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言論の自由の価値と裁判所の役割(1)--リー・C. ボリンジャーの『寛容な社会』を素材として---香川大学学術情報リポジトリ

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香 川 ! 大 学 経 済 論 叢 第63巻 第4号 1991年3月71-123

言論の自由の価値と裁判所の役割

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ボリンジャーの 『寛容な社会』 を素材として一一

はじめに 第一章 「寛容の一般理論」の内容 第一節 イントロダクション

第二節 自由に囚われていないか(以上本号) 第三節 「古典モデル」とその限界 第四節 「要塞モデル」とその限界 第 五 節 寛 容 な マ イ ン ド を 求 め て 第六節 寛容行動が引き起こす精神作用の弁証 第 七 節 線 引 き , そ し て , あ い ま い さ の 美 点 第 八 節 正 し い 意 見 の 探 求 第九節 「覚容の一般理論」のアジェンダ 第 十 節 小 括 第二章 合衆国における「寛容の一般理論」の評価 第一節他の「寛容モデ、ル」との相違 第二節 ブラッシィの立場 第三節 ローゼンフェルドの立場 第四節 ネーゲ、Jレの立場 第 五 節 オ ー ク ス の 立 場 第六節 小括ーボリンジャーの反論 第三章 「寛容の一般理論」の検討 第一節 ボリンジャー理論の理解のために 第二節 言論の自由の価値と裁判所の役割 第 三 節 小 括 おわりに

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616 香川大学経済論叢 -72 はじめに たとえば経済 我々はできるかぎり自己の信念に添うように生きたいと願う。 自己の信念のもっとも確実な表明方法である行動(言 論活動と区別される行動)を通じて,我々は確かにある程度まで自己の信念に 忠実に生きることができるかもしれない。だが行動は常にその正当性を要求す 活動・政治運動のような, どんなに個人的な一人の行動であっても, 今日の社会状況は, とりわけ, る。 もし我々がその行動を確実に遂行 多くの場合社会的な意義が付与されており, 自己の行動に対する社会または他者の評価に無頓着では したいとJ思うならば, 自己の行動の社会的意義または正当 いられないからである。他者を意識せず, たとえ外見上より自由に行動しているようにみえた 性に無関心でいることは, としても,決してより自由な行動を保障するものではないで、あろう。それどこ 自己の信念に反する他者の発言に対して行動ではなく言論を以 ろか,我々は, て何らかの対応をしないことがかえって自己の信念に反する問題設定(それを の成功に手を貸してしまうという状況に置かれている。 その結果,我々は自己の信念に反する行動を自己に強いる可能性を持 ここではこのような社会状況をひとまず大衆社会と呼ぶことに つことになる。 我々はこの大衆社会の状況のもとでできるだけ自己の信念に忠実に生きるた めにどの問題設定(それを前提にした意思決定)が適切で、あるかを総合的に判 前提にした意思決定) そして, する。

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-この意味におい 断する専門集団を必要とする。それがジャーナリズムである。 今日においてもなおジャーナリズムの言論・報道の自由をいかに確保する て, わが闘をは じめ他の諸国に見られる国家権力による言論抑制の歴史は,政治的意思決定過 程にとくに監視の目を向ける役割を担った報道の自由の機能を強調せずにはお しかも, かという問題は言論の自由の中心問題といえるであろう。 かなかった。 ここで我々はこの言論・報道の自由が,単に国家を含めた他者の干 渉のないことを自由と捉える, いわゆる消極的自由を意味するものではないと しかし,

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617 言論の自由の価値と裁判所の役割(1) -73-いう指摘を忘れてはならないであろう。すでに,福田歓ー教授は,

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年代に 発表した論文においてファシズムの時代を経由した世会では,ジャーナリズム の「言論・報道の自由」は,単に他者からの拘束のないことを意味する消極的 な自由に止まるものではなく,国民大衆の「報道への権利」を内実とするもの でなければならないと述べている。そのうえ,さらに適切にも,マッカーシズ ムの洗礼を受けたのちの社会においては r思想・良心の自由」さえも消極的な 自由ではあり得ず,各時代の体制が作り上げる「体制内の自由」の持つその幻 想から自由であること,つまりエドモンド・パーク (EdmundBurke)のいう「偏 見(preiudice)Jからの自由でなければならないと指摘した。 この報道機関の「言論・報道の自由」から国民大衆の「報道への権利」への 転換は,それに対応する憲法上の議論を生み出した。その理論に相当するのが, 国民の「知る権利」論や「マス・メディアへのアクセス権」論といわれるもの である。前者の理論は,政府情報だけでなく,マス・メディアの情報や企業情 報に対する国民大衆の権利を構成する可能性を持つ。だが,実際の意義は,政 府情報への開示を要求する権利,つまり,いわゆる情報公開政策という施策を 理論的に支えるところにその意義があったように思われる。他方,後者の「マ ス・メディアへのアクセス権」論は,情報の聞き手に強いられた国民大衆が, その言論の場としての日刊新聞・テレビ・ラジオなどのマス・メディアにおい て自己の見解を表明することを国家権力が保障すべきことを提唱する。この理 論は,聞き手に追いやられた国民大衆が送り手に復権することを確保するとい う点で独自の意義はあるものの,国民大衆の側に立った報道を実現するための マス・メディアの編集権・編成権の保障と国民大衆の言論の機会の確保をいか にバランスすることが全体として国民大衆のための報道の自由を確保すること になるかという難題を抱えており,この理論を基礎とした具体的な施策は前者 の理論と比べ立ち後れているといえるであろう。 (1) 福田欽一「偏見からの自由と報道への権利J(上) 思想・言論の自由の現段階につ いて一一一Jr世界~96 号 (1953 年 )67-87 頁,同「偏見からの自由と報道への権利口一一ファ シズムとの闘争について一一Jr世界J98号(1954年)148-60頁,同「自由の国から恐怖 の国へー-i扇見からの自由と報道への権利目Jr世界~ 101号(1954年) 130-50頁。

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-74- 香川大学経済論叢 618 いずれにせよ, これらの理論は自発的な言論を国家権力から保護するという これまでの言論の自由論に,いわば接木をしたに止まり,確かにどちらも聞き 手の立場からの新たな権利を構成し,言論の自由を促進する具体的な施策を提 供したという点で大衆社会に対応した一歩踏み出した議論であると思われる カヨ, その意義と限界は, これまでの言論の自由論の一部修正としてのそれであ ることは歪めないで、あろう。 それでは,我々は言論の自由の領域では冒頭で述べた意味での大衆社会にお いても国家権力からの自由を標傍する,いわゆる近代的な言論の自由論を堅持 し, ただその一部修正に望みをつなぎそれ以上求めずに満足すべきなのであろ うか。 ここで,私は,先の福田教授の言葉に触発されて次のような可能性があるの ではないかと自問したい衝動に駆られる。すなわち,消極的自白としての思想・ 良心の自由とやはり消極的自由としての言論の自由が不可分一体であると考え られてきたように, 今日の社会状況では,消極的自由ではなくなった「偏見か らの自由」と不可分一体となった i報道への権利」とは異なる言論の自由の新 たな概念があり得るのではないだろうか。 残念ながら, 日本の言論の自由に関する議論では私が調べたかぎりではこの 疑問に答えてくれる見解をみつけることができなかった。いやむしろ, 日本の 社会では依然として近代的な言論の自由を堅持することこそが急務であり i報 道への権利」 となった言論の自由にさえもあまり期待できず, 日本の議論にお いて新たな概念の探求自体がないからといって残念がる必要もないといわれる かもしれない。そこで, やむなく外国に目を転じるならば,私の疑問に答えさ らに「言論の自由」の新たな概念を追求する見解を言論の自由の価値を問う原 理論の議論がいまなお盛んなアメリカ合衆国において,見い出すことができる。 その見解は i寛容の一般理論

