「米国臨床留学なんて無理だ」と諦める前に。 平成25 年 5 月 26 日 加藤大貴 はじめに この度、西元慶治先生を始め多くの方の助けがあり、米国臨床留学への切符を握ることができました。 これからが本番であり、ようやくスタート地点に立てたという思いです。大した学歴もなく英語も堪能で はないどころか、学生時代は部活にも入らずアルバイトに精を出し、昼夜関係なく単車に乗って山にドラ イブに行くという、自由気ままな学生生活を送っていた、そんな人間でも少なくとも米国臨床留学の入り 口まで行く事は可能だったようです。勿論、全てがスムーズに行ったわけではなく色々な困難がありまし た。USMLE や留学準備に時間を割かれることで臨床に没頭できず、一臨床医として全うに成長できるの かという不安もありました。しかしながら道中、留学を目指したことで得た沢山の出会いがあり、結果的 に良かったと感じています。己自身で選択したからそう思えるのでしょう。ただし臨床留学は、将来日本 への帰国を第一に考えている医師にとっては一長一短であり、米国での研修がそのまま日本でのキャリア の成功にはなり得ません。最終的な目標と米国臨床研修がマッチしていることが最低必要だと思われます。 とはいっても私自身これからスタートをきる身。自分の経験を記すことで、これから米国へ臨床留学を目 指す人達にとって少しでも有益な情報を共有できればうれしい限りです。 ここからは時系列に沿って振り返ってみます。学生時代、研修医、沖縄米国海軍病院、手稲渓仁会病院、 マッチングの順で進むので、参考にできそうな所を読んで頂けるとよいと思います。 熊本大学生時代 さて、事の始まりまで記憶をたどってみると「臨床留学の目的は何か」に行き着きます。私は留学が決 まるまで4 年半もの歳月を費やしましたが、多くの方は 3 年から 5 年はかかっているのではないでしょう か。一度始めたら先は長いのです。私の沖縄海軍病院の同期には、一年でUSMLE Step 1+2+3 と外科レ ジデンシーへのマッチングを成功させた鉄人がいましたが、なかなか真似できる芸当ではないと思います。 臨床留学は結婚や家族計画をも巻き込む人生の一大イベントです。十分に米国に何を求めるのかを考えて おくことをお勧めします。 かくいう私も、多くの人がそうであるように、学生時代に一度は米国への臨床留学を想像したことはあ りましたが、「自分には行く理由もない」とたかをくくっていました。大学も地元の医学部に入れたので大 学卒業まで実家暮らしをしていました。「アルバイトは社会勉強のためやっておいたほうがいい」と、自分 の内なる人間性の成長ばかりを気にしていた頃でした。おかげでその頃は、バックパッカーをし、バイク に乗り、と自由な生活をしていました。(誤解のないように断っておきますが、志は高く、大学は学業を修 める場所だという意識を6 年間もって勉強に励んでいました。)さすがに 6 年生にもなるとマッチングの ため病院見学に行くことが増え、大学病院以外の選択肢に興味が向くようになりました。そこでようやく 将来の進路をまじめに考えたわけです。内科・プライマリケア・感染症科といった全身を診る分野へ興味 があり、それらの分野において米国でのトレーニングは一定の評価があることを知りました。この時点で は『総合内科レジデンシー→感染症科フェロー』が良いと想像している程度でした。(振り返ると、この時 思い描いていた総合内科と、実際日本や米国で行われている総合内科はだいぶ異なっていました。母校の 総合診療部しか経験がありませんでした。)単細胞的発想でしたが、やりたいことが決まったおかげで迷い なく米国臨床留学の準備を始められました。 この時からの行動は早かったですし、時間もあっという間に過ぎていきました。すでにマッチングが終
わった時期だったので、9 月に入ってすぐに ECFMG へ登録を開始しました。約 2 ヶ月かかると聞いてい たので、その間は割り切って国家試験の勉強を進めました。ECFMG への登録が 10 月中には済んだので、 早速3 月に Step1 の予約をしておいて勉強を開始しました。すでに Step1 を合格していた同級生に話を聞 いて、First Aid と USMLEWorld だけに集中することにしました。時間の関係で Anatomy は切り捨てた ものの、国家試験をはさんで3 ヶ月ほど勉強してスコアも 239 とまずまずでした。そして無事卒業に至り ました。 USMLE について ECFMG への登録 細かいことは忘却の彼方ですが、必要な事は全てECFMG のウェブサイトに載っていますので、面倒臭 がらずに読むべきです。