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契約講の伝統と変容―岩手県和賀町の調査から― 利用統計を見る

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契約講の伝統と変容―岩手県和賀町の調査から―

著者

高橋 統一

雑誌名

アジア・アフリカ文化研究所研究年報

24

ページ

39(206)-78(167)

発行年

1989

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00011199/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

契 約 講 の 伝 統 と 変 容

一一岩手県和賀町の調査から一一

I 序論:従来の諸研究と本調査の意図 高 橋 統 1. 契約講の研究史をふりかえって 2. 契約講と洞契一一日韓比較への視座 E 調査地の概況:岩手県和賀郡和賀町 高 橋 統 今 泉 信 雄 l 風土と歴史 2. 人口と世帯 3. 農業と民俗芸能

E

煤孫中通り契約会と秋葉講 一一一契約講の構造と機能 1 煤孫、中通り契約会 2 秋葉講 3 契約講・マキ・家 4. むすび 松 本 誠 今 。 泉 信 雄

I

序論:従来の諸研究と

本調査の意図

高 橋 統

1. 契約講の研究史をふりかえって 日本全国の農山漁村には,実に多種多様な講 があって,講の研究にもさまざまなものがあり 枚挙のいとまがない程である。その中で主に東 北地方にみられる契約講については,従来,民 俗学(含歴史学)・社会学(含法社会学)・社会 人類学の諸分野で,それぞれの問題関心から調 N 岩崎・横川目・山口の契約会 一一契約講の現存形態 崖 1 はじめに一一洞契と契約講 2. 契約講の概念と本質 3. 岩崎上契約会 4. 横Jll日北方契約会 5. 山口東向契約会 6 むすび一一契約講はどうなるのか V 結論:契約講の伝統と変容 在 律 高 橋 統 一 査研究が行われると共に,相互に刺激しあって 契約講への包括的理解がはかられてきた。そこ で,ここでは一応,三分野別に研究史をふりか えり,若干の問題点を指摘してみたいと思う。 1) 民俗学 戦前,柳田国男の指導下に郷土生活研究所同 人によって,全国54ヶ所の山村から三年間にわ たって民俗事象が収集された。その集大成が, 周知の『山村生活の研究~ (柳田編 1937) で, いまとなっては貴重な資料なのだが,この中の 守随ーによる「部落と講」では,村落社会にお ける講の諸形態が総括的に考察され,東北地方 の契約識についても具体的な紹介が若干みられ - 39一(206)

(3)

契約講の伝統と変容は〕 る。同じ頃,経済史学の田村浩が五人組との関 連で契約講をとりあげているが, 新 庄 ( 山 形 県)・一関(岩手県)・八戸(青森県)といった 町部の報告事例があることから,契約講の大ま かな分布範囲の見当がつくのが注目される。 〔田村 1936J 次に戦後では,まず田村馨が宮城県下の場合 を,機能と歴史的性格から次の四類型に分けて いる。〔田村 1950J ①村組的議集団として村生活の万般を主宰し, 神事を伴うもの ②前者と同じだが,神事を欠くもの ③穴掘契約や屋根茸契約など,実際面での互 助をするもの ④相互親睦のため集会飲食するだけのもの そして① ④は,このj順序で解体したものと しているが,ここでの契約講の理念には,神前 契約的なものが窺われ,後述の桜井徳太郎につ ながる民俗学的視角の特色がみられる。また, 同じ頃,伊豆田忠悦は山形県下の事例(東村山 郡)から,契約講(組)が元は同族団的に構成 されていたのだが,米沢藩による郷村組織の再 編により,五人組を統合する支配機構の一環に くみこまれていった経緯を明らかにしている。 契約講と同族との関連に触れていることと共に 近世郷村制の歴史的性格への配慮、を喚起した点 が注目されよう。 ところで,桜井徳太郎には夙と知られた『議 集団成立過程の研究~ (1962)があって,契約議 についても一章を設けて論じているが,契約講 それ自体の体系的研究にまでは至っていないよ うで,部落の自治運営機関としてのA型(神事 的色彩の強いal型・行政的機能の濃いa2型・近 隣互助的性格の強いa3型)及び娯楽のためのB 型, といった類型区分も基本的には先の田村馨 と同様で、あるo[桜井 1962 : 156-61] 類型化については,武田正や平山和彦が契約 識のメンバー構成や組織・機能にふみこんで考 察している。武田によると山形県置賜地方には, 戸主中心の「本契約」と若衆の「若衆契約」が あるのだが,次の三類型が析出されるとし、ぅ。 〔武田 1969J ①若衆契約が中核をなし,本契約が変質消滅 の方向にあるもの ②両者の聞に一線がひかれ,互いに役割分担 が明確なもの ③若衆契約が特別な役割をもつもの この場合,若衆契約のメンバーは15-42歳で, 長男でなくても次三男でもよいのだが,一戸一 人が原則なので,実際には長男が多くなり,し たがって若衆契約と本契約にあまり差がなくな り,両者が重層しつつ,次第に後者が前者に吸 収されることが多いのだとしている。 何故,そうなのかの説明が不足で理解できか ねる部分が残るが,契約講の構造原理をくみこ んだ点が評価できょう。この点では,宮城県牡 鹿半島一帯の調査事例による王子山の次の類型化 が,より明解である。〔平山 1969J ①戸主またはカトク(長男)のみ加入するもの ②加入と脱退に年齢制限のあるもの ③加入か脱退のいずれか一方に年齢制限のあ るもの このうち,①は内睦部,②は半島部,③は半 片と内陸との境界(中間)地域に分布するとし, 特に,②では下限15歳,上限42歳というように, 若者組的な型をとってし、るが,総じて長男(カ トク)を優先するので,この点からすれば,① や③が長男ないし戸主からなるのと対応する, ことを指摘している。 なお,平山と同様に陸前北部一帯を調査した 福田アジオや竹田旦にも,注目すべき若干の指 摘がある。例えば福岡は,従来の研究が牡鹿半 島周辺の漁村の調査資料に偏ることによって, 年齢集団としての契約講のイメージが一般化さ れすぎたこと,従って内陸部のものが沿岸部の 崩れた型として理解されてしまったこと,さら にこうしたことの背景として契約講の歴史的性 格が軽視されていること,などの諸点を指摘し ている〔福田 1969Jまた竹田は,本家を中心 とする十数戸による「親類契約会」の事例を挙 げ,これを,シンルイと契約との結合による同 族の再強化なのではないか,と分析している。 - 40一(205)

