トランスクリプトーム・トモグラフィーを用いた
遺伝子発現に基づく全脳地図作成
理化学研究所 光量子工学研究領域 客員研究員 於保祐子
-1. トランスクリプトーム・トモグラフィー
(TT法)
対象を3次元空間に俯瞰する形で捉え、 そこに発現する全ての遺伝子の発現分布を 測定する技術1.新技術の概要
‐2.ビデオ紹介:理研チャンネル
「遺伝子を脳構造にマップする」
‐3. TT法の概要
(図1参照) • 独自の生体情報画像化システムと、網羅解析技術 を組み合わせ、 • 3次元の異なる方向で切り出した連続切片群(分画) を生体試料とし、 • 分画ごとに高分子の発現量を測定し、 • 多数検体を使った多方向からの測定結果(1次元 データ)を、トモグラフィーを用いて、画像情報と共 に、仮想空間に3次元再構成する手法。解剖学イメージ 遺伝子発現 対象 分画 網羅的測定 推定結果 3次元空間 高速計算による位置推定 1)3検体を、 直行3方向のいずれかに 分画する。 2)分画ごとの 遺伝子発現密度を マイクロアレーなどの 網羅的な方法で、測定。 3)位置合わせ 4)遺伝子発現地図を、 分画の遺伝子密度から、 再構成 図1.TT法の概要 PLOS ONE Figure 1 改変 (2012 Y Okamura‐Oho et. al)
‐4.TT法の精度評価
(1)テスト球を使った評価
(2)既存データベース情報との比較 a) マイクロアレー法
(1)テスト球を使った評価
方法: テスト用球(赤)3,000個 を、脳内にランダムに 配置し、これをTT法で 再構成。 結果: 94.7%が 元の球を含む領域に 再構成された。 0 5 10 15 20 25 5 15 25 35 45 55 65 75 85 95 Num ber of spheres (%) 5 10 15 20 5 % </= TP </= 95%: 95 % < TP: % of true positive (TP) TP < 5 %:Test sphere area ( ; 1 mm): Reconstructed area:
94.7% in total 74.3 % in total 20.4 % 5.3 % 3D-view 80% cut-off filter H C S S 2D-view mode median PLOS ONE Figure 2 (2012 Y Okamura‐Oho et. al) 図2.テスト球を使った精度評価
(2)既存データベース情報との比較
a)マイクロアレー法
(図3参照) 方法: • BrainStars (マウス脳45 領域での全遺伝子発現測定結 果)との比較 結果: • 中高発現遺伝子での相関はよい。 • 低発現遺伝子については、マウス系統の違いやマイクロ アレープラットフォームの違いによる影響がみられる。BrainStars 45領域 BrainStars (500 m 径球でのアレー・データ) log2 log 2 r= 0.73 p< 10-12
ViBrism 3D-mapped data (BrainStars 500 m 径 領域において ViBrismでの 平均発現強度を 再計算したもの) PLOS ONE Figure 3 (2012 Y Okamura‐Oho et. al) 図3.既存法で得られたマイクロアレーデータとの比較
(2)既存データベース情報との比較
b) in situ ハイブリダイゼーション法
(図4参照)
方法:
• アレン・ブレイン図譜 (Allen Brain Atlas:ABA: マウス全脳での全遺伝子発現測定結果)との比較
結果:
• 領域特異的な発現を示す遺伝子が、類似の発現パターン を示した。
1. CTX ISO * Tshz2 1190003J15Rik RS Ctx ci * Myl4 Ctx m ABA 2. CTXpl Tcfl5 Figf Col24a1 Tmem40 OB post Vent Sb OB ant Tu Spink8 Dsp CA DG * * 3. CNU 4. TH Gprin3 Slitrk6 Adarb2 Gpr151 CPu lat MD LG Hb ViBrism ABA ViBrism ABA ViBrism ABA ViBrism 0 1 intensity intensity 0 ViBrism0.8 1 ABA 図4.ABAとの比較 PLOS ONE Figure 4(2012 Y Okamura‐Oho et. al)
