Ⅰ.はじめに
筆者は,昨年度(2012 年度),高等学校公民科「現 代社会」を担当し,高校 1 年生 3 クラス(約 120 名) を対象に「原発事故問題から考える現代社会」を年間 テーマとして,授業を実施した。本稿では,その中で 原発事故問題を扱い,なおかつ経済学習として取り上 げた授業実践の内容の一部を紹介する。1)なお,年間 カリキュラムは,表 1 のとおりである。授業は,教科 書と副読本としての資料集を用いつつ,自作プリント を作成して実施した。Ⅱ.原発事故問題から始める経済学習
1.導入授業「石油はなくなる?」 1 学期前半は,まず導入段階で,経済学者で教科書 の著者の 1 人でもある伊東光晴の「石油はなくな る?」2)の文章をプリントに掲載した。1970 年に世界 で最も権威のある「ワールド・オイル」統計は,石油 の可採年数を 32.8 年と発表した。だが,実は 10 年前原発事故問題から始める
経済学習
─高等学校公民科「現代社会」での試み─
The Journal of Economic Education No.32, September, 2013An Introduction to the Economic Study from the Problem of Fukushima Nuclear Power Plant Accident : Challenge of Making and Practicing the Lesson Plans of Civics “Contemporary Society” in High School
Matsui, Katsuyuki 松井 克行(西九州大学,前 大阪府立旭高等学校) 表 1 授業「現代社会」の年間カリキュラム(筆者作成) ※塗りつぶし部分が該当授業。 期間 テーマ プリント(№) 主な学習内容,教材,学習目標 1中間 エネルギー問題 資源・ № 1 「石油はなくなる?」─可採年数の謎を考える。(伊東光晴『きみたちの生きる社会』筑 摩書房,1978 年)(井ノ口貴史実践(1984 年)の一部を追試)。 ・科学的リテラシーの育成。 № 2 「原子力発電所の立地の謎」①……沿岸地域に立地。 № 3 「原子力発電所の立地の謎」②……地方に立地。 ・『原子炉立地審査指針』。 ・電源三法。 № 4 「石油代替エネルギーとしての天然ガスと原子力」 「再生可能エネルギー(自然エネルギー)」 1期末 (独占) 経済 教育実習生による「実習授業(市場経済)」(2 週間) № 6 「電力会社の地域独占(歴史,総括原価方式)」 № 7 「東京電力の値上げの問題」,「風評被害」 2中間 原発の今後のあり方を考える № 8 「原発割合,君はどう考える?(討論型世論調査)」 № 9 「2030 年の『原発割合』についての調査結果」 特別 (ロールプレー)「ベトナムへの原発輸出─いろいろな立場に立って考える」(「開発教育 協会:DEAR」の教材) № 10 日本からの原発輸出計画(ベトナム,ヨルダン,トルコ,リトアニア) № 11 「原発ゴミの最終処分?」・日本学術会議の報告書 № 12,13 「核燃料サイクルとは? 高速増殖炉もんじゅ?」 № 14 「今夏,原子力発電なしで電力は足りたか?」 № 15 「原発問題のニュースより─政府のエネルギー・環境会議による『革新的エネルギー・ 環境戦略』」策定 2期末 法学習「弁護士による出前授業「刑事裁判と裁判員制度について」,「基本的人権の保障,女性差別(ジェンダ ー),女性の労働問題」 政治学習「衆議院選挙特集(選挙制度,政党政治,新党乱立)」
の 1960 年には 34.7 年。さらに 20 年前の 1950 年には 20.3 年,1940 年には 22.9 年,1930 年には 18.3 年と発 表していたのである。伊東は,「このように,過去の ワールド・オイルの統計を調べると,今,あと三十年 分だという統計だけから,資源が枯渇するとさわぐ必 要はなさそうです」と結論付け,「採掘技術の向上や 新油田の発見などによって変化する」3)という教科書 記述の内容を生徒に実感させる内容となっている。