理学療法学 第 40 巻第 8 号 666 理学療法士の糖尿病運動療法への関わり 糖尿病における運動療法に関して糖尿病学会の「科学的根 拠に基づいた糖尿病診療ガイドライン 2013」1)では,1)運動 により,心肺機能の改善,血糖コントロールの改善,脂質代 謝の改善,血圧低下,インスリン感受性の増加が認められる。 2)有酸素運動とレジスタンス運動は,ともに血糖コントロー ルに有効であり,併用による効果がある。3)運動療法は,食 事療法と組み合わせることによりさらに高い効果が期待できる ことがコンセンサスとして示されている。 運動療法を指導するにあたり日本糖尿病療養指導士認定機 構2)は,運動療法の担当職種として医師,看護師,管理栄養士 とともに理学療法士を挙げている。しかし 2012 年 6 月時点で 日本糖尿病療養指導士資格取得者数は 22,075 人中,理学療法士 は 759 人でわずか 3.4%であり,療養指導士取得可能な 5 職種(看 護師,薬剤師,管理栄養士,臨床検査技師,理学療法士)でもっ とも低い。これは理学療法士の業務が外部障害としての身体障 害者のリハビリテーションが中心となっていることもある。最 近では心臓リハビリテーションなどの内部障害疾患も理学療法 士の活躍の場として広がってきているが,糖尿病はその可能性 のある者を入れれば 2,000 万人を超えるとされているにもかか わらず,理学療法士の糖尿病の分野への取り組みはまだ少ない。 糖尿病の運動療法には糖尿病発症を予防する 1 次予防として の運動療法,糖尿病が発症し体重管理,血糖管理などを行うこ とにより重篤な血管合併症の予防が目的の 2 次予防,脳血管障 害や壊疽による下肢切断などのリハビリテーションや再発防止 のための 3 次予防としての運動療法がある(図 1)。1 次予防は メタボリックシンドローム対策や糖尿病発症予防のための運動 指導であり,非医療職である健康運動指導士がその多くを担っ ている。2 次予防としての運動療法は糖尿病における運動療法 の中心であり,糖尿病運動療法という場合はこの 2 次予防に おける運動療法を指す。2 次予防としての運動療法は,血糖の 管理や体重管理などとともに脳血管障害,心血管障害などの 合併症予防が目的であるため,本来は医療職による指導が望ま れる。しかしこの分野においても健康運動指導士の役割は大き く,看護師,管理栄養士が健康運動指導士の資格を取得して実 施している施設も多い。3 次予防としての運動療法は理学療法 士が占有している領域である。しかし今後,代謝性疾患である 糖尿病や肥満,脂質異常症を内部障害として捉えることになれ ば理学療法士は 3 次予防にとどまっているべきではない。 渡辺らの調査では,糖尿病診療施設における運動療法の専従 指導者は,一般内科医の施設では 8%,糖尿病専門医の施設で も 17%に過ぎない3)と報告している。しかも実臨床の場で運 動療法に携わっている多くは看護師や管理栄養士である。我々 が行った運動療法指導担当者への調査では,(図 2)実践的運 動方法がわからない,指導担当者の知識や技術不足,あるいは 制限のある患者での運動方法などがわからないとする意見が多 く,また専従ではないために運動指導の時間が取れないことも 挙げられている。運動施設や設備のない多くの病院や医院にお いて運動指導を行っているスタッフは運動器の構造や運動生理 について学ぶ機会が少なく,また運動の技術や指導理論にも精 通していないことがうかがわれる。 このような状況下で糖尿病における運動療法の課題は(図 3),運動療法指導担当者が看護師や管理栄養士による兼務者が 多く専従の指導者が不在であること。医療機関,病院,医院そ のものに運動指導室や設備がないこと,また日常生活の中にお ける運動療法を中心とした非監視型運動における適切な運動指 導のガイドやマニュアルがないこと,特に患者の心理や感情な どを考慮した行動ステージに沿った指導方法は患者の運動療法 に対する動機づけやモチベーションの維持には重要であるが適 切な指導書が少ないことが挙げられる。 このように糖尿病における運動療法の必要性は高いがその環 境はまだ整ってはいないことが指摘されている。理学療法士が 運動療法の中心的役割を担うことに躊躇していてはならないと 考える。 動きたくなる心,動ける身体,質のよい筋肉 運動療法を行うにあたり考えなければならないことは「食事 療法は食べなければ生きていけない」が「運動療法はしなくて もなにも起きない」といわれるように患者の運動療法に対する 気持や考え方をいかに捉え行動変容にもっていくかである。こ れから指導をしようとする運動療法担当者の前にいる糖尿病の 患者は,運動療法をしたい患者,運動療法を知らない患者,運 動療法をしたくない患者に分けられるとともに,患者自身がロ コモティブシンドロームや整形外科的疾患,脳血管障害,さら には糖尿病網膜症による視力障害などのため動けない患者かも しれない。また動きたくない患者や運動が嫌いな患者もいる (図 4)。こうした患者に対して運動療法という治療を行うにあ 理学療法学 第 40 巻第 8 号 666 ∼ 668 頁(2013 年)
