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Ⅰ.はじめに
摂食嚥下障害は食物を認知し,捕食し,咀嚼が必要 なものの場合は咀嚼し唾液と混和することで食塊を形 成し,口腔から胃へ至る過程の,いずれか 1 つ以上の 過程に何らかの問題があることによって生じる.その 原因は脳血管障害の後遺症や進行性疾患,口蓋裂や口 腔周囲の悪性腫瘍の術後など多岐にわたる.しかし,
これまで報告されてきた摂食嚥下障害症例の多くは,
機能的または器質的な問題により生じた症状が主であ る.一方で,摂食嚥下機能の機能低下や摂食嚥下器官 の形態異常がないにもかかわらず,嚥下時に伴う痛み であるとされている嚥下痛1 )は嚥下障害とは区別し て扱われる2 )
.しかし,嚥下痛が生じると,喫食意欲
の低下に加え,QOL(Quality of Life)が低下するこ とは想像に難くない.嚥下痛をきたす原因には,急性 咽頭炎など日常経験する疾患1 )も含まれていること もあり珍しくない.このように,多くの者が経験する*
Corresponding author:
新潟リハビリテーション大学医療学部リハビリテーション学科言語聴覚学専攻
〒958-0053 新潟県村上市上の山 2 -16 Tel:0254-56-8292
Fax:0254-56-8291 E-mail:[email protected]
症例報告
口蓋扁桃摘出術後の嚥下痛により QOL 低下を来した症例
阿志賀 大 和*・大 平 芳 則
新潟リハビリテーション大学 医療学部リハビリテーション学科 言語聴覚学専攻
〔受付:平成29(2017)年10月30日〕
〔受理:平成29(2017)年11月21日〕
キーワード:口蓋扁桃摘出術,嚥下痛,喫食困難,QOL
要旨 摂食嚥下障害の原因には,嚥下痛が生じるものも含まれ,嚥下痛をきたすものには放射線治療による 粘膜炎などの炎症や,術後後遺症などがある.今回,IgA 腎症の治療の一環として,口蓋扁桃摘出術を行っ た後,嚥下痛により喫食困難をきたした症例を経験し,QOL の観点から考察した.症例は手術翌日より,
経口摂取開始するも嚥下痛が強く,喫食困難であった.本人の内省として「ご飯を食べて元気を付けている のか,元気をなくしているのかわからない」ということも聞かれた.症例は,術後,嚥下機能自体には著明 な低下はみられなかったが,嚥下痛により術前に比べ食事摂取の量は低下し,食事時間は大きく延長した.
漸次的に術前の状態へ改善したが,嚥下痛が著明な時の様子から,嚥下痛は患者の QOL に与える影響が大 きいと考えられた.そのため,言語聴覚士は嚥下痛を軽減するようアプローチする必要があると考えられ る.
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阿志賀大和
にもかかわらず,嚥下痛に関する報告は少ない.つま り,言語聴覚士(ST:speeh-language-hearing therapist)
は,摂食嚥下障害に起因する誤嚥性肺炎や窒息などの ような医学的問題だけでなく,嚥下痛により生じる症 例自身の QOL の低下に対し,これまで以上に目を向 けることは重要であると考える.
今回,IgA 腎症の治療の一環として,口蓋扁桃摘出 術(扁摘)を行った後,嚥下痛により喫食困難をきた した症例を経験し,「食事を楽しむ」という QOL の 観点から嚥下痛を呈する症例に対する ST の関わりに ついて考察したので報告する.
IgA 腎症3 )とは,腎炎徴候を示唆する尿所見を呈 し,優位な IgA 沈着を糸球体に認め,その原因とな り得る基礎疾患が認められないもので,本症例が行っ た扁摘+ステロイドパルス療法(パルス療法)は IgA 腎症の尿所見を改善し,腎機能障害の進行を抑制する 可能性があるとされ,わが国で広く行われている3 )
.
術後合併症として最も多いのが咽頭痛で,基本的には 嚥下痛であり3 ),術後ほとんどの症例が嚥下痛を呈す るとされる4 ).
なお、本論文執筆にあたって症例本人には同意を得 ている。
Ⅱ.症 例 1
.症例情報
男性,29歳(手術時)
.
診断名:IgA 腎症.既往歴:特記すべき事項なし.