こ 3学期 原発労働/放射線管理 № 21,22 「線量計つけず作業 4 割」(朝日新聞 2012 年 9 月 4 日) № 23 「福島第一で偽装請負認定」(朝日新聞 2012 年 11 月 9 日)(布施祐仁『ルポ イチエフ─ 福島第一原発レベル 7 の現場』岩波書店, № 24 「甲状腺被曝 最高 1.2 万ミリシーベルト 福島原発作業員」(朝日新聞 2012 年 12 月 1 日) ※同記事の問題点として,11800 シーベルトが,「等価線量」であり,人体組織の影響 の受けやすさ(放射線感受性)の違いを換算した「実効線量」ではないことを指摘し, 甲状腺の組織荷重係数 0.04 を乗じ,「実効線量」が 472 ミリシーベルトとすることの必 要性を説明。 (参照:一ノ瀬正樹『放射線問題に立ち向かう哲学』筑摩書房,2013 年,pp.267-268。 戸田山和久『「科学的思考」のレッスン─学校で教えてくれないサイエンス』NHK 出版, 2011 年,pp.229-233。) 除染 № 25 「除染停滞 違法解雇も」(朝日新聞 2013 年 1 月 25 日) 「手抜き除染相次ぐ」(朝日新聞 2013 年 1 月 4 日) 「除染推進に向けた基本的考え方」(2011 年 8 月 26 日,原子力災害対策本部) 労働問題学習「ブラック企業に気をつけろ」(朝日新聞 2013 年 1 月 5 日),森岡孝二編『過労死のない社会を』岩 波書店,2012 年 他。 環境問題学習「大気汚染 北京混乱」(朝日新聞 2013 年 2 月 5 日)「西日本 漂う汚染物質 中国から PM2.5」 (読売新聞,同日) 福島等の放射線の汚染状況の推移 № 27,28,29 「福島第一原発事故による放射線汚染の状況についてのまとめ」(1)事故開始から現在 まで─同心円状とした避難指示の問題点─(外岡秀俊『3.11 複合汚染』岩波書店,2012 年)他。 ・遅れた「SPEEDI」(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)→避けられた 被爆? ・「2011 年 4 月に設定された 3 つの区域(警戒区域,計画的避難区域,緊急時避難準備 区域)」←同心円状の区域設定の問題。 ・年間実効線量 20 ミリシーベルトの基準をめぐる混乱。例 : 小佐古内閣官房参与辞任。 ・年間実効線量 100 ミリシーベルト未満の低線量被曝の危険性 ?(論点 : 危険説←→有益 説)(福島大学放射線副読本研究会『放射線と被ばくの問題を考えるための副読本 (改訂版)』2012 年 6 月,p.10,「解明されつつある低レベル被曝の危険性」小出裕章 『原発のウソ』扶桑社,2011 年,pp.71-73)。 ・2011 年 7 月 27 日,衆議院厚生労働委員会(東大アイソトープ総合センター長,児玉 龍彦証言)→大規模除染の転機。 ・2012 年 8 月 26 日「除染準備に向けた基本的考え方」…推定年間被曝線量 20 ミリシー ベルトを基準に 20 ミリシーベルト超→ 20 ミリシーベルト。20 ミリシーベルト→ 1 ミ リシーベルトを下回ることを目指す。 ・「新たな避難指示区域の設定後の区域運用の整理」(2012 年 3 月 30 日)…避難指示解 除準備区域,居住制限区域,帰還困難区域。 東京電力と 国の責任 № 30 「電力会社と政府の責任についての具体的検討」 ・先に「東京電力」の責任を検討。 1「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」 2「原子力損害賠償支援機構法」 3 東京電力を「法的整理」した方がよいか(よかったか)? 4 政府(国)の責任を考える。…避難住民の集団訴訟へ(2013 年 2 月 8 日,毎日新聞 等) 原 発 事 故 責 任 の 検 討 ( 福 島 ・ 水 俣 ・ 沖 縄 の 比 較 ) 期末考査 意思決定と合理的な理由の表示(記述問題) ・あなたは,(A)東京電力を存続させてよかったと思うか? それとも(B)責任の所 在をはっきりさせるため,「再建型」で法的整理を行う方法がよかったと思うか? A, B どちらかを選択すると共に,そう考える理由を書きなさい。 ・文章を読み,水俣病と福島原発事故との共通点を説明する問題。(除本理史「水俣病 におけるチッソ,国の責任と特措法」原爆症認定訴訟熊本弁護団編『水俣の教訓を福 島へ part2─すべての原発被害の全面賠償を』花伝社,2012 年 p.66 より抜粋)。 ・文章を読み,福島と沖縄の類似点を説明する問題。(高橋哲哉『犠牲のシステム 福 島・沖縄』2012 年,集英社,pp.215-216 より抜粋)。 使用教科書:伊東光晴ほか 9 名著,『高校現代社会(新訂版)』実教出版,2012 年(2006 年検定済)。 使用副読本:『フォーラム現代社会 2012』東京法令出版,2012 年。
