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小脳による運動学習機構

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Academic year: 2021

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(1)理学療法学 第 836 42 巻第 8 号 836 ∼ 837 頁(2015 年) 理学療法学 第 42 巻第 8 号. 分科学会・部門教育講演. 小脳による運動学習機構* 永 雄 総 一**.  生まれつき自転車に乗れる人は誰もいない。どんなスポーツ やリハビリの訓練でも,習得するにははじめは懸命に練習をし なければならない。ところが一度運動を習得してしまうと,今 度はなにも考えずとも自動的に運動ができるようになる。実は これらは小脳の働きによる。小脳は練習により学習した運動記 憶を自身の内につくり,それを用いて運動が自動的に正しく行 われるように働く。本稿では小脳に運動記憶ができる仕組みを 解説する。  小脳は小脳皮質と小脳核からなる。小脳皮質の主要な神経細 胞であるプルキンエ細胞はふたつのまったく異なった情報を受 けとる(図)。ひとつは平行線維とのシナプスを経てくる運動 をおこすために必要な外界や身体などについての情報であり, もうひとつは登上線維とのシナプスを経てくる運動時に生じる エラーの情報である。プルキンエ細胞と平行線維のシナプスに. 図 小脳は運動の内部モデルを学習し記憶する.運動学習によ り短期と長期の記憶痕跡が小脳皮質と小脳核にそれぞれで きる.短期の運動記憶痕跡は,プルキンエ細胞のシナプス に長期抑圧が生じることによりできる.. は長期抑圧という可塑性がある 1)。長期抑圧とは,登上線維に よってエラーの情報がプルキンエ細胞に繰り返し伝わると,登. の運動学習は小脳を実験的に破壊したマウスでは起きない。さ. 上線維と同時に活動していた平行線維からの信号がその後長期. らに 1 週間の練習の終了直後に小脳皮質を局所麻酔すると,今. 間にわたりプルキンエ細胞に伝わりにくくなる現象である。長. 度はその日の 1 時間の練習によって生じた目の動きの増加は消. 期抑圧を発見した伊藤は米国の数理工学者らとともに,長期抑. えたが,前日までの練習により生じた目の動きの増加は消えな. 圧によって運動学習が生じ小脳皮質のプルキンエ細胞に運動記. かった。したがって,小脳皮質にできる短期の目の動きの記憶. 憶ができるという仮説を 30 年以上前に提案した. 2‒4). 。筆者ら. はこの伊藤らの仮説を検証するとともに,さらにそれを拡張し た. 5)6). 。. のほかに,小脳の別の部位に長く持続する目の動きの記憶がで きることになる。  OKR に関係する小脳核の神経細胞はプルキンエ細胞からの.  実験には,視機性眼球反応(optokinetic response:以下,. 抑制性入力の他に,前庭神経からの興奮性入力を受ける。そこ. OKR)という速く動く物を眺めるときにおきる反射による目の. で,1 週間 OKR を練習したマウスを全身麻酔し,前庭神経を. 動きを用いた。副視索路,小脳皮質,小脳核と眼筋運動核から. 電気刺激して小脳核で誘発される電位を微小電極でマップしそ. なる OKR の神経回路はすでに同定されている。マウスに正弦. の大きさを測定した。すると誘発された電位は,OKR の練習. 波状に動くチェックパターンの模様のスクリーンを眺めさせる. をしていない対照群のマウスで誘発される電位よりも大きかっ. OKR の練習を 1 時間行うと運動学習が起こり,目がより大き. た。これは長く続く目の動きの記憶が小脳核にあることを示す。. く動くようになる。しかしこの学習効果は長続きせず,24 時.  まとめると,図のように 1 時間の練習によってまず小脳皮質. 間以内に目の動きは元に戻る。練習終了の直後に実験的に小脳. のプルキンエ細胞に運動記憶ができるが,それはわずか 1 日で. 皮質を局所麻酔すると,学習の効果はたちどころに消えた。し. 消えてしまう。ところが一日 1 時間の練習を 1 週間続けると,今. たがって,1 時間の練習でできて 24 時間持続する目の動きに. 度は小脳核にひと月くらい持続する長期の運動記憶ができる 5)。. 関する記憶は小脳皮質にあることになる。ところが,同じ 1 時. すなわち,練習を繰り返すことにより,見かけ上運動記憶がプ. 間の OKR の練習を毎日 1 週間続けて行うと,目はさらに大き. ルキンエ細胞から小脳核の神経細胞へシナプスを越えて移動す. く動くようなり,その効果はひと月続いた。