これを間違えると登録が致命的に遅くなるといいます。情報が散在しており探し にくいかもしれませんが、ちゃんと書いてあります。日本の医学部の Degree は ECFMG によると、 Bachelor of Igakushi (medicine)か Doctor of Medicine(MD)と書いてあります。大学が登録してい るほうのDegree を確認してみるとよいかと思いますが、Igakushi という称号は多くのアメリカ人には一 体何なのか、そういう称号の人にそもそもECFMG 受験資格があるのかといった無用の疑惑や混乱を来す 場合があり、一旦そうなると釈明に余計な時間がかかってしまいます。従ってこの際割り切って自分のタ イトルについては多少内心忸怩たるものがあるかもしれませんが、方便のためMD で通すようにと西元慶 治先生から指導されています。聞けばそうしたことによって却って不都合を招いたことは皆無とのこと。 Step 1, 2CK のスコアはどのくらいを目指すのか Match A Resident といったサイトでは、(分かっていれば)プログラムの公表している足切りの点数を 記載しています。内科だと有名病院であっても220 以上あればスコアだけで足切りにあうことはないよう です(大学病院はスコアが良いだけでは面接に呼んではくれませんが)。主観ですが、260 を超えてくると 米国人学生ともマッチングで渡り合えるようです。(260 以上は米国学生でも一握りしかとれない点数で す。)ただし点数が低くても諦めることはありません。プログラムがランキングの際に重要視する項目につ いてのアンケートを見ますと、一番は面接、その次には実習での評価や推薦状、と続くそうです。Step1 はその次に入ってきて、Step 2CK は更に下位に位置します。確かに、スコアが低いと面接に呼ばれる可 能性が減ってしまいますが、N プログラムをはじめ、ハワイ大学、手稲渓仁会病院であればピッツバーグ 大学など、面接のオファーを頂く所までこぎつけられれば、運命を握るランキングでの重要性は相対的に 低くなります。 USMLE 勉強の注意点 First Aid は年々ページ数が増加しています。隅々まで理解して暗記することは難しくなってきているの ではないでしょうか。私の場合、3 ヶ月間とはじめから決めていたので、大学の卒業試験で缶詰になって 覚えるのと同じような作業でした。細かい所までやろうと意欲のある人ほど困難な試験かもしれません。 半年前にやったことまで細かく覚えていられないのは私だけではないと思います。要領よくやることが必 要です。だって我々の目指すのは「臨床」留学なのだから。 NBME の模擬試験 NBME のウェブサイトで購入可能な 4 ブロックほどの模擬試験は、本番の点数とよく相関すると言わ れています。私は一つ購入し220-230 点の範囲だったと記憶していますが、その後 1 週間 First Aid をひ たすら暗記したおかげで本番では+10 点ほど上がったと思います。
一昔前は 3 digit score に加えて 2 digit score も重要視されましたが、現在では 3 digit score のみが考慮 され2 digit score は全く関係ないと言われています。日本では未だに Step 1, 2CK が 99 だったというと 良い点数と言われますが、米国で2 digit をいっても「意味がない」とあしらわれてしまいます。ECFMG から2 digit score の廃止の通達もきていたと思いますが、実行されたのか是非確認して頂きたいです。 茅ヶ崎徳洲会病院 研修医時代 卒後は茅ヶ崎徳洲会病院(現 湘南藤沢徳洲会病院)で初期研修を行いました。病院見学は米国臨床留 学を決心する前の話なので、そのような目線で見学したことは一度もありませんでした。ただ茅ヶ崎とい う土地や病院の雰囲気が気に入って飛び込みましたが、実は茅ヶ崎から米国へ行かれた先輩方は少なくあ りません。上京してきた田舎者にとっては、東海道線で直接横浜・東京・新宿に行けて、歩けば湘南のビ ーチ、近くにはテレビでしか見たことのない江ノ島や鎌倉があるというロケーションはあまりに素敵に映 りました。実際2 年間は本当に充実して楽しかったです。 徳洲会である以上、ハードトレーニングを期待していくのですが、茅ヶ崎は研修制度の歴史も長く研修 医が中心となって機能してきた実績があり、非常に働きやすかったように感じます。それを実感するのは 他の病院で働いて初めてありがたみを知った後でした。1 年に数人の米国人医師が 1 日から 1 週間ほどの 期間で指導に来てくれています。これもモチベーションを保つのに助けになりました。 