く介入の効果 : 母子関係の安定に向けて
Sub Title
Acquisition and generalization of spontaneous wearing skills for children with
autism spectrum disorders: establishing child–mother relationship
Author
前田, さおり(Maeda, Saori)
山本, 淳一(Yamamoto, Junichi)
Publisher
慶應義塾大学大学院社会学研究科
Publication year 2015
Jtitle
慶応義塾大学大学院社会学研究科紀要 : 社会学心理学教育学 :
人間と社会の探究 (Studies in sociology, psychology and education : inquiries into
humans and societies). No.79 (2015. ) ,p.113- 126
Abstract
Because of their deficit in fine motor skills, children with autism spectrum
disorder (ASD) have difficulty learning dressing skills in a natural environment.
Generally, their parents also have difficulty helping them acquire independent
skills for ADL (Activities of Daily Living) because they do not know how to teach
their children dressing skills. Certainly, this situation might increase parenting
stress. In this study, we examined whether four children with ASD could acquire,
maintain, and generalize spontaneous dressing skills through the total task
presentation procedure for establishing the behavioral chain of dressing skills.
The children's average CA (Chronological Age) was 42.8 months. We used the
multiple baseline design across participants. In baseline, we observed each
child's spontaneous dressing skills. For intervention, we used total task
presentation. The therapist used verbal and physical prompts and gradually
faded the prompts. During the intervention, the mothers observed how the
therapist presented and faded prompts. After that, mothers performed the
therapist's role in the maintenance and generalization test, where we observed
the child's spontaneous dressing skills generalized with the mother. We
calculated percentages of correct responses the child could achieve
spontaneously, without prompts. The results showed that three of four children
acquired and generalized spontaneous dressing skills in only three days. The total
task presentation procedure was effective for helping children with ASD acquire
spontaneous dressing skills. This results suggests that the mothers learned how
to use behavior procedures such as prompt fading by collaborating with the
therapist.
Notes
論文
Genre
Departmental Bulletin Paper
URL
https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN000
6957X-00000079-0113
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* 慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻 ** 慶應義塾大学文学部
