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(1)

ヨーロッパ楽し見歩記1

ギリシャ、ローマ時代以降の世界の歴史はヨーロッパ がリード。ヨーロッパには文明、芸術、技術、富の集中、

などすべてが凝縮されている。

2010

6

月から

2012

5

月)

(2)

1.最近

2

年間のヨーロッパ旅行

①.ロシア

2010.6

ツアー

6

日間

②.スペイン・ポルトガル

2011.2-3

ツアー

13

日間

③.中欧

7

カ国

2011.9-10

企画

29

日間

(ポーランド、ハンガリー、クロアチア、チェコ、

ドイツ東部、スロバキア、オーストリア)

④.フランス パリ

2012.2

ツアー

6

日間

⑤.西欧

6

カ国

2012.4-5

企画

31

日間

(オランダ、ベルギー、イギリス、フランス、

イタリア、ドイツ西部)

* 今回は ③と⑤を中心に話したいと思います。

(3)

2.どういう旅をするか?

その国の歴史・文化・芸術等を現地現 物に触れ、楽しみ、理解し、考えること

(自国を比して考えること)。

そのためには、自ら企画する旅が 良い。旅の記憶を残せること。

私にとって旅って何だ?

どういう旅をしたいのか?

自ら企画する旅 記憶を残す工夫テクニック

1.できるだけ歩く

2.ビデオ撮りしコメント入れる 事前学習しウォンツを

織込む。ツアー旅行の 場合もできるだけ自ら 企画する旅を織込む

3.分からないことを聞きまくる 4.そこの高所から眺める

5.そこの旨いものを味わう

6.そこの芸術(音楽、絵画)を楽しむ

(4)

3.自ら企画する旅(楽しみ

+

便利

+

安価)

情報入手 :1.ガイドブック(地球の歩き方等) 2.大使館情報(地図とレストラン)

3.ネット情報 4.トマス・クック時刻表(ユーレイル)

企画する・・・基本は日本で事前ネット予約(業者を介すと高価)

1.日本からの

AIR

予約:

HIS

で予約(

KLM,AERO

)

2.ヨーロッパでの交通:基本は鉄道(ユーレイル)・・・レイルヨーロッパで予約

中欧の旅: ユーレイルセレクトパス(イーストヨーロピアン

8/30

、ジャーマン

8/30

) 一部

AIR

(ブダペスト

/

スプリット、スプリット

/

ウィーン)とバス(クロアチア)

西欧の旅: ブリットレイルパス

8

日、ユーレイルグローバルパス

21

日、

区間乗車券(ユーロスター、仏伊の座席指定券・・・英独等他は不要)

3.ホテル予約:基本はホテルコムで予約。駅近

+WIFI+3

つ星

+

安価を狙う。

4.ツアー、劇場予約:基本は現地窓口で予約、現地窓口事前ネット予約。

日本での事前予約は混雑予想の所・・・プラハオペラ、ノイシュバンシュタイン城、

フォンテンブローツアー、ムーランルージュ、ロンドンフィルとロイヤルオペラ、

パリバスチーユ、バチカン博物館、ミラノツアー(最後の晩餐)、

5.日程計画作り・・・別紙参照

(5)

4.中欧

7

カ国の旅行日程

2011.9.20

10.18

1.Austrofoma2011(林業機械展)を含んだオース トリア林業ツアー10日間参加が引 き金で、ヨー ロッパ東側の旅を企画したが、林業ツアーが崩れ 1日のみとなったため、代わりにドイツ東側の旅を 加え計画 を作り直した。

2.オーストリア、チェコ、ハンガリーは 多くの世 界遺産に加え、音楽遺産があり、 それらを訪ね、

鑑賞することに旅の重点を置いた。更に、アウシュ ビッツを見ておきたいとポーランドを加え、ローマ 時代遺産を訪ねたくクロアチアを加えた 。ドイツ 東側は訪れたい所が多く日数不足となったので 帰国日を延期することにした。(但し帰国便変更 は現地でのみ可能)

3.現地での移動手段は鉄道とし(但し、クロアチア に は AIR ) 、 中 欧 向 け の イ ー ス ト ヨ ー ロ ピ ア ン パ ス 8/30 、 ド イ ツ 向 け の ジ ャ ー マ ン レ イ ル パ ス 8/30を選んだ。理由は中欧→ドイツ→中欧の順と なるのでセレクトパス(一定期間内にパス使用日 を セ レクト する )とし た。ウィ ー ン 、プラ ハ等を拠 点滞在地とし連泊した。

(6)

