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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨 内藤正子 「高名凱言語理論の研究」

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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨 内藤正子 「高名凱言語理論の研究」

1898 年『馬氏文通』を書いた馬建忠以来、中国語文法研究に従事した中国人学者は数多 いが、学説史上とくに重要なのが、四十年代以降の王力・趙元任・呂叔湘、そして高名凱 である。高氏は辛亥革命の年に生まれ、三十年代にはフランスに留学、中国語の前置詞に 関する論文でパリ大学の文学博士号を取得、中華人民共和国になってから文化大革命の直 前 54 歳の若さで亡くなる。ソシュールの『一般言語学講義』を初めて中国語に全訳したこ とでも知られる。本論文は、特色があると言われながら研究されることの相対的に少なか った高名凱の言語理論を緻密に分析したものである。

第一章では、「唐以前の助字意識」と「宋から清における助字意識」の変遷を通して見 た中国人の文法意識が分析される。中国語の文法研究においては、通時的にも共時的にも、

虚字・助字の扱いが、文法的解釈の態度の表れとして重要だからである。この章で明らか になったことのうち特に興味深いのは、『馬氏文通』の虚字の扱いが明清期における助字 研究(なかでも清の『虛字説』)を踏襲したものであったという点であろう。ただし、そ うであればなおさら、一般に言われる西洋文法の『馬氏文通』への影響についての議論も あってしかるべきであったと思われる。

第二章では、高名凱・王力・呂叔湘の虚詞論とくに虚字についての基本的な考え方や扱 い方の相違等を通して三氏の文法論の特徴を考察している。虚実の概念、アスペクト体系、

語気及び語気詞が論じられる。内容の違いを示す表も有用である。「語気」という概念に 関する高氏独特の考えが興味深い。

第三章は高名凱の主要著書『漢語語法論』について、その成立と中国及び日本での受容 について考察したもので、本論文の中心となるものである。成立については、高名凱のそ れ以前の論文が本書にどのように取り入れられたかという問題をめぐり、1946 年と 1947 年 に発表された論文を中心に考証を行なうと同時に、初版本と修訂本の違いを詳しく分析し ている。『漢語語法論』は「句法論」「範疇論」「句型論」の3編から成るが、本章では 主にその「句法論」と「句型論」が分析される。今までほとんど取り上げられなかった、

高氏が燕京大学の学生時代に書いた論文も分析される。受容の面では、日本の鈴木直治の 初期の評論と高名凱の理論の影響下にある大原信一の教科書が取り扱われる。

第四章では、高名凱の“語法範疇”についての独特の考え方が分析される。高氏の《普 通語言學》(1957)や論文「語法範疇」(1957)等も参照しつつ、『漢語語法論』初版(1948)

と修訂本(1957)の「範疇論」が比較分析される。広義の「語法範疇」、狭義の「語法範疇」、

「語法意義」などの術語を高氏がどのような意味で使っていたのか、高氏が中国語の形態 や品詞の問題をどう考えていたのかなどについて、わかりやすく解説している。

第五章では、高名凱の影響を受けた日本の藤堂明保の表現論的文法論、および魚返善雄 の表情語という概念から、高氏の「句型論」を逆照射し、その特徴を浮き彫りにしたもの。

更に高氏の論文「漢語之表意語法」(1947)に基づき、「表意語法」(いかなる文法成分

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によって話し手の意欲が表現されるかということ)という概念も考察されている。

第六章では、中国においてソシュール理論が吸収・受容される際、高名凱や方光燾たち がいかなる役割を果たしたのかが考察される。具体的には「文法研究における京派と海派」、

「文法革新討論の展開」、方光燾の「広義の形態」、「“語言”と“言語”」等がテーマ となっている。議論の過程でイェルムスレウ、イェスペルセンを始めとする欧米の言語学 が中国の文法研究に与えた影響も言及されている。

第七章では、高名凱がアメリカの記述言語学の分析方法について紹介するとともに批評 を加えた論文「作為美國資階級文化一個部門的描寫語言學」(1964 年)、および 1990 年

「美國描寫語言學語言分析方法述評」と改題して『高名凱語言學論文集』に収録されたも のが分析の対象となる。後者の収録時に編集者により為された一部の削除と調整を仔細に 分析することによって、ブルームフィールドなどの記述言語学の分析方法に対して現代中 国の研究者たちが如何なる態度を取っているかが伺われ、たいへん興味深い。

第八章では、高名凱の文体論が扱われる。高氏は文体についてソシュールの言うパロー ルに属する問題であると考えていた。そのような高名凱の文体論を内藤氏は日本の時枝誠 記の伝達論と対照する(高氏が時枝の著作を読んでいなかったとの前提のもと)。そして 高氏の文体論が「言語を行為とみる時枝の伝達論に近いものを示しており、それは言語行 為論へと発展する可能性を持ったものである」と結論づける。

以上のとおり、本論文の主たる研究対象は何と言っても『漢語語法論』である。やや偏 りすぎの観もあるが、そこに中国語のみならず言語全般に関する高名凱の考えが凝縮され ていることを思えば、当然の偏りと見なすこともできよう。フランスで文学博士号を取得 した際の中国語の前置詞に関する論文も分析の対象としてほしかったこと、高名凱と同時 代の学者たちとの学問的関わりをもっと書いてほしかったことなど、要望したいことはま だまだあるものの、本論文が高名凱の言語理論に対する全面的な研究として相当程度に完 備したものであることは確実であり、本論文の序文に言う「言語学の発展を踏まえてその 理論の内容と意義を正しく理解するための基礎を提供する」目的も充分に達成されたと評 価される。よって本論文は博士(文学)早稲田大学の学位を授与されるに値すると判断す る。

2006年12月16日

主任審査委員 早稲田大学教授 古屋 昭弘 早稲田大学教授 楊 達 早稲田大学教授 高梨 信博 桜美林大学教授 植田 渥雄

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