湖友会会員の皆様お元気で お過ごしのことと拝察申し上 げます。私は、平成 23年度機 械工学科長(機械宇宙工学専 攻機械工学コース長)を務め ています宮近幸逸です。昭和 50年3月に機械工学科を卒業 (7回)、昭和 52年3月に機 械工学専攻を修了(2回)し ましたので、湖友会の正会員 でもあります。 平成 23年度に入るすぐ前の 3月 11日に、日本において歴 史に残る大きな地震とそれに 伴う大津波が東北地方から関 東地方の太平洋側で発生しま し た 。 こ れ が 「 東 日 本 大 震 災」と名付けられ、多くの方 が被災されました。亡くなら れました方にはご冥福をお祈 りするとともに、被災された 方々にはお見舞いを申し上げ ます。この 16年前の1月 17日 には阪神淡路大震災が発生し、 6、343名の方が亡くなら れ、平成 24年1月 17日には、 6、436本のろうそくが灯 され、震災で亡くなられた方 の鎮魂祭が営まれました。東 日本大震災では阪神大淡路大 震災の約3倍もの方がお亡く なりになり、さらに福島第一 原子力発電所の3基が爆発を し、放射能漏れが発生し、メ ルトダウン、メルトスルーと 言われ、その影響がいかに大 きいものかということが、真 実が伝えられるごとにひしひ しと感じさせられます。 25年 前のチェルノブイリの事故を 超えるものである?ことも明 らかになってくるのかも。 機械工学科では、平成 23年 2月 28日に近藤康雄准教授が 退職され、3月1日に山形大 学教授としてご栄転になりま した。近藤先生は、この東日 本大震災の直前の異動のため 大雪と地震の災害に遭われ大 変な状況にあったと思います。 また、平成 24年4月1日には、 着任間もない和田信敬准教授 が広島大学へ、2月1日には、 ものづくりセンターの島田和 則助教が大分大学教育学部講 師として異動になりました。 このように3名の教員の異動 のため、私は学科長就任後す ぐに、これらの補充人事にと りかかりました。さらに、小 幡文雄教授が平成 24年3月末 日をもってご定年退職される ことが決まっており、この人 事についても新しい採用方式 に則って実施することになり、 人事に明け暮れる年でした。 これらの人事の結果、ものづ くりセンターの助教として、 三浦政司助教が9月1日に着 任、近藤准教授の後任に小野 勇一助教が 11月1日に准教授 に昇任、和田准教授の後任に 櫻間一徳准教授が 11月1日に 着任されました。また、小幡 教授の後任に小出隆夫准教授 の教授への昇任が平成 24年4 月1日に予定されています。 現在、小野助教昇任後のポス トを使った助教の公募が平成 24年3月 30日の締切で進めら れています。このように多く の教員の異動があり、湖友会 会員の皆様には、見知らぬ教 員が増えたという印象が一層 強くなっていると思います。 小幡文雄教授の最終講義は、 平成 24年2月 29日(水)に工 学部第 21講義室において実施 される予定です。最終講義の 題目は、「 43年間の研究生活 を振り返って」です。この会 報が届くころには終わってい るかもしれませんが、記録と してご紹介します。 さて、湖友会の発足時のこ とと現在のことを私の知ると ころの一端を記録としてここ に書きます。湖友会は、昭和 60年に工学部創立 20周年事業 遂 行 に 伴 い 、 会 長 大 堀 茂 泰 (S 44・3卒、旧姓:船岡)、 副 会 長 山 根 安 正 ( S 45・ 3 卒 ) 、 学 内 教 員 若 良 二 ( S 46・ 3 卒 ) 、 宮 近 幸 逸 ( S 50・3卒、旧姓:芦田)、田 中久隆(S 51・3卒、旧姓: 山本)、小出隆夫(S 52・3 卒)で発足し、現在は、会長 石田克志(S 51・3卒)、副 会長平野隆志(S 56・3卒)、 学内役員小野勇一(H7・3 卒 ) 、 上 原 一 剛 ( H 8 ・3 卒)となっています。学内の 同窓生も年を重ね学内の役職 についておられる方がありま すのでご紹介いたします。若 良二教授は、国際交流センタ ー長で国際交流担当副学長を、 田中久隆教授は、工学研究科 長(工学部長)を務めておら れます。 平成 24年度の学科内の研究 室と教員構成の予定を列記し ます(アンダーラインは名称 が 変 わ る 研 究 室 ) 。 固 体 力
