若手の会自由集会報告
第
1回若手の会自由集会「甲殻類と生息場をめぐる新たな視点」
―企画趣旨とシンポジウム内容
New insights into habitat scales of crustaceans: symposium objectives and contents
大土直哉
1・太田悠造
2Naoya Ohtsuchi and Yuzo Ota
はじめに 昨秋,東海大学清水キャンパスにて開催された日 本甲殻類学会第56回大会.その前日にあたる10月 19日に,若手研究者有志によって「第1回若手の会 自由集会」が開催された.「第1回」と銘打ったも のの,日本甲殻類学会の60年近い歴史において「若 手の会」やそれに相当する集会が行なわれたのはこ れが初めてではない.本誌4号には,「甲殻類学会 若手会」が,1994年の第32回大会(九州大学)の 初日に「甲殻類研究の現状と展望」と題するミニシ ンポジウムを行なったことと,そのときの全5講演 の概要が記録された(土田・橋詰,1995ほか).さ らに翌年のミニシンポジウムの講演内容は『生物科 学』誌上で2回にわたる「特集」として掲載された (橋詰,1998ほか).以降,講演内容は公開されな くなったが,本誌の「会記」からは,2002年の第 40回大会(熊本大学)までの9年にわたって,毎年, 大会初日に,講演4–6題からなるミニシンポジウム が開催されたことがわかる.筆者らは,それ以前に も若手研究者がお菓子を囲んで議論をする会があっ たと大会懇親会で聞いたが,残念ながら,本誌やそ の前身である『日本甲殻類学会ニュース』にもその ような記録は残されていなかった.「若手の有志で 将来の甲殻類学の夢を語り合う会として存在し」, 当日は「学会の担当者の若手の人などが世話役とな り,ポテトチップやスナック菓子を囲んで,自由に 話し合った」とのことである(丹羽信彰氏,私信). 本稿では,16年ぶりに復活した「若手の会」の発 足の経緯と第1回自由集会の企画趣旨について紹介 する. 「若手の会」発足の経緯とテーマの決定 「今回の」若手の会自由集会開催の話は,第一著 者の大土に「若手の会自由集会の音頭を取ってほし い」という依頼があったことに始まる.筆者個人 は,かねてより,全国に散らばっている活発な若手 研究者の研究内容を「一度にまとめて」聞ける機会 があったら,既に研究活動を行っている若手研究者 だけでなく,今後,研究を本格的に始めようとして いる学生にも,きっと良い刺激になるだろうな,と いう思いがあった.ただ,それはあくまで個人の思 い.既に様々な学会・研究会が「若手の会」を設 け,活動している昨今,「日本甲殻類学会の」若手 の会にどれくらい潜在的な需要があるのか,岩手の 片隅からは測りかねた.そこで第二著者の太田に声 を掛け,若手の会の実現可能性について検討し,自 1 東京大学大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センター 〒028–1102 岩手県上閉伊郡大槌町赤浜1–19–8
International Coastal Research Center, Atmosphere and Ocean Research Center, The University of Tokyo, 1–19–8 Akahama, Otsuchi, Iwate 028–1102, Japan
E-mail: [email protected]
1 鳥取県立山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館
〒681–0001 鳥取県岩美郡岩美町牧谷1794–4 San’in Kaigan Geopark Museum of the Earth and Sea
Tot-tori Prefectural Government 1794–4, Makidani, Iwami-Town, Tottori 681–0001, Japan
