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経済教育と金融教育の間 : センのケイパビリティ論を手がかりに

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Academic year: 2021

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Ⅰ.はじめに

 2005 年に金融広報中央委員会が「金融教育元年」 を宣言,新学習指導要領に「金融に関する環境の変化 にも触れる」という文言がはいったこともあり,現在, わが国では,金融教育にはある種の追い風が吹いてい る。しかし,同時に新自由主義的な動きに対しての批 判や逆風も吹いている。そのようななか金融教育を根 底から再考察する概念が英米から発信された。キー ワードは金融ケイパビリティである。本稿では英米か ら発信された金融ケイパビリティ論を紹介するととも に,センのケイパビリティ論を検討しながら,日本の 高等学校までの経済教育と金融教育の関連,金融教育 のあるべき姿を考察する。

Ⅱ.日本の金融教育の現状

 ケイパビリティ論の前に,日本における金融教育の 現状に関して,行政や関連団体の動き,生徒の状況な どをスケッチしておきたい。 1.行政および関連団体の動き  現学習指導要領では,高等学校「政治・経済」の金 融学習に関して,「金融の仕組みと働き」については, 「金融に関する環境の変化について触れること」とい う文言が入り,大きく変化しつつある。1)金融に関す る環境の変化とは,金融業務の自由化や金利の自由化 に伴う金融に関する経済環境の変化,金融機関の倒産 などにより金融市場の信頼性が著しく損なわれること による大規模な信用収縮,クレジットやローンなど日 常生活の中での役割,多重債務問題などが挙げられて いる。2)つまり,金融ビッグバン以降の金融環境の変 化,リーマンショックなど金融危機,それにこれまで も取りあげられていた消費者教育的な観点からの日常 生活での金融の三つについて触れることになったわけ である。高等学校「現代社会」でも金融に関しては 「金融制度や資金の流れの変化などにも触れること」 と「内容の取扱い」に書かれている。  学習指導要領の改定に伴い新しい教科書も刊行され ている。特に金融教育で扱いの変化が大きいのは中学 校の教科書である。ある教科書では,高校でも扱わな い 72 の法則まで載っていて,日常生活のなかの金融 を広く取り扱っている。ただし,それが本当に教室で 教えられるのかに関しては,教師の知識や力量,生徒 の実態も含めるとかなり疑問ではある。  関連団体では,金融広報中央委員会の動きが注目さ れる。金融広報中央委員会は,事務局を日本銀行金融 サービス局においており,各地に地域の金融広報委員 会を組織して学校や市民向けの広報活動をおこなって いる。同委員会は,2007 年を金融教育元年として, 様々な教材や実践事例集を編集し,学校に提供してい る。主なものに『金融教育プログラム』『はじめての 金融教育』『金融教育ガイドブック』などがある。3) 在,同委員会を中心として金融教育推進会議が組織さ れ,金融庁や日本証券業協会などの各団体の連絡調整 をおこなっている。また,金融庁は金融教育推進委員 会を組織して,金融教育のガイドラインの作成を行い, 公表している。これらの動きは,学校における金融教 育の「追い風」となっていることは間違いない。  それに対して,批判もある。例えば,「『ただなら』, 『授業の穴埋めに』という軽い乗りで業者の出張授業 をうけて金融教育にしているのでは」という,現在の 金融教育の現状を告発する意見もある。4) 2.生徒と金融のかかわり  では,学校における金融教育の受け手である生徒の 金融に関する知識や態度に関する実態はどうであろう か。ここでは,金融広報中央委員会が実施した「暮ら しと金融に関する調査」(2010 年実施)と,筆者も協

経済教育と金融教育の間

-センのケイパビリティ論を手がかりに-

The Journal of Economic Education No.34, September, 2015

Some Thoughts on Economic and Financial Education: A View from Amartia Sen’s Capability Approach