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と命名されて いるものであり,ミシガン大学教授のリー

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ボリンジャー

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によって『寛容な社会一一ーアメリカ社会における言論の自由と過激派の言論 一一』という著書の中で展開されたものである。

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619 言論の自由の価値と裁判所の役割(1) 75-彼の理論は,私の理解するところによれば,第一義的に大衆社会における言 論の自由の概念を追求するものであり,多くの点でこれまでの理論からの根本 的な転換を意味するように思われる。それは何よりもまず言論の自由の価値に ついての転換であり,さらには,言論の自由を保障するうえで裁判所の果たす 役割の転換でもある。もちろん,この二つは一つのものであり,一つの理論の いわば裏表の関係にある。一方は言論の自由の保障制度において実現されるべ き価値に関わり,他方はその価値を保障する制度についてである。ここでは裁 判所の役割に関する転換を若干説明することによってボリンジャーがこれまで の言論の自由論からいかに根本的な転換を試みているかを予告しておくことに する。 これまでの裁判所による言論の自由の保障制度では,言論の自由の訴訟を提 起すること自体言論者にとってマイナスと考えられていたが,ボリンジャーの 理論は裁判所の訴訟過程自体を国民大衆の言論の場として理解する。しかも, 裁判所に出訴するのは自発的な言論を抑制された言論者ではなく,自発的な言 論者による言論に我慢できない聞き手であり,さらに言えば,言論者の既存の 言論に何らかの対応を行わないならば自分の見解を第三者によって誤解される という意味でその言論に我慢できないと感じた聞き手である。この聞き手が裁 判所を言論の場として利用することになる。 さらに,裁判所で争われる争点、も根本的に変らざるを得ない。これまでの制 度では自発的な言論者とその言論を抑圧する者というこ者構造において言論の 自由をめぐる争点が形成された。つまり,言論抑制の根拠が正当であるかどう かであり,言論者は根拠のない抑制・規制であることを主張し,他方言論抑制 者は根拠のある言論抑制・規制であることを主張した。それに対して,新たな 理論は三者構造において争点、を形づくる。その三者とは,自発的な言論者,そ の言論に同じ言論による対応をしないことが第三者による自己の見解の誤解を 招く危険にさらされた聞き手,そして,そのこ者以外の第三者である。ここで

( 2 ) Lee C Bollinger, The Tolerant Society: Freedom of Speech and Extremist Speech in America (1986)(以下,第一章において本書の引用の際には本文中に頁数の みを記す。)

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76- 香川大学経済論叢 620 の争点は,他者の言論に対する態度として訴訟を提起した間き手が採った態度 が適切であるかどうかである。聞き手は,自己の信じる寛容な態度に照らして 問題となった言論に沈黙することがいかに第三者による自己の見解の耐えられ ぬ誤解を招くかを主張し,それに対して,自発的な言論者もやはり自己の支持 する寛容な態度に基づいて自己の言論が訴訟を提訴した聞き手に対して耐えら れるほどの誤解を第三者に与えていないことを証明する。 このような争点の相違の結果,裁判所が最終的にくだす判決の内容も当然 変ってくる。前者では,法的な議論に限定して言論抑制の根拠があるかないか を判断するのに対して,後者において裁判所は具体的な事件に妥当するあるべ き寛容な態度を説明し,問題となった言論をその聞き手が寛容に扱うべきで あったかどうかを判断することになる。 このように,裁判所自体を国民大衆の言論の場と捉えるという発想は,言論 の自由の訴訟を提訴する者やそこでの争点,さらに裁判所がくだす判決内容に も変化をもたらすだけでなく,先に指摘したように,重大なことに,言論の自 由の価値についての転換をも引き起こす。この点については第一章で詳しく紹 介することになるが,この価値の転換は,先に述べた福田教授がいう「偏見か らの自由」に対応した,大衆社会における言論の自由の新たな概念を示唆して いるように思われる。 そして,現実に起っている言論の自由をめぐる諸問題もこの価値の転換や裁 判所の役割の転換を暗示しないわけがないであろう。たとえば『ちびくろサン ボ』の絶版をめぐる事件は,言論者と言論抑制者の二者構造では捉えられない 争点を指し示しており,先の三者構造によってはじめて捉えられた現実の真の 争点をできるかぎり合理的に議論する場の必要をよく示していると思われる。 これについて本稿の第三章において触れる予定である。 以上のように,ボリンジャーの理論は,これまでの理論の単なる一部修正で はない。しかし,だからといってこれまでの理論の全面的な否定でもない。彼 が自説を展開する前にこれまでの理論をモデル化しその意義と限界を説明した (3 ) 径書房編 nちびくろサンボ」絶版を考える.il(1990年)。

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621 言論の自由の価値と裁判所の役割(1) -77-のも,自らの理論がこれまでの言論の自由論を継承し発展させたものであると 理解するからである。だが,この理論はこれまでの言論の自由論に慣れ親しん だ人にとって理解し難いかもしれない。いや,それどころか大衆社会における 言論の聞き手のために社会的に重要な問題を公的に議論する言論の場として裁 判所を捉え直すという発想は,裁判所という国家権力の一つの装置に対してあ まりに楽観的な評価を前提とするものであり,ましてや言論の自由という内心 の自由に匹敵するほどの自由の領域においてそのような主張をすることは論外 であると言われるかもしれない。実際に,第二章においてみるように,アメリ カ合衆国の議論においてボリンジャー理論の評価が消極的なものに傾いている ことも事実である。 だが,かりにアメリカの議論の多数派の評価が妥当であるとしても,この理 論はおそらくこれまでの言論の自由論が前提とした主要な仮説に対して本質的 な点検を迫るものであり,一度この理論の持つ問題意識を正しく理解するので あれば,たとえそれを支持することができなくとも,この理論との対決から自 己の支持する理論にとって生産的な議論を引き出すことができるのではないか と信じる。 本稿の目的は,日本において本格的な紹介のなされていないボリンジャーの 理論をできるかぎり正確に紹介し,さらに彼の理論をめぐるアメリカ合衆国の 議論を踏まえたうえで最終的にこの理論を評価することである。そのために, 次のような順序で論を進める予定である。まずは,第一章において彼の理論を 紹介する。ここでは彼の著書の構成に沿ってなるべく彼の言い回しに忠実であ ることを心掛けたい。つぎに,第二章ではボリンジャーの理論がアメリカ合衆 国の議論においてどのように評価されているかを概観する。その際,言論の自 由の価値を寛容という価値に求める他の「寛容モデル」とボリンジャーの理論 の相違から話を起こすことにする。そして,そののちに彼の理論を支持しない 幾つかの見解を取りあげる。それには権力論からの批判,寛容論を中心とした 批判,さらに裁判所の役割論からの批判があり,それらの批判に対するボリン ジャー自身の反論も最後に触れることにしたい。そして,第三章では,最終的

