呼吸理学療法の実践的役割 667 はじめに 呼吸理学療法の対象は,急性期から慢性期の呼吸障害をもつ 患者と幅広く,実践の場も集中治療センターから在宅へと広が りを見せている。同時に呼吸理学療法を実践する理学療法士 の,臨床における役割も重要性を増している。 今回,「呼吸理学療法の実践的役割。理学療法士の役割はいっ たいなにか」をテーマとし,ふだんの臨床でよくある場面をい くつか取り上げながら,考えるべきことや注目すべき点などに つき,当院のデータを交え,臨床の現状を述べさせていただく。 慢性期の呼吸理学療法の対象 慢性期における呼吸理学療法の対象は,「症状のある慢性呼 吸器疾患患者で,標準的治療により状態が安定しており,呼吸 器疾患による症状と機能的制限がある者」と考えられている。 具体的に患者をイメージするならば,息切れや活動意欲の低下 などがありながら,歩行は可能で屋内の日常生活活動は自立し ており,患者の多くは自宅で生活している。医療を受ける環境 は,診療所やクリニックへの外来通院が中心であり,時に肺炎 治療や在宅酸素療法導入のため一般病院に入院している。 疾患としては,慢性閉塞性肺疾患(以下,COPD)や間質性 肺炎,気管支喘息など多岐にわたるが,臨床においてもっとも 多く治療する機会を得るのは,COPD 患者である。COPD 患者 に対する呼吸理学療法の方法や効果に関しては,いまさら論じ る必要はなく,エビデンスも十分に確立している。また,近年 では間質性肺炎患者への呼吸理学療法も積極的に実施されるよ うになり,その効果の検証もかなり進んできている。一方,気 管支喘息や気管支拡張症などの患者に対する呼吸理学療法は, まだ十分に確立した方法はなく,手探り状態で進んでいる印象 である。これらの疾患に対して今後どのように介入すべきかが 課題である。 呼吸理学療法における理学療法士の役割 慢性期患者への呼吸理学療法の中心となるのは,もちろん運 動療法であるが,近年では酸素療法や非侵襲的人工呼吸療法, 薬物療法,在宅酸素療法導入教育などもその範疇に含まれるよ うになった。また,評価においても院内で実施する息切れや運 動耐容能,健康関連 QOL などの評価項目のみではなく,在宅 における身体活動量や活動パターンの把握など,その幅を広げ ている。そして,これらを担っている職種が理学療法士である。 呼吸理学療法における理学療法士の役割はいろいろあるが, なかでも重要なのは,運動療法の実施,在宅酸素療法導入教育 と管理,薬物療法ではないかと思う。 運動療法における理学療法士の役割 運動療法に関しては,その方法や効果についていまさら詳細 に解説する必要はないが,呼吸困難の軽減,運動耐容能の改善, ADL の改善,健康関連 QOL を改善させる。また,その効果の 大きさは,酸素療法や薬物療法の単独療法によって得られるも のより大きい。 運動療法を開始するにあたっては,フィールド歩行試験や上 下肢筋力および呼吸筋力評価,可能であればエルゴメーター を用いた心肺運動負荷試験などの評価がまず実施される。そ して,評価結果に基づいて運動処方(FITT:Frequency(頻 度),Intensity(強度),Time(持続時間),Type(種類))が 作成される。患者の能力を的確に把握し,個々にあわせた運動 メニューを作成することは,理学療法士の重要な役割である。 しかし,このようにして作成された運動メニューではある が,実際に開始してみるとスムーズにすべてを実施できること は少なく,運動中に何度も休息をとりながら,あるいは負荷量 や持続時間を調整しながら実施している患者が少なくない。こ の際,我々は「がんばれ」と患者を励まし,運動メニューの完 遂を目標に,日々運動を継続させている。このように,運動メ ニューの調整を行い,励ますことで運動継続へのモチベーショ ンを維持することも理学療法士の重要な役割であると考える。 一方,このような臨床の中で「本当にこれでいいのだろうか」 と疑問を感じたことはないだろうか。忠実に運動メニューを実 施させることに気をとられすぎて,運動を妨げる原因を取り除 く努力を怠ってはいないだろうか。そもそも,運動療法開始前 理学療法学 第 41 巻第 8 号 667 ∼ 671 頁(2014 年)
呼吸理学療法の実践的役割
*
─急性期から在宅まで 慢性期─
村 康 彦
**内部障害理学療法研究部会
*Role of the Pulmonary Rehabilitation for Patients with Chronic Respiratory Failure
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平松内科・呼吸器内科 小牧ぜんそく睡眠リハビリクリニック (〒 485‒0041 愛知県小牧市小牧 1‒565‒3)
Yasuhiko Tsujimura, PT: Hiramatsu Clinic, Specializing in Internal Medicine, Respiratory Internal Medicine, Asthma, Sleep and Total Care of Rehabilitation in Respiratory in Komaki
