図 1 研究手法紹介図:(a) ボトムアップ人工格子の断面透過型顕微鏡像、
(b) 各種人工ナノ構造の走査型電子顕微鏡図。
1.はじめに
物質・材料の機能はナノスケールの原子の配列・
組み合わせおよびそれらに付随する電子・スピン状 態から生じます。人の手により、この機能の根源か ら物質を設計・作製し、そして自在に制御し、これ までにない優れた機能を創出することは究極の夢で あると言えます。我々の研究室では、機能性酸化物 を代表とする Si に無い機能を有するエキゾティク マテリアルに対し、原子・分子を積み上げ、その組 み合わせを直接的に制御するボトムアップ・ナノテ クノロジーと、その形状をナノスケールで自在に設 計するトップダウン・ナノテクノロジーの融合によ
り特別仕立てのナノ構造を形成し、従来の原理を超 えた機能を発現するナノマテリアルを創製すること、
さらにそれらを用いた新奇ナノエレクトロニクスの 開拓を目指しています(図 1)。
2.強相関酸化物エピタキシャル薄膜:ナノ構造 と電子相転移
水が氷になったり、沸騰したりするときには、温 度によって分子のつながり方が異なる相転移が起き ています。環境の変化により、物質の秩序が崩れて 一気に無秩序になり、あるいは無秩序から秩序が自 ら急に現れ、微視の粒子世界の変容が劇的に観察さ
れます。このような相転移は、自然界ではありふれ た現象であり、物質の性質を決定する電子・スピン においても、互いの強い相互作用の為、時には電子・
スピンがいわば自ら結晶のように規則正しく配列し た電子固体となり絶縁性や反強磁性を示したり、時 には溶けて液体となり強磁性や超伝導などを発現し ます(図 2 上図)。機能性酸化物はその典型例であり、
抵抗比にして 10
1〜 10
7倍に及ぶ劇的な絶縁体 - 金
* Hidekazu TANAKA 1970年5月生
大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専 攻後期課程中途退学
現在、大阪大学 産業科学ナノテクノロ ジーセンター ナノ機能材料デバイス研 究分野 教授 博士(理学) ナノ機能材 料化学、酸化物エレクトロニクス TEL:06-6879-4280
FAX:06-6879-4283
E-mail:[email protected]
酸化物ナノ構造で電子スピンを操る
Oxide nanostructures for manipulating correlated electrons Key Words:Functional Oxide, Heterostructures, Nanostructures,
Bottom-up Nanotechnology, Top-down nanotechnology
田 中 秀 和
*研究室紹介
図 2 (a) VO2薄膜とナノインプリントリソグラフィー法 で作製した VO2ワイヤアレイでのドメイン挙動 の光学顕微鏡像(TiO2(001) 基板上)。
(b) Al2O3(0001) 基板上のナノワイヤ(幅 200nm、
電極間距離 400nm)の抵抗率温度依存性及び参 照用 VO2薄膜の抵抗率温度依存性。挿入図(着 色合成した VO2ナノワイヤの走査型電子顕微鏡 像)。
属相転移、強磁性相転移、強誘電相転移、超伝導相 転移など多彩かつ巨大な物性変化を自ら示す物質が 多数存在します。このような強相関電子系と呼ばれ る物質は、僅かな外場(磁場、温度、光等)で、金 属 - 絶縁体相転移(モット転移)を起こし、将来の 高速スイッチング・メモリ材料として注目されてい ます
1)。トランジスタやフラッシュメモリなど半導 体デバイスの多くは、電子(電荷)の量を電気的に 制御することで動作します。しかし将来の微細化に おいて半導体中の電子の密度を制御することが困難 になることが予測されており、動作原理の異なるデ バイスの登場が求められています。本物質系はその 一つの有力な候補として期待されています。
この物質系の特徴は、強い電子同士の相互作用に より金属相や絶縁相といった電子相がナノスケール 空間に分離した相分離状態が相転移近傍に現れるこ
とです。相分離状態にある単一の電子相のドメイン サイズは、数ナノメートルから数百ナノメートルで あると報告されています。このドメインの一つ一つ を直接外場により相転移制御ができれば、超巨大 On/Off 比性能、飛躍的な省エネルギー化・高速化 が期待されます。その典型例として、高温(室温か ら 70℃付近)に金属 - 絶縁体相転移を有する二酸化 バナジウム(VO
2)に着目しています
2, 3)。最近、我々 は TiO
2(001) 基板上に作製したエピタキシャル VO
2薄膜において、ドメインサイズがマイクロメートル スケールにも及ぶことを発見しました
4)。図 2(a) に示すように、2 次元の薄膜では、湖面に一面に張 った氷の所々が溶けて水面が現れるように、絶縁相
(白いコントラスト)中に金属相(黒いコントラスト)
