大学生の就職活動不安が就職活動に及ぼす影響
1
コーピングに注目して
松田 侑子
2, 3永 作 稔
4新井 邦二郎
筑波大学Inuence of job-hunting anxiety on job-hunting: From the viewpoint of coping
Yuko Matsuda,Minoru Nagasaku,and Kunijiro Arai
University of TsukubaThe present study developed a job-hunting anxiety scale and investigated the inuence of job-hunting anxiety on coping, number of job-hunting applications, and satisfaction with job-hunting. Questionnaires were completed by 306 college students who had started job-hunting. Explorative factor analysis extracted ve factors such as “appeal anxiety” , “support anxiety” , “activity persistence anxiety” , “test anxiety” , and “a lack of readiness anxiety” . Analysis of covariance structures indicated that a job-hunting anxiety was negatively related to problem-focused coping, the number of job-hunting applications, and the satisfaction with job-hunting, and b problem-focused coping was positively related to the number of job-hunting applications and the satisfaction with job-hunting. These results suggest that reduction of job-hunting anxiety and the use of problem-focused coping facilitated job-hunting. Key words: job-hunting anxiety, coping, college students.
The Japanese Journal of Psychology 2010, Vol. 80, No. 6, pp. 512-519 近年,フリーターやニートといった若年雇用の問題 に社会的な関心が寄せられている。景気の悪化などの 社会情勢に加えて,社会人になるまでに職業意識が形 成されていないことが問題の一つとして挙げられてお り,早期の支援の必要性が提唱されている(厚生労働 省,2007)。大学の学生相談室では,就職内定の獲得 が遅れたり,就職活動が長期化したり等の不安や,面 接や試験に対する極度の緊張から不眠や無気力等の抑 うつ症状を訴える学生もいるとされる(船津,2004)。 このように,就職に関連する問題は,雇用がないため に若者が就職できないといった単なる社会現象ではな く,就職活動中における不安や抑うつ等の心理状態が 就職活動の進行に多大な影響を与えていることが要因 として挙げられている(小杉,2005;浦上,1994b)。 これまで,この就職活動中の不安に関しては,就職 不安として概念化され,研究が行われてきた(藤井, 1999)。藤井(1999)は就職不安を職業決定及び就 職活動段階において生じる心配や戸惑い,ならびに就 職決定後における将来に対する否定的な見通しや絶望 感¬として定義し,就職活動における不安とストレス および抑うつと強い正の相関にあることを示してい る。すなわち,就職活動に関する不安がストレスとし て認識され,就職活動自体を妨げる要因になるとされ ている。しかし,就職不安は単に不適応的な影響を与 えているとする一方,活動を促進させるという見方も ある。例えば,就職不安が活動を阻害せず,不安によ って就職活動がより多く行われるという知見も存在し ている(Blustein & Phillips, 1988)。