分たちの専門に関連させたテーマで,まずは一回 やってみて反応を見て考えることにした. さて,どんな話題を提供すれば,より多くの方に 参加していただけるだろうか.試みに過去4回の大 会での発表内容を見てみると,生態学と分類学の話 題が全演題の7・8割を占めており,若手研究者が 関連するものは生態学的研究の演題に特に多いこと がわかった.一方,TwitterやFacebookを見てみる と,研究室未配属の大学生の甲殻類への興味・関心 は,形態学的な関心と分類学的関心,それらから萌 芽した種多様性への関心であると推察された.そこ で「大学院課程学生・ポスドクといった現役の若手 研究者と,研究に興味がある学生の交流の場を作る なら,生物多様性と生態学的研究の接点になるよう な話題が相応しいだろう」と考え,「生息場(ハビ タット)」を初回のテーマとした. 第1 回自由集会「甲殻類と生息場スケールをめ ぐる新たな視点」開催趣旨 沿岸域の面積は全海底の10%にも満たないが, 沖合域に比べてはるかに多様な生物種が生息する. その理由としては,沿岸域には沖合域に比べて多様 な「環境(生物の生息を想定した場合は生息場)」 が存在することが真っ先に挙げられる.沿岸域の生 息場は,水流と地形,および地質が作りだす生息場 (岩礁,転石帯,砂地など)と生物が作り出す生息 場(サンゴ礁,海藻・海草群落,動物の体内・体表 など)に分かれる.このように生息場の成立要因に 注目すると,生息場には様々なスケールのものがあ り,また不変なものはないことがわかる.近年で は,湾奥と湾口,藻場と砂地,藻場を構成する海 藻・海草群落,群落の構成種,群落の林床と林冠, 海藻の仮根部と葉状体など「様々なスケールでの環 境の空間的な差異,あるいはそれらの季節変化が, 沿岸域に多様な時空間スケールの生息場を作りだ し,沿岸域における生物多様性の形成・維持に寄与 している」という想定のもとでの研究も増えてお り.そのような研究の中で頻繁に用いられる概念と して,habitat diversity(生息場の多様性), habitat het-erogeneity(生息場の不均質性), microhabitat(マイ クロハビタットあるいは微生息場), habitat variability
(生息場の可変性), habitat connectivity(生息場間の 接 続 性), coastal ecosystem complex(沿岸複合生態 系:Watanabe et al., 2018)などがある.いずれも少 しずつ着眼点が異なるものの,みな「沿岸域は様々 な時空間スケールのハビタットの集合体」という考 え方に立脚するものである. ところが,このような生息場の時空間的な多様性 とそこに出現する生物の種多様性との関係につい て,盛んに議論されるのは主に群集生態学の分野で あり,上記の用語もみな群集生態学の文脈から生ま れたものである.その議論の前提である「個々の種 の生活史が時空間的に多様な生息場と密接に関連す ること」に焦点を当てた研究というのは,国内外を 見てもあまり多くはない. 個々の種の生活史や生息場利用についての理解が 深まれば,水産重要種ならより現実的な資源管理や より実際的な資源量変動の予測に,固有種・希少種 であればその保全に,普通種であればその後の調 査・研究の効率化のために,大いに役立つことだろ う.生態学の研究に携わるものであれば,例えば室 内での操作実験で観察された行動が,本来の生息場 でどのような効果を示し得るのか,そもそも再現さ れ得るのか,といった課題とは日常的に向き合って いるだろう.分類学的研究においても,新種や隠蔽 種,初記録種の発見は,未調査の海域・生息場でな され,しばしば様々なスケールでの生息場の発見・
再認識を伴うことになる(例えば,Takeda &
Kura-ta, 1977; Komai et al., 2014; Igawa & Kato, 2017; 西垣
ほか,2017; 藤田,2018など).「ハビタットの集合 である沿岸域を,個々の種がどのように利用してい るか」という視点は,おそらく今後の甲殻類学にお いて,今まで以上に重要になっていくのではないだ ろうか. 本集会では,魅力的な研究のテーマの影に押しや られてしまいがちだが,とても重要な「生息場ある いは生息場利用」にスポットライトを当て,生態 学,分類学,あるいはその両方の立場から,これま での「甲殻類と生息場スケール」の認識を大きく変 えるような成果を上げている若手研究者に,自身の 研究を紹介していただいた.世話人である太田と大 土は「甲殻類種の生活史と既存生息場の関係」につ いて,それぞれの研究対象であるウミクワガタ類と
