はじめに 中国は、2008 年の北京オリンピック、2010 年の上海万国博覧会などの国威発揚の機会を 控えて、大きな転換期を迎えている。中国共産党第 17 期全国代表大会(17 大)から船出を した胡錦濤第 2 期政権(胡政権)は、新しい党トップ指導部の勢力図から胡錦濤総書記の主 導性発揮が容易になり、いくつかの戦略転換に着手しようとしている。 17大で胡総書記による「政治報告」(胡報告)(1)では、新たに科学的発展観に基づいて小康 社会の実現目標の明示、経済の高度成長路線の修正と親民路線、和諧(調和のとれた)世界 に向けた対外戦略などを示して政治、経済、外交面での戦略的な転換を示している。特に 共産党執政の正統性にかけて、小康(ゆとりある)社会の全面建設を目指し「2020 年の国民 1人当たりの国内総生産(GDP)目標を 2000 年比の 4 倍」と具体的に明示してきた。 国防分野では二つの転換点が指摘でき、その一つが国内要因に起因する国防・軍隊建設 の位置づけの問題である。もう一つが、軍事革命の進展に伴って国防近代化をどのように 進めるか、軍近代化の重点と軍種などの重視分野の選択の問題である。 前者は国防建設と経済建設の優先度と調和の問題であり、かねて 小平時代には「経済 建設を優先する大局に従う」という国防近代化路線が進められた。江沢民時代には軍部へ の配慮から国防費の増加という形で国防建設が実質的に重視され、これまでの胡第 1 期政権 もその延長線上にあった。しかし今日、17 大の胡報告で示されるような情勢下で再び経済 建設が優先される方針に転換する可能性がみえてきた。 後者は、中国は国防近代化を推進するにあたり、有限の国家資源のなかで当面まず、い わゆる「機械化」か「情報化」か(2)、という具体的な重点選択の問題があり、軍事革命の進 展など国外要因による転換でもある。中国は機械化もなお達成途上にあって、今後の国防 近代化を情報化に転換すべきかの問題であり、軍事の世界で進行する軍事革命の進展を受 けて人民解放軍の近代化の進め方で新しい転換点を迎えている。次いで、どの分野に近代 化努力を集中指向するか、国防近代化の重点をめぐって核戦力か、通常戦力か、さらに通 常戦力でも陸・海・空軍のどの軍種を重視するか、などの選択における転換である。 本稿では、中国における国防分野の二つの転換点について、海軍の近代化を事例に検討 を進めたい。そのため、まず 17 大の政治報告から国防・軍隊建設の位置づけを探り、次い で具体的な国防近代化政策に関して、軍事革命などの近代化をめぐる戦略的な転換点を検
討する。そのうえで海軍のケースを、近年高まる海洋権益の確保との関連でその海洋進出 動向と近海防御戦略を探り、海軍近代化の進展と空母保有の可能性などの分析を試みたい。 1 国防・軍隊建設の位置づけ―国内要因による戦略的な転換点 国防建設について 17 大の胡報告は 12 項目中の第 9 項で具体的な戦略としていくつかの国 防関連の基本方針を示した。国防・軍隊建設の優先度についてはまず国防と軍隊建設の位 置づけとして、「国家の安全保障と発展戦略の全局から、経済建設と国防建設を統一的に計 画し」、「小康社会建設のプロセスのなかで国防建設を進め、豊かな国と強い軍の実現」(要 旨)が強調され、経済建設優先の方向をうかがわせている。 これまでは 小平路線を継承して、国防建設は「経済建設を優先する大局に従う」もの と政策的に抑制されてきた。それでも江沢民時代は軍の歓心を買うために国防費を急増さ せ、胡第 1 期政権もまたその延長線上で国防費の対前年比 2 桁の増額を続けてきた。 しかし胡総書記の主導性が確立された 17 大の胡報告で示された方針は、国防建設は「経 済建設もかかわる全局から統一的に計画」されるもので必ずしも最優先課題ではないこと、 その実現はまず小康社会の全面建設という優先課題を実現する「プロセスのなかで国防建 設を進める」ものとされ、「強い軍」よりも「豊かな国」作りが優先するものに緩やかに軌 道修正されたとみることができよう。 アジア地域の安全保障環境はなお不安定とみる中国にとって国防近代化は重要ではある が、それ以上に生活向上を求める 13 億人の欲求を満たし、共産党執政の正統性の保持を重 視する路線へ転換するものとみてよかろう。さらにこれまでどおり経済成長を持続させな ければならない胡政権としては、GDP の大部分を対外交易に依存する現状からも国際的な 緊張を避け、協調路線を維持する範囲で国防建設を進めなければならないからである。 しかし、それは同時に国防支出が抑制されることで軍部に不満がでてくることになり、 中国では古くて新しい党軍関係の問題につながってくる。21 世紀となっても、中国は自国 を取り巻く安全保障環境を楽観しておらず、根強く国防近代化の願望を抱く軍部を党はコ ントロールできるか、それは党トップ指導者である胡総書記が軍権を掌握し、将軍たちを 抑えることができるかにかかってくる。実際、17 大で胡報告は軍隊強化の方針として「革 命化、現代化、正規化の建設を全面的にバランス良く強化する」として依然として党軍と しての革命性を第一に強調していた。この点に関して、17 大を前に、胡錦濤は軍区司令員 の異動などの大幅な将軍人事を敢行しており、おおむね軍権掌握はできたとみられるが、 なお国防近代化経費を抑制することができるか、は注目を要する課題である。 2 国防近代化の重点方向と分野―情報化か、機械化か、有限資源投下の重点分野 17大の胡報告では、兵器開発について「機械化と情報化の複合的発展を加速させる」と 近代化の方向を示している。またその近代化の方法として「自主革新開発と品質・効果を 高める、軍民一体の武器・装備調達、研究開発、生産システムの構築」などが強調されて いる。