6. CB Nek2 ABA * ViBrism * Bmp5 Cb lobe Cb vermis * * ABA * * 5. HY Fzd5 Prlr Thbd Ucn3 Foxb1 ViBrism M ME MPA SO Pa * * Nr0b1 Hcrt Fezf1 Ghrh Arc DM VMH Spa dor 7. MB and HB * * Foxa1 Ucn Pax7 Tcfap2d SC VTA IC PAG * * * * * * Chrna6 Slc6a2 Cdh23 Pn Hoxb3 Mve Tg SN ABA ViBrism ABA ViBrism 図4.(続き)
2.従来技術とその問題点
対象を3次元空間に俯瞰する形で捉え、 そこに発現する全ての遺伝子の発現分布を測定する 従来技術(表1参照) ‐1. 3次元(体積)での測定方法(立方体法) • 全体を俯瞰するための試料数が多くなる。 • 手動で試料採取する場合、位置情報の正確性を担保でき ない。 ‐2. 2次元(平面)測定結果を積み重ねる方法 (ABA図譜作成法) • x-y詳細画像だが、Z軸位置合わせが困難。 • 測定値の標準化が困難。 • コスト高・マウス個体多数。• 網羅的な36,000遺伝子発現地図を、従来法に比 べ検体数を1000分の1、測定時間を10分の1、費 用を100分の1程度で3次元化できる。 • 従来法では不可能な遺伝子間の相互比較が可 能である。 • 凍結切片から抽出して定量測定できる物質であ れば、なんでも3次元分布(解剖学的位置と量)を 示す事ができる応用範囲の広いシステムである。 • 研究者が各自の実験系で、網羅的発現地図を作 成・解析できる。
3.新規技術の特徴・従来技術との比較
TT法 アレン・ブレイン 図譜作成法 立方体法 対象 全遺伝子 全遺伝子 全遺伝子 測定方法 マイクロアレー rSEQ 組織染色 (ISH) マイクロアレー rSEQ 分解能 500ミクロン 250ミクロン 500ミクロン x/y/z 均等 x/y 詳細 均等 標準化 〇 △ 〇 3次元化 推定 再構成 正確 マウス個体 6 1,600 10 試料数 100 100万 1万 測定時間 3か月 3年 未実施 測定費用 500万円 10億円 5億円 時間・費用 地図性能 測定 表1.新規技術の特徴・従来技術との比較
4.想定される用途
• 疾患モデル動物の脳全体を丸ごと隈なく迅速に 解析 (図5参照) • 薬剤投与効果を網羅的に解析 • MRI等で確認された脳の構造変化の背景にある 分子レベルでの変化を解析 (図6参照)遺伝子発現密度と疾患特異的病巣とに相関がある
図5.ハンチントン病責任遺伝子の脳内分布
PLOS ONE Figure 5
37 9 24 1 23 Htt (+)/Bdnf (‐) ViBrism Htt exp. density Anatomical Labels Waxholm MRI T1/T2* 図6:遺伝子発現領域をMRI上で示す
anatomical region name WHS Label # overlapped volume known disease volnerability Internal capsule 16 100.00% + Lateral dorsal nucleus of thalamus 18 100.00% + Medial geniculate 19 100.00% -Anterior pretectal nucleus 20 100.00% + Fimbria of Hippocampus 25 100.00% + Lateral geniculate 27 100.00% + Deep mesencephalic nuclei 17 99.99% +/-Thalamus (remainder) 3 99.86% + Striatum (caudate putamen) 23 99.25% ++ Lateral septal nuclei 8 97.15% -Periaqueductal gray 7 89.08% -Fornix 28 87.09% + Anterior commissure 10 87.07% -Hippocampus 24 77.04% + Corpus callosum 26 75.51% + Superior colliculus 4 72.16% -Nucleus accumbens 33 62.45% + Inferior colliculus 5 57.31% -Cerebral peduncle 13 55.15% -Optic tract 21 53.24% -Substantia nigra 12 50.04% +/-Lateral lemniscus 6 48.55% -Amygdala 31 42.25% + Hypothalamus 32 39.32% +/-Cerebral cortex 1 