第 43 回学会寄稿
抗血小板薬内服中の大腿骨頚部骨折患者に対する
人工骨頭挿入術の検討
独立行政法人国立病院機構静岡医療センター
岡本 康義,坪井 義晃,土井 孝信,太田 周介
Safety Evaluation of Hemiarthroplasty for Hip Fracture
in Elderly Patients Taking Antiplatelet Agents
Yasuyoshi OKAMOTO, et al.
Department of Orthopaedic Surgery, Shizuoka Medical Center, National Hospital Organization
Abstract
Objective: Early operation is considered to have a better outcome for elderly patients with hip
frac-tures. However, elderly patients are often managed on long-term antiplatelet agents/anticoagulant therapy. Therefore, such patients may be at increased risk of perioperative bleeding and other com-plications. The aim of this study was to evaluate the safety of hemiarthroplasty for hip fracture in patients taking antiplatelet drugs(APDs).
Methods: A retrospective chart review was conducted. Thirty-one patients taking APDs underwent
hemiarthroplasty for hip fractures in our hospital between January 2014 and December 2015. All patients had APDs discontinued after admission until two days post-surgery. Patients were divided into two groups, an‘early’group(surgical delay<5 days after admission)or a‘delay’group(surgical delay>4 days after admission). We investigated the patients’ hemoglobin(Hb)levels, walking ability, the length of hospitalization, postoperative complications and transfusions associated with APDs.
Results: There was no significant difference with postoperative Hb level and the amount of
transfu-sion between the two groups. There were also no complications related to spinal anesthesia between the two groups. The‘early’group had better walking ability(P=0.045)and shorter hospitalization in 9 days(P=0.024)compared to the‘delay’group. The ʻdelay’ group significantly increased in the risk of postoperative complications than the ʻearly’ group(P=0.003).
Conclusion: There was no significant difference in perioperative bleeding after early
hemiarthro-plasty in patients taking APDs with hip fractures. Therefore, this study demonstrates that early operation for hip fractures is safe and, in doing so, there may be better outcomes for patients taking such medications.
Keywords: hip fracture, antiplatelet agents, hemiarthroplasty (受付:2016.2.23 受理:2016.4.4)