この長期の OKR. ることになる。この現象を,記憶痕跡の移動と呼ぶ 6)。. *. Neural Mechanism Underlying Cerebellar Motor Learning ** のぞみ病院・高次脳機能研究所 室長 (〒 362‒0806 埼玉県北足立郡伊奈町小室 3170) Soichi Nagao, MD, Director: Nozomi Hospital Higher Brain Function Laboratory キーワード:運動学習,小脳,記憶痕跡.  次に,運動記憶がどのようにして小脳にできるかを検討し た。これまでの遺伝子改変マウスや薬理学による研究の多く は,長期抑圧により小脳皮質に短期の運動記憶ができること を示す 3)4)。さらに筆者は重本らとともに電子顕微鏡を用いた 研究を行い,1 時間の OKR の練習により,OKR を調節するプ.

(2) 小脳による運動学習機構. 837. ルキンエ細胞のシナプスがもつ神経伝達物質受容体の密度が. ルをそれぞれ学習することになるが,はたしてそうであるか今. 20%減少することを明らかにした 7)。これは脳の記憶痕跡を形. 検討している。. 態の変化として捉えた最初の研究である。.  小脳はこれまでずっと運動の脳とされてきた。ところがヒト.  ところで,一夜漬けの集中学習より休憩をいれながらコツコ. では小脳は実は認知機能を司る大脳の前頭前野や頭頂葉と強力. ツと学習するいわば分散学習の方が,できた記憶はより長く持. なネットワークをつくることが,MRI 脳画像の研究によりわ. 続する。これを心理学では分散効果と呼ぶ。この分散効果の原. かってきた 3)11)。そうならば,我々の小脳は運動だけでなく. 因のひとつが,記憶痕跡の移動であることがわかった。なぜな. 認知機能にも関与することになる。言語活動や直感と呼ばれる. らば,30 分以上の休憩を挟んで OKR の短時間の練習を数回繰. 意思決定は通常意識にのぼらない。このような無意識で行われ. 7). る認知機能に小脳が関係する可能性が今注目されている。小脳. 小脳核で長期間持続する記憶ができるには,練習中にプルキン. はどの部位も構造は同じである。したがって認知機能でも,小. りかえすと,記憶痕跡の移動が数時間で起こるからである エ細胞でタンパク質が新たにつくられること. 8). 。. と,休憩中に. 脳はその内部モデルを長期抑圧と記憶痕跡の移動を用いて学習. プルキンエ細胞の神経活動が十分維持されること 9)が必要で. し記憶するということになるが,その検証は今後の研究課題で. ある。山崎らは,長期抑圧によって生じた小脳皮質のプルキン. ある。. エ細胞の活動の変化がその出力先の小脳核の神経細胞のシナプ.  運動学習の特徴を表す有名な諺に, 「継続は力なり」と「六十. スに長期増強を誘発し,その結果運動学習の記憶痕跡が移動す. の手習い」がある。本稿を閉じるにあたり,この諺の背景に. る 10)ことを理論的に提案している。. は「長期抑圧」と「記憶痕跡の移動」に基づく小脳の「運動の.  さて一体小脳は運動学習においてなにを学び記憶しているの. 内部モデルの学習」があることを強調しよう。小脳の研究につ. だろうか。ヒトの小脳はおもに大脳とネットワークを形成し情. いての最新の情報は国際ニューロインフォマテイックスの日本. 報をやりとりしているが,このネットワークの中で小脳が「運. ノードのウェブの小脳プラットフォーム 13)を参照されたい。. 動の内部モデル」を学習し記憶しているという考え方. 3)11). が. 提案されている(図) 。運動の内部モデルには 2 種類ある。ひ とつは,目的にかなった運動をするためにどのように筋肉や関 節を伸縮させるかという運動指令を作成すること(逆モデル) であり,もうひとつは,運動指令を実行するとどのような結果 が生じるかを予測すること(順モデル)である。著者らは,小 脳がこのふたつの内部モデルをともに学習し記憶することで, 運動が正確に実行されるという考え方を提案する。その検証の ために,ヒトの手の到達運動のプリズム適応という実験法を新 たに開発した 12)。  筆者らの開発したプリズム適応では,被験者は視野が実際よ り 20 ずれて見えるプリズムメガネをかけて,眼前に提示され る小さな視標を指でタッチする試行を 100 回行う。健康人では 初めは視標から 20 ずれたところをタッチするが,試行の終わ りには適応が生じて正確にタッチできるようになる。次に,被 験者はメガネをはずして視標にタッチする試行をさらに 50 回 行う。健康人では今度は適応によりできた記憶により,はじめ は視野のずれと逆の方向にずれてタッチするが,やがてその記 憶は消えて視標に正確にタッチするようになる。