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78十 香川大学経済論議ー 622 な結論として前章のアメリカの議論を踏まえ,日本の議論の文脈の中でボリン ジャーの理論を評価するつもりである。そのためには,日本の示唆に富む議論 を参考にしてボリンジャー理論の理解を深めることが不可避であると考える。 そこでは憲法学に限らず,自由社会のエトース論を展開する近年の法哲学の議 論や他の分野の業績に依拠することになるであろう。そして,最終的に,この アメリカ産の「寛容の一般理論」が日本社会においても通用するものであるか どうかを

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食討したい。 第一章 「寛容の一般理論」の内容 ここでは,ボリンジャーの著書『寛容な社会』を紹介する。本書は次のよう な章立てで展開される。それは,イントロダクション,第一章 自由に因われ ていないか,第二章 「古典モデル」とその限界,第三章 「要塞モデル」とそ の限界,第四章寛容なマインドを求めて,第五章寛容行動が引き起こす精 神作用の弁証,第六章線引き,そして,あいまいさの美点,第七章正しい 意見の探求,第八章 「寛容の一般理論」のアジェンダ,の以上である。 第一章は,アメリカ社会において法的議論としてはこの数十年の聞かつてな いほどの論議を巻き起こした具体的な事件 (Skokie事件)を取りあげ,近代的 な言論の自由論が持つ真の問題がどこにあるのかを明らかにする。つぎの第二 章と第三章は,この近代的な言論の自由論をアメリカ社会の歴史に照らして幾 っかに類型化し,それらのモデルの意義と限界を説明する。第四章から第七章 までは,本格的に自説を展開するところに当たる。ボリンジャーは自説の展開 において大きく二つの問題を扱い,第四章・第五章では言論の自由の価値を論 じ,次の第六章・第七章では言論の自由を保障するうえで裁判所が果すべき役 割について論究する。最後の第八章は,ボリンジャーの理論がアメリカ社会に おいて登場するに至る社会的な背景とこの理論のこれからの課題を説明するこ とによって,本書を締め括るものである。 第一節 イントロダクション ボリンジャーは,第一章以下の本論にはいる前にイントロダクションとして,

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623 言論の自由の価値と裁判所の役割(1) -79一一 彼が提唱する「寛容の一般理論」がこれまでの伝統的な言論の自由論とどのよ うに異なり,どのような特徴があるかを説明している。彼によれば,今日の社 会状況は言論の自由に新たな社会的機能を付与しており,それを把握し得た理 論が自説の「寛容の一般理論」であるということになる。そして,彼はこれま での伝統的な言論の自由論がなぜ、この新たな社会的機能を理解することができ なかったかを説明する。それにはごつあり,一つは言論の自由を説明する理論 のレトリックに関わるものであれもう一つは言論の自由が担会全体に及ぶ、統 合的,文化的な役割と法的な領域での役割との相互関係についてのものである。 前者から説明することになる。

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言論の自由論のレトリックに関わる問題 ボリンジャーは,本書が生まれるに至った発端が,言論の自由の今日的な概 念を説明し理解するために作られた近年の理論に対する不満にあったと述べ る。しかも,過激派の言論が争点となった事件にその理論が採用されたとき, その不満は一層募ることになる。「政府の暴力的転覆の唱導,公然の狼褒な発言, 人種的・宗教的集団に対する差別発言などの破壊的・反社会的な言論活動につ いて,アメリカ社会は,他の社会には例を見ないほどの過度の保護を与えると いう原理を作り出してきた。合衆国はなぜそうすべきなのか。そのような行動 様式をとることによってこの社会は何を得るのかあるいはどんな考えを得るの か。J

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頁) 彼によれば,この原理の歴史はそんなに古いものではなく,

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年代に遡る ことになり,その後言論活動を保護する法システムが形成されてきた。現在で は言論の自由の内容を画定する修正第一条の法理は多くの諸判例,学術論文, 書籍からなっている。その法理はドラマティックに成長しており,今日,多く の分野に分化している。

(3-4

頁) またボリンジャーによれば,伝統的には,修正第一条に関する思想の核心に は過激派の言論を保護するかどうかという問題があった。なぜ、過激派の言論を 保護すべきなのか。この問題が, ~修疹正第一条の近代の (mo吋de臼ぽr叫研究のノパT ツク ボ一ンを形づくつている。テレコミュニケイションの技術の変化が社会を飛躍

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80ー 香川大学経済論議 624 的に変貌させてことを約束する(別の視点からすれば,脅威を与える)とき, さらに,その過程で多過ぎるほどの言論及びプレスの自由の争点を引き起こし ている時代においてもなお,ラディカ1レな言論または過激派の言論について, 何ができるかという基本的な問題が修正第一条を考えるうえで第一位のアクセ ス・ポイントを提供し続けている。「過激派の言論は我々の言論の自由の基礎概 念が案出される

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(4-5

頁) 伝統的な法的分析においては文言とそのオリジナルな意図がその意味の第一 義なソースとして扱われてきた。しかし,文言とその源義が修正第一条の原理 の実際上の発展と少ししか関係していないというのも修正第一条の歴史が示す 通りである。そのうえ,憲法についてはオリジナ/レな理解にあまり拘束されな い理由が存在する。つまり,我々はその時代時代の必要に応じることのできる 基礎的な人権宣言をもつことを望むことができるからである。修正第一条の文 言はその第一印象ほど絶対的なものではない。我々はその文言を越えたある理

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625 言論の自由の価値と裁判所の役割(1) -81 論的指針の必要を悟り,その文言に付与する意味の排除と包摂の決定過程に従 事しなければならない。

(5-6

頁) ボリンジャーは,以上のように,立法過程の意思決定と明確な境界を画せる ほどに解釈過程・法的推論過程がその文言・源義に拘束されるものではなし そのことが修正第一条の解釈においてよりあてはまると主張し,現在の裁判 官・法学者が置かれている状況を次のように表現する。「真実のところ,裁判官 や法学者は,修正第一条のあり得る解釈の海原に漂流させられているというこ とであれそして,彼らは明らかに論理的にもっとも浮力の少ない外観をもっ, 手の届くところにある何かを掴む傾向がある。J