茅ヶ崎は内科が各専門科に分かれており、その一つに総合内科が含まれる形でした。総合内科は病院や 地域、国によって定義が全く違うことをここに来て知ったわけです。幸い茅ヶ崎にはUCSF から偉大な内 科医が二人来てくださるため、それでむしろ米国の総合内科や医学教育のトレーニングを受けたいと思う ようになりました。持ち帰れば日本の医療が一段階底上げされると思わせる魅力を彼らに見たのです。 さて、研修に没頭していては留学はできません。私は、ない知恵をしぼって留学までのルートを想像し ていました。 「Step2CK と Step 2CS が残っている、英語は Step 2CS すら合格する自信がない、マッ チングの時に面接旅行で 1 ヶ月ほど休みがほしい。」偶然にもこれらの希望を全て叶えてくれる場所が存 在します。それが米国海軍病院でした。よしよし、一年目に2CK を受けて 2 年目に米国海軍病院を受験 しようではないかと安易に考えていました。CS は海軍病院にいけば何とかなると。忙しさで考える余裕 もなく、迷いがない分できないとは微塵も考えませんでした。時間に余裕があるローテーションに集中し てStep 2CK の勉強をしました。当然その科の勉強はできないので睡眠時間とあわせて犠牲を払っていた と思います。 一年の終わりにStep 2CK を受験しましたが、249 とまずまずでした。とぎれとぎれに 5 ヶ月にわたっ て、USMLEWorld を全て解いてポイントを書き出しておき、最後に一気に復習しました。勉強時間にす ると大したことはないので、臨床をかじった後だと 2CK はより点数をとりやすいのかもしれません。た だし体力的に辛かったので、当直を7-10 回/月しながらの USMLE の勉強はお勧めしません。世の中スト イックな人はいるもので、Step 1 と Step 2CK を 1.5 ヶ月ずつで連続で仕上げてちゃんと点数をとる人が いるものだから、人によってやり方は色々です。 予定通り、「2 年目に海軍病院受験する」作戦へ移行しましたが、ここでの疑問は「横須賀と沖縄、両方 に実習に行くべきか?」ということでした。両方行くと、年休暇を全て使い切るという悲しい事態になる ため非常に悩みました。逆に実習に行かずして合格を勝ち取れるのか心配もあります。どちらが良いとい うこともないので個々の判断になりますが、私は(逆に英語が堪能でないことを露呈するというリスクを おかしてでも)アピールのため実習に行くことを決心し、両方に乗り込みました。そして沖縄は成功し、
横須賀では撃沈しました。実習の評価は選考への影響は必至だと思われます。 英語の堪能でなかった私は、実習を勢いだけで乗り切りましたが、面接の前に個別英会話教室へ2 ヶ月 ほど週1 で通って面接対策をしてもらいました。本番の面接は沖縄はフォーマルで練習通りうまくいきま したが、横須賀はイレギュラーな質問が多く小手先の英語力で乗り切ろうとあがいていた私には対応困難 でした。実習に行かなくても合格した人は複数いますので必須ではありません。アピールが成功すれば面 接でプラスになるし、失敗すれば全く手応えなく終わります。 3 月 31 日まで働いていたので、沖縄へは皆より遅れて入ることになりました。2 年目になってからよう やく試験勉強から解放され、臨床に集中できる喜びに浸って何も先の事を考えていませんでした。しかし 今思えばこの時点で臨床留学が一年遅れることは決まっていたようなものでした。 海軍病院インターン時代 4 月 1 日に沖縄へ移住し、真夏かと思うくらいの晴天と青い海が出迎えてくれましたが、決して天気の ようには順調にいかない一年でした。まずUSMLE Step2CS の予定を立てる際、先に試験日を予約して いませんでした。マッチングの申込解禁が毎年9 月 1 日で(2012 年より 9 月 15 日)、USMLE の結果が でてからECFMG Certificate が郵送されるまで 2 週間かかります。つまり遅くとも 8 月中旬までに結果 がでれば間に合うのですが、Step2CS に関しては「○月○日から×月×日の間に受けた受験者は●月●日 に一斉結果発表」という形をとっており、最大2 ヶ月結果がでるのにかかるという点を知りませんでした。 4 月に予約をとったものの、すでに 7 月中旬以降の枠しか空きがありませんでした。8 月中旬に結果が発 表されるには7 月上旬までに Step 2CS を受ける必要があります。そこに予約が集中するため、4 月の時 点で7 月上旬までは予約はきれいに埋まっていました。さらに、結果の発表時期については不定期に変更 があります。