糖尿病運動療法における理学療法士の役割
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植 木 彬 夫
**専門領域研究部会 内部障害理学療法 特別セッション「パネルディスカッション」
*Role of Physical Therapist in Diabetes Mellitus Exercise Therapy
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高村内科クリニック
(〒 251‒0033 神奈川県藤沢市片瀬山 1‒11‒10) Akio Ueki, MD: Takamura Naika Clinic
キーワード:糖尿病運動療法,理学療法士,患者背景 Japanese Physical Therapy Association
糖尿病運動療法における理学療法士の役割 667 たり運動療法にもとめられるものは「動こうとする心」「動け る身体」「質のよい筋肉」を考慮した運動指導をする必要があ る(図 5)4)。「動こうとする心」をつくることが,運動療法を はじめるにあたりもっとも工夫が必要な部分である。遊びや生 活活動の中にも運動があることを気づかせることが必要であ り,動機づけの工夫やモチベーションの維持のため患者の背景 を探る必要がある。 「動ける身体」をつくることは,理学療法士が得意とするとこ ろである。ロコモティブシンドロームも多い高齢糖尿病患者に とって,運動器疾患の予防や改善により生活活動量を増すことは 運動療法のはじまりでもある。糖尿病の運動療法はアスリートを つくるのではない,患者が自主的に動ける身体をつくることも運 動療法の目指すところである。「質のよい筋肉」とは,インスリ ン抵抗性を改善し,よい血糖コントロールを得るための筋肉であ る。またグリコーゲン蓄積とブドウ糖燃焼率のよい筋肉でもある。 そのためには有酸素運動,筋抵抗運動,筋調整運動の組み合わせ を一人ひとりの患者に応じたプログラムをつくることである。 患者背景の分析 糖尿病の運動療法の中心は,施設内の運動室やトレーニング ルームで行ういわゆる監視型の運動療法ではなく,日常生活の 場で行う生活活動の中にある。日常生活の中で個々の患者に適 した運動種はなにがあるのか,あるいはなにを行うべきなのか について理学療法士は会得した運動生理や運動技術を駆使して 指導していくべきである。しかしいかなる運動であっても,指 導者がその技術や理論を教えても,患者が自己管理(患者自身 が行う運動療法)を行えるわけではない。 患者の背景を探り,アセスメントしていくことが運動療法の 動機づけやモチベーションの維持には必要である。そのため患 者の背景を環境要因と内部要因に分けて聞き取り取得していく (表 1)。環境要因は患者の家庭環境,就業,修学環境,生活環 図 1 運動療法の担当者 図 2 運動療法指導担当者が運動指導で困ったこと 図 3 糖尿病運動療法における課題 図 5 糖尿病運動療法に求められるもの 図 4 行動ステージに沿った治療法 目指す分野 目指す分野
Japanese Physical Therapy Association
理学療法学 第 40 巻第 8 号 668 境などの外的環境と内的環境としての身体条件や病態病型,治 療法などが挙げられる。外的環境は患者自身を取り巻く環境で あり,運動療法を行う場所や時間など物理的条件を規定するう えで重要な情報である。外的環境を考慮した無理のない運動療 法の選択は持続するためには欠かせない条件である。特に育児 や介護などを行っている患者は,運動時間をつくれない理由と して挙げることが多い。内的環境は運動を行うことによるリス クを予想するうえでも必要な情報である。心腎疾患や網膜症の 状況などは心事故や転倒などのリスクが予想される。肥満や麻 痺,ロコモティブシンドロームを含む運動器の障害による運動 制限などは運動療法の方法や強さなどの条件を決めるうえで大 きく影響する。