腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 図 2 膨張量に及ぼすセメントのアルカリ含有量 の影響2) 図1 コンクリート構造物に形成された アルカリ骨材反応に起因する割れ5)
-コンクリート構造物の環境劣化(4)-アルカリ骨材反応と鉄筋の破断
前号までの3号にわたって鉄筋が腐食することにより鉄筋コンクリート構造物に割れを誘起する機 構について述べた.既に述べたコンクリートに割れを誘起する原因は鉄筋の腐食生成物の膨張圧 力であったが,コンクリート構造物内部に膨張圧力を形成する劣化機構としてアルカリ骨材反応と Sulfate Attackがある.本号では,最近,高速道路の橋脚等において鉄筋の破断を伴う劣化形 態が判明しているアルカリ骨材反応による鉄筋の破断形態を中心として述べる. Q:アルカリ骨材反応 「アルカリ骨材反応」は日本国内のコンクリート製土木構造物の劣化機構としては 1951 年にはじめ て実例報告されたが,当初は国内産骨材に発生した稀有な事例と考えられていた1).1982 年に阪 神道路公団所管の道路橋脚にアルカリ骨材反応による割れ形成が発見され,コンクリート製土木 構造物に発生する普遍的な劣化機構として考えられるようになった1)(コンクリート製建築物にもア ルカリ骨材反応の発生は報告されている1)).ア ルカリ骨材反応は骨材として使用される安山岩, 玄武岩等に含有される反応性骨材(SiO2ま たは炭酸塩)とセメントに含有されるアルカリイ オン(Na+,K+)が反応して膨張性を有するゲ ルを生成する反応1)2)3)(Short Note 1)で,そ の一種であるアルカリシリカ反応(alkali silica reaction,ASR:最も一般的なアルカリ骨材反 応)に関して,「コンクリートに含まれるアルカリイ オン(Na+,K+)と骨材中に存在する準安定な シリカ鉱物が反応し,珪酸ソーダ(Na2SiO3)等 が生成する反応」と定義されている2). 反応により生成したアルカリシリ カゲルの膨張圧力によりコンクリ ート構造物に図1に示す網目 状の割れ(map cracking)を 形成する4)5).反応量(反応で 生成したゲルの膨張量)は反応 性骨材量とアルカリ含有量が多 いほど大きくなる1)2)3)4)ので, アルカリ骨材反応を抑制するた めに,JIS規格はセメント中のア ルカリ含有量を Na2O 換算量で 0.6mass%以下(JISR5210:腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 図3 膨張量の経時変化4) コンクリート1m3に含有される Na 2O を3.0kg以下)とすることを規定している.また,反応性骨材に 含有されるSiO2系鉱物(オパール,クリストバライト,トリジマイト,玉髄,SiO2系ガラス(火山ガラス) 等)の種類に対応して反応性骨材量またはアルカリ含有量に対する膨張量(図22)参照)に極大値 (pessimumという)が認められる2).一種類の反応性骨材の場合は骨材量がpessimumに対応す る量を超えた場合にはアルカリ骨材反応による膨張量が低減するが,多種類の反応性骨材が混 合使用されている場合にはpessimumが現れない場合がある1)4).アルカリイオンはセメントおよび 骨材に初期含有として存在するだけではなく,外部環境から例えばNaClとして侵入する.後者の 場合拡散速度が小さく,アルカリ骨材反応を誘起する量のアルカリイオンが近年橋脚等で発生して いるほどの短時間に侵入する可能性は低い.図3は実験により測定されたアルカリ骨材反応の進 行に伴うコンクリート膨張量のアルカリ含有量依存性を示している4).図2および図3においてセメン トのアルカリ含有量がNa2O換算0.6mass%(3kg/コンクリートm3)以下では膨張量が認められな くなる.このような測定結果に基づいて,セメントのアルカリ含有量が規制されている.