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頁) しかし,ボリンジャーは,このように表現したとしても,その状況は言論の 自由を定義する過程が知的基礎(foundation)または無欠性(integrity)を持っ ていないということを意味するものではないと述べ,その過程がまえもって決 まっておらず,固定的なものではないということを意味するものであると判断 する。「現在行われているその過程は,伝統的なコモン・ローのシステムにおけ る法原理の展開に似ている。多くの裁判所や裁判官が,特定の紛争(disputes)の もつれ(tangles)を通じて自らの論理の道筋(way)を論証しようと企てている。 その紛争のもつれは比較され,検討され,時を経て経験の集合体となる。この ような過程においては,経験と時が正当性を立証する偉大なものであり,より 高次の意味を提供するものである。十分に判読できない過程を通って,司法の 法廷意見やその他の書き物における様々な陳述の断片,さらにそれらの陳述が 作られるところの事実に関する話術(factualnarratives)は,日々増大する資料 の中から引き抜かれる。それらは,聖書の重要性に近い地位を持った高次のテ クストの地位にあり,この領域の首尾一貫した知的評価を提供しようとするど んな人も通常それらに言及する。」 ここで,ボリンジャーは,修正第一条の解釈過程をコモン・ロー・システム における法原理の展開に酷似していることを指摘するが,そのこと自体を問題 にせず,ただ言論の自由の原理に関する法廷意見や書物などに依拠して行われ る解釈過程におけるレトリックの側面に注意を向ける。しかも,彼がそうする

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82 香川大学経済論叢 626 のは,そこで使われている

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世紀にまで遡ることのできる言論の自由の原理に 関するレトリックが,この原理の社会的機能の理解を妨げていると判断するか らである。ボリンジャーはそのことを次のように説明する。「このような過程は, 自由な言論という理念によって実現される社会的な諸機能の認識を発展させる という我々の努力を紛糾させるであろう。その簡いにかける (winnowing)過程 は,自由な言論の事件のもつ流動性 (ftux)に与えるべき意味のある種の不自然 ふ過度のこぎれいさを残してしまい,その不自然さ,過度のこぎれいさは, ある交響曲を説明しようとするプログラムの注釈に我々がしばしば感じる不満 感と同種のものを生む。そして,そのレトリック自体はそのままでありながら, その社会的な諸機能が変化しているのであり,その結果そのレトリックは,社 会的な諸機能の理解を妨げ,それに注意を逸らすことになる。J (6頁) もちろん,このボリンジャーが指摘したレトリックに対する不満は,当然こ れまでのレトリックでは捉えられない,あるいは捉えることの困難な言論の自 由の原理の新たな社会的機能が存在することを前提してはじめて主張し得るも のである。彼は,その存在を次のように示唆する。,...自由な言論の原理の発 展史は,数世紀前までに,つまりジョン・ミ/レトン(John Milton)が『アレオバ ディチカ (Areopagitica)~のなかで言論の自由の有名な擁護論を著した少なく とも

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世紀にまで遡る。自由な言論の現代的なレトリック,つまり,その原理 についての考えやそれについて話すときに使われる文言や言葉づかいは,数百 年以前に書かれた書き物に驚くほど依拠している。だが,言論の自由の概念の 社会的・政治的諸機能がこの数世紀を通じて非常に変化してきたということは かなりあり得ることであり,それどころか,その蓋然性は高い。未聞の地(wil -derness)という概念が,今日の高度に都市化され組織された社会においてより も,今世紀の初頭の移住者にとって個人的にも社会的にもある別の意義(signif -icance)を持っていたように,自由な言論の原理も新たな意味(meanings)を獲 得したとしてもおかしくない。したがって,自由な言論の今日的な意義を理解 するうえで,我々がかつて自由な言論について話すときに使っていた一連の言 葉の連続性から,現実の意味の連続性を憶測してしまうように誤って導かれる

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627 言論の自由の価値と裁判所の役割(1) 83ー という深刻な危険が存在する。J (7頁) ここで,ボリンジャーは17

18世紀あるいは19世紀の言論の自由に関する 偉大な古典に依拠することによって言論の自由の意義を導き出すことの危険を 指摘する。それは今日の社会に対応する言論の自由の新たな社会的機能の存在 を前提とするものである。 (2) 言論の自由の文化的機能と法的機能の相互作用 さらに,ボリンジャーは,レトリックに注目することが新たな社会的機能を 理解するうえでのもう一つの障害に光を当てることになると述べる。彼は,そ の障害を次のように説明する。「自由な言論の原理の最終的な解釈を行う決定が 法的部門の担当になっているにもかかわらず,他方自由な言論という理念は依 然として我々のもっとも重要な『文化的』シンボJレのままである。自由な言論 という理念にはシンボノレとしての意義が漉っている。J

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頁) ボリンジャーは,言論の自由のシンボルとしての役割が法的な議論に影響し ていることを指摘する。そして,このことが言論の自由の新たな社会的機能の 理解を妨げていると指摘するだけではなしその広範な影響を持つ象徴的な役 割と法的な領域における役割の相互関係を明らかにすべきであると主張する。 「我々は,自らの意見を表明する機会または独立の思想、を発揮する機会を,利 用できる程度を評価するという問題となると,多くの人はおそらく踊され易く なる。しかし同時に,この社会を構成する何人かは,人間の良識のもっとも基 礎的なカノンに背くことを公然と述べることによって,その利用可能な自由を 濫用しているというのも事実である。だが,不思議なことに,そんな言論でも 保護される一つの理由は,自由な言論の理念が我々にとって特別な力強い魅惑 を保持しているからであろう。いずれにせよ,この理念はアメリカ人の一つの 重要な特徴を成し,我々はそれを立証する証拠を日常ざらにお目にかかるほど 持っている。そして,我々は,そのより広範囲な社会的な象徴的役割が,自由 な言論の原理を適用する厳密に法的な解釈過程において重要ないくつかの局面 で相互に影響し合うことを予期すべきである。ただ,この相互作用を明瞭に示 すことはそれに着手することが重要であると同じぐらいおそらく定義しにくい

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84- 香川大学経済論叢 628 仕事となるであろう。どちら一一法的分析も文化的な象徴的役割ーーも,ある 種の相互関係

