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マラソンにおける脱水時の経口補水液(OS-1

®

)の効果に関する検討

A Study of the effects of the Oral Rehydration Solution(OS-1

®

at the time of dehydration in a marathon

前 住 智 也*,田 中 秀 治** Tomoya MAEZUMI* and Hideharu TANAKA**

Ⅰ.は じ め に マラソンは 42.195km を特別な器具を用いずに 走る競技であるが、近年マラソン中の事故や傷病 の発生が問題となってきている。一般的に市民マ ラソンランナーに起こる最も多い傷病(図1)は 膝の関節痛、太ももやふくらはぎの筋肉痛、こむ ら返りといった筋肉や関節の痛みである。その次 に多い傷病は靴ずれや走っている最中の股擦れな どの皮膚損傷であり、このような軽傷の怪我が一 般ランナーを悩ますことになる。次に多い傷病が 天候や気温、湿度などの環境によって起こる熱中 症や低体温症、また給水がうまくいかずに起こる 脱水症状だったという報告がある1) マラソン運動と熱中症の関係性、危険性を示し た論文は複数報告されており2-7)、 マラソン中、 またはマラソン直後の熱中症に対してはすぐに処 置を開始することにより良好な予後が得られる8) ことから、市民マラソン大会にてランナーを救護 するにあたっては熱中症、脱水への対策は必要不 可欠である。脱水、熱中症の初期治療として共通 する点は乳酸リンゲル液等の輸液剤を急速静注す ることである9) しかし、マラソン大会での救護では病院内での 治療と違い、屋外での処置になるため、風の影響 や雨などの天候により不衛生な環境であり、また 点滴をする際の静脈留置針の管理や点滴の準備等 が難しい。また処置後の医療用廃棄物の処理など を考えると簡単に点滴を実施することはできな い。 そこで今回は点滴の代用として管理が簡便であ

* 国士舘大学大学院救急システム研究科(Graduate School of Emergency Medical System, Kokushikan University) ** 国士舘大学ウエルネス ・ リサーチセンター(Wellness Research Center, Kokushikan University)

AND SPORT SCIENCE VOL.28, 65-69, 2009

報告書(体育研究所プロジェクト研究)

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る経口補水液(ORS:Oral Rehydration Solution) を用いた。ORSは水分と電解質をすばやく補給で きるようにナトリウムとブドウ糖の濃度を調整し た飲料である。もともとORSを用いた経口補水療 法(ORT:Oral Rehydration Solution Therapy) は 1940 年代より、 発展途上国におけるコレラ患 者の治療のために研究されたのが始まりである。 その後、1960〜70 年代の研究結果をもとに世界 保健機関(WHO:World Health Organization) が 1975 年に ORT に用いる ORS の組成(WHO-ORS)が発表された。さらにその後も研究が進め られ 2002 年に新しい組成の WHO-ORS が発表さ れた10)11)。WHO-ORSと日本におけるORS(医薬 品・食品)及びスポーツドリンクの組成を表1に 示す。 前述したように市民マラソン大会ではランナー が脱水状態になることが少なくない。病的な状態 に陥った脱水を改善するためには輸液が必要にな るが、点滴は医師のみが実施できる医療行為であ る。これらの相反する問題に鑑み、より簡便にか つ安全で侵襲が少ない方法として、今回は市民マ ラソン大会での救護活動に ORS を使用すること により、その効果を検証することを目的とした。 Ⅱ.方  法 対象を 2009 年3月 22 日に開催された東京マラ ソン 2009に参加したランナー34,971人(男性 74.8 %、 女性 25.2%) とした。 東京マラソン 2009 に 関するデータを以下に示す。 スタート時間は9時であり、制限時間7時間で あった。気象データに関しては、天気は曇りのち 雨、気温は最高 23.0℃であり、最低 15.1℃であっ た。湿度は75%であった。 今回使用した ORS は株式会社大塚製薬工場の OS-1®とした。OS-1®の栄養成分は100ml当たり、 エネルギー10kcal、タンパク質 0g、脂質 0g、炭 水化物 2.5g、 ナトリウム 115mg(5mEq)、 ブド ウ糖 1.8g、カリウム 78mg(2mEq)、塩素 177mg (5mEq)、マグネシウム2.4mg、リン6.2mg である。 表1に経口製剤との比較表を示す。 表1 WHO-ORS と日本における ORS(医薬品・食品)及びスポーツドリンクの組成の比較