5.旅行日程計画表の例

日程 宿泊 どこに行く 行き方

9月20日 火   

成田出発 出発便Aero成田12:00→Mos17:10/21:00→ワルシャワ21:15

ワルシャワ/

ワルシャワ到着 プリミエールクラッセ まず空港でPoland外貨購入 ショパン空港から市外へタクシーで30-50Zl(=28円)。

5623円 白タクはダメ。

9月21日 水 ワルシャワ見物   旧王宮、広場、旧市街市場広場、 世界遺産 まず、文化科学宮のIへ、アエロ支店で帰国便変更のこと。

クラクフ/ 聖十字架教会、キュリー夫人博、 ワルシャワで乗車前にパスをヴァリデートの事。

マリイクラクフ ショパン博(12~) (1065)EIC1309 Wa中央17:20-クラクフGL19:53

朝食付7231円 又、パスの乗車区間記録の事。

9月22日 木 アウシュビッツ アウシュビッツ、ビルケナウ(8-17) 世界遺産 アウシュはツアー€38を止めて、往復バスとし、

クラクフ見物   クラクフ・・・戦火なし旧市街、 世界遺産 早帰りでクラクフ市街見物  ヴァヴェル城(9-17)、聖マリア教会、

列車泊〈寝台) (99)402クラクフGL発21:57-ブタペストKeleti 8:35 

(寝台予約6100円)

9月23日 金 ブダペスト見物 ペスト:英雄広場、聖イシュト聖堂、 駅でブダカード48Hr6300Ftを買う。

ブタ/シティ    リスト博(9-17)、国立オペラ座、 国立オペラ座チケットを窓口で買う。

 マチューシャ ブダ:鎖橋、王宮、マチュ教会、漁夫の砦、 世界遺産

6244円    

9月24日 土 ブダペスト見物 ブタ/シティ ゲッレルトの丘、温泉、ゲデレー城、 ゲッレート温泉6-19、2700Ft,水着、

 マチューシャ オペラ鑑賞 ゲデレー城(エリザベート)・・・地下2号線終点

6244円   からHEVで40分、10-18、3300Ft,

9月25日 日 午前ブダ見物 午前ホテル周り買物後ブダ空港へ ブダ空港はフエリヘジ国際、エアポートシャトル2990Ft ブタペスト13:25→スプリット14:35

(マレブハンガリー航空14900円、荷物23Kまで)

午後スプリット スプリット スプリット空港バス30分、30Knでスプリットへ。

トロギ―ルへ  /カルペディエム 聖ロバロ大聖堂(13-17:30)20Kn 世界遺産 ホテルチェックイン後バスでトロギールへ(1時間)

55 €

9月26日 月 ドブロクニク往復スプリット ドブロ旧:ピレ門、プラッツ通、城壁遊歩道70Kn、世界遺産 スプリット→ドブロクニク片道4.5Hr、104-156Kn。

 /カルペディエム フランシスコ修30Kn、大聖堂(チチアーノ)、 バス乗換でドブロク旧市街へ。

55 € スルジ山ロープウェイ73Knで上り眺望

9月27日 火 スプリット見学 ディオクレ宮殿(9-20):4入口、大聖堂、 世界遺産 スプリット15:25→Wien20:00

午後Wienへ ウィーン/アナトール 鐘楼からの景色、洗礼室、 (ジャーマンウィング航空€206、荷物20kまで)

6956円

: 計画と実際との差は宿泊は変更せずに、行く場所を増減する

(7)

ワルシャワは大戦で全てを失ったが、戦後、忠実に再建 した世界遺産の街である。王宮も教会も街並みも見事に 復元されている。特に王宮前広場の景観は特筆に値する。

広場と建物の配置の広がり方と微妙なアンバランスが他 のどこにも負けない広場景観を生み出している、今は写 真に収め、後日油絵にして残したいと思ったし、この広場 の一角で飲んだビールが格別の味だった。

6.ポーランド

/

ワルシャワ①

王宮前広場

文化科学宮殿をバックに

文化科学宮殿の30Fからカラフルなワルシャワの街

(8)

今回の中欧旅行では殆どすべての国が経済的成熟国ではないが、

音楽成熟国と期待できる、即ち優れた音楽を安く楽しめると考え、

旅行の大きなテーマは音楽であった。即ち、音楽家の足跡を訪ね、

その音楽を鑑賞する。

最初の訪問地ワルシャワでは教会でオルガン演奏を鑑賞し、国民 的英雄ショパンの博物館を訪ねたが、さすが見応えのある内容で あった。

7.ポーランド

/

ワルシャワ②

2010年リニューアルしたショパンミュージアム

トッカータとフーガなどのオルガン演奏を 鑑賞した聖ヨハネ大聖堂

(9)

9月22日の朝はクラクフからアウシュビッツ収 容所行きを計画。バス発着所は何とかわかっ たが、直行便のオシフィエンチム行きのバスを 見つけるのに苦労し、到着したのは11時前と なり、直ぐの英語のツアーに参画した。このツ アーのボランティアガイドの説明はゆっくり丁 寧で悲惨な過去が私に迫ってきた。事前に学 習して行ったつもりであったが、

髪の毛を布地にし、人骨アッシュを肥料にする 凄まじさを見て改めて人間のなす酷さを感じた。

次にクラクフに戻り旧市街を散策した。

クラクフは中世風で美しく愛すべき町、

フロリアンスカ門から入り聖マリア教会

を通り2k余り歩くとヴァヴェル城に辿り着く。こ この上からの景色は美しい。

道すがら教会で室内楽演奏が目に止まり 拝聴したが、ビバルディの四季などを見事に 演奏し、ポーランドの音楽レベルの高さを感じ た。21時過ぎの遅くまで人通りが多く人生を楽 しんでいる様が感じられ、我々もこのまま居た い思いがした。