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のもとで他方に影響を与えることを覚 悟しなければならないであろう。J (7 -8頁) ここでボリンジャーは,法的な議論が法的な議論だけでは片付かず,言論の 自由の原理の社会的な象徴的役割が法的な議論に係わってくることを指摘す る。このことが,法的な議論における今日の言論の自由の社会的な機能を明確 にする場合のもう一つの障害となっているとする。 したがって,ボリンジャーによれば,言論の自由の原理のもつ現代的な意義 に関する本書の採用する仮説は,法的分析と文化的な象徴的役割とが相互に作 用し合うということである。この数十年間に言論の自由は新しい意味を発展さ せてきたが,とくに言論の自由の原理が過激な言論に採用された場合を説明す るときに役立つ新たな意義を発展させてきた。しかしながら,幾つかの理由に よってこのより新しい意味は,この原理を考え,少なくとも議論するときには はっきりとは表面に現われなかった。以下の章で論じることはこの新たな機能 が言論の自由の原理に関する理論的な考えの伝統的なパターンからいかに淀み なく導き出せるかの説明である。(8頁) (3) 伝統的理論および自説の特徴 ボリンジャーは,これまでの理論を次のように評価する。「伝統的には,自由 な言論の理論の焦点は,我々にとって自由な言論を持つことがなぜ価値のある ことなのかを明らかにすることであった。つまり,自由な言論の価値を言論の 内容の価値に求めた。真理探求,自己統治という民主的な特権の行使,自己表 現という切なる願いを満たすこと,これらはほとんど誰もがヴァイタルと認め るインタレストであり,これまでの自由な言論の理論は,言論を自由の地帯と みなす政策が実り豊かなものであることを広く知らせるのに非常に成功した。」 ( 8頁) このように積極的な評価をしたうえで,ボリンジャーはこれまでの理論の限 界を指摘し,新たな理論との相違を説明する。「だが,過激な言論を保護すると いう現実(あるいは言論に対する過保護と呼ばれるもの)を前にして,我々の

(15)

-85 言論の自由の価値と裁判所の役割(1) 629 理論にはひとつの憂慮すべき空白が現われる。というのも,言論の自由の理念, の発見過程に主に関連する その原理と伝統的に結びついた利益_ _ W真理』 一一ーを支持する立場にあると認める多くの人もその問題視された言論が,我々 が大切にする社会の基本と考える個人的・社会的価値にいよいよ激しい一撃を このよう その支持する立場をぐらつかせるからである。 力日えようとするとき, な事例において自由な言論の側に立ち続けるために他の考慮すべき事柄がしば しば持ち出されるが

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~という表題のもとでのち に取りあげる考慮すべき事柄であるが),それはまた我々を悩ます言外の意味を 引き出してしまう。自由な言論の伝統的な諸理論がこの過保護という現象を説 この通常以上の寛容行為は,社会がそ 明することができないにもかかわらず, さらに重要な のアイデンティティに重要な何かを付け加えることを可能にし, そのアイデンティティを強化するという分け持たれた直観があるよう に思われる。本書の目的はその直観の諸要素を説明することであり,我々はそ の考察の過程で今日の自由な言論の理念の諸目標を再編成することができるで あろう。J (9頁) 他方,ボリンジャーは次のように自己の理論が立脚する独自の視点を説明す

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-ことに, 言論の自由の価値を説明する場合に言論の内容の持つ価 この対応に着目す それは,第一に, る。 さらには, 言論に対する対応に着目すること, 値ではなく, アメリカ社会にお 言論のうちにも規制される ることによって発見することのできた問題とすべき感情が, いて普遍的なものであると理解すること,第二に, 言論を寛容に扱うことが非合理であ この過度の寛容も, べき言論があるという仮説をとることは, ると考えることに直結するわけではなし これまで無視さ れてきたある考え方によって正当化されること,第三に,問題とすべき感情に 言論行為と非言論行為のその相違と同じだけその共通性 その感情に対処するものとして言 焦点をあてることが, にも注意を向けることになること,第四に, 言論行為が社会的な相互作用の全体に及ぼす役割を見 論行為を捉えることは, ボリンジャ}は,以上のこ とを次のように表明する。「ここで提示する新しい見解(パースペクティブ)に の以上である。 据えていることの結果であること,

(16)

-86← 香川大学経済論叢 630 ついては次のようにいうことができる。すなわち,自由な言論の理論は伝統的 には保護される活動(言論)のその価値に焦点を当ててきたが,新しい見解は この活動に対する対応の持つ価値の欠如に注視することによって,とりわけ過 激派の言論が号│き起こす感情

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に関わる問題とすべき特性に我々の注 意を向けることによって,一つの正当化理由を見つけ出す。しかしながら,こ のような問題とすべき感情は,社会のある階層だけの悩みの種

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とし て理解されるべきではなく,普遍的なものとして理解されるべきである。しか し,他方でこれらの感情は,その種の言論活動に対する我々の対応を常に支配 するというわけではない。ここで採用する見解と少なくとも以前からある幾つ かの言論の自由の理論的な説明との重大な出発点の一つは,我々がいま話題に しているその種の言論行動のある妥当な部分がしばしばそれ自体保護に値せ ず,また,まったく適切な理由によって法的に禁止されてもよいという考えを 有効な仮説として進んで受け入れるということである。しかしながら,このこ とを認めることは,そのような言論に対して寛容を選択することが非合理的で あり,賢明で、ないということを意味するわけではない。この寛容というコース を選択することの合理性および英知は,無視されてきたある洞察

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から 引き出され得る。すなわち,その種の言論活動が引き起こす問題とすべき感情 は,まさに社会における無数の相互作用によって引き起こされる同種の感情で あり,そのもっとも少ないものが非言論行動に対して採る我々の反作用(リア クション)なのではない。それゆえ,これまでの自由な言論の理論上の説明が 言論と他の行動(しばしば

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として呼ばれる)との相違に焦点を当てる ように導くのに対して,これから説明する理論は,あらゆる種類の行動が生み 出す諸々の対応聞の相互の類似性に重要な社会的意義を置く。それゆえ,我々 の社会の歴史のこの段階において,自由な言論は通常以上の自己抑制

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によって引き起こされる感情をコントロールす るための一つの社会の能力を発展させ,かつデモンストレイトすることであ

(17)

631 言論の自由の価値と裁判所の役割(1) 87-る。J (9 -10頁) ボリンジャーは,この求める能力を言い表わすために, トレランス

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という用語を選択し,その不能を表すためにインレランス

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という用語を選ぶ。トレランスはしばしば完全に中立的な意味で使われる。つ まり単に我慢する能力である。ボリンジャーは,それほど広い意味でトレラン スという用語を使う意図はないが,その意味の幅は,彼がこれから提示する見 解の中で使うその語の意味の弾力性を重要にも示唆するものである。「私がここ で述べている能力が自由な言論の原理が促進すると伝統的に考えられている狭 い目標追求よりも,社会的な相互作用の方にはるかに広い関わりを持っている 以上,この拡大の意味は,その言葉によって魅惑的に伝達される。J (10頁) さらに,ボリンジャーによれば, トレランスは相異なる信念とともに共存す る能力としばしば結び付けられるという意味でこれもまた一つ強み

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である。なぜなら,それは,信念の現象であり,言論の自由に関する訴訟 において我々が争点と理解とする感情の核心にある信念に対する我々の態度の 現象だからである。(1

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頁) この用語のもっとも都合のよい属性は,言論行動はもちろんのこと,非言論 行動に対する我々の反作用(リアクション)を言い表すときに通常その用語が 使われるということである。

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によれば, トレランスは「我々自身の『行動』または思想、と衝突する…一行動 または思想を理解しあるいは寛大にすることを示すこと