私の場合、7 月中旬から 8 月下旬までに受けると 9 月中旬に結果発表となっていたものが、8 月に入ってから10 月中旬に変更になっていました。できる限り早くアプライしなければならない人達に は容赦のない変更です。言うまでもなく、この約2 ヶ月のアプライの遅れは、unmatch という致命的な結 果として自分に返ってきました。 さて、海軍病院には横須賀と沖縄と二カ所ありますが、どちらも受ける教育の内容には大差ないものと 思われます。規模は沖縄が大きく、海外の米国海軍病院では最大級と謳っています。お産は1000 件/年ほ どもあり、周辺からの産科救急も受ける能力があるとのことです。内科・外科・小児科・産婦人科・神経 内科・皮膚科・放射線科・整形・脳外科と主要科は揃っていて総合病院と呼べる規模ですが、対象の患者 は健康スクリーニングを受けている軍人とその家族、沖縄に在住している退役軍人なので、入院患者は少 なく余裕をもったローテーションを行うことになります。日中空いた時間があれば、USMLE の勉強やマ ッチングの準備など好きに使ってよいです。勤務は科にもよりますが、内科や小児科といった Inpatient がいる科の場合には、朝6 時くらいから Pre-round を行いカルテ書き、7 時から毎朝モーニングレポート で症例のプレゼンとディスカッションをし、その後8 時から指導医とラウンド。外来患者があればまず診 察してプレゼンするのがおおまかな一日になります。入院患者は1 人から 6 人程度なので、午前中には病 棟の仕事は終わり新入院がなければ 17 時を待たずして終了することも少なくありません。ありあまる時 間を有意義に利用できるのも海軍病院の魅力であろうと思います。特にUSMLE の勉強時間を確保したい 人には適しています。 私の場合、USMLE Step1 と 2CK は終わっていたので、さほど時間を割いて勉強しなくてはならない ことはなく、推薦状の入手や履歴書(CV)、Personal Statement(PS: 志望動機)などマッチングの準備 にじっくりと時間を割きました。私に限らず、自己アピール文を書くこと自体にアナフィラキシーを起こ
してしまいそうな人にとって、Personal Statement は苦痛だろうと思います。実際この PS は、自分自身 のことを書かなくては意味がないので、誰かのコピーはあり得ません。どのように書いてよいか全く分か らず、悪戦苦闘しました。指導医にも何名かに添削してもらいましたが、いい意味で心やさしい先生方が 多く、自分の書いたもののベースは変えずに、細かい所のアドバイスを頂いただけでした。この時の Personal Statement は、後に手稲渓仁会病院で update したものと比べると雲泥の差があります。その時 の自分のベストと思われるものを完成させ、その年のマッチングに使用しました。 海軍病院では、インターンは通訳をしなくてはなりません。その相手は主に軍人と結婚したが英語が堪 能でない日本人が多いです。基本的に毎年6 名のインターンが採用され、当直の人がその日 24 時間の通 訳を担当します。皆ポケベルを支給され、依頼はポケベルに届くようになっています。依頼があればその 場に出向いて通訳をします。その他、ER や病棟に AMI などのカテーテル治療が必要な患者がいる場合、 基地外の受け入れ先病院を探し、調整をつけることも業務の範囲です。逆に、軍人が基地外で病気や怪我 になり現地の病院に運ばれた場合の通訳も依頼があれば我々が担当します。(沖縄の場合)搬送や病院外で の通訳は一年を通してもさほど多くはなく、インターン一人につき一桁に収まるのが通常ではないでしょ うか。 給料は沖縄県の労働局からだされており(USNH Okinawa のサイトに額は明記されているのでそちら を参照)、マッチングにかかる費用まではなかなかカバーできないかもしれません。特に家族がいる場合、 基地内の無料の独身寮に住めず、基地外のアパートを自費で借りることになるので注意が必要です。アル バイトについては、規則上行ってよいか確認してください。休暇は2 週間/年ですが、学業や試験、実習、 面接旅行でとれる有給が4 週間から 6 週間ほどあるため、私の年は最大 8 週間の休暇がとれていました。 規則についてはその時々で変化があると思います。 有給休暇は有意義に活用すべきで、まず前提として6 人中同時に抜けられる人数は決まっています。な ので、早めに計画を立てて、一年を通じてバランスよく休暇をとる必要があります。マッチングに参加す る人は1 ヶ月+αは面接旅行に使用する可能性がありますが、夏までにアメリカへ実習に行くなど、 マッチングを成功させるためにできることは色々とあるのでそのような可能性を探るべきでしょう。