Arai, Akira

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力した,泉美智子氏を中心として行われた「鳥取,大 阪,東京の高校生の暮らしとお金に関する調査」 (2012 年実施)を比較しながら検討したい。  まず,金融広報中央委員会のものである。これは, 全国(全都道府県)の376 校の小学校・中学校・高 等学校 68,773 名を対象とした,こづかいの使い方や 管理,携帯電話,電子マネー,消費者トラブルの経 験,労働体験,金融知識に関する全国調査である。小 遣いをもらっている高校生は 8 割だが,ほとんどその 管理は行っていないこと。携帯電話を使っている高校 生は 9 割。高校生のうち 3 割前後(関東では 6 割前後) は「電子マネー」を利用していること。「迷惑メール」 を受信しているなど,消費者トラブルの経験もみられ ること。金融に関する知識に関しては,高校生の用語 知識では,「複利」「ペイオフ」「リスクとリターン」 「多重債務」の「内容がほぼわかる」という割合が低 い(1 割から 3 割弱)ことがなどが報告されている。  次は,泉美智子氏を中心として行われた「鳥取,大 阪,東京の高校生の暮らしとお金に関する調査」 (2012 年実施)である。5)この調査は,泉氏が勤務す る鳥取環境大学のプロジェクトで,鳥取(1,625 人) と大阪(623 人),東京(993 人)の生徒の金融意識と 行動の違いを調査するものである。同調査では,消費 行動に関して地域差はあまり見られず,学校差が大き いことが推定される結果となっている。また,家族関 係が地域によって異なり,それが消費行動,将来への 見通し,資産相続などの項目で差が出る結果となって いる。  具体的には,携帯電話の保有率は鳥取 97%,東京 98%であり差が無い。コンビニの利用も,よく利用す ると回答した生徒は,鳥取 75.5%,東京 82.9%で,店 舗の展開数を勘案すると差は大きくない。違いが出た のは,貯金をどうしているかであり,鳥取では 38.3% が貯金箱で金融機関は 50.9%,東京では 25.7%が貯金 箱,金融機関は 57.1%であり,金融機関へのアクセス の違いがこの数字の違いになっていることが推定され る。ほかには,家族形態で,鳥取では祖父母との同居 が 42.5%,東京では 13.7%,父親と同居が鳥取 83.5%, 東京では 72.1%であるという違いがある。  両調査とも,おおよその実態はわかるが,これだけ では使えない。なぜなら金融広報委員会の調査では, 家庭の経済状況,本人の置かれている社会的環境など が把握できない。泉調査では,環境の差がでてはいる が,調査結果と家庭や学校種の差と金融行動の相関が はっきりと検証されているわけではない。ただし,ど ちらの調査からも,浮かび上がる生徒たちは,ケイパ ビリティの観点からは大きな課題を抱えているという ことである。これは例えば,アルバイトに関して取り 上げてみればわかる。金広委調査では,25%の生徒が アルバイトを何らかの形で行っているが,泉調査では 鳥取では 20.7%,東京では 48.0%となっている。これ らの生徒の特長は,アルバイトをやっていない生徒は 受験校に多く,社会性の欠如が目立ち,アルバイト学 生は中位下位校に多く,可能性の欠如が目立つところ に現れている。そして,どちらの層に対してもアルバ イトに関しては,学校教育では正面切った教育がなさ れていないのである。6)もう少し広げて表現すれば, 本当に必要な部分に教育は届いていないと言ってもよ いであろう。  生徒だけではない。教員も迷っている。指導要領や 様々なバックアップがあっても,教えるのに苦手な分 野に金融が国際経済とともに上がってくる。また,金 融を含め市場経済を肯定しつつも,平等指向を抜け切 れない教員が多い。つまり効率と公正の間で引き裂か れている教員が多いことが,淺野忠克氏らの調査から 浮かび上がっている。7)このようななかで,金融ケイ パビリティ概念はどのように役立つだろうか。

Ⅲ.英米の金融ケイパビリティ論

8)  金融ケイパビリティの発信地はイギリスである。イ ギリスでは,ブレア政権の時代 1997 年に金融サービ ス庁(FSA)が設立され,金融リテラシー教育を推 進する役割を担ってきた。FSA は,2004 年に「イギ リスにおける金融ケイパビリティ」という報告書をだ し,ケイパビリティの用語がここで登場した。その後, FSA は,2010 年には消費者金融教育団体(CFEB) を設立。金融教育を同団体に移行した。CFEB は 5 か 年計画である「金融ケイパビリティプログラム」の推 進を担い,計画終了後の現在は名称をマネー・アドバ イス・サービス(MAS)に変更して,金融教育とア ドバイス活動を担っている。MSA では,金融ケイパ ビリティの要素を,スキル skills,知識 knowledge, 態度 attitude,動機 motivation,肉体的・社会的機会 physical/socialopportunityの5つに分け,それらが欠 けている者への教育を金融教育の使命としている。た だし,これらは主に社会人向けの金融教育であり,直 接的には学校教育ではないが,主な対象を低所得,子 持ち,低学歴,低学力(言語力,数的処理)の若者に 置いている。