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はボリンジャー による強調)を意味する。ボリンジャーによれば,-何かがここで展開するテー ゼの中心であるとすれば,その何かとは行動のこのこつの領域の共通性または 関係が,少なくともそれらの相違と同じだけ我々に興味を起こさせるはずであ るということである。J (10-11頁) 最後に,ボリンジャーは, トレランスという用語の使用が読者を誤った方向 に導くことになるのではないかと危倶する。ある意味で言論の自由について考 えたことのある人はみななぜ言論活動が寛容に扱われるべきなのかを考えた し,それを説明しようと試みてきた。それどころか,実際に言論の自由の理論

(18)

88ー 香川大学経済論叢 632 を提示したすべての人が自分の理論を寛容の理論として言及している。しかし, 誰が寛容の理論という名称を用いるべきかという専売特許の問題はさておき, その使われたラベルに惑わされて,我々は,寛容の諸理論が提示する競合しま たは相互補完する諸見解の相違から我々の注意を逸らすべきではない。ボリン ジャーの寛容論は,寛容がつねに美徳であり,不寛容が悪徳であるという考え を前提としない。寛容は道徳的な弱さを表わし,それ自体非難に値するときが ある。不寛容で答えることが,許され得る道徳的な強さであるときがあり得る のと同様に,我々は通常軽蔑的に不寛容という用語を使う。ボリンジャーは, このような寛容という語のあいまいさ

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を読者が維持することを望 む。 (11頁) 以上のように,イントロダクションでは,言論の自由の新たな意味を理解す るうえで障害となっているとボリンジャーが考えるこ点,つまりこれまでの言 論の自由論のレトリックが旧態依然としたものであること,言論の自由の法的 領域に限った役割とより広い柾会全体における文化的な象徴としての役割とが 相互に影響し合っていることが指摘された。そして,次にはこれまでの言論の 自由論の意義と限界(言論の価値を広めたことと過激派の言論を正当化するこ とができないこと)がかなり一般的にではあるが明らかにされ,ボリンジャー の支持する理論の独自な視点も幾っかあげられ,最後には本書のキーワードの 説明も行われた。 第二節 自由に囚われていないか 前節で述べたように,ボリンジャーによれば,言論の自由の基礎的な概念を 探求する唯一の道は,過激派の言論をどのように正当化できるかという問題に 答えることであった。この考え方に従って,彼は,実際に起きた過激派の言論 に関わる訴訟に焦点を当て,そこでの裁判所の法廷意見が修正第一条の解釈と してその種の言論の保護をどのように正当化するかを検討する。 その訴訟は,

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年代の後半にネオ・ナチのデモ行進を保護するかどうかを 争ったものであり,彼は,その事件の事実関係,法廷意見を詳しく説明したの ちに,その法廷意見の中に過激派の言論を正当化する根拠を見い出そうとする。

(19)

633 言論の自由の価償と裁判所の役割(1) -89-その主張は,保護すべき言論とそうでない言論との「線引きの難しさ」の主張 であり,彼は,他の法的理由づけと比較してこれが唯一過激派の言論をも保護 する説得力のある理由となっていると理解するが,しかし,すぐにこの根拠に も痛烈な批判を行うことになる。 ところで,ボリンジャーは,このネオ・ナチをめぐる事件を検討する前に, 同じ論争が以前にも存在したとして今日の裁判所によって保障される言論の自 由の論理を形成する契機となったAbramsY. United States, 250

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S 616 (1919)事件をめぐる論争に触れる。これも過激派の言論をめぐる事件であり,ボ リンジャーは,有名なホームズ(OliverWendell Homles)の反対意見がどのよ うに過激派の言論を正当化しているかについてその特徴を浮き彫りにするだけ ではなしこのホームズの反対意見に当時激しい批判を行った法学者ウィグモ ア(John Wigmore)の見解を取りあげ,その考えの中に一部分ではあるが再評 価すべき視点があることを述べている。 したがって,この節は,言論の自由の基礎理論を構築するという最終目標に 向けてその第一歩として具体的な事件に即して,これまでの法廷意見あるいは それを支える修正第一条の論理が過激派の言論をどのように扱ってきたかを明 らかにするものであり,それを吟味することによって,言論の自由の真の正当 化理由を探求するものである。 (1) 言論に対する態度の分裂 ボリンジャーは,言論の自由を論じる多くの他の論者とは異なり,言論自体 の価値に着目するだけではなし言論に対する我々の態度に注意を向ける。そ して,彼は,その態度にみるある分裂を次のように説明する。我々が他者の言 論を扱う態度には深刻な分裂が存在する。その分裂とは,言論を抑制すること には法的に気が進まない一方で,非法的には進んでそれを行なうというもので ある。ある人が我々を強く攻撃する見解を表明した場合に,我々は検閲に当た る様々な強制的な対応を行うことによって非公式な天命(uno伍cialdecree)を 実行できる。たとえば,その言論者を明り辱めたりするであろうし,社会的な 追放(socialshunning)に当たるあらゆる形態を実行するであろう。雇用の機会

(20)

-90ー 香川大学経済論叢 634 を与えないというような様々な実生活上の利得(ベニフィト)を彼に与えない という対応も可能であり,その言論者が公職に就いていたならば,その辞職を 要求できる。我々は,この分裂を前にするとき,その人が何かを言ったことを 理由にどんな方法であれその人を強制したり制裁を加えたりすることを自制し なければならないと教えられてきたことが,奇異に思えるだけではなく,明ら かに誤っていたと感じる。すなわち「我々は,そのような表現を思い止まらせ るような環境を創るための何がしかのことができ,そしてその違反に適当な制 裁を加えることができるのである。J (12頁) 他方,自由な言論という憲法上の権利に関わる特定の領域では,我々の対応 はまったく異なる。ある人が,攻撃的なことを言うことを違法にしたりその暴 力性を理由に刑罰あるいは民事上の制裁を主張しようものならば,自由な言論 の原理が発動されその全計画は否認されることになる。 (12-13頁) ボリンジャーは,このような分裂を明白に示したのがSkokie事件であった と述べる。この事件はシカゴ郊外にある Skokieという町で,デモ行進をする権 利を要求したナチ集団に関するものである。当時, Skokieの人口のうち約4万 人がユダヤ人であり,そのうちの数千人は第二次世界大戦の集中キャンプの生 存者であった。もちろんこのことは自称ナチにも知られていたし,この事件で 証人に立った人々にとっても当然知られていた。それゆえ,このナチの第一の 目標がSkokieの住民にできるかぎりの侮辱と恐れを与えることであったこと は誰の目にも明らかであった。しかし,二つの上級裁判所一一連邦控訴裁判所 とイリノイ州最高裁判所一ーは,この種の言論活動が言論の自由を規定する連 邦憲法修正第一条によって保護されると結論した。 (Collinv.. Smith, 578

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2d 1197 (7th Cir.), cert denied, 439 U S.. 915 (1978); Village of Skokie v National Socialist Party of America, 69

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2d 605, 373 N..

