井上敏夫は「国語教科書の変遷」(全国大学国語教育学会編『国語教育科学講座第5巻 国 語教材研究論』1958年)において、1872(明治5)年の「学制」頒布から太平洋戦争後までの 小学校国語教科書を、次のように区分している。 1 自由編纂時代 1872(明治5)年の「学制」頒布から1885(明治18)年まで 2 検定制度時代 1886(明治19)年の「教科用図書検定条例」の制定から1903(明治36) 年まで 3 国定教科書時代 1904(明治37)年の「小学校令」改正による国定教科書制度の実施から 1948(昭和23)年の教科書検定制度の実施まで 4 新検定制度時代 1949(昭和24)年から新検定教科書使用の時代 このうち、3の国定教科書時代は、さらに次のように6期に区分している。 第1期国定教科書 『尋常小学読本』(「イエスシ」読本)8冊 1904(明治37)年 第2期国定教科書 『尋常小学読本』(「ハタタコ」読本)12冊 1910(明治43)年 第3期国定教科書 『尋常小学読本』・『小学尋常国語読本』(「ハナハト」読本)各12冊 1918 (大正7)年 第4期国定教科書 『小学国語読本』(「サクラ」読本)12冊 1933(昭和8)年 第5期国定教科書 『ヨミカタ』・『コトバノオケイコ』・『初等科国語』他(「アサヒ」読 本)16冊 1941(昭和16)年 第6期国定教科書 『こくご』『国語』(「みんないいこ」読本)15冊 1947(昭和22)年 1 国定以前(検定期)の国語教科書 1872(明治5)年の「学制」頒布以来自由採用であった教科書は、1886(明治19)年の「小 学校令」によって検定制度のもとで発行されることとなった。この検定制度により、教科書の 国家的な統一と旧式な教科書の整理とが促進され、検定期における特筆される文部省編集の2 種の国語読本教科書についてふれておきたい。
国 語 教 科 書
○『読書ヨミカキ入門』1冊 1886(明治19)年 以後の読本編纂の基礎を定めたものとして画期的なものとされており、その特徴としては次 のような点があげられる。 ① 従来の読本が専ら読むことを主としてきたのに対し、読み書きを並行させている。 ② 従来はいろは図、五十音図などを巻頭に掲げ、したがって平かな・片かなをほとんど同 時に学習させたのに対し、片かなを初めに、平かなを後に出し、かな文字を教えてのち五 十音図を出すという順序性をとり入れた。 ③ 単語を少なくして文の提出を早くしている。 ④ 児童に受け入れやすい韻律的な文章、口語文、童話的文章が多くとり入れられている。 ○『尋常小学読本』7冊 1887(明治20)年 『読書入門』に続いて使用するものとして編纂された。従来は各学年ばらばらの編纂であっ たのに対し、小学1年から4年に至る児童の能力にあった易から難への教材の配列がなされた。 さらに、多種多様な教材を口語体(談話体)によってとり入れている点において特質がみられ る。一方、教材のほとんどは、修身、地理、歴史に取材したもので、忠孝、勤勉、立身などの 徳目を説いた、国家主義的性格の強い内容となっているという批判もある。 この時期における民間発行の国語教科書として、尋常科用で評価の高かったものを次に掲げる。 学海指針社編集『帝国読本』8冊 集英堂 1892(明治25)年 坪 つぼ 内 うち 雄 ゆう 蔵 ぞう (逍 しょう 遥 よう )『国語読本』8冊 富山房 1900(明治33)年 金港堂書籍編輯『尋常国語読本』8冊 金港堂 1900(明治33)年 なかでも、坪内雄蔵(逍遥)による『国語読本』(尋常・高等小学校用 各8冊)は口語文 を重視して、文章表現にも優れていた。他にも、金港堂から新 しん 保 ぼ 磐 いわ 次 じ 『日本読本』8冊 1886 (明治19)年や、金港堂編輯所『尋常小学新体読本』8冊 1894(明治27)年、普及舎から辻 敬之・西村正三郎『尋常小学読本』8冊 1890(明治20)年が刊行されている。 2 教科書国定制の発足 民間の教科書の質の低劣化に加えて、1902(明治35)年の末から1903(明治36)年にかけて 発生した教科書疑獄事件が一つの端緒となって、1904(明治37)年より国家による教育統制を 強く打ち出した国定制度となった。なお、中等学校の国定制は1943(昭和18)年からである。 国定教科書は第1期から第5期にわたるが、各期の特色を唐澤富太郎『教科書の歴史』創文社 1956年では、次のようにとらえている。第1期本の刊行は、1903(明治36)年の国定制度の実 施前年であった。 第1期国定教科書 1904∼09(明治37∼42)年 資本主義興盛期の比較的近代的教科書 第Ⅰ部 明治期から昭和戦前期の変遷