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ORSの使用基準は、以下の3つの項目とした。 1)筋痙攣の存在:拮抗筋を伸ばす体位にして休 養、水を経口摂取しても改善しないもの。2)脱 水の存在:水を経口摂取しても改善しないもの。 3)熱中症の存在:体温の上昇があり、冷却して も改善のないもので、かつ意識状態が良好なもの とした。 Ⅲ.結  果 東京マラソン 2009 において沿道で救護対象と なったランナーは 220名発生した。救護対象とな ったランナーの症状別割合は、下肢痛や靴ずれ等 のマラソンによるケガが 85%を占めた。13 件は 脱水症状を伴う嘔気・嘔吐であった。心肺停止と なったランナーは2名であった。(その他の症例: 貧血:4件、過換気:2件、心窩部の違和感1件) (図2)。 そのうち、OS-1®使用基準を満たしたランナー は9名であった(表2)。OS-1®の対象となった ランナーの詳細を以下に示す。 平均年齢は 45.1± 18.2歳であった。性別は男性 6名、女性2名、不明1名であった。症状別にみ ると、下肢痙攣が4名、嘔気・嘔吐が3名、脱水 状態、過換気が各1名ずつであった。平均走行距 離は 30.2± 6.1kmであった。平均走行時間は4時 表2 脱水症状を呈し、OS-1®の適応となった症例 図2 救護対象となったランナーの症状別割合

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間 27 分±1時間 11 分であった。OS-1®使用後の 転帰をみると、競技復帰が4名、リタイアが4名、 救急搬送が1名であった。 以下に、OS-1®の使用に関する3つの症例を報 告する。 No.4 の症例報告 四肢の痙攣が起きたもので、本人は疲れからく るものと考えていた。しかし、なかなか症状が治 まらず痺れも出現し始めた。その後、救護チーム と接触し、足の痙攣を止めて欲しいと訴え、観察 と問診を開始した。ストレッチをしても改善せず、 発症の経緯を聴取したところ、ほとんど水分等の 摂取が無いということが判明し、疲労によるもの ではなく、脱水からくるものと判断し、OS-1® 経口投与を実施した。しばらく時間をおいたとこ ろ、本人が回復と判断し、レースに復帰した。 No.5 の症例報告 発症場所:27km 付近 主訴:下肢、下腿がつ ってしまい動けないとのことであった。すでに体 表面上に汗等は認められず、脱水状態であること は明らかであった。接触時会話は可能であったが、 吐き気を生じており飲み物は飲みたくないとのこ とであったため保温とマッサージの応急手当を行 っていたが、会話の反応が徐々にうすれていった。 接触時から下肢、下腿の筋肉のこわばりは顕著で あり、本人は仰臥位のまま一切動くことはできな かった。経口補水後、明らかな意識状態の改善、 筋肉の硬直の緩和を認め、本人の判断によりリタ イアすることとなった。最後、介助は必要であっ たが、自力で歩行し、車椅子に乗り込み、救護所 にむかった。 No.6 の症例報告 31km 地点で、全身が痙攣して動けず、救護所 まで車椅子で搬送した事例だった。OS-1®を経口 投与したところ著効(仰臥位から起き上がる事が 困難なランナーが、飲んでから2-3分で介助つ きで車椅子に座ることができた)した。 Ⅳ.考  察 過去のマラソン大会での救護医療体制では、脱 水症状を呈するランナーに対しては点滴による治 療が行われてきた13)。しかし、意識障害を生じて いない脱水症状のランナーに対しては ORS の普 及により、さらに簡便にかつ安全に対応すること が可能であると考えられる14) 今回、 東京マラソン 2009 に参加したランナー 34,971 人のうち、 救護対象となったランナーは 220名いた。そのうち 13名は病的な脱水症状を呈 していた。 今回、発生したランナーのように、重症の脱水 状態で、かつ電解質異常があり、全身の硬直があ る場合、その場所から移動することは難しい。し かし、汗をすでに十分にかいている状態で沿道に 倒れこんでいるので体温の低下、不安や疲労感か ら呼吸回数の増加が伴い低酸素化に陥り意識レベ ルが低下するという症例は、マラソン救護では少 なくない。通常の水の補給のみによるものでは十 分な循環血液量の回復や、電解質の補正を図れな いと考える。今回のOS-1®による補給では今まで になく、急速かつ効果的に改善を認めた。このよ うな改善は他の飲料水を用いていたときには認め られることはなかった。救護現場において脱水の ランナーに対しここまで状態の改善を見られるこ とは、容態悪化となりえる負の連鎖による症状の 重症化を未然に防ぐことにもつながり、OS-1® よる経口補水が今後の沿道救護における有効的な 応急手当の可能性が示唆された。 Ⅴ.ま と め 今回、 マラソンにおける脱水時の経口補水液 (OS-1®)の効果に関する検討を行うため、34,971 名が参加した東京マラソン 2009 において脱水症 状を呈するランナーにOS-1®を使用し、その効果