この一連のプ リズム適応の実験データから適応指数を算出し,ヒトの運動学 習を定量評価した。  健康人では,適応指数は 20 ∼ 70 歳まではほぼ一定(0.8 ∼ 1) であり,70 歳以上で 20 ∼ 30%低下した。一方,脊髄小脳変 性症の患者では適応指数は年齢にかかわらず有意に低下(0.2) していた 12)。この適応指数が脳の運動学習の定量評価に臨床 応用されることを期待する。プリズム適応では,小脳はプリズ ムで見た世界の中で手を動かすという運動の逆モデルと順モデ. 文  献 1) Ito M, Sakurai M, et al.: Climbing fibre induced depression of both mossy fibre responsiveness and glutamate sensitivity of cerebellar Purkinje cells. J Physiol (Lond). 1982; 324: 113‒134. 2) Ito M: The Cerebellum and Neural Control. Raven, New York, 1984. 3) Ito M: The Cerebellum: Brain for an Implicit Self. FT Press, New York, 2011. 4) Ito M, Yamaguchi K, et al.: Long-term depression as a model of cerebellar plasticity. Prog Brain Res. 2014; 310: 1‒30. 5) Shutoh F, Ohki M, et al.: Memory trace of motor learning shifts transsynaptically from cerebellar cortex to nuclei for consolidation. Neuroscience. 2006; 139(2): 767‒777. 6) 永雄総一:小脳の新たな学習機構:運動学習の記憶痕跡のシナプ ス間移動による記憶の固定化.生体の科学.2012; 63: 34‒41. 7) Wang W, Nakadate K, et al.: Distinct cerebellar engrams in short and long term motor learning. Proc Natl Acad Sci USA. 2014; 111(1): E188‒E193. 8) Okamoto T, Endo S, et al.: Cerebellar cortical protein synthesisdependent transfer of memory trace underlies the spacing effect in motor learning. J Neurosci. 2011; 31(24): 8958‒8966. 9) Okamoto T, Shirao T, et al.: Post-training cerebellar cortical activity plays an important role for consolidation of memory of cerebellum-dependent motor learning. Neurosci Lett. 2011; 504(1): 53‒56. 10) Yamazaki T, Nagao S, et al.: Modeling memory consolidation during posttraining periods in cerebellovestibular learning. Proc Natl Acad Sci USA. 2015; 112(11): 3541‒3546. 11) 永雄総一,山崎 匡:まだ解かれていない小脳の 7 つの基本的課 題.生体の科学.2012; 63: 3‒10. 12) Hashimoto Y, Honda T, et al.: Quantitative evaluation of human cerebellum-dependent motor learning through the prism adaptation of hand-reaching movements. PLoS ONE. 2015; 10(3): e 0119376. 13) http://platform.cerebellum.neuroinf.jp.

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