これまで中国は湾岸戦争やコソボ空爆からアフガニスタンやイラクでの反テロ戦争がみ せつけてきた戦争様相から先進的な軍事革命の成果に衝撃を受けてきた。中国は自らの軍 備の遅れを認識し、国防近代化にあたり「量規模型から質量効能型へ」、「人力密集型から科 技密集型へ」(3)と近代化路線を進めてきた。 特に軍事革命を達成した米英軍が 2003 年にイラク攻撃でみせつけた新しい戦争様相は、 戦勝要件が従来の「機械化」された戦力から「情報化」された戦力に移行したことを証明 した。そして「情報化」条件下での戦勝のためには、情報の優越に加えて指揮、通信、統 制などいわゆる C4I(Command, Control, Communication, Computer and Intelligence)機能の強化が不
可欠であることが示された。また精密誘導兵器やその運用のための偵察、通信など宇宙空 間の戦力化もまたきわめて重要であることが示されたが、中国は自国軍事力の現状がはる かに遅れている実態を認識させられてきた。 そこで中国は、これまで追求してきた火力、機動力などの戦闘力を強化する「機械化」 がなお達成途上の「半機械化」段階にとどまっている現状を踏まえ、「機械化」と「情報化」 のバランスをどうするのか、などの問題に直面している。 2006年の国防白書はその狙いを「情報条件下での局地戦の勝利と基本的な統合作戦の遂 行」と掲げており、「情報化」を主要な目安として軍隊を質的に強化することを明示してい た。そしてその進め方は、「機械化」を基礎としながらも、情報力や統合作戦指揮体制の強 化など「情報化」を中心にして「複合的に推進する」と示していたが(4)、17 大ではその「発 展を加速」すると強調してきた。 しかし各軍種に共通した兵器などの近代化をめぐる「機械化」の完成か、それとも飛び 越え方式で「情報化」への集中か、という優先度の選択のほかに、次の段階として具体的 な軍種分野の選択が迫られる。すなわち有限の国防資金の軍内配分にあたっては、核・ミ サイル・宇宙戦力の強化か、通常戦力の強化か、の選択がまず問題となってくる。 中国は情勢認識(5)として「覇権主義・強権政治」と呼ぶ米国を最大の脅威に見立ててお り、対米抑止力の保持のため核ミサイル戦力の強化をないがしろにはできない。他方で軍 事情勢を「情報化を特徴とする軍事競争の激化、ハイテク兵器開発の加速、新しい軍事的 優位を目指す争奪」があるとみており、軍任務の拡大と台湾の独立機運の高まりなどが加 わって、台湾独立阻止に向けた「ハイテク局地戦の勝利」もまた重要な目標となっている。 その場合、党政権の基盤として全土に展開して「党の柱石」を担い、兵力量を重視する 陸軍の強化か、近代戦対応のパワープロジェクション軍種の海・空軍の強化か、の優先度 の選択があり、さらにそれは次の段階の海軍優先か、空軍優先か、のジレンマにもつなが ってくる。 国防近代化の重点については、中国の時事週刊誌『瞭望』(第 30 期)が「中国の国益の重 点は海洋に移り、海洋での安全保障が国家の生存と発展の重点課題となってきた」という 認識を示していた。現に中国では海洋権益はますます重視され、対象海域は拡大されてい る、さらに海軍は平時・戦時を問わず「Show the Flag」として国威発揚のシンボルとするに 恰好の軍種である、などの理由から以下、海軍強化をケースとして検討を進めたい。
3 中国の海洋進出と海軍力―遅れた海洋進出と沿海海軍からの脱皮 (1) 中国の海洋進出と権益問題 中国は「300 万平方キロメートルの海洋国土」を誇り、海軍力の強化とともに「海洋強国」 を掲げて海洋権益の拡大を追求するようになってきた。中国の国際貿易への依存が 60% に 迫るなかで海運が発展し、それを支える造船力の急拡大と船腹保有量の増加により、今や 2350万トン・ 3700 隻(2005 年で世界 9 位)にまで海洋力は強化されている。 海洋大国の夢を追う中国は、国務院が2003 年 5 月に「全国海洋経済発展計画要綱」を公布 して「海洋魚 3000 種、海洋石油資源 240 億トン、天然ガス資源 14 兆立方メートル、鉱物資 源 31 億トンの埋蔵」(要旨)と示している。 中国が海洋進出してきたのは意外と遅く、経済建設が重視されるようになった 1970 年代 以降のことであった。まず中国は、南シナ海に対しては 1974 年にパラセル(西沙)諸島の永 興島を、1988 年にはスプラトリー(南沙)諸島の赤爪礁等を、それぞれ占守中のベトナム軍 を軍事力で撃退するという形で占拠し、1992 年には南シナ海を含む「領海法」を制定した。 