保護主義に警鐘を鳴らしたドラギ総裁
9 月 13 日(木)は、FX に従事する人間にとって非常に忙しい1日でした。この日は、トルコ・ 英国・ユーロ圏それぞれの中央銀行金融政策理事会が開催され、ほぼ同じ時間帯に結果 発表となったからです。 これらの中銀の中で今回は、欧州中銀(ECB)を選んで書いてみました。ECB 理事会事前予想
ECB の金融政策については、既に 6 月理事会で QE 策変更の詳細を発表したため、今回 の理事会では、ドラギ総裁記者会見と3ヶ月に一度のマクロ経済予想「スタッフ予想」の内 容に関心が集まっていました。 今のところユーロに直接的な影響を与えておりませんが、最近のイタリアやトルコなどの問 題について、ECB がどう考えているのか?気になるところです。 ドラギ総裁の記者会見で私が注目していた点は、①欧州系銀行のトルコへのエクスポージ ャーについて、②イタリア問題(政治状況、予算案に代表される財政問題、イタリアの銀行 の健全性など) ③新興国危機についての見解です。 このチャートは理事会前に私がまとめた予想です、参考にしてください。 理事会前日には、ある報道会社が理事会から漏れて来た?情報を報道しています。それ によると、・「スタッフ予想」では GDP 予想を下方修正 ・声明文の中で、「GDP 見通しが今後も下振れリスクがある」という文言が入る ・GDP 下方修正の根拠は、世界景気がやや弱くなり、外部の需要が低下するため ・インフレ見通しは、変化なし と書かれており、これらの点についてもチェックが必要となります。
ECB からの発表 「政策金利と QE 策について」
トルコ中銀と英国中銀の発表が終わった直後、ECB からの発表がありました。事前予想通 り、政策金利も QE 策内容も変更なし。 同時に発表された声明文では、 ・政策金利は、2019 年の夏の間までは変更なし ・満期国債の再投資は QE 策終了後もずっと継続 ・今後発表される経済指標内容にもよるが、QE 策は 2018 年 12 月末で終了する予定 となっており、前回と変化なし。 https://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2018/html/ecb.mp180913.en.htmlドラギ総裁記者会見での主な発言
総裁の主な発言は、以下の通りです。 ・経済のバランスは取れていることで、理事会は一致した ・GDP が低くなると、インフレは必ず下がるとは限らない ・世界経済の先行きを混沌とさせている最大の要因は、保護主義である ・ユーロ圏の輸出が落ち込んでいるのは、外需の弱さが最大要因 ・トルコやアルゼンチン危機の影響は、まださほど大きくない ・新興国の需要が弱いのは、通貨安も影響している ・満期国債の再投資は、必要である限り、ずっと継続 ・インフレ率を中銀目標に近づけるためには、かなりの規模の緩和が今でも必要 ・インフレを取り巻く不透明感は、かなり払拭された ・ユーロ圏賃金は上昇傾向にある ・イタリアの政治家が発する発言内容は最近よく変わる ・イタリアの政治家の発言により、若干のダメージがあった。ただし、大きな被害はない・イタリアとドイツ国債の利回り格差(イールドスプレッド)は拡大しているが、それが他の国 へ飛び火している訳ではない ライブで記者会見を聞いておりましたが、声明文内容はややハト派的な内容だと感じまし たが、記者会見開始と同時にアメリカの消費者物価指数(CPI)が発表され、予想より弱い 数字が出たことを受けドル売りが炸裂、ユーロは対ドルで大きく上昇しました。この動きは 記者会見中ずっと続き、先週の高値である 1.16 ミドルを抜けると一気に上昇スピードがア ップしました。
ECB からの発表 「スタッフ予想」
スタッル予想: https://www.ecb.europa.eu/pub/pdf/other/ecb.ecbstaffprojections201809.en.pdf?8bc12010f1ed3def5cf67b2 6433e7f6eマクロ経済予想
この表はスタッフ予想に載っていたものですが、GDP(黄緑点線)とインフレ(紫点線)予想 については、事前予想通りです。しかし、大きく変化したのは、「輸出」でした。 前回 6 月に発表された数字(水色の丸)と今回の数字(ピンクの丸)を比較すると、2018 年 が大幅に下方修正されているのが判ります。チャート: ECB スタッフ予想 2018 年 9 月 13 日 https://www.ecb.europa.eu/pub/pdf/other/ecb.ecbstaffprojections201809.en.pdf?8bc12010f1ed3def5cf67b2 6433e7f6e 記者会見の席でもドラギ総裁は、ユーロ圏の輸出が弱くなっていることに懸念を示しました。 https://www.ecb.europa.eu/press/pressconf/2018/html/ecb.is180726.en.html#qa