米国 内の海軍病院にはつながりが強いのでUSNH SanDiego に実習に行くこともできました。マッチングにお いて米国での実習の有無や、偉い方からの推薦、または推薦状などが大きく影響してくるため、私のよう に学生時代は何も準備せずにマッチングを目指す場合は、必要なステップだと思います。 私のマッチングに話を戻すと、結局ECFMG Certificate が 9 月 1 日に間に合わないのは夏の時点で分 かっていたので、あらかじめ Match a resident や FREIDA や病院のサイトを駆使して「ECFMG Certificate is not required at the time of application」と明記されているプログラムに関しては 9 月 1 日 に申し込みをし、ECFMG Certificate を募集要項に要求しているところは 10 月下旬にアプライしました。 結果、10 月に申し込んだところからはことごこく Reject を頂き、Interview offer を頂けたのは、9 月初 めに申し込んだ3 カ所のみでした(いずれも大学の affiliation のある medical center だったが、大学病院 は皆無でした)。9 月 1 日にアプライする重要性などはまた後に触れます。呼ばれたプログラムは 20−40 の内科のポジションに対し、300−500 人程度の applicant を面接しているようでした。この年はまだ out-of-match ポジションが許されていることもあり、いずれのプログラムもマッチングの時点では残って いるポジションが5-14 席のみに減っていて、もはや絶望的でした。 もし私と同じように英語が仕事で使えるレベルなのかが不安な方がいらっしゃれば海軍病院は決して悪 くない選択肢かもしれません(直接渡米するだけの実力がすでにある方はそれで全くかまわないと思いま
す。)海軍病院に関しても普通は英語の堪能な方が来る所ですが、私の場合、海軍病院で英語を話せるよう になるために来たので、はじめは特に大変でした。まずは、ぱっと言葉がでないのでだんまりから始まり、 少しずつ単語を言うようになり、二語文を、と赤ん坊のようなプロセスをへて、文章を話すようになりま した。ここでの一年がなければ到底レジデンシーへの挑戦は無謀でした。失敗はしましたが、とても重要 な一年になりました。 手稲渓仁会病院
Unmatch と決まったのが The match day である 3 月 15 日、残念ながらポジションがなかった私はそ こから就職活動をするという荒行を行いました。幸い、同期の先生方のつてもあり、新規オープンする東 京ベイ浦安市川医療センターと札幌の手稲渓仁会病院が、臨床留学を支援してくださる候補として挙りま した。どちらも、面接旅行に行く休みをまとめてとらせてもらえるということで似通った条件でした。東 京ベイは、米国専門医を持つ指導医達をそろえ、4 月から後期研修医を採用するということもあって、3 月末に面接に行ったときにはまだ研修医はだれもいませんでした。病院は新築でとても綺麗だったのを覚 えています。4 人の先生方に面接して頂きましたが、いずれの先生も同じ形式に当てはめて標準的な評価 ができるようにとの方針で質問されていました(そのように説明をうけましたので)。 手稲渓仁会病院では、総合内科で指導医をされている3 人の先生方から面接というよりは面談をして頂 き、いずれの先生方も「これから君には何が必要で、渓仁会病院で何を得られるのか」について質問され ていました。今後のアドバイスも多く頂きました。どちらも働いたことがない病院なので比較ができませ んでしたが、札幌という場所や指導医の人柄が素敵だったので手稲渓仁会病院で一年お世話になることに 決めました。ここでは、University of Pittsburgh の指導医が年に数回視察に訪れ、研修医を対象にしたリ サーチも行ったりと深い交流があり、また米国人医師が一年を通して常駐されており英語でのカンファレ ンスや、Step 2CS の指導、Personal Statement の添削も行ってくれていました。年によって米国人医師 は変わる可能性があるが、その先生にはPersonal Statement を抜本的かつ批判的に評価・助言をもらい、 劇的にやりたいことが伝わる内容へ変貌したように思います。Personal Statement はマッチングでの重要 な要素なので完璧なものを目指したい所です。 