学
科
長
挨
拶
機械宇宙工学専攻 機械工学コース長 機械工学科長宮
近
幸
逸
(1)第 16 号 鳥 取 大 学 湖 友 会 会 報 平成24年3月1日鳥 取 大 学
湖 友 会 会 報
第16号
平成24年3月1日
発 行 所鳥 取 大 学 湖 友 会
〒680-8552 鳥取市湖山町南4丁目101番地 鳥取大学工学部機械工学科 鳥 取 大 学 湖 友 会 事 務 局 電 話 ( 0857 ) 31-5209 振 替 01480-8-21010 ●ホームページアドレス● http://www.mech.tottori-u.ac.jp/koyukai学:小畑良洋教授、岩佐貴史 准教授、 材料工学 :陳中春教 授、音田哲彦准教授、赤尾尚 洋助教、 信頼性・設計工学 : 宮近幸逸教授、小野勇一准教 授、精密生産工学:田中久隆 教授、佐藤昌彦准教授、 機械 力学・スマート機構 :小出隆 夫教授、上原一剛助教、計測 制御工学:西村正治教授、櫻 間一徳准教授、熱エネルギー 工学:大澤克幸教授、小田哲 也准教授、住隆博助教、流体 工学:川添博光教授、松野隆 講師、山田剛冶助教、ものつ くりセンター:三浦政司助教。 技術職員は、学科に3名(竹 歳 大 樹 、 竹 田 諭 司 、 坂 本 憲 一 ) 、 機 械 実 習 工 場 に 4 名 (秋山雅彦、石渕信孝、野波 将宏、河村直樹)です。 なお、機械工作学研究室初 代助手中野(旧姓:島冨)泰 司先生が平成 23年5月に、機 械実習工場初代工場長森新市 技官が平成 23年9月に逝去さ れました。ご冥福をお祈りす るとともに両先生にご指導を 受けられた同窓生の皆様にご 報告します。 光陰矢のごとしで、時間の 経つのは早いものです。リー マンショックに始まる不景気 は、ドル安、円高さらにはユ ーロ安と続き、日本の赤字の 膨れ上がりは止まるところ知 らずのようです。温暖化が異 常気象を招く昨今です。政治 もたらいまわしと言われ、多 額の国の借金はどうなるやら と危惧するところです。 「雨にもまけず、風にもま けず、雪にも夏の暑さにもま けぬ、・・・・・、そうゆう ものにわたしはなりたい。」 という宮澤賢治の詩にかかれ ている心境、そして「智に働 平成3年4月に機械加工学 研究室の教授として着任して から 21年が経過する平成 24年 3月、 65歳の定年により退職 します。 65歳という年齢は、 昭和 44年(1969年)3月 に鳥取大学を卒業された湖友 会機械第1回生と同じです。 月日がたつのは早いもので、 着任当時学部4年生あるいは 工 学 研 究 科 2 年 生 で あ っ た 方々は、私が鳥取に来た時の 40歳代半ばを迎えようとして います。職場では、掛け替え のない人材としてご活躍のこ とと思います。平成 23年3月、 希望に胸を膨らませて卒業ま たは修了された方々も、職場 にも慣れ、日々仕事に励まれ ていることでしょう。 それでは、この紙面を借り て、鳥取大学教員としての 21 年間を回想してみたいと思い ます。 着任当初は、設置されたば かりで建物が完成していなか った知能情報工学科の水本洋 先生の研究室と共同で部屋を 使用し、2年間ゼミなどを一 緒にしました。このことは、 鳥取大学の雰囲気に早く慣れ るのに役立ちました。当時の 鳥取大学大学院工学研究科に は修士課程はあったものの、 近隣の大学に設置されていた 博士課程はありませんでした。 