モガニ属を題材に紹介することにした.川井田氏に は「既存の生息場を複数の甲殻類種が棲み分ける事 例」としてマングローブ域におけるカニ類の棲み分 け機構を調べる新たなアプローチについて,邊見氏 には「甲殻類種が新規に生息場を創出し,他の生物 に提供する事例」としてハゼ類と共生するテッポウ エビ類について,吉川氏には「他の生物に生息場を 提供する事例」として,ヤドカリ類の宿貝内外を生 息場とする動物に関する,まさに現在進行中の研究 を紹介していただくことになった.対象とする分類 群が異なり,研究の動機や目的も少しずつ異なる が,いずれも「様々なスケールの生息場の集まりで ある沿岸域を,甲殻類がどのように利用しているの か」という疑問に対して,具体的な事例を示すこと ができるものと確信して当日に臨んだ. プログラム 日本甲殻類学会若手の会自由集会 「甲殻類と生息場スケールをめぐる新たな視点」 2018年10月19日(金)13:30–17:00 大土直哉・太田悠造(世話人)開会挨拶・開催主旨 説明(図1A) 大土直哉(東京大学大気海洋研究所 国際沿岸海 洋研究センター) 1) ウミクワガタ類の宿主および生息基質利用(図 1B) 太田悠造(鳥取県立山陰海岸ジオパーク 海と大 地の自然館) 2) モガニ属の分類・生態の研究から見えてきた沿 岸岩礁域生態系の多様性 大土直哉(東京大学大気海洋研究所 国際沿岸海 洋研究センター) 3) マングローブ域におけるカニ類の棲み分けと餌 利用との関係―セルロースの分解能に着目して ―(図1C) 川井田 俊(島根大学エスチュアリー研究セン ター) 4) テッポウエビ類の巣穴構造―巣穴形成と共生者 による巣穴利用―(図1D) 邉見由美(京都大学フィールド科学教育研究セン ター 舞鶴水産実験所) 5) ヤドカリの貝殻という生息環境(図1E) 吉川晟弘(京都大学フィールド科学教育研究セン ター 瀬戸臨海実験所) 講評 伊谷 行(高知大学)(図1F) 閉会挨拶 大土直哉 若手の会総会(演者を囲んでの打ち上げ,清水駅 前「てんくう」) 講演はいずれも地道な観察・実験に裏付けられた もので,演者らの静かな熱意が届いたのか,各講演 とも終了後には,質疑応答が盛んに交わされた.講 演内容について,事前に我々のほうで一点のみ,お 願いをしたことがあった.それは「自己紹介のパー トを用意すること」であった.通常の口頭発表では 聞くことが出来ない「若手研究者がどのように甲殻 類と出会い,現在の所属や研究テーマに辿り着い た」のかと言う話は,学生にはとても有意義であろ うし,既に研究者である我々にとっても非常に興味 深く,何より初対面同士の話の種としては最適と思 われる.閉会後の総会(打ち上げ)にも,様々な立 場の15名が集まり,甲殻類を愛する者同士の親睦 が深まる,とても楽しい会となった(図2). 自由集会を終えて~これからの「若手の会」 今回の自由集会では,会場の入り口に簡易な芳名 表を設置した.これに記帳があったのは沖縄県から 福 島 県 ま で の29名で,その内訳は,正会員17人 (発表者4名を含む), 学生会員3人,非会員5人,非 会員学生4人(発表者1名を含む)であった.うれ しいことに,学生の参加者には,研究室配属前の学 部学生も数名含まれていた.なお,全体の参加人数 については,打ち上げの席では「40人ほどいただ ろう」と言う声も上がり,多少の記入漏れはあった もの,30人超の参加があったと思われる.ポスド クを中心に正会員が多く,学生会員が3人,非会員 学生の参加が,発表者以外にも3人あった.学部学 生の参加を想定しておきながら,平日金曜日の開催 としたことは,大いに反省すべき点である. 大変ありがたいことに,自由集会の翌日から,今 回の参加者や,日程が合わなかった大会参加者か ら,来年以降の活動を期待する声をたくさんいただ いた.また,自己紹介パートも好評だった.本稿執
筆時点では,まだ世話人・テーマともに未定だが, 2019年度の東京大会でも自由集会を開催する方針 となった. 日本甲殻類学会若手の会は,「全国に散らばって いる甲殻類に関心のある若人(研究者に限定しな い)に交流・協力の機会を提供すること」を目的と 図1. 自由集会の様子.A, 大土による開催趣旨の説明;B, 太田による講演;C, 川井田氏による講演;D, 邊見 氏による講演;E, 吉川氏による講演;F, 伊谷 行先生による講評.A, C, E, Fは邊見氏より提供, B, Dは朝 倉 彰会長より提供.