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 アメリカでは,2003 年の公正取引法に基づき,政 府が金融リテラシー教育委員会を設置して,ジャンプ スタート連盟などの NPO と並んで金融教育の推進を 図ることとなった。同委員会は,2004 年には金融教 育に関する国家戦略に関する報告を発表し,金融教育 のプログラムなどを作成することを提起した。サブプ ライムローン問題が噴出するさなか,ブッシュ政権は, 「金融政策に関する大統領諮問委員会」を設置,同委 員会はオバマ政権になった 2010 年には「金融ケイパ ビリティに関する大統領諮問委員会」に名称変更した。 ちなみに,金融ケイパビリティとは,2010 年の名称 変更時には,「知識とスキルとアクセスに基づいて金 融資源を効果的に管理する能力」と定義されている。 これは特に,サブプライムローンの借り手となった層 である金融ツールへのアクセスを絶たれている層が, きちんとした金融知識を持ち,かつ金融ツールへのア クセスが可能になるような能力を持つことが必要であ ると,アメリカ政策当局者が判断していることを意味 している。オバマ政権は,2014 年には大統領宣言と して「2014 年金融ケイパビリティ月間」を実施する と発表,「いまや金融ケイパビリティは,アメリカの 家族にとって職を得,金融を通して未来を再建するの に必須であること,今日金融ケイパビリティは,大学 入学の学費,家の購入,リタイア後の生活など人生の 節目で必要であり,しっかりした市場についての理解 を持つこと,詐欺的商法を見抜くこと,誤った情報に 注意すること,書類を読み解くことできることが必須 である」と述べている。9)  OECD も用語こそまだ金融リテラシーであるが, 「金融教育のための国家戦略に関するハイレベル原則 (TheHigh-levelPrinciplesonNationalStrategiesfor FinancialEducation)」を 2012 年に発表し,内容的に は金融ケイパビリティに基づく金融教育を国家レベル で推進することを提言している。また,PISA でも金 融リテラシーのフレームワークを 2010 年から取り組 みはじめ,テスト問題のサンプルを公表している。

Ⅳ.金融ケイパビリティ論の思想的背景

 イギリスで先駆的に導入された金融ケイパビリティ 論は,思想的背景としてアマルティア・センのケイパ ビリティ論から抽出されたものである。  周知のようにセンは,インドに生まれ,1998 年度 ノーベル経済学賞を受賞した経済学者である。彼の経 済学は現代経済学が効用の増大を価値基準とするのに 対して,ケイパビリティ(潜在能力)の開花を目標と する規範経済学である。これが,金融教育の概念拡大 に影響していることは,金融ケイパビリティ論を精力 的に紹介している伊藤宏一氏を除いて,ほとんど顧み られていない。  では,ケイパビリティ論のどこが手がかりになるか。 センはこう表現している。「潜在能力(ケイパビリ ティ)に基づく正義の評価では,人々の欲求は,それ ぞれが持っている資源や基本財によって評価されるの ではなく,価値ある生き方を選択する自由が実際にど のくらい享受されているかで評価される。…豊かな国 の貧困を取り扱うとき,所得やその他の基本財で判断 して貧困である人々の多くは,高齢,障害,病気にか かりやすいなどの様々な特性を持っていることに注意 しなければならない。これらの特性は,彼らが基本財 を基礎的な潜在能力に変換することを困難にしてい る」。10)表現が難しいが,豊かな国でも潜在能力を発 揮できていない層があり,そこに注目しないと正義は 回復されないということである。金融に関しては, 「金融資源を欠いている人間は,金融知識を使うこと, 適切な金融サービスを受ける機会を失っていること, 行動する可能性や動機を失っていること,つまり金融 ケイパビリティを欠いている者は,適切な金融選択を 欠いている」と述べている。そして,「金融ケイパビ リティを促進することは,人々の社会参加を促進し, 結果として貧困からの脱出を可能にする」とも述べて いることが紹介されている。11)  金融ケイパビリティ論には,金融という世界で貧困 状態におかれている階層に対して実践的な知を与え, 生きる力を育成するという意味を持っている。その意 味では,社会的包摂の考え方の行政,教育からの働き かけと言えるだろう。とはいえ,英米の金融ケイパビ リティ教育で,センのケイパビリティ概念が本当に生 かされているかどうかは疑問もある。特にアメリカで は,金融機関があらたな顧客開拓を目指して金融ケイ パビリティ概念を使った社会教育を推進している要素 もあるからである。日本でも似たような風景が広がっ ているともいえる。しかし,日本の生徒たちの置かれ ている現状,子どもの貧困,教育格差の拡大などを踏 まえると,この概念を生かして金融教育の再構成やひ ろく経済教育の再構成を考えることは無駄ではないは ずである。