札幌へ移住し思ったのは、涼しい、スーパーの刺身が美味、都会でありつつ、遠出をすれば多くの自然 があり、便利で住みやすい地域であることです。手稲は札幌の端ではありますが、JR で 10-20 分で札幌 駅まで行けるため車がなくても全く不便はありませんでした。雪国経験がないので冬は最大の問題でした が、マンションに住めば雪かきをする必要もありません。部屋には大抵備え付けの灯油式の暖房がついて おり、灯油は自動的に供給されているため、自分で灯油を入れる必要もなくなっています。ちょっとした 感動を覚えました。手稲は特に雪が多く、路面がカチカチに凍っていることもありますが、そのような日 を除けば生活に不自由はありません。手稲山はなかなか良いスキー場で、パウダースノーでのスキーを満 喫することも可能です。インドアな我々夫婦は、一度スノーボード教室でインストラクターに教えてもら いましたが、2 時間かけて一度リフトに乗って初級者コースを滑っただけで満足し終了しました。 渓仁会病院では、総合内科後期研修医は週一の外来と総合内科・感染症科のInpatient のローテーショ ンを軸に、他の内科や、ICU や麻酔科などを選択してローテーションします。手稲渓仁会病院の周辺には 大きな病院がないため、遠い北海道の田舎からも重症患者が集まってくるのが特徴で、ICU でなくとも救 命病棟で重症患者を多く診る機会に恵まれています。内科は指導医一人、後期研修医2 人程度、初期研修 医2,3人のチームでチーム別に患者を持っており、一つのチームで10-15人程度の患者を治療しています。 比較的回転も早く米国に近いシステムではありますが、患者数としては多くはないので、一人一人の患者 の問題点について、毎日後期研修医・指導医とのディスカッションが多く、考える力や知識がつく点がい
い点だと感じます。初期研修でめまぐるしくCommon disease を診てきた私にとって、そのようなディス カッションや指導は羨ましくもありました。Common disease の management や variation という意味で は多くの患者をみたほうがよい面もあるので一長一短ではあります。
正式な後期研修コースとは異なり一年間渡米を目標に採用いただいたので、幸いにも、1 ヶ月の University of Pittsburgh Medical Center Shadyside での内科実習や 1 ヶ月の面接旅行といったことも特 別に許可を頂きました。近年、米国では外国人医師(学生はよい)の実習を厳しく制限する流れにありま すので、コネクションなしでは実習できないことが多くなっています。University of Pittsburgh での実習 も、札幌での面接の際に、UPMC の指導医は親日家なので実習できるか頼んでみる価値があると聞いて いたので、初対面ながら実習できないか聞いた所、「いつ来たいのか?」と即答して頂けました。採用の際 にここらの話は詰めておかないと実現不可能なことも多いと思われますが、逆に目標がはっきりしていれ ばそれをサポートしてくださる所は、他の病院ではなかなかあり得ないのではないでしょうか(同様のサ ポートが受けられる可能性のある病院は東京ベイや沖縄にも存在しますが)。あくまでこれらのことはケー スバイケースで条件が決まると思うので注意してください。 UPMC Shadyside はピッツバーグ大学病院の分院にあたり、大学関連の市中病院の位置付けで、わず か数年前まで外国人の多いプログラムでした。手稲渓仁会からも毎年のように採用があったのもその時の 話ですが、正式にピッツバーグ大学のプログラムの一つになり、なおかつ卒業生のフェローシップマッチ も優秀であったことから、米国人受験者も多くなり、2012 年度はインタビューに呼んだ 75%は米国人学 生とのことでした。日本人で面接に呼ばれた(実習中に面接までしてもらったのですが)のは私だけだそ うなので、いよいよ外国人にとっても厳しくなってきています。渓仁会とのつながりはまだ途絶えること はないと思われますので十分に活用して日本人からもレジデントを輩出して頂きたい所です。 マッチング 不幸にもマッチングを2 年連続で行うことになったので、経験談を記します。2012 年度から、全米で プレマッチ制度が禁止になったことから、N program へアプライする方の中にも同時にマッチング参加す る必要性はさらに増したと言えます。しかしマッチングは時間とお金と労力を莫大に使用するため、マッ チングイヤーを設定したらそれに向けて全力で準備と面接を行う必要があることを覚悟してほしい。