家族国家観に基づく帝国主義段階の教科書 第3期国定教科書 1918∼32(大正7∼昭和7)年 大正デモクラシー期の教科書 第4期国定教科書 1933∼40(昭和8∼15)年 ファシズム強化の教科書 第5期国定教科書 1941∼45(昭和16∼20)年 決戦体制下の軍事的教科書 また、同書の各期における国語教科書の内容分析によると、次のような特徴が見い出せる (表1)。 3 第1期国定国語教科書『尋常小学読本』8冊 1904(明治37)年 「国定教科書編纂趣意書」によ ると、「本書ハ発音ノ教授ヲ出発 点トシテ児童ノ学習シ易キ片仮名 ヨリ入リタリ」とあって、発音教 育、標準語教育に力を入れようと する言語教育的教科書としての基 本的方向をもっていた。そのこと は、巻頭の「イ」「エ」「ス」「シ」 という4字についてみても、「イ」 と「エ」、「ス」と「シ」という訛 か 音 いん 矯正(なまった声の矯正)の意 表1 国定国語教科書の内容分析 (単位:%) (唐澤富太郎『教科書の歴史』256頁をもとに作成) 教材内容 時期区分 第1期 第2期 第3期 第4期 第5期 第6期 文 学 的 内 容 32.8 38.7 51.5 54.1 48.4 80.5 歴 史 的 内 容 10.9 12.3 13.8 15.0 11.1 記載なし 科 学 的 内 容 37.4 30.0 22.0 17.9 17.0 6.5 社 会 的 内 容 4.6 6.0 4.9 2.3 2.3 2.6 ナショナリズム的内容 3.4 4.0 2.6 3.3 4.2 0.7 ミ リ タ リ ズ ム 的 内 容 7.1 4.0 2.6 5.5 14.4 0 生 活 的 内 容 3.8 5.0 2.6 1.9 2.6 9.7 図1 第1期国定国語教科書『尋常小学読本』1904(明治37)年
図が表われていて、語法を主とした編纂法であるといえる。 この点では、「読書入門」以来の編纂法と大きく異なっているとはいえないが、より組織的 に論理的に編纂されているとの評価がなされている。また、口語文体を大幅に採用し新鮮味も 加えている。しかしながら、内容的には『教科書の歴史』にみられた表1のように文学的色彩 は薄く、修身的、歴史的、科学的内容が多かった。 4 第2期国定国語教科書『尋常小学読本』12冊 1910(明治43)年 1907(明治40)年の「小学校令」改正により、尋常小学校の年限が4年から6年に延長にな ったこと、1900(明治33)年に制定された字 じ 音 おん 仮 か 名 な 遣 づかい 、仮名字体、漢字などに関する規定が 1908(明治41)年に削除されたこと、日露戦争を経て帝国主義的時勢になり教材に訂正を要す る必要性が出てきたことにより、国定国語教科書も第2期を迎えることとなる。 特徴としては次の点があげられる。 ① 旧読本の字音かなづかい(表音棒引)を歴史的かなづかいに改め、漢字数を増加させた。 ② 基本的には語法的編纂法を踏襲しているが、文学読本的色彩も強くなった。 ③ 国民的行事、習慣、趣味に関する教材(「ワラ」「ヒナマツリ」「家の紋」など)を増や 第Ⅰ部 明治期から昭和戦前期の変遷 表2 国定国語教科書とその使用世代 (『複刻国定教科書(国民学校期)解説』1982年2月、4頁から作成) 区 分 巻頭の文字(表紙・特色等) 漢字数(6年) 使用者出生年 1期国語教科書 イ エ ス シ(黒色表紙) 尋 501 明治30・4∼36・3 (明治37∼42年) 資本主義興隆期の最初の教科書 高 354 (1897∼1903) 2期国語教科書 ハタ タコ コマ(黒色表紙) 1,360 明治36・4∼44・3 (明治43∼大正6年) 日露戦争後の教科書 (1903∼1911) 3期国語教科書 ハナ ハト マメ マス(灰白色表紙) 1,348 明治44・4∼大正15・3 (大正7∼昭和7年) 第一次世界大戦後の教科書 (1911∼1926) 2期修正国語教科書 ハタ タコ コマ(黒色表紙) 1,360 明治44・4∼ (大正7∼12年) 当初東京府等一府六県が使用 (1921∼) 4期国語教科書 サイタ サイタ サクラガ サイタ 1,362 大正15・4∼昭和9・3 (昭和8∼15年) (薄茶色表紙)満州事変後の教科書 (1926∼1934) 5期国語教科書 アカイ アカイ アサヒ アサヒ 1,301 昭和9・4∼14・3 (昭和16∼20年) 太平洋戦争下の国民学校の教科書 (1934∼1939) 墨塗り教科書 兵タイゴッコ アサヒ アサヒ ― 昭和13・4∼14・3 (昭和20年) 敗戦後の軍国主義教材削除の教科書 (1938∼1939) 暫定教科書 アカイ アカイ アサヒ アサヒ ― 昭和14・4∼15・3 (昭和21年) 戦後のパンフレットの教科書 (1939∼1940) 戦後文部省著作教科書 おはなをかざる みんな いいこ 689 昭和15・4∼18・3 (昭和22∼24年) 昭和24年検定制度発足 (1940∼1943)
すとともに、国民的童話、伝説、神話の教材(「コブトリ」「ウシワカマル」「天ジンサマ」 「ハナサカヂヂイ」など)を多くとり入れ、文章にも名文(「吉野山」「瀬戸内海」「画工の 苦心」など)が多く、韻文にも格調の高い、趣味の豊かな教材(「春が来た」「水師営の会 見」「我は海の子」など)がいくつもあったが、一面、国家主義的精神高揚のための文学 が数多くみられる。 ④ 軍国主義的教材(「広瀬中佐」「水兵の母」「靖国神社」「日本海海戦」など)には日露戦 争の影響が強くみられる。 5 第3期国定国語教科書『尋常小学読本』・『小学尋常国語読本』各12冊 1918(大正7)年 使用期間は全5期中最長で、さまざまな特色のみられる教科書である。この期には2種の教 科書が同時に発行され、使用された。『尋常小学読本』はいわゆる黒表紙本、『尋常小学国語読本』 はいわゆる白表紙本とよばれた。黒表紙本は旧読本の修正増補的な色合いをもち、文章の平易 化、文学趣味化などの特徴はみられたが、本質的に大きな変更はないといえる。一方、白表紙 本は、自由な編纂法をとり、教材を新しく求めたために、新鮮さ、多様さに富む。 秋 あき 田 た 喜 き 三 さぶ 郎 ろう 『初等教育国語教科書発達史』初版1943年 文化評論出版 1977年は、「本書 (白表紙本)は児童生活を主としたから、教材文章は児童に親 (ママ) まれ、非常に歓迎せられた」 (442頁)と述べ、井 いの 上 うえ 赳 たけし 「国語教育の回顧と展望―読本編修三十年―」(『国語教育講座第5 巻 国語教育問題史』刀江書院 1951年)では、「(白表紙本は)同じ期間の黒表紙本にくらべ て格段の人気があり、全国各県の三分の二以上が白表紙であった。」(46頁)と述べている。 以下で、白表紙本についてその特徴を見てみたい。編集のしかたとしては、黒表紙本が課数を増
やしたり、教材を量的に増やして分量の増加を図ったのに対し、白表紙本は長文を多くする質的増 にその特徴がみられた。したがって、弾力性ある教材選択がなされ、その文章も緩急自在の変化に 富んだ口語文が多く、また文の提出を早くして、いわゆる文章主義を徹底させている。 表現法においては、従来の読本の文章では叙述や説明が多かったのに対し、描写を重んじた 新鮮味のあるものが多くみられ、対話文も目立つ。内容的には、児童自身を主人公としている 多くの長文の文章や、童話・童謡など児童が興味を持つ文学教材(「犬ころ」「磁石」「日本の 高山」「入営した兄から」など)を多く採用し、外国紹介あるいは外国人を主人公とした国際 的な視野にたった教材(「アメリカだより」「ヨーロッパの旅」など)も目立つ。 