ユーロ圏の輸出について
総裁は記者会見で、「マークイット社が発表する購買担当者指数(PMI)を見ると、輸出セク ターの弱さが浮き彫りになっている。」と発言。 ユーロ圏製造業 PMI https://www.markiteconomics.com/Survey/PressRelease.mvc/4aaf9b3368b941cc8e0019b959856a9d ユーロ圏総合 PMI https://www.markiteconomics.com/Survey/PressRelease.mvc/85bc82085b6e46b6b07320ca1a4d28c8 そこであらためて最新版のユーロ圏製造業 PMI の発表内容を読み返してみると、こう書か れていました。「The slowdown of the manufacturing sector during 2018 has coincided with a similar weakening of export trade. August’s data showed that new export orders* rose at a rate unchanged on July’s near two year low. Weaker gains in new export orders were seen in
Germany, Italy and Spain, whilst only marginal growth was registered in France, following a decline in July. 2018 年は製造業の伸びが低迷している。これは、輸出セクターが弱くなっていることを考え ると偶然とは言えない。8 月の製造業 PMI を見ると、新規輸出オーダーは、2 年ぶりの低さ となった前月(7 月)の数字から全く変化がない。この傾向は特に、ドイツ・イタリア・スペイ ンで見受けられる。7 月に落ち込んだフランスは、8 月にはほんの少しではあるが改善して いる。」 新規輸出オーダーが全く振るわないということは、ドラギ総裁が会見で仰っていた外需が 弱くなっていることと一致します。そしてそれがスタッフ予想での GDP の下方修正に繋がっ たということでしょう。ちなみに、スタッフ予想に載っていた貿易と外需に関するチャートを見 ると、前回 6 月の予想(水色の丸)よりも今回の予想(ピンクの丸)は、ぐっと下がっている のがわかります。 チャート: ECB スタッフ予想 2018 年 9 月 13 日 https://www.ecb.europa.eu/pub/pdf/other/ecb.ecbstaffprojections201809.en.pdf?8bc12010f1ed3def5cf67b2 6433e7f6e
新興国通貨危機
世界経済がここにきて弱くなりつつあるのは、保護主義が大きな影響を与えているとしなが ら、新興国危機も大きな要因として、ドラギ総裁は挙げていました。 トルコとアルゼンチン、中国と具体的な名前を出しながら説明をし、トルコとアルゼンチンの 通貨危機や、米中貿易戦争が今後、世界経済や欧州に影響を与えるリスクはあるとしなが らも、現時点では新興国通貨危機がどんどん拡大することもなく、ユーロへの目立ったネガ ティブな点は見当たらないとも語っています。輸出・外需・新興国危機とユーロ高
この原稿を書きながらあれこれ考えているうちに、ドラギ総裁が記者会見の最後で仰って いたことがふっと頭に浮かんできました。それは、トルコリラに代表される新興国通貨安が、 相対的にユーロを強くしているという主旨の発言でした。今回のスタッフ予想は、相対的に 強くなったユーロを使用して作成したため、GDP 下方修正は避けられなかったという意味 も含んでいたと思います。 少し難しくなりますが、我慢してお読みください。下の表はスタッフ予想を作成する際にベー スとなったテクニカル数字の一覧表です。上から順に、3 ヶ月金利・10 年物国債利回り・原 油価格・エネルギー以外の商品価格・参考となったユーロ/ドルレート、そして最後がユー ロ名目実効レート(主要貿易相手国 38 ヶ国ベース)となっています。 特に実効レートに関して、私も今まで見落としていたことを発見したのです。それは、ECB のホームページでメインに載せている実効レートのチャートは、トルコやアルゼンチンが含 まれない主要貿易相手国 19 ヶ国ベースですが、スタッフ予想では両国が含まれる 38 ヶ国 ベースの数字を使っていたことです! https://www.ecb.europa.eu/stats/balance_of_payments_and_external/eer/html/index.en.html https://www.ecb.europa.eu/pub/pdf/other/eb201506_focus05.en.pdf この表の右側の水色の丸は、前回 6 月のスタッフ予想作成時に使用された参考数値です。 