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2d 21 (1978)) (1

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頁) ここで,ボリンジャーは次のような疑問を投げかける。「それでは,なぜ,強 制または処罰一一一法的な抑制一一ーという形態が,我々が思み嫌い,恐れ,さ らに我々の擁護する価値を危険にさらすと思われる言論に対する可能な対応の

(21)

635 言論の自由の価値と裁判所の役割(l) -91 一般的な武器から本質的に取り除かれたのか。」この疑問に対して,ボリン ジャーはすぐに予想、できる解答を用意する。それは,言論によって生じる害悪 に対して法的抑制という対応は適当でないという理由,さらには,政府に言論 抑制の権限を与えるのはあまりにリスクが大きいという理由である。しかし, ボリンジャーは,この答えがそれほど自明なものではないと判断する。

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頁) 多くの言論行為は,我々が罰金や処罰という制裁によって規制する多くの非 言論行為よりもより多くの害悪を引き起こす。そして,我々はある適切な程度 まで社会秩序を維持する権限を政府に信託することが非言論行動に関しては必 要であると理解している。その任務を遂行することが国家の「責務」であると 一般的に言われている。「しかしおそらく私が記したそのパラドックスまたは分 裂のもっとも奇妙な側面は,我々が法的な処罰と非法的な処罰とを別々に扱う という点ではなしむしろ一度どんな争点でも修正第一条の装いで登場したな らば,強制手段の使用の評価

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頁) つまり,自由な言論の原理のもとで我々は,自己抑制を誉め讃え,寛容とい う一つの社会倫理を生み出し,それを極端なまでに追求している。法的な領域 において極端なまでに自由を追求するという我々の態度は,その自由のありの ままの評定と釣り合っていない。「したがって,分裂の意味が第一義的に生じる のは,自由な言論の名のもとで為されたものに対する我々の熱狂

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の持つその極端さにおいてである。J

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頁) このように,ボリンジャーは,言論に対する法的な対応と非法的な対応の分 裂についてその別扱い自体を問題にするのではなしその法的な対応の方に自 を向け,言論内容の価値と釣り合わない極端な寛容に対するアメリカ社会の傾 倒に注意を喚起する。そして,彼は法的領域におけるこの極端さが合衆国の自 由な言論のあり方であり,かつてもそうであったとむしろ肯定的に評価する。 この表現に対する法的強制と法的でない強制に対する我々の態度の分裂は,ほ とんど人目をヲ│かないが,それは極端な事件において誰もが認めるほど高めら れる。そして,その分裂の高まりが生じたのが

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事件であった。(1

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頁)

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-92← 香川大学経済論叢 636 この事件ほどドラマチックな力をもって公衆の目を引き付けた法的論争は過 去数十年の聞にはほとんどなかった。約一年以上の間, この事件が裁判所の訴 訟過程においてゆっくりと進行していたとき, この事件がニュースにならな かったときの方が稀であり, それがニュースになったときには, しばしば新聞 の一面であった。

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万人のメンバーが脱退し組織の歳入はマイナス

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万ドル に及んだ。多くの人々にとってナチがしようとしたデモ行進は,自由な言論の 行使ではなく自由の濫用であり,他者に害悪を加える放縦(l

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であった。 より控えめな観点からみて, そのナチの目標がファシズムの体制を確立するこ とであったと理解したとしても, その自由な言論の主張は,根本的なパラドッ クスを生じるだけであると思われた。すなわち, 自由な言論の原理は, その自 由の崩壊を提唱する目的でその原理を利用しようとする人々になぜ拡張しなけ ればならないのか。 それにもかかわらず, この問題が古くからの難問であると いうことがナチの言論に自由な言論の保護を拡張することを余儀なくさせた。 この点において,人民一人一人は, 合衆国がわず、か数十年前に測りきれない人 的,物的資産を投入して勝ち得た一つのイデオロギーを擁護していた。そして, 自由な言論の原理をナチの言論に拡張することについて不安にさせられるほど の首尾一貫性の無さが残るという点で多く人々が怪訪に,思ったことも確かなこ とであった。 (14-15頁) (2)

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事件におけるホームズの反対意見 ここでボリンジャーは,

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事件の検討に向かわずに同様の争点を先取 りした事件とそれが号

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き起こした論争に議論を移すことになる。彼によれば, その種の過激な・言論にまで自由な言論の原理を拡張することを鴎蕗する気持ち

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は,近代的な自由な言論の原理の始動期において耳にした類似 の非難の繰り返し

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に他ならなかった。その非難を行ったのがウィグモ アである。彼は法学部の教授であり,学者に相応しい才能のある人物で、あった。 ウィグモアの攻撃対象は

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事件におけるホームズの反対意見であった。 この反対意見は, その後の

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事件のような論争に適用される今日の自由

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637 言論の自由の価値と裁判所の役割(1) -93-な言論の原理にその土台を提供したものである。(1

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頁) ボリンジャーは, Abrams事件を次のように説明する。Abrams事件は, 1918 年

8

月にニューヨークでチラシを配布したことを理由に

5

人のロシア人が訴追 されたことから始まる。そのチラシは,ロシア革命を称賛するとともに,共産 党による革命の成功に干渉し阻止しようとしたことを理由にウィルソン (Woo-drow Wilson)大統領を告発し,合衆国の労働者(とりわけ軍用品の労働者)に 向かつてゼネラ/レ・ストライキに参加して抵抗することを訴えるものであった。 ロシア人たちは,防諜法(EspionageAct)のもとで訴追された。この法律は, 連邦議会が戦争努力に潜在的な害を及ぼすと目される諸活動を禁止したもので あった。(15-16頁) 連邦最高裁の多数意見は有罪判決を支持し,修正第一条の侵害を認めなかっ た。先例に従い,裁判官たちは同年のほんの少し前に判決がくだされていた三 つの事件に全面的に依拠した。この三つの判決は,皮肉にもホームズ自身が連 邦最高裁の法廷意見として書いたものであった。その三つのうちの最初のもの (修正第一条の採択以来この条文に基づいて判示された最初の重要な連邦最高 裁判決)である SchenckY..United States 249 U S.. 47 (1919)事件は,重要な 点でAbrams事件と酷似していた。Schenckという人は社会主義政党の書記長 であった。そして,彼は r↑青熱の龍った言葉で」徴兵法(conscriptionlaw)が 不道徳でかつ違憲であり,人民が抵抗すべきであると書かれたビラを同党の執 行部の他の党員とともに

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千枚撒いたかどで告訴された。「少なくとも形態 (form)において」とホームズは書いた rそれは,平和的な手段に止まってい た。J(249 U

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at 5L) (16頁) この訴追も防諜法のもとでなされた。ホームズは,自由な言論の原理に何ら かの制限をもうける必要を指摘することによってこの事件を扱った。ホームズ は,連邦最高裁が「多くの場所で通常時に,被告がそのサークル内で言ったこ とすべてを言う憲法上の権利を認める」用意があったが,修正第一条が与える 保護の範囲は実際には言論が発するコンテクストに左右されると述べた。「言論 の自由の厳格な(strigent)保護は,劇場で,虚偽の発言として火事だと叫び,パ