しかし海洋の利用には主権国家の外交権、警察権、軍事権が厳しくかかわる問題が多い。 実際、中国の海洋進出の活発化は東シナ海での日中間の排他的経済水域(EEZ)の境界をめ ぐる紛争のように、近隣諸国と島嶼の領有や EEZ をめぐる摩擦や緊張を増大させている。 (2) 中国海軍の生い立ち 中国は、かつて明朝時代に鄭和が率いた大艦隊が国威を発揚するとともに通商圏をアフ リカにまで拡大していた。中国の近代海軍の建設は清朝時代に始まり、戦艦「定遠」「鎮遠」 などを建造したが日清戦争時の黄海海戦などで壊滅した。 現在の中国海軍は、国共内戦の末期の 1949 年 4 月 23 日に華東軍区海軍として創設され た。 介石国民党軍が台湾移駐を進めるなかで、革命戦争の完成には共産党軍にも台湾海 峡を越える海軍力の必要性が認識されてきたからである。しかし 1950 年に勃発した朝鮮戦 争への参戦による膨大な戦費が圧迫して海軍建設は停滞し、「海の長城」とされながら沿岸 海軍の域を出ることはなかった。 中国が本格的に近代海軍の建設に着手したのは、1978 年に制定された「四つの現代化」 戦略の発動からである。第 4 代海軍司令官の劉華清上将の主張(6)もあって、海軍の任務は 「海上からの侵略に対する抑止・防衛」に加えて「領海主権の保護護衛、海洋権益の維持、 海上資源の開発利用」などが付加された。そして中国近海の海洋管轄権を維持するために 第 1 列島線(7)までの近海防御戦略が形成されることとなった。 (3) 中国海軍の現状 中国海軍の現況(8)は、総兵力 25.5 万人で、艦艇船腹量が 93.5 万トン、作戦機が 700 機に加 えて約 1 万人の海兵隊から成っている。その編成は次ページの図のように海軍司令部の下に 3個の艦隊が主戦力として配備されている。 その戦力は艦艇戦力としては、水上戦闘艦では駆逐艦 21 隻、フリゲート艦 42 隻のほかは 大部分が沿岸警備用のミサイル艇や哨戒艦艇などで 900 隻からなる。駆逐艦は、最大級の蘭
中国人民解放軍の組織・指揮系統図 (海軍・艦隊の編成を中心に) (注) *1 アンダーラインは司令部を示す。 *2 勤岸部隊には、勤務船隊、技術隊、通信所、教練室、油脂庫、弾薬庫などがある。 *3 北海艦隊にのみ所属。 *4 南海艦隊にのみ所属。 (凡例) 指揮系統 限定指揮・指令系統 指揮・選出系統 行政指令系統(二重枠は行政部門)
(出所) 中国軍事科学院『世界軍事年鑑』;The Millitary Balance 2006–2007;『中国兵役法』(軍事科学出版社)などから筆者作 成。 党中央軍事委員会 国家中央軍事委員会 軍事力統帥の根源(党規約および憲法) 国務院(内閣) 人民解放軍総部 公安部(省) 国防部(省) 総後勤部 総参謀部 党政治部 総装備部 担任:黄海、渤海 済南軍区管轄(限定指揮) 基地:青島、旅順、烟台、威海(*1) 担任:東シナ海、台湾海峡 南京軍区管轄(限定指揮) 基地:寧波、上海、舟山、福州 担任:南シナ海 広州軍区管轄(限定指揮) 基地:湛江、広州、楡林 駆逐艦支援 護衛艦大隊(3―4隻)数個 快艇部隊 ミサイル艇大隊 魚雷大隊 両用戦艦艇部隊 潜水艦支隊 攻撃型支隊 原潜支隊 弾道弾搭載原潜支隊(*3) 海岸砲部隊 対艦ミサイル部隊 (*4) 作戦機合計792機(戦闘機346、 攻撃機296、爆撃機130等) 北京 蘭州 広州 (7個軍区) 成都 済南 瀋陽 南京 北海艦隊 東海艦隊 南海艦隊 ︵ 艦 隊 の 編 成 ︶ 党中央委員会 10個 数個 数個 数個 (海軍関係) 国家主席 党中央政治局 党大会 省軍区司令部 軍区司令部(7個) 第 二 砲 兵 司 令 部 空 軍 司 令 部 海 軍 司 令 部 軍 関 連 大 学 軍 事 科 学 院 国 防 大 学 情 報 機 関 そ の 他 直轄機関 ミ サ イ ル 軍 ︵ 6 個 ︶ 軍 事 工 業 集 団 公 司 合 成 集 団 軍 各 兵 種 の 師 団 ・ 旅 団 辺 防 部 隊 兵 役 機 関 直 轄 部 隊 予 備 役 師 団 人 民 武 装 警 察 部 隊 中 国 船 舶 重 工 業 集 団 公 司 中 国 船 舶 工 業 集 団 公 司 空 挺 軍 航 空 兵 部 軍 区 空 軍 ︵ 7 個 ︶ 水警区 水上艦艇部隊 潜水艦部隊 国 防 科 学 技 術 工 業 委 員 会 軍分区 全国人民代表大会 沿岸防備部隊 海軍陸戦旅団 艦隊航空部隊 戦闘機師団 独立航空連隊 爆撃機師団 高射砲部隊 攻撃機師団 レーダー部隊 小型水上艦部隊 勤岸部隊(*2) 防空部隊 通信部 防潜部隊
