神学討論と理性
著者
大野 岳史
著者別名
Takeshi OHNO
雑誌名
白山哲学
号
48
ページ
139-157
発行年
2014-02-28
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006412/
デイアレクティケー︵弁証法︶を哲学史において位置づけることは難しい。プラトンにおいて問答法は真理を探究 するための方法であり︵﹁第七書簡﹄︶、アリストテレスは、真にして基底なるものをもとに推論する論証とは異なり、 ︵1︶ 弁証的推論は共通する知見をもとにすると規定している急トピヵ壱。ところで﹁討論含め言画きとは互いに異な る見解を争わせることであり、キリスト教においては異教徒や異端者等との間でも交わされ、キリスト教の教父が﹁護 教家﹂と呼ばれることからもそうした活動が伺える。そのため、討論は自由学芸のうち説得の技法を教える修辞学に 該当するように思われる。しかし伝統的に﹁討論することの学︵のgg言呂の言冨邑邑﹂は修辞学ではなく、実際には 弁証法に当てはめられる表現であり、真理の探究に何らかの仕方で寄与しうるものである。 トマス・アクィナスも異教徒や異端と討論することを考慮した著作を残した人物である。そもそも、トマスが所属 していたドミニコ会は托鉢修道会として知られているが、異端者を普遍的︵カトリック︶信仰へと立ち返らせること
神学討論と理性
はじめに大野岳史
139多い。﹁権威 られるのだ。 であるわけではない。キリスト教の神学と哲学において﹁権威愈月さ国菌のこと﹁理性︵国言︶﹂を単なる対立図式 間第三項︶を解決するさいに用いられている。﹁権威︵豊gg言巴﹂と﹁理性︵国言こに関する問題はトマスに固有 ことが﹁教師は神学的問題を解決するために理性を用いるべきか、権威を用いるべきか﹂含任意討論集﹄第四巻第九 体験しているのである。おそらくトマスはこれら討論がそれぞれ異なる性質のものであることを理解しており、この いにしても、異教徒や異端者との討論と大学での討論を、言い換えれば論戦としての討論と教育上での討論をともに トマスが討論をまとめたものが残されている。したがって、トマスは実際に異教徒・異端者と討論をしたわけではな で教鞭をとり、またパリ大学での教育は﹁講義﹂と﹁討論﹂によって成立していた。もちろん彼も討論に参加しており、 の状況、トマスが身を置いていた環境などを考盧しなければ理解できないだろう。加えて、トマスはパリ大学神学部 して︵g言ミミさ易⑦昌恩ミ窪ミこ、﹃信仰の諸根拠Sや§言ミミの萱、量などが残された理由は、当時のョ−ロッパ を目的として発足されている。トマスによって﹃対異教徒大全︵雪ミミQ8ミミの§註言匡、﹃ギリシア人の誤謬に対 ︵2︶ に置いて理解することもあるが、﹁権威の根拠言号呂昌呂房︶﹂を見出すなど、対立図式の中で理解しない仕方が 多い。﹁権威﹂のみが真理への途を開くのではなく、﹁理性﹂も何らかの仕方で神学的な事柄を解決するために役立て 本稿では、トマスが﹁討論﹂において﹁理性/根拠﹂にどのような役割を見出していたのかを吟味する。そのため に﹃任意討論集﹄第四巻第九間第三項を敷桁するのだが、その前に、こうした問題が提示されるにいたる背景として、 中世の大学とそこで行われた討論について概説する。その上で﹃任意討論集﹄第四巻第九間第三項に取りかかり、実 際に討論を念頭に置いていた小論﹃信仰の諸根拠﹄と合わせて吟味していく。このことによって、トマスの認識論に おける理性を解明するのではなく、討論における効用という実践的な側面から、理性あるいは根拠を提示することの
ョ−ロッパにおける大学は三世紀末に姿を見せはじめるが、大学の成立については複数の要因を挙げることがで きる。農業技術の進歩、貨幣経済による商業の発展、人口の増大などよって確固とした都市が形成され、教会組織の 整備化と国王への権力集中によって社会が安定し、十字軍遠征などによって知識や世界観が拡大したことなどである。 したがって大学の形成は土地によって差があり、例えばドイツ語圏最古の大学と言われるプラハ大学は一三四七年に 成立し、一三世紀前半には大学が成立したイギリス・フランス・スペイン・イタリアなどに比べると一○○年以上の 差がある。同じように大学の成員も大学ごとに若干異なる。もともと︽巨昌ぐ①門の言畢は。つにまとまったもの﹂であり、 ﹁組合﹂、﹁ギルド﹂、﹁結社﹂などを意味するのだが、当時の大学は一律した規則はなく、パリ大学のように教員に権 威が認められる場合もあれば、ボローニャ大学のように学生が成員の中心となって教員の人事権を握っている場合も あったのである。また制度についても成立当初は明確ではなく、大学教員の給与や学位の取得等、大学の制度は徐々 に確立されていく。