アルカリ骨材 反応が発生することによるコンクリート構造物の劣化形態は,割れ,pop-outによる表面の崩落, 割れを経路とする雨水等の浸入による鉄筋の腐食の他に,最近,膨張圧力に誘起された鉄筋の 破断が発生することが判った6)7)8)9). 水が試験片内部に供給される試験 条件下(Short Note 1)ではほぼ 9 ヶ月で膨張量が平衡値に達してい るが,実環境ではコンクリート構造物 に割れが観測されるまでに施工後 20-30 年が経過している6)8).2003 年に国土交通省が行った調査結果 によると,調査対象:13071 橋梁のう ち 287 橋梁(橋台・橋脚数では1009 基)にアルカリ骨材反応が発生して いると判定されている9). Q:アルカリ骨材反応によるコンクリートの膨張 アルカリ骨材反応で生成した膨張性のゲル(Short Note 1)によりコンクリート構造物内部には 構造物外部に向かう膨張圧力が発生し,その結果,表面に平行に引張応力が形成され,表面の 伸びが観測される.伸びの大きさはコンクリート中のアルカリ含有量と反応性骨材量に依存する4). 図46)は鉄筋の破断が観察された橋脚を近似した表面近傍に鉄筋を埋設したコンクリート角柱試験 片を用いて行った,アルカリ骨材反応により形成される膨張圧力を受けた鉄筋表面における伸び (ひずみ)の測定例である.図4bの測定結果では試験片コーナー部(Ⅱ)に設置された鉄筋には2 500x10-6に達する膨張ひずみが認められる.また,同時に測定された試験片表面におけるコン ク リ ー ト の ひ ず み は 1 3 0 0 - 1 5 0 0 x 1 0- 6で あ っ た . コ ン ク リ ー ト の 引 張 応 力 に よ る 割
腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日
(a) 試験片形状
(b) 測定された鉄筋のひずみ
腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 図5 アルカリ骨材反応により鉄筋が破断 した橋脚外面に形成された割れ5) 図6 アルカリ骨材反応に基づく膨張 圧力により破断した鉄筋.図5の内部5) 図7 破断した主筋曲げ部分9) れ発生限界歪はほぼ130x10-6であるから10),図1に示した割れが構造物に形成されるためには 十分のひずみ量である.図4の試験片に用いた鉄筋はSD295A(JIS G3112)で降伏ひずみは ほぼ1800x10-6であるから,試験片コーナー部に設置された鉄筋ではアルカリ骨材反応によって 降伏応力を超える応力が負荷されていたと推定される.図4aの鉄筋の曲げ部分(Ⅱ)は橋脚等の コンクリート構造物におけるスターラップ筋曲げ加工部または主筋曲げ加工部を近似しているが, この結果は後述する実構造物の鉄筋破断がこれらの部位で発生していることによく対応している. Q:アルカリ骨材反応に起因するコンクリート構造物における鉄筋の割れ発生 先に述べたようにアルカリ骨材反応が日本国内の実用コンクリート構造物の劣化形態として 1982 年に初めて認知されたが,劣化の形態は図1に示した割れまたはそれに起因する壁面剥離であっ て,鉄筋の破断は確認されずまたコンクリートの強度には影響しないと報告されていた9).その後, コンクリートに関するJIS規格(JIS A5308,1986 年),土木学会「コンクリート標準示方書」(1986 年),日本建築学会「鉄筋コンクリート工事標準示方書」(JASS 5,1986 年)が改定・施行され,さ らに 1989 年に国土交通省(当時:建設省)から総合プロジェクト報告「コンクリートの耐久性向上技 術の開発」が提出され,アルカリ骨材反応を抑制する対処方法は完了したとされていた9). アルカリ骨材反応がコンクリート構造物の劣化形態として,再度かつ一般に注目されることになる端 緒は 2003 年 4 月 10 日にNHK「クローズアッ プ現代 鉄筋破断の衝撃―問われるコンクリ -トの安全性―」において,高速道路の橋脚 等にアルカリ骨材反応に起因する鉄筋の破断 が発生していること,またその事実が公開され ていないことが放映されたことにある11)12).こ の放送に先立って 2003 年 3 月 18 日に国土 交通省が近畿地方の橋脚においてアルカリ骨 材反応に起因する鉄筋の破断が発見されたこ とを記者会見において公表している(鉄筋破断
腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 図8 破断した主筋曲げ部13) 図9 破断した鉄筋の破断面13) 事例は国土交通省ホームページ,文献7,を参照のこと)7).アルカリ骨材反応に起因する鉄筋の 破断の最初の報告は 2001 年に金沢大学の鳥居教授により行われているが6)9),その後,上記国 土交通省の公表事例以外にも事例報告が公表されている8)9)13).鉄筋の破断に至った橋脚は施 工後 20-30 年経過している6)8).この間,図3および図4bに示すように膨張圧力に基づく負荷応力 が鉄筋に増加しつつある状態で保持され続け,鉄筋の負荷応力が降伏応力を超えた時点で破断 が進行したと推定される.橋脚に発生した鉄筋の破断面は断面しぼりの認められない擬脆性破面 を示している.図55)および図65)はアル カリ骨材反応を発生した橋脚の外面とは つり後の内面で,膨張圧力によりスターラ ップ筋が破断していることが観察される5). 図79)は図6と同様に破断した主鉄筋曲げ 部を示している.図813)はアルカリ骨材反 応により割れを発生した橋脚から採取した 破断した主筋曲げ部で,図913)は その破面である. 図9の破面は下部から上方に向か って放射状に割れが進行したこと が観察される.破面は断面しぼり の認められない擬脆性破面を示し ているが,アルカリ骨材反応を発 生した橋脚等の鉄筋コンクリート構 造物の破断鉄筋の破面の特徴で ある5)6)9)13).また,破面は(後述 する割れ起点を除いて)腐食され ていない(通常,アルカリ骨材反応 の進行とともに図1に示した割れが 形成されている場合には侵入した 雨水等により鉄筋破断面が腐食さ れている). 図10は鉄筋コンクリート構造物で破断していなかった鉄筋の曲げ内側に認められた微細割れであ る9).割れの発生はスターラップ筋,主筋曲げ部のいずれの場合も,全て図8に観察されるように曲 げ内側で,図10に認められるように鉄筋の節を起点として割れが形成されている5)6)9)13).鉄筋の 破断は圧接継ぎ手部にも発生している7)8)13).ところでアルカリ骨材反応を発生した橋脚等全てに おいて鉄筋の破断が報告されてはいない.すなわち,先に述べたようにアルカリ骨材反応によって 構造物に発生する膨張圧力は図2,図3に示した反応性骨材量とアルカリ含有量に依存すること, さらに,時間経過とともに増加することとコンクリートと鉄筋の割れ発生限界ひずみ量に差異がある
腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 図10 未破断鉄筋に形成 された微細割れ9)
三次亀裂
一次亀裂
二次亀裂
一次亀裂(500μm前後) ・節の付け根から発生 ・延性破壊(剪断破壊の様相) 二次亀裂(5mm前後) ・脆性破壊(劈開破壊) ・二次亀裂と三次亀裂の境界は延性破壊 三次亀裂 ・脆性破壊(劈開破壊) 図11 破面の亀裂分布の概念図13) ことのために鉄筋コンクリート構造物に図1に示すような割 れが発生していても鉄筋は破断していない場合もありうる. Q:アルカリ骨材反応によるコンクリート橋脚に発生した鉄筋 の割れ破面 現在,アルカリ骨材反応が発生した橋脚等において観察され ている破断鉄筋の破面は例外なく図9に示した擬脆性破面で ある.また,コンクリート構造物表面に図1のような割れが存在 しないかまたは小さい割れである場合は,破断した鉄筋の破 面には後述する割れ起点部の微細な腐食面(図11の一次亀 裂)以外は腐食されていなかった9)13). 割れは図9において下方から上方に進展している.図1113)は 図9に示した鉄筋破断面の破面に形成されている割れの進展の概念図である. 破断鉄筋は先在 クラックとして存在する一次亀裂を起点として,アルカリ骨材反応により生ずる膨張圧力に基づいて 鉄筋に形成される引張応力が二次亀裂,三次亀裂として不安定破壊し破面を進展させたと推定さ れる.