州型「中国版イージス艦」6500 トンが 2004 年に就役しており、さらに 6000 トン級の杭州型 の新鋭艦が 2 隻(その 1 隻、深 号が 2007 年 11 月に日本を親善訪問し、晴海埠頭で交歓行事に参 加した)、ハルビン号など 4800 トン級が 2 隻あり、そのほかは旅大級 16 隻(5 隻は改良型)が 主力を占めている。またロシアから超音速モスキート型対艦ミサイルを搭載したソブレメ ンヌイ型 2 隻が導入されている。外洋行動ができるフリゲート艦ではヘリコプター搭載の新 鋭の江衛級(2200 トン)が 12 隻のほかは江湖級など旧式艦が多い。 潜水艦は量的には世界最大級の 69 隻保有している。原子力潜水艦としては潜水艦発射弾 道ミサイル(SLBM)搭載の夏級 1 隻のほかに漢級攻撃型 5 隻があり、その 1 隻が 2004 年秋に わが領海を侵犯した。通常型潜水艦としては 1970 年代に建造の明級など旧式艦が多いが、 1999年から宋級 3 隻、2004 年から元級 2 隻が建造されるなど、国産新型潜水艦に加えてロシ アから購入したキロ級 4 隻があり、さらに 1 万トン級の潜水艦救難艦も備えている。 機雷敷設や掃海艦艇は 33 隻を保有しており、上陸作戦用の艦艇も 2003 年就役のユーテイ ン型揚陸艦(戦車 10 両、兵員 250 名、ヘリ 2 機)9隻をはじめ、総計で 292 両の戦車を同時揚陸 できる大小の両用艦 50 隻を保有している。また補助艦艇として 2 万トン級の補給艦 2 隻、そ の他衛星追跡艦やわが近海で活動する情報収集艦・測量艦などもある。 海軍航空戦力としては、各艦隊に 2 ― 3 個航空師団を配置しており、Su-30MKK などの新 鋭機も含めて戦闘機、攻撃機、爆撃機などをそろえている。2001 年に海南島沖の米中軍用 機接触事件で墜落したのは海軍の F-8 II 戦闘機であった。 4 海軍の任務の拡大と近海防御戦略 (1) 海軍任務の拡大 中国の石油の純輸入量は 2006 年で 1 億 3617 万トンに達し、国際エネルギー機関(IEA)に よれば中国の石油輸入量は 2010 年で 1.5 億トン、20 年で 2.5 億トンになる。これらから中国 が抱えるエネルギー需給の逼迫は、中国に海外資源や海洋安全保障への関心を高めさせ、
海軍力強化論を惹起させている。実際、アーミテージレポートⅡ(The U.S.-Japan Alliance:
Getting Asia Right through 2020)が「中国が遠洋海軍の建設を重視するのはエネルギー資源とシ
ーレーンの防衛のため」と指摘しているように近年、空母保有も含めた中国海軍の強化論 につながっている。 このように中国の海洋進出は、死活的な資源確保の問題を背景としている。現に中国で は 1996 年制定の国防法には「海洋権益の防護」が軍の任務と明記され、中国海軍は海洋資 源開発の防護や長大なシーレーンの安全も担うことになる。 これまで中国の海洋進出は、①海洋資源の探査・開発、②安全保障上の必要性、③シー レーンの確保などが狙いとみられてきた。そのなかで近年、中国が新たに軍事的な意図を 顕わにしてきたが、その理由の一つは海洋正面へのバッファーゾーンを拡大する防衛上の 必要性で、もう一つは独立へのベクトルを強める台湾への牽制措置であるとみてよかろう。 (2) 近海防御戦略 先にみたような背景を踏まえて中国の海軍戦略は、海洋を支配する米海軍との対決が避
けられないとみて、海上正面に縦深性をもった防衛帯の形成とシーレーンの安全確保を追 求することになる。この際、中国海軍が行動範囲を世界規模に拡大するグローバルな外洋 海軍を目指すか、西太平洋までを作戦範囲とする近海海軍を目指すのか、が問題となる。 これについては海軍の軍事能力の限界などもあって、当面は西太平洋正面の安全保障にか かわってくる後者の範囲で「近海防御戦略」を追求するとみられ、それについて検討した い。 中国が認識する海洋からの脅威について、『瞭望』(第 30 期)は「米軍がグワム島基地強化 のように西太平洋でのプレゼンスを強めているのは、米国の対中封じ込めのため」とみて、 警戒感を示している。 近海防御戦略の構想について、米海軍大学のカール教授の論を援用(9)して要約しておこ う。まず第 1 列島線以内のシーコントロールを追求し、中国が主張する EEZ 内の制海権を確 保することである。具体的には第 1 列島線内に海軍主力を展開し、支配することで極東米軍 基地の機能を低下させ、米空母からの巡航ミサイルなどの攻撃を妨害しようとするもので ある。次の段階として、第 1 列島線以東で小笠原諸島からマリアナ諸島を経てグワム島に至 る第 2 列島線までの海域のシーデナイアル(敵の自由使用を牽制する)の追求である。具体的 には、西太平洋海域での米海軍の自由行動を拒否するために台湾東方海域に潜水艦を展開 し、機雷などを敷設することで、特に米空母の行動を制約して沿海地域を米巡航ミサイル の射程外に置こうとするものである。これにより将来中国が台湾を攻撃する際の米軍の来 援や介入の抑制・阻止を狙っている。 中国の近海防御戦略は台湾海峡をはさむ中台統一問題にも密接に関連している。中国が 台湾を武力解放するためには第 1 列島線内の海洋支配は不可欠であるが、台湾占有後は台湾 の地政学的価値から中国の西太平洋進出をきわめて有利にする。現に中国の海洋戦略とし て「まず台湾問題を解決して海洋進出の基盤となる足がかりを構築し、次いで南シナ海へ 進出、最後に東シナ海で日中間の海洋権益の確定をする」という見方(10)が示されている。 