ユーロ/ドルのレートは、1.20。38 ヶ国ベースの実効レートは 1 年前と比較して 4.4%強く なったという意味です。 左側のピンクの丸は、今回のスタッフ予想作成で使用された数値です。ユーロ/ドルのレ ートは、1.18。38 ヶ国ベースの実効レートは、1 年前と比較して 5.1%%強くなっていました。 チャート: ECB スタッフ予想 2018 年 9 月 13 日
https://www.ecb.europa.eu/pub/pdf/other/ecb.ecbstaffprojections201809.en.pdf?8bc12010f1ed3def5cf67b2 6433e7f6e 先ほども申し上げましたが、私たちが普段使用している実効レートは 19 ヶ国ベースの数字 ですので、38 ヶ国ベースのものと比較した場合、どれくらい違うのか調べてみました。チャ ート上の右の黒い丸の部分を見るとよくわかりますが、38 ヶ国ベース(オレンジ)のほうは 急激なユーロ高となっているのに対し、19 ヶ国ベース(水色)はあまり変化ありません。 やはりドラギ総裁が仰っていたように、新興国通貨安により相対的にユーロが強くなり、そ れが輸出に打撃を与え、GDP 予想も下方修正せざるを得なかったという結論です。 チャート: ECB ホームページ http://sdw.ecb.europa.eu/browseChart.do?df=true&ec=&dc=&oc=&pb=&rc=&DATASET=0&removeItem=&re movedItemList=&mergeFilter=&activeTab=EXR&showHide=&FREQ.18=D&node=9691301&legendRef=referenc e&legendNor=&SERIES_KEY=120.EXR.D.E5.EUR.EN00.A&SERIES_KEY=120.EXR.D.E7.EUR.EN00.A
ここからのマーケット
実は今回のコラム記事を書く時に、Twitter のフォロワーさんに向けて、コラムで書いて欲し いテーマのアンケートを取りました。テーマは 4 つまで選択できますので、①ECB ②トルコ 中銀 ③英中銀 ④Brexit の中から選んでいただきました。私はてっきり②トルコ中銀が堂々第 1 位になると予想していたのですが、①ECB が 36%、その次が④Brexit で 33%と なり、見当違いも甚だしい結果となりました。これを見る限り、いかに日本では Brexit 関連 情報が少ないのか、痛感せざるを得ません。そして、ポンド取引をする方が増えているとい うことにもなりますよね? ということで、今回は ECB 理事会について書きましたが、ここではポンドについて考えてみ ようと思います。 ポンド実効レートを見ると、なだらかなピンクの上昇チャネル内での動きとなっています。今 後も黒い点線辺りが絶好のサポートとなりそうです。 データ: 英中銀ホームページ http://www.bankofengland.co.uk/boeapps/iadb/index.asp?Travel=NIxIRx&levels=2&XNotes=Y&A3951XNode 3951.x=4&A3951XNode3951.y=6&Nodes=&SectionRequired=I&HideNums=-1&ExtraInfo=true#BM ここからのポンドについて考える場合、Brexit 最終合意が決定されるまでは、「政治 > 金融政策、経済」の関係が続くことは間違いありません。つまり、どんなに経済指標がよく ても、Brexit に関するネガティブなヘッドラインが出れば、ポンドはあっさり下落してしまう環 境が続くということです。 皆考えることは同じで、Brexit リスクが残っている間は、マーケットはポンド売り持ちに傾き やすいです。最新の 9 月 4 日付けのシカゴ IMM 通貨先物ポジションのポンド売り持ち(シ ョート)は、69,613 コントラクトのショートとなっており、前週よりは若干縮小したものの、記録 的なショートであることに変化ありません。
これだけショートが積みあがっているということは、Brexit に対してポジティブな材料が出れ ば、大きくショートカバーが入る可能性があります。そのため、ニュースやヘッドラインには 十分すぎるほど気をつけてください。
年末までの主要イベントは以下の通りとなっています。これらの日は特に、ニュースに目を 光らせておくほうが賢明です。