が観察されます。これをトップダウン・ナノプロセ スの一つであるナノインプリント・リソグラフィー を用いてマイクロサイズのワイヤ・アレイを作製す ると、電子相はストローの中に閉じ込められた氷粒 や水滴の様に一列に配列します
5)。この様に電子相 の分布を制御できれば、これまでの 2 次元状の薄膜 と異なった電気特性がデザインできることが明らか になってきました
3)。通常はこのような金属ドメイ ン相のサイズは走査型プローブ顕微鏡を用いた研究 などにより、100 〜 50nm 程度と推測されています。
図 2(b) は、この様なナノスケールの電子状態分 布を有する系において、より細いサイズ(幅 200nm)
の VO
2ナノワイヤを作製しその温度誘起金属 - 絶縁 体相転移を観測した例です。ナノ構造化することに より通常の薄膜と比較して非常に急峻な抵抗変化(変 化率 ( 1/ρ )(∂ρ/∂T ) にして 100 倍以上)が観測さ れています
6)。これはナノ制限空間内に少数の微細 な金属相ドメインがトラップされ、バルク試料で観 測されるよりも急峻な金属 - 絶縁体相転移を観測で きたと考えられ(ナノ構造増感)、この効果を積極 的に利用することで、通常のスケーリングによる省 電力化に加え一層の性能向上が実現できると期待し ています。
3.酸化物ヘテロ構造デバイス
上記のような強相関物性は、通常は、温度や磁場
で制御されますが、現在の半導体デバイスのように
電気や光を用いて制御できれば、微弱なエネルギー
により大きな変化を自ら生じる為、超低消費電力エ
図 3 (a) 強磁性半導体酸化物 (Fe,Zn)3O4 エピタキシャル薄膜の断面透過型顕微鏡像とイオ ン液体ゲート電界効果デバイス(EDLT)の光学顕微鏡像。
(b) (Fe,Zn)3O4 結晶構造図と EDLT デバイスの磁気抵抗のバイアス電界スイッチング。
レクトロニクスの実現が期待されます。また金属に 匹敵する巨大な電子密度に加え、電子同士の強い相 互作用が産み出す磁性などの半導体にはない現象を 利用できるため、新奇な機能を併せ持つ革新的ナノ デバイスの創出が期待できます。この為に、強力な 電界を印加可能なゲート誘電体と高品質薄膜結晶を 組み合わせたヘテロ構造デバイスを創製し、電界制 御を目指しています。図 3 は、フェライト磁性体と して知られる亜鉛鉄酸化物(黒さびの一種)の薄膜 において、イオン液体(有機物の電解質)を利用し た電界効果トランジスタ構造(Electric Double Layer Transistor:EDLT)を作製し表面に強電界を印加す ることで、表面酸化状態を可逆的に変化できること を発見した例です。これにより、電気化学的に電気・
磁気特性を書き換えることができることを示しまし た
7)。現在は酸化物の結晶構造や組成を最適化すれ ば、不揮発性のトランジスタ素子が開発できると提 案するとともに、薄膜物質の組成を上手く選定する ことにより化学的制御に加え、電界効果で電子状態 も制御できることを見出しています
8)。
4.極限 3 次元酸化物ナノテクノロジー
更に本物質系の重要かつ興味深い性質は、多電子 系であるため 10nm 以下のサイズのナノ構造体であ っても 10
5個以上の電子を含み、巨大な相転移動作 を示すと予想されている点にあります
1)。この為、
sub-10nm スケールではドーパント密度の空間揺ら ぎにより動作が不安定となる Si などの半導体デバ イスと大きく異なり、ムーアの法則の限界以下でも 魅力的な強相関物性に基づくデバイス動作が期待さ れていますが、そのサイズ限界は明らかではありま せん。機能性酸化物におけるナノスケールの物理現 象は、どこまで小さくなっても相転移が発現するの か?その限界はどこか?どこまで省電力化が可能か?
など、基礎学理および応用展開双方の観点から重要 です。残念ながらナノリソグラフィーを用いた 200nm 以下の酸化物ナノ構造体における物性研究は、
そのナノデバイス展開に向け不可欠であるにも関わ
らず殆ど進んでいないのが現状です。我々はナノイ
ンプリント・リソグラフィー法により 30nm 級のナ
ノワイヤの作製に成功していますが、更に一層小さ
なデバイスを創製し、その機能を明らかにしたいと
図 5 3D ナノテンプレート PLD 法で作製した様々な酸化物ナノ構造(走査型顕微鏡像)。
(a) 酸化亜鉛ナノウォール、
(b) (Fe,Mn)3O4ナノウォール、
(c) エピタキシャル (Fe,Zn)3O4ナノウォール /MgO ナノテンプレートヘテロ構造 (挿入図:ウォール幅の蒸着時間依存性)、
(d) 酸化亜鉛ナノボックスとカソードルミネッセンススペクトルおよびマッピング像、
(e) Mn 酸化物ナノボックス・アレイ。
図 4 (a) 3D ナノテンプレート PLD 法の概念図、
(b) 3D ナノテンプレート PLD 専用成膜装置、
(c) ナノインプリント・リソグラフィーで作製した有機レジストナノテンプレート、
(d) ナノ構造蒸着形成の様子。