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契約講の伝統と変容(1) 〔竹田 1969J 2) 社会学 社会学では東北大の研究グ、ループが,やはり 三陸・牡鹿,とくに牡鹿半島の漁村を対象に契 約講を調査し,これを年齢集団ないし年序組織 として位置づける立場で類型化している。その うちの一人,江馬成也は成員の年齢規定のあり 方から,次の三類型を設定している。〔江馬 1958J ①戸主契約型(年齢制限が解消しているも の) ②若者契約型(年齢制限が強いもの) ③戸主・若者契約重層型(①と②が機能的・ 形態的に連関し,一つの集団をなすもの) また同じグループの竹内利美も類型設定では 同様だが,その他に仙台近郊漁村や青森県・下 北半島の漁村の事例をも加味し,本来の契約講 の主体は①であって,②はその統制下にあり, したがって,家長層(本契約・年寄契約)にイ ニシアティブがあることを示唆している。〔竹 内ほか 1959,竹内 1966Jこの点に関して, 江馬の場合は家父長制的原理(家長の権威)を むしろ低くみているから,少し見解が異る1)。 し、ずれにせしろ,先述の平山の諸類型は,この 竹田・江馬の類型に依拠しながら,それを発展ー させたものと云ってよかろう。 他方,法社会学では,大竹秀男や千葉正士が 1950年代に契約講を調査して論文を書いている が〔大竹ほか 1950,千葉 1951,1952, 1953J, ここでは千葉の場合をみておこう。千葉は宮城 県の内陸農村の事例(宮城郡)から,村落「契 約」の意義や観念の析出を試み,契約組(講) が個人でなく家を構成単位とし,しかも,その 家を代表するのが家長もしくは長男に限られる ことから, i家の内部においては階層的な父権 的家族制度が支配し,成員は差別されて平等で はないが,家の外部において家と家との関係は 反対に平等である」と論じている。なお,契約 講と年齢集団との関連も,若干触れているが, 村落構造との結びつきについては具体的な説明 がなL、。 3) 社会人類学 社会人類学的視角から最初に契約講をとりあ げたのは私で,山形県置賜地方の山村調査を試 みたのが1953(昭和28)年,それを公けにした のは1957(昭和32)年である〔高橋 1957J。これ は上述の千葉・竹内・江馬などの諸研究とほぼ 同時期になるわけだが,私としても当然のこと ながら,当時の社会学や法社会学における村落 構造論的な問題意識との関連から,契約講に関 心をむけたのである。即ち,社会学=法社会学 では,東北日本と西南日本は村落構造から捉え ると,同族結合=家格型と講組結合=無家格型 の二類型に対比されるというのだが,この場合 東北地方の契約講は一体,どのように位置づけ て考えたらよいのだろうか,左いう疑問である。 前近代的社会関係の一典型とみられる同族結合 =家格型(本分家の系譜関係によるタテの支配 従属)が東北日本に顕著で、あるとされるのに, 契約講は平等な家々のヨコの関係で,むしろ近 代的な範障に属する。このことは,村落構造の 類型論とどのように関わるのであろうか。他方, 社会学・法社会学のこの類型論に対して,社会 人類学では岡正雄らによる新たな類型設定が試 みられていた。〔岡ほか 1958,岡 1963J そ れは同族結合=家格型にくらべ, 1i溝組結合=無 家格型が事例分析や概念化において不十分なこ ともあって,後者に代るものとして,年齢階梯 制jを措定したらどうか,とし、う主張であった。 この立場は,私が契約講をとりあげた当初には, まだ明確に主張されていなかったので,先の拙 稿では触れていないが,問題関心のうちには含 まれていたのである。いずれにしろ,私の契約 講への関心はその後,数名の諸氏との共同調査 というかたちで,同じ山形県置賜地方の山村の 再調査〔高橋ほか 1978J,さらに岡県最上お よび村山地方の調査〔高橋ほか 1981]に広が ったのである。これらの成果と問題点を要約し てみると,次の如くである。 ①山形県北部では,葬い契約(葬式講組)を 主体とするのに対し,中部および南部では 概ねムラ契約として村落の自治機構になっ - 41ー(204)

