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http://i-sugawara.jp/ 「本性」を露わにしたシリア・クルド YPG 過激派イスラム国（IS）のシリアにおける支配領域が日に日に縮小している。 10 月 20 日、米国が支援する民兵組織「シリア民主軍（SDF）」が、シリアにおける IS の 「首都」ラッカを完全に制圧したと正式に発表した。SDF の主体はクルド人民兵組織 「人民防衛部隊（YPG）」であり、事実上、クルド人がアラブ人多数派の都市ラッカを占 領したことになる。 その前日の 19 日、YPG の戦闘員たちは、トルコの非合法武装組織「クルド労働者党 （PKK）」の指導者オジャラン受刑者の肖像入りの巨大な幕をラッカの広場に掲げて 「勝利」を祝った。 PKK は、トルコ国内でテロを続けており、トルコ政府がテロ組織指定している非合法団 体である。その創設者であるオジャラン氏は今もトルコの刑務所に服役中である。米 国政府も PKK をテロ組織指定しており、日本政府も公安調査庁が出版している『国際 テロ要覧』でテロ組織として紹介している。 これまでも SDF が IS から奪還した市や村では、オジャラン氏の肖像が飾られたり、オ ジャラン氏の思想が宣伝されるなど、YPG が PKK の姉妹組織であり、この 2 つが同一 のグループであることは明らかであった。 それゆえトルコ政府は過去数年間、米国に対して「YPG は PKK と同一組織、つまりテ ロ組織だから支援するのは止めてくれ」と主張し続けてきた。「IS というテロ組織を倒 すために YPG という別のテロ組織を支援するのは間違っている」と。 しかし、米国がシリアで対 IS 作戦を進める上で、YPG は唯一の実力のある軍事組織 であり、YPG に対する支援を止めてしまえば、米国はシリア内戦において使うことの できる代理勢力を失くし、影響力を失ってしまう。 すでに YPG が支配するシリア北部には多数の米軍の活動拠点も整備されており、こ れまでに米国防総省は、YPG との共同作戦のために莫大な資金を投じてきた。今さ 2017 年 10 月 30 日号 クルド人の野望と挫折
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ら支援を止めてしまえば、シリアに対する影響力を失い、その後のシリア和平プロセ スにも発言力を持てなくなってしまう。
そのため米国は、「YPG は PKK とは異なる。YPG はテロ組織ではない」と主張し続け、 YPG に対する軍事支援を正当化し続けてきたのである。
9 月 26 日に SDF/YPG の最高司令官 Mazlum Kobane 大将が、『Al-Monitor』とのイン タビューに答えて PKK との関係について次のように述べていた。 「私はオジャラン氏がシリアに住んでいた頃からよく知っている。彼はシリアに 20 年も 住んでいた。彼はアレッポやダマスカスやアフリンに住むすべてのクルド人ファミリー を知っていた。彼の存在はこの地域では無視できない現実だ。彼は哲学でありイデオ ロギーそのものなのだ」 Mazlum 大将は、YPG 創設の経緯について次のように語っている。 「PKK の中で戦っていた戦士やその創設に携わったシリア人たちが、シリアで紛争が 勃発した際に母国に戻って設立した。その数は 30 名くらいで多くはなかった。私もそ のグループの一人で 2011 年の春にシリアに帰国した」。 トルコのテロ組織 PKK に所属していたシリア人たちが、シリアで内戦が起きた 2011 年 にシリアに戻ってつくったのが YPG だったのである。 ラッカを奪還した YPG は、オジャラン氏の肖像画を掲げることで、自分たちの「正体」 を改めて世界に知らしめた。当然トルコ政府は、「我々が言っていた通りだろ！米国 は PKK のテロリストたちを支援してきたのだ」と憤慨した。 しかし、こうなっても米政府は SDF/YPG に対する支援を止める様子はない。YPG はラ ッカに続いてさらに南のデリゾールへの進撃を続けている。今度はデリゾールをめぐ る争奪戦が激しさを増すことになる。 10 月 22 日、SDF/YPG は、デリゾールにあるシリア最大の油田オマル油田を支配下 に置いたことが報じられた。SDF/YPG がデリゾールの東部に侵攻し、アサド政府軍 が西側を支配下に収めつつある。現在はデリゾールを東西に分けるユーフラテス川 を挟むようにして SDF/YPG とアサド政府軍が睨み合っており、ちょうどその真ん中に