教育に関しては、パリ大学では、あらかじめ定めた教科書を読解・註解していく﹁講義房の白邑﹂ とは別に﹁討論言の言冨言とを行っていたことが知られている。 トマスもパリ大学で討論に参加しているのだが、それではどのような仕方で討論に参加したのか。このことを明ら かにしておこう。まず、大学における討論は主に二種類に分けることができる。第一に、﹁定期討論﹂がある。これ は定期的に、頻繁に行われ、開催場・日時・テーマがあらかじめ知らされていた。教授は議長となり、テーマに即し ︵3︶ ︵4︶ て堤題する役割はバチェラーあるいはバチェラー候補生が担い、聴講生は異論提出者、つまり反論者となった。これ 意味を見出していく。 中世の大学と討論 141
に対して、﹁任意討論﹂という、降誕祭と復活祭の前にのみ行われたものがある。教授が主催することは定期討論と 変わらないが、大学内外にかかわらず参加が許され、また討論のテーマも誰でも自由に提示することができた。教授 が最終的な答えを提示するのだが、後日学生たちに対して雑多に繰り広げられた討論をまとめるのが慣例で、﹁解決 a輿閏冒冒四ごとが出され、文書にして公にされた。大学における講義や討論が教授によってまとめられ、公にされ ることは一つの慣例であったと言える。 もちろんトマスも定期討論と任意討論をまとめたものが残されている。﹃任意討論集﹄第四巻第九問第三項では、 教師がどのように討論で提示されている問題を解決していくべきなのかが堤題となるのだが、教授ないし教師は討論 に積極的に参加するのではないことに注意しなければならない。討論において議長となり解決を提示するという特権 的な役割を担っているのであり、それを果たすために教師に何が求められるのか、解決のために何を用いるべきなの か、こうしたことが問題となっているのである。 中世哲学史の研究において、理性と信仰の関係やそれぞれの役割について論じられることは多い。﹃任意討論 ︵6︶ 集﹄第四巻第九問第三項も、この問題に関わる。なぜなら﹁権威よりも理性を用いるべきか﹂と言ったとき、﹁権威 ︵目go局冨の︶﹂が権威であることは信仰によって成り立つ、言い換えれば信仰によって﹁権威がある﹂と認められる ︵毎J︶ からである。具体的には、権威として﹁旧約聖書﹂、﹁新約聖書﹂、﹁教父﹂が挙げられている。これらは何かしらの 根拠をもって知られるというよりも、あたかも前提であるかのように受け入れられるのである。つまり権威は神学的 議論の﹁第一の原理︵冒言四冨胃冒巴﹂であり、前提になって議論を支える。そのため神学的問題は権威を用いて解 討論の二つの目的と権威
決すべきであるように思われるが、これに対して、まさに聖書の権威︵﹁テトス書﹂第一章第九節︶を用いることで、 討論において理性を用いるべきであると言うこともできる。 こうした一般的な、しかし相反する立論に対して、トマスはまず討論を目的によって分類することから始める。あ る討論は、﹁現にそうである通りなのかについての疑いを取り除くため﹂のものであり、この場合に権威が用いられ るべきであると考えられる。これに対して、﹁誤りを取り除くのではなく、教師が意図した真理の理解へと聴衆が到 りつくために組み立てられる﹂討論があり、この場合には理性を頼みにすべきだと考えられる。前者は主に異端者や 異教徒と討論することを念頭に置いたものであり、後者は学校での討論である。大学での討論がどのように行われて いたのかを考慮すれば、それぞれの討論で教師が別の立場にあることは明らかだ。つまり、前者において教師は積極 的に討論に参加するが、後者においては議長となり解決を提示する者として、基本的に討論の展開に関わることはな い。討論の目的の相違はこうした教師の立場に由来しており、前者においては討論を実際に行う者として相手を論駁 し、キリスト教の信仰箇条が正当であることを示すのだが、後者においては論駁するのではなく、実際に討論に参加 する聴衆を最終的に正しい結論へと到るよう導くことが目指される。 前者では権威が用いられるべきだが、ただし用いる権威は討論の相手が受け入れるものでなければならない。実際、 討論をする者同士が同じ原理にしたがって議論を進めなければ、たとえ討論によって根拠を示せたとしても、相手は そこから帰結されたことを受け入れないだろう。具体的には、ユダヤ教徒と討論する場合には旧約聖書の権威を、マ ︵8︶ 二教徒と討論する場合には新約聖書の権威のみを、離教者やギリシア人と討論する場合には新約聖書と旧約聖書、そ して彼らが受け入れる教父の権威を用いるべきであると語られる。こうした討論の相手に応じて用いる権威を変えて いくという考え方は、当然であるかのように思われるが、トマスに固有とまでは断言できないとしても、一つの成果 143