時間 に関しては、ERAS への申込み、推薦状の確保、CV の作成、良質な Personal Statement の作成、アプ ライするプログラムの検索、(できれば)募集要項の確認、面接の練習と回答案の準備、インタビューオフ ァーへの返信と日程調整、面接旅行の計画と飛行機ホテルの予約、面接旅行のためのまとまった休暇を半 年以上の時間をかけて行うわけですが、日本で働きながらアプライするとあっという間に時は過ぎるもの です。お金については、約1 万円する ERAS Token の購入から始まり、プログラムへのアプライが(私 のように180 カ所ほどだと)40 万円以上、旅費で 40 万から 100 万円(行く期間などによる)程度、もし セカンドルックや実習を行う場合、さらに消費するため軍資金はあらかじめ貯蓄しておく必要があります。 マッチングへの参加 マッチングへ参加するには、毎年5 月か 6 月には ECFMG がその年のマッチングの予定表を update す るため、まずはECFMG のウェブサイトをチェックします。ERAS Token が購入可能になったらネット 上で購入して、それからMyERAS への登録解禁日から各情報を登録していきます。ERAS の登録は面倒 ですが、難しいことはなく、全てサイトをみれば必要な情報は手に入るはずです。おそらく注意すべきは、 推薦状は書いてもらう人をERAS で登録して Finalize すると、その方へ Email が送られ、それに添付さ れたリンクから直接推薦者が打ち込むかupload するかして登録することになることです。したがって以 前入手していた推薦状があっても、アプライする年にあらかじめ「アプライするので、Email がきたら 8
月までに upload してほしい」とお願いしておく必要があります。こればかりは自分ではどうにもならな いので、推薦状のためにDay1 でのアプライが遅れないようにしなくてはなりません。
どこにアプライするか
内科の場合、300 も 400 もプログラムがある中いったいどこにアプライすべきなのか途方にくれた記憶 があります。一年目は色々とMatch A Resident や FREIDA でリサーチして自分の条件に合いそうな 60 カ所ほどを選んでアプライし、3 カ所から面接に呼ばれました。いずれも program director からの面接は なく、選考に深くかかわっているのかも分からないfaculty からの面接だけでした。2 年目は、どうしても アプライする気になれなかった少数の大学病院のプログラムを除いて、ほぼすべての大学病院のプログラ ムにアプライし、都市圏にある大学関連病院と市中病院にも相当数アプライしたので、180 カ所ほどに上 りました。そして13 カ所+αから面接のオファーがありました(ERAS に登録してあるプログラム なのに、今年はmatching から降ります、と言ってきたプログラムが 2 カ所ほどありました:そういった プログラムは全てのポジションをプレマッチで埋めることになります)。後悔のないようにするためには、 金額を気にせずできる限りのプログラムへアプライすべきだと思います。オファーが来てから受けるかど うかは考えればよいのです。1 ヶ月の面接旅行の休みしか頂けないので、大学病院と大学関連病院、大き なmedical center を中心に面接予定を組み、UPMC をいれて計 8 カ所受けることにしました。大体週 2 か、週3 で面接が組められればよいのですが、プログラムが提示してくる空きスポットに限りがあるため、 全てうまく組めるわけではありませんでした。 ランキングされるためには 面接に呼ばれてもProgram DirectorかProfessorレベルの影響力のある方が面接をしてくれなければい い位置にランキングされる可能性は低いと考えられます。大体 10 カ所ほど面接すればどこかにはマッチ すると言われていますが、なかには呼ばれた箇所が少なくてもマッチされた方もいらっしゃるので、諦め る必要はないようです。その場合、面接後にセカンドルックをしたいとコーディネータに申し出れば許可 がおりることが多く、改めて見学に来た際にプログラムディレクターと面談しアピールすればよいようで す。私の場合、UPMC Shadyside の Program Director や選考委員の指導医とも一緒に働いたので、面接 開始時期より前であったが、面接にまた来なくてよいと言われました。しかしUPMC Shadyside は有力 候補だったので、一月の面接旅行時にアポイントをとりディレクターに再度「他の病院もみてきたがやは りUPMC は自分のゴールに一番合っている」などと訴えたものでした。