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を検証した。 その結果、13 名のランナーが脱水 状態となりOS-1®の適応となった。 過去、リタイア、及び搬送となったランナーと 同様の症状を呈していたにも関わらず、OS-1® 使用したことにより病的な症状が著名に回復しマ ラソン競技に復帰したランナーがみられた。 今後はOS-1®使用前後のランナーの生理学的な データをもとに分析を行い、より詳細な効果につ いて検討する必要がある。 謝  辞 マラソン救護活動を行うにあたり、ご協力頂き ました医師、救急救命士、看護師の皆様、国士舘 大学体育学部スポーツ医科学科の皆様に深く感謝 致します。また、本研究にご助力頂きました株式 会社大塚製薬工場に感謝致します。 参考文献 1) 前住智也、田中秀治、徳永尊彦、細川晃央:【特集 /市民マラソンにおける安全管理】市民マラソン 大会における自転車モバイルチーム(モバイル AED 隊) の重要性. 臨床スポーツ医学 2009; 26:p329-334. 2) 東島利佳,清塚更,森菜穂子,阿部考四,太田誠耕: 高等学校におけるマラソン大会による熱中症に関 する研究. 弘前大学教育学部紀要 2007;98: p91-96. 3) 沢木啓祐,鯉川なつえ:マラソンレース中の熱中 症に関する事例報告.発汗学 2003;10:p51-53. 4) 山澤文裕:熱中症予防と暑さ対策 種目別の暑さ対 策 5 長距離走. 臨床スポーツ医学 2002;19: p789-795. 5) 中井誠一,寄本明,森本武利:環境温度と運動時 熱中症事故発生との関係. 体力科学 1992;41: p540-547. 6) 立石順久, 貞広智仁, 安部隆三:夏季マラソン大 会(富里スカイロードレース)における熱中症症 例の検討.日本救急医学会関東地方会雑誌 2002; 23:p60-61. 7) 小林寛道:運動と体温調節 体温調節の歴史と展 開 - マラソンの体温調節と暑さ対策を巡って -.体 育の科学 2004;54:p769-776.

8) Roberts WO:Exertional heat stroke in the marathon.Sports Med 2007;37(4-5):p440-443.

9) 池側均, 堀江正知: 今日の治療指針. 医学書院, 東京,2007,p20,718-719.

10) World Health Organization. Oral Rehydration Salts (ORS):a new reduced osmolarity formulation.

Geneva, Switzerland:World Health Organization, 2002.

11) Duggan C et al:Scientific rationale for a change in the composition of oral rehydration solution. JAMA 2004;291:2628-31. 12) 山 口 規 容 子: 小 児 科 診 療 1994;54(4):p788-792.(一部改編) 13) 菅沼明人:小笠掛川マラソン救護について−市民 マラソンの熱中症対策−. 臨床スポーツ医学 2000;17(5):610-616. 14) 中尾博之, 高橋晃, 吉田剛, 遠山一成, 李俊容, 川嶋隆久,石井昇:イベント会場救護所における 軽症患者に対する経口補水療法の可能性.日本集 団災害医学会誌 2009;14:65-68.

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