏 教 文 献 、 初 期 ジ ャ イ ナ 教 文 献 に 到 る ま で 、 広 く 使 用 さ れ て い る の で あ る が 、 こ の 言 葉 の 語 義 は 一 様 で な く 、 何 に 対 し て 不 放 逸 な の か は 明 確 で な い 。 ジ ャ イ ナ 教 に お け る 不 放 逸 の 定 義 を J . P . I h a k e r は 次 の よ う に 述 べ る24)。 「ジャイナの教相家によれば、131・amada、あるいはpramatta­yoga(不注 意な行為)はhimsa(殺生)の第1原因である。したがって彼らはPramatta­ yogaもahi印saも他の道徳的な罪と同様に不善(asatya)と見倣してい る 。 一 中 略 一 放 逸 と は 次 の 五 種 で あ る 。 す な わ ち 、 飲 酒 ( m a d y a ) 、 感官の対象(V叫ya)、汚濁(ka叫ya)、睡眠(nidra)、不適切な話(vikatha) である」 し か し な が ら 、 こ れ に 対 して、 A y . ( 1 . 2 . 4 . 4 ) は 、 [ 不 放 逸 が 涅 槃 に 導 き 、 放 逸 が 死 に 導 く 。 肉 体 の は か な さ を 知 っ て 、 賢 者 は 放 逸 を 避 け よ ] と 述 べ て い る 。 ま た 、 マ ハ ー バ ー ラ タ に お い て も 同 様 に 、 「 放 逸 は 死 で あ り 、 常 に 不 放 逸 を な す こ と は 不 滅 で あ る 」 と 説 か れ る 2 呪 そ し て そ れ ば 73

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中央学術研究所紀要第36号 か り で な く 、 D h p . に お いて も 「 不 放 逸 は 不 死 の 境 地 で あ る 。 放 逸 は 死 へ の道である」26)と説示される。これらの事実から、沙門には不放逸=不死/ 涅 槃 、 放 逸 = 死 と 見 倣 さ れ て い た こ と が 知 ら れ よ う 。 沙 門 が 怠 る こ と な く 努 め 励 む と い う こ と は 、 涅 槃 の 境 地 を 獲 得 す る た め の 努 力 で あ り 、 そ の 努 力 を 実 り あ る も の と す る た め に は 、 師 の 教 え に 従い27)、あるいは師の顕示した理法に従った教えを順次実践する28)こと を意味する。 5 . 修 行 者 の 実 践 道 ① 辺 境 の 臥 坐 所 に 親 し む 修 行 者 は 辺 境 の 臥 坐 所 に 親 し む ことが生活条件 となる 。 sevethaPantanisena5;anani(Sn.72c;Th.142a;SNi154;Miln.402) 辺 境 の 臥 坐 所 に 親 し む べ き で あ る 。 pantams;ayanasanambhaitta(Utt.15.4a) 辺 境 の 臥 坐 所 に 親 し ん で この場合、bhaittaのSkt.対応語は1)h球tvaである。PED屈V.t)h小ti) に よ れ ば 、 し ば し ば b h 小 t i = s e v a t i と な る 。 こ の 他 に 仏 典 に お いて は 以 下 の 2 詩 節 が あ る 。 mittebhajassukalyane即zηだjjica5αjyazl心αηa? 短vitta甲apPanil延h()sa甲mattannn110111bhojane(Sn.338) 良 き 友 と 交 わ れ 。 人 里 離 れ た 静 か な 辺 境 の 坐 臥 所 を 求 め よ 。 飲 食 に 関 し て 量 を 知 る も の と な れ 。 mattafinutacabhattasmi印7 肋 caぶ砂a厄ぶ四回?(Dhp.185cd) 飲 食 に 関 し て 量 を 知 り 、 辺 境 の 臥 坐 所 に い て ジ ャ イ ナ も 、 1)antamlaha平sevanti(Ay.12.1(5;23.28) 粗 末 で 粗 野 な ( 食 物 を ) 用 い る aharamlccllemlyamesanリJa甲 s;£1hayamiccheniunatthabuddhim nlkeyamlcchりJavlveg町oggam samahikamesamanetavassT(Utt.32.4) 三 昧 を 求 め 、 苦 行 に 努 め る 沙 門 は 適 量 の 食 糧 を と る こ と を 望 む べ き で あ り 、 賢 く 理 解 力 の あ る 友 を 望 む べ き で あ り 、 人 里 離 れ た 場 所 に 住 す る こ と を 望 む べ き で あ る 。 74

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