来なくてよいと言われたのに行 くことに関して抵抗がありましたが、米国帰りの指導医からは絶対に行くべきだと勧められましたし、実 際わざわざ会いにいくと大層歓迎されました。結局UPMC は第 2 志望なのでマッチ圏内にランキングさ れていたかは不明ですが、2 年目のマッチングは手応えが全く違っていました。コネクションや情報は可 能な限り活用して正解でした。他にも知り合いの米国人医師または米国専門医を持つ日本人医師がいれば、 知り合いのいる病院のお偉方やDirector に推薦の連絡をしてもらう方法もあるようです。また、日本人を 贔屓にしているプログラムもあるので、そのようなプログラムへは重点的にアピールすると良いと思いま す。例えばOHSU(Oregon Health & Science University)は京都の病院と交流があり、日本人を 数年に一度のペースで採用しているようです。実際面接に行きましたが、親日家のprofessor が一時間に わたり面接してくださり、手応えがありました。やはり今年も、OHSU には日本人が採用されています。 後は、可能性が低くてもAcademic program、特に大学病院のプログラムは幅広く応募すべきであろうと 思います。私の海軍病院時代の同期は、大学に関わる医師からの強い推薦が必要という募集要項を満たし ていないにもかかわらず、University of Washington(UW: シアトルにある名門大学)から面接オファ ーを頂き、preliminary ながらマッチしました。その後レジデントへ昇格して結局 categorical と同じコー スに進んでいます。諦めずに多くアプライすることは大事だと思われます。
Day1 にアプライする重要性 これはよく言われていることですが、私は1 年目に 1 ヶ月半以上経ってアプライし、2 年目に Day 1 に アプライしてその違いを目の当たりにしていますので、強調しておきます。実際、アプライしたプログラ ムが多いことよりもDay1 に申し込んだことが多くの面接オファーを 2 年目に受けた要因だと実感してい ます。私の履歴書や能力が一年で飛躍したわけではないのです(ピッツバーグの実習とStep3 の追加はし ましたが)。 2 次募集
Unmatch になった受験者を対象にした SOAP と呼ばれる post-match スクランブルについては前年度 より、全てオンラインでの申し込みになりました。申し込むスケジュールが決まっていて、アプライでき る数がSOAP 期間を通じて 45 カ所と決まっています。申し込んだら基本的にはプログラムからのメール を待ち、国外に居住の外国人の場合、面接は電話で済ませてしまうケースが多いようです。こちらからプ ログラムへの連絡は禁止とされていますが、私を含めほとんどの人は直接電話するか指導医に電話して頂 いているはずです。私の一年目のマッチングはどこからも連絡はなく終了しました。 最後に どんなに今の自分が臨床留学からはほど遠い存在だと感じられたとしても、渡米のために踏むべきステ ップは偉大な前人達によって十分に整備されています。まずは大きな目標を掲げ、その途中ないしは最終 地点に米国でのトレーニングが入っているのであれば、その時が臨床留学の準備を本格的に開始する時な のだと思います。様々な道があり、私のように地道に長い年月をかける人もいれば、一年で全てを終わら せる人もいます。自分にどんな方法が合っているかというよりは、自分の今置かれている状況によってや り方が決まってくるはずです。米国のレジデンシーというのは日本の臨床研修と同じくあくまでスタート 地点にすぎません。これからまた、3 年先を見越して準備と努力を積み重ねていく必要があります。毎回 同じプロセスの繰り返しです。渡米への準備を進めていくうち、思わぬ収穫もありました。様々な価値観 や文化にさらされたせいか、私は研修医の時には1 週間病院に寝泊まりしても平気でしたが、今では家族 との時間を大切にするようになりました。今後の仕事の成功には良くも悪くも影響するでしょうが、人生 の幸せにはとって変えられないものだと確信しています。これから米国臨床留学を目指す人は、現状のま までは10 年後には米国人卒業生だけで全てのレジデンシーのスポットが埋まってしまう計算になると予 測されているので、常に新しい情報を仕入れながら遅れることなく切符を手にできるよう準備して頂きた いです。N program は全米のプレマッチ禁止という波でどうなるか心配されましたが、今回、おそらく全 米でも過去最多であろう、一学年に日本人が7 人入るという結果となり、今後続く日本人医師達への希望 になってくれると信じています。