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http://i-sugawara.jp/ IS の残党たちが終結している。 SDF/YPG もアサド政府軍も、「IS からデリゾールを奪還する」という目標を掲げて東 西からデリゾールに攻め込み、今、衝突寸前のところで対峙しているのである。 SDF/YPG とすれば、この紛争でとれるだけの土地、資源などの戦略的なアセットを 取ろうと考えているのだろう。軍事力ですべてを解決できるとは思っていないはずだ が、いずれアサド政府側と交渉のテーブルにつく上でも、今たくさんのアセットを支配 しておいた方が有利に交渉出来るはずである。 米国としても、アサド政権を支援するイランがこの地域で強大化するのを妨害するた めに、SDF/YPG を出来る限り支援しておこうと考えているのだと思われる。しかし、 アサド政府軍を支援するロシア軍が SDF/YPG を空爆した際に、米軍はロシア軍との 軍事衝突を覚悟で SDF/YPG を守ろうとするだろうか？ デリゾールでクルド勢の SDF/YPG とアサド政府軍（及びイラン系シーア派民兵組織） が軍事衝突するのは時間の問題だと思われる。その時にロシアと米国がどこまでそ れぞれの地上の同盟勢力を支援するのかが、今後の注目点であろう。 シリアの将来をめぐる天下分け目の決戦の日が近づいている。 早々に挫折したイラク・クルドの「独立」 一方、イラクでは北部のクルド自治政府（KRG）が 9 月 25 日に独立の賛否を問う住民 投票を実施したことに対し、イラク中央政府、トルコやイランが猛反発。主に外交、経 済的な制裁措置をとって圧力をかけ、軍事演習を実施することで威嚇。 イラク政府は、クルド自治区内主要銀行へのドルの供給を停止し、外貨送金も禁止す る措置をとると同時に、自治区内の国際航空便の運航を禁止した。当然、クルド自治 区内に住む外国人は、この禁止措置がとられる前に一斉に国外に「脱出」することに なり、また、その後も外国からクルド自治区への渡航は困難になったため、クルド自 治政府には大きな打撃となった。 イラン政府はクルド自治区との国境をまたぐ原油輸送を禁止する措置をとって経済的 に圧力をかけた。また、国境付近でイラク軍と合同軍事演習を実施。
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http://i-sugawara.jp/ 同様にトルコ政府も国境付近でイラク軍と合同軍事演習を実施した。それまでイラク 政府よりもむしろ KRG との関係が強かったトルコが、KRG の住民投票発表以降急速 にイラク政府との関係を強化して KRG に圧力を加える側に回ったことは、KRG にとっ ては大きな誤算だったと思われる。 トルコ政府はイラン政府とも共同歩調をとり、KRG を非難し、KRG が独立の方向に進 むのであれば経済制裁も辞さない姿勢を示した。陸の孤島であるイラク北部のクルド 自治区は、周囲の国との交易を止められてしまえば、モノを売ることも買うことも出来 ずに文字通り干上がってしまう。 自治区内から産出する原油も、トルコにつながるパイプラインを通ってトルコ経由で市 場に送り出されるため、トルコが事実上 KRG の生命線を握っているようなものであ る。 さらに域外大国としてこれまで支援してくれていた米国も、KRG の独立住民投票では 不支持の立場を鮮明にした。米国は KRG の治安部隊ペシュメルガへの資金援助をし ており、隊員たちの給与は事実上この米国からの資金援助で賄われてきた。しかし、 米国防総省はここに来てこの資金援助計画を更新しない方針を明らかにし、KRG に 圧力をかけたのだった。 