そのため、着任後3年間はそ の設置に向け教職員一丸とな って努力しました。その甲斐 あって平成6年4月、3専攻 からなる博士後期課程が実現 しました。多くの教官が学生 の受け入れに積極的であり、 第一期生は 16人の定員に対し て 39人でした。私も1人の社 会人学生を受け入れ、現在工 学部長・工学研究科長の要職 にある田中久隆先生の協力を 得て研究指導に当たりました。 平成9年4月、坂本智先生が 機械加工学研究室の助手とし て着任しました。坂本先生は その後、鳴門教育大学、島根 大学を経て、平成 23年4月か ら母校の横浜国立大学で准教 授として活躍されています。 平成9年 12月、工学研究科 博士後期課程情報生産工学専 攻にリフレッシュ教育対応講 座である生産環境システム講 座が新設され、私はその教授 として異動しました。講座に は、教授の他に助教授1名、 助手2名が純増定員として認 められました。助教授には原 子力研究所から近藤康雄先生 が、また助手には湖友会会員 で情報生産工学専攻を修了し たばかりの上原一剛先生がそ れぞれ着任されました。なお、 助手定員の1名は機械工学科 の教員定員削減に充てました。 私の異動後間もなくして、田 中先生は機械加工学研究室の 教授に昇任にされました。現 在は研究室名を精密生産工学 研究室と改称し、准教授の佐 藤昌彦先生と一緒にご活躍で す。近藤先生は平成 23年3月、 山形大学に教授で異動されま した。 生産環境システム講座に異 動してからの教育・研究は、 環境を強く意識したものとな りました。ただし、それまで と同様、機械工学科の教職員 の一員として、機械工学科お よび博士前期課程機械工学専 攻の授業や研究指導を担当し てきました。ご存じとは思い ますが、工学部は平成 20年4 月に部局化しました。それに ともなって、工学部の教員は 全員、工学研究科に異動して 工学部および工学研究科の教 育・研究を担当することにな りました。また、工学研究科 は博士前期課程と博士後期課 程を含めて4専攻に改組され ました。機械工学科の教員と 応用数理工学科の教員に私を
定年退職にあたって
機械工学科 教授小
幡
文
雄
けば角が立つ。情に棹させば 流される。意地を通せば窮屈 だ。兎角に人の世は住みにく い。」と夏目漱石が「草枕」 で書いていることがしみじみ と感じられるとしになりまし た。今の学生は、宮澤賢治も 夏目漱石も知らない輩になっ てきました。愚痴は隣の部屋 の大澤克幸教授に聞いていた だいています。ここではこれ くらいにして筆をおきます。 第 16 号(2) 平成24年3月1日 鳥 取 大 学 湖 友 会 会 報加えて構成された機械宇宙工 学専攻は機械工学講座と応用 数理工学講座からなり、機械 工学科の教員と私は機械工学 講座所属となりました。なお、 機械宇宙工学専攻博士前期課 程の学生は、機械工学コース か応用数理工学コースのいず れかを選択することになりま した。 ここで、生産環境システム 講座(現、生産環境システム 研究室)の研究テーマを紹介 します。私は、鳥取大学着任 時から一貫して地域にとって 必要な研究室を目指し活動し てきました。現在の私がある のは、鳥取県内企業および公 設機関の支援のおかげと感謝 しています。工学の目的は、 現象の解明ではなく、技術の 創生であります。そこで、私 は、ニーズを指向した基礎的 技術開発に研究の主眼を置き、 鳥取県内の企業を始めとして、 岡山県や広島県、東京都、遠 くは北海道の企業との共同研 究を推進してきました。教授 になるまでの私の専門は歯車 の潤滑、特に、ガスタービン の減速歯車装置などに用いら れ る ピ ッ チ 円 周 速 度 200m/s 以 上の超高速円筒歯車で問題と なるスコーリング(スカッフ ィング、焼付きともいう)で した。 