これに対して後者の討論では理性が用いられるべきなのだが、権威が用いられる場合を想定していないわけではな い。すなわち、教師が﹁ありのままの権威によって︵邑巨厨豐具三雪号屋の︶問題を解決する﹂場合には、その討論は﹁学 問や知性に何ももたらさない﹂と結論される。もちろんトマスは権威を用いた場合でも聴衆は納得することを認めて いるが、このことは聴衆が権威を受け入れたということに他ならず、信仰を共有していた人々が集まる当時の大学に おいて、教師が提示する権威を否定する者が討論に参加している可能性はほとんどない。さらにここでは﹁ありのま まの権威によって﹂、すなわち何ら解釈をされることがないままに、権威が聴衆に提示される。したがってこの場合 に教師は討論の参加者の共通認識を、あるいはどのような権威があるのかを確認したに過ぎず、だからこそ﹁学問や 知性に何ももたらさない﹂。しかし大学での討論において、教師は聴衆を真理の発見へと導き、真であると言われて いる事柄がいかなるものかを知らしめることが目指される。ただ単に真理認識に導くのであれば、権威を提示するこ とのみで十分であろう。そのため、ここで求められているのは単なる真理認識ではなく、真理を発見することの手ほ どき、あるいは聴衆の理性を訓練することであると考えることができる。 ︵皿︶ 呼ぶのだろう。 であると言える。なぜなら、﹁キリスト教とイスラームとの対決において、コーランを聖書的に解釈し、聖書をコー ︵9︶ ラン的に解釈する試みが、これまでにもくりかえしなされた﹂からである。異文化や異教を理解する場合、自分たち の思考の枠組みで捉えることがもっとも容易であり、その枠組みで説明できなかった箇所について異端・異教などと トマスは、神学的事柄についての疑いを排除することを目的とする討論においてこそ、権威を用いるべきであると 討論の二つの目的と理性
異端者や異教徒との神学的な討論において、理性が用いられるのはいかなる権威も有効性ももたない場合であり、 必要に迫られて用いることになる。これに対して、学校における討論では、率先して理性を用いるように勧められて いる。すなわち学校における討論で、聴衆は﹁理性によって真理の根本を発見することを頼みとし、また真であると 一言われるものがいかなるものかを知るべき﹂である。したがって教師は聴衆の真理探究を手助けするのだが、先にも 挙げたように、それは討論の議長となり、解決を提示することによって遂行される。したがって教師は討論の中で議 論を導くのではなく、主に解決を提示する際に理性的な推論を披露することで、聴衆に学問的知を獲得させるのだ。 このことは権威のみによって解決することでは成し遂げられないのだが、それは学問的知が自然的な根拠に基づく推 具となるのである。 威は限られた人々が受け入れているものであり、理性はそうした権威を受け入れない人々を論駁するために有効な道 れば、理性を用いて討論することはすべての、あるいはほとんどの民族で共通であると見倣されていたのだろう。権 ければならないのだ。自然的な諸根拠が最終的な避難所として扱われるだけの有効性をもつと考えられているのであ 合に、基本的には権威を用いるべきだが、権威の有効性が認められない場合には理性によって明らかなことを用いな 語られる権威を用いる立論は、有効性をもたない場合がある。神学的事柄についての討論において相手を論駁する場 の人が権威を認めるわけではない。この種の討論において、キリスト教、あるいはローマ・カトリック教会の枠内で は理性を用いることで果たされる。確かに神学の第一の原理である権威を用いることは重要だが、討論をするすべて と避難すべきである﹂。もちろんここで﹁自然的な諸根拠へ避難する︵昌国言邑①の目言邑①の8国言需司のこということ 論についてもトマスは考えている。その場合に用いられるのは理性であり、﹁彼らを説得するため自然的な諸根拠へ 考えた。そしてその権威は討論の相手によって異なるのだが、これらの権威をすべて受け入れないような人々との討 145