従来の不安研究においては,不安が高いことは一般 的に不適応とされてきたが,不安が高いゆえに最悪な 事態を想定し,失敗を回避するためにより活動を行 う,対処的悲観者のタイプがいることが指摘されてい る(細越・小玉,2006; Norem & Cantor, 1986)。こう した研究からは,不安と不適応の関連を見るだけでな く,就職活動過程で生じる不安を抱えながらも,いか に就職活動に対して積極的な対処をしていくかといっ た視点の重要性が指摘できる。よって,本研究では, 従来の研究で見落とされてきた,就職活動中に生じる 不安に対する対処行動に着目することとする。 就職活動中の対処行動に関する論説はこれまでにも
Correspondence concerning this article should be sent to: Yuko Matsuda, Kanto Junior College, Oya-cho, Tatebayashi 374-8555, Japan (e-mail: ymatuda@kanto-gakuen.ac.jp) 1 本研究は,筑波大学人間総合科学研究科に第一著者が提出し た 2005 年度中間論文の一部を加筆・修正したものである。ま た,本研究の内容の一部は,日本教育心理学会第 48 回大会,第 49 回大会で発表された。 2 本研究実施にあたり,調査に快くご協力くださいました先生 方や就職課の皆様,そして学生の皆様に厚くお礼申し上げます。 3 現所属:関東短期大学 4 現所属:駿河台大学
幾つかある。浦上(1996)によると,就職活動に主体 的に取り組むことは,望ましい結果を得やすく,活動 を通して自己や職業に対して理解を深めることにつな がるとしている。また,太田・岡村(2006)では,内 定を得るまであきらめずに努力する就職活動を望まし い在り方としている。つまり,就職活動においては, 就職という問題に対して積極的に取り組んでいくこと が重要であるといえよう。しかし,実際には,就職活 動をなかなか始められずに踏み留まってしまい,進路 に関するさまざまな決断を下すことが困難な学生が多 い。このように,行動を妨げ不決断の状態を生じさせ る要因の一つとして考えられるのが,不安である (Goodstein, 1965)。 これまでの進路不決断に関する研究において,不安 は最も広く検討されてきており,Crites(1969)によ って職業の不決断と不安の関係を取り上げられて以 来,不安が高いと不決断の傾向も高いことが繰り返し 指摘されてきた(Fuqua, Seaworth, & Newman, 1987; Hawkins, Bradley, & White, 1977)。ここから,不決断 状態に陥ることで積極的に就職活動を展開できなくな るため,更に不安が喚起されるなどの不適応に陥るこ とが考えられる。以上を勘案すると,就職という問題 に対しては,積極的に取り組んでいくことが適応的な 対処行動と考えられ,就職活動を促進するといえる。 ところで,就職活動は従来,二つの側面から捉えら れてきた。一つは就職活動の量であり,就職活動の客 観的な側面を測る指標として,これまでにも用いられ てきている(下村・木村,1997;浦上,1994a)。例え ば,大学生の就職活動は,企業の新規学卒者一括採用 のスケジュールに即して活動しないと現実的に就職す ることができないとされ(下村・木村,1997),就職 活動に乗り遅れることで,就職活動そのものを中断し てしまうケースも多いことが指摘されている(大久 保,2002)。つまり,活動すべき時期に行動をしてい ることが重要であり,このような量的側面から測られ るのが,具体的な活動の回数や頻度といった活動量と いえる。これに対して,もう一つは活動に対する満足 感であり,就職活動の主観的な評価として扱われてい る。これまでの研究の中でも,就職活動やその後を予 測する適応指標とされてきており(下村,2001;浦 上,1994a),白井・嶋(1996)によれば,就職活動に 対する満足感が低いと,就職活動中に生じた不快な出 来事を何もしないで受け入れたり,距離を置いたりす るとされている。また,就職活動を途中でリタイアし てしまった学生との面接調査の中で,就職活動に対す る不全感が述べられていることや(小杉,2005),卒 業後に就職活動を回想した場合,力を出し切ったと思 えないなどの不満足感が,卒業後現在の不適応につな がるという知見などから(白井,2002;浦上,1998), 就職活動における満足感を高めることが活動中だけで なく活動後にも影響を与え得ると考えられる。従っ て,本研究では,内定を獲得する前の大学生に焦点を 当て,行動を促進し,かつ満足感を高める不安への対 処行動についての検討を行うこととする。