20年間の研究で、動力 伝達用円筒歯車の耐スコーリ ング能は低すべり率の歯車を 設計することにより飛躍的に 増大することを実験的に究明 し、円筒歯車のスコーリング 問題を解決しました。鳥取大 学着任後の研究テーマは歯車 の潤滑とは大きく異なって、 低摩擦係数滑り直動案内、工 作機械の熱変形低減、ツール ホルダの耐びびり性向上、A T車用クラッチパックドラグ トルクの低減、低容積・高耐 衝撃性オール段ボール製梱包 箱のCAE設計法、プレス成 形用金型の自動設計法などで した。いずれの研究テーマも、 科学研究費補助金や公的競争 資金、民間企業の共同研究費 などを導入しながら推進して きました。私は、工学の研究 成果は産業上利用できること が重要であり、特許の取得は 必須であると思っています。 したがって、特許出願を積極 的に行ない、鳥取大学着任か らこれまでに9件の特許を取 得しました。 国家公務員定数削減の政策 により、平成 16年4月、国立 大学は法人化し、鳥取大学は 国立大学法人鳥取大学となり ました。それにともなって、 国立大学の教職員は非公務員 私が鳥取大学に赴任してき たのは1976年7月の暑い 日でした。砂丘の一角にある 大学の白浜宿舎に運ばれてき た引っ越し荷物をこれからお 世話になる松原十三夫先生や 岡村進技官、そして研究室の 学生諸君に助けてもらって部 屋に並べ終えたときには長い 夏の日も暮れかけていました。 身重の家内を富山の実家に残 しての単身赴任でした。 10月 には生まれたばかりの娘とと もに家内も鳥取に来てくれ、 それから 36年に渡る鳥取大学 工学部の教官としての生活が 始まりました。 当時の工学部は1965年 に機械、電気の2学科で発足 してから 10年目を過ぎて発展 期に入ろうとしていました。 基本構想として4系列8学科 の整備を掲げ、機械系では第 2学科として生産機械工学科 が作られ、その一員として私 が採用されたわけです。すで に学位を持っていたことで 30 歳そこそこの若造ながら講師 として機械棟の3階に一部屋 を与えられたことにいささか 戸惑いながら、学科の先生方 に着任の挨拶をして回りまし た。当時の機械工学科には小 田哲教授、藤本義雄教授、川 越治郎教授、吉野章男教授、 そして生産機械工学科には柏 田幸男教授、岡宗雄教授、奥 山佳史教授そして松原教授が おられ、2学科8研究室を一 体として機械系学科として運 営されておりました。 松原研究室にはその後、現 在工学部長を務めておられる 田中久隆先生が助手として着 任され、助教授に昇任しまし た私と岡村技官の4人で「精 密工学研究室」を掲げて、機 械加工・工作機械の教育・研 となり、各国立大学に自立が 求められるようになりました。 大学の大きな使命は、教育、 研究に加えて、社会貢献であ り、研究成果の社会への還元 が強く求められています。是 非とも鳥取大学や機械工学科 のホームページを開き、どの ようなことが行なわれている
大学生活の思い出
知能情報工学科 教授水
本
洋
工作機械主軸系アンバランス自 動修正システム 開発した回転アンバランス計測 システム UMS-101 のか関心をもち、後輩の採 用や共同研究などを通じて 母校との連携を深めてもら いたいと思います。 最後に、皆様方のご健勝 とご多幸、ご発展をお祈り 申し上げます。 ナット ツールシャンク マシニングセンタ主軸 アンバランス 修正リング マシニングセンタのテーブル 工具 ドリルユニット センサ マシニングセンタ 数値制御装置 アンバランス 計測ユニット 主軸の移動量 除去加工深さ (3)第 16 号 鳥 取 大 学 湖 友 会 会 報 平成24年3月1日究に取り組みました。松原先 生と田中先生は切削や研削な どの機械加工を研究テーマに しておられましたが、私には それにこだわることなく好き なテーマを選ぶように言って くださいました。