現 病歴:18歳時,進学に必要な健康診断書作成のため 受診した際に,尿検査にて潜血反応陽性を指摘され 経過観察を行うものの,健康診断や定期受診で断続 的に尿検査にて潜血反応は陽性であった.就職(22 歳)を機に病院を変更した後も潜血反応陽性が持続 し,服薬治療を開始するが改善を認めないため,腎 生検を行い IgA 腎症と確定した.その後,服薬治 療を継続していたものの改善見られず尿蛋白も陽性 となったため,200X 年 Y 月に他院にて扁摘とパル ス治療を施行.
2
.口腔構音器官評価(術後 1 日目)
・発話明瞭度:術前 1 ,術後1.5(痛みによるものと 判断)
.発話にて開鼻声を認め,本人からも「息が鼻
に抜けるようだ」,「話していると,のどちんこが舌の 後ろの方に当たることがある」という内省が聞かれ た.・嗄声:G2R0B0A2S0
.発話明瞭度と同様に痛みによる
ものと判断.・RSST: 3 回 /30sec,口峡部嚥下痛著明.
・MWST:段階 4 ,口峡部嚥下痛著明.
・口腔衛生状態:舌苔が多量に付着し不良であった.
・その他情報:元来,症例自身は早食いの方だったと のこと.また、術前は嚥下痛などの喫食について特記 すべき情報はなかった.
3
.経 過
手術翌日より,ペースト食を開始するも嚥下痛が強 く全量摂取は困難で,唾液嚥下も困難な様子であっ た.術後 2 日目には食事形態を変更するが,やはり嚥 下痛が強いため, 3 日目には一旦ペースト食へ食事形 態を戻すこととなった.食事に要する時間は 1 食あた り 1 時間程度であった.その後,徐々に食事形態を変 更し,術後約 1 週間で嚥下痛が当初に比べ軽減してき たため,果汁100%のジュースの摂取を試みた.しか し,「飲み込んだ時の痛みが強くて 1 口飲んで,残り は家族にあげた」とのことで,摂取できる食事形態に も制限がみられ,食べたいものが食べられない状況が 生じていた.食事時間は依然として 1 時間弱を要して いた.また,この時期に「イモ類など繊維が多い物や 酸味のあるもので痛みが強いように思う」,「ご飯を食 べて元気を付けているのか,元気をなくしているのか わからない」という食事を楽しみとして感じられてい ない旨の発言が聞かれた.
その後,術創部からの出血もなく,術後の経過が順 調であったため退院となったが,退院時まで食事に要 する時間が大きく短縮することはなかった.
Ⅲ.考察
1
.喫食困難の原因について
今回,口腔内の術後に強い嚥下痛のため喫食困難を きたした症例を経験した.その根拠として,脳神経疾 患やその他神経疾患の既往はなく,術後にも嚥下関連 器官に運動や感覚の麻痺がないこと,口蓋扁桃を摘出 した以外の器質的変化はなかったことが挙げられる.
これらのことから,本症例が喫食困難を生じた原因は 術創部の痛みに起因する嚥下痛であると考えられた.
また,嚥下痛が術後に生じたものであるとする理由 については,扁摘後患者はそのほとんどが嚥下痛を呈 するとされていること4 ),術前には嚥下痛などの喫食 を困難にする既往が本症例はなかったにもかかわらず 術後に著しい嚥下痛が出現したことが挙げられる.扁
口蓋扁桃摘出術後の嚥下痛によりQOL低下を来した症例
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摘後に嚥下痛が生じるのは咽頭期においては口蓋弓を 形成する口蓋,舌,口蓋咽頭筋の収縮が起こる時に最 も術創が刺激されることになるからと言われてお り5 ),本症例も同様の機序であったと推測される.2
.嚥下痛と QOL 低下の関連について
扁摘後患者は咽頭痛,嚥下痛ため術後数日は食事が 十分にとれないとされている5 )
.評価上の嚥下機能自
体には著明な低下はなかったにもかかわらず,本症例 も先行研究と同様に術後しばらくは術前に比べ食事時 間が大幅に延長する,食事や水分摂取の際に全量摂取 できないといったことが生じていた.食事は日常生活 行動の中で楽しみの 1 つとされている6 ).しかし,扁
摘後は,疼痛があるにもかかわらず,食事をしなけれ ばならないという苦痛が伴うと言われている5 ).本症
例からも「ご飯を食べて元気を付けているのか,元気 をなくしているのかわからない」という内省が聞か れ,食事を摂取すること自体が本人にとって大きな負 担となり,食事を楽しむことができていないことが推 測された.このことは,症例にとって食事自体が有意 義な時間,楽しみな時間であるかという側面も評価,検討すべき点であることを示唆するものといえよう.