広場で見た宙に浮く人はなぜか不思議で、

見とれた(右写真の黄色い服を着た人)。

8.ポーランド/クラクフとアウシュビッツ

アウシュビッツ収容所入口

クラクフ旧市街にて左に聖マリア教会、

右に織物会館を見る

(10)

9.ハンガリー

/

ブダペスト①

ハンガリー人はアジア系のマジャール人の血を引き ハンガリー語は日本語に似ている。イシュトバン1世 による建国の後、オスマントルコに征服されたのを パプスブルグ家のマリア・テレジアに協力し追払った。

以後パプスブルグ230年間の支配を受けたが、人気 の皇妃エリザベート(シシイ)の働きもありオーストリア ハンガリー2重帝国化が成立した。

イシュトバン大聖堂

ブダペストはドナウの真珠と呼ばれる美しい街で、

ゲットレートの丘や王宮の漁夫の砦から、ドナウ河 を挟んだ両岸の町並みを堪能できた。

左岸はブダ城が見えるブダ地区、右岸はペスト地区。

ドナウはドイツ/レーゲンスブルク、ウィーンの上流側 から来てブダペストを経て黒海に向かって悠然と流れ ている。オンボロだが日本より待たずに乗れる地下鉄、

乗換えが便利で速いエスカレータ、大股で速い歩き方 はハンガリーという国の活力を感じさせ、日本での 高度成長期を思い出させた。

左に王宮を見てドナウ河

(11)

ハンガリーではリスト記念博物館は必見だが、

リストの手の像を見てピアノの天才の小さい 手が意外だった。オペラは絢爛豪華な国立劇場 でクラシックオペラから地元のオペラまで毎日 上演されていて、チケットは最高席で5000円

~4階席250円と安いからか当日が近づくと満席 になるようで、我々が行った日は地元のオペラ 上演だったが超満員。安い席には中学性位の若者 も多くオペラが大衆化されているのが良くわかる。

これに比し、日本のオペラチケットの超高い 料金は日本の音楽成熟度が低いということ なのだろうか?

10.ハンガリー

/

ブダペスト②

リスト記念博物館 国立オペラ劇場

国立オペラ劇場の中で

(12)

11.クロアチア

クロアチアにはAIRで往復し、スプリットを拠点に国内はバスで移動した。スプ リット、ドブロブニク、トロギール共に世界遺産、景色が綺麗だし、ラテン系の 美人が多いし食物は安くて美味い。26日にはバスでドブロブニクに到着後 ケーブルカーでスルジ山上に登り、アドリア海の真珠=ドブロクニクの絶景全 景を眺め、又一方で独立戦争時の傷跡を見た。市街に降りて昼食後、街を取 り囲む2Kの城壁歩きツアーを体験、天気には恵まれていたが、正直疲れた。

日帰りのバスがスプリットに着いたのは21時前だったが、ホテルに戻る途中 ディオクレティアヌス宮殿跡の広場で楽しそうな声が聞こえて来た。ギターの 弾き語りに大勢が声掛けして楽しんでいるのを見て我々も合流、ホテル着は 22時過ぎになってしまった。翌27日は偉大な宮殿をうまく利用し店屋が所狭し と軒先を並べている宮殿跡を散策した。ここでも大聖堂の鐘楼に上り見事な 景色を堪能できた。

スルジ山からドブロブニクの街 全体を見下ろす

ディオクレティアヌス宮殿跡を背景に スプリットの街

トロギールのボバロ大聖堂を 奥に見る

(13)

12.チェコ

/

プラハ①

プラハは戦災無く旧い街で、建築史が 見れる美しい街だが、一方、車優先で 歩道が狭く少ないし、騒がしく、慌た だしい。しかし、ヤン・フスの像がある 旧市街広場、大通りのようなヴァーツ ラフ通りは広々として落着けた。聖ヴィ ート大聖堂の塔に登り、ヴルタヴァ

(モルダウ、ドイツではエルベ)川の 両岸の市街地を遠く望むとこれが スメタナのモルダウだと思い、また 北に流れて、ドレスデン、ハンブルグ を経由し北海に注ぐのだ、ヨーロッパ の都市が川に沿って発展しそこに鉄道 が敷設される様がよくわかる。

チェコの黄金期は14世紀に、ボヘミアを統治 していたカレルが神聖ローマ帝国皇帝の カレル4世に選ばれた時で、プラハが帝国の 首都となり、黄金のプラハと呼ばれる。

中欧最初のカレル大学やカレル橋が作られ、

プラハ城のシンボルである聖ヴィート大聖堂 の建設が始まった。

プラハ城の聖ヴィート大聖堂と街の美しい屋根

橋塔からみたカレル橋と街

(14)

13.チェコ

/

プラハ②

チェコの音楽はレベル が高い。プラハには コンサートホール、

オペラハウスが多く、

毎日のようにコンサ ートやオペラが上演 される音楽成熟国で ある。プラハには

4泊したが、昼は観光、

夜はできるだけオペラ を楽しもうと考えて、

チェスキークロムロフ に行った一日を除き オペラを堪能した。

魔笛はモーツアルト のドンジョバンニを 初演したスタヴォフ スケ劇場のベスト席で 王様気分になったが 5000円と安く、カルメン とナブッコは2000円の 2階席だったが歌手や 舞台装置を十分近く から楽しめた。