高齢者の大腿骨近位部骨折(以下 HF)に対 する待機的手術は,術後の生存率を悪化させる ため1‒3),受傷後早期の手術が推奨されている。 しかし,治療対象の高齢者が抗血小板薬(以下 APD)や抗凝固薬(以下 ACD)を内服してい る場合が少なくない。術前休薬期間を設けれ ば,早期手術・早期離床の妨げになり,休薬せ ずに手術を行った場合には,腰椎麻酔に関連す る合併症や出血量の増加などが危惧される。 したがって,高齢化の進行に伴う APD/ACD 内服患者数の増加に対応するため,APD/ACD 内服患者に対する早期手術の安全性の確認が必 要である。そこで,APD の術前休薬期間に着目 して,HF 患者に対する早期の人工骨頭挿入術 (以下 FHR)の安全性を検討した。 2013 年から 2015 年までに当科で HF に対し て FHR を施行した患者 132 例のうち,APD/ ACD を内服していたのは 57 例(表 1)で,拮 抗可能なワルファリンと推奨されている術前休 薬期間が短い APD は除外し,術前休薬期間が 5 日以上のアスピリン,チクロピジン,クロピ ドグレルを内服していた 31 例(男性 11 例,女 性 20 例,手術時平均年齢 81.1±8.1 歳)を対象 とした。当科では,APD/ACD を入院後から術 後 2 病日まで休薬し,手術時期は麻酔科と協議 のうえで決定している。当初はAPD/ACD内服 患者に対しては待機的に手術を施行していた が,2014 年半ばからは HF に対する早期手術の 重要性について麻酔科医の理解が得られ,現在 では可及的早期に手術を行っている。 入院から手術までの期間が上記薬剤の推奨休 薬期間に満たない 5 日未満を早期群(平均休薬 期間 3.6±1.6 日),5 日以上を遅延群(平均休薬 期間 7.7±1.6 日)として,各種因子を比較検討 した。評価項目は麻酔所要時間,手術時間,入 院時・術後ヘモグロビン値(以下 Hb),術中出 血量,術後ドレーン内出血量,輸血量,深部静 脈血栓症(以下 DVT)を含む周術期合併症,入 院時の米国麻酔学会術前状態分類(American Society of Anesthesiologists physical status classification,以下 ASA-PS),入院前後の歩行 能力,入院期間とした。歩行能力は,1)独歩ま たは 2)補助具を使用して歩行可能な症例を歩 行自立,3)車椅子および 4)寝たきりを歩行不 可能と評価した。また,入院前後で歩行能力が 1 ランク以上低下した症例を「歩行能力低下」と して計算した。 統計学的解析には,SPSS Statistics Desktop Version 21.0(IBM,Chicago,IL)を用いて, t 検定またはχ二乗検定を行い,P<0.05 を統計 学的に有意差ありとした。 入院時患者背景では年齢,性別,ASA-PS, 歩行能力,糖尿病や脳梗塞の既往に有意差はな かったが,心疾患の既往が遅延群で有意に多 かった(早期群 3 例 27%,遅延群 14 例 70%, P=0.031)(表 2)。 周術期の因子では,手術時間,麻酔時間,入 院時 Hb,術後 Hb,術中出血量,術後ドレーン 内出血量,輸血量には有意差を認めなかった。 また,全例腰椎麻酔下で手術が施行されたが, 腰椎麻酔に関連する合併症は認めなかった。し かし,遅延群では周術期合併症が有意に多く (早期群 1 例 9%,遅延群 13 例 65%,P=0.003), 退院時の歩行能力が有意に低下(早期群 2 例 18%,遅延群 12 例 60%,P=0.045)し,入院 期間が有意に長かった(早期群 28.7 日,遅延群 は じ め に 対象と方法 結 果 表 1 抗血小板・抗凝固薬使用患者数 内服薬 推奨休薬期間 (day) 症例数 (例) アスピリン 7 10 クロピドグレル 5 7 チクロピジン 10 6 アスピリン+チクロピジン 4 アスピリン+クピドグレル 4 ワルファリン 3 10 シロスタゾール 2 11 リマプロスト 2 3 サルボグレラート塩酸塩 2 2
37.9 日,P=0.024)(表 3)。 本検討では,HF に対する FHR において, APD の休薬期間にかかわらず周術期出血量は 増加せず,手術待機期間の延長に伴う術後合併 症の増加と入院期間の延長,歩行能力の低下が 認められた。 高齢者の HF は 48 時間以内の早期手術が推奨 されている1.2)。FHR における APD/ACD 内服 群と非内服群を比較した諸家の報告によると, APD/ACD 休薬に伴う手術待機により,有意に 移動能力は低下し入院期間も延長した4)。また, 手術待機日数が長いほど,周術期合併症が増加 し5.6),1 年生存率が悪化した7)との報告もある。 本検討でも,APD 休薬に伴う手術待機期間の 延長により,歩行能力の低下や術後合併症の増 加,入院期間の遅延が認められた。したがって, APD の推奨休薬期間を待たずに早期手術を行 うのが望ましいと考えられた。 HF 手術での APD/ACD 内服による周術期出 血量への影響について,川口らは APD/ACD 内 服群と非内服群を比較し,周術期出血量や輸血 量に有意差を認めなかった8)と報告している が,Chechik らはクロピドグレルやアスピリン 服用患者に対して内服を継続したまま早期手術 を行った場合,周術期出血量や輸血量が有意に 増加した9)と報告している。このように,APD/ 考 察 表 2 患者背景 早期群(11 例) 遅延群(20 例) P 値 年齢(歳) 81.5±8.1 80.9±8.5 N. S. 性別(人) 男 2 女 9 男 8 女 12 N. S. ASA-PS 2.19±0.5 2.9±0.4 N. S. 歩行能力 N. S. 歩行自立(人) 11 19 歩行不可能(人) 0 1 併存症・既往歴 糖尿病(人) 1(9%) 7(35%) N. S. 脳梗塞(人) 8(73%) 8(40%) N. S. 心疾患(人) 3(27%) 14(70%) 0.031