全課題提示法に基づく介入の効果
―母子関係の安定に向けてーAcquisition and Generalization of Spontaneous Wearing Skills for Children
with Autism Spectrum Disorders: Establishing Child–Mother Relationship
前田さおり
*・山本淳一
**Saori Maeda, Jun-ichi Yamamoto
Because of their deficit in fine motor skills, children with autism spectrum disor- der (ASD) have difficulty learning dressing skills in a natural environment. General-ly, their parents also have difficulty helping them acquire independent skills for ADL (Activities of Daily Living) because they do not know how to teach their chil-dren dressing skills. Certainly, this situation might increase parenting stress. In this study, we examined whether four children with ASD could acquire, maintain, and generalize spontaneous dressing skills through the total task presentation procedure for establishing the behavioral chain of dressing skills. The children’s average CA (Chronological Age) was 42.8 months. We used the multiple baseline design across participants. In baseline, we observed each child’s spontaneous dressing skills. For intervention, we used total task presentation. The therapist used verbal and physi-cal prompts and gradually faded the prompts. During the intervention, the mothers observed how the therapist presented and faded prompts. After that, mothers per-formed the therapist’s role in the maintenance and generalization test, where we observed the child’s spontaneous dressing skills generalized with the mother. We calculated percentages of correct responses the child could achieve spontaneously, without prompts. The results showed that three of four children acquired and gen-eralized spontaneous dressing skills in only three days. The total task presentation procedure was effective for helping children with ASD acquire spontaneous dress- ing skills. This results suggests that the mothers learned how to use behavior pro-cedures such as prompt fading by collaborating with the therapist. Key words: autism, ADL; Activities of Daily Living, ABA; Applied Behavior Analy-sis, total task presentation, mother-child relationship