プラハもブダペストと 同じように質の高い 音楽を手軽に楽しむに は最適の場所と感じた。

スタヴォフスケ劇場 スタヴォフスケ劇場の中

国立オペラ劇場 国立オペラ劇場、カルメンのカーテンコール

(15)

14.ドレスデンとポツダム

10月2日の朝プラハからエルベ川に沿って特急ECで ドレスデンを経由してベルリンに向かった。かってのザ クセン王国の都であったドレスデンは王宮、ツヴィン ガー宮殿、ゼンパーオペラなど壮麗なバロック芸術の街。

大戦で全滅したというから見事復興させたものだ。かっ てウェーバーが音楽監督を務め、ワグナーのさまよえる オランダ人、タンホイザーをこのオペラハウスで初演し たと聞き胸踊るが中には入れなかった

ポツダムのサンスーシ宮ではガイドブックの写真のサン スーシを見るには下の池から見る必要があることを発見 した。また、飾り気のないフリードリッヒ大王の墓に彼

が導入したポテトのお供えがあった事が愉快だった。 ドレスデン城からゼンパーオペラを臨む

サンスーシ宮を下の池から見る フリードリッヒ大王の墓

(16)

首都ベルリンは、新旧の文化が交錯する街、何でもある街というイメージだ。ブランデンブルグ門から ウンターデンリンデン大通りを歩き、テレビ塔に上った頃は夕刻だった。10月3日は丁度ドイツ統一記念 日で、近くのアレキサンダースパッツ駅前広場は屋外ビヤガーデンが大盛況。中央の舞台の壇上には 十数人が上り、楽器演奏隊の音楽に合せて歌い踊り賑やかだ。我々も1リトルグラスのビールを持って ワイワイ、直ぐ隣席のビ-ルガイと 意気投合した。米国人実業家の奥さんはフランス人で『フランス人は お高く止まって陽気に 楽しめないから嫌い、ドイツ人は底抜けに楽しむのが良い』と言っていたのが 印象的。もう一組は東独出身のおばあさんと孫で、“ドイツ統一を東出身者は今でも喜べない、何故なら 能力ではなく、出身地により給与レベルを決める等、東西差が依然としてあるから”と言う。米人実業家 は ”米国の問題は能力ない移民が多いことで、彼等は結局米国軍隊を志願し構成している。これは大き な問題だ。”と言う。 これらの会話は単一民族日本では聞けない話であり興味深かった。

兎に角ワイワイ盛上がった一日だった。

15.ベルリン①

ブランデンブルグ門の前で 東西統一記念日にビヤガーデンで

(17)

16.ベルリン②

博物館島のペルガモン博物館ではバカ でかいゼウス祭壇(かってトルコ/ペルガ モンに行った時基礎のみが残っていたのを 思い出す)や古代バビロニアのイシュター ル門の迫力に圧倒され、ノイエ博物館では 古代エジプト王妃ネフェルティティの胸像 に会えた。一方では人類の至宝が何故ドイ ツにあるのかとの思いもありながら。

ペルガモン博 イシュタル門

ベルリンの壁

ペルガモン博/ゼウス祭壇

(18)

17.ライプチッヒ①

翌4日は記念碑的に残してあるベルリンの壁を見学した。そしてゲーテ街 道をライプチッヒ、ワイマール、エアフルト、アイゼナハと南下する計画が 始まった。

今ではザクセン州で最大の都市であるライプチヒは何百年にも渡る見 本市の歴史を持つ国際商業都市であり、世界初の日刊新聞を創刊する など出版の街であると同時にゲーテ、ニーチェ、森鴎外が学んだ街でも あり音楽の都でもある。トーマス教会はバッハが楽師長となり眠る場所で あり、バッハ博物館、メンデルスゾーン博物館は見応え充分だった。

ゲーテ、森鴎外が通ったファウストゆかりのレストラン/アウアーバッハ スケラーはたまたま混雑がなくゆったりと昼食を楽しめ、ファウストの場面 の壁画をカメラに収める事ができた。驚いたのはその壁画の中にゲーテ に加えて、森鴎外がどっかり座っていたことだ。

アウアバッハスケラー

トーマス教会

バッハ博物館

(19)

18.ライプチッヒ②

ライプチヒのニコライ教会は統一ドイツのきっかけを 作る集会が行われた所と言うし、世界最古の民間オー ケストラ、ゲヴァントハウスの建築様式や中の壁画、

アウグスツス広場の周りのそれぞれ独創的な建造物 を見ると、この街が古きに固執せず新しいものを 創出するリベラルな街だと感じられる。この事は 16世紀にザクセン選帝侯フリードリッヒ3世が宗教 改革者ルターを庇護しプロテスタントの信者がザク センに移住した事と無縁ではないと感じた。

メンデルスゾーンハウス

ライプチッヒゲヴァントハウス

ライプチッヒゲヴァント ハウスの壁画

(20)

