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歩行の視覚運動制御

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Academic year: 2021

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(1)理学療法学 第 636 42 巻第 8 号 636 ∼ 637 頁(2015 年) 理学療法学 第 42 巻第 8 号. 大会記念シンポジウム. 歩行の視覚運動制御* 口 貴 広**. 緒言:歩行の制御と障害に対する知覚・認知的アプローチ. を対象に,10 m 区間最速歩行課題における視線位置を測定し た 2)。その結果,片麻痺者は平均して,測定区間の約 70%の.  歩行の制御とその障害に対する研究には,様々なアプローチ. 頻度で,視線を床に向けていた。これは同年齢の健常者の頻度. がある。本稿で紹介する,歩行の視覚運動制御の研究では,歩. (30%以下)に比べて,はるかに高い傾向であった。ただし,. 行に対して知覚・認知的制御という観点からアプローチするこ. すべての片麻痺者が下向き傾向となるわけではなかった。個人. とになる。知覚・認知的な研究においては,いわば“ソフト. 差に関連する要因を検討した結果,歩行機能が低いほど(歩行. ウェア”としての中枢神経系の機能に着目し,知覚情報の入力. 速度が低い,歩幅が狭いといった特徴が顕著なほど),下向き. 過程,知覚された情報に対する高次認知処理過程,そして知覚. 傾向となることがわかった。. 情報に基づき運動を生成する過程について検討する。本稿は,.  その後の検証の結果,視線が床に向けられるひとつの理由. そうした研究事例として,視覚情報の寄与に着目した研究を紹. は,周辺視野を使って足元周辺の情報を得やすくなるためでは. 介する。より詳細な解説については,拙著本を参照されたい 1)。. ないかということが示唆された 3)。さらに,単純に麻痺・感覚. 歩行を支える 2 つの知覚的調整システム. 障害の代償として視覚情報を利用するというよりも,低い歩行 能力を補う方略のひとつとして利用されている可能性が示唆さ.  歩行の制御は,2 つの知覚的調整システムにより支えられて. れた。こうした結果は,視覚に依存して慎重に歩行しようとす. いる(図 1) 。1 つは,動作パターンが理想的な状態から逸脱し. る方略を反映しているのかもしれない。. ていることが検知されたときに,それを理想的な状態に修正し.  さらに,歩行中の下向き傾向は,転倒危険性の高い高齢者に. ようとするシステムである。これはバランスが崩れそうになっ. おいても確認された 4)5)。この傾向は,Multi-target stepping. たことが検知されたときに,それを元に戻そうとするために働. (以下,MTS)課題を用いて確認された。MTS 課題は,10 m. くシステムといえる。主として視覚情報,体性感覚情報,前庭. の直線歩行路に対して,3 色の色ターゲット(10 cm 四方の正. 感覚情報を通して,動作遂行中の状態が常時モニターされ,も. 方形)を幅 1 m の通路内に均等に配置し,これを 15 列配置し. しも問題が見つかれば,それを瞬時に調整しようとする。. て行う。スタートラインに立った対象者は,その場で指定され.  もう 1 つのシステムは,動作パターンの乱れが予見されると. た色を着地ターゲットとして,各列にある色ターゲットにすべ. き,そうしたことが起こらないように,未然に対処するシステ. て着地することが求められる。色ターゲットは各列によりラン. ムである。たとえば,歩いていく先に溝があった際に,その溝. ダムに配置されているため,対象者はターゲット位置に応じて. を安全にまたぐことができるように,少し早い段階で歩幅や歩. 常に歩行軌道を修正することが求められる。またターゲット以. 行速度を調節しておく,といったことに役立つ。主として視覚. 外の色は障害物とみなすため,それを踏まずに避けることも合. 情報に基づく状況把握が重要な役割を果たす。視覚情報は,遠. わせて求められる。それ以外の制約条件は特になく,歩行速度. 方の状況をもっとも正確に伝える情報であるため,このシステ. や,ターゲット間の歩数は対象者の任意である。. ムは視覚情報を最大限に利用することになる。.  実験の結果,若齢健常者の場合,MTS 課題遂行時はおよそ. 下向き歩行:予期的制御を阻害?. 3 つ先のターゲットに視線を向けながら歩行していることがわ かった。これに対して高齢者の場合,より近い位置に視線が向.  一部の脳卒中片麻痺者においては,歩行通路に危険物がない. けられていた。特に,過去の転倒率と Timed up and Go テス. 安全な状況でも,視線が下向き傾向になる場合がある。筆者の. トの評価に基づいて,転倒危険性が高いと評価された高齢者の. 研究室では,こうした傾向を数量的に把握するため,片麻痺. 場合,下向き傾向となりやすいことがわかった。これらの結果. 者 12 名(平均 50.4 歳,発症後 3 ヵ月以上経過,自立歩行可能). から,歩行機能の低下と,歩行中の下向き傾向との間には,一 定の関連性がみられるといえよう。. *. Visuo-motor Control of Locomotion ** 首都大学東京人間健康科学研究科 教授 (〒 192‒0397 東京都八王子市南大沢 1‒1) Takahiro Higuchi, PhD, Professor: Department of Health Promotion Science, Tokyo Metropolitan University キーワード:歩行,視覚,障害物回避. 隙間通過行動:身体を物差しとして環境を知覚する  混雑した駅のホームなど,狭い空間を通り抜ける場面では, 身体と隙間の空間関係を正確に知覚し,それに応じて適切な衝.