1. 序論 1-1. 自閉症児の特徴と育児における困難さ 自閉症スペクトラム障害児(以下「自閉症児」とする。)は,コミュニケーション,社会性,言語, 運動,知覚など,発達における様々な側面において,定型児とは異なった特徴を持っている。そのなか でも,問題行動の生起回数が多く,子どもの自閉度が高いほど,その母親の育児における疲労やストレ スは高くなることがすでに明らかとなっている(Seymour, Wood, Giallo, & Jellett, 2013)。さらに, Zablotsky, Anderson, and Law (2013)によると,自閉スペクトラム障害,アスペルガー症候群,その 他の広汎性発達障害を含む幼児をもつ母親1110人のうち,48.7%が抑うつ傾向あるいはうつ病の状態に ある。そのうち半数以上が,発達障害児を子にもつことにより,配偶者や友人との人間関係,仕事や経 済面などのQOL; Quality of Lifeにマイナスの効果が出ていると回答している。 1-2. 日常生活における自閉症児の母親の関わり方 自閉症児の母親が育児をしづらい,関わりづらいと感じている他の要因としては,母親が子どもので きること・持っているスキルに対してそれよりも高いレベルのことを要求することが挙げられる(Free-man & Kasari, 2013)。この研究では,自閉症児16名,定型発達児16名を参加児として,自閉症児とそ の母親における遊び場面での母子相互作用について調べた。同研究では,母親と参加児が10分間自由 に遊び,「遊びを開始する人物」,「一つの相互作用の持続時間」,「親子間でのプレイスキルの相違」を 従属変数として研究を行った。結果として,自閉症児と母親の相互作用は,定型発達児と母親のそれと 比べて,母親から遊びを始める頻度が有意に高いことが示された。相互作用の持続時間は,母親から遊 びを始めた場合には自閉症児のほうが長く,子どもから始めた場合には定型発達児のほうが長かった。 さらに,自閉症児の母親は,定型発達児の母親と比べて,子どものレベルよりも高いスキルを要求して いることが分かった。 これと同様の状況は,遊び場面だけでなく,日常生活においても見られると考えられる。例えば,会 話の場面では,単語の発話が難しい子どもに対して2語文で話すように要求することが予測される。ま た着衣の場面では,洋服のボタンを適切な穴に入れることが難しい子どもに対して服をすべて自力で着 るように要求するケース,あるいは全て母親が着せてしまうことで子どもの自発的な着衣スキルが育っ ていかないケースも考えられる。 自閉症児とその母親の相互作用について,遊び場面やコミュニケーションについては多くの研究がな されている(Adamson, Bakeman, Deckner, & Nelson, 2013; Siller, Hutman, & Sigman, 2013)。その一 方で日常生活にかかわるスキルであるADL; Activities of Day Living, 特に着衣についてはほとんどな されていない。着衣などの日常生活スキルは毎日必ず行う活動であり,将来自立して生活していくため には必須のスキルである(Sheridan & Raffield, 2008)。適応行動を測るスケールであるVineland-II適応 行動尺度(Vineland Adaptive Behavior Scales, Second Edition)でも,下位項目4項目は「コミュニ ケーション」「日常生活スキル」「社会性」「運動スキル」であり,4分の1が日常生活スキルとなってい る(Sparrow, Cicchetti, & Balla, 2005)。それにもかかわらず,母親は自立に向けた支援を家庭内で実 施することが難しいという現状がある。
1-3. 自閉症児の母親への支援 Ingersoll and Gergans (2007)の研究では,31 ~ 42カ月の自閉性スペクトラム障害児3名とその母 親を研究参加者とし,応用行動分析学(ABA; Applied Behavior Analysis)に基づく介入を10週間お こなった。同研究では,母親に対して逆模倣,言語マッピング,模倣トレーニングや強化,プロンプト フェイディングなどの介入法を教示することで,参加児の自発的模倣スキルが向上した。また,実験終 了後に母親に対して質問紙による満足度調査を行った結果,母親からみても参加児の模倣スキルは向上 し,参加児・母親ともに楽しんでスキル向上ができ,この介入法を日常生活でも積極的に用いたという 回答が得られた。これと同様の手段を用いて,母親に介入方法を教示することで,自発的模倣スキルだ けではなく社会コミュニケーションスキル,共同注意のスキルも向上した(Aldred, Green, & Adams, 2004; Drew, Baird, Baron-Cohen, Cox, Slonims, Wheelwright, Swettenham, Berry, & Charman, 2002)。 以上のように,ABAに基づく介入に母親が関わる研究のメリットとして,より日常生活に近い環境 で介入が可能となり,般化しやすいという点があげられる。また,ここから考えうる仮説として,以下 のことが挙げられる。先行研究での模倣,共同注意,社会コミュニケーションスキルなどに加え,日常 生活に必要な身辺自立のスキルを向上させることを目的とした介入において,母親がトレーニングに関 わることで,参加児のスキルが向上する過程を経験すること,母親自身が子どもの自立促進のための発 達支援技法を獲得することができる。その結果,日常生活においても実験で用いた介入法が積極的に般 化されることで,母親の育児ストレスの軽減やQOLの向上につながると考えられる。 1-4. 本研究の目的 以上のように,母親にとっては自閉症児の子どものスキルを正確に把握し,ターゲットとする行動を 課題分析し,スモールステップに分けて獲得させていくことが難しく,それが母親の関わりづらさにつ ながっていると考えられる。