論によって成立することを示唆する。 神学的事柄をすべて権威によって知ることができるのであれば、自然的な根拠に基づく推論などという遠回りをす る必要がないように思われるかもしれない。しかし異端者や異教徒を例に挙げるまでもなく、ローマ・カトリック教 会内部でも神学的事柄のすべてについて一致していると考えることは難しい。また権威をそのまま用いることができ ればいいのだが、権威に対して解釈しなければならない場合もある。この場合には、権威の解釈に根拠︵国言︶が求 められる。権威が神学の第一の原理であるとしても、学問の道具としての理性的な思索が神学から排除されるわけで はない○ 理性が神学において有効であるとしても、理性と権威が神学的問題についてまったく同一の帰結を与えるとは限ら ないだろう。異教徒や異端者に対しての論駁の際に権威を用いるべきだと主張されるのであれば、権威が有効であれ ば理性よりも優先して使用すべきであると考えなければならない。他方、神学的な事柄についての理性による真理探 究も大学での討論では推奨されているため、理性も何らかの仕方で真理を発見することができる。それでは、権威が 指し示す真理と理性が発見する真理にはどのような相違があるのだろうか。本稿ではこのことを吟味する手がかりと して、主にトマスによる﹃信仰の諸根拠﹄という小論を参照する。 ︵Ⅲ︶ ﹃信仰の諸根拠S、ミ言ミミの萱鼠匡は、十字軍遠征に向かったアンティオキァ聖歌隊指揮者からきた手紙に対す る返事である。アンティオキア聖歌隊指揮者からの手紙は残されていないが、この小論を見るかぎり、彼はサラセン ︵胆︶ 人、ギリシア人、アルメニア人などのローマ・カトリック教会に対する批判にどのように答えるべきかをトマスに尋 信仰箇条と根拠
はじめにトマスが注意するのは、﹁信仰を必然的な諸根拠によって証明しようと企ててはならない﹂︵二・七︶とい うことである。信仰の真理は人間だけでなく天使の精神さえも凌駕した神からの啓示であり、これを理性的に根拠づ けることはできない。それだけでなく、信仰の崇高さを損なう行いである。こうしたことは奇異に思えるかもしれな い。なぜなら、権威を認めない人々に権威を用いて語りかけても無益であり、だからこそアンティオキア聖歌隊指揮 者は根拠を求めたからである。それではトマスは理性を用いることで何をしようとしているのか。それは﹁ペトロの 手紙こ三章十五節で言われていることであり、つまり﹁あなたがたの抱いている希望と信仰についての根拠を要求 する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい含胃畠⑳①日罵禺且の農め菌の言邑の邑﹂ということの実践である。 キリスト教護教の典拠となるこの箇所に関して、トマスが注目するのは﹁証明できるように常に備えていなさい﹂と 言われず、﹁弁明できるように﹂と語られていることである。したがってトマスが目指すところは、証明することで はなく、弁明を通してローマ・カトリック教会の信仰告白が﹁偽りでないことが理解可能な仕方で示される﹂︵二・七︶ 実際、不信仰者たちはローマ・カトリック教会の信仰を虚偽の信仰に過ぎないと批判するのだが、この批判に対し て擁護するためには、信仰が真であることを証明する必要はなく、ただ虚偽ではないことが示されるだけで事足りる だろう。ここでトマスは根拠を提示するのかについては語らず、弁明するための準備としてこの論文を執筆している ことに他ならない。 はなく、弁明を通, な方針について注意を促している。 望した。こうした要望に対して、トマスはまず、第二章において信仰箇条について不信仰者と論争する場合の基本的 教えを護ることを目的としていたため、権威を示すのではなく、﹁道徳的・哲学的な根拠﹂︵一・六︶を示すように要 ねたようである。しかしアンティオキア聖歌隊指揮者は権威を受け入れない人々に対してローマ・カトリック教会の 147
トマスは第二章で方法について語り、その後具体的な問題を取り扱うときには、前述の﹁ペトロの手紙こで﹁希 望と信仰についての根拠を要求するひとには﹂と語られている通りに、﹁希望﹂と﹁信仰﹂に問題を分けている。信 仰については、キリストの神性と三位一体︵第三章・第四章︶、キリストの人間性、つまりキリストの受難・受肉・ 聖体の秘跡︵第五章’第八章︶が問題となり、希望については、死後に希望されること、あるいは煉獄について︵第 九章︶、人間の自由選択︵第十章︶が問題となる。それぞれの問題はそれぞれ別の論争相手を想定している。﹁信仰﹂ について問題とされていることは、東方のキリスト教においてもおおむね認められていることであり、これはサラセ ン人によるキリスト教徒批判に対応することになる。そして煉獄の問題について東方のキリスト教が認めていないこ ︵略︶ とは明らかであり、ギリシア人とアルメニア人に対応することになる。最後に人間の自由選択については、﹁サラセ ン人も他の民族も﹂問題にしているのだが、トマスによれば彼らは﹁個々人の運命は額に記されている﹂と言ってお ︵r︶ り、これと類似したことがヨーラ皇に見られるため、イスラームからの批判に対応することになるだろう。以上 なぜなら、たとえ論争者が誤っているとしても、彼らがどのようなことを語っているのかを十分に知っていなければ ことを語っているだけだが、信仰が偽りではないことを示すために、論争者の批判を積極的に論駁するわけでもない。 ︵B︶ 論争者の語っていることからそれを論駁する根拠を抜き出すことは困難だからである。それではトマスは信仰を擁護 するためにどのようなことを実際に行っているのだろうか。前述の﹁ペトロの手紙こには、﹁希望と信仰について の根拠を要求する人には﹂と語られているのだが、トマスは要求する人に根拠を提示することはまったくなかったの だろうか。次にこのことについて検証しよう。 信仰を擁護するために理性が示すこと