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契約誕の伝統と変容(1) ている。 ②県北・金山町の「町部J(農村部とは異る 商庖・住宅街)にみられる十余りの契約講 は,一種の株講的性格をもち,ある意味で 社会成層にも結びつく様相を示している。 ③自治的なムラ契約の場合,物的基盤として の共有財産が重要になる。 ④県中部の河北町の事例では,カマエ(本分 家関係)や親方衆(有力な本家格の家)が 契約講の潜在的なサブ・ユニットになって いると思われる。 ⑤調査した範囲では,年齢集団的な契約議は みられなし、。年齢集団的な契約議は三陸・ 牡鹿地方の特邑と思われる。 ⑥対等平等な家々のヨコの連帯における互酬 的関係から構成される契約講が,従来, 同族的なタテのヒエラルキーが濃いといわ れる東北地方に,宮城・山形を中心として 分布することの意味は,解明されるべき問 題を含んでいる。 ⑦契約講には,畿内や西日本にみられる「宮 座」のような祭問組織としての性格はみら れないが,共有財産の管理(宮座では座間 ・座林・契約講では契約山など) ,組織や 運営の方式(村座・株座と村議・株講,年 齢集団的構成と当家・当番制),などにおい て共通する性格が多くみられるから,歴史 的性格を考慮に入れた両者の比較考察が必 要である。 ⑧出稼ぎや過疎などの社会変動と契約講の変 容の問題も今後の課題である。 以上,三分野における契約講研究史の概略を みてきたわけだが,契約講をめぐる研究関心の あり方と問題視角には,当然ながらそれぞれ若 干のズレがある。しかしながら,契約講の分布 と歴史的性格,及び村落構造との関わりとし、ぅ 点では,それぞれの立場をこえた共通の認識が あった,と云ってよいと思う。私たちの問題視 角は,従来から社会人類学的立場によっており 本調査もその延長線上にあるわけだが,他分野 の研究成果にも十分に配慮すべきことは云うま でもなL。、 但し,本調査の対象地・岩手県和賀地方では, これまでどの分野も集中調査がほとんどなかっ たので,こうした配慮をする必要が,直接には なかった。そして,むしろ,それよりも社会人 類学としては当然,志向すべき比較文化=社会 学的アプローチを少しでも試みることを心がけ たのである。次節では,そうした「日韓比較へ の視座」について検討しておきたい。 付 記 本節の記述に当っては,今泉信雄『村落社会にお ける平等・互酬・協同一一岩手県和賀郡和賀町の 「契約講」調査からIJ1989 (未刷)の第 1章を参照 させていただし、た。

2

.

契約講と洞契一一日韓比較への視産 朝鮮・韓国の契については, 日本の講と概ね 同様な構造と機能をもつことから,すでに戦前 の植民地時代に善生永助,秋葉隆,鈴木栄太郎 などが深く関心をよせ,それぞれ示唆的な見解 を公けにしている。〔善生 1962,秋葉 1954, 鈴木 1963J中でも鈴木栄太郎は,契が議よりも, さらに多種多様で21且,日本の講では対応する ものがそれほどみられぬ朝鮮固有のもの(同甲 契や老人契・宗契ないし門契など)が若手ある にしろ,契も講も財物による協力の方式では, 対等に出資して平等に分配をうけるという点で 同一であることを強調している。 もちろん,共通の同一方式であっても,それ ぞれの民族の歴史と個性が,契集団と講集団の 形態に差違を生ぜ、しむるのであるが,それにも かかわらず両集団の聞に,重要な類似が認めら れることを指摘している。その一つが洞契と契 約講の類似で,鈴木によれば次の如くである。 「朝鮮で最も一般に多く存している契は,洞 契と婚葬契と取利契と宗契であったのではない かと思われる。 洞契は,旧洞里,即ち自然村の 住民が,その旧洞里の村落自治的目的の為に造 る契であり,これは日本の講にその類例をもと めるなら東北地方の契約講は洞契に近い。J(鈴 木 1963:24J - 42 -(203)