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Ⅴ.経済教育と金融教育の間

 ケイパビリティ論を手がかりとした金融教育の実際 を考える前に,経済教育と金融教育の関係に関しても う少し考えてみたい。  経済学からみた金融には,パブリックファイナンス, コーポレイトファイナンス,パーソナルファイナンス の三領域がある。このうちパブリックファイナンスの 領域は金融論が取り扱い,高等学校までの教科書では 中央銀行の金融政策として必須の学習項目となってい る。コーポレイトファイナンスは主に経営学が扱い, 高等学校まではほとんど学習する項目となっていない。 パーソナルファイナンスが金融教育の中核的な内容な のだが,大学でも高等学校までも金融学習のなかで パーソナルファイナンスを正面切ってとりあげたケー スはそれほど多くない。12)結局,金融教育で実生活に 必要な金融知識,金融理解,金融への適切な態度形成 を担当する場面は,家庭科での家庭経済場面を除いて, ほとんどないと言ってよい。  これは単に場所的な教育場面が少ないということだ けではなく,経済学そのものの特質と結びついている。 経済学,特に経済理論は,合理的人間を措定したモデ ルをもとに展開する。そこには経済人による一元的な 世界が広がるばかりである。それに対して,近年は, 行動経済学など,人間の心理的特性を踏まえた経済学 が注目され研究されている。金融教育に関しては,行 動経済学の知見や方法は,大きな示唆を与える。しか し,行動経済学そのものはやっと大学レベルのテキス トが出版され始めたばかりである。13)行動経済学の導 入により金融教育の課題がすぐに解決できると楽観で きる状況ではない。とはいえ,行動経済学におけるプ ロスペクト理論,利己性と利他性を測定する各種ゲー ム,ヒューリスティック理論などは,直接的な対象は 金融行動ではないが,金融行動に多くの示唆を与える。 また,双曲割引や時間選好の理論も同じく活用可能で ある。さらに,神経経済学の知見はギャンブルなどの 刹那的な楽しみの源泉を脳内物質に求める研究と経済 行動の関係まで踏み込んだ内容となっている。  センの規範経済学は,行動経済学の知見とは直接は 結びつかないが,功利主義的な選好,パレート最適に よる選好を超えた,第三の徳倫理学にもとづく内生的 選好モデルの開発の手掛かりになると指摘されて,行 動経済学のなかでも評価されている。14)なによりも, 日本の教員の効率と公正に引き裂かれた意識,状況を, センの規範経済学は突破するヒントと勇気を与えてく れるものと言えるだろう。なぜなら,センの説は,新 古典派経済学のなかから,自らの体験(ベンガルの飢 饉)を踏まえて,その限界を指摘(合理的な愚か者) しつつ,それを超えようとして世界的に認知された (ノーベル経済学賞)学説だからである。  経済学と金融教育の間には,普遍性と個別性,学問 性と実践性の間を埋める視点と方法が必要となる。た だし,それに答えるはずと期待される大学でのパーソ ナルファイナンス教育の多くが FP 資格獲得のための 講座でもあり,それらの講座が,実践性を重視し,与 件に対して批判的視座を持ちえない内容になっている ことを考えると,その道は遠いと言わざるを得ない。

