総 説
はじめに
ヨーグルトはLactobacillus delbrueckii ssp. bulgaricus
(L. bulgaricus) と Streptococcus thermophilus(S. ther- mophilus)の共生作用を利用して乳を発酵することで製造 される。ヨーグルトにおいてはこれらの乳酸菌が乳酸をは じめ、アセトアルデヒドやジアセチルなどの芳香成分を産 生することにより、ヨーグルト特有のさわやかな酸味と 風味が生まれる 1)。その他、乳酸菌がヨーグルト中に産生 する物質としては菌体外多糖(EPS:Exopolysaccharide)
が挙げられる。EPS はヨーグルトのテクスチャーに大き な影響を与えるとともに、離水防止など安定剤として働い ていると考えられている 2)。また、EPS はボディ感やクリー ミーな食感を生み出すことから、脂肪代替としての効果が 見込まれる 3)。そこで、近年の健康志向の高まりを受け需 要が拡大している低脂肪、あるいは無脂肪ヨーグルトへの EPS 産生乳酸菌の利用が試みられている。
乳酸菌が産生する EPS については物性面だけではなく、
生理機能についても研究が行われている。代表的な EPS は北欧の粘性発酵乳 Viili に含まれるリン酸化 EPS である。
Viili の発酵に用いられるLactococcus lactis ssp. cremoris が産生するリン酸化 EPS には、in vitro における B 細胞 マイトジェン活性、マクロファージ活性化作用といった免 疫賦活作用が報告されている 4,5)。
そこで、我々は当社が保有するL. bulgaricus の中から 免疫賦活作用を有する EPS を大量に産生する菌株を選抜 するとともに、産生される EPS を利用した免疫賦活ヨー グルトの研究開発を行った。本稿では、当社が保有するL.
bulgaricus の中で免疫賦活作用を有する EPS を最も多く 産生することが明らかとなったL. bulgaricus OLL1073R-1
(1073R-1 乳酸菌)が産生する EPS と本菌株で発酵したヨー グルトの免疫賦活効果について、マウスへの経口投与によ るナチュラルキラー(NK)活性上昇効果、抗インフルエ ンザ活性、そして健常高齢者に対する風邪症候群への罹患 リスク低減効果を中心に紹介する。また、ヨーグルトにお ける EPS 含有量の制御・管理、さらには増量を目的とし て原料組成、発酵条件がヨーグルト中の EPS 含有量に与 える影響についてもいくつか検討を行った。
* To whom correspondence should be addressed.
Phone : +81-465-37-5130 Fax : +81-465-37-3619 E-mail : seiya.makino@meiji.com
ヨーグルト乳酸菌が産生する菌体外多糖の利用と 培養条件の影響
牧野 聖也 *、池上 秀二
株式会社 明治 食機能科学研究所
ヨーグルトはメチニコフ博士の「ヨーグルト不老長寿説」から約 100 年たった現在、日本においても健 康に良い食品として定着している。よく知られている効果は整腸効果であるが、近年免疫力に与える効果 についても注目を集めている。これまで我々は免疫力を高めるヨーグルトの開発を目指し、乳酸菌が産生 する菌体外多糖の免疫賦活作用に着目して研究を進めてきた。本稿では、Lactobacillus delbrueckii ssp.