5 海軍の近代化―海軍近代化の目標と空母への関心 そこで中国の現有の軍事力は近海防御戦略の期待に応えられるか、という問題が浮上す る。中国で進められる国防近代化は、冷戦後から国防費が対前年比で 2 桁の増額が続いてい るものの、なお十分な成果を生んではいない。実際、中国の海軍力の現状は西太平洋にお いて米空母部隊に対抗ができる水準からはまだ程遠い段階にある。 このため中国は「中国の特色ある軍事変革(中国式軍事革命)」の目標に関して 2006 国防 白書で初めて「国防 3 段階発展戦略」を明らかにした。しかしその内容は「第 1 段階の 2010 年までに中国軍事力のしっかりした基礎を築き、第 2 段階の 2020 年前後にそれを大きく発展 させ、第 3 段階の 21 世紀中葉に情報化された軍隊を構築、情報戦争に勝利する」(原文訳の まま)ときわめて抽象的なものである。これに関して米国防総省の 2007 年の議会宛レポー ト「中国の軍事力」(「米国防総省レポート」)第 4 章では、「2010 年までにサイバー攻撃力の 強化などで情報化条件下の戦争に抑止力をもつ」「2020 年までに機械化を基本的に達成し」
「2050 年までに米国に対抗できる能力を保有する」と解釈している。 海軍の近代化にあたっては、国防近代化の全体的な体系のなかで作戦範囲を世界規模の 作戦概念を追求するか、西太平洋までの作戦範囲の追求か、がまず第一の課題となる。前 者は、インド洋を含むグローバルな海上交通路の保護にまで乗り出すことで外洋海軍の追 求となる。後者は第 1 列島線以西の 300 万平方キロメートルの海洋コントロールに加えて西 太平洋へのアクセスポイントの確保を目ざす近海防御戦略の範疇の海軍力となろう。 これについては「米国防総省レポート」は「予見しうる近未来では中国海軍は西太平洋 までの作戦範囲を追求する」とみており、以下、海軍の近代化の狙いとその努力状況を近 海防御の範囲で考察をしておこう。 まず海軍の近代化・強化の目標としては「領海主権と海洋権益の守り、近海防御の作戦 範囲と防御縦深の拡大、統合作戦能力と核反撃能力の増強、水陸両用作戦兵力の整備など によって総合的な近海作戦能力の向上」(2006 国防白書)が追求されることになる。 具体的な海軍の近代化の進展状況を分野別にみておこう。①水上戦闘艦艇の強化では、 ロシアから新型の誘導ミサイル駆逐艦の取得や国産艦としてはロシア製最新ミサイル (SAN20・SAM)を装備した最新鋭の瀘州級駆逐艦を就役させ、さらに性能を向上させたイ ージス艦など新鋭艦が年間で駆逐艦 1 ― 1.5 隻、フリゲート艦 1.5 ― 2 隻の割で増強されよう。 これらの延長線上に空母保有の期待がある。②潜水艦では、新たにロシアからキロ級潜水 艦 8 隻の追加購入や次世代原子力攻撃潜水艦・商級の配備が求められよう。さらに SLBM (JL-2)搭載の新型原潜やその護衛としての攻撃型原潜(漢級の代替)の通常型新潜水艦が 1 年で 1.5 ― 2 隻の割で建造されていこう。③両用艦では、2006 年には大型強襲揚陸艦を 14% 以上も増強(50 隻)しており、今後も年 4 隻の割で戦車揚陸艦である LHD ・ LSD が増強され、 約 100 隻が期待できよう。④海軍航空機では、J-10 戦闘機の艦載機化、対空母ミサイル発射 機のスタンドオフ攻撃能力の保有などが考えられる。また⑤作戦支援体制の強化としては、 洋上補給能力の強化、指揮システム強化、人材育成など総合的に近代化が進められよう。 中国海軍の近代化の第二の課題は、その主要な努力を航空母艦(空母)の建造・保有に指 向するのか、潜水艦力の強化を追求するか、という戦力手段の選択の問題である。空母か、 潜水艦か、は二者択一的な問題ではないが、有限の海軍近代化資金の配分は戦略的に決定 されるとみるのが自然である。 現有の海軍力が抱える問題は、艦艇が行動できる洋上防空圏に限界があることで、陸地 基地から発進する作戦機の行動範囲に洋上エアカバーが限定されていることである。その ため洋上防空圏の拡大への強い要求を満たすものとして空母保有論が根強くある。実際、 中国では 1990 年代から空母建造の期待が高まり、ロシアのキエフ級空母などを購入してき た経緯がある。さらに近年、例えば 2005 年 8 月に周伯栄海軍副参謀長は空母保有の希望を表 明し、2006 年 3 月には王致遠総装備部中将が「空母保有は絶対に必要」と述べるなど、複数 の軍要人が空母の保有を強調している。 さらに中国が重視する台湾武力解放までも視野に入れる場合、台湾海峡の制空権の確保 が前提条件となり、この面でも空母保有は優先されることになろう。この際、米軍介入阻