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契約講の伝統と変容(1) そして,別の個所では次のように論議をすす めている。 「洞契または洞契約は朝鮮の自然村の自治的 統治組織とも云うべき機能を持つのであるが, それに対応する講集団は明らかに東北地方の契 約講である。東北地方の契約講は朝鮮の郷約制 度が村落自治制度としてそのまま東北地方に伝 わったかの様である。朝鮮の洞約は日本の五人 組と同じの朝鮮の五家統の制度の上に中国の儒 学者の郷約理想案に従って朝鮮の儒学者が作っ た村落自治制度である。五家統の制度は第二次 大戦の当時には既に跡型もなく消滅している様 に云われてはいたが,私は江原道の山村で五家 作統の語を土地の人に身近かな事として聞いた 事がある。 山本大膳の五人組帳前書にも比すべきものに 朝鮮の大儒学者であった李栗谷の作った『五家 統節目』があるが,朝鮮村落の自治規定として は完備している様に見えた。これは今より約三 百年前に出来たもので,秀吉の朝鮮征伐で荒さ れた朝鮮の農村の更生の為に活用されたもので あるが,その後次第に廃滅した様である。五家 作統は五家を一単位とせず一部落をー単位とし て活用されたと云う推定もある。洞約契が中国 の儒学者の郷約の雛型の主旨によって出来てい る事は明白である。この洞約契と東北の契約講 との聞にどんな関係があったか私は知らぬ。け れどもここでは単に方式としての契と講とが同 形であるだけでなく集団に結びついたままの形 でも同形であると思われるのである。J [鈴木 1963: 25J 鈴木はさらに,契と講そして中国の合会には 社会文化的に共通性が認められるとして,次の ような見解を示唆している。 「朝鮮の契は,儒教倫理を実践し,儀礼と契 約を重んずる朝鮮農村に,自ら発達した制度で あると云う見方は,契の一般的印象を物語って いるものとして,味はうべき言葉ではあるが, 協力の合理的方式として見る時,契は朝鮮に独 特のものではない様である。日本において講と 呼ぶもの,そしておそらく中国において合会と よぶものも,それと殆んど同ーの社会文化的実 体である。中国の合会は唐以前にその起源があ ると云われ, 日本の講の起源も朝鮮の契の起源 も,大体その頃までさかのぼり得るものの様で ある。それ程古くからの制度でありながら,日 本でも朝鮮でも中国でも,第二次世界大戦当時 までは明らかに用いられていた制度で、ある。こ の制度はどの民族に始まって,どんな経路で他 の民族に伝はって行ったかの究明も,興味ある 問題であるが,甚だ古くからのこの制度が,最 近に至るまで甚だ長い間,国を別にする日本, 朝鮮,中国に共通に存続して来た事の意義の理 解は,もっと大きな問題である。

J

[鈴木1963: 555"'6J 鈴木のこの論文は戦後十数年をへて書かれた ものだが,

1

太平洋戦争激化中にソウルに赴任 した著者が,そのすでに完成していた『日本農 村社会学原理』を基礎として,日本農村との比 較において朝鮮農村の特質を論じた点に,その 最大の特色」があり,1その焦点はつねに著者が 自然村ともよんだ李朝時代からの旧里洞を中心 としていた」のである3)。それにしても,戦時 中の激務の最中.限られた期間の精力的踏査を もとに後年,これだけの見解を披揮された著者 の学識と畑眼には敬服せずにはいられない。 ところで,契の起源には諸説があるようだが, 雀在律は,契発生説の大部分は洞里契の発生の 学説と云っても過言ではないとし,さらに「韓 国の洞里に,自治共同体である洞里契が何時頃 から組織されていたかの確実な記録はないが, 血縁共同体から,地縁共同体に移って,洞里が 村落共同体的性格を持つようになった時代から, 洞契とは調わずとも,今の洞契と大差のない性 格の洞里組織が腔胎したのではないか」という。 〔雀 1988a : 24J 日本の講は契に較べ,一般 に宗教的色彩(仏教,神道,民俗神など)がつ よいのだが,本来,発生的にはやはり契と同様 に部落(自然村)を基盤にしているとみてよい だろう。この点、は,宗教的講から経済的議さら に頼母子講に至るまで講集団を幅広く研究し集 大成した桜井徳太郎が, Ii山村生活の研究JJ(柳 - 43一(202)