bulgaricus OLL1073R-1(1073R-1 乳酸菌)が産生する菌体外多糖や 1073R-1 乳酸菌で発酵したヨーグル トの免疫賦活作用、感染防御効果について概説するとともに、ヨーグルト中での 1073R-1 乳酸菌の菌体 外多糖産生量に培養条件が与える影響についても紹介する。
Key words:Yogurt, Lactobacillus delbrueckii ssp. bulgaricus, 1073R-1, EPS, NK cell activity, IgA, IgG, Influenza, common cold
1.免疫賦活作用を有する EPS を大量に産生するL. bul- garicus の選抜
当社が保有する 139 株のL. bulgaricus の中から EPS を大量に産生する菌株の選抜を行った。L. bulgaricus は 10% 脱脂粉乳培地を用いて 37℃で 18 時間静置培養し、培 養物中の EPS 量の比較を行った。選抜はまず、フェノー ル・硫酸法を用いて簡易的に培養物中の EPS 量を比較し
(図 1A)、その結果選抜された上位 10 菌株について培養 物から実際に EPS を精製して得られた凍結乾燥物の重量 を測定した(図 1B)。その結果、EPS を大量に産生する 菌株として乳酸菌 No. 1、1073R-1 乳酸菌、乳酸菌 No. 8 の 3 つの菌株が選抜され、その中でも 1073R-1 乳酸菌は 最も EPS を多く産生するL. bulgaricus であることが明ら かとなった(図 1B)。
次に、これら 3 つの菌株が産生する EPS の免疫賦活作 用を評価するために、in vitro におけるマウス脾臓細胞に 対するインターフェロン(IFN)-γ産生誘導活性の測定 を行った。IFN-γは主に活性化した NK 細胞や T 細胞か ら産生されるサイトカインであり、種々の免疫細胞の活 性化作用や、抗ウイルス作用などが知られている 6)。EPS は C3H/HeJ マウスの脾臓細胞に 100μg/ml の濃度で 72 時間作用させ、培養上清中の IFN-γ濃度を ELISA 法で 測定した。その結果、3 つの EPS のうち 1073R-1 乳酸菌 が産生する EPS にのみ IFN-γ産生誘導活性が認められ た(図 2)。したがって、当社保有のL. bulgaricus の中 で免疫賦活作用を有する EPS を最も多く産生する菌株は 1073R-1 乳酸菌であることが明らかとなった。
2.1073R-1 乳酸菌が産生する EPS の NK 活性上昇効果
1073R-1 乳酸菌が産生する EPS は 2 つのグルコース、3 つのガラクトースからなるリピーティングユニットが連 なった EPS である。また、1 つのリピーティングユニッ トあたり 1 分子のガラクトースを側鎖に持ち、分子量は約 120 万 Da と推定されている 7)。さらに、この基本構造に リン酸基が付加した酸性 EPS にin vitro における B 細胞 マイトジェン活性、マクロファージ活性化作用が報告され ている 8,9)。そこで、1073R-1 乳酸菌が産生する EPS から 中性 EPS と酸性 EPS を分離・精製し、それぞれin vitro における IFN-γ産生誘導活性について評価を行った。中 性 EPS と酸性 EPS の分離は陰イオン交換樹脂 DEAE- Sepharose を用いて行った。その結果、酸性 EPS を作用 させた場合にのみ IFN-γ産生量の有意な上昇が認められ、
1073R-1 乳酸菌が産生する EPS の IFN-γ産生誘導活性は
図 1.139 株のL. bulgaricus が産生する EPS 量の比較
図 2.L. bulgaricus が産生する EPS の in vitro における IFN- γ産生誘導活性
B 細胞マイトジェン活性やマクロファージ活性化と同様 に、リン酸基をもつ酸性 EPS が重要な役割を果たしてい ることが明らかとなった(図 3)10)。
IFN-γは細胞性免疫を活性化する他、活性化した NK 細胞から産生されることから、EPS は NK 細胞を活性化し、
ガン細胞やウイルス感染細胞を攻撃する能力を高める可 能性が考えられる。そこで、酸性 EPS を BALB/c マウス に 3 週間経口投与して脾臓細胞の NK 活性について評価を 行った。その結果、30mg/kg の投与量において、蒸留水 投与に比べ有意な NK 活性の上昇が認められた(図 4A)。
次に、本 EPS を含むヨーグルトが NK 活性上昇効果を発 揮するかどうかを確認するために、1073R-1 乳酸菌で発酵 したヨーグルト(1073R-1 乳酸菌ヨーグルト)を調製し、