止のためには潜水艦の効用も大きいが、攻防兼備の防空が強調される折から西太平洋への 中国の航空制圧圏の拡大のほうがより重視されよう。実際、中国専門誌は「遠洋作戦を実 施する最良の方法は、艦載機のプラットフォームを保有すること」と明示している(11)。 6 空母建造の問題 (1) 空母の建造推進の経緯 中国では「空母の父」と言われた劉華清海軍司令官が「強大な海軍建設がわが国の海洋事 業を発展させる」との論(12)を発表して、空母保有の運動を推進した。 すでに中国では 1990 年代後半から旧ソ連製空母の購入の動きが始まっていた。特に空母保 有の意志が明らかになったのは、1996 年の台湾威嚇演習に対抗して米国が空母 2 隻を派遣し た台湾海峡危機後からであり、米空母に対抗する装備として空母建造熱が高まり、広範な空 母建造募金の国民運動までが生起してきた。実際、空母開発計画が話題となるなかで、バリ ヤーグ号(13)を未完のままウクライナから購入しようと企図し、1992 年からの取得交渉に成功 している。同様にロシアからキエフ級のミンスク・キエフ(14)の2隻の購入にも成功している。 やがて中国では「海洋権益の防護」が「国防法」にも規定され、1998 年に在ベオグラード 中国大使館が米軍機から誤爆されたのを契機に、さらに空母待望の声が高まった。その後、 2001年に海南島沖でパトロール中の米電子偵察機(EP-3)に中国海軍機(F-8 II)が衝突する 事件があり、米中間の緊張が高まった。そのような状況下で中国は空母保有に向けて努力を 続け、多くの難題を克服してバリヤーグ号をボスポラス海峡を通峡させ、2002 年 3 月には大 連港に曳航した。現在でも同艦は造船所内に係留されて改修工事が進められている模様であ る。 (2) 中国の空母保有の可能性の検討 中国は空母の保有ができるのか、その可能性について空母建造能力と就航後の運用能力 の両面から探っておこう。中国の国防近代化の進展は一般に、①投入される近代化資金、 ②軍事転用可能なハイテク技術の水準、③裏づけとなる国防工業基盤、の 3 要因が制約要因 だと言われている。空母建造にあたってもこれら国防資金、軍事技術、国防工業基盤のネ ックをどのように克服するのか、が問題となる。 空母建造を左右するのは、第一に海軍に配分される国家資源の大きさであり、さらに海 軍内で空母建設資金への配分の優先度にかかわる問題である。胡政権では経済建設を優先 せざるをえず、空母建設のための大規模な新規投資は制約が多いとみられる。今後とも国 防費はこれまでの延長で増額されようが、各軍種や兵種の近代化の優先度をめぐる競合は 激しさを増すことになる。総花的な資金配分か、集中投下かのジレンマは軍内の摩擦を過 熱させることになろう。したがって資金に制約があるなかでの空母建造は、新造艦という より、すでに購入した未完成艦バリヤーグ号の改修という形で進められる可能性が高い。 第二に軍事技術の水準なども重要な要件である。中国のハイテク技術の軍事転用力は低 い水準にあるうえに、1989 年の天安門事件以来の西側の対中軍事制裁はまだ解かれてはい ない。中国は対策としてロシアからの新兵器導入を進めており、これまで海軍関連ではキ
ロ級潜水艦やソブレメンヌイ級駆逐艦などを取得している。しかしこれらは中国の必要性 を満たしていないうえに、空母に関しては、かつてのソ連時代でも米国の先進技術を開発 できなかったように、離陸を助けるスチーム・カタパルト技術や着艦時の安全を支えるフ ック制動の油圧装置などの技術的な問題が解決されているわけではない。 しかし中国の国防近代化に決定的な影響を及ぼすハイテク技術の導入はロシアが圧倒的 な供給国であり、将来ともにその依存関係は変わらないであろう。軍事技術の移転問題は 中ロ間の信頼関係のうえに成り立つもので、かつて 1950 年代末に中国が核開発にあたって ソ連から原爆サンプルの提供を拒絶された経緯も忘れられてはいない。実際、「ロシア人は 中国人に恐れと蔑みの気持ちを抱いており……兵器輸出も外貨獲得のためであり、内心敵 を太らせるのではと恐怖を抱いている」(15)という見方さえある。 第三に国防工業基盤の問題である。中国の国防工業は 10 個の企業集団に再編され、国有 企業として手厚い保護を受けている。しかし市場経済が進展するなかで、軍事部門への設 備投資や良質の熟練工の確保などが市場経済の競争のなかで困難になっている。これらを 受けて「軍需が民需に宿る」方針となり、今後は研究開発段階から民間部門の参入を認め る趨勢にある。しかし中国の海軍部門の建艦能力に関しては、49 ページ図のように国有企 業として世界 5 位にある中国船舶工業集団公司があり、また20 万トン・タンカーの建造実績 を誇る中国船舶重工業集団公司がある(16)。これに関しては孫来燕国防科学工業委員会副主任 が「中国造船業の発達に伴い、中国は空母建造能力を徐々に備えつつある」と述べている。 もう一つの運用面からの可能性については、衛星による広域の情報収集能力や指揮管制 通信能力、護衛体制や統合運用などシステムの構築は不十分で、ハード、ソフト両面から 問題が多く、そのネックとなる技術的問題の克服は 2010 ― 20 年頃と予想される。 結論として、中国の空母建造は「機械化」の段階の建造・改修は可能であるが、運用に 資するソフト面も含めた「情報化」の段階ではまだ多くの未解決の課題を残している。こ れらから中国の国防近代化は外からみるほどには条件は整っていないが、バリヤーグ号の 同型艦が現にロシア空母として就役していることから、空母として一応の型を整えた艦の 出現は 2015 年前後と期待でき、中国が求める空母保有国としての威信は確保できよう。 (3) 中国はどのような空母を持てるか 中国が保有できる空母像について大胆に予測すれば、それは「中国の特色ある空母」と いうイメージが描けよう。 一般論として、空母はグローバルな行動力をもつ大型空母(4 万トン以上)とヘリコプタ ー搭載などの小型空母に大別でき、その動力エンジンによって原子力空母(現有では米は 10 隻、フランス 1 隻)と通常型空母に区分できる。航空機搭載艦としての任務からは攻撃型、 護衛型、ヘリ空母、対潜空母など、およびいくつかの機能を有する多目的型空母、さらに 海兵隊を搭載する強襲揚陸艦などに区分できる。 一般に大型空母は、米国の空母攻撃群に象徴されるような、①原子力動力で長期航続可 能、②警戒管制機、攻撃機、要撃機、対潜機など多用途の作戦機を搭載し、③さらにイー ジス艦を中核とする護衛艦隊を随伴して自己完結した海上航空戦力が発揮のできる、など
多目的空母のイメージとなる。他方でインドなどが保有する小型空母は常時外洋を遊弋す るというよりは有事に「トラの子」として使用できる、威信やプレゼンスのための空母で あり、護衛型、対潜型などに任務や行動範囲が限定されるものとなる。 中国の場合、バリヤーグ号の改修による就航となれば規模からは大型空母であるが、機 能からみれば小型空母並みという「中国の特色ある空母」となる可能性が高い。現にバリ ヤーグ号は排水量は 5.8 万トンを超えるが、通常型動力であって遠距離機動には適さず、西 太平洋に中国の防空圏を拡張する目的の空母となるのではないかと推察できる。すなわち その役割は、台湾解放または介入のために派遣される米軍の抑止・阻止が主任務となろう。 すなわち、護衛艦隊に守られて外洋機動するというより、自艦の対空防御は沿海地域の陸 地発進の航空機によって援護を受け、その支援範囲に「浮かぶ飛行場」を臨時に設置する 役割を果たす、というイメージである。そのうえで艦載機によって第 1 列島線以東の海域で 行動する海軍艦艇のためのエアカバーの拡大や沿海地域からより遠いラインで敵の航空攻 撃やミサイル攻撃を要撃する、さらには対艦ミサイルのプラットフォームとして射程を延 伸する、などの機能が期待される空母ではないかと推測できる。 そのうえで、大国志向を強める中国が、空母のプレゼンスによって国内外に国威を発揚 するという役割も十分に果たせよう。現に軍事科学院の陳舟大佐は「空母は強大な海軍の 象徴であり、将来の外洋艦隊の保有に希望をつなぐもの」という見解を示しており、海洋 大国を志向する中国の悲願の達成にもつながってくる。 7 中国の軍事面の転換点のアジア地域に及ぼす影響―まとめとして 胡政権が 2 期目を迎えるにあたって、国防分野で進める政策転換は二つあることはみてき たとおりである。まず一つは国防建設と経済建設の優先度と調和の問題であり、かねて 小 平時代に進められた経済建設を優先する路線への回帰の兆しがみえてきたことである。今日、 政治改革など民意を無視できない政治情勢下で、中国は経済発展とともに格差の拡大、配分 の不公平、弱者の置き去りなど社会の諸矛盾が顕在化している。このため民意を満足させる ための「小康社会の全面建設」という政治課題の達成が迫られている。中国内における経済 発展に伴って軍事力の位置づけが再び経済建設を優先する方針に転換されることになろう。 もう一つは国防近代化への有限の国家資源投下にあたり、いわゆる「機械化」か、「情報 化」かという具体的な重点指向の問題である。イラク攻撃など一連の紛争から米国など軍事 革命を達成した情報化戦争をみせつけられ、中国は機械化の重視から情報化も重視する「複 合的な両面の発展」に転換している。この場合、どの軍種に近代化努力を集中指向するか、 必ずしも明確ではないが、本稿では海軍を対象として空母保有をテーマに検討をしてきた。 しかし中国の国防近代化は、「中国の特色ある軍事変革」を目標に掲げながら、その達成 度はなお道遠しの段階にある。実際、当面の達成目標である台湾への侵攻能力の確保は着実 に進められているが、対米抑止力に繋がる「情報戦」段階までにはまだ多くの課題が残され ている。 それでも国防近代化の重点とされる海軍の強化は着実に進展しており、空母の保有も視界
のなかに入ってきた。中国の空母の水準は機械化の段階のもので、運用面での情報化の水準 はなお不十分である。中国が空母を保有することで、巨大資金の投入に見合う軍事的な効果 が期待できるのか、無用の長物化しないか、その費用対効果比の評価も問われてこよう。 「中国の特色ある空母」保有がアジア地域の安全保障環境に及ぼす影響という観点で、中 国のメリットは、①西太平洋海域への作戦領域を拡げることで自国の防衛圏を拡大できる、 ②実験空母の成果によってはインド洋も含む外洋で行動できる空母攻撃部隊建設の基盤とな る、③膨大な人口の扶養を抱えて利用すべき海洋権益の拡大を有利にする、④中国の国家威 信を高揚させる、などが考えられる。