対処行動に 関してはコーピングに焦点をあて,不安が就職活動過 程においてどのように機能しているかについて明らか にする。 ところで,就職に関連した不安の中には,職業選択 に関連した不安から就職活動に関連した不安など,さ まざまある。職業選択を前にした大学生は,わからな いことが多くて不安を感じており,その不安の元を分 析することが必要とされている(Berger-Gross, Kahn, & Weare, 1983)。職業選択上の困難への介入に関する 知見においては,進路を決められない学生と一口に言 っても,さまざまなタイプが存在していることが示さ れており,それぞれの問題に対応した介入を行うこと が求められている(Fuqua, Blum, & Hartman, 1988)。 また,Saka, Gati, & Kelly(2008)では,職業決定に関 連する情動的側面に着目しており,困難の中核をなす 事柄を的確に浮き彫りにすることで,多様なタイプへ の介入の開発が可能になるとされている。こうした提 言を考慮すると,問題の中心である不安の対象が曖昧 であることは,個人が抱えている問題に対して具体的 かつ適切な支援を行う上で大きな妨げとなり,ますま す不安を高めることにつながることも考えられる。従 って,就職活動を円滑に行うためには,まず就職活動 のどういう側面について不安を感じているのかを詳細 に捉えることが重要であり,不安への支援に有効であ るといえるだろう。しかし,こうした点を踏まえた尺 度は存在しておらず,就職活動における不安の機能を 検討するためにも,新たに尺度を作成する必要がある と考える。 上述の議論を踏まえ,本研究では,就職活動そのも のに対する不安を測定する尺度を作成し,就職活動不 安が,コーピングを媒介して活動量及び満足感にどの ような影響を与えているのかについての検討を行う。 研 究 方 法 調査対象者 茨城県の国立大学と私立大学,東京都 の私立大学の大学 3 年生計 306 名(男子:124 名,女 子:182 名)であった。平均年齢は 20.90 ± 0.65 歳で あった。 調査手続き 2005 年 11 月 12 月上旬に,就職ガイ ダンスや授業の冒頭・終わりに質問紙を配布し,無記 名方式で実施した。 調査項目 就職活動への不安は,就職活動に対する 不安についての項目を,藤井(1999)の就職不安尺 度,就職活動関連の本,就職情報サイトから収集し,
Table 1 就職活動不安尺度の因子分析結果 項目 F1 F2 F3 F4 F5 アピール不安( =.90) 15 就職活動においてうまく自分をアピールできるか不安で ある 0.95 −0.04 −0.05 −0.02 0.03 1 自分の言いたいことを上手く企業側に伝えられるか不安 である 0.91 0.01 −0.06 0.00 −0.08 7 企業側の人と上手くコミュニケーションをとれるか不安 である 0.75 0.00 0.13 −0.07 0.04 19 面接などでいい印象を与えられるか不安である 0.69 0.05 0.04 0.08 0.03 サポート不安( =.88) 12 就職活動について相談できる人が周りにいないのが不安 である −0.04 0.93 0.03 −0.01 0.00 18 就職活動の悩みやつらさを共有できる人がいないのが不 安である −0.05 0.83 0.04 0.00 −0.06 5 就職活動中の悩みについて誰に相談したらよいかわから ず不安である −0.01 0.82 0.02 0.00 0.00 2 自分の就職活動をサポートしてくれる人がいないのが不 安である 0.18 0.61 −0.05 −0.01 0.07 活動継続不安( =.90) 11 長い就職活動を最後まで頑張れるか不安である −0.03 −0.05 0.96 0.01 0.00 17 就職活動をくじけずにやっていけるか不安である −0.02 0.03 0.87 0.03 0.02 8 長い就職活動を乗り切れるか不安である 0.15 0.00 0.76 0.02 −0.06 4 就職活動を途中で諦めてしまわないか不安である −0.10 0.17 0.59 −0.04 0.10 試験不安( =.87) 16 試験にどんな問題が出題されるのか不安である −0.02 0.00 0.02 1.00a) −0.12 9 就職試験の筆記テストにどんな問題が出されるかわから ず不安である 0.01 0.02 0.05 0.85 −0.07 13 就職試験で自分の知らない分野の問題を出されるのが不 