キーワード:呼吸理学療法,慢性呼吸不全,理学療法士
理学療法学 第 41 巻第 8 号 668 に実施した評価結果は,本当に患者の真の能力なのだろうか。 これまでの自分の臨床を振り返ったとき,このような疑問をも つことはなかっただろうか。 たとえば,図 1 は間質性肺炎の 68 歳の男性における 6 分間 歩行テストの結果である。当院の外来呼吸リハビリテーション プログラム導入前評価において,運動時の強い息切れと低酸素 血症を認めた。そこで,主治医と相談し酸素投与の効果を検討 した。結果,図に示すように著明な改善を認めたため,患者の 自覚症状にあわせて,必要に応じて運動中に酸素投与を実施す ることが許可された。図 2 は stage Ⅳの重症 COPD の男性 10 例における 6 分間歩行テストの結果である。当院の外来呼吸リ ハビリテーションプログラム導入前評価において,運動時の強 い息切れを認めた。そこで,主治医と相談し,短時間作用性吸 入β2 刺激薬(short acting beta2 agonist:以下,SABA)の, 運動前投与の効果を検討した。結果,図に示すように著明な改 善を認めたため,運動前に SABA を使用することが許可され た。このふたつの症例においては,酸素および SABA を使用 しなくても,評価,運動処方,メニューに基づいた運動を開始 することは可能であった。しかし,運動により患者がなんらか の苦痛症状を生じることがわかった以上,見過ごすことはでき ず,主治医と相談しなにかできることはないかと模索したので ある。特に難しいことではないこのひと工夫が,運動療法実施 における患者の苦痛症状を軽減し,運動へのモチベーション向 上を引きだしたことは間違いない。このように,運動療法に伴 う苦痛症状を取り除くための努力を,医療者側が実施している のだという姿勢をきちんと患者に示すことも,理学療法士に とって重要な役割である。 運動療法の実施方法も時代につれて変遷している。このよう な時代の変遷に伴い理学療法士の役割も増えており,「呼吸の 方法を教えるだけ」「運動させる人」では役割を果たせなくなっ てきている。むやみに「がんばれ」といって励まし,運動療法 を実施する理学療法士と,主治医と相談しながら酸素などを効 果的に使用し,運動に伴う苦痛症状を改善しつつ,運動療法を 実施する理学療法士,患者はどちらを選ぶであろうか。運動療 法における理学療法士の役割は,活動により生じる息切れなど の苦痛症状を見つけだし,それを改善する方法を模索し実行す ることであり,けっして運動能力を伸ばすことではない。今一 度運動療法における理学療法士の役割を,自分自身で考える必 要があるのではないだろうか。 図 1 6 分間歩行テストにおける酸素投与の効果 図 2 6 分間歩行テストにおける薬物療法の効果 Japanese Physical Therapy Association
呼吸理学療法の実践的役割 669 在宅酸素療法における理学療法士の役割 在宅酸素療法に関しては,酸素療法の導入教育にはじまり, 安静・労作時(運動時)酸素投与量の設定,酸素投与デバイス の選択など多岐にわたる。この中でもっとも重要な役割は,労 作時の酸素投与量の設定であろう。 労作時の酸素投与量決定方法のひとつに 6 分間歩行テストが あり,比較的よく用いられている。もちろん用いることに異論 はないが,同時に実際の生活活動に必要な酸素投与量の検討も 行っているだろうか。労作時酸素投与量においては,患者の生 活範囲を調査し,その範囲における活動に必要な酸素投与量を 検討することが重要である。意外と歩行テストにより設定した 労作時酸素投与量よりも,少ない投与量で生活活動が問題なく 実施できている場合も見受けられる。一方,入浴のように,か なり負荷のかかる運動以上に酸素投与量が必要なこともあるた め注意が必要である。そして,酸素投与量を設定したら,病棟 あるいは在宅において,その設定が最適であるかどうかの確認 をする必要がある。この際,これらの確認を看護師などの他職 種にゆだねるのではなく,理学療法士自身の手で確認できるよ う努力すべきであり,これが重要な役割である。 理学療法士は生活動作の専門家であることを自負している。 我々であれば患者個々の運動能力を評価し,在宅生活をイメー ジしながら,酸素療法を導入することは比較的容易なことであ ろう。「医療職の中でも,酸素投与量を設定するのにもっとも 適した職種は理学療法士である」と声を大にしていえるよう に,様々な場所で活動してほしい。本来,リハビリテーション センターのみでの酸素投与量設定はあり得ないのである。 もうひとつ大切な役割がある。それは,酸素投与量を設定す るに至った手順と結果をできるだけ詳細に記録して残すことで ある。 図 3 は当院で在宅酸素療法導入を実際に行った際の,経過 を簡単にまとめたものである。「自覚症状が改善するから」, 「SpO2が安定するから」,「歩行距離が伸びるから」など,な ぜこの投与量に設定したかが,記録として残っていなければ, 以後の患者の経過管理が困難となる。「状態が改善したので酸 素投与量を減らせるのではないか」,「活動範囲と活動量が増え たので酸素投与量を増やす必要があるのではないか」など,患 者の状態変化に合わせた最適な酸素投与量を見つけるために, 酸素療法導入時の記録は,以後の経過管理における基本となる データとして欠かせないものである。 