これですべてではないが、トマスは﹁適切である﹂と認めることができる事柄について記述しており、このこと はこの小論における問題の解決において一貫している。またすべてが﹁適合する﹂と認められるだけではなく、﹁三 つの神性は数的に異なるものではなく、一にして単純な神性であることは必然的である︵国①の①のの①の里︶﹂︵四・二十四︶ と言われているように、﹁必然的な根拠﹂が見出されている場合もある。しかし︽国①の①のの旨の︾という表現は、強制さ ︵胸︶ れる、必要である︵要求されている︶いう意味で用いられことがほとんどであり、論述の帰結が必然的であることを ﹁人間の言葉は、人間よりも時間的に後に見出され、いつであれ人間より前に存在しなくなる。だが、このことが 神に適切である︵適合する︶ことはありえない﹂︵三・十四︶ ﹁我々は神の愛を、たんに﹁霊﹂と呼ぶのではなく、適切にも︵8国ぐ①己①貝①R︶﹁聖霊﹂と呼ぶのである﹂︵三・十九︶ ﹁我々は神的なもののうちに三つのペルソナ、すなわち、父のペルソナ、このペルソナ、聖霊のペルソナを適切に も︵8ごくg肘三四︶認めるのだ﹂︵三・一三︶ ﹁我々は適切にも︵8弓g耐昌g三つの位格を三神と言わず、一なる真の神と告白する﹂︵三・二十四︶ べきである﹂︵三・八︶ ︵旧︶ のことから、煉獄を問題にする場合のみ、東方のキリスト教徒との論争に応じていることは明らかである。 これらの問題を詳細に検討することはせず、問題の取り扱い方の特徴の一つに注目しよう。それは﹁適合する ︵8弓①己g望8冒曾言︶﹂という表現を多用していることである。例えば第三章では次のような表現が見られる。 ﹁神における出生は、知性的な本性に適合する仕方で︵⑳①自己目白畳a8国ぐ①昌三①房の冨堅旨四言国①︶理解される 149
︵釦︶ 意味する場合は先の箇所のみである。 三つの神のペルソナが数的に異ならず一にして単純な神性であることは、それぞれが一つの神の本質と異ならない ことから導き出されており、﹁本質が一つであるため、一つである﹂ということは同語反復と言えよう。この意味で 必然性が見出すことができるのだが、他にこうした例がないことを考慮すれば、やはり神学的問題について必然的な 根拠を見出すことは困難と考えるべきかもしれない。しかしここで重要なことは、根拠を見出す、あるいは理性を用 いることで﹁適合する﹂ことに到っている点である。つまり理性によってローマ・カトリック教会の信仰が適切であ り、事実と適合していることの根拠が示されるのであって、このことによって信仰を擁護しようとしているのである。 トマスにとって、信仰の必然的根拠を示すのではなく、ローマ・カトリック教会の信仰を告白することが適切であ ることを示すだけで、信仰を擁護するには十分であった。つまり信仰の根拠として提示されるものは適切さ、あるい は適合性に他ならない。それでは適合すると言われたとき、信仰はどのように擁護されているのだろうか。あるいは ﹁適合する﹂ということは信仰を擁護するに足るのだろうか。 このことはやはり﹃信仰の諸根拠﹄の方法論にかかわる。この小論の方法論は第二章にまとめられているのだが、 そこで次のように言われる。 ﹁最高の真理に由来するものが、偽りであることはありえない以上、偽りでないことは、何ごとも必然的な根拠によっ て反駁されることはありえない。われわれの信仰は、それが人間の精神を凌駕しているために、必然的な諸根拠によっ ﹁適切である﹂ことは何を意味するのか