特に着衣や食事などのADLの場合,スムーズに日常生活を送るためには, 子どものスキルに合わせて課題分析をする前に母親がすべて手伝ってしまい,プロンプトフェイディン グがされない可能性もある。これでは母親にも負担がかかり,子どもの自発的なスキル獲得にもつなが らないと考えられる。そのため,良好な母子関係を築き,母子ともに安定した相互作用の中で,QOL の高い日常生活を送るためにはどのように接すればよいか,ということを明らかにする必要がある。 そこで,本研究では,ADLのなかでも着衣行動に着目し,どのような介入方法が自立生活スキルの 獲得に有効か,母子関係の安定につながるか,全課題提示法; Total-Task Presentationに基づき検討し た。Miltenberger (1997 大石他訳 2006)によると,全課題提示法とは,複雑な行動連鎖を一つのまと まりとして教える方法で,その名前の通り,それぞれの試行において課題のすべてを行う。全課題提示 法では,対象者が最初から最後まで行動連鎖全体を行うようにプロンプトする。多くの場合,行動連鎖 の中で対象者を援助するために身体プロンプトが用いられる。プロンプトを受けながら課題をうまく終 えることができるようになると,少しずつプロンプトをフェイディングし,援助が無くても課題を完了 できるようにする。全課題提示法は行動連鎖全体をとおして対象者を援助することが求められるため, 着衣のようなあまり長くない課題を教えるのに適している。それに対して,買い物のような複雑な行動 連鎖の場合は逆行チェイニングが適している。 以上のような全課題提示法に基づき,本研究では,まず自閉症児の着衣行動について課題分析を行っ た。その後介入を行い,その効果がみられるか調べた。介入後にはセラピストではなく母親との相互作
用のみで行動が維持されるか調べた。そのときの母親の関わり方をビデオ撮影し,母親自身に直後に視 聴させることによる即時ビデオセルフモニタリング(VSM; Video Self-Monitoring)を行い,VSMによ り母親の関わり方がどのように変化するか検討した。 2. 方法 2-1. 参加児 参加児は合計4名の自閉症児であった。生活年齢は35 ~ 52か月で,平均42か月であった。すべての 参加児において運動機能や身体部位に特に障害はなかった。 参加児Aは生活年齢52か月の男児,参加児Bは生活年齢44か月の女児,参加児Cは生活年齢40か月 の男児,参加児Dは生活年齢35か月の男児であった。 2-2. 刺激 ボタンつきで,参加児のスキルに合わせた洋服を用いた。すべての参加児において,ベースラインで のプロンプト無しで生起した正反応率,すなわち着衣という行動連鎖のうち参加児が自力でできた行動 要素の割合が15%以下の服を刺激として用いた。参加児Aはボタンつきパジャマ(図1)を使用した。 参加児B, C, Dはボタンつきスモック(図2)を使用した。 2-3. 手続き 参加者間多層ベースライン法に基づき実験を行った。一週間に一度ずつ各参加児の自宅にて実験を実 施した。実験中の様子は終始ビデオカメラで撮影した。 参加児が刺激を手にとってから着衣が完了するまでを1試行とした。介入前,介入中,介入後全ての 試行において,参加児が自力でできない反応があった場合には,セラピストあるいは母親が手助け(プ ロンプト)を行い,必ず着衣を完了させた。 表1. 各参加児の性別と生活年齢 参加児 性別 生活年齢(months) A 男 52 B 女 44 C 男 40 D 男 35 図1. 参加児Aの刺激として用いたボタンつきパジャマ (イラスト) 図2. 参加児B, C, Dの刺激として用いたボタンつき スモック(イラスト)
なお,本論文では課題分析表の各行動要素を「反応」と呼び,服を手にとってから着衣が完了するま でのすべての「反応」を含んだ着衣行動をまとめて「試行」と呼ぶこととした。例えば,表2「課題分 析表の例」における各反応番号に対応する反応(行動要素)を1反応と呼び,反応番号1 ~ 17の反応番 号すべての反応(行動要素)をまとめて1試行と呼ぶこととした。 2-4. 課題分析 実験を開始する前に,洋服を参加児に提示してから着衣が終了するまでの着衣行動について全課題提 示法に基づき課題分析を行った。 介入前に 「洋服を着る」 という一連の行動連鎖を課題分析し,細かく行動要素に分け,課題分析表に まとめた。表2にスモックの場合の課題分析表の例を示した。課題分析の手順として,まず「スモック を着る」という一連の行動連鎖を「スモックを羽織る」,「ボタンを留める」という2つのフェイズに大 きく分けた。次に,各フェイズにおいて順を追って弁別刺激(SD)とそれに対する正しい反応を書き 出した。ここでいう正しい反応とは,その反応を行った結果,次の反応のSDが出現するもので,最終 的な着衣行動の完了に貢献する行動要素とした。例えば,表2の反応番号1では,「スモックがある」と 表2. 