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契約講の伝統と変容は〕 回国男編, 1937.)の中で,とくに守随ーによる 「部落と講」が民俗学における講の研究に寄与 したことを高く評価していることにも窺われる。 〔桜井 1962 : 16-7 J なお,鈴木の所説の中にみえる郷約について は,援在律も注目し次のように記している。 「韓国に郷約が輸入されたのは李朝の1500年 代であって,民心教化のため郷約を施行する必 要性が朝鮮で論議されている。その論議の中に, 中国の郷約を直輸入するよりは民間ですでに施 行している契を強化し,化民成俗の実効を挙げ るのが効果的である,との意見もあった。その ような史実に依ると,李朝の初期,すでに民間 には契が普及していたことを推察することが出 来る。 1563年(明宗18年)李栗谷は彼の父,李 元秀の三年祭日を終えて墓の近所の人達と風樹 契を組織して,永慕の情誼を厚くしたとの話も 伝えられている。郷約的性格の契である全南霊 岩郡西面鳩林里の大同契は, 1565年に創立され て以来,今日まで存続運営されている。J4l

C

崖 1988 a : 19J さて,洞契の具体例については,差当って, 全羅南道珍島の調査をした伊藤亜人によるもの 〔伊藤 1977Jと朝倉敏夫による同じく全羅南道 の都草島の調査報告〔朝倉 1982, 1985Jがあ るが,ここでは前者からその概略をみてみよう。 伊藤は竜山里の契組織を, A.特定集団を基盤 とするもの, B.個人の任意参加によるもの, の二つの範鴎に分け, Aをさらに,①村落共同 体的基盤を有するもの,②年齢集団的基盤を有 するもの,③父系血縁集団を基盤とするもの, に分けている。このAの①には,洞契・洞喪契 ・水利契・振興契などが含まれるが,これらに は原則として村内居住の全戸が加入し,各世帯 は平等であって,村落を領域とする共同生活に 必要な共通の利害や目的のために協力しあう。 中でも洞契は,村落の経済的・物的基盤の管理 運営のための組織で、あって,郡や面による行政 や里長制度とは全く別個の,伝統的な村落自治 組織としての性格を保持している一一一この伝統 的な“村ごと(トンネーィル)"としては,村有 林の管理・地先海面での海草採取権・村の公共 施設や備品の管理・部落祭,などがある。契員 たる“村びと(トンネーサラム)"は成人男子世 帯主で,平等の権利義務をもっO 洞契には毎年 2名ずつの任司(イムサ)が輪番で決められ, 1年間の世話人になる。毎年陰暦の11月12日が 洞契の日(修契日)で,契員が一方の任司の家 に集まり,共有財産や備品,村の諸事業,祭り の会計報告などが行われる。 洞喪契は,かつての任意参加による相互扶助 的な運喪契にとって代り,生活改善運動による 全部落的な組織となったもので,他部落に先が けた新らしいものだが,組織の内容は洞契と同 様である。 水利契は, 1926-28年の大皐魁の時に有志に よって組織され,その後,村落レベルで貯水池 を建設し,これを契方式で運営しているもので ある。また振興契も,当初は有志によって農業 .教育の奨励振興や風教維持のために組織され たのだが,次第に全部落に浸透し,村落自治の 重要な一面を担うに至ったもので,水間 3マジ キ (600坪)と30万ウォンの契財産・基金をもっ ている。 この事例にみられる,洞契およびその他の村 落共同体的な契の態様は,私たちがこれまでに 調査した,山形県の置賜・最上・村山地方の契 約講や文献及び調査報告書などで接した宮城県 の三陸・牡鹿地方の契約講の諸事例と,大筋に おいて,かなり類似している。東北地方の契約 講にもいくつかの変差があり,地域的にもさま ざまな形態がみられるのだが,村落社会の伝統 的自治組織として,全戸加入・一世帯一人の平 等な方式で組織運営される, とし、う点では共通 している。この場合の村落は,もちろん行政村 ではなく,部落(旧村,鈴木栄太郎のいう自然 村)であって,いわば村落共同体とみなして差 支えなし、。したがって,先に鈴木が指摘したよ うに,洞契と契約講の対応は,否定できないと 思われる。私たちが今回の調査を企てるに当っ て,韓国の研究者との共同調査を目論んだのも, このような問題関心があったからに他ならない。 - 44一(201)