安である −0.05 0.00 −0.06 0.78 0.15 3 試験対策があまりできていないのが不安である 0.12 −0.07 0.04 0.42 0.25 準備不足不安( =.88) 20 就職活動に対する準備があまり進んでいないのが不安で ある −0.03 0.01 −0.03 −0.03 0.95 6 就職活動に対する準備をあまりやってこなかったのが不 安である 0.01 −0.06 0.07 −0.06 0.88 14 周囲の人より準備が後れてるかもしれないと不安になる −0.01 0.00 0.02 0.03 0.79 10 今の時期何をすればよいかわからず不安である 0.07 0.21 −0.06 0.15 0.45 因子間相関 F1 ― F2 .47 ― F3 .55 .62 ― F4 .51 .51 .56 ― F5 .60 .64 .60 .60 ― a) 実際の因子負荷量は,.997 であり,小数点第3位を四捨五入した結果として, 1.00 の表記になっている。
新たな尺度を構成した(松田・新井,2006)。更に, 回答者の負担や実用的な側面に考慮し,より簡便な尺 度にする必要があると考え,それぞれの因子から因子 負荷の高い項目を四つ選定して,計 20 項目の就職活 動不安尺度を作成した。 コーピングは,尾関(1993)のコーピング尺度を用 いた。ここでは,最も強くストレスを感じているこ と¬を就職活動とし,全くしない(0)¬いつもする (3)¬の 4 件法で回答を求めた。因子分析の結果,尾 関(1993)と同様の,積極的コーピング¬,消極的 コーピング¬の 2 因子構造が確認された。しかし,本 研究ではより詳細にコーピングから検討するため,尾 関・原口・津田(1991)と同様に,積極的コーピング を,問題焦点型コーピングと情動焦点型コーピングに 区別し,消極的コーピングは回避逃避型コーピングと して扱い,検討を進めることとした。 就職活動量(以下,活動量とする)は,11,12 月 頃に開始している可能性のある就職活動として,企 業説明会やセミナーの予約・参加¬を行動の指標に用 いた。あなたがこれまで行った回数を記入して下さ い¬と尋ね,具体的な頻度で回答を求めた。 就職活動への満足感(以下,満足感とする)は, 現在の就職活動の状態についてどの程度満足してい ますか?¬という教示の下,全く満足していない (0)¬非常に満足している(100)¬として,満足感 についての数値化を求めた。 結果と考察 就職活動不安尺度の因子分析 20 項目の就職活動 不安尺度について,主因子法プロマックス回転による 因子分析を行ったところ,松田・新井(2006)と同様 に,第 1 因子アピール不安¬,第 2 因子サポート 不安¬,第 3 因子活動継続不安¬,第 4 因子試験不 安¬,第 5 因子準備不足不安¬の 5 因子構造が確認 された(Table 1)。回転前の 5 因子で,20 項目の全 分散を説明する割合は 76.20%であった。各下位尺度 Table 2 就職活動不安と, コーピング, 活動量, 満足感とのピアソンの積率相関係数 コーピング 活動量 満足感 問題焦点型 情動焦点型 回避逃避型 アピール不安 −.02 .04 .01 .07 −.13 * サポート不安 −.17 ** −.15 ** .14 * −.15 ** −.31 ** 試験不安 .01 .13 * .03 −.05 −.20 ** 活動継続不安 −.14 * −.08 .12 † −.13 * −.19 ** 準備不足不安 −.10 † −.01 .13 * −.16 ** −.35 ** † p < .10, * p < .05, ** p < .01. Figure 1. 就職活動不安が,コーピングを媒介して,活動量,満足感に与える 影響についてのパスダイアグラム。誤差変数に関しては省略した。
について a 係数を算出した結果,値は.88 .90 であっ た。 就職活動不安と,コ−ピング,活動量及び満足感と の関連 就職活動不安とコ-ピング,活動量,満足感 についてのピアソンの積率相関係数を算出したところ (Table 2),問題焦点型コ-ピングで,サポ-ト不安, 活動継続不安と有意な負の相関,情動焦点型コ-ピン グで,サポ-ト不安,試験不安と有意な相関,回避逃 避型コ-ピングで,サポ-ト不安,準備不足不安と有 意な正の相関が見られた。更に,活動量で,サポート 不安,活動継続不安,準備不足不安と有意な負の相関 が示された。また,就職活動不安と満足感との間の関 連を検討したところ,いずれにおいても有意な負の相 関が示された。 