課題分析表の例 フェーズ 反応番号 SD(弁別刺激) 正反応 プロンプトをして生起させた: ×プロンプト無しでできた: ○ スモックを羽織る 1 スモックがある スモックに触れる ○ ○ ○ 2 スモックが手元にある スモックに頭を入れる ○ × × 3 スモックを被っている スモックの頭の穴部分に頭を当てる × ○ ○ 4 スモックの頭の穴部分が頭に触れている スモックの頭の穴部分から顔を出す × × × 5 スモックの片方の袖部分 スモックの袖部分に片腕を入れる × × ○ 6 スモックの袖部分に片腕が入っている スモックの袖口から片腕を出す ○ ○ ○ 7 スモックのもう片方の袖部分 スモックの袖部分にもう一本の腕を入れる × ○ × 8 スモックの袖部分にもう一本の腕が入っている スモックの袖口からもう一本の腕を出す ○ ○ ○ ボタンを留める 9 ボタン1とその穴がある ボタン1に手をかける × × ○ 10 ボタン1とその穴に手が触れている ボタン1を適切な穴に入れる × ○ ○ 11 ボタン1がその穴に入っている ボタン1を適切な穴から引き抜いてボタンはめを完成させる × ○ ○ 12 ボタン2とその穴がある ボタン2に手をかける × × × 13 ボタン2とその穴に手が触れている ボタン2を適切な穴に入れる × ○ ○ 14 ボタン2がその穴に入っている ボタン2を適切な穴から引き抜いてボタンはめを完成させる ○ ○ ○ 15 ボタン3とその穴がある ボタン3に手をかける ○ × × 16 ボタン3とその穴に手が触れている ボタン3を適切な穴に入れる × ○ ○ 17 ボタン3がその穴に入っている ボタン3を適切な穴から引き抜いてボタンはめを完成させる ○ ○ ○
いうSDが出現した時の正しい反応として「スモックに触れる」を設定した。その次のSDとして「ス モックが手元にある」ことを設定した。このように,スモックを手にとってから着終わるまでの行動要 素をすべて書き出し,パジャマの場合は21, ボタンつきスモックの場合は17の反応(行動要素)を設定 した。各反応がプロンプト無しで生起すれば○, 3秒以上経過しても生起せずプロンプトをして生起さ せた場合には×を記入した。 2-5. 実験計画 独立変数は,全課題提示法に基づく参加児の着衣行動への介入であった。介入は全てセラピストが 行った。 従属変数は,参加児の着衣行動における全項目に対するプロンプト無しで生起した正反応の割合,各 参加児の母親におけるVSM(ビデオセルフモニタリング)の平均評定値,各参加児の母親による子ど もの着衣スキルの平均評定値であった。 2-6. ベースライン 1参加児につき2あるいは4試行行った。セラピストと母親の両方が1回以上行うよう実施した。 課題分析表に基づき,参加児が服を手に取ってから着終わるまでの1試行のうちで,必要であれば身 体プロンプトで手助けをするように母親に教示した。セラピストも同様にして行った。ここで言う身体 プロンプトとは,例えば表2の反応番号5において「スモックの片方の袖部分」というSDがある時に 「スモック袖部分に片腕を入れる」という反応が生起するように,参加児の腕に手を添えて袖部分に 持っていくことや,反応番号11において「ボタン1がその穴に入っている」というSDがある時に「ボ タン1を適切な穴から引き抜いてボタンはめを完成させる」という反応が生起するように,セラピスト が途中までボタンを引っ張ることなどであった。 2-7. セラピスト介入条件 介入では,参加児にこれから刺激の洋服を着ることを「Aくん,これ着て」と口頭で教示し,セラピ ストが刺激を参加児の目の前の床に置いた。参加児が刺激を手にとってから,セラピストは参加児に手 の届く距離で参加児の着衣行動を観察した。 参加児の着衣中,セラピストは事前に課題分析した課題分析表の各反応において,参加児が3秒経っ ても遂行することができない状態が続いた場合にプロンプトを行い,必ず一連の全ての反応を生起させ ながら,1試行が完了するまで続けた。プロンプトには手を添えて参加児の手指を適切な場所へ誘導す るといった身体プロンプト,ボタンをはめる適切な穴を指差しして示すといった指差しプロンプト,「こ のボタンは赤の穴だよ」といった音声プロンプトを用いた。 介入中,3秒経っても生起しない行動についてのプロンプトは,最初は全介助で行い,次第に減少さ せるというプロンプトフェイディングで行った。例えば表2の反応番号9「ボタン1とその穴がある」 というSDがある時に「ボタン1に手をかける」という反応が3秒経っても生起しない場合,介入期間 の初期(1日目)や,1日のなかでも最初の数試行では参加児の手指にセラピストが上から手を添えて 適切な穴まで誘導するという手がかり刺激の多い身体プロンプトを行った。その後の試行で3秒経って も同反応が生起しない場合は,手は添えずに指差しプロンプトや音声プロンプトに留めたり,途中まで
セラピストが手を添えて適切な穴の近くまで参加児の手指が近づいたら手をそっと離したりなど,反応 が自立していくようにプロンプトフェイディングを行った。 以上の内容の介入を1日に4試行から8試行実施した。課題分析表のプロンプト無しで生起した正反 応率が2回連続で100%になった時点で着衣行動が自立したとみなし,介入を終了とした。 母親はセラピストの介入の様子を常にその場で観察していた。介入の前後で母親から見た参加児の着 衣スキルの変化を測るため,「お子さんの着衣スキルチェックシート」を使用し,1, 2, 3, 4の4段階の リッカート尺度で評定した。評定は,事前(Pre)としてベースライン開始前と,事後(Post)として セラピスト介入終了直後に行った。表3に参加児の母親からみた子どもの着衣スキル評定に使用した 「お子さんの着衣スキルチェックシート」を示した。 2-8. 母親般化評定条件 介入終了日から1週間後に母親般化評定条件を実施した。介入はセラピストにより行われたが,介入 後はセラピストではなく母親がプロンプト役となっても着衣行動が維持されるか検討した。母親は参加 児の目の前に刺激の服を提示し,セラピストと同様に「Aくん,着て」と教示した。 