N. S.: no significant difference
表 3 周術期因子の比較 早期群 遅延群 P 値 手術時間(分) 60.1±11.5 68.1±12 N. S. 麻酔時間(分) 115.3±18.9 119±17.5 N. S. 入院時 Hb(g/dL) 12.1±1.4 11.4±1.4 N. S. 術後 Hb(g/dL) 10.2±1.5 9.9±1.6 N. S. 術中出血量(g) 113.4±82.8 144.3±79.8 N. S. 術後ドレーン内出血量(g) 117.8±103.6 201.8±111.8 N. S. 輸血量(単位) 0.7±1.3 1.3±1.6 N. S. 腰椎麻酔関連合併症(人) 0(0%) 0(0%) N. S. 周術期合併症(人) 尿路感染症1(9%) 13(65%) DVT 4,創部感染 3,肺炎 2, 心不全・腎不全・敗血症・口唇ヘルペス各 1 0.003 入院期間(日) 28.7±5.5 37.9±15.4 0.024 入院前後での歩行能力低下数(人) 2(18%) 12(60%) 0.045
ACD 内服患者に対する HF 早期手術の取り扱 いついて,一定の見解はない。本検討では,術 前に APD を短期間休薬したうえで早期手術を 行った結果,周術期出血量は増加しなかったこ とから,APD を術前から短期間でも休薬すれ ば周術期出血リスクを低く抑えられる可能性が あると考えられた。 周術期の APD 休薬について,Gleason らは APD 患者の術前評価の重要性を述べている10)。 それは,1)APS 内服の原因疾患を評価し,2) APD の短期間中止によるリスクを評価したう えで,3)術前準備をして手術時期を判断する必 要がある。アメリカ胸部医学会のガイドライン では,6 週間以内の冠動脈金属製ステント留置 と 6 カ月以内の薬剤溶出ステント留置患者は, 周術期も APD 内服の継続が推奨されている。 したがって,上記以外の APD 内服患者は周術 期の APD 中止が可能である。一方で,2015 年 のアメリカ整形外科学会の抗血栓療法患者への 周術期治療勧告では,出血低リスク手術(手の 外科,関節鏡手術)では APD/ACD 内服継続, 出血高リスク手術(脊椎,人工関節,HF 手術 など)では APD/ACD 内服中止を推奨してい る11)。以上から,APD/ACD の一時的中止が可 能 な ス テ ン ト 留 置 患 者 で は,HF 手 術 前 に APD/ACD の投与を中止して手術に望む必要 がある。その休薬期間について,最も使用頻度 の高いアスピリンとクロピドグレルについて以 下の報告がある。アスピリンは,心血管イベン トの中等度~高リスク群での心臓手術以外の手 術では,周術期の内服継続が推奨されてい る12)。一方,Benzon らはクロピドグレルの血小 板への阻害割合が約60%であり,毎日約15%の 血小板が代謝されるため,4 日程度でクロピド グレルの効果が消失する13) と述べており,Col-lyer らは,HF 患者の術後急性冠動脈発症リス クは,クロピドグレル休薬期間が4~8日で最も 高くなる14)と報告している。したがって,クロ ピドグレルの周術期休薬期間は 4 日以内とすべ きである。 APD 内服患者の手術において次に問題にな るのは,腰椎・硬膜外麻酔に伴う硬膜外血腫な どの麻酔関連合併症である。当院で HF 手術に 対して腰椎麻酔を使用する理由は,局所麻酔 (硬膜外麻酔,脊椎麻酔,神経ブロック)では全 身麻酔よりも,主要な肺合併症発生率および死 亡率が有意に低かったとの報告15)があるためで ある。本検討では全例腰椎麻酔下で手術を行 い,腰椎麻酔関連の合併症は認めなかった。し かし,APD/ACD 内服患者では腰椎・硬膜外麻 酔は適応外との勧告16)も出ており,APD/ACD 内服を継続して手術を施行する場合は全身麻酔 が望ましく,APD/ACD 内服を休薬して手術を 施行する場合でも,麻酔科医と十分な協議のう えで麻酔方法を選択する必要がある。 本検討の限界は,単一施設での小規模な後ろ 向き研究であり,患者背景は早期群と遅延群で 心疾患による周術期リスクに違いがあるため, 合併症や入院期間などに違いが発生した可能性 も否定できない。今後は,大規模な前向き試験 などにより,APD/ACD 投与下での整形外科手 術の管理指標が作成されることが望まれる。 1. APD 中止後 4 日以内に FHR 手術を施行し ても出血に関連した合併症の発生リスクは 少ない。 2. APD 中止後早期に手術を施行しても,腰椎 麻酔関連合併症を認めなかった。 3. HF に対して手術を待機することで術後合 併症が有意に増加したため,早期手術が望 ましいが,APD を継続するか中止するか は,個々の症例のリスクに応じて判断する 必要がある。 文 献
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