Ⅵ.実践を通しての見通し

1.金融ケイパビリティを生かした金融教育   金融ケイパビリティを生かす高等学校までの金融教 育にはどのような内容,教え方が必要だろうか。  一つは,生徒の実態に応じた教育の構想が必要であ る。ここが一番肝心である。一般的な金融知識や態度 形成を目指すのではなく,地域の課題,生徒の課題に 応える内容の金融教育が必要なのである。第二は,マ クロ中心とされている経済教育,金融の教育をパーソ ナルファイナンスの視点を導入して編成替えをしてゆ くことである。ただし,これは言うは易く行うは難し い。そのヒントの一つがセンの規範経済学であろうし, 行動経済学の知見である。第三は,「現代社会」とい う教科の経済部分を思い切ってパーソナルファイナン スの学習として組み替えてしまうことである。これは 第二の道よりもっと難しい。15)現実的には,第二の現 行の教育にパーソナルファイナンスの視点を限りなく 入れ込んでゆくことになろう。  その試案を以下に構想してみる。  マクロの視点を強く打ち出している「政治・経済」 の授業に対して,パーソナルファイナンスを中心とし た経済学習は個人を中心として世界を見てゆく構造と なっている。それにケイパビリティの観点を加味する と,いかに生き延びるか,最悪の環境のなかで最大の 幸福を得るには,個人の資源配分をどうすればよいか ということになる。それには,ケイパビリティの三つ の要素(経済的条件,各人の属性,社会的環境)を パーソナルな視点からまずみてゆくこと,そのなかで 適応を考え,さらに,経済的条件,や社会的環境を単 なる与件から少しでもそれらをうごかす方法を身に付 させることが構想の中に入ってくる。

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2.筆者は何をしてきたか  筆者の場合,勤務校の関係で実践はどうしても受験 指向の生徒を対象としたものになる。これまでに,こ の種の実践を意識的に行ったのは,都立国立高での 「消費者金融の学習」,都立西高での総合的な学習「お 金と人生」シリーズがある。また,通常の授業におけ る金融における「お金と人生」の授業,最後通牒ゲー ムの実施,「株式学習ゲーム」や「日経ストックリー グ」への参加がある。16)  しかし,これらの構想は体系的というには程遠い。 また,センのケイパビリティの観点から言えば,社会 性の欠如が特徴の生徒集団に対して,拘束からの解放 を見通すものであるとは残念ながら言えないだろう。 それでも生徒の感性を揺さぶり,現在の彼ら・彼女ら が置かれている状況が恵まれていること,それを自覚 して勉学に励むことが,自分にも,社会にも役立つで あろうという予感を抱かせるところまでは到達したか もしれない。

Ⅶ.おわりに

 本稿は,学会 30 周年記念大会の自由研究発表で 行った内容を加筆したものである。当日は,弘前から 参加した会員もいて,授業のヒントをもっと提示して ほしいとの要望もいただいた。それに十分に応えるこ とができずに申し訳ないと思う気持ちでいっぱいであ る。他日を期したいという表現は,定年退職を迎えた ことで,実践に関しては使えなくなるが,実践の総括, 理論面では今回の金融ケイパビリティ論をはじめとし て残されたテーマも多い。さらに精進したいと思う。 経済学習の内容 PF 視点の金融教育 ケイパビリティの視点 経済活動の意義 基本概念(コスト概念など)の学習 生きるための経済活動(自分の属性を出発 点とする) 三つの経済主体と循環 家計に注目 私と家族の生存の視点 市場の役割 価格の役割,需要供給の法則の学習 市場以外の取引の場の重要性 市場の限界 情報の非対称に注目 外部性(教育など)の活用 現代の企業 ステークホルダーから企業に注目 内部人としての企業,外から見る企業 物価変動と国民生活 インフレ・デフレに対処する方法 インフレ・デフレへの対処法 経済成長と景気変動 景気変動に対処する方法 激動の中の対処法 政府の経済的役割 政策に対する対策,政府の政策を変化させ る方法 政策に対する対策 租税と国債 金融商品としての国債,税の知識(払うも のとしての税,とられるものとしての税の 区別) 税の知識 日本財政の課題 財政破綻をした時の対処 貨幣の役割と金融 お金の本質,お金の貸借 お金の力,お金の貸借(マイクロファイナ ンス) 金融市場と金融政策 金利の理解,金融商品の知識,リスクの理 解 金利の理解,リスクの理解,時間の概念の理解 金融環境の変化 社会変動の見方,それへの対処法 時流に流されない方法 消費者問題 主権者としての消費者 不良品から逃れる方法 雇用と労働の諸問題 人的資本への投資,労働者の権利,SOS の 出し方 労働者としての権利,SOS の出し方 社会保障の諸問題 セイフティネットとしての社会保障,SOS の出し方,年金の理解 社会保障の活用法,SOS の出し方 経済活動のあり方と福祉 何を目指して生きるのか,効率と公正 自分の能力を開花させる条件を考える 国際経済 為替変動の理解,比較優位を生かす道 比較優位を生かす道 (経済学習は高等学校「政治・経済」を想定。学習項目は部分である。)