19.ヴァイマール

ゲーテは ヴァイマール公国のアウグスト公に 招かれてから、生涯の大半をヴァイマールの ゲーテの家で過ごした。家は大きく豪華で、

客人や妻の部屋は立派だが、自分の仕事部屋や 寝室が質素なのには驚いた。シラーの家は質素 ではあるが、部屋も多く明るい。

ヴァイマールは小公国ではあったが、国民劇場 でファウストやウィリアムテル等が初演され、

後にはヴァイマール憲法という民主的な憲法 が採択されるなど、芸術と政治の舞台として 重要な役割を果たしたと知り、劇場前のゲーテ とシラーの像を改めて見上げた。

国民劇場

ゲーテの家

シラーの家

(21)

20.エアフルト

エアフルトはチューリンゲン地方最大の街と言っても 人口20万人、ドーム広場の後方の 丘の上に巨大な 大聖堂とセヴェリ教会が並び立つ。市庁舎にはタン

ホイザーやファウストを描いた壁画があり、又豪華な 祝祭の間がある。ヨーロッパ最大の居住橋クレーマー 橋もある。 日本では観光ルートとなっていない街に これだけの見所がある事が尋ねることにした所以。

昼食はルターケラーは休みなので、ツムギュルデネン ラーデで名物団子と黒ビールを堪能した。

ツムギュルデネン ラーデで名物団子

大聖堂とセヴェリ教会

市庁舎

(22)

21

.アイゼナハ

アイゼナハは小さな街だがバッハ、ルターの縁の地だし、世界 遺産ヴァルトブルグ城がある。バッハの家はバッハが生まれた 家で、大きく黄色く目立ち、博物館にもなっている、一方ルター の家はルターが3年間暮した家で資料館になっている。

ヴァルトブルグ城は市街から3K離れた山の上にあるので行きは タクシー、帰りは歩きとした。城からの眺望はチューリンゲンの 森、そして市街を望みまさに見事、城のツアーはドイツ語と英語 で半分もわからなかったが、日本語のパンフがあり、何とか代 表的な中世の城をわかったつもりになった。タンホイザー のシーンが描かれている歌合戦の間、エリザベートの間、祝宴 の間は豪華で美しい。城の出口近くにはルターが例のフリード リッヒ3世にかくまって貰った質素な小部屋があり、ここでルター が新約聖書のドイツ語訳を作った事が有名だ。この城にはワグ ナ

ーやリストも訪れ、ノイシュバンシュタイン城のモデルになったこ とでも有名だ。

ヴァルトブルグ城

バッハの生家 ルターの家

(23)

22.ヴュルツブルグ

6日午前でゲーテ街道を終わり、ロマンティック街道とアル ペン街道、即ちヴュルツブルクから

フュッセンまでを目指す旅となった

ヴュルツブルグ駅で日本語の地図を貰い街を散策。この 街のお目当ては何と言っても世界遺産レジデンツだが、

建物を目の前にして改めてそのデカさにびっくり!大司教 に何故こんなに富が集中したのか?階段を上がり天井の 世界一大きいフレスコ一枚画にはいろいろな国の民族が 描かれていて美しい。白の間、皇帝の間の超豪華さにも 驚いた。

レジデンツの前で レジデンツの階段の間で

(24)

23.バイロイト

7日の朝早くニュールンゲルクから列車でバイロイトへ 向かった。駅を降りると右手遠方の小高い丘にオレンジ 色のバイロイト祝祭劇場が見えて心が弾んだ。15分ほど 歩いて劇場に着いたが、劇場ツアーは10時からだった ので、隣接の売店でワグナーグッズを購入した。私は 20-30代の頃自称ワグネリアンで月給をつぎ込みレコー ドを買込んだし、当時の上司宅で(室蘭内田部長)

ワグナーは精力を付けないと聴けないと厚いビフテキを 食べながらスーパーラッパからの素晴らしい音に聴き 入った思い出がある。

この劇場は世界最高の音響を誇る劇場と言われている が、極めてユニークな設計がツアーで理解できた。オー ケストラピットを舞台の下に潜り込ませ客席から見えなく した事、客席は扇形平面傾斜配置とした事など、ワグ ナーの徹底的に音に拘った考え方が伝わってきたが、

一方で内装は装飾を排し極めて質素な木製で、ロビーも ない構造とした事には正直驚いた。

ワイフは学生時代にここで、 ”さまよえるオランダ人”

を聴いたと言うが、今では申し込んでも20年後と聞き、

諦めた。

駅の反対側にはワグナーとコジマ(リストの娘、リストの 家も近くにあった)の住処のバーンフリートがあり、工事 中で中には入れなかったが、庭にある二人の墓の前で 手を合わせた。

バイロイト祝祭劇場

ワグナーとコジマの住処 と墓のあるバーンフリート

(25)

24.ニュルンベルク

バイロイトを往復した後は、ニュールンベルクに戻り、

駅前のケーニヒ門から旧市街に入った。職人広場で 名物のジンジャー菓子を買い、聖ロレンツ教会で天蓋 から吊るされた受胎告知のレリーフに見入り、美しの 泉で願い事を祈った後、カイザーブルク城に上り、大 戦で90%破壊されたが見事に復元された街全体を見 降した。