し,当座は明確な組織・団体の形は取らない.方針 としては,1) 学会大会の周辺の日程で自由集会(例 えばミニシンポジウム)を開く,2) 自由集会の企 画をする場合には,世話人と発表者が中心になって 大会実行委員会とともに準備を進める,3) 自由集 会は一般公開とし,発表者は日本甲殻類学会の会員 でなくても良い,4) 世話人は学会員が務め,持ち 回りで行ってゆくことが望ましい. 初回こそミニシンポジウムの形式を採ったが,今 後は,お菓子を囲んでの座談会を復活させても良い かもしれない.本集会を機に若手の会の趣意に賛同 いただける若手研究者の諸兄諸姉には,過去の若手 の会がそうであったように,ぜひ進んで企画を提案 していただけるよう切に願う.当座の連絡窓口は大 土 ([email protected]) と太田 (ootayu@pref. tottori.lg.jp) である. さて,本稿に続いては,各演者による講演の概要 が掲載される.本特集への執筆・寄稿に時間を割い ていただいた演者諸氏には深く感謝申し上げる.ま た,本誌をお読みの皆様には,一部講演には論文未 発表の成果や進行中の研究の紹介も含まれたため, 実際の講演で触れられたすべての話題を掲載するこ とはできていないことをご了承いただきたい.若手 研究者の最前線に「ノーカット」で触れたいという 方には,今年度の自由集会はぜひとも会場に足をお 運びいただきたいと思う. 謝 辞 末筆ながら,今回の自由集会の円滑な運営には, 大会委員長の東海大学の田中克彦先生,鹿児島大学 の土井航先生,そして東海大学の学生の皆さんのご 厚意とご協力があったことを申し添え,改めて感謝 申し上げます.また過去の若手の会の取り組みにつ いて,貴重な情報をいだいた丹羽信彰会員と橋詰和 慶会員にも改めて感謝いたします.なお若手の会発 足の経緯とプログラムの概要は「うみうし通信」 102号(大土・太田,2019)にも掲載したので,本 稿と併せてご覧いただければ幸いです. 参考文献 藤田喜久 (2018) 琉球列島の洞窟地下水域および海底洞 窟における十脚甲殻類研究の現状.タクサ,44: 15–22. 橋詰和慶 (1998) 序―甲殻類から世界を見渡す.生物科 学,49: 185–186. 図2. 集合写真
Igawa, M. & Kato, M. (2017). A new species of hermit crab, Diogenes heteropsammicola (Crustacea, Decapoda, Anomura, Diogenidae), replaces a mutualistic sipuncu-lan in a walking coral symbiosis. PLoS ONE, 12(9), e0184311.
Komai, T., Nishi, E. & Taru, M., 2014. A newspecies of Pin-nixa (Crustacea: Decapoda: Brachyura: Pinnotheridae) associated with a tube worm, Chaetopteruscautus (An-nelida: Polychaeta), from Tokyo Bay, Japan. Zootaxa, 3793: 119–132. 西 垣 孝 治・ 比 嘉 高 明・ 小 林 峻・ 谷 本 拓 夢・ 長 井 隆・成瀬貫 (2013) 石垣島と西表島より採集された 日本初記録の樹上性甲殻類・マルベンケイガニ (甲殻亜門:十脚目:短尾下目:ベンケイガニ科). Fauna Ryukyuana, 5: 1–7. 大土直哉・太田悠造 (2019) 「日本甲殻類学会若手の会」 がはじまりました.うみうし通信102: 4–5. 土田真二・橋詰和慶 (1995) ミニシンポジウム『甲殻類 研究の現状と展望』を終えて.Cancer, 4: 59–62. Watanabe, Y., Kawamura, T. & Yamashita, Y. (2018)
Intro-duction: the coastal ecosystem complex as a unit of structure and function of biological productivity in coastal areas. Fisheries Science, 84: 149–152.