(24)

94- 香川大学経済論叢 638 ニックを生じさせるような人を保護しない。それは,暴力(force)とまったく同 じ役割を果たす言葉をその事前差止から保護することさえしない。」したがっ て,ホームズにとっての導きの原理は r連邦議会が防止する権限を持つ実質的 な害悪を引き起こす明白かつ現在の危険を生じさせるほどの状況において,そ の言葉が使われそれほどの性質をもつものであるかどうかであった。」ホームズ にとって rそれは,近接さ (proximity)と程度(degree)の問題であった。J(Id at 52)(16-17頁) ボリンジャーによれば, Schenck訴追にその原理を適用しながら,ホームズ は,政府を支持する判決をくだすことに少しの戸惑いも感じていないように思 われた。ホームズは次のように戒めた。「国家が戦争をする時,平時で言えた多 くのことが戦争努力にとって妨げである。というのも,彼らの発言(utterance) は,人が戦っているかぎり耐えられないであろうし,いかなる裁判所も憲法上 の権利がそれらの発言を保護するとはみなさないからである。J(Id) (17頁) つまりホームズは, Schenck事件では明らかに言論の自由の保障の限界が戦 時と平時とでは異なることを言明しているのであり, Abrams事件の多数意見 はこのホームズの見解に依拠するものであった。しかし,Abrams事件で反対意 見を書いたホームズはそうではなかった。 ボリンジャーはAbrams事件におけるホームズの反対意見について次のよ うに説明する。 Abrams事件の多数意見は, Schenck事件のホームズと同様に 考えたように思われる。しかしながら,ホームズはそうせずに,彼の外見上の 方向転換はそれ以来ず、っと論争の種となり,その理由が推測されている。ホー ムズは, Abrams事件の反対意見のなかでそれ以前の三つの判決に自ら同意す ることを再び確認し, Schenck事件において彼が展開した「明白かつ現在の危 険(clearand present danger) Jテストに言及する。そして,ホームズは,言 論を制約する議会の権限が「疑いもなく平時よりも戦時において大きくなる。 というのも,戦争は他の時には存在しない危険を聞くからである。J(250 U. S. at 627, 628)という彼のそれ以前の信念を再確認する。「戦時においても,J と ホームズは主張する r連邦議会はこの国の心(mind)を変えるためのあらゆる

(25)

639 言論の自由の価値と裁判所の役割(1) 95 努力を禁止することはできない。J(Id

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628)しかしながら,ホームズは「無 知と未熟な教義」というラベルを貼った信念を持つ i貧弱で、,取るに足らぬ正 体不明の人物たち」に,自らが一切の共感を分け持っていないことを明らかに することに急いだ。 (Id

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629)ホームズにとって,その取るに足らないないこ とを前提にするとき, 20年間の禁固刑の宣告は著しく不当であると思われた。 つまり,彼は,単に「ほとんど名ばかりの処罰」がその状況において求められ ていると述べた。 (IdJ(17頁) しかし,ボリンジャーによれば,処罰の妥当な量刑だけを判示することより も,むしろこの事件で問題となった「権利」を認めることについてのホームズ の熱狂は書き進んでいくうちにその力を得るように思われた。わずかなプレー ズによってその意見のムードはドラマチックに変化し,そして,ホームズは, 言論の自由を支持する彼の基本的な考えを印象に残る言葉で次のように述べ る。「しかし時が多くの戦闘的な信念を守│っ繰り返したことを悟ったとき,人々 が信じるもの以上に,彼ら自身の行動のまさに基礎を信じるようになるであろ う,すなわち,我々は,思想の自由な交換によって望ましい究極的な養により よく到達する一一言い換えれば,真理の最良のテストは,その市場の競争にお いて自らを受け入れさせることのできる思想の持つ力(power)である。そして, 真理は,彼らの意思が安全に実現され得る唯一の根拠である。少なくとも以上 のことが我々の憲法の理論である。J(Id

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630.) (17-18頁) ボリンジャーは,さらに反対意見の中のホームズの個人的な発言に着目する。 ホームズは結論を述べるセンテンスにおいて自らが雄弁でないことを後悔し, その弁明(apology)を閉じることによって自らの言葉に雄弁を添えた。すなわ ち「私は,被告の抗弁に対する有罪判決において合衆国憲法のもとで被告の権 利が奪われたという私の信念に心を打つ言葉をさらに添えることができなかっ たことを後悔する。J(Id

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63L) (18頁) そして,ボリンジャーは,このような裁判官の個人的な発見が表明されてい る法廷意見について次のような評価を行う。「そこには,我々が今日考えるよう な自由な言論の原理のために打って付けの出発点であることを示す,

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96- 香川大学経済論叢 640 事件のホームズにはない彼の感情

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が存在した。」反対意見であっ たにもかかわらず,のちの事件においてその論理の実現をみることになる。確 かに人々は一貫してその原理に固執したわけではなかった。たとえば,マッカー シー

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時代における諸事件がその原理を捨て去ったものであると通 常理解されている。そうではあるが,

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事件のホームズの反対意見は,今 日,法的な共同体

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内では自由な言論に関する現代的なヴイ ジョンの中心的となる系統だった宣言

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のーっとして不動の ままである。そして,その宣言が言論活動のために拡張した避難場所の範囲は 実際にとても広い。なぜ、ならば,その宣言のもとでは,法の合法的でかつやむ を得ない諸目的についての差し迫った干渉が,つまり言論がいまにも脅裁を与 えその結果ある差し迫った言論抑制が,この国を守るために要求されるほどで あるときまで修正第一条はすべての言論活動の法的干渉に対抗して言論に保護 を与えるからである。その重大な危機が訪れるまで法的行為はとられなし) 0(18 頁)

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ウィグモアの反論 以上のホームズの考えに対して,ウィグモアは自由な言論の範囲をどのよう に 画 定 す る か と い う 点 で 激 し い 反 論 を 展 開 す る 。 そ の 論 文

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539 (1920))は,ウィグモアが大佐と

して第一次世界大戦から帰還したばかりの紅潮した歴戦の軍人の熱を反映して いた。 (18-19頁) ボリンジャーによれば,ウィグモアの論文の関心は,

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事件に関わる特 定の事実であった。ウィグモアは,ホームズの反対意見が,被告の言論が合衆 国に与えたりスクを組雑にも過小評価したと述べた。合衆国は, 1918年の8月 には今にも負かされる連合国の支えの棒となる努力を始めていた。そして,そ の介入の成功・失敗は未知であり,その成り行きはフランスの聖壕にいる兵隊 に供給する軍用品を生産する合衆国の未だ不確実な能力に大きく依拠してい た。ウィグモアによれば,それら何カ月かの「国民的なもがき苦しみ

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