就職活動不安から活動量,満足感への影響 就職活 動不安がコーピングを介して,活動量と満足感にどの ような影響を及ぼすかを検証するために,構造方程式 モデリングによる分析を行った。就職活動不安を潜在 変数とし,その 5 下位尺度,コーピングの 3 下位尺 度,活動量,満足感を観測変数とした。就職活動不安 は,コーピング,活動量,満足感と因果関係を持ち, また,コーピングは活動量と満足感と因果関係を持つ というモデルを仮定し,パスの追加と削除を繰り返し ながら最適なモデルを探った。結果として,Figure 1 に示されるモデルが得られた。このモデルの適合度指 標 は c2= 38.01(p< .01),df= 1.90,GFI= .98, AGFI=.94,RMSEA=.05 であり,十分データに適合 したものであるといえる。就職活動不安から問題焦点 型コーピング,情動焦点型コーピング,活動量,満足 感に対してそれぞれ,-.26,-.23,-.36,-.46 の 負の影響が示され,回避逃避型コーピングに対しては .25 の正の影響が示された。また,問題焦点型コーピ ングからは,活動量と満足感にそれぞれ,.16,.13 の 正の影響を与えていることが認められた。つまり,就 職活動不安が高まると,活動量・満足感が低まり,な おかつ,問題焦点型コーピングの低下を通しても活動 量・満足感を抑制することが見出された。 総合的考察 本研究の目的は,就職活動不安の尺度を作成するこ とと,就職活動不安が就職活動過程においてどのよう に機能しているのかについて検討することであった。 まず,第 1 の目的である就職活動不安尺度を作成し た結果,松田・新井(2006)と同様に,アピール不 安,サポート不安,活動継続不安,試験不安,準備不 足不安の 5 因子から構成されることが示された。作成 された就職活動不安尺度は,就職に関する不安の中で も就職活動に限定した不安を扱っており,時期や内容 を区別することで,不安の種類を細かく分類してい る。従来の研究において,職業選択上の困難が個人に よってさまざまであることは繰り返し指摘されている が,多様な問題に応じた介入を開発するためにも,困 難に対する正確かつ包括的なアセスメントの必要性は 特に強調されてきた(Gati, Krausz, & Osipow, 1996)。 本尺度は,就職活動初期において困難の核となってい る不安の対象を明確にすることができ,現在支援を要 しているポイントについての有益な情報をもたらすこ とが可能となった点で有意義であるといえるだろう。 本研究の第 2 の目的は,就職活動不安がコーピング を媒介して,活動量や満足感にどのような影響を与え ているかを検討することであった。分析の結果,就職 活動不安が高まると,活動量と満足感が低くなること が示され,更に,問題焦点型コーピングの低下を通し ても,活動量も満足感も抑制されることが見出され た。 本研究で得られた結果を総括すると,就職活動の支 援においてまず重要であるのは,就職活動不安の低減 であるといえる。不安の高さは活動量や満足感に負の 影響を及ぼしており,不安に対する介入の必要性が示 された。これまでにも,不安は進路不決断との関連が 取り上げられるなど(Crites, 1969; Goodstein, 1965), 職業選択における不適応をもたらすことが見出されて きたが,改めてその関連が確認されたといえよう。 先行研究においては,不安が高いほど就職活動がよ り 多 く 行 わ れ る と い う 知 見 も 示 さ れ て い る が (Blustein & Phillips, 1988),本研究の結果はそれを裏 付けなかった。これについては,研究間で測定された 不安と就職活動の違いに起因するのではないかと考え ら れ る。Blustein & Phillips(1988)で は,状 況 不 安 (contextual anxiety)の指標として,Stumpf, Colarelli, & Hartman(1983)の探索ストレス(explorational stress) を用いている。Stumpf et al.(1983)によれば,探索 ストレスとは探索行動に対するストレス反応であり, 理論的には活動がすでに行われている状況にあるとさ れる。これに対して,本研究では,就職活動が開始さ れる前から特徴的に見られる不安を扱っており, Blustein & Phillips(1988)とは,不安が経験される時 点が異なっていると指摘できる。また,Blustein & Phillips(1988)で扱われている活動の内容は,広範 な情報収集であるのに対して,本研究で扱われたの は,企業説明会・セミナーへの予約・参加¬という 限定的な活動であった。こうした違いから,本研究で は,Blustein & Phillips(1988)の結果を再現せず,不 安が活動を阻害するという結果が得られたのかもしれ ない。しかし,どのような状況で,不安が活動を促 進,もしくは抑制するのかについて,今後も詳細に検 討していく必要があるだろう。 次に,不安が高まると,問題解決型コーピングが低 下し,活動が抑制されることが見出された。つまり, 不安を低減した場合,積極的かつ直接的に就職という
