筋損傷
分野
緒 言
骨格筋は打撲などの外力,薬剤,外科的手術,運動によって損傷するが,健康な状態では筋衛星細胞などの筋芽細胞が増 殖・分化する結果,損傷から1〜2週間で修復再生される.トレーニングによる筋肥大効果も,損傷再生過程に少なからず依存 する.しかし健康な骨格筋においても,過大な損傷や老化によりしばしば再生不全が起こし,線維化や筋量の減少(サルコペニ ア)に陥る.骨格筋の修復再生制御機構を分子レベルで明らかにすることは,不適切な修復に伴う問題を解決し,スポーツ選手 から高齢者までの健康維持・増進を図るためにも重要な課題である.しかしすでに多くの分子が骨格筋の修復再生制御に関与す ることが明らかになったにも関わらず,まだ不適切な修復などの問題を解決するには到っていない. これまでにわれわれは筋芽細胞が線維性の変化を起こすときに notch signaling が関与していることを明らかにしてきた2).さ らに notch2 は TGFβ 作用下でも線維性変化を抑制し,notch3 は TGFβ 非存在下でも線維性変化を誘導することを示した2). Notch には多様な役割があることが知られている.4つの notch のアイソフォームそれぞれの細胞内ドメインの転写機能には差 異があることが報告され,多様性の一端を担うと考えられている3).一方 ligand 結合後の notch signaling はその細胞内ドメインが γsecretase により切断されて核内へ移行することにより開始される.γsecretase は presenilin, nicastrin, APH-1 およ び PEN-2 の4つのサブユニットで構成されるが,一部のサブユニットにはアイソフォームの存在が知られており,発現する細胞 や組織の特異性や機能的な多様性と関連すると考えられている.そこでわれわれは γsecretase の catalytic unit である presenilin に注目し,presenilin が筋芽細胞における分化制御に果たす役割を明らかにすることを目的とした.
方法および結果
蛇毒 cardiotoxin により損傷した骨格筋はサテライト細胞をはじめとする筋芽細胞により再生する.損傷筋には presinilin-1(PS-1) が発現することから,マウス腓腹筋にあらかじめ Atelocollagen に吸着させた PS-1siRNA を投与しin vivo での再生修復過 程を組織学的に検討した.PS-1 のin vivo knockdown を行うと control si を投与した群に比べて,骨格筋修復が加速する 一方,リン酸化ヒストン H3 陽性の増殖能を有する細胞が激減することが明らかになった(Fig. 1).
Fig. 1. PS1 is important for inhibition of muscle differentiation and maintenance of proliferating progenitor cells during muscle regeneration in vivo.
PS1 knockdown by siRNA in regenerating muscle induced by injection of cardiotoxin in vivo was performed. Four different conditions; saline control, control siRNA, PS1 siRNA-1, and PS1 siRNA-2 were used. Immunohistochemical study of dMyHC (A) or p-histone H3 (B) was shown 3.5 days after cardiotoxin injection. Scale bars equal 70 μ m.(modified from Y. Ono, V. Gnocchi, P. Zammit and R. Nagatomi J. Cell. Sci., 2009(ePress))
そこで初代培養マウス筋芽細胞において PS-1 の knockdown を行ったところ図のようにin vivo 同様 Myosin 重鎖(MyHC) の発現が著しく増強する一方,未分化な Pax7+MyoD-筋芽細胞が著しく減少することがわかった(Fig. 2).
Fig. 2. PS1 is required for satellite cell self-renewal and maintenance of progenitor cells.
To examine the effect on knockdown of PS1 protein in satellite cells, siRNA was performed. (A) Plated primary myoblasts were cultured for 3 days after siRNA transfection and were stained with MyHC antibody. (B) Immunocytochemical analysis of plated primary myoblasts stained with Pax7 and MyoD at 3 days after siRNA transfection. The results were displayed as bar chart depicting the ratio of Pax7+ cells compared with control siRNA and % of Pax7+ MyoD- self-renewal-like cells. Date
from at least three independent experiments is shown ±SD. Asterisks indicate that date are significantly different compared with control condition(P<0.05). (modified from Y. Ono, V. Gnocchi, P. Zammit and R. Nagatomi J. Cell. Sci., 2009(ePress))
そこで PS-1 が筋芽細胞の分化抑制,未分化維持に作用している可能性を検討するために,C2C12 筋芽細胞に V5 タグ付き の PS-1 過剰発現ベクターを導入した. PS-1 を発現する V5 陽性細胞では筋分化のマスターレギュレーターである MyoD の発 現が失われることがわかった(Fig. 3).
Fig. 3. Overexpression of PS1 in myoblasts leads to down-regulation of MyoD .
CC2C12 myoblasts were transiently transfected with PS1-overexpression-vector with a V5-tag (pCMV-PS1-V5) and were cultured for 2 days. The ratio of MyoD+ cells in V5+ transfected cells
compared with V5- non-transfected cells as a control. Asterisks indicate that date are significantly
different compared woth control condition(P<0.05). (modified from Y. Ono, V. Gnocchi, P. Zammit and R. Nagatomi J. Cell. Sci., 2009(ePress))
さらに PS-1 欠損マウス胎児線維芽細胞に MyoD 発現ベクターを導入するとミオシン重鎖が発現するものの,PS-1 を発現する マウス胎児線維芽細胞に MyoD 発現ベクターを導入してもミオシン重鎖は発現せず,γsecretase 阻害剤を用いてもミオシン重 鎖の発現は全く起こらなかった.
考 察
筋損傷が起こると損傷部位では筋芽細胞が増殖したのちに分化することにより修復が行われる.このとき notch signaling が関 与している.Notch には4つのアイソフォームがあるが,骨格筋の再生過程においてもそれぞれの役割は異なっている可能性が ある.Notch1 は筋分化促進的に作用する1)一方,notch2 は未分化維持・線維性変化抑制,notch3 は線維性変化促進的に作用する2).本研究ではさらに notch の細胞内ドメインを切断し notch signaling を始動する γsecretase の切断活性を担うサブ
ユニットである PS-1 が γsecretase 非依存的に未分化維持に関与していることを初めて明らかにすることができた.
本研究では骨格筋の線維化制御を目標として,最初にin vivo で PS-1 の knockdown を試みたところ,線維性の変化は抑制 され顕著な分化促進作用がみられた.しかし一方で増殖性を有する未分化な状態の細胞がほとんど失われてしまった.再度同 部位に損傷が起こった場合に新たに修復に参加する細胞が確保できなくなる可能性がある.
PS-1 は未分化な Pax7+, MyoD-の細胞の維持に必要であることがわかったが,in vivo では筋芽細胞からは Pax7+Myo D+の
骨格筋に分化していく細胞と,リザーブ細胞として Pax7+MyoD-細胞が生まれるが,heterogeneity をもたらす機構の解析は今
後の課題である.PS-1 は骨格筋に限定して発現するわけではなく,他の臓器・組織における再生修復に関与している可能性も あり,今後,創傷治癒の制御や,組織再生の制御に活用されていくことが期待される.
本研究の共同研究者は Randall Division of Cell and Molecular Biophysics, King's College London, 小野悠介であ る.