信仰は必然的諸根拠によって証明されないように、否認されることもありえない。したがって討論の相手が信仰を 否認する必然的諸根拠を提示したつもりでも、それは誤謬なのである。最高の真理に由来することで、理性によって 獲得される真理と権威によって獲得される真理が矛盾しないことも保証されるだろう。したがってキリスト教の討論 者は、不信仰者による批判がたとえ理性的な仕方で行われたものだとしても、それが誤謬であると確信をもって対応 それでは、信仰について否認する論証の不可能性がキリスト教の討論者の心構えにのみ効用があるのだろうか。ま た﹁適合する﹂ことは否認の論証不可能性を示すだけで確定することなのだろうか。実際︽8邑帛昌吊︾は﹁適合する﹂、 ﹁ふさわしい﹂というだけでなく、.致﹂をも意味するため、信仰について否認する論証の不可能性にとどまるとは 言い難い。ハーゲマンは﹁適合する﹂ということを否認の論証不可能性に結びつけはしないが、否認の論証不可能性 ︵劃︶ を﹁可能であること﹂と言い換えている。ここで信仰について﹁必然﹂、﹁可能﹂、﹁不可能﹂ということを考えるのは、 ︵配︶ 様相論理で捉え直しているということでもある。もちろんトマスが様相論理を明確に使用しているわけではなく、信 仰箇条に論理の様相を当てはめようとする発想がトマスにあったのではない。加えて、否認の論証不可能性が﹁可能 である﹂ことを意味し、トマスによって﹁適合する﹂と表現されているとしても、この可能性に程度を考えることも できるだろう。ところで、語られたことが﹁適合する/一致する﹂ということは、現に語られたとおりである場合、 あるいは語られたことと現に起っていることが釣り合っている場合に当てはまる。したがって、﹁適合する/一致す することができる。 それでは、信仰淀 て証明することができないのと同様に、その真理のゆえに、必然的な諸根拠によって否認されることもありえないの であるc﹂︵二・七︶ 151
ハーゲマンはこの信仰告白の内容が﹁可能である﹂に過ぎないことを、トマスの宣教理論における方法の批判的l 否定的機能として捉え、そしてこのことは﹁いかなる神学であれ、理性的に到達することも理性的に取り払われるこ ︵鋤︶ とも不可能な、踏み越えることのできない最後の限界の前に立っているという事実を知らしめる﹂と結論する。つま りハーゲマンは、トマスがこの小論において採用する方法が有効ではないと考えているのだ。このことは理性によっ て神学を肯定的にも否定的にも論証できないということに支えられている。﹃信仰の諸根拠﹄は不信仰者への答弁に なっているため理性によって展開されなければならないのだが、理性によって提示される根拠が必然的なものではな いことを、理性の無力さそのものであると考えるのであれば、宣教理論の薄弱さにもつながる。しかしハーゲマンが 見出している、信仰が﹁可能である﹂ことを、トマスがよく用いている﹁適合する﹂という表現を通して理解するの あるc ないが、﹁適合する﹂という表現は必然性がなくとも高い程度の可能性を有していることを的確に表現しているので 確に表現するためにも﹁適合する﹂と言われるべきである。もちろんトマスがそこまで考盧していたというわけでは 能である﹂と語るだけではどれほどの可能性なのかは明らかにならず、高い程度の可能性を有していることをより正 である﹂とは言われない。少なくとも、論証可能性ではなく、理解の可能性が問題とされている。第二に、ただ﹁可 密であると言えよう。第一に、トマスにおいて様相論理を積極的に用いられているわけではなく、だからこそ﹁可能 ク教会で告白される信仰について﹁可能である﹂ではなく﹁適合する﹂という表現を用いることは、二つの意味で厳 ているのであり、このことを単に﹁可能である﹂と言いかえるのであれば、不十分である。そのためローマ・カトリッ トマスは第二章末尾で﹁普遍的な信仰の告白することが偽りでないことが理解可能な仕方で示される﹂︵二・八︶と語っ る﹂ということは、そこに必然的な根拠がないとしても、相当に高い程度の可能性が認められなければならない。実際、
一六世紀のドミニコ会士メルチェル・カノ︵一五○九’一五六○年︶は﹃神学的典拠についてS罠胃房
碁ミ侭計邑﹂︵一五六三年刊行︶という著作を残しているが、これは後の基礎神学の方法論的蕪礎となる。時代によっ て何を権威とするのかは異なり、同じ権威でもどのように用いるのかは異なる。権威をどのように用いるか、理性を どのように用いるか、これらのことは学問の方法論につながるのだが、トマスは対他的な討論においてその道具を理 性のみに還元することで、むしろ欠点を作ってしまった可能性もある。つまり、﹁キリスト教徒とムスリムの対決の ための唯一の論争基盤としてトマスが主張した厳密な理性的論証は、このような対決の広大な領域を不必要に認識論 的な問題に還元してしまい、その結果、手元にある多彩な神学的一致点を取り込むことはなかった﹂。こうしてトマ ︵劉︶ スの対地的な討論は﹁キリスト教の思考パターンが得意とする経路を超え出ているものではない﹂と考えることがで きる。実際、﹃信仰の諸根拠﹄ではほとんど聖書の権威が用いられていないが、多くの箇所でトマスの著作を参照す ることができ、ローマ・カトリックのキリスト教的思考の枠組みを超え出るものではないと言えよう。しかしどのよ うな思考の枠組みであっても、理性的に理解可能であれば、キリスト教においてのみ理解されるものではなくなるだ ろう。