おもちゃ博物館は世界でも指折りとの評だったが、旧 いおもちゃのみで期待外れだった。

夕食は川の中洲にまたがるハイリヒガイストシュピター ルで食べた、ウィーン風カツレツやニュルンベルクソー セージが格別の味だった。

カイザーブルグ城からニュルンベルクの街を望む ケーニヒ門と職人広場

聖ロ レン ツ教 会の 受胎 告知 レリ ー フ

(26)

25.レーゲンスブルク

8日はニュールンベルクからミュンヘン行きの途中で 中世の街レーゲンスブルクに立寄った。

世界遺産のこの街のシンボル大聖堂で必見のステン ドグラスと世界最大の壁掛けパイプオルガン37tは見 応え十分。

ドイツ最古のソーセージ屋/ヒストリッシェヴルストキ ュッへでは美味な炭焼きソーセージを味わえた事に 加えて、ヴァイスビールの味を知った事が大収穫で あった。以後バイエルン地区産のコクのあるビールを 毎日常飲する事となった。

ヒストリッシェヴルストキュッへの店

ヴァイスビール とソーセージ

大聖堂

(27)

26.ミュンヘン

午後ミュンヘンに着き、ホテルに チェックイ ン後カールス門から旧市街に入った。1週間前に 来れば世界一のビール祭のオクトーバーフェスト だったのを知って残念無念。バイエルンオペラも 日本公演中で休みだったので、新市庁舎の仕掛 け時計(人形は等身大でドイツ最大)の10分間の 演技とフラウエン教会の塔からの眺望をじっくり 楽しんだ。

バイエルン州立歌劇場と左のレジデンツ

フラウエン教会塔からのミュンヘンの街 ミュンヘン新市庁舎 新市庁舎の仕掛け人形

(28)

27.フュッセンとノイシュバンシュタイン城

9日は今回の旅行の中でもハイライトに位置づけてきた ノイシュバンシュタイン城の日だ。しかし、行き着くまでは 真に不便で、ミュンヘンからフュッセンまで汽車で2時間

→ホテルに荷物を預け→1時間に1本しか無いバスで ホーエンシュパンガウ→チケット購入受付待ち(我々は 日本でチケット事前購入済みで待ちなし)→40分の歩き で城に到着→16時の最終ツアーにやっと間に合う状況 で一日がかりとなった。

城に行き着く前のマリエン橋からの景観は実に

素晴らしい。大勢が乗りグラグラ揺れる吊り橋の下は断 崖絶壁、前方には白亜の城が森と湖と雲と空の中にくっ きり浮かんでいる。私が今迄に見た景色の中でもベスト 3に入る絶景だ。

城内のツアーは部屋毎に切り替る自動音声ガイドが分り 易く、ヴァルトブルグ城を思出し、比較しながら、ワグナ ーの世界をこの城に作ろうとしたルートビッヒ2世に思い を馳せる。君主としては失格であった2世が有名になり 金を稼いでいる事が面白いと思った。

この日はヒュッセンに1泊し、翌朝バスと汽車でアルプス の街ガルミッシュパルテンキルヒェンを経由してドイツを 離れ最後の訪問国オーストリーに向かった。

マリエン橋からのノイシュバンシュタイン城

美しいフュッセンの街

(29)

28.インスブルック

インスブルックで許された時間は5時間しかなかったが、

パプスブルグ家の遺産の街インスブルックの街歩きを 楽しんだ。

スイスの貴族であったパプスブルグ家を隆盛させる ベースを作ったのは15世紀のマクシミリアン1世である が、彼がインスブルックを都とし創らせた黄金の小屋 根や王宮、聖ヤコブ寺院を訪ねた。

当日は雨がちであいにくの天気ではあったが市の塔 からはパステルで描いたようにカラフルで美しい街並 みとイン川、背景のアルプスの絶景を楽しめた。16時 にはインスブルックを発ちグラーツ到着は23時過ぎに なってしまった。

実は計画段階ではAUSTROFOMA2011(林業機械展)

を含む10日間のオーストリアバイオマスツアー参加の つもりだったが、ツアーが崩れ、代りに1日だけの林業 機械展参加に変更したが、それがグラーツで翌日行 われる。(この変更によりドイツ東部を10日程で回るこ とを追加し、帰国便の日程変更をワルシャワで行った が、2日遅らす便が取れた )

黄金の小屋根 インスブルックの美しい町並み

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29.オーストリア

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グラーツ

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林業機械展①

世界最大の林業機械展に対し、在日オースト リア大使館主催の日本語ツアーには日本か ら100名余りが参加したが、朝から晩の会食 まで多忙な一日となった。午前は7kmに渡り タワーヤーダー等のデモ機が並ぶ中を、午 後は7kmに渡りハーベスタ等のデモ機が並 ぶ中を歩くのはまさに壮観だった。ガイド役 のモニカ・ツイーグラーさんから、最初に聞い た言葉は『オーストリアは森林が急峻な傾斜 地にある、小規模地主が多い、人件費が高 いの3つの不利な条件があるが、それらの問 題を克服して今日の林業先進国を作り上げ た。