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契約識の伝統と変容(1) 但し,契約講と洞契の比較研究が当初から実 際にできるとは考えていない。それを可能にす るためには,一定の条件とそれなりの準備が必 要である。今回の共同調査は,そうした構想の ワンステップとして意図されたものにすぎない。 成果の程は心もとないが,多少なりとも日韓比 較への視座の導入を試みたつもりである。 なお,調査地を岩手県南部の和p賀地方とした のは,従来,研究調査が行われたのは,専ら上 述の諸地方であって,この地方での集中調査が 全く欠落していたことが主な理由であるが,同 時に契約講の分布範囲を確かめる,とし、う意図 もあったわけで、ある。幸に調査実施の便宜が得 られ,調査目的が概ね達成できたのは,現地の 多くの方々の御協力のお陰である。そうした方 々のお名前を挙げきれないので,特にお世話に なった次の方々の御芳名を記し,お礼の言葉に 代えたい。 門屋光昭 (岩手県立博物館) 小原重太郎 (和賀町煤孫) 高橋徳夫 (和賀町山口) 小原善喜 (和賀町横川目) 調 査 は1988年4月30日- 5月4日に高橋・今 泉が予備調査を行い,そして 7月13-19日に高 橋・佳・松本・今泉により本調査が行われ,さ らに 8月25-31日に高橋・崖・今泉が補充調査 を実施した。 7月 1日に雀が来日してから本調 査までの聞は,予備調査での資料をもとに日韓 双方が意見交換をし,調査プランを練った。ま た本調査の後には松本を除く三人が,かつて高 橋らが調査した山形・富山・滋賀・奈良の各地 の契約講や宮座を再訪するとともに,補充調査 のための資料整理と意見交換を重ねた。 調査終了後,寵は 9月10日に離日したが,帰 国後も日韓双方の間で何回も資料および質疑討 論を手紙でやりとりし,報告論文の作成に努め た。本稿の各章節の執筆分担とその内容は,そ うした討議の過程でおのずからもたらされたも ので,もちろん各章節の内容については,それ ぞれの執筆者に責任があるのだが,全体として は,最終的なとりまとめをした高橋がその責を 負うものである。 付 記 今回の共同調査は,東洋大学アジア・アフリカ文 化研究所を介した高橋による,日本学術館興会外国 人研究者招へい(短期)で,復在律教授が来日し実 施された。 注 1) 契約講は,一般tこ一戸一人で,家を代表する家 長(戸主〉または長男というのが原則だから,若 者契約でも次三男は普通,除かれる。従って,す べての若者が入る若者組=年鹸階梯制とは理念的 に異る。かくて若者契約では,家父長制の方が年 齢階梯制よりも規制がつよいことを,関敬吾,江 守五夫らが指摘しているが,私もかつて,前稿で それに言及したことがある。〔関 1958 : 133-4, 江守, 1976: 229,高橋ほか 1978 : 184, 203J。 2) 植民地時代の 1925年と 1937年に朝鮮総督府が調 査した資料で、は,公共事業を目的とする契,扶助 を目的とする契,産業を目的とする契,金融を目 的とする契,娯楽を目的とする契,その他,の6 種類に区分され,朝鮮全土で合計約2万8千余の 契があって, 88万余の契員があり (1937年), 契 が所有する資産は米と雑穀2万 4千石,田畑 6万 反歩,林野 1万 5千反歩であった。〔盗 1988a : 20-1]もちろん, この数字を引用しでいる崖在 律が言うように,契の全数調査は至難であり,そ の必要もないと思われるのだが,雀はおそらく今 のところ,契の数は万台を越えて10万台はあるの ではなし、か,としている。なお,契の分類に関し て,崖は韓国と日本の学者による諸説を紹介し さらに佳自身の次の分1裂を提示している。〔佳 1988 a : 20J ① 村落の自治と部落民の公益を目的とする

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同 契,村契 i問中契,剖f)落喪布契 ② 氏族問の親睦と祖先の祭杷を目的とする宗 親契,花樹契,門中契 ③ 契員相互間の社交と親践を主な目的とする 親睦契,同甲契,同婿契,旅行契 ④ 金銭の相互融通を目的とするす貯蓄契,殖 利契 ⑤婚喪の相扶相助を目的とする婚姻契,喪!持 契,為親契 ⑥ 産業経済の向上と農業の便宜を目的とする 農事:契,水利契,農具契 ⑦ 子女教育の支出に対備するための教育契, 奨学契 3) この論文を含む諸論文が<朝鮮農村社会の研 - 45一 (200)

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契約講の伝統と変容(I) 究>として, IF鈴木栄太郎著作集・ V~ 未来社 (1973)に収録されているが, これらのうちでこ の論文だけが戦後の執筆である。なお,本文中の 引用文は, この著作集 Vの 巻 末 の 解 説 ( 牧 野 巽 「朝鮮の自然村を中心にしてJ) からである。 4) この鳩林塁の他tこ,同じ全羅南道の羅州都老安 面金安洞にも伺様な郷約が存続している。この郷 約 ( 金 安

i

同大同契)を分析した握は, これが契 と称しながらも,地縁団体であると同時に,両班 (支配階級〕の複数の氏族からなる血縁団体であ って,村落共同体(地縁集団)としての平等な庶 民的理念による洞契とは少しく越が異ることを指 摘している。そしてこの郷約には儒教的な礼俗倫 理と徳業相勧が強調され,婚喪扶助と患、難相悩及 びその罰則が規定されているが,同時にこれが租 税納付の地域主体としての機能をもっていたので はないか,としている。なお,今日,この契は両 班出身以外にも門戸が開放されてはいるが,契員 166名の ï6.5~/b が旧来の両班の四姓氏であるとい う。〔雀 1988b