母親は,介入中のセラピストと同様に,参加児に手の届く距離で参加児の着衣行動を観察した。母親 には介入前と同様に,必要であれば手助けをするように教示した。母親がプロンプト役となっても,課 題分析表のプロンプト無しで生起した正反応率が2回連続で100%となった時点で「着衣行動は維持さ れた」とみなし,終了とした。 この介入後フェイズにおいて,母親が参加児のプロンプト役となっている様子を撮影し,母親におけ るビデオセルフモニタリング(VSM)を実施した。本実験で言うVSMとは,母親自身が自らの関わり 方をビデオで観察し,セルフモニタリングシート(表4)に基づいて評定をするというものであった。 VSMのビデオ撮影にはiPad(Apple, MD790J/A)を用い,セラピストが撮影した。 母親般化評定条件の1試行目と2試行目の間と,2試行目と3試行目の間にVSMを実施した。VSMの 事前(Pre)の評定には,介入後フェイズの1試行目のビデオを用いた。事後(Post)の評定には,介 入後フェイズの2試行目のビデオを用いた。母親は1試行目が終わった後,即時に1試行目のビデオを 表3. 参加児の母親からみた子どもの着衣スキル評定に使用した 「お子さんの着衣スキルチェックシート」 お子さんの着衣スキルチェックシート お子さんの服を着るスキル(服を手にとってから頭・腕を袖口から通すところまで)は十分にある。 お子さんの,洋服のボタンを留めるスキルは十分にある。 お子さんは意欲的に服を着る。 お子さんの衣類に対する過敏性や嫌悪反応はない。 お子さんは日常生活で自発的に服を着ようとする。 (トレーニング後のみ)日常生活でもこのトレーニング法を用いて着替えを試みた。 (トレーニング後のみ)このトレーニング法を他の人にも紹介したい。 (トレーニング後のみ)このトレーニング法は実験で使用した衣類以外(他のトップスやボトムス,上着,靴下な ど)にも,応用できそうである。
視聴し,母親自身の関わり方がどのような様子か,スキルはどの程度か把握するためセルフモニタリン グシートに評定した。このVSMの終了後に2試行目を行った。2試行目のビデオも同様にして即時に視 聴し,1試行目のビデオと比較して再度評定し,VSMの前後で変化があったか調べた。母親は1, 2, 3, 4 の4段階のリッカート尺度で評定を行った。 表4に参加児の母親がVSMにおいて母親の支援スキル評定に用いたセルフモニタリングシートを示 した。 2-9. 分析方法 (1)子どもの着衣行動: ベースライン,介入,介入後すべての試行のビデオを観察し,課題分析表 の各反応について,参加児の着衣行動のうち各反応がプロンプト無しで生起した(○)か,セラピスト あるいは母親がプロンプトを行って生起させた(×)かの2件法で,○×を記入した。その後,それぞ れの試行において,プロンプト無しで生起した正反応率,すなわち着衣行動のうちどれだけ参加児が自 力で反応できたかを算出した。 (2)参加児の母親からみた子どもの着衣スキル: 介入前と介入後に母親が 「お子さんの着衣スキル チェックシート」 に1, 2, 3, 4の4段階のリッカート尺度で評定を行った(表3)。その評定値の合計点に ついて,事前(Pre)と事後(Post)の各平均値を算出した。 (3)参加児の母親の支援スキルの獲得: 母親はセルフモニタリングシート(表4)に1, 2, 3, 4の4段 階のリッカート尺度で評定を行った。その評定値の合計点について,事前(Pre)と事後(Post)の各 平均値を算出した。 表4. 参加児の母親がVSMにおいて母親の支援スキル評定に用いた「お母様のセルフモニタリングシート」 お母様のセルフモニタリングシート お子さんが一人でできることとできないことを見極めていますか? お子さんが一人でできることに必要以上のプロンプトをせず,見守っていますか? お子さんが一人でできないことを放置せず,成功できるようにプロンプトしていますか? お子さんができた時には,認めてあげたり,ほめてあげたりしていますか? お子さんの試み行動(完璧にできなかったとしても,挑戦している行動)についても,頑張りを認めてあげたり, ほめてあげたりしていますか? お母さんがほめることで,お子さんのやる気はアップしていますか? お子さんが楽しく服を着れるような雰囲気作りができていますか? お子さんが,大人の指示を聞ける状態の時に,適切なタイミングで指示を出していますか? お子さんは,お母さんの指示をしっかりと聞き,理解していますか? お子さんは,お母さんの指示通りに行動していますか? お子さんのスキルや課題に合わせて,適切なプロンプトを使い分けていますか? お子さんが自発的に着れるような関わり方をしていますか? お子さんに対して刺激過多にならず,適切な程度で補助していますか?
2-10. 信頼性 本実験ではデータの信頼性を確認するため,データのうち25%についてセラピストともう一人の観察 者の間の一致率(interobserver agreement; IOA)とCohenのκ係数(Cohen, 1968)を算出した。参加児 Aにおいては通常の一致率は.95, κ=.89であった。参加児Bにおいては通常の一致率は.95, κ=.83, 参加児 Cにおいては通常の一致率は.94, κ=.82であった。参加児Dにおいては通常の一致率は.97, κ=.89で あった。 3. 結果 3-1. 子どもの着衣行動 全参加児におけるプロンプト無しで生起した正反応率の推移を図3に示した。実験期間中,日付が変 わったことを示すものとして図中に縦の点線を記入した。 参加児A, B, Cにおいて,介入3日以内にプロンプト無しで生起した正反応率100%が2回続き,介入 が終了した。参加児Dにおいてプロンプト無しで生起した正反応率は3日間で65%まで向上したもの の,3日以内に100%に至らなかった。 図3. 全参加児におけるプロンプト無しで生起した正反応率の推移