その凍結乾燥物を 200mg/body の投与量で BALB/c マウ スに 4 週間経口投与して脾臓細胞の NK 活性に与える影響 を評価した。その結果、酸性 EPS と同様に 1073R-1 乳酸 菌ヨーグルトの経口投与においても NK 活性の有意な上昇 が認められた(図 4B)。その一方、未発酵乳や他の乳酸菌 で発酵した対照ヨーグルトの投与では NK 活性の有意な上 昇は認められなかった 10)。
3.1073R-1 乳酸菌が産生する EPS の抗インフルエン ザ活性
1073R-1 乳酸菌が産生する酸性 EPS はin vitro におい て IFN-γ産生誘導活性を発揮し、マウスへの経口投与に より脾臓細胞の NK 活性を上昇させることが明らかとなっ た。NK 細胞はウイルス感染細胞を攻撃することでウイル ス感染防御に関わっていることが知られている 11)。そこ で、マウスインフルエンザウイルス感染モデルを用いて抗 インフルエンザ活性について評価を行った。なお、本実験 は北里大学 山田陽城教授、永井隆之講師との共同研究で 実施し、データは北里大学から 提供して頂いた。
EPS とそこから分離・精製した中性 EPS、酸性 EPS そ れぞれを BALB/c マウスにウイルス接種 21 日前から 6 日 後まで 20μg/day/ マウスの投与量で連日経口投与した。
インフルエンザウイルスは A/PR/8/34(H1N1 亜型)を 用い、マウスを麻酔した状態でウイルス希釈液 20μl(2
× LD50)を経鼻接種した。ウイルス感染後、生存率を観 察し、コントロールである蒸留水投与群との比較により EPS、中性 EPS、酸性 EPS の抗インフルエンザ活性の評 価を行った。その結果、EPS、酸性 EPS を経口投与した マウスではインフルエンザウイルス感染後の生存日数が 蒸留水を経口投与したマウスに比べ有意に延長し、抗イ ンフルエンザ活性が認められた(図 5A, C)。一方、中性 EPS ではこのような効果は認められなかったことから、in vitro における IFN-γ産生誘導活性と同様に EPS の抗イ ンフルエンザ活性にはリン酸基をもつ酸性 EPS が重要な 役割を果たしていることが示唆された 12)。
4.1073R-1 乳酸菌ヨーグルトの抗インフルエンザ活 性と作用メカニズムの解析
BALB/c マウスに 1073R-1 乳酸菌ヨーグルト、あるい 図 3.中性 EPS、酸性 EPS のin vitro における IFN-γ産生誘
導活性
図 4.酸性 EPS、1073R-1 乳酸菌ヨーグルトを経口投与したマウスの NK 活性
は EPS を、ウイルス接種 21 日前から 6 日後まで経口投与 した。1073R-1 乳酸菌ヨーグルトは 0.4ml/day/ マウス、
EPS は 1073R-1 乳酸菌ヨーグルト 0.4ml の含有量に相当 する 20μg を毎日経口投与した。ウイルス感染後、マウ スの生存率を観察し、1073R-1 乳酸菌ヨーグルトおよび EPS の抗インフルエンザ活性の評価を行った。その結果、
蒸留水を経口投与したマウスはウイルス接種 7 日後から死 亡が観察され、9 日後には全てのマウスが死亡した(生存 率 0%)。一方、1073R-1 乳酸菌ヨーグルトを経口投与した マウスはウイルス接種 21 日後の生存率が 37.5% であり、
蒸留水投与群に比べ有意な生存率の上昇及び生存日数の延 長が認められた(P = 0.0018)(図 6A)。また、EPS を経 口投与したマウスはウイルス接種 21 日後の生存率が 11%
であり、蒸留水投与群に比べ生存率の上昇及び生存日数の 延長傾向が認められた(P = 0.0648)(図 6B)12)。
さらに、こういった効果がどのようなメカニズムで発揮 されるのかを調べるために、上記と同様のスケジュール、
投与量で 1073R-1 乳酸菌ヨーグルト、EPS をマウスに経 口投与し、マウスがすべて生存しているインフルエンザウ イルス感染 4 日後に脾臓細胞の NK 活性、肺洗液中のイン フルエンザウイルス特異的抗体価、インフルエンザウイル
ス価について評価を行った。その結果、1073R-1 乳酸菌ヨー グルト投与群、EPS 投与群ともに蒸留水投与群に比べて 脾臓細胞の NK 活性は上昇しており、さらに肺洗液中のイ ンフルエンザウイルス特異的 IgA, IgG1の上昇が認められ た(図 7A, C, D)。こういった現象を反映するように、肺 洗液中のインフルエンザウイルス価は 1073R-1 乳酸菌ヨー グルト投与群、EPS 投与群ともに蒸留水投与群に比べて 有意に減少しており、これが生存日数の延長につながった と考えられる(図 7B)。これらの結果から、1073R-1 乳酸 菌ヨーグルトは抗インフルエンザ活性を発揮し、この効果 には EPS による NK 活性の増強効果、さらにはインフル エンザウイルス特異的抗体価を上昇させる効果が寄与して いる可能性が示唆された 12)。