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。 参照文献 秋 葉 隆 1954FI朝鮮民俗誌』六三書院(1980,名 著出版〉 朝倉敏夫 19821""金羅南道都草島調査予備報告(3)ー 契について

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IF 明治大学大学院紀要~ 20集 グ グ 19851""韓国一農村の社会的性格一契を 通してJ.IF朝鮮史研究会・会報~ 81号 伊藤亜人 1977J韓国村落社会における契JFI東 洋 文化研究所紀要~71号 江馬成也 19581""契約講についてJ,IF文化~ 22-4, 東北大学文学会 江守五夫 1976FI日本村落社会の構造」弘文堂 岡 正 雄 19631""日本民族文化の諸問題J. 関敬吾 編『民俗学』角川書庖 岡正雄ほか 1958FI日本民族の起源』平凡社 大竹秀男ほか 19501""村落構造の一考察J.FI東北法 学会雑誌~ 1 主主 在 律 1988a 1""韓国の契についてJ.FI東洋大学 アジア・アフリカ文化研究所・研究年報~ 23号 I! I! 1988 b 1""金安淘郷約の歴史と性格j,FI羅 州地方楼亭文化の綜合的研究』別冊(全南大学校 ・湖南文化研究所)……原文はハングル 桜井徳太郎 1962FI議集団成立過程の研究』古川弘 文 館 鈴木栄太郎 19631""契とフ。マシJ.FI民族学研究』 27-3 (IF鈴木栄太郎著作集VJl未来社, 1973: 86 106に再録〕 関 敬 吾 19581""年齢集団J,IF 日本民俗学大系~ 3, 平凡社 守 随 一 19371""部落と議J, 柳 田 国 男 編 『 山 村 生 活の研究』 高橋統一 19571""村落構造の一考察一構造の『型』 に関連してJ,~法社会学~ 10 高橋統ーほか 19781"契約講の社会人類学的研究 1 J, IF社会人類学年報~ 4,弘文堂 I! /1 19811""契約講の社会人類学的研究.IIJ, 『東洋大学アジア・アフリカ文化研究所・研究年 報~ 16号 竹内利美 19661""東北村務と年序集団体系J,FI東北 大学日本文化研究所・研究報告~ JJIJ巻4 竹内利美ほか 19591""東北村落と年序組織J,FI東北 大学教育学部研究年報,r) 7 竹田 旦 19691""シンノレイとその特性_j, 和歌森太 郎編『陸前北部の民俗』古川弘文館 武 田 正 19691""震賜における若衆契約J,FI山形県 立米沢東高等学校研究紀要~ 7 田 村 馨 19501""東北の講集団J,IF民間伝承~ 14ー 12 田 村 浩 1936FI五人組制度の実証的研究』厳松堂 書底 千葉正士 19511""村落生活における『契約』につい て」け,仁), IF法律時報~ 23--6, 7 I! I! 19521""若者組の一類型J,IF法社会学~ 3 I! I! 19531""村落『契約』の意義と観念J, 『法社会学~ 4 平山手口彦 19691""牡鹿半島一帯における年齢集団の 諸相J,和歌森太郎編『陸前北部の民俗』吉川i弘 文館(平山和彦『青年集団史研究序説上巻』新泉 社, 1978: 160-81,に再録) 福田アジオ 19691""契約議J.和歌森太郎編『陸前 北部の民俗』古川弘文館 善生永助 1926FI調査資料第17輯・朝鮮の契』朝鮮 総督府 - 46ー (199)

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契約講の伝統と変容 (V)