(2) 歩行の視覚運動制御. 637. 図 1 歩行を知覚的に調整する 2 つの様式(文献 1) ,p. 152,図 3-1-3 より許可を得て転載). 突回避行動をとる必要がある。具体的には,通過直前での体幹. 要因で起こっていないかを明らかにできる。視覚情報は,遠方. の回旋や,速度の減速,または隙間の中心を正確に通るといっ. の情報を知覚して予見的に歩行を微調整するために役立ってい. た行動が有益である。このうち体幹回旋については,隙間の幅. る。高齢者や脳卒中片麻痺者においては,下向き歩行によって. が肩幅の 1.3 倍よりも狭いときに,体幹を回旋しはじめること. 遠方の環境情報を獲得していないケースや,隙間通過時に最適. がわかっている. 6). 。すなわち,隙間幅に関する視覚情報は,身. な回避行動の選択が難しいケースがあることがわかった。. 体幅を物差しとした相対値に瞬時に変換され,安全な歩行を実 現させている。. 謝辞:本稿で紹介した研究の一部は,科学研究機補助金(若手.  荷物やカバンをもって歩く場合,隙間通過に必要な幅は, “身. 研究 A, 24680068)の助成を受けた。. 体+モノ”の幅であるため,身体幅に基づく相対値の知覚は キャリブレーションされなければならない。しかしこうした場 面でもそのキャリブレーションは歩行中に瞬時になされ,隙間 幅が“身体+モノ”の幅の相対値として処理され,最適な肩回 旋行動が実現されている 7)。  本研究室では最近,高齢者を対象とした隙間通過行動の研究 を行い,「身体に関する感覚入力情報が変化しても,環境に即 した最適な歩行パターンを選択できる能力」について検討した (未発表資料)。実験では,狭い隙間を通過する際の接触頻度や 体幹回旋行動について測定した。その結果,認知症の疑いがな く,歩行機能も高い高齢者の場合,環境に即した歩行パターン を適応的に選択できることがわかった。ただし,「隙間を通り 抜ける際に,できるだけ体幹を回旋しない」という空間的な制 約を与えた場合,たとえ歩行機能が正常であっても,接触頻度 が若齢者よりも有意に高くなった。この傾向は特に,歩行機能 が低いほど顕著であった。. 結びに代えて  歩行の制御について知覚・認知的にアプローチすることで, 歩行の障害が「必要な情報の欠如」 ,「情報処理効率の低下」 , または「知覚情報を運動情報に変換する過程のエラー」などの. 文  献 1) 樋口貴広,建内宏重:姿勢と歩行─協調からひも解く.三輪書店, 東京,2015. 2) Higuchi T, Yoshida H: Gaze behavior during adaptive locomotion. In: Stewart LC (ed): Eye movement ̶ developmental perspectives, dysfunctions and disorders in humans. Nova Science, New York, 2013, pp. 111‒127. 3) 吉田啓晃,中山恭秀,他:脳卒中片麻痺患者の足元を遮蔽した場 合の歩行能力変化─歩行中の視覚−運動制御に関する研究.臨床 理学療法研究.2011; 28: 51‒55. 4) Yamada M, Higuchi T, et al.: Multitarget stepping program in combination with a standardized multicomponent exercise program can prevent falls in community-dwelling older adults ̶ A randomized, controlled trial. J Am Geriatr Soc. 2011; 61: 1669‒ 1675. 5) Yamada M, Higuchi T, et al.: Maladaptive turning and gaze behavior induces impaired stepping on multiple footfall targets during gait in older individuals who are at high risk of falling. Arch Gerontol Geriatr. 2011; 54: e102‒e108. 6) Warren WHJ, Whang S: Visual guidance of walking through apertures: body-scaled information for affordances. J Exp Psychol Hum Percept Perform. 1987; 13: 371‒383. 7) Higuchi T, Cinelli ME, et al.: Locomotion through apertures when wider space for locomotion is necessary: adaptation to artificially altered bodily states. Exp Brain Res. 2006; 175: 50‒59..

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