参加児Aはベースラインを2試行行った後,介入2日間合計10試行で介入が終了した。その後プロン プト役が母親となっても,100%を維持した。 参加児Bはベースライン2試行の後,介入3日間合計18試行で介入が終了した。プロンプト役が母親 となっても100%を維持した。 参加児Cはベースライン4試行の後,介入3日間合計19試行で介入が終了した。プロンプト役が母親 になるとプロンプト無しで生起した正反応率は一度94%になったが,その後2回連続で100%となった。 参加児Dはベースライン4試行の後,介入3日間合計16試行行った。しかし,3日以内に100%に到達 図4. 各参加児の母親による子どもの着衣スキルの平均評定値の変化 図5. 各参加児の母親におけるVSMの平均評定値の変化
しなかったため,介入を打ち切りとした。21試行目からプロンプト役が母親になるとプロンプト無し で生起した正反応率は24%, 35%で,ベースラインよりは高いものの,介入最終日よりも低い結果となっ た。 3-2. 母親からみた子どもの着衣スキル 各参加児の母親による子どもの着衣スキルの平均評定値の変化を図4に示した。全ての参加児の母親 において平均評定値は向上した。 3-3. 参加児の母親の支援スキル 介入後の母親がプロンプト役となるフェイズにおいて,各参加児の母親におけるVSMの平均評定値 の変化を図5に示した。全ての参加児の母親においてVSMの平均評定値は向上した。 4. 考察 4-1. 自閉症児の着衣スキルに対する全課題提示法を用いた介入の効果 本研究は,全課題提示法に基づいた介入で自閉症児の着衣スキルが向上するか調べることを目的とし ていた。その結果,介入開始から3日以内,介入全体の所要時間が約40分間で,参加児4名すべてにお いて着衣スキルが向上した(図3)。このうち参加児A, B, Cの3名において,プロンプト無しで生起し た正反応率が100%に達し,介入後プロンプト役が母親に代わっても着衣スキルは維持された。さら に,母親からみた子どもの全般的な着衣スキルも向上した。以上の結果から,全課題提示法に基づいた 介入は着衣スキルの向上に効果があり,その後の維持に有効である可能性が示唆された。参加児A, B, Cにおいてプロンプト役が母親になっても着衣スキルが100%で維持されたことから,一度着衣スキル が獲得されれば,今後の日常生活においても維持されていくと考えられる。 4-2. 本研究での介入が母親の関わり方に及ぼした効果 参加児A, B, Cの母親が「(トレーニング後のみ)日常生活でもこのトレーニング法を用いて着替えを 試みた。」という質問項目に4点満点中3, 4, 4と回答していることから,一度参加児の着衣スキルを 100%に引き上げ,その過程を母親が課題分析表に基づき観察することで,母親も課題分析やプロンプ トフェイディングの手法を理解し,実行していたと考えられる。 以上のように,自閉症児の母親が,子どものいまのステップに合わせた関わり方を知り,子どもの自 立的な着衣行動を促すような関わり方を実行していくことで,育児ストレスが減少し,自閉症児の母親 のQOLが低い(Zablotsky et al., 2013)という現状を改善することに貢献できる可能性がある。 4-3. 全課題提示法が効果を発揮する条件 着衣スキルが3日以内に100%に到達した参加児A, B, Cが100%に対して,参加児Dの着衣スキルが 65%に留まり,100%に到達しなかった要因を考察すると,生活年齢が低いことが要因として挙げられ る。参加児Dは生活年齢2歳11か月であり,「ボタンを適切な穴に入れる」「片手でボタンの穴を持ち, もう片方の手でボタンを引き抜く」など,特に微細運動のスキルがそもそも行動レパートリーになかっ たという可能性が考えられる。また,行動が3秒以内に生起しない時の「引っ張って」,「出して」など
のセラピストからの音声指示や,正しいボタンの穴の位置を示す指差しの意味が理解できていなかった ことも考えられる。実際に,参加児Dはセラピストが正しいボタンの穴の位置を指差ししても,そこに ボタンを入れようとはせず,人差し指をたててセラピストの指の動作模倣をしていた時があった。この ような要因から,参加児Dにとっては音声プロンプトや指差しプロンプトが有効ではなく,身体プロン プトのみが機能しており,プロンプトフェイディングにも時間がかかった可能性がある。また,参加児 Dは介入後フェイズにおいて母親がプロンプト役となった時に,自ら着衣を進めようとはせず,母親に 身を委ねていた。このことから考えると,着衣スキルが完全に獲得できていない状況で日常生活に戻っ ても,着衣スキルは介入期間の最終試行より低下する可能性がある。 一方,本研究で着衣スキルが100%に到達した参加児A, B, Cにおいては,着衣スキルを構成する行動 要素が,行動レパートリーにはあったが,それが統合され一連の行動連鎖の中で遂行されることがな かったと考えられる。例えばボタンに手をかけている時にセラピストが「そのボタンの穴はここだよ」 と指差しした際には,参加児A, B, Cは指差しだけで適切な穴に自分で入れることが多かったが,参加 児Dは,プロンプトを待っている状態が続き,身体プロンプトでセラピストと一緒に入れることが多 かった。 