さらに,本症例は痛みによりジュース,特に酸味の強 いものや根菜類など繊維質が多く含まれる食物の嚥下 時に痛みが大きくなるなど,本人が摂取可能または摂 取しようと思う食物にも制限が生じていた.食事を楽 しむ,食事に関心をもつなどの食生活における質の向 上は,生活の質の向上に重要な役割を担っているとさ れており7 ),食事時の嚥下のたびに痛みを伴い,食事 内容の制限が生じていた本症例は QOL が低下してい たことが推測される.
3
.嚥下痛に対する対応について
本症例は,食事形態や量,食事時間のいずれも,術 後から徐々に術前の状態へと改善していった.しか し,嚥下痛を著明に生じていた時の様子や内省から,
嚥下痛は患者の QOL に与える影響が大きいと推測さ れた.しかし,扁摘後の食事に関し,食事内容にて食 べている時の痛みや食べやすさをコントロールするの は困難であり,摂取カロリー量をあげるためには食事 の味や見た目をよくするべきである5 )とも言われて いる.このようなことから,ST には本症例のような 症例に対して,個別に食べやすい食事形態や食材,食 事の温度,嚥下方法などを調整し,食欲がわくような 見た目の食事を提供できるように管理栄養士や調理師 と相談しつつアプローチすることが必要であろう.
さらに,原因疾患によっては嚥下痛に対して投薬を
行うことで改善が期待できることもある8 )
.そのた
め,今回報告した症例に対しては,食事時間に合わせ た痛み止めの内服などの工夫も必要であったかもしれ ない.Ⅳ.結論
口蓋扁桃摘出術後の嚥下痛により,一過性に喫食困 難をきたした症例を経験し,嚥下痛は QOL に影響を 与えることが考えられた.
ST は本症例のような患者に対して,個別に食欲が わくような工夫を行うことが重要であると考えられ た.
本論文の要旨は,第 1 回新潟県言語聴覚士会学術大 会(新潟市)にて発表した.
文献
1 )高野信也,荒牧元,岡村由美子,他:咽頭痛症例と嚥下痛 症例の統計的観察,耳鼻臨床,89(12):1487-1491,1996.
2 )川見典之,岩切勝彦:嚥下障害・嚥下痛-「飲み込みにく いです」「食べ物がつかえます」,medicina,54(6):842- 845,2017.
3 )松尾清一監,厚生労働省難治性疾患克服研究事業進行性腎 障害に関する調査研究班編:エビデンスに基づく IgA 腎症 診 療 ガ イ ド ラ イ ン2014, 株 式 会 社 東 京 医 学 社, 東 京,
1-86,2015.
4 )椿茂和,星宏,正田 芳郎:非ステロイド系消炎剤注射用 Ketoprofen の口蓋扁桃摘出術後嚥下痛に対する効果-第 II 相臨床試験-,耳鼻臨床,72 (6): 801-811,1979.
5 )門田舞,今井貴夫,伊東真人,他:口蓋扁桃摘出術術後の 食事摂取量の比較,耳鼻臨床,100(3):231-236,2007.
6 )小坂信子:在宅高齢者の Q.O.L - PGC モラールスケール・
フェイススケールを用いた調査から-,日本赤十字秋田短期 大学紀要,12:47-53,2007.
7 )會退友美,赤松利恵,林芙美,他:成人期の食に関する主 観的 QOL(subjective diet-related quality of life(SDQOL))
と食知識,食習慣の関連,栄養学雑誌,71(3):163-170,
2013.
8 )望月優一郎,徳丸岳志,洲崎春海:成人急性咽頭・扁桃炎
患者に対するガレノキサシンと レボフロキサシンの臨床効
果に関する比較検討,耳展,54(5):372-379,2011.
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阿志賀大和
A patient who suffered from decrease of QOL due to odynophagia after tonsillectomy: a case report
Hirokazu Ashiga,Yoshinori Ohdaira
Speech-Language and Hearing Therapy Course, Department of Rehabilitation, Faculty of Allied Health Sciences, Niigata University of Rehabilitation
〔Received: 30 October, 2017〕
〔Accepted: 21 November, 2017〕
Key words: tonsillectomy, odynophagia, dysphagia, QOL
Abstract Causes of eating / swallowing disorder include swallowing pain, and causes of swallowing pain