そこで、大 阪大学で研究室に配属された ときに指導教官の井川直哉先 生からいただいた学位論文テ ーマである「工作機械の位置 決め」を研究テーマに選ぶこ とにしました。幸いにも、 40 年以上を大学の研究者として このテーマに取り組んでこら れたのも、井川先生、大学先 輩でもある川越先生、そして 松原先生とのご縁によるもの と深く感謝いたしております。 この頃から産業界では高精 度加工の要求が高まり、位置 決め機構などに静圧軸受を組 み込んだ超精密工作機械の開 発が各方面で取り組まれまし た。静圧軸受とは、軸受面に 加圧した潤滑油や圧縮空気を 送 り 込 ん で 軸 を 1/100mm 程 度 浮かせる機構で、低摩擦の高 性能軸受です。そこで私も静 圧軸受の開発に取り組みまし た が 、 1/1000mm オ ー ダ の 精 度で部品を製作しなければな りません。私が考案した静圧 軸受の図面を機械実習工場に 持ち込んで製作を依頼しまし た。当時の実習工場の責任者 は森新市技官でしたが、図面 に記入された公差数値を見て、 とても無理だと断られました。 それでも何度も精度の必要な わけを説明してお願いした結 果、吉持省吾技官がやってみ ようと言ってくれ、私も旋盤 の横に測定器を持ち込み、少 し削っては測定を繰り返して 修正しながら、二人三脚での 部品製作を行い、何とか所望 の静圧軸受を完成することが できました。このとき作成し た静圧軸受は、負荷に応じて 軸受圧力をフィードバック制 御できる「能動型静圧軸受」 と呼ばれるもので、精密工学 会 で 発 表 を 行 っ た と こ ろ 、 1986年に学会賞に準じる 「工作機械技術振興賞」を受 賞しました。授賞式は東京で 行われましたが、松原先生は 我がことのように喜んでくだ さいました。 静圧軸受を作ってくれた吉 持技官とはその後、良く山登 りをしました。当時の工学部 にはいくつかのリクレーショ ングループがあり、私はその 一つである「スキー登山班」 のお世話を電気工学科の松岡 節先生から引き継いでおりま した。吉持技官のほか、機械 系学科の早川元造先生、岡本 尚機先生、赤尾尚洋先生、岡 村進技官、山根茂典技官、電 気系の笠田洋文技官、化学系 の臼井蛍技官、土木系の榎木 明潔先生、小田明道技官、稲 垣勝子事務官、実習工場の南 條満技官、工学部事務室の神 谷英雄事務官、情報処理セン タの鈴木輝博技官(所属はす べて当時のもの)などもメン バーで、近隣の扇ノ山、氷ノ 山、大山などに登りました。 そのうちの何人かの方とは剣 岳や薬師岳など北アルプスま でも出かけたこともありまし た。このような学科間の交流 の場が2004年の独法化と ともに無くなったのは残念で す。 その後、1989年に改組 により新設された知能情報工 学科に移り、教授に昇任させ ていただきました。知能情報 工学科でも位置決め制御の研 究を続け、静圧案内面の能動 制 御 に よ り 10p m オ ー ダ で の 位置決め制御に成功し、精密 工学会より2001年に精密 工学会沼田記念論文賞を授賞 されました。その後も科学研 究費の配分を受けて私のアイ デアを盛り込んだ超精密工作 機械を作り上げるなど、好き な研究を続けることができま した。 湖友会の皆様、はじめまし て 。 桜 間 一 徳 と 申 し ま す 。 2011年 11月1日付けで鳥 取大学大学院工学研究科機械 宇宙工学専攻計測制御工学研 究室に准教授として着任しま した。よろしくお願いします。 鳥取の第一印象は、実家の 徳島に似ているということで した。ですので、電車ではな く「汽車」が走っていても、 「開閉ボタン」を押さないと ドアが開かなくとも、特に驚
着任のご挨拶
機械宇宙工学専攻 准教授桜
間
一
徳