クリニカルパス全盛の最近の臨床において,在宅酸素療法導 入プログラムも,ただマニュアルに沿って教育指導するだけに なりつつあるような気がしてならない。そのような中で理学療 法士は,在宅酸素療法導入を,ただ単に酸素を自宅に持ち帰る ための教育,かかわりは導入時のみ,などとは考えず,「我々 が患者の身体機能を含めてすべてを長期的に管理する」という 視点で,深く患者にかかわりをもってほしい。そしてそれこそ が,理学療法士に求められている本当の役割ではないだろうか。 薬物療法における理学療法士の役割 薬物療法というと,理学療法士とは一見関係ないようにも思 われるが,実は運動療法や ADL・QOL を効率よく改善するた めには,なくてはならないものである。2005(平成 17)年に 登場した長時間作用性抗コリン薬(チオトロピウム)が,その 後の COPD 患者治療に大きな影響を与えたことは皆がよく知 るところである。Casaburi らはチオトロピウムとリハビリテー ションの組み合わせにより,相乗効果が得られることを報告し た1)。また,我々も図 4 に示すように,チオトロピウムとリハ ビリテーションの組み合わせによる,相乗効果につき報告を 行った2)。 さらに,理学療法士は薬物療法の効果を,効率よく日常生活 に利用する能力をもっている。COPD 患者の日常生活動作に おける息切れに対して,SABA のアシストユースという方法 がある。これは,吸入薬は息切れが起こってから使用する,と 図 3 酸素投与量設定の経過 Japanese Physical Therapy Association
理学療法学 第 41 巻第 8 号 670 いうイメージが一般的だが,COPD においては,息切れを伴 う動作の前にあらかじめ SABA を吸入しておき,息切れの改 善効果を得るという方法である。非常に効果的な方法ではある が,その実践には患者のセルフマネージメント能力が必要であ り,教育が重要である。しかし,実際の臨床においては,十分 な教育を受けていることは少なく,吸入のタイミングは患者自 身に任されていることがほとんどである。これに対して理学療 法士が介入し,最適に使用できるよう指導を行うのである。図 5 は日常生活動作において強い息切れを訴える,重症 COPD 患 者(stage Ⅳ,70 歳,男性)の日常生活活動パターンを,図 6 に示すスズケン社製ライフコーダー(加速度センサーつき歩数 計)を用いて測定したものである。この測定により得た活動パ ターンと,患者の問診より得た息切れなどの自覚症状を照らし 合わせ,総合的に検討を行い,図に示すように SABA 使用の タイミングを話し合って決定した。図 7 は指導後の経過である。 活動量の変化を評価すると同時に,ライフコーダーの機能にあ るイベントボタンを利用し,SABA の使用状況を確認した。結 果は図に示すように,生活活動パターンに合わせて,SABA が 使用されていた。図 8 は重症 COPD 患者 10 例に同じ方法を試 みた結果であるが,息切れの著明な改善と活動量の増加効果を 得ることができた。理学療法士の介入によって,これまでより 効果的に薬物療法が実施できたのである。 以上のように,理学療法士にとって薬物療法は,なくてはな らないものである。しかし,現時点において理学療法士に確立 された役割はない。よって,これから薬物療法にどう関与する のか,その役割とはなにかにつき,皆で議論することが必要で あろう。きっと呼吸理学療法実施に際し,理学療法士の有効な 手段のひとつとなるに違いないと確信している。 図 6 スズケン社製 ライフコーダー 図 4 6 分間歩行テストにおける歩行距離と呼吸困難の改善比較 図 5 短時間作用性吸入β2 刺激薬(SABA)使用のタイミング
呼吸理学療法の実践的役割 671 おわりに 時代の変遷に伴い,呼吸理学療法が担う役割も増えており, その責任はますます重くなっている。慢性期患者における呼吸 理学療法成功のかぎが,きめ細かい指導である限り,理学療法 士はこれまで以上に幅広い知識と技術を求められるようになる だろう。呼吸理学療法における役割を十分に果たせるよう,自 ら自己研鑽の場を求めることが,今の我々の真の役割かもしれ ないのである。 今回ここで述べた話が臨床の一助となれば幸いである。 文 献
1) Casaburi R, Kukafka D, et al.: Improvement in exercise tolerance with the combination of tiotropium and pulmonary rehabilitation in patients with COPD. Chest. 2005; 127: 809‒817.
2) 村康彦,平松哲夫,他:長時間作用型吸入抗コリン薬チオトロ ピウムと呼吸リハビリテーションの併用実施が COPD 患者の運動 耐容能に及ぼす影響.日呼ケアリハ学誌.2007; 17: 157‒162.
図 7 短時間作用性吸入β2 刺激薬(SABA)使用のタイミング
図 8 短時間作用性吸入β2 刺激薬(SABA)使用の効果