の教材は,実は,1984 年に井ノ口貴史教諭が授業実 践したものの追試である。4)授業では,さらに現在の 石油の可採年数が教科書では「42 年程度」であるが, 資料集では「52.6 年」と食い違う点を確認したが,生 徒たちは,既に,そのような数字が大きな意味を持た ないことを十分認識していた。さらに授業では,「可 採年数が多い場合と少ない場合で,どちらが石油は高 く売れるか?」という発問を設定した。答えは,少な い場合で,その理由として供給量が少ないと「希少 性」が増すから,という説明を行なった。常に石油業 界は,「いつかは石油がなくなるおそれがある」とい う危機感を煽っていれば高く売れるのである。さらに エネルギー安全保障の観点から,「資源に乏しい日本 では,2 度の石油ショックをへて,エネルギーの安定 供給のため,原子力エネルギーの開発に注いでい た」5)との教科書記述の背景にある「いつか石油がな くなる」という認識の根拠自体が不確かなことを生徒 が理解できるのである。筆者は,このような学習過程 を通して,教科書記述をも批判的に分析できる科学的 リテラシーが育成できると考える。 2.単元「電力会社の地域独占(歴史,総括原 価方式)」 ①第 1 時「電力会社の地域独占の歴史と謎」 1 学期前半の授業では,「原発の立地条件」(電源三 法など),「電源構成における原子力発電の位置付け」 (石油代替エネルギー,再生可能エネルギー),「原発 の安全性と重大事故」の学習を実施した後,1 学期後 半より,「原発事故問題から始める経済学習」を開始 した。まず,経済学部在籍の教育実習生による 2 週間 の教育実習を実施した。実習授業では,教科書,副読 本を用いて「市場経済の機能と限界」について授業を 実施し,実習期間内に,「市場経済の機能と限界」に 関する学習内容(中学校公民的分野との重複部分も多 い)を予定どおり終えることができた。従って,その 後の授業では,教育実習での経済分野の学習を基礎に, 「電力会社の地域独占」の問題を,応用問題として取 り上げることにした。 「電力会社の地域独占」の学習では,橘川武郎の著 書6)を主に参考とし,次のように展開した。 日本では,現在,北海道から沖縄まで 10 の電力会 社が地域独占している。ここで生徒たちが持つであろ う疑問が,日本の東西で周波数が 60 ヘルツと 50 ヘル ツと異なる点である。実に非効率的であり,東西間の 余剰電力の融通を阻んでいるからである。そこで, 「なぜ,日本の東西で周波数が異なるのか?」という 発問を,第 1 時前半の主発問①とした。 周波数が異なる原因は,異なる電力会社が,異なる 欧米の技術を輸入したことが発端であり,その起源は 明治期に遡る。当初,直流により日本の電力需給が始 まった(1887 年,東京電灯。なお東京電灯は,1883 年発足の日本最古の電気事業者)。だが当時は,交流 の方が遠距離高圧送配電に適しており,後発の大阪電 灯が,1889 年の開業時に米国より 60 ヘルツの高圧交 流発電機を購入したため,これが西日本に広がった。 一方,技術革新に乗り遅れた東京電灯は,これに追 随せず,1897 年,ドイツより 50 ヘルツの高圧交流発 電機を購入し,これが東日本に広がった。その後,各 地で電力会社間の自由競争が激化した。競争に勝つに は,大規模化により「規模の利益」を図り,単位あた りコストを低下させることが重要となった。東京電灯 は 1906 年には東京一円の独占化に成功した。7)橘川は, この1883〜1906年を,「日本電力業の草創期─火力中 心の都市電灯会社の時代」と区分している。 その後,1920 年代から 1932 年にカルテル組織であ る電力連盟が設立されるまで,「五大電力会社」8)によ る激しい「電力戦」が繰り広げられ,電気料金は低落 傾向をたどった。