5.1073R-1 乳酸菌ヨーグルトの健常高齢者に対する NK 活性上昇効果と風邪症候群への罹患リスク低減効果
1073R-1 乳酸菌ヨーグルトの摂取がヒトの免疫機能に与 える影響を評価するために、健常高齢者を対象とした長期 摂取試験を山形県舟形町(2005 年 3 月~ 5 月)、佐賀県有 田町(2006 年 11 月~ 2007 年 2 月)で実施した。
図 6.1073R-1 乳酸菌ヨーグルト、EPS の抗インフルエンザ活性
(データ提供 北里大学)
図 5.EPS、中性 EPS、酸性 EPS の抗インフルエンザ活性(データ提供 北里大学)
Kaplan-Meier 法 Logrank test
Kaplan-Meier 法 Logrank test
5-1.山形県舟形町での試験
山形県舟形町に在住する 40 歳以上の住民を対象として 試験を実施した。被験者 60 名を年齢、性別に偏りがない よう、無作為に 30 名の 2 群に分け、1073R-1 乳酸菌ヨー グルト摂取群と牛乳摂取群とした。各群ともに摂取期間 は 8 週間とし、1073R-1 乳酸菌ヨーグルトは 90g を、牛 乳は 100ml を 1 日 1 回任意の時間に摂取した。その結果、
1073R-1 乳酸菌ヨーグルト摂取群、牛乳摂取群ともに摂取 前後で NK 活性の有意な変化は認められなかった。しか し、被験者を摂取前の NK 活性で低値群、正常値群、高値 群に層別化した場合、1073R-1 乳酸菌ヨーグルト摂取群で は低値群の NK 活性が有意に上昇した(図 8)。また、風 邪・インフルエンザへの罹患状況は、1073R-1 乳酸菌ヨー グルト摂取群が 29 人中 3 人であったのに対し、牛乳摂取 群は 28 人中 8 人であった。しかし、罹患リスクについては、
両群に有意な差は認められなかった(OR 0.29, P = 0.103)
(図 9)13)。
5-2.佐賀県有田町での試験
佐賀県有田町在住の 60 歳以上の健常高齢者を対象に山 形県舟形町での試験と同様の摂取試験を実施し、NK 活性 の動き、風邪症候群への罹患状況について評価を行った。
ただし摂取期間は 12 週間とした。その結果、両群とも摂 取前後で NK 活性が有意に上昇し、低値群、正常値群、高 値群の層別解析でも正常値群において有意な上昇が見られ た。また、1073R-1 乳酸菌ヨーグルト摂取群では低値群に
ついても有意な上昇が認められた(図 8)。しかし、牛乳 摂取群の低値群は 2 人であり統計学的解析は不可能であっ た。風邪症候群への罹患リスクについては牛乳摂取群と比 べて、1073R-1 乳酸菌ヨーグルト摂取群では約半分に低下 する傾向(OR 0.44, P =0.084)が見られた(図 9)13)。
5-3.2 つの試験結果のメタ解析
舟形町での試験では 1073R-1 乳酸菌ヨーグルト摂取群 と牛乳摂取群の間には風邪症候群への罹患リスクに有意な 差は認められなかったものの(P = 0.103)、有田町での試 験では 1073 乳酸菌ヨーグルト摂取群の罹患リスクが低下 する傾向がみられた(P = 0.084)。そこで、これら 2 回の 試験結果を統合して解析(メタ解析)を行った。その結果、
1073R-1 乳酸菌ヨーグルト摂取群では牛乳摂取群に比べて 風邪・インフルエンザ等の風邪症候群への罹患リスクが 有意に低下することが明らかとなった(図 9)。また、NK 活性についても同様にメタ解析を実施した結果、1073R-1 乳酸菌ヨーグルト摂取群では摂取前後における NK 活性 の上昇の程度が牛乳摂取群に比べて有意に高かった(P = 0.028)13)。
6.原料組成、発酵条件が 1073R-1 発酵菌ヨーグルト 中の EPS 含有量に与える影響
健常高齢者を対象とした試験では 1073R-1 乳酸菌ヨー グルトの NK 活性上昇効果や風邪症候群への罹患リスク 図 7.インフルエンザ感染後の NK 活性、肺洗液中ウイルス価、抗体価
(データ提供 北里大学)
低減効果が明らかとなった。こういった試験で実際に効果 を発揮したヨーグルトを工業的に製造するには、有効成分 の制御・管理が重要な課題となる。これまでのマウスを 用いた検討結果では、有効成分として EPS が有力な候補 であると考えられるため、1073R-1 乳酸菌ヨーグルト中の EPS 含有量の制御・管理を目的として原料組成、発酵条