そしてどうやら健康に定年 を迎えられることを幸運に感 じております。思えばこの 36 年間、現職で病死された先生 が工学部では大勢おられます。 教授だけでも電子工学科の加 藤益先生、高島克巳先生、田 中省作先生、土木工学科の高 岡宣善先生、応用数理工学科 の大西善元先生、そして知能 情報工学科の池原悟先生です。 6年に1人が亡くなっている ことになり、いささか異常に 思えます。このようにこれま で、工学部の先生は正に「命 を削って」教育・研究に取り 組んでこられたわけです。い ま工学部では改組が検討され、 その対応に工学部長はじめ多 くの先生、職員の方々が大変 忙しくしておられます。確か に工学部、そして鳥取大学の 将来は重要ですが、どうか健 康には留意され、皆様がつつ がなく定年を迎えられること を切にお祈りいたしておりま す。これからも鳥取で暮らす つもりですので、今後ともど うぞよろしくお願いいたしま す。 第 16 号(4) 平成24年3月1日 鳥 取 大 学 湖 友 会 会 報きませんでした。しかし、冬 になってから、その荒れ模様 には驚くばかりです。早速、 傘を壊してしまいました。こ のような気候のためなのでし ょう、海鮮は大変おいしく、 蟹に刺身に寿司に舌鼓を打っ ています。ぜひ、鳥取を満喫 したいと思っておりますので、 みなさまのアドバイスをお待 ちしています。 これまでの経歴は、京都大 学大学院情報学研究科で博士 後期課程を修了後、電気通信 大学大学院電気通信学研究科 で助教として7年間、京都大 学に研究員として半年間勤め ていました。電気通信大学で は数多くの個性的な教育プロ グラムが開催されていました。 私はその中でも、「メカノイ ンフォマティックス・カデッ ト教育」という大学院生向け の PBL ( Project Based Learning ) プ ロ グ ラ ム に お い て、ロボットの制御系設計セ ミナーを開催し、学生の実践 力を向上させる取り組みを行 いました。このセミナーは、 Matlab と い う 数 値 計 算 ア プ リ ケーションによって制御系設 計・実装を行い、制御工学を 手を動かして習得する内容に なっております。この際、制 御対象として、「アクロボッ クス」と呼ばれるロボットを 用いました。この実験機は、 円盤をモータによって制御し、 その反動力て本体を倒立させ 角でバランスを取るロボット です。アクロボックスが倒立 したときは歓声があがること もあり、その後の学生の学習 意欲が向上したように感じら れました。鳥取大学でも、こ のような楽しめる実験から導 入する教育を心がけたいと思 います。現在は、「ダビンチ プロジェクト」に顔を出して、 学生が飛行機や人工衛星を製 作する様子を拝見しています。 成功しても失敗しても皆さん、 生き生きとしており、鳥取大 学ではものづくりを通した教 育に力を入れていることを感 じました。このようなプロジ ェクトでは、ものづくりを通 じて、学生が物事を(科学的 湖友会の皆様、はじめまし て。平成 23年9月1日付けで 鳥取大学工学部ものづくり教 育実践センターに助教として 着任致しました三浦政司と申 します。工学部付属施設の専 任教員ということで他の先生 方とは少し立場が異なります が、機械工学科に関わりの深 い職務を担う者として、この 場を借りて皆様にご挨拶をさ せて頂きます。 私は東京大学工学部物理工 学科を卒業後、総合研究大学 院大学物理科学研究科宇宙科 学専攻5年一貫博士課程に学 に)掘り下げて考えるという、 大学教育の本質を実践できる ことを期待しております。 講 義 に つ い て は 、 後 期 に 「計測工学」を担当していま す。計測という自然科学の中 でも最も重要な技術要素の教 鞭を執っていることを光栄に 感じております。計測が行わ れる場面を挙げるときりがあ りません。