問題への取り組みを高めることを通しても,活動を促 進するといえる。問題に対して消極的であったり,積 極的な対処の中でも,感情面だけで問題の解決を試み たりすることは,就職活動においては有効な対処行動 ではなかった。 こうした就職活動への積極的な取り組みの重要性に 関しては,従来の研究の中でも度々言及されており (太田・岡村,2006;浦上,1996),本研究で得られた 結果は,これらの主張を支持するものである。また, 今回の調査が実施された就職活動の初期段階において は,採用スケジュールに乗り遅れることによって,そ の後の就職活動のプロセスに影響を与える可能性があ るため(Jordaan, 1963;下村・木村,1997),行動レ ベルで具体的に活動を開始することの意義は大きいと いえるだろう。 しかし,一方で,太田・岡村(2006)は,就職活動 をすれば就職できるとわかっていても,それが直接的 な活動へ結びつかないことを指摘している。また,就 職の目的や動機がはっきりしないまま,むやみに就職 活動の頻度を高めることについては慎重とする提言が なされており(労働政策研究・研修機構,2007),こ のような状況のまま,活動量のみを増やすことは更な る混乱を生むかもしれない。 本研究の結果からは,就職活動不安が問題焦点型コ ーピングに対して負の影響を与えていることが示され たが,このような積極的な取り組みをより行いやすく するためにも,不安の低減は必要であると考えられ る。これを裏付ける知見として,Mendonca & Siess (1976)や Peng(2001)の 実 践 的 な 研 究 が あ る。 Mendonca & Siess(1976)によれば,職業選択上の困 難を緩和するためには,不安への対処と問題解決訓練 を組み合わせることが最も有効であると示されてい る。同様に,Peng(2001)は,認知的再構成と,不安 への対処と意思決定のスキルトレーニングを組み合わ せた介入法により,不決断が緩和し,不安が軽減され ることを明らかにしている。こうした結果を考え併せ ると,ただ直接的な問題の取り組みを行わせるだけで はなく,不安に対する支援も併行させることが効果的 な介入となり得るといえるだろう。 最後に,今後の課題を述べる。まず,就職活動が始 まる時期にあっても,積極的に関与できない学生に対 する具体的な支援についての検討が望まれる。対処的 悲観性の観点から考えると,不安が高くても積極的な 取り組みを行う対処的悲観者よりも,不安が高く回避 的な対処を行う抑うつ者のほうが不適応的であるとさ れる(Showers& Ruben, 1990)。また,進路不決断の 研 究 で も,不 安 が 慢 性 的 に 高 く て 決 断 で き な い indecisiveness5は,キャリアカウンセリングにおいて 臨床的に最も深刻なタイプであると考えられている (Gordon, 1998)。今後は,就職活動に関して不安が 高い場合,いかに問題焦点型の対処方略を用いること ができるか¬が研究の焦点となっていくであろう。 本研究では,その足がかりとして,就職活動不安に よって支援のポイントを把握することを可能とした が,今後は更に,どのような支援が効果的であるかに ついての知見を積み重ねていくことが重要である。そ れぞれの不安に対応した有効な介入方法を見出すこと で,個人が不安を感じている部分に対して体系的な支 援が可能となり,具体的な活動の促進に結びつくので はないかと考えられる。 また,対処行動や支援の効果をより正確に捉えるた めにも就職活動過程,もしくはその後に及ぶ縦断的な 検討が望まれる。こうした実証的研究の積み重ねによ り,円滑な就職活動,学生から社会人への移行を促進 することが可能となり,就職を志望する学生における 不決断状態の解消にも有用な示唆が得られるであろ う。 引 用 文 献
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