世界有数の森林規模を誇る日本も同じ条件 を抱えているが、克服できるはずだ』であり、

強烈な印象を受けた。歩く途中で、フォレス ター学校の校長、林野庁幹部、バイオマス協 会会長等からスピーチを受けたが、

モニカ自身、単なる通訳ができるガイドでは なく、林業に関して何でも答えられるほど博 学であったので、彼女の直ぐ後にくっついて 質問し難いコスト等についても質問攻めした。

林業機械展会場

壮観なタワーヤーダーデモ機群

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ここで学んだことは『急傾斜山地の森林は高性能タワーヤーダー機を使い高い林業素材生産性(日本の10倍)とし、小規模地主問 題は共同(委託)経営というシステムで効率化し、安価な運搬費を工夫し、安価なバイオマス素材を実現していることだ。この結果、

木材産業は輸出産業で自給率100%(日本は約20%)を達成し、バイオマスが全消費エネルギーの18%を担う国になっている。エネ ルギーの主な用途は最も効率の良い暖房用、地域熱供給であり、効率的な設備(ボイラー、ストーブなど)を開発・設置し、石油の 1/2のコストを実現したという。全体の18%とは凄い数字だし、石油の1/2コストなら林業・バイオマス活用は当然儲かるビジネスにな るはずだ。これらは教育重視、官民連携の社会の仕組みづくり、法的整備など官民挙げての努力の成果と思えた。

一方日本の林業は衰退しているし、森林は荒廃している。再生可能エネルギーを劇的に増加する必要があるのにコレはと言うもの はないし、バイオマスの影は薄い。帰国してからツアーで聞いた話は本当だろうかとネットで文献を漁ったが、その通りであり、西欧 ではオーストリアだけでなく殆どすべての国が林業バイオマスが盛んである事がわかった。こんな事があって、私の日本の林業・バ イオマスに対する関心は増々高くなり、ささやかでも何か自分ができる事はないかな と思っている。

30.オーストリア

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グラーツ

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林業機械展②

ガイドのモニカと

タワーヤーダが切倒した木を山から下ろす

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翌12日は世界遺産の街グラーツを駈足で回った。ホテルの裏庭の展望 台から,更に時計台のある城山に上って街全体やムーア川を眺めた後、

パプスブルグの遺産の霊廟や 王宮を歩いて回り皇帝の財力の 大きさを感じた。11時には列車に乗りザルツブルグの駅近 くのホ テルにチェックインした後、世界遺産ザルツブルグの旧市街に繰り出し た。ミラベル庭園で翌朝のサウンド・オブ・ミュージックツアーのチケット を購入した後、大司教の街にふさわしい大聖堂とレジデンツ、モーツア ルトの生家を訪ねた。

31.オーストリア

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グラーツ、ザルツブルグ、リンツ①

グラーツ城山時計塔

グラーツ城山からの綺麗な街 ミラベル庭園から城を背景に

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32.オーストリア

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グラーツ、ザルツブルグ、リンツ②

ザルツブルグに38年前に来た時は夏だったからか町の 至る所で音楽が聞こえてきた覚えがあったが、シーズン オフなのか?人通りは少なく賑わいを感じたのはモーツ アルト生家博物館だけだった。不詳な地図を頼りに息切 らしながらホーエンザルツブルグ城に上ったのも38年ぶり。

あの時は1歳の息子を背負って登り疲れて、城のレストラ ンで素晴らしい街全体を見下ろしながら飲んだビールの 旨さを思い出し、今回同じ旨さを味わった。

ホーエンザルツブルグ城

ザルツブルグMozart博物館 城から見たザルツブルグの街 ザルツ音楽祭祝祭劇場

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33.オーストリア

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グラーツ、ザルツブルグ、リンツ③

翌13日の午前は4時間のサウンド・オブ・ミュージックバスツアーに参 加したが、この種のツアーとしては世界で最も長続きの人気あるツ アーらしい。ガイドは流暢な英語で皆を笑わすが当方は中々笑えない。

映画で見覚えのある景色や郊外の世界遺産ザルツカマーグートでは、

山と湖が点在する景観、やマリアが結婚式をしたモントゼの教会、カラ フルで瀟洒な建物は童話の中に入り込んだように感じた。

この日の午後には汽車でリンツに行き、ブルックナーがオルガン演奏 した旧大聖堂やモーツアルトの住処を訪ねたが、おしゃれな路面電車 とカラフルなハウプトプラッツ広場の街並みが印象的であった。リンツ の後はいよいよ最後の街、ウィーンに向かった。

ブルックナーがオルガン奏者 だったリンツの旧大聖堂 リンツの中央広場

マリアが結婚式を したモントゼの教会 ザルツカマーグートモントゼの瀟洒な建物

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34.オーストリア

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ウィーン①

ウィーンには14日から17日まで滞在したが、14日にウィーンから70 分で行ける、スロヴァキアの首都ブラチスラヴァを往復し、夜は予約 済みのフォルクスオーパーに行くことにした。ブラチスラヴァの駅か ら城に向かって歩いているうちに少しづつ人が増えてきた。城の上 からの眺望はドナウの大河を挟む市街の広がりを眼下に見てさす がに素晴らしいが、城は再建のため歴史を感じられなかった。