6 第4期国定国語教科書『小学国語読本』12冊 1933(昭和8)年 巻頭は、50年来の範語をすてて、「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」という文で始ま っており、いわゆる文章法を初めて採用したことは、大正中期以降教育現場ではすでに実践さ れていたとはいえ、国語教育史上特筆されることであった。また、従来の単色の読本に比べ、 色刷りでさし絵も多く、童心に適したはなやかさをもっており、現代の教科書に一段と近づい た体裁をとっている。 文学的教材の比率が国定5期中で最も高く、対話的、劇的教材が多いことも大きな特色であ る。秋田『初等教育国語教科書発達史』では、「文学的精神を本位としてゐる本書は、材料の 選択および文章表現において感情・情意を重視してゐる。」(535頁)と述べている。しかし、 第5期にみられる超国家主義、軍国主義への傾向をはらむものとして、危険な徴候もみられる。 たとえば、「空中戦」「東郷元帥」「乃木大将の幼年時代」などの軍事教材、「天の岩屋」「国び 第Ⅰ部 明治期から昭和戦前期の変遷 図3 第3期国定国語教科書『尋常 小学国語読本』1918(大正7)年
き」「神武天皇」「羽衣」などの神話・古典教材、「シタキリスズメ」「サルトカニ」「浦島太郎」 などの昔話・伝説教材が数多くとられていることなどに表われている。 『教科書の歴史』では、この期の教科書について次のように述べている。 「臣民の道を強化し、軍国における忠君愛国の精神の鼓吹を教育目的としたこの期の教科書 は、(中略)三期に始めて芽生えて来た大正期のデモクラティックな要素を伸長させる役割を 放棄して、かえつて相反する超国家主義教育を強要し、侵略戦争への国民の精神的な準備をな す一方、五期の軍国主義の教科書への道を敷設した」(433頁) 7 第5期国定国語教科書『ヨミカタ』『よみかた』『コトバノオケイコ』『ことばのおけいこ』8冊 『初等科国語』8冊 1941(昭和16)年 1941(昭和16)年に「国民学校令」「国民学校令施行規則」が公布された。8年間の義務教 育をめざすとともに、従来の国語、修身、地理、歴史の4教科を統合して「国民科」とした。 国語は「国民科国語」に位置づけられ、「皇国民の練成」ということが究極の目的とされ、軍 国主義的色彩の濃いものとなった。 国語教科書は、第1期 初等科第1、2学年、第2期 初等科第3学年、第3期 初等科第 4、5、6学年、第4期 高等科第1、2学年というように順次編纂された。教科書名も、初 等科第1学年は『ヨミカタ』一・二『コトバノオケイコ』一・二、初等科第2学年は『よみか た』三・四『ことばのおけいこ』三・四、初等科第3学年から第6学年は『初等科国語』一∼ 八、高等科は『高等科国語』となった。
この中で、言語の教科書として初 等科第1、2学年に『コトバノオケ イコ』・『ことばのおけいこ』が作ら れた。言語の力をとりたてて伸ばそ うというねらいをもった教科書が別 立てで作られたといえる。これはあ る意味では、第1期国定国語教科書 への復帰ともいえる。秋田は『初等 教育国語教科書発達史』において、 「国民学校の国語教科書の一大特色 は、従来の教科書に比し、音声言語 の 指 導 を 重 視 し た こ と で あ る 。」 (667頁)と全巻にわたる教科書の方 向性を評価する見解を記している。 読本系統のものについては、生活 教材などにいくらかの新鮮味はみら れるものの、唐澤富太郎が『教科書 の歴史』で指摘するように、「国語教 材の実に76.4%が超国家主義の意図実 現の教材として用意されているのであ る。特に、五、六学年においては、約 95%の多きに達していることは驚くべ きことである。」(515頁)とあるように、 「ににぎのみこと」「シンガポール陥落の夜」「支那の春」などの教材が目につく。 (大田 勝司) 第Ⅰ部 明治期から昭和戦前期の変遷 図5 第5期国定国語教科書(「アサヒ」読本)1941(昭和16)年 図6 第5期国定国語教科書『初等科国語』二、『ヨミカタ』二 1941 (昭和16)年