アクロボックスの 姿勢制御では、ジャイロセン サによって姿勢角速度が計測 されています。月までの距離 を求めるためには、アポロが 着陸した際に設置した反射板 を使って、レーザーの反射波 の往復時間を計測します。計 測の重要性が伝わるような例 を調べているうちに、私自身 が感心し、勉強になっている ことがしばしばです。その感 動を多くの学生に伝えたいと 思います。 専門分野は制御工学です。 最近は「ネットワークシステ ムの分散制御」の研究に力を 入れております。近年の情報 通信技術の発達から、家庭同 士あるいは自動車同士など、 ネットワークでつながれたシ ステムはごくありふれたもの になっています。このような ネットワークシステムでは使 えるデータがネットワークで つながったお隣さんに限られ ています。各個体が限られた データを用いて制御すること でシステム全体で好ましい結 果を得るために、分散制御の 技術が必須になります。例え ば、高速道路で、自動運転に よって車間を一定に保つ試み がなされています。各自動車 が前後の自動車との距離を測 定して車間を揃えれば、それ ほど難しいことではないよう に感じられます。しかし、自 動車の台数が増えると、車列 における車間のムラが収まら ず、渋滞が起きることが知ら れています。このような現象 を防止するために、通信によ ってもう少し先の自動車の情 報を取得し、分散制御によっ て車間をスムーズに揃える技 術が確立されることでしょう。 鳥取大学では、このような分 散制御の技術を活かし、マル チロボットのフォーメーショ ン 制 御 や マ ル チ U A V ( 無 人 飛行体)のフォーメーション フライト、ネットワーク分散 型アクティブコントロールな ど、機械宇宙工学専攻ならで はのテーマに取り組みたいと 思います。教員の皆様、学生 の皆様と一緒に、楽しく、し かし、妥協せずに研究を進め たいと思っております。
着任のご挨拶
ものづくり教育 実践センター 助教三
浦
政
司
まだまだ、若輩者ですが、 今後とも、ご指導・ご教鞭の ほど、よろしくお願いいたし ます。 アクロボックス (5)第 16 号 鳥 取 大 学 湖 友 会 会 報 平成24年3月1日籍を置いて宇宙航空研究開発 機 構 ( JAXA ) ・ 宇 宙 科 学 研 究所にて研究活動を行なって きました。東京大学における 学部生時代には物性物理学を 学び、卒業研究では超伝導物 質の結晶作成や極低温におけ る物性測定などを行なってい ました。一方、総合研究大学 院 大 学 お よ び JAXA 宇 宙 科 学 研究所では航空宇宙工学や統 計数理学を学び、統計数理学 的な手法をロケット飛翔体の 誘導制御に応用するという研 究に取り組んできました。極 小の世界を扱う量子力学から 巨大なシステムを扱うロケッ ト工学まで、幅広い分野の研 究に携わってきたことが、私 の特徴的な研究歴となってい ます。私は平成 24年3月に博 士号を取得する見込みで研究 を行なってきたのですが、平 成 23年9月より鳥取大学に採 用して頂くこととなったため、 博士課程を単位取得退学する という形でこちらに着任致し ました。研究面においては、 書きかけの博士論文を仕上げ ることも含め、今後もロケッ ト飛翔体の誘導制御や統計数 理学的手法の工学応用に関す る研究を続けて行きたいと考 えています。 さて、ものづくり教育実践 センターの専任教員である私 の教育面における職務は、も のづくり教育によって創造性 豊かな人材を育成することで す。ここでの「ものづくり教 育」は、単に工作の手法や設 計の方法論を学ばせるだけと いうものではなく、アイデア を形にするための一連のプロ セスを実際に体験することで、 コミュニケーション能力、問 題 発 見 ・ 解 決 能 力 、 情 報 収 集・分析能力などを実践的に 修得させるというものです。 