以上のことから,全課題提示法が効果を発揮するための条件として,ターゲット行動に対しての音声 や指差しなどの聴覚的・視覚的な教示を理解できることと,各行動要素をすでにレパートリーとして 持っていることが必要と考えられる。 4-4. 全課題提示法が効果を発揮しなかった場合の対応策 参加児Dの着衣スキルが100%に到達するためには,参加児Dが現在,行動レパートリーとして持っ ていない行動構成要素に特化した訓練を実施する必要がある。この時に課題分析表を活用することがで きると考えられる。なぜなら,課題分析表には参加児のSDと反応が記録されており,参加児がどのス テップでつまずいているかが可視化されているからである。 具体的な対応策としては,参加児Dの場合は,ボタンに関する行動要素が,試行回数を重ねてもプロ ンプト無しではほとんど生起しなかったことから,穴から少し出たボタンを引っ張るという訓練や,細 かいものをつまむ指先の微細運動の訓練が必要と考えられる。このような訓練により各行動要素がプロ ンプト無しでできるようになってから,全課題提示法で訓練を行い,行動要素をつなげて一連の行動連 鎖を自発的に遂行するという手順が効果的であると考えられる。 4-5. まとめ 本研究で明らかになった点は以下の通りに要約される。1.着衣スキルに必要な各行動要素をレパー トリーとして持っているが環境との相互作用のなかでそれがうまく引き出されていない子どもに対して は,本実験での介入法を用いれば, 着衣スキルが3日以内,介入所要時間約40分間という短期間で 100%に到達できる。2.全課題提示法は「着衣行動」という一連の行動連鎖のうち,子どもがどのス テップ(行動要素)でつまずいているかを探し出すことができる。3.着衣スキルに必要な各行動要素 をレパートリーとして持っていない子どもに対しては,全課題提示法による介入だけは,着衣スキルを 100%に到達させることは難しい。そのため全課題提示法を用いて課題をスモールステップに分割した 後,未獲得の行動要素に特化した訓練を行い,レパートリーとして獲得した上で,一連の行動連鎖とし
てつなげるという手順が必要であると考えられる。 今後の展望としては,まずIngersoll and Gergans (2007)のようにセラピストが直接参加児に介入す るのではなく,母親に関わり方を教示することで参加児の着衣スキル,母親の関わりスキルがともに向 上するか検討する余地がある。例えば「服が着られない」という状態が一見子ども側の問題と見えたと しても,スキルは持っているのに「母親が必要以上に手伝っていたため自発的に着衣を行う必要が無 かった」というような母親のプロンプト過多である場合や,「母親がどうすれば参加児の自発的な着衣 スキルを引き出せるか分からなかった」というように課題分析がうまくされていない場合が考えられ る。 本実験では参加児のスキルが向上した後に母親に対してVSMを行ったが,参加児のスキルが向上す る前に用いても母親の関わりスキルは向上するのか,母子相互作用の観点から検討することが必要とさ れる。それに加え,本実験のVSMにおいては母親の関わりスキルを母親自身が評定したが,第三者が 観察・評定することで,本実験より客観的な分析が可能であると考えられる。 参加児の母親からみた子どもの着衣スキルを調べる「お子さんの着衣スキルチェックシート」におい て,応用可能性を質問する項目として「(トレーニング後のみ)このトレーニング法は実験で使用した 衣類以外(他のトップスやボトムス,上着,靴下など)にも,応用できそうである。」があった。ここ で,実際に他の衣類にも般化するかどうか調べるためには,ベースラインと介入後において他の衣類を 着るスキルがどの程度あるのか行動データをとり,それぞれの衣類においてプロンプト無しで生起した 正反応率を調べる必要がある。 最後に,本実験では自閉症児の着衣行動について介入したが,母親の育児ストレスやQOLを改善し, スムーズな日常生活を送るためには,着衣行動以外のADLについても考慮し,包括的な視野で支援方 法を確立していく必要がある。 付記 本研究の実施に当たり,科学研究費助成金基盤研究(B) 課題番号26285213の補助を受けた。 本研究は,一般社団法人日本特殊教育学会の倫理綱領にもとづき,保護者に文書と口頭で説明し,文 書での承諾を得て実施された。 謝辞 本論文を作成するにあたり,終始ご丁寧なご助言を賜りました研究室の皆様に心より感謝いたします。 本研究に快くご協力いただき,温かく励ましのお言葉を戴きました保護者様・参加児の皆様に厚く御 礼申し上げます。 引用文献 Adamson, L. B., Bakeman, R., Deckner, D. F., & Nelson, P. B. (2013). Rating parent-child interactions: joint engage- ment, communication dynamics, and shared topics in autism, down syndrome, and typical development. Jour-nal of Autism and Developmental Disorders, 42, 2622–2635.
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