このような鉄筋の破断機構の概念は以下に述べる破断鉄筋の破面解析によって確認できる. 図1213)は破断したスターラップ筋の破面で,図11における三次亀裂を含む破面の下半分の拡大 組織である.図1313)は図11の二次亀裂の下端部を含む一次亀裂の拡大組織で最下端部の一次 亀裂に相当する部位(図13a)は腐食を受けた組織であるが延性破断面である.この部分の破面 は図10に示した微細割れに対応しており,施工時の曲げ加工により形成され,コンクリート環境中 で腐食された(Short Note 1)と推定される.腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 (a) A位置の拡大組織 (b) B位置の拡大組織 (c) C位置の拡大組織 A B C 図13 破面起点部の拡大13) 図12 破断したスターラップ筋の破面13)
腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 図14 三次亀裂下端部の破面13) 図15 三次亀裂の破面13) 有限要素法を用いた曲げ加工時の応力-ひずみ解析結果では曲げ加工により曲げ内側の節基 部(図8,図10参照)に加工応力徐荷時に大きな残留応力―ひずみが形成されることが判った.従 って,図10の微細割れは曲げ加工後のスプリングバックにより形成されたと推定される. また,図13bおよび図13cは一次亀裂と二次亀裂の境界付近に位置し延性破壊組織と劈開破壊 組織が混在していることが観察される.図1413)は図13cの上端に接する組織で明確な延性破壊 組織で,図1513)に示す劈開破壊を誘起する塑性変形域に対応している. 現在判明しているアルカリ骨材反応を発生して鉄筋が破断した鉄筋コンクリート構造物から採取さ れた破断鉄筋の破面は先に述べたように全て図9に示した擬脆性破壊面であり,また,施工時の 曲げ加工により図10に示した微細割れが形成されていたと推定される6)9)13)14).先在クラックとして 曲げ加工割れ(図10)が存在している状態であれば,図4に示した実験結果から推定されるアルカ リ骨材反応により形成される降伏応力(図8,図9および図12の鉄筋はSD295A相当)を超える負 荷応力によって,先に述べた破面を形成することは容易に推定される.このことから,割れ破面の 解析結果に基づいて水素脆性割れの可能性も提起されている9)15)が(Short Note 2),現在採 取されている鉄筋コンクリート構造物のアルカリ骨材反応に伴う鉄筋の破断機構は,反応により生 成した膨張圧力の形成する鉄筋に負荷された引張応力による機械的破断と考えるべきである.ま た,アルカリ骨材反応を生成する高pH環境では,Feは不動態ではなく,腐食される(Short Not e 2)が,コンクリート構造物の表面に割れが生成した直後に採取された破断鉄筋の破面(例:図1 4,図15)が,施工時に形成されたと推定される微細割れ部(図10,図13)以外は腐食されていな いことから,鉄筋破断後に比較的短時間で,または同時に,コンクリートのひび割れ(図1,図5)は 形成されていると推定される. Short Note 1 : アルカリ骨材反応の反応式 アルカリ骨材反応にはアルカリと反応する物質に対応して3種類の反応が存在する.(1)アルカリ シリカ反応(alkali silica reaction),(2)アルカリシリケート反応(alkali silicate reaction), および(3)アルカリ炭酸塩反応(alkali carbonate reaction)1)2)である.反応(2)は反応(1)と 本質的に同一反応とみなされるので,通常は反応(1)と反応(3)に大別される.アルカリ骨材反応
腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 図16 細孔溶液のpHとセメントのアルカリ含有量の関係4) は反応生成物が大量の水をもつ水和物(ゲル)を形成し,その結果,反応に際して大きな膨張空 間を必要とする(膨張圧力を発生する)ことを特徴とする現象である. 反応(1)は非晶質のシリカ(SiO2)とアルカリの反応である.セメントに含有されるNa2O,K2O等の アルカリ酸化物はセメントの水和反応時に以下の反応によりアルカリイオンを形成する. Na2O+H2O→2NaOH NaOH→Na++OH- 生成したアルカリイオンが非晶質SiO2と反応してナトリウムシリケート,カリウムシリケート等を生成 する. SiO2+2Na++2OH-→Na2SiO3+H2O 生成したアルカリシリケートは水和して膨張する. Na2SiO3+9H2O→Na2SiO3・9H2O アルカリ炭酸塩反応は炭酸塩(ドロマイト石灰石)とアルカリの反応である. CaMg(CO3)2+2NaOH→Mg(OH)2+CaCO3+Na2CO3 反応生成物であるNa2CO3が10分子の水と水和して膨張する. これら2種類の反応のうち,国内のコンクリート構造物で発生するアルカリ骨材反応はアルカリシリ カ反応であるから,アルカリ骨材反応:ASRはアルカリシリカ反応を意味する. コンクリート構造物に用いたセメントに含有されるアルカリ量とコンクリートの細孔溶液の示したpH の関係を図164)に示した. モルタル試験片を用いて行ったアルカリ含有量と試験片膨張量の関係を解析した結果はアルカリ
腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 Fe3+ Fe2+ Fe2O3 HFeO2- Fe Fe3O4 図17 Feの電位―pHダイアグラム17) 含有量が0.7mass%を超えると膨張量が顕著になることを示している16).図16を参照すればアル カリ骨材反応が活性になるのは細孔溶液がpH>13.5になるような高pH環境においてであること がわかる. また,膨張圧力が形成される上記のゲル生成反応では反応式が示すように大量の水の存在が必 要であり,湿潤状態を常時保持する実験環境では相対的に短時間にアルカリ骨材反応が発生す る.実環境においても,アルカリ骨材反応が発生しているコンクリート構造物の部位は常時湿潤状 態が保持されやすい部位である. Short Note 2 : アルカリ骨材反応環境における応力腐食割れ機構の可能性 先に述べた機械的破断を除いて, アルカリ骨材反応が発生した鉄筋 コンクリート構造物環境において膨 張圧力により鉄筋に誘起される可 能性のある応力腐食割れ機構- 水素脆性割れおよび活性腐食割 れ-について考察する.いずれの 割れ機構においても,割れ機構の 基本反応はFeの溶出である. 対象とする環境のpHは13より高い と推定される(Short Note 1). このような環境においてはFeの溶 出(鉄筋の腐食)は本シリーズの 第1回(腐食センターニュース No. 039)に述べたようにFe2+イオンと して活性溶解することはない. 図17はFeのpH-電位ダイアグラ ムを示している17).アルカリ骨材反応の環境は右下隅のHFeO 2-イオンが安定である領域である. この領域でFeはHFeO2-イオンとして以下の反応式により溶出(腐食)する Fe+2H2O→Fe(OH)2+2H++2e- (1) Fe(OH)2→HFeO2-+H+ (2) アルカリ骨材反応の環境では,Feの腐食は(1)式のアノード反応で形成された皮膜が(2)式に示 す溶解反応により進行する.従って,図13aの破面において施工時に形成された割れに対応する 部分に皮膜が観察されることは(1),(2)式の腐食反応の結果を示している. 図17の点線aは(3)式の水素還元反応の平衡線である. H++e-→H (3) 2H→H2 (4)
腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 図18 水素脆性割れを誘起する限界鋼中 水素量と鋼強度の関係19) 図19 水素脆性割れを発生する限界鋼中水素量 と硬さの関係20) アルカリ骨材反応の環境では,(1)式のアノード反応に対応してO2の還元反応とともに(3)式がカ ソード反応として参加する可能性がある. カソード反応として生成したHは(4)式により再結合するとともに一部はFe中に侵入する可能性が あり,その結果,水素脆性割れを誘起する可能性がある.アルカリ骨材反応が成立する環境にお いて水素脆性割れが発生するためには以下の2条件が成立することが必要である. (1)割れを発生するために必要量の鋼 中侵入水素量が確保される. (2)カソード反応としての水素還元反応 を支持するアノード反応(腐食反応)が 成立する. コンクリート内部を近似した環境において 12.1(μA/cm2)のカソード電流を負荷 して透過水素流を測定した結果から求 められた Fe 中の拡散性水素量(Feの 表面直下の水素量:C0)は0.82ppmで あった18).SD295A相当鋼(引張強さ: 500MPa)の鉄筋に水素脆性割れを誘 起するためには図1819)のダイアグラム から推定されるように水素含有量が不足 する(PC鋼線・鋼棒の場合であれば,引 張強度が1000MPa以上であるから図 18から水素脆性割れを誘起することが 推定される).先に破面解析を 行ったスターラップ筋曲げ加 工部の硬さはほぼHV280で あった13).上記の鋼中水素量 と図1920)の割れ発生限界水 素量を比較すると限界値に近 いが限界値を超えてはいな い.加工硬化または引張応力 負荷により水素脆性感受性が 上昇することを示す報告はあ る21)が,この場合でも図19の 限界値を超える水素侵入量が 必要である.さらに条件(2)に述べた腐食反応,例えば12.1(μA/cm2)のカソード電流に平衡す るアノード電流(腐食電流)が必要であることで,図19の限界水素量に対応するアノード電流(腐食
腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 電流)はコンクリート環境としては中性化したコンクリート中の腐食速度(腐食センターニュース No. 040)以上に大きい鉄筋の腐食速度が必要になる.その状況は破面に反映される.水素脆性割れ により割れが進展すると仮定すると進展しつつある破面も腐食されることになる(これは一度の不安 定破壊で破面が形成される場合を除いてPC鋼線・鋼棒についても同じである). アルカリ骨材反応において活性腐食割れが発生する場合は腐食反応(1)式および(2)式によって 割れが形成されるので,割れ破面はtarnish rupture型(新生金属面に皮膜が形成され,その皮 膜が割れることによって割れが進展する)の形態を示すと推定される.先に述べた破面解析の結果 では破面進展時には腐食は認められていない.既報9)の観察結果でも破面が腐食されていない 事例が存在することが報告されている. 通常のコンクリート環境では水素脆性割れは700-900MPa以下の強度の鋼には発生しない(従 って,通常の鉄筋には発生しない)と主張されてきた22).PC鋼線・鋼棒においても水素脆性割れ が発生する場合は孔食,隙間腐食等の前駆腐食形態によって局部的な低pH環境が構成されて いることが必要である.これらの局部腐食は水素発生源であるとともに割れを進展させるためのき 裂として作用する22). また,素材もquench and temperで製造された焼き戻しマルテンサイト鋼で,水素脆性割れを 発生した事例では引張強さが1654-1779MPa以上であった23). 活性腐食割れはコンクリート環境では次のような特殊な環境以外では鉄筋にもPC線鋼・鋼棒にも 発生しない.コンクリート構造物に発生している活性腐食型の割れの事例ではコンクリートに欠陥 があって外部から侵入した反応物質(例:nitrate,carbonate)による特定pH-電位域で発生す る割れ(例:硝酸塩割れ,炭酸塩/重炭酸塩割れ)で,通常のコンクリート環境では形成され得ない 環境で発生している22)23)24). 鉄筋コンクリート構造物において,その表面に図1のような割れが形成され,外部環境からCO2,水, Cl-イオンが侵入してコンクリートが中性化し,また,鉄筋が腐食される環境が構成されれば,アル カリ骨材反応が発生している構造物で水素脆性割れ,活性腐食割れが進展することは十分にあり 得ることを強調しておきたい.