件が EPS 含有量に与える影響を検討した。
ヨーグルト製造においてL. bulgaricus, S. thermophilus は発酵に伴って乳酸を産生するため、酸度が上昇する。そ して、発酵を終了する酸度は酸味をはじめとしたヨーグ ルトの味、品質を大きく左右するため、ヨーグルト製造 において重要な管理指標となっている。そこで、まず、
図 9.1073R-1 乳酸菌ヨーグルトの摂取による風邪症候群への罹患リスクの低減 図 8.牛乳、1073R-1 乳酸菌ヨーグルトの摂取による NK 活性の変化
1073R-1 乳酸菌ヨーグルトにおける発酵終了酸度と EPS 含有量の関係について検討を行った。その結果、1073R-1 乳酸菌ヨーグルトの発酵終了酸度と EPS 含有量の間には 高い正の相関が認められ、EPS 含有量は発酵終了酸度で 制御・管理できることが明らかとなった。
しかし、今後有効成分と考えられる EPS の含有量をよ り高めた 1073R-1 乳酸菌ヨーグルトの開発を想定した場 合、現状では発酵終了酸度を上げる必要があるため酸味が 大幅に増す可能性がある。そこで、発酵終了酸度を上げる ことなく、EPS 含有量を増加させる原料組成や発酵条件 の検討を行った。発酵終了酸度を一定にして各種条件で検 討した結果、発酵条件では一般的な発酵温度(40 ~ 45℃)
よりも低い温度で発酵を行う低温発酵で EPS 含有量が増 加することが明らかとなった。また、原料組成では無脂乳 固形分を増加させることで EPS 含有量の増加が確認され た。その一方、乳酸菌の一般的な増殖促進物質である酵 母エキスやホエーペプチドを添加した場合には EPS 含有 量は減少した。この時、ヨーグルト中の生菌数はS. ther- mophilus が増加したのに対し、1073R-1 乳酸菌は減少して おり、酵母エキス、ホエーペプチドがS. thermophilus の 増殖を促進したことで 1073R-1 乳酸菌が十分に EPS を産 生する前に規定の終了酸度に達した可能性が考えられる。
さらに、今回、緩衝剤である Na2HPO4の添加により、
添加量依存的に EPS 含有量が増加することが明らかとな り、この時、1073R-1 乳酸菌ヨーグルト中では 1073R-1 乳酸菌の生菌数の増加、S. thermophilus の生菌数の減少 が確認された(図 10)。このような現象は K2HPO4の添加 でも確認されており、緩衝剤に含まれるリン酸が何らか の形でS. thermophilus の増殖を抑制することで、規定の 終了酸度に達するまでに 1073R-1 乳酸菌が十分に増殖し、
EPS 産生量の増加につながった可能性が考えられる。こ
のように、発酵終了酸度を変えることなく 1073R-1 乳酸 菌ヨーグルト中の EPS 含有量を増加させる方法としてい くつかの候補が見つかったが、緩衝剤の添加、低温発酵は いずれも発酵時間が大幅に長くなるという問題を抱えてい る。工業的なヨーグルト製造において発酵時間の延長は経 済効率を著しく低下させるため、今後いかに発酵時間を短 縮するかが大きな課題である。
おわりに
免疫賦活作用をもつ EPS を産生する 1073R-1 乳酸菌で 発酵したヨーグルトは、健常高齢者に対する風邪症候群 への罹患リスク低減効果を発揮することが明らかとなっ た。加えて、摂取前に NK 活性が低かった被験者におい て NK 活性の上昇が認められた。NK 細胞は自然免疫にお いて中心的な役割を担っており、ウイルス感染防御にも深 く関わっているため、風邪症候群への罹患リスクの低減に ついても NK 活性の上昇が関わっている可能性が示唆され る。さらに、マウスを用いた実験結果から本ヨーグルトは EPS を有効成分として NK 活性上昇効果や抗インフルエ ンザ活性を発揮していると考えられるため、本ヨーグルト の工業的生産においても、EPS 含有量を適切に管理する ことで上記したような効果の発揮が期待できる。
20 世紀初頭、免疫の研究でノーベル賞を受賞したメチ ニコフ(1845-1916)は、ブルガリア旅行中の見聞からヨー グルトが長寿に有用であるという説を唱え、ヨーグルトが 世界へ広がるきっかけとなった。現在広く知られている ヨーグルトの健康効果は整腸作用であり、腸内細菌叢の正 常化、腸内腐敗産物の低減など、腸内環境の改善が免疫 機能に良い影響を与えることは容易に想像できる。しか し、今回紹介した 1073R-1 乳酸菌で発酵したヨーグルト は EPS という直接免疫機能を高める成分が含まれており、