他方、デメリットとしては、①現に「米国防総省レポ ート」が警戒感を顕わにしているように米国の対中警戒感を高め、米海軍との摩擦が増大し、 対決するリスクを内在させてくる、②アジアの安全保障環境を不安定化させ、周辺国の警戒 を招く、③積極的な海洋進出はグローバル経済とのリンクに国益を求める中国にとって国際 貿易にマイナスの影響を及ぼしてくる、なども考えられる。 これまでみてきたように、中国が海軍力の軍事革命を推進し、空母保有が現実のものとな りつつある。胡報告にもあるように中国が「和諧世界」を求めるのであれば、中国には空母 保有の意図やその能力などについて透明性を増す努力が求められる。中国の海軍力強化や海 洋問題への取り組みが先行き不透明のままでは、アジアの安全保障環境の懸念材料となり、 「中国脅威論」につながってくる。中国には責任ある大国として国防近代化に関する情報開示 とパワープロジェクション能力の急速な拡充への自制が求められることになる。 ( 1 ) 共産党第 17 期大会では、胡錦濤総書記が「中国の特色ある社会主義の偉大な旗印を高く掲げ、 小康〔ゆとりある〕社会の全面建設という新たな勝利のために奮闘しよう」と題する 2 時間 20 分に 及ぶ演説で執政方針を示した。そこでは 5 年間の活動成果を総括し、GDP の平均成長率が 10%、全 方位外交の進展、私営企業経済の発展、国防建設などの成果を強調したうえで、胡錦濤色の強い 「科学的発展観」という執政理論が強調され、発展を核心としながらも人を基本とする調和のとれ た持続可能な経済成長を目指すとして、12 項目に及ぶ政策方針が示された。 ( 2 )「情報化」、「機械化」とは、中国で進められる国防近代化のスローガンであり、「機械化」の意味 は物理的破壊力を激突させるため火力・機動力・衝撃力の強化を図る近代化目標である。「情報化」 は敵の指揮中枢の機能を麻痺させ、友軍が情報をリアルタイムに共有し、至短時間に統合戦を遂 行できる戦力で、情報の優越に加えて指揮、通信、統制、さらにこれらを一体的に統合・連接す るコンピューターシステム、いわゆる C4I 機能などの強化を指している。詳しくは茅原郁生編『中 国軍事用語事典』(蒼蒼社、2006 年 10 月)に詳述されている。 ( 3 ) 茅原郁生、前掲書、「科技強軍」の項、70 ページ。 ( 4 ) 中華人民共和国国務院新聞弁公室『2006 年の中国の国防(国防白書)』(以下、2006 国防白書) より。 ( 5 ) 同上、「総括」の項から。 ( 6 )『人民日報』(1984 年 11 月 24 日)に劉華清署名論文「強大な現代化された海軍建設には人材育成 が鍵」として掲載された。 ( 7 ) 中国の文献によれば、地勢的にはアリューシャン列島―千島列島―日本列島―南西諸島―台湾― フィリピン―大スンダ列島を連ねる島嶼線であるが、ここでは日本列島以南の島嶼線を示す。茅 原郁生、前掲書、97 ページ参照。
である。 ( 9 ) 茅原郁生編、前掲書、96―98ページ。 (10)『連合早報』2006 年 6 月 30 日。 (11) 中国海軍専門誌『現代艦船』(2005 年 10 月上半期号)所載論文、汪萍「遠洋作戦を実施する最良 の方法」。 (12)『人民日報』1984 年 11 月 24 日。 (13) 未完成空母バリヤーグ号は中国がウクライナから購入した旧ソ連のアドミラル・クズネッツオフ 級空母の 2 番艦であり、冷戦下の 1985 年に建造開始、1988 年に進水した。1998 年 3 月に中国企業が 軍事利用は行なわない条件で 2000 万ドルで購入した。その諸元は排水量: 5 万 8500 トン、全長: 304.5メートル、全幅: 70 メートル、喫水: 10.5 メートル/動力機関: 20 万馬力蒸気タービン/ 32 ノット、乗員: 1960 人+航空要員 626 人+司令部要員 40 人、主要兵装は SSN-19 対艦ミサイル: 12、 SAN-9対空ミサイル: 4、CADS-N-1 対空ミサイル 8 ミリ・ 30 ミリ: 65、マシンガン: 6。主要艦載
機は航空機 Su-33 : 18 機、Su-25 : 4 機、ヘリコプター Ka27 : 18 機、Ka-31 : 2 機など。
(14) 中国がロシアから兵装、エンジン、通信設備を取り外された状態で購入した軽空母でともにキエ フ級空母の 1/2 番艦である。その諸元は排水量: 3 万 6000 トン、全長: 273 メートル、全幅: 53 メ ートル、喫水: 9.5 メートル/動力機関: 20 万馬力蒸気タービン/ 32 ノット、乗員: 1200 人、航 空要員を含んで 1600 人。主要兵装は SSN-12 対艦ミサイル: 8、SA-N-3 対空ミサイル: 2、SA-N-4 対空ミサイル: 2、CADS-N-1 対空ミサイル 8 ミリ・ 30 ミリ: 65、マシンガン: 6。主要搭載機は航 空機 Yak-38 Forger VSTOL : 12 ― 13 機、ヘリコプター Ka-25 Hormone または Ka-27/29 および Helix :
14― 17 機。ミンスク号は深 で軍事テーマパーク「ミンスク空母ワールド」とされていた。
(15)『鏡報』2005 年 10 月号。
(16) 茅原郁生編、前掲書、310―311 ページ。
かやはら・いくお 拓殖大学教授