経口血糖降下薬やインスリン注射などを使用し ている場合には運動による低血糖をきたす可能性があるため, あらかじめ予防策や対処の仕方を指導しておかなければならな い。低血糖防止には食事や間食との関係も重要である。 内部要因は心理的要因と運動に関する知識とに分けられる。 運動に関する感情とは,運動の好き嫌いの気持ちである。運動 療法はきついものである,汗がでるから嫌いといった運動とス ポーツを混同していたり,動きたくないという気持は運動の動 機づけを複雑にしている。運動は身体によいのだ,身体を動か すことは健康のために必要であるという考えかた(ヘルスビ リーフ)や運動を行うことで調子がよい,血糖値が下がったな どの成功体験は運動を続けて行くうえでの大きなアドバンテー ジになる。運動に対する知識も重要で,運動が糖尿病の治療法 のひとつであるという考えがなくては運動療法がはじまらな い。また運動は走ったり,飛んだり野球やサッカーなどスポー ツをするものであると思い,そのことを自分は運動をしたこと がないと表現する患者も多い。また,これらの運動(スポーツ) を知らない,歩き方を知らない,ストレッチを知らないなど運 動の技術や方法を知らない患者も多い。認知機能に障害がある 患者はそのキーパーソンの存在が重要である。誰がキーパーソ ンなのか,そのキーパーソンは運動療法を患者にさせること, 支援することが可能であるか否かも重要な情報である。 運動指導の 4 原則 運動療法の指導は以下の 4 原則に則り,患者一人ひとりの背 景を加味しながら行わなければならない。 1;医師の指示による指導。運動療法に対する医師の指示箋 は定まったものはないが,必ず診療録(カルテ)に運動療法 を指示したことを記載しなくてはならない。 2;患者の環境要因と内部要因を考慮した指導。患者背景を考 慮しない運動療法は実行率,遵守率が低く,危険ですらある。 3;運動の質と量を明確にした指導。運動の方法は動ける身体 をつくることからはじまり,本来血糖値管理や体重の管理を 行うための,有酸素運動,筋抵抗運動,筋調整運動の方法や 頻度,時間,強度などを具体的に示していく。 4;運動によるアウトカムを明確にした指導。運動の効果(ア ウトカム)は血糖値や HbA1c,体重などの数値目標だけで はない。QOL や ADL の改善を目指す運動療法もある。 糖尿病における運動療法は,その効果や有用性は報告されて いても他の治療法ほどには治療法として確立されてはいなかっ た。それは運動療法の場の中心は日常生活の中にあり,自己管 理とされているが,日常生活のなかで行う治療法には患者の ADL や QOL を考慮した方法が少ないためと考えられる。これ から理学療法士が糖尿病の二次予防としての運動療法を行うう えでは,運動生理や技術論だけではなく患者の心理や背景を考 慮した非観察下の運動療法を構築していかなければならない。 文 献 1) 日本糖尿病学会(編):科学的根拠に基づく糖尿病深慮ガイドライ ン 2013.南江堂,東京,2013,pp. 41‒51. 2) 日本糖尿病療養指導士認定機構(編):糖尿病療養指導ガイドブッ ク 2012.メディカルビュー社,東京,2012,pp. 1‒11. 3) 渡辺智之:糖尿病運動療法の現状:糖尿病運動療法・運動処方確立 のための学術調査研究,中間報告から.Practis.2009; 26: 264‒270. 4) 植木彬夫:継続できる運動療法を考える.DM Ensemble.2013; 2(1): 9‒12. 環境要因 外的環境 内的環境 家族・家庭環境 仕事・修学環境 生活環境 身体条件 病態・病型 治療薬 育児 就業・就学時間 公園 肥満 病型 食事制限 介護 休日の有無 スポーツ施設 麻痺・運動制限 低血糖傾向 経口薬 独居・同居 通勤・通学時間 歩行路の確保 心・腎疾患 血圧変動 インスリン 住宅状況 敷地(庭の有無) 網膜症 不正脈 家族の協力 脳血管障害 経済的余裕 身体活動状況 内部要因 心理 知識 感情 運動が好きか嫌いか 病識・知識 運動療法は糖尿病の治療法である ヘルスビリーフ 運動すれば体重は減る,血糖値は 下がるという信念 経験 運動・スポーツをしていた経験 セルフエフィカシー 運動はやっていけるという気持ち 成功体験 技術・方法 運動の方法や技術 認知機能 キーパーソン ストレス・鬱 処理能力 表 1 患者の環境要因と内部要因 Japanese Physical Therapy Association