V 結論:契約講の伝統と変容

高 橋 統 一

序論の研究史で触れたように,東北地方に分 布する契約講には,地域によってさまざまな変 差があり,したがって従来から組織や機能別の 類型化がいろいろ試みられている。本稿の対象 調査地である岩手県和賀町は,これまで集中的 調査がほとんどされなかった地域で、あるが,従 来の類型で言うなら,集落ごとの多少の違いを 別にして一般に,組織としては「戸主・若者重 層型j,機能的には「ムラ契約・屋根葺契約複合 型j,ということになるのではないかと思う。例 えば焼孫中通り契約会と秋葉講のように,父 (戸主)が秋葉講で長男(若者)が契約会とい うのが原則だとしても,その通りなのが約半分 で,実際には同一人が両方に入っているのが3 分の1もある,というように,両者は別組織で ありながら,重複しつつ結びついている。こ の点は機能的にも同様で,秋葉講が火伏せの神 (秋葉山大権現〉を杷る講で,萱葺屋根の葺替の 協同を主目的にしているのに対し,契約会は集 落全般の共同体的規制のための自治組織であっ て,各々におのずから機能分担がみられるもの の,分ち難く一体化しているのである。もとよ り,横JII目北方契約会のように,戸主と長男を 区別せずに,一義的な戸主層として包括的に組 織し,また機能的にも専ら屋根葺を中心にして いる,という集落もあるし,その他,葬儀での 互助協力を特に重視する葬式契約的な場合も時 として散見されるのだが,全体としてみれば, この和賀地方の契約講は“戸主と若者(長男) を一体とし,屋根葺替を主体とするムラ契約で ある"とみなしてよかろう。いずれにしろ, 今回の調査から,まずもって明らかになったの は,この点である。 次に契約講と村落構造との関連については, これも序論の研究史で論じた如く,東北地方の 契約講が,日本社会の地域性をめぐって村落構 造論上,どのように位置づけられるのか,が従 来から一つの課題とされていた。 この点では,和賀地方を如何に捉えたらよい のだろうか。私たちが本稿で,従来の論議にど れだけ積極的に寄与できるのか,はあまり自信 がないのだが,少くとも媒孫の事例分析を通し て,次のことを確認できると思う。即ち契約講 のサブ・ユニットとしてのマキ(同族}の規制 がかなりの程度みられること,しかし,その場 合の同族の内部関係が,本分家聞の支配・従属 ではなく

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,対等な協同であり,したがって, この「仲間型同族」の存在は契約講の基本理念 である平等・互酬と矛盾せずに整合する,とい うことである。私たちは,かつて山形県村山地 方(西村山郡河北町沢畑)で,こうした契約講 と同族の関連を問題としながら,不徹底で、終っ てしまったのだが,今回は資料と分析の両面で かなりの進展がみられたのは確かで,今後一層 の接近を期したいと考えている。〔高橋統ーほ か

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契約講の社会人類学的研究

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東洋 大学アジア・アフリカ文化研究所・研究年報』

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和賀地方の契約講にみられる第三の特徴は, この地域の風土と歴史的事情が培った豊かな民 俗芸能と深く結びついていることである。

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章, 調査地の概況で詳しく述べたように,剣舞・田 植踊り・神楽さらには歌舞伎など,民俗芸能は 和賀の人々にとって生活の大きな部分を占めて いる。そして

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,IV章の事例考察にあるように, 岩崎の鬼剣舞・媒孫の雛子剣舞,横川目や山口 の田植踊りや歌舞伎がさまざまな形で契約講の 運営に関わりをもっている。 例えば,

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章の煤孫中通り契約会のように, 剣舞・田植踊りの庭本と契約講の輪番システム は基本的に同じである。したがって,査葺屋根 が全く廃れて,契約講=秋葉講の本来の機能的 意味が失われるのに伴い,この民俗芸能の保存 がそれにとって代る,というのも肯けるのであ る。この地域の契約講は,かかる機能的意味の 転化によって,辛うじてその伝統を保持し存続

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契約講の伝統と変容 (V) している,と言っても過言ではない。横川目北 方契約会のように,消防団的機能を保つことで まだ幾分なりとも本来の意味を失わずにいる場 合もみられるが,それはむしろ稀な例と言って よい。こうした今日の契約講の存在形態は, N 章の諸事例においても,その変容を窺うことが できると思う。 さて,序論の2節で鈴木栄太郎の所説を紹介 して論じたように,日本の契約講と朝鮮・韓国 の洞契は本質的に類似し,おそらくは中国の合 会も同様と考えられる。文化伝播や発生的な影 響関係は一応別として,これらの聞には,明ら かに構造機能的な対応がある,としてよいだろ う。とりあえず合会はしばらく措くとしても, 序論で韓国の洞契の具体例を参照して指摘した ように,契約講と洞契が大筋において,かなり 類似しているのは間違いあるまし、。崖在律も, N章の事例考察に先立って,このことを指摘し, かかる視点から契約講の概念に言及している。 今回の調査が,このような問題関心において計 画された経緯については,序論で述べた通りだ が,そこでも断ったように,本橋では契約講と 洞契との比較を直接,試みてはいなし、。屋教授 との共同調査ではあるが,そうした立入った比 較は,洞契の集中的調査を含め,今後のことで, 今回はそれまでのワンステップを意図したもの にすぎない。鈴木と同様に窪も,中国との関連 で,韓国では洞契とともに郷約(洞約)に注目 し,日本の契約講にも郷約的性格が窺われると しているが,これらの問題もすべて今後の課題 である。いずれにしろ,共同調査の成果をひと まず締めくくることができたことを,お互いに 喜びとしたい。 - 78一(167)

参照

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