発酵条件によっては EPS 含有量のさらなる増量と免疫賦 活効果の増強が可能となるかもしれない。今後、こういっ た知見をヨーグルトの開発に活用することで、毎日手軽に 摂取できる食品による免疫力の維持・向上、さらには感染 症への罹患リスクの低減を実現できれば、人々の健康長寿 に少なからず寄与できるものと考えられる。
謝 辞
抗インフルエンザ活性の評価とデータの提供に関しては 北里大学の山田陽城教授、永井隆之講師、ヨーグルト中の EPS 含有量に関する検討に関しては(株)明治 古市圭 介博士、後藤浩文氏に深く感謝申し上げます。
図10.Na2HPO4添加による 1073R-1 乳酸菌ヨーグルト中の EPS 量の増加と乳酸菌生菌数
参 考 文 献
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Application of exopolysaccharides (EPS) produced from Lactobacillus delbrueckii ssp. bulgaricus, and studies on
increasing the production of EPS.
Seiya Makino*, Shuji Ikegami
Food Science Research Labs., R&D Div., Meiji Co., Ltd.
abstract
Lactobacillus delbrueckii ssp. bulgaricus OLL1073R-1 (1073R-1) was selected from 139 Lactobacillus bulgaricus strains on the basis of exopolysaccharide (EPS) production and interferon-gamma-inducing activity. Oral administration of either EPS or yogurt fermented with this strain (1073R-1 yogurt) result- ed in enhanced natural killer (NK) cell activity in animal studies. Therefore, we evaluated whether the intake of 1073R-1 yogurt can enhance human NK cell activity, and if it can inhibit the spread of respi- ratory tract infections, such as the common cold and influenza virus infections. The intake of 1073R-1 yogurt by healthy, elderly subjects was found to significantly reduce the risk of catching the common cold, and increased NK cell activity in subjects who had low levels of NK cell activity prior to intake. In addition, oral administration of either 1073R-1 yogurt or EPS prolonged the survival of influenza virus- infected mice. These results for 1073R-1 yogurt suggest the effect depends on the immunostimulatory EPS. Thus, we investigated ways to increase the amount of EPS in 1073R-1 yogurt. Several useful methods (increasing solids-not-fat, lowering the fermentation temperature, and addition of Na2HPO4, etc.) were explored, but prolonged fermentation time was a common problem for these methods. Fur- ther investigation is required to develop a yogurt which contains elevated levels of immunostimulatory EPS.