つまり、権威のみで語られるキリスト教的思考は権威を認めない人々に受け入れられないが、この思考を理性 的に捉えなおすことで、権威を認めない人々に受け入れられる可能性が開けるのである。この意味で、﹁彼の弁明は︿内 ︵お︶ に対する弁明﹀︵壱○一信国且言邑ではあっても、︿外に対する弁明﹀︵goざ哩四且①罠邑ではないのである﹂という みているのであり、ここに理性の効用を認めることができるだろう。 であれば、普遍的な信仰の告白が﹁偽りでない﹂と理性的に帰結しようとするトマスは、誰でも理解可能な解決を試 まとめ 153註 ︵1︶教養としての自由学芸︵自由七科︶のうち言語にかかわる三科は文法・修辞学・弁証法だが、弁証法は論理学と置き換えられる場 合もあり、これらの学の領野は一定していない。 ︵2︶トマスがこの表現を用いているわけではない。権威の根拠を明らかにするということは、﹁権威の容認と権威への恭順が理性の働 き、あるいは理性的な活動であることを示そうと試みる﹂a豆呂⑦.序言号・ミミミミミさ粋言冴爵望ミミ電.青騨易.冨言宮①二.巨崖2 解釈は勇み足であると言えよう。異教や異端と出会っても信仰を堅固に持ち続けようとする︿内に対する弁明﹀だけ でなく、実質的に効果があったかどうかはともかく、互いに理性的に討論するのであれば、双方の納得を目指す︿外 に対する弁明﹀も準備されていたのだ。 実践的に討論を成功させるのであれば、大学での討論のように、討論の相手がこちらの推論に、あるいはこちらの 言明に耳を傾ける態勢にする必要があるだろう。理性によって﹁偽りではないことが理解可能な仕方で示される﹂と しても、それは誰であれ理解することが﹁可能﹂なのであって、そもそも理解しようとすることがなければこの﹁可 能﹂が現実になることはない。理性による根拠づけが正しく行えるのであれば、そのことが最大限に効力をもつよう、 討論するための準備が必要になる。その一つとして、討論する者たちが互いに理性によって考察しようとすることを 挙げることができるだろう。トマスが﹁弁明できるように常に備えていなさい﹂と語るとき、このことまで言及して いたわけではない。しかしこれは、アンティオキア聖歌隊指揮者のように、実際にローマ・カトリック教会の外へと 赴き討論の相手と向き合う場合に、必要性が生じる準備であり、トマスに提示されたものとは別の課題であろう。 ぢこも.鴎︶ことを意味する。 ︵3︶バチェラーとは、ここでは ﹁免許をもたないまま師匠の監督の下で授業をする上級の学徒﹂︵横尾壮英﹃大学の誕生と変貌﹄東信堂、
一九九九年、三十九頁︶を意味する。また主にパリ大学になるが、神学の学位取得やバチェラーとしての活動等については、崖巴邑号 匡富国.冒喜言い邑言ミミミミも貝ご宝︾弓.雪認認を参照。 ︵4︶大学ごとに討論のあり方は異なり、また同じ大学でも時代によって変化している。そのため必ずしも教授が議長となるのではなく、 バチェラーやバチェラー候補生が議長となり、討論をまとめて解決を提示することもあった。本稿では神学部教授であったトマスを 焦点としているため、教授が議長となり討論をまとめていたことを強調しておく。 ︵5︶このことは﹁知﹂と﹁信﹂の問題と類似している。﹁知﹂と﹁信﹂の問題については、次のまとめが要点をつかんでいるだろう。すなわち、 ﹁スコラ哲学が﹁知﹂を﹁信﹂から切り離すのではなく、むしろ﹁信﹂から出発し、それに支えられ、導かれながら﹁知﹂の探求を おし進めていった﹂︵稲垣良典他﹁知ることと信じること哲学入門﹂勁草書房、一九八一年Ⅱ頁︶。﹁知﹂と﹁信﹂、あるいは﹁理性﹂ と﹁信仰﹂は対概念であるかのように互いに排除し合うと考えられる場合があるが、先の引用のように少なくとも中世哲学では、両 者を完全に統一させることで真理の探究はより豊かになるというのが概ねの見解だろう。 ︵6︶Cミミミ員PP画.砕巴盲己目︾岳望蝉弓.誼宝さ ︵7︶公会議などによる教会の決定も権威に入るように思えるが、トマスは﹁信仰箇条言言呈三色﹂は権威によって知られると語っ ているため、信仰箇条に該当するものは権威ではない、あるいは聖書等の権威から派生するものであると考えることができる。 ︵8︶ここで﹁マニ教﹂とは、一二世紀に南フランスで台頭したキリスト教異端である﹁アルビジョワ派﹂、﹁カタリ派﹂を指すと思われる。 これらは直接的にマニ教と関係があったわけではないが、フランス王権による迫害において﹁マニ教的異端﹂というレッテルを付与 されていた︵青木健亨二教﹂講談社、二○一○年、一二六頁参照︶。 ︵9︶L,ハーゲマン﹁キリスト教とイスラーム﹂八巻和彦・矢内義顕訳、知泉書館、二○○三年、七三頁 ︵蛆︶宣教時に当地の風習を認めることでキリスト教を普及しようとした例として、一六’一七世紀におけるイエズス会の中国布教が、 またそれに対するジャンセニストやマルブランシュによる批判が知られている。その一方で、マテオ・リッチやジュル・アレーなど イエズス会士は中国の宮廷に根差すことに成功している。このことは人々が自分たちの思考の枠組みに親しみ、他の仕方で考えるこ とを好まないことを証しているだろう。 ︵u︶F函緒の冒目邑勇句邑による校訂版︵二。量冒己§﹄曾雪恥口、さきミ言いコミミ.穴ミミ尽薑、蔓皇国ミ苫冴冬さ§胃言忌菖鼠曽言・産房国富侭①、 毛電︶を用いた。これはレオニナ版命目&国5日四①号少号冒○○月国○日邑国旨のの匡序◎己の琶自祠三.a言.重ミ即ち霊︸弓⑪?ご︶をも 155
とに一部修正を加え、さらに節ごとに番号が付けられている。本稿の引用では、章番号と節番号を記す。 ︵⑫︶ここでサラセン人とは概ねムスリムを意味している。当時のイスラームに対するキリスト教側からの見解は一致せず、﹁ヤコブ派 やネストリオス派のように、イスラームの地域あるいはその近隣で生きる教会は、異端という解釈を好んだが、他方別の人々はムス リムを異教徒とみなした︵トマス・アクィナスもそうであると︵J・グニルカ﹃聖書とコーラこ矢内義顕訳、教文館、二○一二年、 三四頁︶。しかしトマスはムスリムを異端者・異教徒・背教者などと呼ぶことはなく︵L,ハーゲマン、上掲書、八六頁参照︶、イスラー ムを固有の宗教として考えていないように思われる。実際に﹁信仰の諸根拠﹄では﹁不信仰者言三堅朋とと呼ばれている。そのため、 ﹃対異教徒大全︵雪ミミs8ミミの、薑言︶﹄に見られる︽三画ご白の房冒①︾︵弓﹄.8蔦.国.eという表現は、﹁マホメット教徒﹂というよ りは﹁マホメット主義者﹂を指していると考えることができるだろう。 ︵B︶Q,誉ミミ色gミミのミミ鴎︶三・戸a眉・蝉.函 ︵皿︶ロ菖淫○白色旦匿首邑忘鴎昌言苫曼ミ国営忘鴎ご言言烏冒萱負唐冨胃忌ミ、舅号雷喧言︾三日.①茸﹃己.悪﹃Q房両日①具の①具ご毛も・圏 ︵妬︶東方のキリスト教も諸派に分かれるため、﹁すべてのキリスト教で認められる﹂と言うことは厳密ではない。また三位一体論におけ る﹁聖霊が父と子から発出する﹂ことについて、東方のキリスト教は﹁と子から︵三呂扁こということを認めていないことも忘れ ︵船︶﹁浄化の場所︵さ8の冒偏煙g﹃旨⑫︶﹂である煉獄の誕生とその前後の時代との関連については、ジャック・ル・ゴッフ﹁煉獄の誕生﹄︵渡 辺香根夫・内田洋訳、法政大学出版局、一九八八年︶で詳細に語られている。 ︵Ⅳ︶﹁また一人一人の人間の頸に、我らそれぞれの鳥を結びつけておいた﹂︵﹁コーラン︵中こ井筒俊彦訳、岩波文庫、一九五八年、 十七・十三、ここで﹁鳥﹂は﹁運命﹂を意味する︶。 ︵肥︶しかしトマスは第七章から第九章までを聖書の権威を用いながら論述しており、﹃任意討論集﹄において立てられた、論争相手に 応じて用いる権威を変えようとする方針に反するように思われる。このことを理解するためには、トマスがサラセン人を﹁不信仰者﹂ と呼んだときに、どのような権威を用いる人々と考えていたのかを知る必要がある。少なくとも、トマスは言−ラン﹂を実際に読 んでいなかったとしても、どのようなものかは或る程度知っていたと思われる。そして言−ラン﹄を読む限り、キリストが神の言 葉であることは認められている。こうしたことが影響している可能性を考盧すべきだろう。 ︵岨︶とりわけ、第十章においては人間の自由選択が問題とされ、強制としての﹁必然性﹂が多用されている。すなわち神の摂理によっ てはならない。 ﹁浄化の場所
︵別︶聖体の秘跡を論じる際、キリストの体ついて﹁信仰者が食べることで、その量から何かが除かれるという必然性はまったくない﹂ ︵八・六十五︶と語っているが、必然性と必然性の否定が論理的に異なる性質であることは明らかであり、論述が必然的であることを 意味する立論と同じように語るべきではない。 ︵別︶ハーゲマンは﹁可能であること、つまり信仰の論証可能性﹂︵ハーゲマン、上掲書、七三頁︶と語っている。しかし﹁論証可能性﹂ が必然的根拠によるものではありえないため、﹁論証可能性﹂という表現には注意が必要である。 ︵空アヴィセンナに由来する﹁必然的存在﹂と﹁可能的存在﹂、あるいは﹁存在の不可能性﹂など、存在することの様相についての理解 はある程度持っていたが、それを論理的に展開していくことを明確に行っていないのである。 ︵路︶ハーゲマン、上掲書、七三頁 ︵別︶同右、八六’八七頁 ︵妬︶同右、八八頁 確保されるのである。 て人間の行動を秩序づけられることはあっても、必然性を課すことはないことが帰結され、強制的必然性に従属しない人間の自由が l57