この場合,アルカリ骨材反応は応力発生機構としてのみ作用してい るので,割れ機構はコンクリート製電柱等で観察されている割れ機構と同じである25). 文献 1.中部セメントコンクリート研究会編:“コンクリート構造物のアルカリ骨材反応”,理工学社, (1991). 2.建設省住宅局建築指導課監修:“コンクリートの塩化物総量規制とアルカリ骨材反応対策”, 日本建築センタ-,pp.18-31,(1987). 3.無機マテリアル学会編:“セメント・セッコウ・石灰ハンドブック”,技報堂出版,p.517,(1995). 4.L.Bertolini,B.Elsener,P.Pedeferri,and R.Polder:“Corrosion of Steel in Concrete“,Wiley-VCH,pp.62-64,(2003). 5.鳥居和之(金沢大学):私信
腐食センターニュース No. 042 2007 年 6 月 1 日 6.鳥居和之,池富修,久保善司,川村満紀:コンクリート工学年次論文集,23(2),p.595, (2001). 7.国土交通省:“アルカリ骨材反応が生じた橋梁に対する対応について”,2003 年 3 月 18 日. http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha03/06/060319_.html 8.土木学会コンクリート委員会/アルカリ骨材反応対策小委員会:“アルカリ骨材反応による鉄筋 破断が生じた構造物の安全評価(中間報告)”,土木学会誌,88(9),p.83,(2003). http://www.jsce.or.jp/committee/index.html 9.葛目和宏,河野広隆,中谷昌一,玉越隆史:コンクリート工学,42(6),p.11,(2004). 10.吉本 彰:“コンクリートの変形と破壊”,学献社,p.126,(1990). 11.NHKホームページ http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2003/0304-2.html 12.土木学会平成 16 年度全国大会研究討論会資料 塚越勝宏:「鉄筋破断の衝撃―社会基盤に対する意識を変えたものとは―」. 13.特別講演会(主催:金沢大学工学部材料開発研究室),(1)中谷健,“ASR劣化橋脚の補強 とモニタリング”,(2)樽井敏三,“ASRにより破断した鉄筋の調査”. 14.西岡敬治:文献12. 15.箕島弘二:文献12. 16.J.B.Miller:ed. J.Mietz,B.Elsener, and R.Polder,“Corrosion of Reinforcement in Concrete”,EFC Publications No.25,IOM Communications,p.141,(1998). 17.腐食防食協会編:“材料環境学入門”,丸善,p.264,(1993). 18.R.S.Lillard and J.R.Scully:Corrosion,52(2),p.125,(1996). 19.文献17,p.47. 20.文献17,p.48. 21.小林正人,水流徹,谷光彩子,西方篤:材料と環境2005,腐食防食協会,C-202, (2005). 22.文献4,pp.147-162. 23.J.Mietz and B.Isecke:ed.C.L.Page,P.B.Bamforth,and J.W.Figg,“Corrosion of Reinforcement in Concrete Construction“,The Royal Society of Chemistry,p.200,(1996). 24.U.Nurenberger:文献19,p.21. 25.腐食センターニュース,No.17,p.4,腐食防食協会,(1998). (小川洋之/腐食センター) シリーズの終了にあたって 本号まで 4 回にわたって掲載致しましたコンクリート構造物の環境劣化に関する解説記事の内容 について質問を頂きたくお願い申し上げます.