このようなものづくり教育を 実践するため、ものづくり教 育実践センターではこれまで、 企業と連携したプロジェクト 型のものづくり教育などを実 施してきました。これまでの ものづくり教育実践センター の理念と実績を引き継ぎつつ、 それらをさらに発展させて、 より効果的なものづくり教育 を、より多くの学生に受けて もらえるような機会を作りだ していくことが私の役目とな ります。ものづくり教育実践 センターでは平成 23年度より 「総合的な視点に立った先進 的ものづくり教育プログラム の開発」と題したプロジェク トを進めており、これまでテ ーマも対象学生も「工学」の 分野に限定されがちだったも のづくり教育を、より学際的 なものへと展開していこうと しています。私も着任後さっ そくの平成 23年度後期から、 工学部生を対象としたものづ くり実践プロジェクトに加え、 全学共通科目を2つ担当する こととなりました。ついこの 前まで学生だった私がいきな り教える側に立つことになっ たので、まだ不慣れな部分も 多く、様々な面で試行錯誤し ながら講義を進めています。 東日本大震災とそれに続く 原発事故など、平成 23年は社 会に大きな影響を与える出来 事が続きました。そこに世界 的な経済危機も加わり、今後 我が国は様々な困難に直面す ることになると思われます。 そのような年に大学教員とし てのスタートを切ることに な った私は、厳しい時代を乗り 越えるための原動力となり得 る人材を育てていくことで、 社会に貢献していきたいとい う想いを抱いています。もの づくり教育を通して「自ら課 題を発見し、合理的な思考の もとに解決法を企画立案し、 それ実現することができる学 生」を育てることでその想い を果たせればと思っています。 また、ものづくり教育に携わ る中で、自分自身も工学者と してさらに成長していきたい とも思っております。 私は山梨県で生まれ育ち、 東京および神奈川の都市部で 学生時代を過ごしたので、山 陰地方での生活は人生で初め てとなります。教員公募の面 接のための来訪が私にとって 初めて鳥取の地を踏む機会で した。2回目の来訪が引越し の時であり、そのまま鳥取で の生活をスタートさせました。 新天地での生活は、当初予想 していたよりもずっと快適に 感じています。鳥取駅のすぐ 近く、市の中心部に住居を借 りたため、生活における利便 性は都市部に住んでいたころ とそれほど変わりません(唯 一、電車の本数が極端に少な いというところだけは都市部 との差を感じました)。ほぼ 毎日、自転車で湖山キャンパ スまで通勤しているのですが、 行きは視線の先に日本海を感 じながら、帰りは遠くに雄大 な山々を望みながら千代川の 土手を走るのがとても心地良 く、すっかり鳥取を気に入っ ています。私は若年ながら3 児の父をやっており、次の4 月には4児の父となる予定で すが、豊かな自然に囲まれた 鳥取はとても子育てに向いて いると感じています。鳥取に て教育、研究、および子育て に取り組むことができる境遇 を幸せに思います。 教育も研究もまだまだ未熟 者であり、様々な人に支えら れることで何とか業務をこな せているという状態ですが、 早く一人前になれるよう精一 杯の努力をしていく所存です ので、今後ともご指導ご鞭撻 のほどよろしくお願い申し上 げます。 先日、大阪で久しぶり に同級生とお酒を飲みな がら昔の話に花を咲かせ ました。学生のときから 20年近く経つので、会社 の中堅社員としてしっか りしていたり、お父さん になっていたり、私の場 合すこし体型が変わった りと変化していますが、 学生のときに共有した経 験は変わることがありま せんでした。本会報を読 まれて、皆様が鳥取大学 のことを思い出されて、 友人・先生に会いたくな っていただければ幸いで す。 (O)