橘川は,この期を「電力戦の始まり ─水力開発・遠距離送電と競争の時代(1907 〜 31 年)」と区分している。 第 1 時前半では,この過程を,コンパクトに扱うこ とに徹し,産業草創期に自由競争が行われ,やがて 「規模の利益」を図るために大規模化,寡占化が進ん でいくという,既存の学習内容の具体例として紹介す るに留め,細かい知識については割愛した。 第 1 時後半では,現在の「なぜ,日本では,電力会 社 10 社による地域独占が行われているのか?」を主 発問②とした。その発端は,電力の安定供給のため, 「五大電力会社」による「電力戦」を終焉させた 1932 年の電力連盟の成立と改正電気事業法の施行に始まり, その背景には,満州事変(1931 年)以降の戦時体制 への移行がある。 注目すべきは,改正電気事業法により,供給区域の 独占が認められたにも関わらず,各電力会社が「私的 独占の強化のみを志向」せず,「豊富で低廉な電気供 給」に努めた点である。 但し,電力業界の自主統制による体制は,小売と卸 売の電力会社の並存という限界が露呈し,1939 年, 電力国家管理が強行された。発送電事業は日本発送電 株式会社に一元化され,配電事業は全国 9 の配電会社
に任された。これらの配電会社が現在の電力会社の原 型となった。電力国家管理は,戦後も残存し,1951 年 4 月まで続いたが,民間電力会社間の競争という活 力を封殺したため,政府からの補助金により,全国一 律の政策的低料金をようやく維持する等,非効率的で, 結局,安定的電気供給を実現できず,失敗に終わった。 1951 年 5 月の電気事業再編成で民間 9 電力会社によ る電気事業体制が開始(1988 年 10 月,沖縄電力民営 化により 10 社体制が確立)。発送電一貫経営が,戦前 とは異なる特徴である。さらに,独占禁止法の適用除 外として,各電力会社には地域独占・法定独占が認め られたが,高度経済成長時代には,活発な合理化競争 が行われ,電力各社は,他社より少しでも料金値上げ を遅らせるべく,電源の大容量化,火力発電の熱効率 向上,送配電損失率の低下等が急速に進んだ。 だが 1973 年の第一次石油危機により,合理化競争 は終焉した。当時は,産業公害が社会問題化し,原子 力発電所建設を巡る反対運動から立地難が深刻化した。 その解決のため,電力各社は行政への依存度を強め, 1974 年に電源三法が施行された。電力各社は石油火 力中心から原子力中心の電源構成にシフトし,政府の 原子力政策に依存したため,1974 年以降,「値上げ回 避のための合理化競争のメカニズム」は消滅したので ある。 以上,歴史的な時系列の流れの中で,電力会社 10 社による地域独占の仕組が成立した経緯を,自作プリ ントにまとめて生徒たちに説明した。しかし,これだ けでは,電力会社 10 社に地域独占を容認している積 極的理由が明らかになっていない。そこで,「電気事 業者に,独占が例外的に認められる理由」を考えさせ た。教員の側で予め用意した理由は,次の 2 点である。 第 1 が,「公益事業ゆえ,大規模なネットワークが必 要」という理由である。厳密には,「公益事業とは何 か?」という点にも触れなくてはならないが,ここで は,電気・ガス・水道という具体例を挙げるに留め た。9)大規模化の進展に関しては,既に登場した「規 模の利益」概念から説明を行なった。つまり,コスト 削減というメリットを活かすため,公益事業者は大規 模化を志向し,自然と寡占(独占)状態になりやすい (自然独占)。その結果,市場競争が起きないため,消 費者に不利益が生じないように,政府が,電気事業者 を独占禁止法の適用外の「法定独占」として容認し, その代わりに政府が様々な規制を行い,監督するよう にしたという説明である。第 2 の理由は,「電力の安 定供給」である。例えば,電気事業を私企業に任せ, 多くの電力会社が自由競争を繰り広げる米国では,そ の弊害として,時々,大停電が生じるのである。 特に,第 2 の理由の説明と,前述の戦前の民間電力 会社の競争の歴史から,生徒は,必ずしも日本の電力 事業が「公益事業」であり続ける必然性がないことに 気づく。