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註 1) 学習指導要領のなかの「政治・経済」に関する部分であ る。中学校,高等学校「現代社会」でも同趣旨の文言が 入っている。 2) 高等学校学習指導要領解説「政治・経済」,p51 による。 3) このうち『金融教育プログラム』2007 年の「年齢層別の 金融教育内容」の改訂版が,2015 年 3 月に「学校におけ る金融教育の年齢層別目標」とい名称で作成され,小学 校から高等学校までの分野別目標,年齢階層別目標が体 系化された。 4) 島義夫「NISA 導入と個人投資,そして金融教育-なぜ笛 を吹いても個人は踊らないのか?」『経済セミナー』2013 年 12 月号。 5) 泉他「高校生のお金・生活に関わる意識調査」未刊行。 内部資料よりの引用である。 6) 横山正・高藪学『金融リテラシーを測定する尺度の提案』 東京学芸大学出版会,p.29 による。なお,同書では,学 力偏差値での分析をして,その結果では偏差値の高低グ ループで全体の金融リテラシーに差はないと結論を出し ている。しかし,下位カテゴリーの分析から,「数的処理 能力」と「お金の使い方の理解力」には差があり,それ ぞれの分野の指導を高めることが金融リテラシーを高め るのに効果的と分析している。 7) 淺野忠克・山岡道男・阿部信太郎「高等学校公民科教員 の研究:経済教育の視点から〔1〕〔2〕」『山村学園短期大 学紀要第 23 号,第 24 号』2012,2014 に教員の意識調査 が掲載されている。 8) ここの海外の動向の紹介に関しては,伊藤宏一「英米の 金融教育の現状と日本の金融教育の課題」(新保恵志編著 『金融・投資教育のススメ』金融財政事情研究会,2013) によっている。 9) この宣言のリリースは,2014 年 3 月 31 日に出されている。 ホワイトハウス HP より。 10) 前掲『不平等の再検討』p.128 より引用。

11) Edinburgh Napier University の Ronald McQuaid and ValerieEgdell による金融ケイパビリティのレポートから の引用。http://www.gov.scot/resource/doc/304557/0102282. pdf より。 12) 近年は大学によっては FP 講座として開講しているケース が増えている。10 年前の調査分析であるが,小徳圭江 「大学におけるパーソナルファイナンス教育の現状と課 題」『ファイナンシャル・プランニング研究』2006 № 6 pp.23‒46 参照。 13) 太田昌夫・田中沙織『行動経済学』有斐閣,2014 などが それにあたる。同書では,「まだ行動経済学と伝統的経済 学が統合されて新しい経済学が誕生したとは言えないが, その方向を目指して書かれている」と言っている。 14) 前掲書,p.243,太田昌夫氏の指摘。 15) 一つの試みとして,日本 FP 協会が作成した『10 代から 学ぶパーソナルファイナンス』がある。 16) 筆者の実践に関しては,「機会費用の教育性・再考」,『経 済教育』25 号 2006,「日本の高校生と経済的合理性」,『経 済教育』28 号 2009 などを参照していただきたい。

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