22.01% + Cerebellum 37 20.95% +/-Brainstem (remainder) 2 20.74% -Interpeduncular nucleus 14 8.00% -Olfactory areas 34 1.06% -Spinal trigeminal tract 36 0.74% -Pontine gray 11 0.00% -Pineal gland 30 0.00% -Cochlear nuclei 35 0.00% -total 39.20% PLOS ONE Figure 6 (2012 Y Okamura‐Oho et. al) Htt: ハンチントン病責任遺伝子 Bdnf: ハンチントン病を 軽快させる可能性のある 遺伝子 Htt(+)/ Bdnf(‐) 領域を MRI画像に基づく脳図譜の解剖学名ラベルで表示 疾患特異的神経細胞死が起こる領域が ラベルされている。
5.実用化に向けた課題
‐1. TT法システムの改良
• 測定に用いるコンピュータ・プログラムを パイプラインとして広く提供する。 • 解析結果を分かりやすく示す、インターフェー スを開発する。‐2. TT法の周知
• 市場のニーズに合った解析ができる事を示す。 • 公開データベース(ViBrism‐DB) の内容を充実 させる。6.企業への期待
‐1. TT法のエンドユーザー
産業分野:製薬・医療・畜産・漁業・バイオ
‐2. 実用化モデル(図6参照)実現に向け、
共同で研究・開発を行うパートナー
• 発現解析情報に加え、 3D-ISM機器とそのシステムも 最終製品とする。 創薬 先制医療 ViBrism 公開DB ViBrism 非公開DB 機器 販売企業 RIKEN 公費 研 究 公開 情 報 非公 開 情報 利用料 DB バイオ企業 TT実施 ライセンス/ ライセンス料 システム販売 /代金 解析結果 科学教育 NPO DB維持 解析 ViBrism 公開DB ViBrism 非公開DB NPO BReNt‐ DB維持 データ 解析 RIKEN TT実施 公費 研 究 公開 情 報 企業・ 研究所 委託元 非公 開 情報 D B 利用料 共同研究 解析結果 解析 委 託 科学教育 創薬 先制医療 • ViBrism‐DBの維持発展の資本調 達を目的とする。 • 発現解析情報を最終製品とする。 • エンドユーザーは、TT法を使った 解析結果の対価として、DB-利用 料を支払う。 ‐1. 非営利モデル ‐2.ライセンス化を含めた 一部営利モデル 図6:実用化モデル
6.本技術に関する知的財産権
発明の名称:遺伝子発現画像構築方法及び遺伝子発現画像 構築システム 国内出願番号: 特願2005-248312、出願日:2005年8月29日 特許公開番号:特開2007-064689 特許登録番号:4724497 出願人:独立行政法人 理化学研究所 発明者:横田秀夫、於保祐子、下川和郎 PCT番号:PCT/JP2006/316997、 出願日:2006年8月29日 国際公開番号:WO2007/026705A1 国際ステータス:指定国移行状況:移行済:国名:GB,DE,FR,CH: 登録済国:US 周辺・関連特許件数:特許査定済み:3件7.謝辞
この発表の内容は、 JST 知財活用促進ハイウェイ 「大学特許価値向上支援」、 JSPS 科研費 25560428、 理研戦略的研究展開事業(理事長ファンド)の 助成を受けた研究に、基づいています。 この研究の一部は、国際ニューロインフォマティクス統合機構(INCF) デジタル脳図譜プログラム ワクスホルム空間 (Waxholm Space)作業部会 の活動として行われました。 出典Transcriptome Tomography for Brain Analysis in the Web-Accessible Anatomical Space. 2012 PLoS ONE 7: e45373.
Okamura-Oho Y, Shimokawa K, Takemoto S, Hirakiyama A, Nakamura S, Tsujimura Y, Nishimura M, Kasukawa T, Masumoto K, Nikaido I,
ウェブサイト情報 この発表で紹介した発現地図は RIKEN ViBrism-DB http://vibrism.riken.jp/3dviewer/ex/index.html から、ダウンロード可能です。 更に詳しい情報や、発現地図を使った解析例は BReNt-ブレインリサーチネットワーク BReNt-プロジェクト・ウェブサイト http://opensciences.brent-research.org/ で、閲覧できます。