国鉄民営化,電信電話事業の民営化,郵政民 営化のように,「公益事業特性(Public Utility Sta-tus)」は,技術革新や規制緩和によって変化するから である。 電力の地域独占の弊害を是正し,市場での自由競争 による電力料金の低減等への期待から,日本でも 1995 年以降,電力自由化が始まり,IPP(Independent Power Producer =卸供給事業者)の参入が認められ るようになり,2010 年 3 月末時点で特定電気事業者は 5 社存在する。さらに,2000 年以降,電力小売事業の 自由化が進展し,PPS(Power Producer and Supplier =特定規模電気事業者)の参入が認められ(2011 年 6 月現在45社),2005年には自由化市場は全体の63%を 占めるようになった。 だが,電力小売事業における既存の電力会社(一般 電気事業者)10 社の市場占有率は圧倒的で,新規参入 者である PPS のシェアは 1.75%(2008 年度)に過ぎな い。さらに,現在,契約電力 50kw 未満の「低圧電 力」(町工場に多い小規模工場)や,「電灯」(コンビ ニや一般家庭)への自由化は進んでいない(当初, 2007 年実施予定であったが,「既自由化範囲での需要 家選択肢が確保されて」おらず,「このような中で小 売自由化範囲を拡大することは」,「移行コストが社会 全体の便益を上回るおそれが強い」との理由から見送 られたままである)。10) 授業では,企業の新規参入を阻む障壁の具体例とし て,「同時同量」の原則について触れた。これは,電 力の安定供給のため,消費電力と発電量とを常に一致 させることを求める原則であり,PPS の発電量の不足 が生じた場合,既存の電力会社に高額の料金を支払い, 不足分を融通しなければならない。これが,PPS(特 に,出力が不安定な再生エネルギー発電事業者)の新 規参入を躊躇させる一因となっている。現実の電力供 給は,十分に余裕がある〔2007 年の年間負荷率(最 大電力需要に対する平均電力需要の割合)62.8%〕の で,この障壁は送配電を既存の電力会社 10 社が地域 独占し,高額の料金を設定しているためと考えられる。 この障壁への抜本的な解決策は送配電の分離である が,蓄電池の技術革新により電気の非貯蔵性が克服さ れたり,「スマート・グリッド(賢い送配電網)」の普
及によって電力利用の効率的な需給バランスをとるこ とが可能になれば,この障壁は克服可能である。 ②第 2 時「東京電力の電力料金値上げは適当か?」 このような第一時の学習を基に,次時の第二時では, 「総括原価方式」により決定する電気料金の妥当性を 学習テーマとした。「総括原価方式」とは,「料金が能 率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加 えたもの」(電気事業法第 19 条第 2 項第 1 号)と定義 される。このうち,「適正な利潤」(報酬率)が問題と なる。 「総括原価方式」では,全ての費用に一定の報酬率 (利潤)を上乗せした金額が電気料金となるため,原 価(コスト)が増えるほど利潤が増え,コスト削減の 意欲が減退する(「モラル・ハザード」が生じやすく なる)。その一例が,東京電力の 2012 年 4 月の企業向 け電気料金の平均17%の値上げである。6月22日,公 正取引委員会は,「一方的に値上げを進めようとした」 と判断し,「優越的地位の乱用」につながる恐れが あったとして東京電力に文書注意を行った。 次に,東京電力の家庭向け電気料金の平均 10.28% の値上げ問題を取り上げた。主な論点は,再稼動の見 込みのない福島第一原発等の維持費や安定化費用の原 価算入の是非,社員の平均年収を平均 22.56%減らし 平均 556 万円とすることの妥当性等である。生徒に とって,より具体的で興味・関心を喚起させる発問と して,「東京電力社員の平均年収 556 万円は適当か?」 を主要発問とした。経済産業省の電気料金審査専門委 員会は,これを妥当と判断しているが,消費者庁は 「給与水準は消費者の理解を得られていない」と,こ れに反対していたからである。