ちなみに今年の 4 月に KRG は米国政府から武器を購入する契約を済ませていたが、 いまだにそのデリバリーがなされていない。 経済と外交面で KRG に圧力をかけたイラク中央政府は 10 月 15 日、「クルド自治政府 がトルコの非合法武装組織クルド労働者党（PKK）と連携し、キルクークに PKK 部隊を 動員している」ことを理由に、イラク軍をキルクークへ進軍させた。 キルクークは、2014 年 6 月のイスラム国（IS）台頭を受けて、当時弱体化していたイラ ク軍が撤退した後を受けて、KRG のペシュメルガが占領し、統治をしていた。北部最 大の油田地帯であるため、イラク中央政府と KRG の間の最大の係争地となってい た。 イラク軍及びシーア派民兵は翌 16 日、キルクークの軍事基地や空港、油田施設、中 心部の州庁舎も支配下に置き、瞬く間にキルクークを制圧した。
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http://i-sugawara.jp/ クルド自治政府の治安部隊ペシュメルガは、一部部隊を除き戦闘を避けて撤退。さら に 17 日には、北部シンジャール(Sinjar)や中部ディヤラ州ハナキン(Khanaqin)など自 治区外で KRG が実効支配していた地域からも全面撤退。中央政府はわずか 2 日間 で油田地帯キルクークに続き、主要地域を奪還した。 上記の地図は、米情報会社 Stratfor が掲載したイラク北部の勢力図だが、これを見 ても、ペシュメルガが占拠した自治区外の土地のほとんどが、イラク政府のコントロー ル下に入ったことが分かる（薄紫色の部分）。 これを受けて 10 月 25 日、クルド自治政府（KRG)は、「イラク中央政府に対して 9 月 25 日の住民投票の結果を凍結することで、中央政府との交渉のための機運を作ること を提案したい」と発表して中央政府と対話を求める姿勢を明らかにした。 このままでは中央政府に係争地の支配権をすべて奪取された上に、経済的な封鎖を されて息の根を止められてしまうことに焦りを感じた KRG の指導者バルザーニ議長が、 妥協案を提示したのである。 しかしイラク政府は、「凍結」ではなく住民投票の「無効化」を要求しており、アバディ首 相はこの KRG の提案を「受け入れられない」と突っぱねた。
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http://i-sugawara.jp/ その後もイラク軍は、KRG との係争地のほとんどを支配下におき、さらに残りの地域 を奪還すべく、軍を進めた。KRG は、中央政府との軍事衝突のこれ以上の拡大を避 けるために「投票結果の凍結と引き替えに軍事作戦の停止、対話の開始」を求めた が、イラク政府側が拒否して圧力を緩めなかった。 万策尽きた KRG のバルザーニ議長としては、辞任する他なかったのであろう。 10 月 27 日、イラク中央政府のアバディ首相が突如軍に対し、ペシュメルガとの戦闘を 24 時間停止するよう命じた。前日には、イラク軍とペシュメルガのトルコ国境地帯での 軍事衝突が伝えられ、緊張が高まっていた。 そして 29 日には、遂にバルザーニ議長が自治政府議会に対し、11 月 1 日に退任する 意向を伝えたことが伝えられた。同日、クルド自治政府議会は、バルザーニ議長の退 任を賛成多数で承認した。 同日テレビ演説をしたバルザーニ議長は、IS 掃討作戦で協力関係にあった米国がイ ラク中央政府に武器を渡し、その米軍の武器がペシュメルガに対して使われた、とし て米国を非難した。 「ペシュメルガの助けなしに、イラク軍だけでモスルを IS から解放することは出来なか った。なぜワシントンはクルド人に罰を与えようとするのか？」 「ポスト IS」のイラク、そしてシリアで激化している新たな政治闘争の中で、まず KRG のバルザーニ議長が最初の「犠牲者」として力を失った。今後さらに激しさを増す生き 残りゲームを勝ち残るのはどの勢力なのか？引き続き、IS 勢力圏縮小後の中東のパ ワーゲームをフォローしていきたい。 編集・発行人 菅原 出 発行日：2017 年 10 月 30 日（月）