ウィーンに戻りフォルクスオーパに開演15分前に着いたと思いきや、

大失敗。そこはフォルクステアトルで、オーパはかなり遠いという。

タクシーを飛ばしたが20分ほど遅刻して ”ハロードーリー” を 観ることになってしまった。

ウィーンの15日は朝早く郊外の中央墓地に向かった。

大作曲家の墓は2回尋ねてやっと探し当てたが広い墓地の一角に 固ってあった。我々以外に訪ねる人の姿を見かけず、ベートーベン、

モーツアルト、シューベルト、ブラームス、ヨハン・シュトラウスの墓の 前でひっそり手を合わせた。

ブラチスラヴァ城

フォルクスオーパ劇場をバックに ウィーン郊外の中央墓地、作曲家の墓

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35.オーストリア

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ウィーン②

ウィーンに戻るとまずはそのモザイク屋根が市のシンボルでもある シュテファン寺院に入り、シュテファンの北側の小じんまりしたモー ツアルトの葬儀場所を確認し、近くにあるモーツアルトがフィガロの 結婚を作曲したハウスを訪ねた。パスクヴァラティハウスはベートー ベンが8年住んだ処だが分り易い陳列に納得した。

午後はマリア・テレジアの像が中庭にある美術史博物館でデュー ラー、ヴェラスケス、ルーベンスなどを堪能し、ここのカフェーの丸 天蓋下で、皇室御用達の老舗ゲルストナーのカフェーとケーキを味 わった。

シェーンブルグ宮殿はマリアテレジアが現在の規模に拡張し、

“マリアテレジアイエロー”と言われる黄色が印象的。 ここには、

幼少のMozartがテレジアの前でピアノ演奏した「鏡の間」かあるし、

「会議は踊る」と言われた1814年のナポレオン後を決めるウィーン 会議が開かれた。

中を見学しても他と同じという感じがしてきて中を止めて、広大な 庭園を歩く事にした。遠い丘の上のグロリエッテまでは15分以上か かったが、ここからウィーンの街全体を鳥瞰できる事を知った。

シェーンブルグ宮殿とウィーンの遠景

ウィーンのMozartハウス

ウィーンのベートーベンハウス

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36.オーストリア

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ウィーン③

5日の夕刻からはウィーンの森にベートーベンの足跡を訪ね 、 ウィーン名物ホイリゲの夕食を計画した。ハイリゲンシュタットで ベートーベンが有名な遺書を書いた家を含む3軒の住処を訪ねた 後、苦労してグリンツィングのホイリゲの有名店ラインプレヒトを探 し出し超満員の中、何とか二席を確保できた。ここでは食物は ビュッフェカウンターで好みのものを注文し、ワインは席で注文す る。アコーディオンとバイオリンの楽隊が客の周りに来てウィーン らしい雰囲気が盛上った。我々の所にも来てサクラサクラ等を弾 いてくれたのでチップを弾んだ。その内楽隊に合わせ常に陽気に 歌っていた一人の女性客がワイフの横に座り肩を組んでのドン チャン騒ぎになってきた。この女性はコロン(ボン)からの客、また 故郷のユーゴを離れカナダのトロントから来た客もいて色々な国 籍が混じりながら、皆が底抜けに陽気に楽しみ、忘れ難い一夜と

なった。 ベートーベン ハイリゲンシュタット遺書の家

ホイリゲの有名店ラインブレヒト

ワイン片手に底抜けに楽しむ

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37.オーストリア

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ウィーン④

16日はまさにウィーンらしい日になった。”地球の歩き方” を読 んで日曜にウィーン少年合唱団を聴けることを知り朝早くから王 宮礼拝堂に直行した。無料ということもあって入口は大混雑で あったが、ダフ屋のチケットを購入すれば先に入れそうと気付き 安い金で良い席を確保できた。ミサの儀式は15m位下で行って いたが、我々の席はオーケストラ及び少年合唱団と同一レベル で、前列であったため、天使の声がそのまま耳に入って来た。

11時からは予め購入した楽友協会でのシンフォニー演奏だ。毎 年ニューイヤーコンサートをTVで見るので感じはわかっている箱 型のホールに入っただけで感動したが、特にシベリウスのバイオ リン協奏曲に聞き惚れた。 バイオリンのバイバ・スクリデの迫 力・美しさ・弦の厚みを安い席からも十分堪能できたし、ホールの 音響効果も素晴らしかった。

16時からはオペラ鑑賞の予定なので、間の3時間を王宮ツアー に当てた。人気のあるシシィ(皇妃エリザベート)のツアーも含ま れていて、人気スターを扱うような展示法には若干戸惑いを覚え たが、日本語ガイドもあり非常に分り易い展示であった。シシイ ファンには堪らないだろう。

国立歌劇場でのオペラはモーツアルトの魔笛で、プラハでも見 たオペラだ。プラハでは英語字幕が出たがストーリーの理解が不 十分だったので事前にネットで詳しく調べて臨んだ。調べのお陰 で最後までじっくり楽しめた。

翌日のウィーンからの帰国便は往路と異なり極めて順調な飛 行であった。

王立礼拝堂のウィーン少年合唱団

ウィーン楽友協会で

ウィーン国立オペラ劇場

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