新聞資料として,新聞 記事「東電値上げ 公取委注意─企業向け,地位乱用 の恐れ,家庭向け値上げ 来月前半にも結論」(朝日 新聞 2012 年 6 月 23 日付)を提示し,生徒に考えさせ た。さらに参考資料として,「平均年収/生涯賃金 データ 2011」(http://doda.jp/guide/heikin/topics.html 012.6.23 閲覧)を資料として提示した。同資料の,22 歳〜 59 歳のビジネスパーソンの平均年収(手取りで はなく支給額)の年代別集計によれば,正社員の平均 年収は,449 万円(平均年齢 33 歳)と,約 100 万円の 開きが見られた。生徒たちの意見は様々であったが, 「原発事故の責任もあるので,もっと少なくてもよい のでは」という意見が多数を占めた。 東京電力社員の給与問題については,結局,7 月 19 日,消費者相と経済産業相との話合いで,人件費の平 均 23.68%削減等で合意(世論の反発をも考慮し, 22.56%削減から1.12%上積みして削減)された。すな わち平均年収 556 万円は適当ではないと判断され, 548 万円で決着したのである。さらに,東京電力は平 成 24 年度から 3 年間,社員の 1 割に当たる管理職(課 長級以上)の年収を 30%超減らし,平均年収 1190 万 円から平均 830 万円程にすると発表した。6 月末に実 施した授業は,この問題を先取りしたものとなった。 3.単元「風評被害を経済学的に考える」 2 学期前半の授業では,まず「風評被害」を取り上 げ,生産者が正しい情報を消費者に知らせて「情報の 非対称性」の解消を図るのが,市場において重要であ るという観点から,食品の放射性物質検査の問題を取 り上げた。この問題は,農林水産省が,2012年4月20 日に出した通知で,「過剰な規制と消費段階での混乱 を避けるため」との理由で,放射線物質の検査にあ たって,独自の基準ではなく,国の基準値に基づいて 判断することを求めたが,これに対し,より厳しい独 自基準を設けて食品の放射線検査を行なっていた食品 メーカーやスーパー等が反発したため,4 月 24 日,農 水相が「強制ではない」と釈明したものである。新聞 資料として,「独自基準ノー通知不発 業者見直し低 調」(朝日新聞 2012 年 4 月 25 日付)を提示した。主要 発問①は,「食品の放射性物質検査は国の基準による べきか? もっと厳しい独自基準の方がよいか?」で ある。国は,情報コストが過剰となることを恐れたの であるが,消費者は,食品に対する,より高度な安全 基準をクリアしたという情報を欲しており,両者の ギャップが問題となったのである。そして,問題の背 景には,生産者の方が消費者よりも確かな情報を有す るという「情報の非対称性」が横たわる。 なお,「風評被害」に関しては,「事実に基づかない うわさが原因となって生じる(経済的な)被害」とい う経済学者の定義に従った。11)但し,この定義では, 「正確な汚染状況について公表されていない○○産の 食品 X が売れない」というような場合,「事実」が何 を指すか,が問題となる。「汚染の事実が 100%明ら かになっていない限り,事実と認めるべきではない」 という立場なら,この場合は「風評被害」となり, 「はっきりと汚染事実が分からない場合(例:50%の 確率で汚染されていることが推測される)を事実と認 める立場なら「風評被害」とならないのである。さら に,情報の非対称性を扱う情報の経済学の知見を援用 し,「情報の経済学で風評被害を分析」することを試 みた。主要発問②は,「情報の非対称性を解決して安
全な食品を売るためには,どうすればよいか?」であ る。授業では,事実を知る生産者が働きかける「シグ ナリング」の事例のみを取り上げ,表 2 を用いて具体 例を考えさせた。 表 2 「生産者が伝達する情報とコストの関係」 情報コストが無料 情報コストが有料 伝えたい情報を立 証できる 情報の非対称性が全て解消 情報の非対称性は一部解消(コスト がかかる) 伝えたい情報を立 証できない 情報の非対称性は不解消 情報の非対称性は不解消 安田洋祐「風評被害はこうすれば解消できる―『情報の経済学』 で買い控え問題を読み解く」日経ビジネス『新しい経済の教科 書 2012』日経 BP 社,2012 年 p.40 を基に,筆者が作成。